西川美和 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/西川美和/ Wed, 22 Dec 2021 08:52:11 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 西川美和 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/西川美和/ 32 32 連載「時の音」Vol.10 西川美和が描く小説とはまた違う、映画ならではの伝えるべき物語『すばらしき世界』 https://tokion.jp/2021/02/24/tokinooto-vol10-miwa-nishikawa/ Wed, 24 Feb 2021 05:00:46 +0000 https://tokion.jp/?p=21247 2021年2月11日より全国公開された『すばらしき世界』。西川美和監督は、3年の歳月をかけて脚本を完成させた。人間の本質を映し出す今作品についてのインタビューとプラスもう少し。

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そのときどきだからこそ生まれ、同時に時代を超えて愛される価値観がある。本連載「時の音」では、そんな価値観を発信する人達に今までの活動を振り返りつつ、未来を見据えて話をしてもらう。

今回は、2021年2月11日より全国公開された『すばらしき世界』を監督した西川美和。人間の本質を映し出す今作品についてのインタビューとプラスもう少し。それは、素晴らしい作品の中の“とある部分”について。何年経っても誰かに話して聞かせたくなる。国語のテストじゃないんだから、解釈なんていくらでもあっていいけれども、空想力学しながら作品を噛みしめる日々。もし、チャンスがあるならぜひ聞いてみたい。そして、たとえセオリーから外れていたとしてもチャンスがあるなら聞くべきだ。

小説とはまた違う、2時間に集約された今伝えるべき物語

人生の大半を獄中で暮らした男。幼い頃に母親と別れたきりで、戸籍がなかった。誰も自分のことなど探していない。そんな出所後の世界で、男はどう生きたのか。実話を元にした、30年以上も前に書かれた小説『身分帳』。西川美和監督にとって初めての原案小説がある企画。これまでは自ら手掛けた原作や原案を立体化してきた。書いた佐木隆三さんもモデルとなった田村明義さんもすでにこの世にはいない。だからこそ、今作品においては、丁寧にリサーチを重ねた。そうして、分厚い小説とはまた違う、2時間の映画ならではの伝えるべき物語ができあがった。

例えば。『すばらしき世界』は、生きづらい社会を正直に描いている。そんな社会で経験する優しさと厳しさとか、易しいと難しいとかっていうものの間や端っこにある、人間だからこその温かさを映し出している。温かいっていうのは、本当はこういうことかもしれないよ。『すばらしき世界』は、そうやって私達に語りかけてくれている気がした。

『すばらしき世界』の制作は、2017年2月に旭川刑務所を訪れたところから始まった。西川美和監督は、『身分帳』のままの日時と場所に立ち、出所日の温度を感じようとした。かつて、田村氏本人がそこから見た13年ぶりのシャバ(刑務所の外の世界)の景色。佐木隆三さんが『身分帳』で描き、西川美和監督が捉えたその景色は、映画の始まりのシーンとして、私達へと共有されていく。雪が深く積もった旭川。晴れているのに青くないスモーキーな空。出所後、駅に向かうバスに乗った映画の主人公・三上正夫。動き出す景色と追いかける空。そうして物語は進行していく。

話が逸れてしまうが、今から15年前に見た映画『ゆれる』、そして、『ゆれる』公開直後に読んだ雑誌『AERA』のインタビュー記事について少し書いておきたい。記事は、とても素晴らしかった。記者の質問に対して、西川美和監督は、自分の言葉と伝え方で明瞭に答えていく。答えのすべてが整理されていて美しかった。その上で、私達が自らに置き換えて想像できる余白も残してくれていた。すぐにページをスクラップした。自らが取材する時、また取材される時、この時の西川美和監督を手本としている。それは今も変わらない。『ゆれる』は、とても素晴らしかった。ロードムービーのような始まり。雲が多くて、青いようで青くない空。軽快な音楽。その時、主人公が亡き母の供養に向かっていて、その後に幼馴染が死ぬなんて思えなかった。川の急流やガソリンスタンドのホースの水など、スクリーンの中のどこかが濡れていた。その後の『ディア・ドクター』『永い言い訳』などの作品もそうだけれど、西川美和監督の言葉や文章は、インタビュー記事にしろ小説やエッセイなどにしろ、とても美しくて見やすい。読みやすい。なのに、見終わったり読み終えたりすると、さっきまでわかっていたつもりの答えがどこかに行ってしまう。作品の中のことだったはずが、いつのまにか自分の人生に置き換わってしまうのだ。

