Netfilx『サンクチュアリ -聖域-』江口カン監督インタビュー後編 「時間をかけて丁寧に作っていくことに尽きる」

2023年5月4日にNetflixにて配信開始された『サンクチュアリ -聖域-』。角界に乗り込んだ不良が、大相撲の世界で揉まれながら力士としてのし上がっていくさまを全8話で描く本作が、一大ブームを起こしている。日本国内はおろか、Netflixの週間グローバルトップ10(期間:5月1日~7日)にランクインするなどロケットスタートを記録し、2ヵ月ほどが経った今もその勢いは衰えることがない。

その生みの親である江口カン監督への全2回にわたるロングインタビュー、後編では引き続き「準備」の大切さをテーマに、キャラクターの誕生秘話や俳優演出について語ってもらった。

前編はこちら

江口カン
映画監督。福岡県生まれ。福岡高校卒業。九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学部)卒業。1997年に映像制作会社KOO-KI(くうき)設立。2007~2009年、カンヌ国際広告祭で3年連続受賞。2018年に映画『ガチ星』を企画、初監督。以降、2019年に映画『めんたいぴりり』と映画『ザ・ファブル』、2021年に映画『ザ・ファブル 殺さない殺し屋』の監督を務める。2023年5月に監督を務めたNetflixドラマ『サンクチュアリ –聖域–』が世界同時配信。日本国内で1位、グローバルで6位を記録。2023年6月に映画『めんたいぴりり パンジーの花』公開。映像以外では、2020年に辛さの単位を統一するアプリ「辛メーター」を発案、プロデュース。現在登録ユーザー数6万人越え。
Twitter:@KanEguchi
https://koo-ki.co.jp/works/kan-eguchi/

——先ほどお話しいただいた画面の説得力にも通じるかもしれませんが、本作を観て印象的だったのが“わかりやすさ”です。相撲に詳しいわけではなくてもスッと入っていけましたが、どのような工夫をされましたか?

江口:そう言っていただけて、いますごくホッとしています(笑)。なるべく説明的にならないように、じんわりわかるように伝えたいなと思ったのですが番付にしたってどっちが上か下かはなかなかわからないですよね。ただ、そこを懇切丁寧に説明するのではなく、相撲独特のルールで観る人の集中を妨げないようにしたいというのは脚本でも編集でも頭を悩ませたところです。正解がないですから。

猿将部屋の力士はみんな「猿」が付くから名前も似ているし、まわしの色もみんな黒で、基本的に裸だから服で差を作ることもできない。キャラ立ちさせるのは難しかったです。

——理解度の促進でいうと、染谷将太さん演じる同部屋の清水や、忽那汐里さん演じる記者の国嶋飛鳥が効いていました。

江口:実は、国嶋は最初はいませんでした。男達だけの世界になってしまい、角度を変えた視点が欲しいと生まれたキャラクターです。稽古という名の理不尽な暴力が肯定されることが腑に落ちない視聴者はいるでしょうから、視聴者の代弁者である彼女が切り込んでくれることでわかりやすさも生まれたように思います。

——そうだったのですね! そのほか、脚本を改稿していく中で大きく変化していった部分はありますか?

江口:最初は、静内(住洋樹)が主人公でした。キャラクター自体は完成版と変わらず、セリフが一個もない。金沢くんの中では「世界配信だったらセリフがないほうが広く届くんじゃないか」という考えだったそうなのですが、僕は物語にちょっとドライブがかかりにくいと感じました。そこで、打ち合わせの帰りに「静内をライバルにしたらどうだろう」と提案したんです。

僕は格闘家の桜庭和志さんが好きで、彼が「ファンタジスタ」と呼ばれていた時の“調子乗り”な舐めている感じに惹かれていたんです。その話を金沢くんにしたら「書けるかも」ということで、猿桜のキャラクターが生まれました。だから、猿桜の「桜」は実は桜庭さんからもらっているんです。あとは双羽黒や朝青龍など、何年かに1回出てくるヤンチャな力士の要素を入れていきました。朝青龍は『サンクチュアリ -聖域-』も観てくれたそうです。

絵コンテ制作に4ヵ月

——本当にさまざまな層にまで広がっていますよね。個人的には、試合の前に会場入りするシーンでお客さんが触る光景などを観て「こういう文化なんだ!」と知ることもできました。

