ベルリン アトナル Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/ベルリン-アトナル/ Wed, 02 Feb 2022 02:36:07 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png ベルリン アトナル Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/ベルリン-アトナル/ 32 32 “ベルリン アトナル”が仕掛ける新たなアンダーグラウンドカルチャーのフォーマット“メタボリック リフト”の全貌 ―ライヴ・レポート編― https://tokion.jp/2022/01/30/the-full-story-of-metabolic-rift-by-berlin-atonal-part2/ Sun, 30 Jan 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=90488 実験音楽の最高峰“ベルリン アトナル”の再構築版“メタボリック リフト”のライヴセクションをレポートする。

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2021年12月8日、再びクラブにてダンスすることを禁止する条例が出されたベルリン。

カルチャーシーンの現場では難しい選択を迫られる日々がまだまだ続くが、再び紹介したいのは、ロックダウンが緩和された2021年の秋に開催されたベルリンアンダーグラウンドシーンのイベントだ。ベルリンでは、およそまる1ヵ月を通じて行われた「Atonal 2021」。

このイベントは「実験的音楽と映像の祭典」として1982年にスタートして以来、去年のコロナロックダウンが訪れるまで毎年開催されていた。いわば恒例のベルリンのアートシーンと音楽シーンを接続する最大級のフェスティバル。アートイベントについてのレポートは「エキシビションツアー編」をご覧いただきたい。本稿ではティム・ヘッカーをトリに据えたライヴセクションについての内容を展開する。

会場は冷たさがある。それもそのはず、この場所は発電所として使われていた跡地で、天井ははるか頭上にある。実際にこのスペースがアートイベント会場として、未だ使われているのが、ベルリンの特筆すべき点である。それでもこの1年イベントがなかなか開催されていなかった中で、再びアンダーグラウンドシーンとアートシーンの接続線となるような祭典が見られるとだけあって、静かな高揚感に包まれていた。会場をぐるりと見ていた人達が外で時間をつぶすなど、思い思いの過ごし方をしているが、そこに退屈しのぎの雰囲気はなく。定刻からは遅れているが、それぞれが焦る様子もなく、時間をじっくりと味わっているかのようであった。ある程度人が増えてきたと思っていた矢先、何の前触れもなくその時は訪れた。

会場をこだまする硬質なリズムのないビート音

当初の開演時間からおよそ1時間が経過した頃だろうか。ひっそりと、しかし、確実にペリラが開場全体のグルーヴを確かめるように、静かにだが確実に重低音を鳴らす。みんな先程まで会話に興じていたが、彼女が紡ぎ出す音に吸い寄せられていく。「始まったね」なんて確かめるように観客同士が目配せをしている。彼女は音世界の境界線に立ち、深淵な世界をデリケートに描き出そうとし、この空間に1つのコンテクストを与えようとしているかのようだった。そして音がもたらすムードに観客が深く沈み込んでいた矢先、そっと前に出て頭を下げて去っていった。これ以上ない始まりだったと言っていい。

続いてパフォーマンスをしたのが、ベルリンのプロデューサー、ジュール。重低音を鳴らすパフォーマンスに付随して、コレオグラファーとして各所から注目を集めるキアニ・デル・バイエをゲストに迎えていた。ジュールの音世界のみならず、ヴィジュアル、身体的な側面から観客へのアプローチを積極的に行って視覚的な刺激がすさまじい。彼女が音に揺れて身体を揺らすごとに、そのバイブレーションが観客と音世界を紡ぐジュールに呼応してさらなるエクスペリメンタルなアプローチへと呼応していくのが素晴らしかった。MCで何度も感謝を述べた彼女達。映像には彼女の恍惚とした表情が美しい照明に照らし出されている。

インダストリアルな空間の中で鳴り響く重たく硬いサウンドとは裏腹に、真っ直ぐで力強いアプローチが印象的だった。そして、まもなく21時を迎えようとしていた頃、いよいよ、真打ティム・ヘッカーの登場を煽るMCがあり、会場が彼等に対するリスペクトの意を表明するかのような拍手に包まれた。

