TOKION

連載「時の音」Vol.1

“Undreamt Chapter”
変わっていく世界と
変わらない自分のコントラスト
三宅純が「TOKION」のために
楽曲を制作

Scroll

パリを拠点とし世界を舞台に活躍する作曲家の三宅純。今年の4月には大作『Lost Memory Theatre act-1~act-3』(2013~2017)の序章と位置付けられる『Stolen from strangers』(2007)が、アナログ盤で復刻されたことも記憶に新しい。ジャズ、クラシック、エレクトロや、フランス、ブラジル、ブルガリア音楽などの影響を感じさせるそのサウンドは国境やジャンルはおろか、時間という概念をも超越する。そんな稀代の作曲家、三宅純が新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)に揺れる最中、「TOKION」に楽曲を書き下ろした。

最初の打ち合わせは、緊急事態宣言発令の前日。コロナ禍の波動をリアルタイムで感じながら制作された曲は自身にとっても感慨深い作品に仕上がったという。美しさと儚さ、古典と前衛、強さと繊細さというさまざまな感情が押し寄せる、さながら映画のような展開はあらゆる文化を吸収し独自の進化を遂げた東京という都市を映し出しているようにさえ見える。そして2020年現在、前代未聞の規模で移り変わる世界情勢と日々更新されていく人々の複雑な感情のレイヤー、その先にある希望の兆しも感じられる壮大なスケール感に包まれる音。張り詰めた緊張感と息を呑む美しさが同居した、まさに“今”を象徴する「時の音」を聴いてほしい。

“Complicated mix of time and anxiety” 三宅純 写真

停滞する時間と
対極のスピードで広がる不安の交錯

時の音を表現してほしいというテーマについて、どのような構成を思い浮かべましたか?
三宅純(以下、三宅): 奇しくも緊急事態宣言発令の前夜に打ち合わせがありましたよね?予定よりも早く六本木に着いたので、街を歩いてみると、経験したことのない領域に進んでいくような緊張感に包まれていました。人影もまばらで、これから起こる未知の現象への不安が掻きたてられました。打ち合わせで、「今回の作品はパンデミック以降の不安と光と希望が錯綜した状況を表現したい」と伺ったので、直前に街で感じたことや、これから進行していく世の中の波動を素直に表現していきたいと思ったんです。
打ち合わせまでのプロセスも曲に反映されたんですね。
三宅: 未曾有の状況下で、個々に異なる局面をどう受け止めて、どう対峙していくのか、予測できない情勢に対する複雑な思いは自然に反映されていると思います。自粛生活で時間が停滞しているように見える一方で、新型コロナというウイルスは凄まじいスピードで拡散している。日常だったことが刻々と変化していくのに、窓からは以前と変わらない穏やかな光景が見えている。そんな不思議な状況も表したいと思いました。
三宅さんの変わらない創作性と変わる世界の状況。そういった変化を目の当たりにして何を思いましたか?
三宅: 2月中旬に帰国した時点では世界的に見ても日本のほうがよっぽど危険な地域としてマークされていました。しかし1ヵ月後にはヨーロッパと状況が逆転してしまった。3月にピナ・バウシュのパリ公演のために、フランスに戻る予定でしたが、状況の悪化を鑑みてキャンセルし、逆に家族を日本に避難させたので、家庭内にも緊張感と疾走感がありました。戦時下を擬似体験するような心象でした。
“syncronicities”