江口:制作時に「常にドキュメンタリー的視点を意識しておこう」という話をよくしていました。相撲部屋を見学する感覚といいますか、カメラの距離感もドキュメンタリーを意識してちょっと覗き見している感じを演出していました。一枚壁があるがゆえにもどかしくてもっと観たくなるというような塩梅を大切にしています。それは『ガチ星』にも共通しますね。あっちは競輪学校を覗き見する感覚を重視していました。

——最終話(第8話)の猿谷(澤田賢澄)の断髪式然り、1つ1つのシーンをじっくり尺を割いて構築していますよね。

江口:断髪式のシーンは「長くて飽きちゃうんじゃないか」という意見もありました。でも、ここに至るまでの積み上げがちゃんとあるから、各々のキャラクターも頭に刷り込まれているだろうし、視聴者の方も参列している気分になれるんじゃないかと思っていました。

僕は、断髪式は力士の葬式だと思っています。親方になったとしても、力士としてはそこで死んでしまう。だからこそ、1人1人が猿谷に声をかけて通り過ぎていくあの時間をしっかり撮って、共有する必要があると感じました。最終的に少し削りましたが、それでも12分くらいありますから。

——特に最終話は30分とこれまでの約半分の尺なので、より際立ちますよね。こうした1エピソードにおける尺の制限のなさも、Netflixの特徴だと感じます。『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン4の最終話なんて、140分以上ありますし(笑)。

江口:例えば長いシーンにしても、それだけちゃんと観続けられることが絶対条件ですよね。引き付けられないのであれば短くすべきですし、じっくり魅せることで引き付けられたら長くてもいい。そういう意味では、極めて真っ当だと感じます。

劇場映画は大好きですが、劇場で1日にかける本数の確保——つまり回転数のために2時間を切ってほしいというオーダーをされることがありましたが、事情はわかりつつも作品性より優先するべきなのか?とは感じます。

——ちなみに、今回の撮影では絵コンテ等は用意されたのでしょうか。

江口:僕は絵コンテがないと撮れない性質なので、撮影前にすべて描きました。もちろん現場で変わっていくものですが、完成した本編を観ても基本的には絵コンテ通りになっています。

絵コンテは僕にとって自分の頭の中を整理する作業で、脚本という文字情報を映像という立体に起こすためには欠かせない作業です。そのため、コンテライターに描いてもらっては意味がない。作っていく中で脚本制作時には思いつかなかったアイデアも出てきますしね。そのため1人でちびちびと作っていきましたが……なんだかんだで4ヵ月くらいかかったんじゃないかな。

——そんなに!? それもまさに“準備”の大切さを象徴するエピソードですね。

江口:ロケハンやオーディションと並行しながら進めていきましたが、きつかったです(笑)。

絵コンテは基本的にスタッフには配りますが、俳優には演技を縛ってしまうのが嫌でなるべく見せないようにしています。やっぱり、その場で体験をしてもらってそれを撮っていくことが大事ですから。

一ノ瀬ワタルへのLINEを使った演技指導

——俳優演出についてもお聞かせください。演技初挑戦の方もいらっしゃるなか、どのように調整をされていきましたか?

江口:俳優さんは、ワンテイク目が一番いい人とテイクを重ねるほど良くなる人、中盤に一番いい芝居が出る人とさまざまです。1人1人とコミュニケーションをとりながら特性を見極めて「この人はこういう方針で行こう」と決めていきました。

また今回に関しては、いわゆる“うまい芝居”が必ずしもハマるわけではないんですよね。力士の人達は、必ずしも芝居についていろいろな引き出しや技術があるわけじゃない。その分、彼等にしか出せない個性があるので「どう撮っていくか」を考えるのは面白かったです。

一ノ瀬くんに関しては、1年くらいLINEを通したやり取りを続けました。「今日は猿桜のこのシーンを自分で演技して、その様子をビデオに撮って送ってほしい」と伝えて、送ってもらったものを観つつ「もっとこういう感じじゃないか」という話し合いを繰り返していきました。クランクインする前にしっかり猿桜のキャラクターをつかんでほしかったという想いからそうした方法をとりましたが、一ノ瀬くんも「めちゃくちゃ助かった」と言ってくれました。