ティム・ヘッカーが見せた幽玄な音世界

ティムは開始直前、静かな微笑を浮かべていた。音数をぐっと絞り、1音1音を重ねていく。徐々にシンフォニックなメロディーラインが浮き彫りになり、鉄のカーテンのような重低音が会場を包んでいく。しばらく経ってから、コンクリートの打ちっ放しのインダストリアルな会場に反響するベース音が遠くで聴こえる。雷鳴のように鳴り響くかのようなずっしりとした音。その振動が身体全体を包みこんでいく。

さながら、ここはひっそりとした洞窟の中だろうか。観客がこの重たいサウンドが鳴らされる瞬間を待ち望んでいるかのような期待が充満し、目を閉じて身体を揺らす人達の姿があった。

そうこうするうちに印象的な「This life」の雅楽のリフレインがこだまする。まるで儀式のような“この世”と“あの世”の境界に足を踏み入れる時間まで、おおよそ15分ばかり。桃源郷と呼ぶにはあまりにも悲し過ぎる音が、彼岸へと手招きしている。悠久の時を跨ぐ弦楽器が何度も反響し、身体の細胞の隅々まで染み込んでくる。2021年ヨーロッパのベルリンで、雅楽の音が切実に鑑賞者の耳に届いていくのが、不思議でならなかった。

プレイ中、リズムらしいリズムは存在せず、絶え間ない音の揺らぎやサウンドスケープの中で座り込んで目を閉じたり、自分自身のリズムに合わせて身体を揺らす人々の姿がある。西洋と東洋の価値観が溶け合う音の中で、目を閉じなくとも気付く、この場に充満していた霧の中で人と人との境界らしい線は曖昧になり、それぞれが立ち上る音を一身に浴びている。

それぞれの時間の中の記憶と結合して、各々の考えに浸りながら、彼の音世界から浮かぶイメージを増幅させているのかもしれない。その音の中で何かと出合い、誰にも打ち明けることのない思いを巡らす。「これはまるで一種の音の教会ではないだろうか」なんてひとりごちた。

10分近く続く雅楽の残響のあと、続いた曲は、EP『Step away to Anoyo』のタイトルにあるように、彼岸に近いところへと我々を誘うプレイのように私には感じられた。体感としては自らの身体がここに存在しているのに、意識はどこかはるか遠くへと導かれる感覚。あるいは弦楽器とサウンドテクスチャーが織りなす世界が、ツンドラ地帯での吹雪のようで、脳髄をひんやりと痺れさせている感覚もある。会場がもたらす静けさなのだろうか。それとも、彼の音世界が作り出した幻想的な寒気だろうか。雪山で身体が痺れ動けなくなるような妄想にふけるのだった。孤高の世界に引きずられて帰ってこられなくなるかもしれない限界ぎりぎりのところで、「Music For Tsundora」や最新作「The North Water」からのシンセの音が、今生きる世界への光を照射するように降り注いでいく。そして、寒々とした景色の限界地帯から現実への手綱として冒頭と同じリフレインが鳴らされる。その音に導かれるように徐々に意識を元の現実世界へと戻していくように音が絞られていく。

思えばティムは、常にノイズやドローンという言葉の範疇には留まらない、越境的な音楽を作る存在として20年近く君臨してきていた。彼が常にパイオニアとしてアンビエントやドローンの文化を単なるサウンドコラージュとしての音楽だけではなく、教会音楽さながらのマインドセットで音を構築することで、聞き手を温かな空想の世界へと導いてくれるだろう。

僕等は飽きることなく何度でも彼が導いてくれる音の世界の深淵に足を踏み入れる。そして、それぞれの生活に向けて散り散りになっていく。何かを持ち帰りながら、そして何かを浄化させながら。そういう表現の場があり、そこに集う人達の意志が絶えない限り、コロナパンデミック以降の世界がどうなろうとも芸術を鑑賞し、体験するという営為は変わることなく続いていくだろう。そう確信させてくれる夜だった。

Direction Kana Miyazawa

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“ベルリン アトナル”が仕掛ける新たなアンダーグラウンドカルチャーのフォーマット“メタボリック リフト”の全貌 -エキシビションツアー編- https://tokion.jp/2021/12/16/the-full-story-of-metabolic-rift-by-berlin-atonal-part1/ Thu, 16 Dec 2021 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=82396 実験音楽の最高峰“ベルリン アトナル”の再構築版“メタボリック リフト”のエキシビションツアーを紹介する。