最新作『すばらしき世界』は、実在した人物をモデルにした話ということで、主人公の人生の顛末はすでに決まってしまっている。だから、意図的に作られたミステリーやサスペンスはない。主人公の三上正夫は、出所後の生きていくための手続きにひたすら追われていく。これが退屈な物語かっていうとそうじゃない。西川美和監督は、ドラマチックなできごとのあとの日常をわかりやすく丁寧に描いていく。そうして、物語は私達自身が生きるこの世界にまで及んできて、他人事じゃなくなる。

付け加えると、『すばらしき世界』で印象的なシーンといえば、例えば、三上正夫が暮らした築40年のアパートの窓から空をぼんやりと眺めるところや、兄弟分がいる九州に向かった後の濡れた路地など、やっぱり青くなくてスモーキーな空だったりする。これまでの西川美和監督の作品と同じように、私は『すばらしき世界』の中の“空”について友人と話すに違いない。

「ずっと一定の優しさや親切さで人と接するというのは難しいと思う。タイミングが悪い時に電話がかかってくれば、どうしたって雑な対応になってしまうことがある。親身に励ましてくれるケースワーカーだって、たまにはいい加減にしろよって声を荒らげてしまうと思う。それで、なんだよ、みんな冷たいじゃないかとなる。それまでしてもらってきたことが吹き飛んでしまって、傷ついてしまうのもまたよくある話で。どちらも正直に生きてるだけなのに、うまくいかない時は簡単にこじれてしまう。三上正夫なんて、そうやってこじらせてしまう典型なんだと思う。映画を見ながら、ハラハラする。だけど、あることで電話したら、受話器の向こうで弁護士がとても喜んでくれて。そうすると三上正夫も本当に嬉しい気持ちになって泣いたり笑ったり。見上げると、黄昏時の空に星が出てる。その星がとても小さくて、さっきまで雨が降っていたようにゆれていた。満天の星空というわけじゃないのが、西川美和監督の空だと思わない?」。

私は、そのようなことをいろいろな友人に話すと思う。だから、早く映画館に行って『すばらしき世界』を見てほしいと友人を急き立てる。

最新作『すばらしき世界』と西川美和監督について

――出所後のバス。東京へ向かう列車。教習所の教習車。家路に向かう自転車。何かに乗っている時の主人公・三上正夫の表情が印象的でした。原作には、乗り物の描写はないので、これらのシーンから西川美和監督が表現したかったことがあるのでしょうか。

西川美和(以下、西川):意識していませんでした。ただ、なぜ乗り物を使うかと考えてみると、ほかのシーンでは人間が対決し、ひりひりするようなものがほとんどなので、どこかで人間を動かさないと息がつまってしまいます。だから、乗り物で動くシーンをクッションで入れているんじゃないかと思います。

――生活のかたちが少しずつ見えてきた三上正夫のアパートに小さな電気ストーブがありました。スイッチは入ってなかったですけど。『ゆれる』や『永い言い訳』などでもそうだったと思いますが、冬のシーンで暖房器具が登場してこないのはなぜでしょうか。

西川:真冬より、夏の物語のほうが多いからじゃないかと思います。今回は冬の旭川で雪を撮ることはこだわりましたが、出所後は、真冬を迎える前のコスモスが咲いているシーズンまでの物語です。だから、その後に真冬のシーンがあれば、電気ストーブにスイッチは入ったのではないでしょうか。

ーー『身分帳』の補遺・行路病死人で佐木隆三さんが後述していました。田村義明氏の生前にドラマ化の話があって、誰が主役だといいかと佐木隆三さんたちが尋ねると、本人は大照れして苦みばしった二枚目俳優の名前をあげた、というエピソード。これについて、西川美和監督はさらに取材を重ねて、どうやらその俳優が高倉健さんだったと答えたらしいと。ドラマ化は実現しませんでしたが、時を経て今回、西川美和監督によって映画化されました。物語の中で、三上正夫が泣き崩れるシーンがあります。かつて母親を待っていた養護施設のグランドで。そのシーンが突き刺さりました。その後、銭湯で津乃田に背中を流してもらう時の主人公の背中と津乃田の濡れた目。物語の中で見るこういった涙が、なぜか、当時、佐木隆三さんが涙があふれたまま便所に駆け込んだというエピソードとオーバーラップしてしまいました。

