SYO, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/syo/ Tue, 05 Dec 2023 10:50:48 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png SYO, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/syo/ 32 32 躍進を続ける俳優・眞栄田郷敦が初主演作『彼方の閃光』に込めた役者への想い 「その役にすべてを懸けられるかが僕にとってはとても大切です」 https://tokion.jp/2023/12/06/interview-gordon-maeda/ Wed, 06 Dec 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=218142 映画『彼方の閃光』で初主演を務めた眞栄田郷敦へのインタビュー。

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眞栄田郷敦

眞栄田郷敦(まえだ・ごうどん)
2000年生まれ。ロサンゼルス出身。父は千葉真一。2019年『小さな恋のうた』で役者デビュー。近年の主な出演作に、映画『午前0時、キスしに来てよ』『東京リベンジャーズ』『カラダ探し』、『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編』、TVドラマ『ノーサイド・ゲーム』『エルピス -希望、あるいは災い-』などがある。
https://gordonmaeda.com

2019年に映画『小さな恋のうた』で俳優デビューしてから、約4年。眞栄田郷敦は『東京リベンジャーズ』シリーズや『ゴールデンカムイ』(2024年1月19日公開予定)のような娯楽大作から、数々の賞に輝いた社会派ドラマ『エルピス―希望、あるいは災い―』、NHK大河ドラマ『どうする家康』にも出演し、目を見張る速度で人気俳優への道を駆け上がってきた。

その眞栄田が初主演を飾った映画『彼方の閃光』が、12月8日に劇場公開を迎える。色彩を感じられない青年・光(眞栄田郷敦)が自称革命家・友部(池内博之)と共に長崎・沖縄の戦争の痕跡を辿る――という物語。戦争・原爆・環境破壊等に対する痛切なメッセージを宿しており、約3時間にわたって眞栄田をはじめ出演陣の迫真の演技がぶつかり続ける。

公開を前に、眞栄田に現在の心境を語ってもらった。

映画初主演について

——2022年の東京国際映画祭で本作がお披露目された際は、まだ配給会社が決まっていない状態だったと伺いました。

眞栄田郷敦(以下、眞栄田):はい。でも、僕としてはそんなに焦ってはいませんでした。一番いい形でいろいろな人に観ていただき、伝わったらいいなと思っていたので、公開が決まって良かったです。

——その場では「やりたいことをやりたいメンバーで、とことんこだわって実現した映画」と語っていらっしゃいましたが、初主演映画としてこの映画を選んだ理由を教えてください。

眞栄田:単純にこの脚本を読んだ時に強く惹かれたことに尽きます。メッセージ性が突き刺さる感じや、光という役の魅力、難しさ――。そういった部分に惹かれた企画で、たまたまいただいた役が主役だったというだけでした。いままで経験してこなかった作風であり、モノクロの映画でもあって、すべてが新しい挑戦になるからこそ飛び込みたいという気持ちでした。

——「モノクロ映画」は当初から決まっていたのですね。

眞栄田:そうですね。「こういう雰囲気です」というイメージ映像を半野喜弘監督に見せていただき、この世界観や感覚を持っている監督やスタッフの方々と作品づくりをできたら面白そうだと感じました。

——光は幼い頃に視力を失い、手術を行うも色彩が感じられなくなった役どころです。どのように落とし込み、演じていかれたのでしょう。

眞栄田:光は幼少期に視力を失って、世の中の良いも悪いも物理的には見られず、感じられない中で育ってきました。そのため、世の中に対してどこか尖っている人物、という心の部分をまず作っていき、そこから「指先の感覚を大事にしている」といった身体的な部分を考えていきました。いろいろなものを触って、肌の感度が鋭敏になるように心がけていました。

——チャレンジングな難役に挑む際、ご自身の中でルーティン化しているアプローチなどはありますか?

眞栄田:脚本から読み取れる情報を吸い上げて、落とし込むという根本はいつも同じです。そこから実際に経験しないといけない肉付けの部分については、役どころによって変わってきます。

ドキュメンタリーのような作品

——人物を追いかけるような荒々しいカメラワークも印象的でしたが、半野監督の現場はいかがでしたか?

眞栄田:劇映画というより、ドキュメンタリーを撮っているような感覚がありました。半野監督と撮影監督の池田直矢さん、照明部さんにメイクさんと各部署がセッションして、その瞬間を作っているアンサンブル感が印象に残っています。友部(池内博之)と糸洲(尚玄)が海で言い合うシーンなどはアドリブも多く、もともとはカットを割って撮る予定だったのが、みんなの芝居だったりカメラワークにピント等々、すべてがマッチしたためワンカットになりました。

——本作は長崎・沖縄の戦争について真正面から描く映画であり、だからこそアドリブで言葉を発するのには勇気もいるのではないかと思います。生半可な覚悟で言葉を足したり変えたりできないといいますか。

