ドラマ『作りたい女と食べたい女』プロデューサーが込めた想い 「生きにくさを感じている誰かに少しでも救われる感覚を味わってもらいたい」

ゆざきさかおみ原作による人気漫画『作りたい女と食べたい女』がNHKの夜ドラとして実写化され、SNSで話題となっている。同作は、少食だが料理を「作る」ことが好きな女性「野本さん」(比嘉愛未)と、「食べる」ことが好きな女性「春日さん」(西野恵未)、彼女達の日常や交流を通して、女性を取り巻く現実や、女性同士の連帯、そして2人の間で育まれる恋愛を描く。今回、『作りたい女と食べたい女』の実写化の経緯からそこに込めた想いまでプロデューサーの坂部康二にメールインタビューを行った。

——漫画『作りたい女と食べたい女』を最初に読んだ時の感想を教えてください。

坂部康二(以下、坂部):現代の空気を呼吸している作品だなと思いました。描かれる登場人物が、“いま”という時代、自分達と同じ世界に生きていると感じられる点が魅力でした。ただその「世界」には、「男は/女はこうあるべき」といった固定化したジェンダーロールの押しつけがあったりして、必ずしも素晴らしいと言いきれるものではありません。そんな中で、2人の女性が「食事」を通して、少しずつゆっくり関係を深めていく物語にひかれました。

——今回、『作りたい女と食べたい女』をドラマ化しようと思ったのは、どういった想いからでしょうか? 

坂部:もともと「フェミニズム」に関心があり、企画の立ち上げから参加してくれた大塚安希プロデューサーとは、フェミニズムをテーマにしたドラマの企画をずっと相談していました。フェミニズムを題材にするということは、女性について考えることであり、社会について考えること。そんなフェミニズム的視点に基づいた『作りたい女と食べたい女』に出会い、ぜひ映像化したいと思いました。

近年のドラマでは、女性の描かれ方が多様化しています。「男性の恋愛対象としての存在」であるだけでなく、あるいは「妻や恋人として男性を支える存在」でもなく。『作りたい女と食べたい女』では、“個”と“個”としての2人の女性の等身大の日常が描かれます。これまで、女性同士の“絆”がメインでフォーカスされることは、決して多くありませんでした。けれど、描かれることが少なかった分、「語られるべき」物語や関係性があると考えました。

——こういった女性同士の恋愛・連帯を描くドラマを男性プロデューサーが担当するという点で、慎重に制作を進められたと思います。気をつけた点があれば教えてください。

坂部:女性達の物語に、男性である自分が向き合うことの背景には、「誰かの足を踏んでいるまま気付かずにいたくない」という思いがあります。この作品では、女性の給与が男性に比べて低いという社会構造や、“世間”が女性に向ける「こうあるべき」という偏見などが描かれます。見て見ぬふりをすることなく、改善のために行動したいと考えながら、制作に臨みました。

男性である自分が関わる上では、プロデューサーや脚本家など主要なスタッフとして女性に加わってもらい、「男性に都合のいい」作品や「男性から見た勘違いした」作品にならないよう気をつけました。性別関係なく誰しも共感できることは描かれているのですが、そういった普遍性の大前提として、「女性」であることに根ざした問題や感情が描かれることを大切にしなければいけない。常に立ち止まって「理解のある男性として見られたいだけではないか?」と自問もし、男性である自分が「代弁者」を気取ったり、「わかったふり」をしないよう気をつけました。

そもそも「生理」のことなどは身体的に男性の自分には、やはり具体的な感覚としてはわからない。女性の就労環境についても、本当の意味で共感することはできない。けれども、家庭や職場で一緒に過ごす上で、最低限知っておいたほうがいいことはある。自分と異なる立場にある人の思いや辛さを知ろうとすることからはじめたい、そんな風に考えました。

また、描かれる内容だけでなく、制作体制においても、過去には副次的に捉えられることもあった女性の「やりがい」や「手柄」を搾取しないようにしたいと考えています。ですので、今作の成立や仕上がりにおいて、一緒にプロデューサーを務め現場を仕切ってくれた大塚安希さんや、チーフ演出として繊細にドラマをつくりあげてくれた松嵜由衣監督の力がとても大きかったことは、何度でも発信していきたいです。

——夜ドラの枠(月〜木の22時45分〜23時)でやるのはどういった意図があったのでしょうか? 

坂部:原作が、日常の中で少しずつ関係が深まっていく物語で、劇的な出来事が起こるわけではありません。長い枠にあてはめて余計な起伏を加えるよりも、「15分」という短い時間で描けることが望ましいと、当初から考えていました。日々の「生活」を描く時、見ている人と同じような“時間”が流れたらいいなという思いもありましたので、平日の月~木という「夜ドラ」の連続ドラマ形式については、結果としてうまくはまりました。

——原作とドラマで変えた部分はありますか? ある場合はどのような意図で変更されたのでしょうか?