シンクロニシティ

今回の作品にはコロナの状況はどのように反映されたのでしょうか?
三宅: 今回はミュージシャンを一度にスタジオに集めて録音ができない状況でしたが、幸いこのタイミングでリモート録音に対応できるホームスタジオを整備しているミュージシャンが増えてきて、ドラムの山木秀夫さんも自宅スタジオを録音できる体制にしたばかりだったんです。本格的なリモートレコーディングは今回が初めてだったと聞いています。Audiomoversというリモートレコーディング用のアプリを通じて、リアルタイムでやり取りをしながらの収録は画期的でしたね。他にも林正樹さん(ピアノ)、渡辺等さん(ベース)、アンディー・ベヴァンさん(フルート)、吉田篤貴さん(バイオリン・ビオラ)、内田麒麟さん(チェロ)など錚々たるメンバーが参加してくれています。
リモートレコーディング用のアプリを使っての録音は三宅さんにとっても、ある種の実験的な制作過程だったのでしょうか?
三宅: 外部スタジオでは過去に経験あるんですけど、ホームスタジオ同士では初めての経験でした。
依頼させていただいたタイミング、制作を巡るエピソードなどを含め、あらゆる状況においてシンクロニシティが重なった印象です。
三宅: たしかに打ち合わせは絶妙なタイミングでしたね。緊急事態宣言前夜に対面で打ち合わせすべきかどうかは、当日まで迷っていましたが、お会いしてよかったと思っています。あの日オンラインミーティングだったら、温度差が生じてまったく違う曲に仕上がったでしょうね。
最初にデモを作っていただいた段階で、フリューゲルホーンのソロを入れることをお願いした際、「サックスソロという選択肢もある」という話をお伺いしましたが、それはどういう意図だったのでしょうか?
三宅: もし今の空気を感じながら自分でフリューゲルホーンを吹くという選択ではなかった場合、オーネット・コールマンみたいなスタイルで吹かれた宮本大路のテイクを(ウィリアム)バロウズ的にカットアップしてコラージュしたら、パンデミック感が出るかもしれないと思ったからです。サックスを選択すれば別の意味でエッジの利いた感じになったと思います。
制作を進めるうちに、このように時代の動乱とリアルタイムに同期した曲は希少だと感じたので、次のアルバムに収録したいという気持ちでいます。
三宅純 写真 三宅純 写真
“The changing world and unchanging self”

変わっていく世界と
変わらない自分とのコントラスト

6月29日に納品されたファイナルミックスのファイルはver.11とネーミングされていました。このver.11に関するディテールをもう少し教えていただけますか?
三宅: 最終形に落ち着くまでに作ったミックスの数が11バージョンあるという意味です。通常パリでは、初期段階をエンジニアとファイルのやりとりで進め、その後同じスタジオに入って対話しながら微調整を加え、寝かして聞いて再調整する、という繰り返しになるのですけど、今回はパリにいるフィリップ・アヴリルと同じスタジオに入ることは不可能だったので、バーチャルなやり取りが増えました。過去にver.8以上回を重ねたミックスは無かった記憶ですが、今回はver.11まで。フィリップも大手術からの復帰後、初めての本格的なミックスだったと思います。ホームレコーディングのマイキングなども彼が親切に指導してくれました。
時系列で制作過程を追わせていただきましたが、ポストパンデミック以降ご自身の音楽はどうなっていくと思われますか?
三宅: 予想はできませんが、平常心でいることを大切にして、変わっていく世の中と変わらない自分との対比を感じるようにしています。そこに生まれる波動に耳を傾ける感じです。自分の作品にかけられる時間が増えたのを幸いに、1979年に作った曲を思い出してアレンジし直してみたり、その曲にデイブ・リーブマンが参加してくれたらすごいかもと思って打診してみたらOKしてくれたり。
新たにリリースするんでしょうか?
三宅: 次のアルバムに入れようと思っています。実は17歳の時に、師匠の日野皓正さんに連れられてデイヴ・リーブマンの自宅リハーサルを見学させてもらったことがあったんです。リハーサル後に自分を含め若いミュージシャンも加えたセッションになった思い出を伝えたら「覚えてるわけないだろ」と言われましたよ(笑)。
“The timeless existence of real timers”