眞栄田:沖縄出身の尚玄さんが感じていることの強さを、リアルに感じた瞬間でした。もともとのセリフに込められていたメッセージ性にご自身が見てきたことを足されていて。あのシーンはほぼテスト(リハーサル)もしておらず、段取り(カメラや俳優の動きの確認)をやったらすぐ本番という感じで、何が起こるのかわからない点でもドキュメンタリー的でした。

——本作には、眞栄田さんと池内博之さんのバディものの側面もありますね。

眞栄田:池内さんとは途中から芝居をしている感覚がなくなりました。撮影前からいろいろとお話しさせていただいて関係性もできていましたし、池内さんが友部にしか見えないからスッと言葉が入ってくるし、自分も同じテンポで返せました。台本上には「泣く」とは書いていないのですが、池内さんの芝居の熱量に引っ張られて涙が出てきてしまう、ということもありました。

——その瞬間の生の感情・反応が出てきてしまうような現場だったのですね。

眞栄田:場所の力も大きいと思います。「光という人物を演じている」と頭ではわかっているけど、実際に戦争を経験した場所に身を置いて、自分自身もいろいろなことを感じました。その感情は間違いなくリアルで別に演じていないため、とても不思議でした。そういった意味でもドキュメンタリーのような感覚でした。

僕達は小さい頃から学校などで「戦争は理屈抜きにダメだ」と教えられてきましたが、どこか遠いことのように感じてしまっている方もいらっしゃると思います。『彼方の閃光』を経験したことで、初めて戦争を身近に感じて「伝えていく立場になったんだな」とその重要性を痛感しました。

——本作で俳優デビューされたAwichさんとの共演はいかがでしたか?

眞栄田:僕はAwichさんに演技経験がないと知らず、「詠美さんにしか見えないな、雰囲気がすごいな」と感じていました。実際にどんどん引っ張っていただきましたし、素晴らしかったです。Awichさんはとてもガッツがあって、何事にも動じないんです。

——半野監督はホウ・シャオシェンやジャ・ジャンクーとコラボレーションした作曲家でもあります。俳優であり演奏家でもある眞栄田さんと共鳴する部分も多かったのではないか、と想像しました。

眞栄田:確かに、言葉にせずともわかり合っている部分はあったかと思います。それこそセッション的といいますか「いま、こうしたらいいんだろうな」と一致する瞬間が多くありました。事前に監督からこの映画や戦争、それぞれの役に対する想いを伺っていたことも大きいと思います。撮影後半は「光ならこうすると思います」と僕が伝えて、半野監督が「じゃあそれでいこう」と言ってくれるような感じでした。

——本作のキーの1つに、写真家・東松照明さんの作品群があります。彼の写真に対して、どのような印象を受けましたか?

眞栄田:写している人の表情などには飾り気のないリアリズムがあって、それなのに綺麗で文章を含めて美しさがあると感じました。美しいものに触れてこられなかった光が惹かれたのもすごく納得しました。

目標は「昨日を超え続けていくこと」

——作られた順番は前後しますが、『エルピス―希望、あるいは災い―』や『彼方の閃光』世に問う作品に惹かれるところはありますか?

眞栄田:意識的にそういった作品を選んでいるわけではありませんが、脚本を読んで考えさせられるものに対して「やりたい」と思うことは多いかもしれません。

脚本を初めて読む時は、まずは第三者として観客に近い形で頭から最後まで読むようにしています。そこで純粋に「面白い」と思えるか、役がチャレンジングかを重視しています。作品自体のやりがいはもちろんですが、その役にすべてを懸けられるかが僕にとってはとても大切です。

——その“やりがい”は、どういった瞬間に感じられるのでしょう。

眞栄田:やっぱり現場です。自分の中で役を作って現場に行き、それをアウトプットしてみんなで1つのシーンを作っていく時間――相談しつつ時にぶつかり合いながら、試行錯誤していく時間が一番楽しいです。そのためには自分がしっかり考えていかないと闘えないし、ぶつかり合えないし、土俵に立つことすらできません。各々がとにかく考えて、みんなで集まって作っていくことができた時に、やりがいを感じます。

——2023年は『大河ドラマ どうする家康』にも出演されました。今現在の目標や、今後についてはどんなビジョンを描いていますか?

眞栄田:全く決めていません。作品はやっぱり出会いだと思うので、目の前にある「すべてを懸ける」と決めた作品を一個一個良いものにしていくことしか考えていません。そうしていけば、自然と自分もステップアップしていけると実感していますし、やりがいも感じられます。そういった意味では、目標は「昨日を超え続けていくこと」です!