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否応なしに人生の“一時停止”を強いられた2020年、国と国とが分断され、人と人とのコミュニケーションは希薄なオンラインが主流となった。世界中のジェットセッター達のスケジュールは真っ白になり、環境問題を危惧していたドイツ人アーティストは二度と飛行機には乗らないとまで宣言した。人生の“re-start”ボタンが押されたとともに、私達は徐々に日常を取り戻しながら、パンデミック前と変わらない生活に戻ることはもう2度とないのだと悟る。

しかし、打ちひしがれている時期はもうとっくに過ぎ去った。人も街も、そして、アンダーグラウンドシーンも再び動き出している。それは、単なるシーンの復活を祝うものではなく、1年以上もの長い沈黙を貫いてきたのはこのためだったのかと思えるほど、奥底に眠っていたカルチャーへの不屈の精神が浮き彫りになった瞬間でもある。

実験音楽の最高峰“ベルリン アトナル”の再構築版“メタボリック リフト”は、今まさに世界が知りたいと願うベルリン・アンダーグラウンドカルチャーの姿だ。エキシビションツアーとライヴパフォーマンスに分かれて開催された同プロジェクトを特集にてお届けする。

「人間は自然から生きている。つまり、自然は私達の体であり、私達が死なないためには、自然との対話を続けなければならない。人間の肉体的、精神的生命が自然と結びついているということは、自然が自分自身と結びついているということであり、人間は自然の一部なのである。」

カール・マルクス「METABOLIC RIFT」

「メタボリック リフト」が示す、新しい時代におけるカルチャーのあり方

“ベルリン アトナル(以下、アトナル)”といえば、毎年8月末にクラフトワーク、トレゾア、OHMを会場に5日間ぶっ通しで開催される実験音楽のフェスティバルとして世界的にも高い評価を得てきた。通常では観ることのできないトップアーティスト同士のコラボレーションをワールドプレミアで披露するだけでなく、インダストリアルなクラフトワーク内にノイズやビートがぶつかり合って反響し、規格外の巨大スクリーンに映し出されるトリッピーな映像に打ちのめされるあの感覚は唯一無二だ。

アトナルは1982年にスタートし、1991年にいったん休止となったのち、2012年に復活、そして、2020年に再び中止を余儀なくされた。パンデミック以前から前途多難な道のりをたどってきたフェスとも言える。ロックダウン中に一度だけ、3つの会場が立ち並ぶケーペニッカー通りを訪れたことがある。当時の街の様子を記事にするためだったが、重苦しいシャッターが閉まったままのグレーの世界は陰鬱と絶望しかなかった。

しかし、9月25日から10月30日の長期間にわたり開催された「メタボリック リフト」によって、完全なる復活と進化を遂げたのだ。環境研究家カール・マルクスの『資本論』から由来されたタイトルは、膨張し過ぎた資本主義、自然と共存しなくては生きていけない人間、新しい時代におけるカルチャーのあり方、さまざまなことを考えさせられる。参加アーティスト達は一体どんなメッセージを作品に込めたのだろうか。

これまでとは全く異なるアプローチの体験型エキシビションツアーは、想像をはるかに超えた先にあるさまざまな潜在意識が具現化したような世界だった。

知り尽くしているはずのテクノの聖地トレゾアは、誰も知らないパラレルワールドへの入り口と姿を変えていた。暗闇の中、かすかな光を頼りに恐る恐る先に進んでいくと、DJブースの前ではスポットライトに照らされたブロックの氷がシュールに溶けていく。中国人アーティスト、パン・ダイジンの作品を発見したところから、アトナルが仕掛けた世にも奇妙な“トリック”が幕を開けた。

ツアーグループに同行していたガイドスタッフからは何の説明もない。自分の目で見て、聴いて、感じるだけ。作品展示は、普段は通ることのできない裏導線や存在さえ知らなかったバックヤードにまで及び、その緻密さやサプライズに終始感心しながら移動していた。そうしているうちに自分が今どこにいるのか分からない迷宮に入り込んでしまった。これもきっとトリックの一部なのだ。そんなことを考えながら歩き進むと、突如目の前で踊り狂う巨大なスカイダンサーが現れた。

