門脇綱生, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/tsunaki-kadowaki/ Mon, 26 Sep 2022 15:44:09 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 門脇綱生, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/tsunaki-kadowaki/ 32 32 岡田拓郎の新作『Betsu No Jikan』はいかにして作られたのか 対話からその真相に迫る https://tokion.jp/2022/09/26/takuro-okada-betsu-no-jikan/ Mon, 26 Sep 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=146201 新作『Betsu No Jikan』をリリースした岡田拓郎に『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(DU BOOKS)での細野晴臣インタビューや2020年12月のJ-WAVEの「SONAR MUSIC」アンビエント特集で共闘した盟友・門脇綱生がインタビュー。

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岡田拓郎

フォーク好きの父親を持つ音楽好きの家庭に生まれ、高中正義の名作『ブルー・ラグーン』を聴いて、ギターの道へ。小学生から中学生時代にかけては『ギター・マガジン』の「スライドギター・ギタリスト特集」(2003年8月号)や『轟音、爆音、ノイズギターの世界』(2004年2月号)などに魅せられ、「プレイヤー」としてのさらなる深みへと手を伸ばし、地元・福生のライブ・ハウスでのブルース・ロック・セッションなど研鑽を重ねる。はっぴいえんどの(『風街ろまん』以上に)『Happy End』に感銘を受け、やがては、日本語ポップス史で未だに特異な存在感を放ち続ける名バンド「森は生きている」を結成。その解散後も、シティ・ポップ・リバイバル以降のネオ・サイケデリックなソフィスティ / インディ・ポップから、日本的な環境音楽〜アンビエント、ノイズやドローンなどの前衛的な音楽までも横断したソロ活動、大貫妙子や柴田聡子などの作品へのミュージシャンとしての参加や、吉田ヨウヘイgroupやSouth Penguin作品のプロデュースなど、多角的に活動を展開する1991年生まれのアーティスト=岡田拓郎。1人のミュージシャンとして、プレイヤーとして、そして、無類の「レコード」好きとして、数々の名作品に携わってきたその人物が、2年ぶりの最新アルバムとして発表した『Betsu No Jikan』。

同作はドラマーの石若駿との即興演奏の成果を「素材」としてエディットし、そこにジム・オルークやネルス・クライン、サム・ゲンデル、カルロス・ニーニョ、細野晴臣といった音楽家達に即興的な演奏をするよう指示。そのリモートで収録されたデータを再びエディット、コラージュし、自身と各人の演奏を混ぜ込んでいったという。今作の制作経緯とその思いについて岡田に尋ねた。

『Betsu No Jikan』という表題に込めた思い

——『Betsu No Jikan』という表題に込められた思いやコンセプトは、どのようなものですか。パンデミック下のこの2年で作られ、リモート作業を軸に、ポスト・プロダクションへと重きを置いて制作された本作の経緯を想像してみると、ふとこのタイトルは、「ひとりの / それぞれの時間」とも解釈できると思いました。

岡田拓郎(以下、岡田):タイトル自体は、今回の録音に参加してくれた「森は生きている」の時のドラムの増村(和彦)としゃべってるうちにできたんだけど。彼はこれまでのアルバムにも参加してもらっているし、森は生きているのスピリチュアルアドバイザーでもあって。作品が半分ぐらいできたタイミングで、「今回はどんなタイトルにしようか」と考えていた時に、彼が酔っ払って「『Outro Tempo』(2017年にオランダの〈Music From Memory〉がニューエイジ・リバイバル目線で編纂したブラジルの電子音楽のコンピレーション・アルバム)やな」「すなわち別の時間や」みたいなことを言って。「別の時間」ってどうとでもとれるというか、それがいいなと思って、このタイトルにしました。

——リモートでのポスト・プロダクション、エンジニアリングや編集を主軸に置いたコラージュ的な作品ながら、音像的には、幻惑的なスピリチュアル・ジャズ / フリー・ジャズ的といえる意匠に仕上げられています。ここまで直球にジャズ的なサウンドへと傾倒したことに、どんな経緯や意図がありましたか?