Photography Takahiro Otsuji
Styling MASAYA(PLY)
Hair & Makeup Kengo Kubota(aiutare)


『彼方の閃光』

■『彼方の閃光』
12月8日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次公開
出演:眞栄田郷敦 池内博之
Awich 尚玄 伊藤正之 加藤雅也
監督:半野喜弘
原案:半野喜弘 
脚本:半野喜弘/島尾ナツヲ/岡田亨
スタイリスト:半野喜弘/上野恒太
音楽:半野喜弘
プロデューサー:木城愼也/半野喜弘/坂本有紀/中村悟/藤井拓郎
配給:ギグリーボックス
制作プロダクション:GUNSROCK
2022/日本・米/169分
©2022彼方の閃光製作パートナーズ
https://kanatanosenko.com

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Netfilx『サンクチュアリ -聖域-』江口カン監督インタビュー後編 「時間をかけて丁寧に作っていくことに尽きる」 https://tokion.jp/2023/07/12/interview-kan-eguchi-part2/ Wed, 12 Jul 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=196708 Netflixオリジナルドラマ『サンクチュアリ -聖域-』江口カン監督インタビュー。後編では引き続き「準備」の大切さをテーマに、キャラクターの誕生秘話や俳優演出について語ってもらった。

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2023年5月4日にNetflixにて配信開始された『サンクチュアリ -聖域-』。角界に乗り込んだ不良が、大相撲の世界で揉まれながら力士としてのし上がっていくさまを全8話で描く本作が、一大ブームを起こしている。日本国内はおろか、Netflixの週間グローバルトップ10(期間:5月1日~7日)にランクインするなどロケットスタートを記録し、2ヵ月ほどが経った今もその勢いは衰えることがない。

その生みの親である江口カン監督への全2回にわたるロングインタビュー、後編では引き続き「準備」の大切さをテーマに、キャラクターの誕生秘話や俳優演出について語ってもらった。

前編はこちら

江口カン
映画監督。福岡県生まれ。福岡高校卒業。九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)卒業。1997年に映像制作会社KOO-KI(くうき)設立。2007~2009年、カンヌ国際広告祭で3年連続受賞。2018年に映画『ガチ星』を企画、初監督。以降、2019年に映画『めんたいぴりり』と映画『ザ・ファブル』、2021年に映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の監督を務める。2023年5月に監督を務めたNetflixドラマ『サンクチュアリ –聖域–』が世界同時配信。日本国内で1位、グローバルで6位を記録。2023年6月に映画『めんたいぴりり パンジーの花』公開。映像以外では、2020年に辛さの単位を統一するアプリ「辛メーター」を発案、プロデュース。現在登録ユーザー数6万人越え。
Twitter:@KanEguchi
https://koo-ki.co.jp/works/kan-eguchi/

——先ほどお話しいただいた画面の説得力にも通じるかもしれませんが、本作を観て印象的だったのが“わかりやすさ”です。相撲に詳しいわけではなくてもスッと入っていけましたが、どのような工夫をされましたか?

江口:そう言っていただけて、いますごくホッとしています(笑)。なるべく説明的にならないように、じんわりわかるように伝えたいなと思ったのですが番付にしたってどっちが上か下かはなかなかわからないですよね。ただ、そこを懇切丁寧に説明するのではなく、相撲独特のルールで観る人の集中を妨げないようにしたいというのは脚本でも編集でも頭を悩ませたところです。正解がないですから。

猿将部屋の力士はみんな「猿」が付くから名前も似ているし、まわしの色もみんな黒で、基本的に裸だから服で差を作ることもできない。キャラ立ちさせるのは難しかったです。

——理解度の促進でいうと、染谷将太さん演じる同部屋の清水や、忽那汐里さん演じる記者の国嶋飛鳥が効いていました。

江口:実は、国嶋は最初はいませんでした。男達だけの世界になってしまい、角度を変えた視点が欲しいと生まれたキャラクターです。稽古という名の理不尽な暴力が肯定されることが腑に落ちない視聴者はいるでしょうから、視聴者の代弁者である彼女が切り込んでくれることでわかりやすさも生まれたように思います。

——そうだったのですね! そのほか、脚本を改稿していく中で大きく変化していった部分はありますか?

江口:最初は、静内(住洋樹)が主人公でした。キャラクター自体は完成版と変わらず、セリフが一個もない。金沢くんの中では「世界配信だったらセリフがないほうが広く届くんじゃないか」という考えだったそうなのですが、僕は物語にちょっとドライブがかかりにくいと感じました。そこで、打ち合わせの帰りに「静内をライバルにしたらどうだろう」と提案したんです。

僕は格闘家の桜庭和志さんが好きで、彼が「ファンタジスタ」と呼ばれていた時の“調子乗り”な舐めている感じに惹かれていたんです。その話を金沢くんにしたら「書けるかも」ということで、猿桜のキャラクターが生まれました。だから、猿桜の「桜」は実は桜庭さんからもらっているんです。あとは双羽黒や朝青龍など、何年かに1回出てくるヤンチャな力士の要素を入れていきました。朝青龍は『サンクチュアリ -聖域-』も観てくれたそうです。

絵コンテ制作に4ヵ月

——本当にさまざまな層にまで広がっていますよね。個人的には、試合の前に会場入りするシーンでお客さんが触る光景などを観て「こういう文化なんだ!」と知ることもできました。