坂部:1話15分、全10回の物語に再構築するにあたって、原作のエピソードを組み合わせたり、入れ替えたりしています。その際、脚本の山田由梨さんが、セリフを細かくチューニングしてくれました。2人の関係性の変化をどう描くか。野本さんが少し年上で、性格もあってか、少しずつ「タメ語」が混ざっていく。どんな状況や内容でセリフが変化するのか、話し合いながら調整してもらいました。

また、「社会構造」や「“世間”が押し付ける因習・呪い」を、原作の漫画では、象徴的に、顔の見えない存在として描いています。ドラマでは、どうしても顔の見える俳優が演じることになるので、「個」として描かれ印象が変わってしまいます。ある種、ドラマのオリジナルキャラクターにもなるので、配役はもちろん、どのような背景をもち、どのような言動をするのか、もともとの世界観を壊さないよう、それでいて抽象的な「敵」にならないよう気をつけました。こうした、「野本さん」「春日さん」の周囲にある「社会」の描き方について、どのように受け止められるかを意識して世界観を構築していきました。

スタッフ間で意識を共有

——ドラマ化にあたり、原作のゆざきさかおみさんとはお話しされましたか? もしされたなら、どのようなお話しをされたのでしょうか。

坂部:初めにうかがったのが、「女性同士の恋愛」であることを、内容的にも、作品情報を発信する際にも薄めないでほしいという点でした。そして「食事シーンを性的に描かない」ということ。その点を特に留意し、それ以外は、原作の漫画に描かれている「ジェンダー観」や「フェミニズム」を、極力そのまま大切に描こうとしました。漫画で描かれていない背景である、どのようなSOGI(性的指向と性自認)を持つのかという設定については、脚本を作る上で参考としてうかがいました。

——脚本を山田由梨さんに依頼した経緯と、もし依頼の時に山田さんにお伝え、またはお願いしたことがあったら、教えてください。

坂部:山田由梨さんは、過去に手掛けてきた作品で、ジェンダーやセクシュアリティといった題材に正面から向き合い、その上で女性の内面を繊細に描きながらエンターテインメントに仕上げるという素晴らしいお仕事をされてきました。企画が決まってまっ先に相談してみると、ご本人も原作のマンガの読者で、即快諾。「もし原作が大切にしていることが損なわれるようなら、自分が“ナイト”になって守る」とおっしゃっていました。志を同じくする存在にとても勇気づけられるとともに、初回の顔合わせから、ジェンダーやセクシュアリティを題材にするほかの企画についても話が膨らむほど盛り上がりました。

脚本づくりにおいても、なんのストレスもなく、「何を大切にするか」を共有しながら進めることができる経験は貴重なものでした。本来、脚本家の仕事としては、その範疇ではないかもしれませんが、「ジェンダー・セクシュアリティ考証」の方をご紹介いただいたり、一緒になって「春日さん」役に誰がいいかを考えてくれたりするなど、「チーム」の一員として作品のために動いてくれたことには、あらためて感謝しかありません。

——西野恵未さんはまさに春日さん役にぴったりだと思いました。西野さんは初めての演技とドラマ出演とのことですが、どのようにキャスティングされたのでしょうか?

坂部:知名度にこだわらず、原作のイメージに近い人にお願いするという方針は、早い段階で決まりました。俳優だけでなく、アスリート、芸人、ミュージシャン……、さまざまなジャンルの人を候補に探しましたが、なかなか理想の人にめぐりあえませんでした。脚本の山田さん、プロデューサーの大塚さん、そして自分とで、とにかく情報を交換しあいました。一時期は、何人もの名前や画像が昼も夜も飛び交ったほどです。街を歩いていても、背の高い人に自然と視線が向いてしまったり。そんな中、山田さんと大塚さんが偶然でかけたライブで、ステージで演奏する西野恵未さんに出会いました。そこからオーディションに参加していただき、体型、年齢、表現者として人前に立つことに慣れている点など総合的に判断してお願いすることになりました。

結果的にとてもぴったりで、衣装やメイクの力もあり、原作の「春日さん」の印象に近づけることができました。体型については無理な増量をさせないということが、原作者であるゆざきさんの意向であり、制作スタッフの総意でもありました。そのため、「決して無理はしない」という前提の上で、本人含め「なるべく近づけたい」という思いのもと、プロのトレーナーについて、“からだづくり”を進めることになりました。食事については摂取カロリーを意識してもらい、ジムでのトレーニングで体格よく見える部位を中心に筋肉をつけてもらいました。また、演技初挑戦だったため、同時期に演技レッスンも実施。本業である音楽活動と並行しての準備・撮影でとても大変だったと思いますが、西野さんは明るく取り組んでくださり、彼女でなければ表現できない「春日さん」としてカメラの前にいてくれました。

——ジェンダー・セクシュアリティ考証を担当された中村香住さん、合田文さんはどのようにドラマに関わったのでしょうか。また、2人とお話しして気づいた点はありましたか。

坂部:脚本の山田さんの紹介で、過去にお仕事をご一緒されたという合田文さんをご紹介いただきました。合田さんは、ジェンダーやセクシュアリティについてマンガで発信するメディアの編集長。そして、その合田さんのご紹介で、ジェンダー・セクシュアリティ研究者の中村香住さんにも参加していただくことになりました。

脚本の段階、そして編集した映像について、考証のおふたりに、事実として誤った表現はないか、当事者が見て偏見に基づいて描かれていると感じるような表現はないか、複数の視点で確認していただきました。

印象的だったのは、同性愛を描く本作で、当事者の描き方を大切にするのはもちろんですが、主人公達に相対する周囲の側の描き方についてです。「中年の男性は◯◯な振る舞いをする」といったかたちで、属性を一般化しないような指摘があった際には、そこにも無意識の偏見があったかもしれないと気付きがありました。

——センシティブな内容も描かれるドラマだと思うのですが、演出の松嵜由衣さん、中田博之さんに何か特別に伝えたことはありますか?