岡田:ジャズをやろうとは思ってはいませんでしたが、ジャズ的なサウンドに仕立てようとは思っていました。ただ、ハード・バップみたいなのを勉強してきたわけではありませんがモーダルなのとかコンテンポラリー、フリーなジャズは昔から好きで熱心に聴いてきたと思います。〈ECM〉レーベル※のジャズとか、フリンジなもの。僕としてはポップスのミュージシャンだし、というところはありつつ、ジャズ的な音ではありながら、レコード屋だったらどこに置くべきか本当に迷うような作品を今回は作りたかった。

※1969年、西ドイツ・ミュンヘンにマンフレート・アイヒャーによって設立されたレコード会社。ジャズを主としたレーベルであり、アメリカやヨーロッパ各国のミュージシャンのアルバムをリリースしている。

——音楽的なスピリットとしては「ポップ」を強く感じますが、ソロ・アルバムとしてここまでアヴァンギャルドなサウンドに挑んだことに何か理由はありますか。

岡田:特にそこに関しては考えていませんでした。ポップス側からすると小難しいし、アヴァンギャルド側からするとポップすぎるみたいな感じの活動をしてきたから平常運転ではあると思います……。

——岡田さんの主要な歌ものなどのディスコグラフィやソロ・アルバムの大々的なセットとして、(『Lonerism Blues』などを除くと)ここまで「ジャズ」やジャズ的なものに傾倒している作品は、『ノスタルジア』(2017年)に収録されていた(ブライアン・ブレイドを意識した)「ブレイド」以来ですよね。

岡田:今作では石若駿さんが(ドラムを)叩いてくれたおかげでジャズ的なフィーリングが色濃くサウンドに反映されたように感じます。レコード・リスナーとしても、フォー・ビートのジャズじゃなくて、ジャズ・ドラマーがいろんなビートを叩く感じが好きで。ラリー・コリエルの後ろでジャック・ディジョネットが叩いてるエイトビートとか、ミルフォード・グレイヴスのアフロっぽい演奏も好きだし、土取利行さんのパーカッションも好き。フォービートを叩かなくてもジャズ・ドラマー特有の自由なビート感っていうのはあると思います。そうしたフィーリングを肉体的に代弁してくれるドラマーというところで、やはり石若さんという存在が大きいです。

『MEDICINE COMPILATION』へのオマージュ

——これまでは、実験的なサウンドを志向しても、それらはポップスとしての音楽的要素やアレンジの一部であり、歌モノを主軸に置いたポップ・フィールドで活動されてきました。本作では大胆にも歌モノを1曲(2曲目の「Moons」)に絞った理由はなんだったのでしょうか。

岡田:もともと歌モノと今回『Betsu No Jikan』でトライしたようなサウンドの作品を分けて作ろうとしていました。ですが、制作を進めていくうちにどちらも自身がリスナーとして慣れ親しんできたスタイルであることに気がつきました。これは、細野さんの『MEDICINE COMPILATION』へのオマージュでもあるかもしれません。あのアルバムで、1曲にポンと出てくる「HONEY MOON」がすごく印象的で。「あれ? 歌モノだったっけ?」と思っているうちに、ポンポンと次の曲が流れてきて、いつの間にかアルバムは終わっている。あれは不思議な構成のレコードですよね。

——個人的に「Moons」は、細野さんの『MEDICINE COMPILATION』の「HONEY MOON」とジョン・ハッセルの第四世界的な音色やフレーズであったり、曲調も詩世界もそっくりで、心象風景的にそっちなんじゃないかと思っていました!

※トランペット奏者 / 現代音楽家のジョン・ハッセルが1970年代に生み出した新しい音楽スタイル。ハッセルはこれを「世界の民族的な様式の特徴と高度な電子技術を組み合わせた、プリミティヴ / フューチャリスティックなサウンドの統合」と定義している。

岡田:鋭いな。だから門脇君がインタビューアーだと怖いんだよね(笑)。でも、「Moons」は「HONEY MOON」とはあまり関係なくて。「Moons」を作ろうとした時に、ブラジルのMoons (ミナスのバンド。岡田は、同バンドの『Dreaming Fully Awake』の国内盤ライナーノーツを執筆している)をちょうど聴いていて、「Moons」ってタイトルをデモのファイル名に付けていて、後になってもしっくりきていたのでそのままタイトルになったんだよね(笑)。僕みたいに「歌い上げない」人間にとって、ボサノバ的なコード感は歌い上げずにメロディの変化を出しやすいのでよく使うんだけど、そのコード感をゼロにしたモーダルな状態でも、ボサノバ的なことができるのかって、考えてこの曲は作り始めて。

——「HONEY MOON」と不思議にリンクしていることについては改めてどう思いますか?