江口:制作時に「常にドキュメンタリー的視点を意識しておこう」という話をよくしていました。相撲部屋を見学する感覚といいますか、カメラの距離感もドキュメンタリーを意識してちょっと覗き見している感じを演出していました。一枚壁があるがゆえにもどかしくてもっと観たくなるというような塩梅を大切にしています。それは『ガチ星』にも共通しますね。あっちは競輪学校を覗き見する感覚を重視していました。

——最終話(第8話)の猿谷(澤田賢澄)の断髪式然り、1つ1つのシーンをじっくり尺を割いて構築していますよね。

江口:断髪式のシーンは「長くて飽きちゃうんじゃないか」という意見もありました。でも、ここに至るまでの積み上げがちゃんとあるから、各々のキャラクターも頭に刷り込まれているだろうし、視聴者の方も参列している気分になれるんじゃないかと思っていました。

僕は、断髪式は力士の葬式だと思っています。親方になったとしても、力士としてはそこで死んでしまう。だからこそ、1人1人が猿谷に声をかけて通り過ぎていくあの時間をしっかり撮って、共有する必要があると感じました。最終的に少し削りましたが、それでも12分くらいありますから。

——特に最終話は30分とこれまでの約半分の尺なので、より際立ちますよね。こうした1エピソードにおける尺の制限のなさも、Netflixの特徴だと感じます。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4の最終話なんて、140分以上ありますし(笑)。

江口:例えば長いシーンにしても、それだけちゃんと観続けられることが絶対条件ですよね。引き付けられないのであれば短くすべきですし、じっくり魅せることで引き付けられたら長くてもいい。そういう意味では、極めて真っ当だと感じます。

劇場映画は大好きですが、劇場で1日にかける本数の確保——つまり回転数のために2時間を切ってほしいというオーダーをされることがありましたが、事情はわかりつつも作品性より優先するべきなのか?とは感じます。

——ちなみに、今回の撮影では絵コンテ等は用意されたのでしょうか。

江口:僕は絵コンテがないと撮れない性質なので、撮影前にすべて描きました。もちろん現場で変わっていくものですが、完成した本編を観ても基本的には絵コンテ通りになっています。

絵コンテは僕にとって自分の頭の中を整理する作業で、脚本という文字情報を映像という立体に起こすためには欠かせない作業です。そのため、コンテライターに描いてもらっては意味がない。作っていく中で脚本制作時には思いつかなかったアイデアも出てきますしね。そのため1人でちびちびと作っていきましたが……なんだかんだで4ヵ月くらいかかったんじゃないかな。

——そんなに!? それもまさに“準備”の大切さを象徴するエピソードですね。

江口:ロケハンやオーディションと並行しながら進めていきましたが、きつかったです(笑)。

絵コンテは基本的にスタッフには配りますが、俳優には演技を縛ってしまうのが嫌でなるべく見せないようにしています。やっぱり、その場で体験をしてもらってそれを撮っていくことが大事ですから。

一ノ瀬ワタルへのLINEを使った演技指導

——俳優演出についてもお聞かせください。演技初挑戦の方もいらっしゃるなか、どのように調整をされていきましたか?

江口:俳優さんは、ワンテイク目が一番いい人とテイクを重ねるほど良くなる人、中盤に一番いい芝居が出る人とさまざまです。1人1人とコミュニケーションをとりながら特性を見極めて「この人はこういう方針で行こう」と決めていきました。

また今回に関しては、いわゆる“うまい芝居”が必ずしもハマるわけではないんですよね。力士の人達は、必ずしも芝居についていろいろな引き出しや技術があるわけじゃない。その分、彼等にしか出せない個性があるので「どう撮っていくか」を考えるのは面白かったです。

一ノ瀬くんに関しては、1年くらいLINEを通したやり取りを続けました。「今日は猿桜のこのシーンを自分で演技して、その様子をビデオに撮って送ってほしい」と伝えて、送ってもらったものを観つつ「もっとこういう感じじゃないか」という話し合いを繰り返していきました。クランクインする前にしっかり猿桜のキャラクターをつかんでほしかったという想いからそうした方法をとりましたが、一ノ瀬くんも「めちゃくちゃ助かった」と言ってくれました。

彼の中には不安もあったと思うんです。初めての主演で、なかなかのボリュームでこんな内容で……。こちらが厳しく接してしまった局面もありましたが、本人が「良かった。身になった」と言ってくれてありがたかったです。

——俳優さんにお話を伺うと「準備時間がほとんど取れないなかで次の現場に臨まないといけない」という悩みも聞くので、入念な役作りは贅沢な期間だと感じます。

江口:派手さの裏では、そういう極めて真っ当なことを地道に積み重ねてきました。そういった努力は、画にも出ていると感じます。派手さの陰に隠れているから、観ている人がそこを言及することは少ないかもしれませんが、その裏打ちがないと世界観にすんなり入ることはできません。一番大切なのは、違和感を抱かせずに自然に引き込んであげることですから。

——本日のテーマは「準備」かなと思いますが、改めて『サンクチュアリ -聖域-』から日本映画・映像業界にどういった部分を還元していければいいとお考えでしょう?