彼の中には不安もあったと思うんです。初めての主演で、なかなかのボリュームでこんな内容で……。こちらが厳しく接してしまった局面もありましたが、本人が「良かった。身になった」と言ってくれてありがたかったです。

——俳優さんにお話を伺うと「準備時間がほとんど取れないなかで次の現場に臨まないといけない」という悩みも聞くので、入念な役作りは贅沢な期間だと感じます。

江口:派手さの裏では、そういう極めて真っ当なことを地道に積み重ねてきました。そういった努力は、画にも出ていると感じます。派手さの陰に隠れているから、観ている人がそこを言及することは少ないかもしれませんが、その裏打ちがないと世界観にすんなり入ることはできません。一番大切なのは、違和感を抱かせずに自然に引き込んであげることですから。

——本日のテーマは「準備」かなと思いますが、改めて『サンクチュアリ -聖域-』から日本映画・映像業界にどういった部分を還元していければいいとお考えでしょう?

江口:問題点を挙げてもキリがないのですが、時間とお金の関係でいうと、準備に時間をかけたほうが無駄なお金を使わずに済むんです。時間がしっかりあれば、丁寧かつ計画的に作り込んでお金を効率よく使えるのに、時間がないから「金で解決する」瞬間が出てきてしまう。でもそれでできあがるものって金はかかったけどやっぱり急ごしらえで雑で精度が低い。僕は常々そうした無駄をなくしたいと考えてきました。プロデューサーにも「時間をください」とよく言いましたし、時間をかけて丁寧に作っていくことに尽きるかとは思います。

『サンクチュアリ -聖域-』はご存じの通り原作はなく、真ん中にいる俳優達はお客さんをいっぱい持っている有名人ではない。そんな中おかげさまで話題になったのは、しっかり面白い脚本が作れたこと、準備をしっかり丁寧にできたこと、その結果みんなが同じ方向を目指せたことが大きいと感じています。

日本には優秀なスタッフがたくさんいるのに、その力を発揮できないことのほうが多い。みんなクリエイティブで面白いものを作りたいわけですから、ちゃんと時間さえあれば喜んでやってくれるんです。Twitterでも「海外に通用する作品を作れる人達が日本にもいたんだ」とスタッフワークに注目してくれている人がたくさんいましたし、そういう環境がもっと生まれてほしいなと思います。

——貴重なお話の数々、ありがとうございました。これは現時点では答えにくいかもしれませんが……続編も多くの方が期待しているかと思います。

江口:そう言っていただけるのはとても嬉しいですし、期待の声も聞いています。続編の可能性については僕達も全く知りません。ただ、僕や金沢くんの間であくまで雑談ベースですが「こういうことをやりたいね。できそうだね」という話はしています!

「サンクチュアリ -聖域-」

■「サンクチュアリ -聖域-」
借金・暴力・家庭崩壊…と人生崖っぷちで荒くれ者の主人公・小瀬清が、若手力士“猿桜”として大相撲界でのし上がろうとする姿を、痛快かつ骨太に描く人間ドラマ。猿桜を筆頭に、相撲愛に溢れながらも体格に恵まれない清水や、相撲番に左遷された新聞記者・国嶋ら、ドン底でもがく若者たちの“番狂わせ”がはじまる。

監督:江口カン
出演:一ノ瀬ワタル、染谷将太、忽那汐里、田口トモロヲ、きたろう、毎熊克哉、住洋樹、佳久創、戌井昭人、おむすび、寺本莉緒、安藤聖、金子大地、仙道敦子、澤田賢澄、石川修平、義江和也 、小林圭、めっちゃ、菊池宇晃、余 貴美子、岸谷五朗、中尾彬、笹野高史、松尾スズキ、小雪、ピエール瀧
Netflixで世界独占配信中
https://www.netflix.com/title/81144910

author:

SYO

1987年福井県生まれ。東京学芸大学卒業後、複数のメディアでの勤務を経て2020年に独立。映画・アニメ・ドラマを中心に、インタビューやコラム執筆、トークイベント・映画情報番組への出演を行う。2023年公開『ヴィレッジ』ほか藤井道人監督の作品に特別協力。『シン・仮面ライダー』ほか多数のオフィシャルライターを担当。装苑、CREA、sweet、WOWOW、Hulu等で連載中。Twitter:@SyoCinema、Instagram:@syocinema

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