ファッション、カルチャーの救世主「ザ・サルべージズ」創設者、アーン・チェンがコレクションに込めた思い

「TOKiON the STORE」にて展開されるシンガーポール発の新興ブランド、「ザ・サルべージズ」。日本では「ドーバー ストリート マーケット」でいち早く紹介され、1980~1990年代のパンク、ニューウェーブ、オルタナティブロックをモチーフにしたコレクションを展開。“Siouxsie”や“Bauhaus”など、その記号を読み取るマニア達を狂喜させてきた注目のブランドだ。
「ザ・サルべージズ」の立ち上げこそ近年だが、その創設者であるアーン・チェンは、シンガポール~東南アジアのストリートファッション界ではパイオニアの1人であり、彼のライフストーリーをひもとくと、かつて『TOKION』が深くコミットした1990年代東京発のストリートカルチャーともダイアグラムが重なりあっている。アーンにブランドのバックボーン、展開されるアイテムについて語ってもらった。

シンガポールにおけるストリートファッションの黎明期であった1990年代、すでに自身のアパレルショップをオープンしていたアーンにとって転機となる出会いがあった。それが当時、レコードレーベル「Mo’Wax」や音楽プロジェクト、UNKLEのプロデューサーとして活躍していたジェームス・ラヴェルだ。
「1998年頃、ジェームスがシンガポールのツアー中に、僕のショップを訪れたんです。ショップではニューヨークやロンドンのストリートブランドを展開していましたが、当時まだ小さかった裏原宿のブランドもすでに取り入れていて。ジェームスはそのことにとても驚いてくれました。それが縁で僕らは友人となり、音楽や、ファッション、スニーカーなど趣味を語り合う仲へと発展していきました」。
この出会いからしばらくして、アーンはジェームスと共同で、シンガポールのストリートファッション史にその名を刻むショップ「Surrender(サレンダー)」を始動する。最先端のストリートファッションを紹介する東南アジア地域のハブとして、シンガポールだけでなく、フィリピンやインドネシアなど近隣諸国からも若者が訪れた。
「2000年にジェームスと一緒に『Surrender』をスタートした。裏原宿のカルチャーはニューヨークやロンドンでも紹介されていましたが、まだとても限定的なものだった。ジェームスが日本のデザイナーやクリエイター達とコネクションをもっていたおかげで、ここシンガポールでもそのトレンドを知る機会を得て、実際に服を手にすることができるようになったわけです」。

高橋盾や藤原ヒロシ、NIGO®ら日本のストリートカルチャーのカリスマ達との交友から、裏原宿ムーブメントのキーパーソンでもあったジェームス。彼と知り合う前、シンガポールのファンションフリークな若者であったアーンは、当時の裏原宿シーンにどうやってアクセスしていたのだろうか。
「当時はインターネットがなかったので、情報源は主に日本の雑誌でした。『TOKION』や『relax』などで裏原宿のカルチャーが大きく取り上げられていて、リサーチしていくと、ファッションだったりアートだったり、フレッシュなものばかりで驚いたことを覚えています」。

その後、2014年に「Surrender」の運営から退き、一度はファッションの仕事から離れていたアーンだったが、2016年、「ザ・サルべージズ」という新たな旗を掲げ戻ってきた。
「一度『Surrender』を辞め、『Potatohead(ポテトヘッド)』というクラブやレストランの経営を始めました。それから2年が経って、やはりファッションが恋しくなってしまいました(笑)。きっかけは、僕が何年もかけてコレクションしてきた洋服や音楽、トイを売りたいと思ったことなんです。洋服が持っている情熱を引き継いでくれる、ヴィンテージが持つ価値のわかる人達に、貴重なアイテムを引き継いでシェアしていきたい。もともとそのために用意したプラットフォームが「ザ・サルべージズ」でした。ブランド名は、洋服をSalvage(=救助、引き上げる)といった意味でネーミングしました」。
アーンが提供したコレクションはインパクトのあるものだった。彼が15~20年かけて集めたという貴重な「ラフ・シモンズ」のアーカイブは瞬く間に評判を呼び、セレブリティがその顧客リストに名を連ねることになる。
「エイサップ・ロッキーやカニエ・ウエストまで興味を持ってくれました。出品したヴィンテージアイテムがすべて売れたところで、僕のパートナーのニコレット・イップが、ロゴを入れたブランドのマーチャンダイズを作ろうというアイデアを出してくれて、オリジナルアイテムを作るようになりました。そうすると今度は、G-DRAGONやBLACKPINKなどK-POPのスター達が注目してくれるようになって。とても自然な成り行きでブランドが認知されていきました」。
「ザ・サルべージズ」のオリジナルアイテムは、有名なオルタナティブロックのアイコンだけでなく、Spacemen3やSuicideといったカルトバンドをモチーフにしたデザインが特徴的だ。そこにはアーン自身のノスタルジーと嗜好が反映されているようだ。
「ティーンエイジャーだった頃の思い出や記憶が、コレクションのアイデアのベースとなっています。彼らは僕にとってヒーロー達でした。ピーター・ケンバー(Spacemen 3)にTシャツを作りたいと持ちかけたら、快諾してくれてTシャツを作りました。そこからいろんなミュージシャン達とコラボレーションしていきました。Suicideのマーティン・レヴは僕にとってレジェンドだったので、彼らのTシャツを作れた時はとても嬉しかったです」。