江口:問題点を挙げてもキリがないのですが、時間とお金の関係でいうと、準備に時間をかけたほうが無駄なお金を使わずに済むんです。時間がしっかりあれば、丁寧かつ計画的に作り込んでお金を効率よく使えるのに、時間がないから「金で解決する」瞬間が出てきてしまう。でもそれでできあがるものって金はかかったけどやっぱり急ごしらえで雑で精度が低い。僕は常々そうした無駄をなくしたいと考えてきました。プロデューサーにも「時間をください」とよく言いましたし、時間をかけて丁寧に作っていくことに尽きるかとは思います。

『サンクチュアリ -聖域-』はご存じの通り原作はなく、真ん中にいる俳優達はお客さんをいっぱい持っている有名人ではない。そんな中おかげさまで話題になったのは、しっかり面白い脚本が作れたこと、準備をしっかり丁寧にできたこと、その結果みんなが同じ方向を目指せたことが大きいと感じています。

日本には優秀なスタッフがたくさんいるのに、その力を発揮できないことのほうが多い。みんなクリエイティブで面白いものを作りたいわけですから、ちゃんと時間さえあれば喜んでやってくれるんです。Twitterでも「海外に通用する作品を作れる人達が日本にもいたんだ」とスタッフワークに注目してくれている人がたくさんいましたし、そういう環境がもっと生まれてほしいなと思います。

——貴重なお話の数々、ありがとうございました。これは現時点では答えにくいかもしれませんが……続編も多くの方が期待しているかと思います。

江口:そう言っていただけるのはとても嬉しいですし、期待の声も聞いています。続編の可能性については僕達も全く知りません。ただ、僕や金沢くんの間であくまで雑談ベースですが「こういうことをやりたいね。できそうだね」という話はしています!

「サンクチュアリ -聖域-」

■「サンクチュアリ -聖域-」
借金・暴力・家庭崩壊…と人生崖っぷちで荒くれ者の主人公・小瀬清が、若手力士“猿桜”として大相撲界でのし上がろうとする姿を、痛快かつ骨太に描く人間ドラマ。猿桜を筆頭に、相撲愛に溢れながらも体格に恵まれない清水や、相撲番に左遷された新聞記者・国嶋ら、ドン底でもがく若者たちの“番狂わせ”がはじまる。

監督:江口カン
出演:一ノ瀬ワタル、染谷将太、忽那汐里、田口トモロヲ、きたろう、毎熊克哉、住洋樹、佳久創、戌井昭人、おむすび、寺本莉緒、安藤聖、金子大地、仙道敦子、澤田賢澄、石川修平、義江和也 、小林圭、めっちゃ、菊池宇晃、余 貴美子、岸谷五朗、中尾彬、笹野高史、松尾スズキ、小雪、ピエール瀧
Netflixで世界独占配信中
https://www.netflix.com/title/81144910

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Netfilx『サンクチュアリ -聖域-』江口カン監督インタビュー前編 世界に通用する作品はどのように作られたのか https://tokion.jp/2023/07/11/interview-kan-eguchi-part1/ Tue, 11 Jul 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=196440 Netflixオリジナルドラマ『サンクチュアリ -聖域-』はいかにして制作されたのか。江口カン監督インタビュー。前編では制作背景について聞いた。

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江口カン

江口カン
映画監督。福岡県生まれ。福岡高校卒業。九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)卒業。1997年に映像制作会社KOO-KI(くうき)設立。2007~2009年、カンヌ国際広告祭で3年連続受賞。2018年に映画『ガチ星』を企画、初監督。以降、2019年に映画『めんたいぴりり』と映画『ザ・ファブル』、2021年に映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の監督を務める。2023年5月に監督を務めたNetflixドラマ『サンクチュアリ –聖域–』が世界同時配信。日本国内で1位、グローバルで6位を記録。2023年6月に映画『めんたいぴりり パンジーの花』公開。映像以外では、2020年に辛さの単位を統一するアプリ「辛メーター」を発案、プロデュース。現在登録ユーザー数6万人越え。
Twitter:@KanEguchi
https://koo-ki.co.jp/works/kan-eguchi/

2023年5月4日にNetflixにて配信開始されたドラマ『サンクチュアリ -聖域-』。角界に乗り込んだ不良が、大相撲の世界でもまれながら力士としてのし上がっていくさまを全8話で描く本作が、一大ブームを起こしている。日本国内はおろか、Netflixの週間グローバルトップ10(期間:5月1~7日)にランクインするなどロケットスタートを記録し、2ヵ月ほど経った今もその勢いは衰えることがない。

主演を務める一ノ瀬ワタルをはじめとする役者陣の肉体改造、誰も観たことがない相撲シーンの創出、観る者を発奮させる熱量の高さ——その裏には、4年半もの準備と試行錯誤があった。「TOKION」では江口カン監督にロングインタビューを実施。前編、後編の2回に分けて、舞台裏を紐解いていく。

