ステレオタイプを壊したい ミュンヘンから日本のアートを海外に紹介する「ミケーコギャラリー」の視点

「ミケーコギャラリー(MICHEKO GALERIE)」は、ミュンヘンのアートシーンで異彩を放っている。アート業界において、海外をベースにする日本のギャラリーは、ニッチなマーケットかもしれないが、オーナーの田中恵子とミケーレ・ヴィトゥッチはステレオタイプや西洋中心主義の壁を乗り越えようとしている。

「東京に行ったら絶対に寄りますね」
「気持ちは嬉しいけどギャラリーは東京じゃないんですよ。ドイツのミュンヘンなんです」

2010年に「ミケーコギャラリー」を設立して以来、あらゆるアートフェアの来場者と何度もこのような会話を繰り返してきた2人。日本から約1万キロも離れた場所で日本人作家のギャラリーを運営することは、現在でも不思議に思われているという。

アート界のルールやヨーロッパ中心の考え方に縛られることなく、自由に活動する方法

ミュンヘンにある約60のギャラリーはいずれも西洋、特に地元のアーティストだけとコラボをしたり、同じような施策をしがちだ。ヨーロッパを中心に考える芸術愛好家が多い中「ミケーコギャラリー」の芯はぶれない。海外で21世紀の日本美術を世界中のコレクターに紹介するというユニークなコンセプトのギャラリーは同業者や美術館、メディア等の“メインストリーム”が中心の世界においては、ある種のアウトサイダーとも言える。

「ヨーロッパの中心にある日本のギャラリーは、2010年にオープンした当初、地元のメディアは熱心に取材してくれましたが、年々その関心は薄れていきました。しかし、『ミケーコギャラリー』らしい道を歩むことはプラスでしかないし、そのおかげでアート界のルールやヨーロッパ中心の考え方に縛られることなく、自由に活動できるのです」と、ミケーレはちゃめっ気たっぷりの笑顔で語る。

「ミケーコギャラリー」には、芸者や「日の丸」のモチーフ、アジア風フォントの文字等、19世紀後半にヨーロッパを虜にしたステレオタイプな日本のイメージはない

もちろん、マンガやアニメ、“カワイイ”文化は日本にとって貴重な資産であり、それらを通して日本を好きになった外国人は多い。「国際的な評価を軽視することは全くありませんし、多くの人々によって享受されることも批判しません」とミケーレは説明し“カワイイ”を含め、日本が世界へ発信するポップカルチャーは、北斎の木版画等の伝統的な芸術と強い結びつきがあることも認めている。しかし、「日本のアート」と聞いて誰もがイメージする典型的なジャンルでもある。

ミケーレは「一見するだけでは簡単に理解できない作品や来場者のステレオタイプのイメージを変え、西洋的な美の概念から離れた作品を意図的に展示するのが生きがいですね」 と続ける。

「ミケーコギャラリー」のフィロソフィーを象徴する作品には、原嶋亮輔のサイドボードがある。古い着物だんすと磨き上げられた銅の棒で作られた作品は、一見すると何の変哲もない黒い箱の形をしているように感じるかもしれない。しかし、箱の内側に描かれた色とりどりの華やかな花を隠しているような表現は、江戸時代の美意識に繋がる。謙虚さという美意識の概念だ。原嶋作品は来場者に新たな価値観を与えると、オーナーの2人は話す。海外でもよく知られているミニマリズムやアンダーステイトメントという思想に近い作品なので、来場者は親近感を覚えたとも言えるだろう。

「工芸なしにアートは語ることができず、またその反対も然り」

一方で、数百年にわたる日本の思想や文化をもとに作られた作品の解説は、欧米のアートバイヤーに通じにくいこともある。

「抹茶や茶碗を始め、茶道は世界中で親しまれていますが、同時にその根本にある哲学的な理念や点前のディテールは、海外の方々にとっては難解かもしれません。例えば、池田晃将のなつめは、緻密で繊細な手仕事の作品ですが、その芸術的な価値は伝わりづらい。抹茶と茶碗は海外でも人気ですが、伝統的な茶道にまつわる作品は地味な道具に見えてしまうかもしれません。日常生活と茶道で使用される精巧な茶道具との接点は少ないですからね」とミケーレは分析する。