時代を超越する
リアルタイマーの存在

デイヴ・リーブマンとはどんなやり取りがありましたか?
三宅: 譜面や和声についてかなりシビアなやりとりがありました。参加してもらった2曲には、まだ生楽器に差し代わっていない打ち込みのパートも沢山あったので、彼としても勝手が違ったと思います。話しているうちに、彼が過去に関わった作品群の音像と自分の記憶がオーバーラップしてきて、不思議なフラッシュバック体験をしました。音楽家を目指して研鑽していた頃の環境や友人まで。そんな想いを呼び起こしてくれるアーティストは、時間も時代をも超えるリアルタイマーとして非常に大切な存在ですよね。
それは興奮しますね。
三宅: 自分が彼に望んでいる雰囲気を伝えるため、仮でサックスのソロを入れようと思い、失礼な話ですが、デイヴ・リーブマンをイメージして打ち込んだサンプリング音のトラックを本人に聴いてもらったんです。そしたら「これ俺っぽいな」と。僕のソロに関しても「コレは誰が吹いているんだ?」と聞かれたので、自分が吹いたけれど、気に入らなかったら他のソロイストに頼むつもりだと話すと「このままが良い」と言ってくれました。他にも1981年のマイルス(デイビス)のカムバックコンサートでの楽屋でのやり取りをマイルスのモノマネをしながら語ってくれたりして、貴重な経験でした。
自分の思い出も含めて、当時の情景が思い出されるストーリーや音楽が重要なんですね。
三宅: 経済倫理優先で作られた音楽、売れるという側面だけで評価されるような音楽はパンデミック以降淘汰されるかもしれないですね。これからは、よりパーソナルな想いに呼応するような、地に足のついた音楽が選ばれる時代になるのかもしれません。
“Time is on my side”

初めて出会う
懐かしさという表現

三宅さんにとって“時間”は創作活動においてどんな意味を持ちますか?
三宅: 音楽は時間の芸術だと思っています。“時間”というのはとても不思議で、一瞬が永遠のように感じることもあるし、長い時間が瞬時に過ぎることもある。例えばジョン・コルトレーンが放った一音が全てを含んだ永遠のように聞こえて、時間が止まってしまうような感覚を抱くこともあります。意図してできることではないかもしれませんが、時間を操る術を勉強したいと思うんです。

また「歌は世に連れ」というように、音楽が時代、つまり時間の連なりを映していくのも大切だと思います。時代の空気を反映した音と、近過去の音を分数構造化することで時間が交錯して混濁したような表現もできますし、時空の旅のようなことが実現できる可能性があるのも楽しいですね。結果として既視感があるのに聴いたことのない曲に仕上がることもある。その感覚を僕は“はじめてであうなつかしさ”と呼んでいます。
時代性でいうと、効率的で便宜的な社会構造に脆さを感じます。
三宅: たしかにそうですね、原点に立ち返る必要がありそうです。自分の作品に関しては効率性や利便性とは隔絶した制作を続けてきたので、スタンスは変わりませんが、より掘り下げて考えなければいけない時が来たと感じています。
創作活動で最も大切なことは何でしょうか?
三宅: 心技体の充実、そして普遍性のある耐用年数が長い作品を作るのが最も大切です。自分が心底好きになれて、ずっと聞いていたいと思えるような音楽を、これからも作っていきたいです。
STAFF CREDIT
Music Jun Miyake
Direction & Produce Yoshihiro Sakurai (TOKION)
Photography Mayumi Hosokura
Movie Produce Yuki Isshiki (VISUALNOTES)
Movie Direction Ayanori Hamada (VISUALNOTES)
Cinematography Takayuki Yaginuma
Lighting Direction Shinya Ishiduka
Hair & Make up Yousuke Toyoda (Rooster)
Styling Kanako Sugiura
Model Mutsuma Ito, Rina Oya
Production Management Misaki Miyachi (VISUALNOTES)
Design Akihisa Arakawa
Mark up Takashi Oishi
Cooperation Yohji Yamamoto, AURALEE
Edit & Text Jun Ashizawa (TOKION)