——『サンクチュアリ -聖域-』は、2018年の年末に江口監督の『ガチ星』をご覧になったNetflixのプロデューサーから連絡が届いたことから動き出したそうですね。

江口カン(以下、江口):はい。実は僕と脚本家の金沢知樹くんの他にもう1人人物がいるのですが、本人はあまり表に出たくないため仮にOさんとさせていただいて——そのOさんが、自分が観た面白い映画をいろいろなプロデューサーに教えて回るのが好きな人なんです。「日本の映像業界をもっと活性化させて、国産の映画やドラマをもっと面白くしたい」をモチベーションにしている方ですが、彼が『ガチ星』をNetflixの坂本和隆さんに薦めてくれて、繋いでくれた縁なんです。

——その4人での打ち合わせで、「大相撲」というキーワードが出たと伺いました。江口監督は『ガチ星』の他に「ナイキ(NIKE)」のCM等々も手掛けられていますが、最初から「スポーツ」のようなくくりはあったのでしょうか。

江口:いえ、完全にゼロベースの話し合いでお題の縛りは全くありませんでした。金沢くんがいきなり「大相撲の世界の『白い巨塔』はどうでしょう」と提案して、みんなで「それは面白い!」とその場で盛り上がり「それでいきましょう」となりました。

——素人考えだと「相撲」=「ハードルが高そう」となってしまいそうですが、皆さんはどこに面白さを感じたのでしょう?

江口:まさにそこで、ハードルが高いから誰も作らない=もしやりきれたら新しいものを生み出せるというところです。Netflix=世界同時配信ですし、相撲というテーマもあり世界中の人が楽しんでくれるイメージがパッと湧いたのですが、他の3人も同じでした。4人が4人とも「面白くて誰も観たことがないものを作りたい」という野望を持っていて、誰も「難しいかも」と言わなかったのがすごく良かったです。

すべてにおいて「丁寧に作る」を心掛けた

——そこから配信開始まで約4年半の歳月が費やされました。最初から「これくらいはかかる」という想定はされていたのでしょうか。

江口:いえいえ、最初はもっと早くできあがる予定でした(笑)。ただ、大相撲の世界を舞台にして、身体づくりや稽古から本格的にやりきったものは過去にないでしょうから、やってみて初めてわかる困難がたくさんあったんです。コロナで延びちゃったところもありましたし。

——いまお話しいただいたように、キャストの中には身体づくりに2年以上かけた方もいることも話題になりました。

江口:映画やドラマはまず前提としてできあがったものが面白くなければいけませんが、それに付随するトピックも大切です。身体づくりは取材でもよく聞かれますし、「肉体改造はどうやったんですか?」とみんなが興味を抱くことで作品が話題になりますから。そういう意味では、狙い通りではありました。

僕個人は、ロバート・デ・ニーロやクリスチャン・ベールの例があるのでやってやれないことはないと思っていました。1つだけセンシティブに考えていたのは、キャスト達の健康を害さない形で進めること。専門家の下でキャスト1人1人に合わせた「どこまで体重を増やすか」のプランを考えて、無理のない範囲で時間をかけて取り組んでもらいました。そうすると、どうしても2年くらいはかかりますよね。

——そうした準備に時間をかける覚悟であり座組であり予算であり、いろんなことが担保できていることが素晴らしいですよね。それだけのスパンで作品を作ること自体、国内では異例かと思います。

江口:『ザ・ファブル』でご一緒した岡田准一さんが「映画は準備だ」とよく言っていて、僕も本当にそうだと思います。

準備は、すべて良い本番を迎えるためにある。積み重ねた準備の上に立つからこそ、本番で高く遠くジャンプできる。キャストやスタッフは本来の力を発揮し、監督は思い切った大胆な演出ができる。スポーツに例えるなら、準備=本番で力を発揮するための日々のトレーニングです。

やっぱり、その部分を怠るといいものができないんです。そういった準備に労力をしっかりと費やす作品がもっと増えるといいなと思います。

——『サンクチュアリ -聖域-』がパイオニアになるかもしれませんね。

江口:そうなったら嬉しいですね。もちろん「あれは特別でみんなが真似できるものじゃない」と言う人も一定数いるかとは思います。でも、準備の仕方にもいろいろありますし、大切にする意識自体が広がってほしいです。

Netflixのルールを守りながらしっかりと準備をしていいものを撮ろうと思うと、ここでも当然ながら時間はかかります。でも僕達は、すべてにおいて「丁寧に作る」を心掛けました。良い作品の定義にもいろいろあるかと思いますが、やっぱり「神は細部に宿る」を信じていたいし、実際に視聴者から「丁寧さに感動した」という感想を非常に多くもらえて、ちゃんと伝わるんだなと今回痛感しました。「画面の密度や情報量が違うから、本物感がある」という感想を頂けて、嬉しかったです。