西川:撮影に入る前に、三上正夫が幼少期を過ごした養護施設も見て回りました。すでに亡くなられていて、直接会うことは叶わないですから、主人公の感情を追体験するようにしました。母親と別れ、戸籍がないまま、いい歳になったおじさんが、おぼろげな母親の記憶を元にそれに執着する気持ち。それは、なかなか実感できるものではありません。それに母親探しのドラマというのは使い古されてきた手法だし、今さら映画にするべきトピックなのか。この部分を省こうかと思った時もありました。しかし、実際に養護施設に行って、現在そこで生活している子ども達の姿を見た時でした。うっすらとですが、主人公が抱えてきた払拭されることのない孤独とか愛情への渇望とか、そういったものこそが三上正夫という人間の核心なんだと思いました。私はト書き(脚本で俳優の仕草などを指示した部分)には、「感情」ではなく「行為」しか書きませんが、素晴らしいのは、三上正夫を演じた役所広司さんの脚本への解釈能力だったと思います。なぜこのタイミングでここに来て泣いてしまうのか。1つも質問なさらなかったですけれど、(三上正夫の)気持ちを汲み取っておられたんでしょうね。「考えれば、かわいそうなやつでしたよね」と、おっしゃってました。

――本人はいたってまじめで、誠実に行動しているつもりなのに、いわゆる普通の社会では目立ってしまって、煙たがられる。私の周りにも三上正夫のようなキャラクターの人はいます。映画を見ながら、私もそちら側に近いんじゃないかと思い当たってしまい、苦しかったです。

西川:います。何人か思い当たりますよ。

――社会から外れてしまった人物に対する優しさや温かさ。それは三上正夫の周りの登場人物達から伝わって来ます。そして、原作者の佐木隆三さんはそういう眼差しで文章にしていた。映画では、仲野太賀さん演じるテレビディレクターの津乃田がその部分を担っていたとおっしゃっていましたが、これには西川美和監督の目線も投影されていたのでしょうか。

西川:佐木隆三さんの文章は、あまり湿度が高くないんですよね。悪いところも良いところも書くし、物語のおもしろさへとはめこんでいかないところが、素晴らしいです。私もそういう器みたいなものを目指したいなと思いましたね。『すばらしき世界』では、主人公だけでなく周囲のひとびとの良いところだけじゃない部分というか、人間はそんなに温かいだけの存在ではいることはできないし、行き違うことだってあるということをなるべくそのまま表現しました。

――西川美和監督にとって初めての原案小説がある企画だったわけですが、自分で書いた小説を映画にするほうが、作業的にやっぱりやりやすいのでしょうか。

西川:今回、本当に楽しかったです。もともとの本が素晴らしかったですし、自分が書くものより自信が持てますね。だからといって、原作もののほうがおもしろいからこれからはそれでやっていこうと特に思っていないですし、自分で書いたものを映画にすることだって楽しいですし、とにかく今までにやってきていないやり方を見つけていけたらと思っています。

――映画が好きでたまらないひとびとにとっての“すばらしき世界”とは。コロナ禍になって、改めて気付きました。映画館でチケットを買って物語に埋没できることが、とても素晴らしいことだったんだと。三上正夫だって、映画館に行ったことがあったかもしれない。もし今、西川美和監督の『すばらしき世界』の中の主人公が映画館に行くとしたら、何を観るんだと思いますか。