一見、定番のように思えるNirvanaのカート・コバーンのアイテムに関するエピソードも驚くべきものだ。
「1992年にNirvanaがアルバム『Nevermind』プロモーションのためにシンガポールにやってきて、友人がホストとして彼らを案内したり、写真を撮ったりしていました。ライヴの予定はなかったので、カートは滞在中に駐車場でフリーコンサートをやりたいとリクエストしてきたのですが、調整する時間が足りずそれは叶いませんでした。その代わりに彼らはスタジオライヴをやり、たった5人のオーディエンスがその貴重な瞬間に立ち会うことができました。すでに『Smells Like Teen Spirit』が全米1位を獲得し、世界的にも注目されたオルタナティブバンドだったにもかかわらず、インターネットが普及する前だったのもあり、彼は自身がビッグスターになっていることを認識していない様子でした。『ザ・サルべージズ』では、カートが残していった落書きをTシャツのデザインにしました。そこには“俺は楽器を弾けないけど、そんなのどうだっていい”と書かれています。これが当時の彼の認識を裏付ける証拠です」。

今回展開されるコレクション”The Choice Of The Last Generation”では、The Jesus and Mary Chainにインスパイアされたアイテムが印象的だ。
「彼らが出てきた当時、そのファッションやヘアースタイルが独特で、とても影響を受けました。僕もスタイルを真似て、ヘアースタイルを彼らのようにしていて。写真がないのが残念だけど(笑)。きっかけはずいぶん前のことですが、ダグラス・ハート(The Jesus and Mary Chain)がペプシをオマージュした“JESUS”ロゴのTシャツを着ている写真を見つけました。僕はそのTシャツを気に入って、まず再現したサンプルを何枚か作って、デザイナーのバンズリーに見せてみました。バンズリーはそれをダグラスやボビー(・ギレスピー)達本人に見せるととても気に入ってくれて、それが今回のコレクションへとつながっていきました。ダグラスからはオリジナルの“JESUS”ロゴのTシャツについての由来も聞きましたが、なんともともとキリスト教のグッズショップで売っていたTシャツだったそうです。それをあんなにクールに着こなしていることに驚きました。シャツの裾をカットし、ルーズなシルエットでパンツにタックインせずに着るのがThe Jesus and Mary Chainらしいスタイルだったのですが、ダグラスとバンズリーはそのシャツを“DOUGLAS”シャツとして再現していました。ダグラス曰く、オーバーサイズの古着のシャツを黒く染め、裾をカットアウトして短くしていたとのことで、『ザ・サルべージズ』でもバンズリーとダグラスからアイデアをもらい、当時彼らが着ていたシャツを今回再現しています」。

ボビー・ギレスピーは、スコットランド出身のバンドPrimal Screamのメンバーとして知られているが、初期のThe Jesus and Mary Chainにもドラマーとして在籍。アイコニックな存在だった。今回のコレクションで展開されるポルカドット柄のシャツは、Primal Screamのファーストアルバム『Sonic Flower Groove』(1987年)のボビーの装いにインスパイアされたものだろう。こういったファンならではのマニアックなアイデアや再現性の追求が「ザ・サルべージズ」をユニークな存在へと押し上げてきた。今回のインタビューに応じるアーンの語り口も、アパレルのビジネスマンというよりは、まるでレコードコレクターやトイコレクターの収集品自慢のようでもあり、子どものように夢中になって話す彼がチャーミングだった。最後に、今回の「TOKiON the STORE」とのコラボレーションについての思いを語ってくれた。
「まだインターネットが普及していなかった時代、若かった僕にとっての『TOKION』は、自分達を教育してくれたヒーローにような存在でした。そんな大きく影響を受けた存在が店をオープンするっていうのは、すごくクールなことですし、そこに自分も関われることに興奮しています。僕にとっても人生の中でビッグイベントの1つになるので、すごく楽しみにしています」。

アーン・チェン
「アンブッシュ」、「サレンダー」、「ポテトヘッド・シンガポール」など、多くのショップを生み出し、1990年代の東南アジアにストリートファッションや若者の文化を紹介し影響を与えた。最近では、自身のブランド「ザ・サルべージズ」をパートナーでありデザイナーのニコレット・イップと運営。アーンとニコレット、2人のオルタナティブカルチャーへの愛情に根ざした、アパレルアイテムは人気を獲得し、カルト的な支持を得ている。

Text Gikyo Nakamura
Interpretor Miho Haraguchi
Edit Sumire Taya

author:

中村義響

ライター。レコードショップ「JET SET」の店員、制作部門のマネージャーを経て、現在はラダ・プロダクション所属。さまざまなアーティストの制作やレーベル事業に携わる傍ら、ポップミュージックに関する雑文も少々。趣味はF1観戦。

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