——非常に共感します。例えば第1話の冒頭から、生活感——つまりそこで各キャラクターが生きてきたであろう時間を感じられました。餃子1個とっても、ちゃんとそこに溶け込んでいて。

江口:そうなんです。「餃子はどういうパッケージにする?」と何パターンも準備してもらい、検討を重ねてあの形に行きつきました。準備した餃子の数が足りなくなるくらいこだわっているんです。

僕はTwitterのエゴサーチを頻繁に行うのですが、「韓国のドラマには絶対に勝てないと思っていたけど、世界に通用する作品が日本から出てきて感動した」という内容の投稿が相当数あって、それはオリンピック出場選手を応援する感覚に近いというか、「日本のコンテンツが世界で勝ってほしい!」という気持ちがひしひしと伝わってきました。それを成し遂げるためには何が一番大切かというと、まずは丁寧に時間をかけて作るしかないわけです。勝ち負けじゃないけど、国外の大作はしっかりと時間をかけて作られているわけですから、同じレベルでやらないと世界で通用しない。

——例えばNetflixというプラットフォームの中に絞っても、世界各国の作品が横一線に並ぶわけですもんね。その中でユーザーがクリックするには、作品の強度が必要不可欠かと思います。

江口:そうですね。その時に日本の作品が見劣りしたら、みんな悲しいんじゃないかと思います。

——細かい話ですが、第1話で新幹線が登場しますよね。小瀬(一ノ瀬ワタル)が新幹線に乗って、ホームに父親(きたろう)がいる。それを窓越しに映すあのシーンの撮影も、許可取り含めてかなり大変だったのではないでしょうか。

江口:おっしゃる通り、特定の区間で一発勝負ということでなんとか撮影許可を取ることができました。北九州フィルムコミッションの方々が随分頑張ってくれましたね。そして、僕等は1回で成功させるために、会議室に新幹線と同じ配置で椅子を並べて「この角度から撮ればこうなる」を検証しました。そして1回きりだから、俳優はどこから乗ってスタッフはどこにいて……と練習した上で一発勝負に臨みました。

今はどんどん撮影への風当たりが厳しくなっていて、ロケ場所探しも大変です。本当に撮りにくい時代ですが、そこをなんとかできたら宝が落ちているといいますか、見たことのないものが撮れるんですよね。風当たりが厳しくなったのには、これまでの映画・映像制作者の過失もあります。無断で撮影して問題を起こしたり、建物を傷つけてしまったり……。オーナーからしたら汚されたり雑に扱われたりして傷をつけられたらそりゃあ貸したくなくなりますし、そういう噂って広まって「映画やドラマの撮影には貸さない」となってしまうんです。

——悪循環が……。

江口:先ほど「準備」の大切さをお話ししましたが、1つ1つを丁寧に行うことが大切だと感じます。僕なんか、ハウススタジオで撮影する時も自ら養生テープを貼って回りますから。若いスタッフには自分の仕事で一生懸命すぎて周りが見えていない子もいますから、監督が自ら「絶対に傷つけないで」と言っていくことも大切だと思います。

こだわった“痛み”の表現

——仕上げにも、相当の時間を費やされたのではないでしょうか。

江口:撮影自体がコロナやちょっとしたケガ等で延びてしまったため、そのしわ寄せがきてしまった部分はありました。けがをしないように細心の注意を払いながら慎重に行っても、スポーツものですから「肉離れを起こしました」「筋をひねって痛めました」ということはどうしても出てきてしまう。そういう場合は大事を取って該当者の撮影は延期するわけです。「無理をさせない」が我々のポリシーでしたから。そのため仕上げ期間が圧迫されてしまったのですが、スタッフ達は大変な中で本当に頑張ってくれました。

——例えば肉体と肉体がぶつかり合う際の“音”の迫力も鮮烈でした。

江口:音のリアリティーはすごく研究しました。僕が音効さん(音響効果)に口酸っぱくお願いしたのは、硬い土俵に身体が倒れ込む際の音、身体がぶつかり合う音です。相撲の取組みを生で観ていると、肌と肌がぶつかり合う音の奥に骨と骨がぶつかり合う「ゴツッ」という音が聞こえるんです。これは土俵に倒れ込む時もそうで、決して派手じゃなく、地味なのに痛々しいなんとも言えない音が鳴る。現場でももちろん録りますがそれだけでは足りないので、いろいろ工夫して作っていただきました。満足のいく仕上がりになっています。

——本作の象徴的な演出でいうと、立ち合いの際のスローモーションがありますね。

江口:『ザ・ファブル』含めてこれまでハイスピード撮影をいろいろと試していたのですが、今回は4Kを30倍速で撮影できる「Phantom Flex4K」を使用しています。これで撮影すると、1秒のものを30秒に引き延ばせるので、相撲の短い立ち合いをしっかりとドラマチックに見せることができ、非常に相性が良かったです。