岡田:『MEDICINE COMPILATION』のアルバム自体は意識してたけど、今、門脇君に言われるまで「Moon」が被ってることには気づいてなかった。

——同じ「アルバムの2曲目」で、どちらも夜の恋の歌。始まり方もよく似ています。

岡田:それは考えてなかったから、おもしろいな。特に恋の歌みたいなことはイメージをして書いてはいなくて、ピアノは「エチオピアのエリック・サティ」(『Emahoy Tsege Mariam Gebru』のこと)のイメージでした。

——『Emahoy Tsege Mariam Gebru』は、ジャズでもないし、東洋的っていうにもちょっと違う。でもロウで不思議な広がりのあるサウンドですよね。

岡田:不思議だよね。なんで、エチオピアの音楽ってあんなにオリエンタルに感じるんだろう。

——そうですね、エチオ・ジャズ然り。

岡田:東洋の音楽のスケール感が特殊ってことじゃなくて、ああいうスケール感自体が世界各国にあるんだと思う。東欧だとハンガリーとかも近いような。

——ラースロー・ホルトバージ(László Hortobágyi)なんかも有名ですよね。

岡田:そうそう。第四世界的なフィーリングも感じるよね。

なんか聞きたくなるような作品

——今作では、音楽的に見て、アンビエント・ジャズから、即興演奏、〈ECM〉作品的にも通じる音響美、ドローン、サウンド・コラージュ、非西洋的な旋律に至るまで、多様な音楽的要素が溶け合わさったアヴァンギャルドな意匠に落とし込まれていますが、不思議と親しみやすく、「ポップス」としても強靭な骨格を持つ作品に仕上がっています。本作の着地点として目指した場所はどのようなものでしょうか。また、どのような葛藤があったのでしょうか。

岡田:僕の場合はシンプルにレコードを作ることが好きなんですよね。それと同じくらいレコードを聴くのも好きなんだけど、それこそ、ジョン・コルトレーンの『至上の愛』とかって、誰が聴いても最初はよくわからないってなるアルバムの代名詞じゃないですか。

——僕も最初聴いた時はよくわからなかったです。

岡田:でも普段はジャズを聴かない人でもこのアルバムが好きって人は結構いたりするし、間違いなく録音物としての「ポップ」さは感じますよね。ブライアン・イーノのアンビエント作品自体も、いろんな言説はあるし、本人も語りまくってるけど、そういうのは置いといても、「ポヨヨン」って言ってるだけなのに、なんか「ポップ」というか親しみやすさを感じるし、デレク・ベイリーとかもわかりやすく異質というか、彼のレコードは腕組みして聴かなくても耳を引くサウンド的な楽しさがあるように感じていて、そういう意味では「ポップ」な存在というか。レコードとして通して聴いて楽しめてかつ興味深い作品でありたいなとは音楽を作る時に思っています。

——マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『Loveless』とかピンク・フロイドの『狂気』とか、一発でのみ込めないようなインパクトや違和感のある名盤の音楽体験についてはどう思いますか?

岡田:『Loveless』ってレコードだとノイジーでアヴァンギャルドというよりは、単純に「音が遠いインディロック」みたいな印象があってこれまであまり熱心に聴いてなかったけど、それこそアルバムの制作中にラファエル・トラルを経由して聴き直したら本当にいいレコードだなって思える瞬間があって。だから最初はよくわからないけど、聴いているうちにわかってくるみたいなことはあるよね。

「人生1回だしちょっとやってみよう」

——本作の参加ミュージシャンの多くが、さまざまなスタイルでジャズをルーツやバックボーンに持つミュージシャンでもあり、〈Leaving Records〉や〈International Anthem〉などからの作品で今絶頂なカルロス・ニーニョやサム・ゲンデル、石若駿など、まさに今この人を呼びたいというラインが見事に配されつつ、新たな音楽世界を提示する上での入り口としても絶妙な間口の広さとバランス感がありますが、これらのキュレーションや参加にあたっては、どのような意図や経緯がありましたか。カルロス・ニーニョには以前岡田さん自身がライターとしてインタビューも行っています。