西川:アベンジャーズじゃないでしょうか(笑)。時代が違いますからね。映画館も予約をして観るということにも戸惑うんじゃないでしょうかね。

映画の中の空について
西川美和監督にお聞きしたかったこと

――西川美和監督のこれまでの作品を観て思ったことがあります。空があまりきれいではないというか。晴れているのにぐっとくる青空ではないのはなぜなんでしょうか。

西川:空でぐっとこさせる映画というのは、例えばなんでしょうか。

――『シャイン』とか『紅の豚』でしょうか。主人公のピアニストがトランポリンして真っ青な空に飛び上がっていくスローモーション。アドリア海の青空をポルコ・ロッソが雲を引きながら旋回するシーン。青空が必要不可欠ということではないんです。ただ、西川美和監督の映画には、入道雲とか夕焼けとか満天の星空とか、絵になりやすい強い空を見かけないように思いました。あえて、そうしているのではないだろうかと、友人達とああだこうだと一向に答えが出ない会話で盛り上がったりしています。『すばらしき世界』でも感じましたが、それまでの長編作品、『永い言い訳』『ディア・ドクター』『ゆれる』など、空が晴れているのに、青がかすんでいたりスモーキーだったりするんです。『夢売るふたり』では、ほとんど雨でした。だから、西川美和監督が、映画の中の空についてどういう思いを持っていらっしゃるのかと、チャンスがあればぜひ聞いてみたいと思っていました。

西川:特に考えたこともなかったですね。

――ふと思ったこともありまして、それはデビッド・フィンチャー監督の『セブン』のように、俗にいう雨男や雨女だからということかもしれない。『セブン』は、雨がほとんど降らないロサンゼルスが舞台だったのに、撮影中雨続きだったといいます。

西川:私はとにかく雨女なんですよね。晴れてくれたら入道雲だって撮りたいですけれど、入道雲が出たことがない。『すばらしき世界』では、撮影監督の笠松則通さんが、当初から天気の心配をしてくださっていました。ロケ地に向かうまでは晴れていたのに、さあ撮りますという頃には、雲が湧いてきてしまうことが多いです。

――これが西川美和監督の映画の空の秘密ですね。

西川:だけど、私の映画は、多少曇っているくらいのほうが、雰囲気が出てくるシーンになるんです。例えば、今回だったら、キムラ緑子さん演じる下稲葉マス子と三上正夫がやりとりするシーンは、雨のシーンじゃないのに雨が降ってしまったんです。だけど、濡れそぼる夕闇の中で2人が別れていくほうが、色っぽくてさびしくて、よかったと思います。『ゆれる』の撮影は、ずっと雨に降られていましたが、あの吊り橋の事件はやっぱりピーカンよりは曇天のほうが雰囲気が出るんですよね。だから、案外、私は、雲に助けられているんです。

ほかの監督の映画では、青空を待って撮る、狙って撮るという場合があるかもしれない。しかし、西川美和監督は、その時の空のままでシーンを撮っていくことで、結果的に雰囲気が出たり、次のシーンとの強いコントラストを生んだりしていく。『すばらしき世界』でも、ドキュメンタリーな空が素晴らしいシーンを作り出している。それは、西川美和監督がそのまま表現することにこだわった、主人公の三上正夫に対する佐木隆三さんや周囲のひとびとの眼差しとシンクロしていると思った。これから先、何年でも、誰かと西川美和監督の映画について話すことがあるだろう。なぜ空が青くないのか。私はしたり顔でそれを話すに違いない。そして、その時の私の頭には、三上正夫が見上げたスモーキーな空が広がっているだろう。小さな星がたった1つだけ光る、雨上がりの空だ。

西川美和
1974年生まれ広島県出身。オリジナル脚本・監督デビュー作『蛇イチゴ』(2002)で第58回毎日映画コンクール脚本賞受賞。長編第2作『ゆれる』(2006)は第59回カンヌ国際映画祭監督週間に正式出品され国内では9ヵ月のロングラン上映になった。続く『ディア・ドクター』(2009)で第83回キネマ旬報ベスト・テン日本映画第1位を獲得。以降、『夢売るふたり』(2012)、『永い言い訳』(2016)ではトロント国際映画祭に参加するなど海外へも進出している。小説やエッセイを多数執筆しており、『ディア・ドクター』のための僻地医療取材を元にした小説『きのうの神さま』と、映画製作に先行して書いた同名小説『永い言い訳』が、それぞれ直木賞候補になるなど、高い評価を受けている。

映画『すばらしき世界』
監督・脚本:西川美和
出演:役所広司、仲野太賀、橋爪功、梶芽衣子、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美ほか
原案:佐木隆三著『身分帳』(講談社文庫刊)
配給:ワーナー・ブラザース映画
©️佐木隆三 / 2021「すばらしき世界」製作委員会
2021年2月11日から全国公開
subarashikisekai-movie.jp

Photography Takeshi Abe

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