『ザ・ファブル』での経験もあるので自分の中で「大体こういう感じになるだろう」と予測は立てながらやりましたが、相撲となると独特の画が撮れる。例えば肉体同士がぶつかり合った時、衝撃が伝わって肌が波打つんです。そして飛び散る汗のしぶき。肉眼では追えない面白さを収めることができました。

——張り手などは、どのように構築していったのでしょう。

江口:100%の力で本気で当てるとけがをしてしまうので、25%くらいの力でゆっくり当てて、そこからパッと払う。それをハイスピードカメラで撮るんです。そうすると、再生した時にものすごい力で張り手を行ったように見える。なかなか言葉で説明するのは難しいのですが、そうした魅せ方も試行錯誤を重ねていきました。

あと、撮影時は毎カット・テイクごとに汗と砂を足さないといけませんでした。1カット撮ると全部取れてしまうんです。それを全員分繰り返していくのは大変でしたね。でもだからといってちゃんと汚さないと、画面の情報量が少なくて圧が高まらないんです。この部分はいろいろなインタビューを受ける中で初めてお話ししたことなので、ぜひ使ってください(笑)。

——もちろんです。これは私見ですが、例えばサッカーや野球に対して、相撲と自分自身の身体的な感覚はかなり遠いところにあると思っていて。にもかかわらず本作を観て痛みやダメージをリアルなものとして受け取ってしまうのは、そうした細部のこだわりがもたらす説得力のスゴさなのだと感じます。

江口:ありがとうございます。いますごく嬉しいキーワードを言ってくださったのですが、僕は現場で「“痛み”をちゃんと表現したい」と言い続けていました。張り手や血の表現から身体がぶつかる時の音においても、とにかく痛みを感じられるようにしたかったんです。派手じゃなくていいから、とにかくリアルに、ちゃんとその痛みが伝わるように。本作の登場人物達もみんな心に痛みを持っていて、身体的な痛みをきちんと表現できれば精神的な痛みにもつながっていくと考えていました。

映像は視覚情報と聴覚情報でできていますが、上手くやれば触覚情報も擬似的に作ることができると思います。例えば食べ物をおいしそうに撮ったり、ゲロを汚く撮ったりすることで観客の匂いの記憶を呼び起こし、嗅覚情報を擬似的に作ることができますよね。それと同じように、痛覚の情報を視覚と聴覚で作り出せば、まるで自分の身に起こったような触覚が立ち上がる。そういうことを達成できれば、視聴者を一気に作品の中に引き込めると考えながら撮っていました。

“痛み”でいうと、『ブラック・スワン』や『レスラー』のダーレン・アロノフスキー監督は魅せ方がめちゃくちゃ上手いなと思います。

——最近だとアカデミー賞主演男優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いた『ザ・ホエール』の痛みの表現も素晴らしかったです。“痛み”は、肉体的な嘘のつけなさにも通じますね。

江口:そういった意味で、セリフはもちろん大切ですがやっぱり映像で見せていくものですから、言葉だけではなくて感覚的なものにしていきたいという想いは常にあります。

——終盤、猿桜(一ノ瀬ワタル)のトレーニングシーンで小指腕立て伏せや懸垂がありますが、あれもまさに“痛み”に満ちていました。どれだけ大変かが自分の肌感覚としてわかるといいますか。

江口:身も蓋もないことを言ってしまうと、映像作品においてワンカットだけでも観た人の記憶に残すことができれば成功と言っていいんじゃないかと思っているところがあって、小指のシーンはまさにそんな想いで作りました。

実はあの小指懸垂のシーンは、すべてのシーンを撮り終わったあとにさらに3ヵ月かけて一ノ瀬くんに背中を中心にトレーニングをしてもらい、最も背中の筋肉ができあがった瞬間を収めさせてもらいました。演技や演出ももちろん頑張りましたが、それだけでは達せない画面の説得力を作れたかと思います。1本の作品を通して彼のメンタルも成長していきますが、肉体そのものを変化させてもらい、その過程を映せたことは贅沢な仕事だったなと思います。

後編へ続く

■「サンクチュアリ -聖域-」

■「サンクチュアリ -聖域-」
借金・暴力・家庭崩壊……と人生崖っぷちで荒くれ者の主人公・小瀬清が、若手力士“猿桜”として大相撲界でのし上がろうとする姿を、痛快かつ骨太に描く人間ドラマ。猿桜を筆頭に、相撲愛に溢れながらも体格に恵まれない清水や、相撲番に左遷された新聞記者・国嶋ら、ドン底でもがく若者達の“番狂わせ”が始まる。

監督:江口カン
出演:一ノ瀬ワタル、染谷将太、忽那汐里、田口トモロヲ、きたろう、毎熊克哉、住洋樹、佳久創、戌井昭人、おむすび、寺本莉緒、安藤聖、金子大地、仙道敦子、澤田賢澄、石川修平、義江和也 、小林圭、めっちゃ、菊池宇晃、余 貴美子、岸谷五朗、中尾彬、笹野高史、松尾スズキ、小雪、ピエール瀧
Netflixで世界独占配信中
https://www.netflix.com/title/81144910

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