フランス人アーティスト、シプリアン・ガイヤールとシカゴが拠点のジャマール・モスことハイエログリフィック・ビーイングによるインスタレーションは、クラブやフェスで踊る機会を失われた人間の代わりに、伝説のキラサン・サウンドシステムの“壁”の前で無機質なビニール人形が激しいエアーに吹かれて舞い、無言のまましぼんでいくといったキネティック・アート。その一連の様子に哀愁を感じながら、地を這うウーハーの迫力にダンスフロアが無性に恋しくなった。

クラフトワークのメインホールを占拠していたのは、ニューヨークのアンダーグラウンドヒップホップシーンを牽引するアーマンド・ハマーのラップ映像だった。アルケミストとジョセフ・モールトによって手掛けられた映像は、前後左右に設置された巨大スクリーンからそれぞれ違った映像が流れ続けるマルチチャンネル・ビデオインスタレーションであり、フロアに敷かれたビーズクッションにもたれ掛かりながら身を任せた。

最も興味深く、個人的に好きだったのは、グランドフロアーに展示されていたダニエル・リーによる大掛かりなインスタレーションだ。年代を感じさせる古びたつぼが配置された空間を天井から吊るされた垂れ幕のような大きな布が交差する。生花で覆われた美しい柱は圧倒的な存在感を放ち、土、穀物、種子など古代から人間が必要としてきた自然界の素材が多数用いられていた。至るところに流れていた水は、朽ちていく褐色の世界と鉄筋コンクリートの無機質な空間の中で、オアシスのような癒やしを感じさせた。

リリアン・F・シュワルツのビデオ制作に携わった映像クリエイター・田中弘雄が“メタボリック リフト”を語る

コンピューターアートのパイオニアの1人として知られるリリアン・F・シュワルツのビデオ制作に携わった田中弘雄に“メタボリック リフト”について語ってもらった。彼は以前、TOKIONでもインタビューしたベルリン拠点の映像クリエイターであり、アトナルの撮影クルーでもある。

「“メタボリック リフト”とは、マルクスの思想から着想したコンセプトですが、過去に電力を供給していた建物の地下から18階相当にも上る屋根裏部屋までを存分に使った展示は、ツアーで回る観覧者のアートに対する考えを変える代謝(メタボリック)のようなもの、と聞かされていました。

リリアンの作品は、その内蔵部分の最下部、地下ツアーの最終地点に置かれた映像作品でした。リリアンは1970年代から活躍するビデオアーティストで、その実験的な作風で伝説的な存在でもあります。自分がイギリスの大学院でアートを研究していた時期にも至るところに作品が登場しました。のちに半盲となってしまい、息子であるローレンスの助けを借りて作品を作り続けてきました。クレヨンやマジックを使い、手探りと色を頼りに顔のドローイングを描き続けてきましたが、それらを編集して、エフェクトをかけるというのが今回の僕の仕事でした。

最初はかなりランダムに思えたドローイングですが、彼女が長年培った映像のルールであるXY軸のポジショニングで画用紙の中に目や顔のパーツが配置されており、ナンバリングに沿って編集していくと、目が瞬きをするような瞬間があったりして驚きの連続でした。

テクノロジーの進化によって、CGアートの世界が変わろうとしている時代に、そのルーツである方達の原点回帰の作品にコンピューターでエフェクトをかけ直すという作業は、もはや冒涜にも感じてしまいましたが、リリアンとローレンスとのメールでのやりとりでは常にオープンで、その姿勢に救われました。 ローレンスからは、人間の目の構造やアートに対する世界の認識や創作哲学など、強烈なインスピレーションを多数もらいました。学生の身で研究していた方との再会を数年越しにさせてもらったのは光栄としかいえません。なので個人的にも、もう一度創作の原点に戻らせてくれた“メタボリック リフト”というコンセプト、そしてそれが世界や人が大きく変わろうとしてる2021年に行われたことに不思議な運命を感じています」

すでに20%しか残されていない片目の視力と息子の手助けによって描かれたリリアンのドローイングは、サイケデリックと純真潔白が激しく入り混じるサブリミナルな世界で、コンクリートの洞窟の奥底に吸い込まれていった。

次回は、カナダのエクスペリメンタル・コンポーザー、ティム・ヘッカーも出演したライブレポートをお届けする。

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