坂部:2人の演出家を含むスタッフ・キャストで、ジェンダーやセクシュアリティに関する講習を受け、理解を深めるよう心掛けました。また、2人も関連する書籍を読んだりするなど学んでくれていましたので、信頼してお任せすることができました。個人的に、おふたりの力が特に発揮されたと思うのは、「野本さん」と「春日さん」をどうドラマの中で存在させるかという点です。30代の等身大の女性としてのリアルさと、ドラマとして成立するデフォルメ感。例えば、印象を左右する「声」の高さについて、比嘉さん、西野さんとも相談しながら、繊細に調整してくれました。また、コメディ感の塩梅についても、漫画で描かれるものを生身の人間が演じた時の見え方を、うまく演出してもらえたと思います。

——女性同士の恋愛を描く上で、実際の制作現場では、スタッフ間で意識していたことなどはありますか? 

坂部:あたり前ですが、現場でハラスメントが起きないように、どんなジェンダーやセクシュアリティの人でも安心して仕事をできる環境を作れるように、制作が始まる初期に、スタッフのみなさんにお願いしました。また、それでもトラブルや心配事が生じてしまった際の相談先を伝えるなど、「心理的安全性」を確保できるよう心掛けました。

——料理がいかにおいしそうに見えるかもこのドラマにとってはとても大きいと思うのですが、ぐっち夫婦にお願いしたことはありますか?

坂部:ぐっち夫婦のおふたりは、原作の再現をとても大切に考えてくれました。そして「見た目」だけでなく、食べてもおいしいものであるよう工夫を重ねてくれました。俳優達が口にする、実際の食事シーンに使われている料理もそのように作られていますので、「おいしい」という表情に嘘がないお芝居が生まれました。

ドラマ化に込めたメッセージ

——放送前に坂部さんがTwitterで、「そして、ドラマとして、エンターテインメントとして、どう楽しめる作品にするか。準備期間に目にした、よしながふみさんのインタビューの言葉が、個人的には支えになりました。『ポリティカルコレクトネスは物語の面白さに資するものとして大事だと思います。』」とツイートされていましたが、どのように励まされたのでしょうか? 教えていただけますか。

坂部:“コンプラ”、“ポリコレ”など、表現を制限するものとして揶揄されることもあるものです。ですが、個人的には守るべき最低限のことであり、そこをクリアした上で、どう面白くするかが大切だと思います。

同時に、それは表現を「縛る」ものではないとも考えます。「ポリティカルコレクトネス」は、いわば「誰かの気持ちを想像すること」。脚本家の三谷幸喜さんが『鎌倉殿の13人』を書くにあたって、女性スタッフの意見を積極的に取り入れていると語っていますが、結果として、描かれる女性達は、みなとてもいきいきとして深みのあるキャラクターになっています。自分以外の人の気持ちを解像度高く描けるなら、人物が魅力的になり、物語が面白くならないはずがない、というよい例かもしれません。よしながふみさんの言葉からも、そんな自分の考えを肯定されたように、勝手に受け止め励まされました。

女性同士の恋愛を描く本作は、人によっては「やっと」という思いもあるでしょうが、同じような設定の再生産にならないという点だけでも、「ドラマ」の可能性を広げるものだと考えます。

——最後に坂部さんはこのドラマを通して、どのようなメッセージを伝えたいですか?

坂部:例えば、“田舎”とされる土地の学校の片隅で、疎外感を感じ、生きにくさを感じている誰かが、少しでも救われる感覚を味わってもらえるようなものになったら。とても難しいけれど、そんなことを願って、制作に臨んでいました。

そして、女性同士の恋愛を描くこのドラマを見て、レズビアン当事者の方が、「自分の、自分達の、物語だ」と受け止めていただけたら、「やっとではありますが」という気持ちとともに、とてもうれしく思います。

■夜ドラ『作りたい女と食べたい女』(全10回)
NHK総合、毎週月~木22:45~23:00放送中(12月14日最終回)
原作:ゆざきさかおみ
脚本:山田由梨
音楽:伊藤ゴロー
出演:比嘉愛未/西野恵未、森田望智、中野周平(蛙亭)、野添義弘ほか
制作統括:坂部康二(NHKエンタープライズ)、大塚安希(MMJ)、勝田夏子(NHK)
制作:NHKエンタープライズ
制作・著作:NHK、MMJ
https://www.nhk.jp/p/tsukutabe/ts/5NX1QRN3VM/

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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