「工芸なしにはアートは語ることができず、またその反対も然り」。このフレーズはホームページだけではなく、インタヴューでもギャラリーのスタンスとして明確にされている。理由の1つは「クラフツマンシップ」や「応用美術」を軽視されることへのアンチテーゼでもある。

1960年代以降、コンセプチュアル・アートが美術業界を席巻したが、制作そのものよりもアーティストによって生み出された天才的なアイデアが中心であった。それは「ミケーコギャラリー」が求めるアートとは異なる。日本の工芸品の鑑賞的な美しさに加えて実際に使用することで育つという考えに共感している。

このことについて田中は「絵画やドローイング、陶磁器、金属、ガラス、漆芸等、私達が日本のアートを選ぶ際、作品の細部の手仕事が重要なポイントです。アーティストの手仕事によって、作品のコンセプトを鑑賞者に明確に伝えることができ、圧倒的な存在感を与えます」と語る。

「ミケーコギャラリー」はオープン以来、年齢にこだわらず約200人のアーティストの個展やグループ展を開催してきた。田中がアーティストを徹底的にリサーチし、将来性のあるアーティストを見出している。

なぜ、日本在住のアーティストは遠く離れた国のギャラリーオーナーを信頼して、作品を任せるのか。その理由は「ミケーコギャラリー」がミュンヘンのギャラリーだけでなく、世界各地のアートフェアに出展したり、オンラインギャラリーで展示することで、世界中のバイヤーにアピールすることができるからだ。

「日本のアーティストは世界進出へのモチベーションが高いものの、例えば、陶芸の世界では、若い作家は国宝級の先人達の影に隠れてしまいがちなんです。『ミケーコギャラリー』は、そのルールに縛られないので、アーティストとギャラリー双方にとってプラスなんです」と田中は続ける。

日本のアーティストの作品を世界に届けるというテーマが「ミケーコギャラリー」の顧客に支持されている。顧客はアメリカやオランダ、イギリス人のバイヤーが約半数を占めていて、「アートシーンのトレンドやいわゆる“マストバイ”作品よりも自分の直感に従うバイヤー達」であり、アーティストと型破りなバイヤーを繋げている。

また、「ミケーコギャラリー」は「Artsy」等のプラットフォームにも出店しているので、個人ホームページやSNSを活用していないアーティストでも「MICHEKO GALERIE」が間に入ることで、日本国内・外のバイヤーと繋がることができる。つまり、ギャラリーの作品はグローバルな動きで世界中にプレゼンテーションができるということ。

ミケーレは最後に「バイヤーが日本在住か海外在住かは関係がありません。最終的に日本の作品を展示して世界に発信することができたら、双方の架け橋という役割を果たしたことになる。鑑賞者の視野を広げる活動は、オフラインでもオンラインでも続けていきたい」と結んだ。

ミケーコギャラリー
ドイツ・ミュンヘンの21世紀の日本の現代アートに焦点を当てたギャラリー。田中恵子とミケーレ・ヴィトゥッチがオーナーを務め、取り扱う作品はコンセプトや文脈、将来性等をアーティストと組み立てながら展示を行っている。展示アーティストは、ヨーロッパで初めて紹介される場合が多く、日本人アーティストとヨーロッパへの架け橋のような存在になっている。https://www.micheko.com/

author:

Jennifer Duermeier

1987年、ドイツに生まれる。両親のすすめで幼少期から物語を書いたり、イラストを描くようになる。その後、ミュンヘンと東京の大学で社会、文化、哲学を研究。現在はフリーランスのクリエイティヴ・ディレクター、エディターとして活動しながら、マーケティング・PR会社のコンサルティングも行う。ヨーロッパと日本を行き来しながら「TOKION」「sabukaru.ONLINE」等で執筆を行っている。

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