岡田:運よく今回のアルバムの制作を手伝ってくれた友人で大先輩の鹿野洋平さんがLA周辺のミュージシャンと繋がりがあって。ネルス・クラインも彼の紹介で繋げてくれました。好きな音楽自体、アメリカの西海岸のものが多いなって、今回やってみて改めて気づきました。

——確かに自由な気風があるというか。

岡田:でも、こういう人に声をかけまくるのは、失礼になりそうだし、いろいろと考えるところはもちろんあったんですけど。とはいえ、コロナのタイミングで、洋平さんと「暗いムードだけど、楽しいことがしたいよね」って感じのところから、「人生1回だしちょっとやってみようよ」という流れでなんとか実現にこぎ着けられた感じで。個人的にコロナ禍ですごくレコードを聴いていた人達に参加してもらえました。

——それらの作品は音楽的なリファレンス的にはどうだったのでしょうか?

岡田:それについては先日趣味でプレイリストも作ってみたんだけど(笑)。

リファレンスというよりはパンデミックのタイミングで熱心に追いかけていた音楽なのですが。LA、シカゴ周辺の現代ジャズ、つまり〈Leaving〉や〈International Anthem〉あたりの人脈とか。ジムさんとか、オーストラリアのザ・ネックス(The Necks)が、〈Touch〉や〈Editions Mego〉からリリースしていた作品。この辺りだと、オーレン・アンバーチとシロ・バプティスタが一緒にやってるレコードとかは特にお気に入りでした。あと〈ECM〉のジャズは相変わらずよく聴いていた。ラファエル・トラルやスソ・サイスみたいなギター・ドローンとかもお気に入りです。それと土取利行さんとか、冨樫雅彦さんの『Spiritual Nature』、山本邦山さんの『銀界』とかも聴いてました。ある種日本的なものというか。

——どちらかというと鎮静的というか、内省的なものが多いと思うんですけど、コロナ禍というのもあってそういうムードだったんですね。

岡田:そうだね。

集大成的な作品に

——インタビューやブログなどを拝見していると、岡田さんは、「スライドギター特集」や「ノイズギター特集」などに感化されていらっしゃる通り、『ギターマガジン』育ちと発言されているだけでなく、ご自身も実際に連載されていたり、そして、音楽的なルーツには、ご家庭でのフォーク・ギターへの目覚めといったものを挙げられています。岡田さんは、ローレン・コナーズやジョン・フェイヒーなどをはじめ、ミュージシャンの入り口として、直感的なもの以上に、自身の「ギター観」であったり、プレイヤーとしての目線から、コード感や楽曲構造など音楽的な性質にインスピレーションを受けたり、音楽に入っていったという発言が多いと感じていました。極めて音楽的な視点から音楽を見つめているように思います。今作では、プレイヤー的な目線では、また、直感的にはそれぞれのミュージシャンにどのような魅力を感じていますか?

岡田:バンドを組んでた頃からずっとティン・パン・アレイやリトル・フィートのあのギターの感じとか、ピアノはドクター・ジョンのあの感じっていう風にメンバーと話し合ったりしてきて。ただ、今回は「ネルス・クラインみたいなギターを弾いてください」じゃなくて、実際に本人に弾いてもらえるチャンスがあったんで、だったらお願いするしかないと思って。ずっと10代からレコードで聴いてきた人達と作品が作れて、音楽の神様には感謝しています。

——ある意味集大成的という感じでしょうか?

岡田:そうかもしれない。音楽的に次に何をやるかあまり浮かばないしね(笑)。でも、次は1人で作りたいとは思ってる。

——今回の作品はアルバムとしての流れや一体性を重視する作品というより、それぞれ曲が独立した心象風景を描いていて、タイトルのような『Betsu No Jikan』が並行して並んでいるような印象を受けます。それらの曲に宿されたストーリーや意図はどのようなものでしょうか。

岡田:そんなに意識はしてなかったかな。作りながらできるだけ言語的なところから離れて、音の中に没入しながら作っていました。

——コルトレーンの「至上の愛」の演奏に挑んだことにはどのような意味がありますか。『至上の愛』の発表後、コルトレーンはよりアヴァンギャルドなフリー・ジャズにのめり込んでいくことになりますが、同曲を冒頭に配し、「Deep River」という意味深なタイトル名の楽曲で締めくくられることも、今後について、何かしらの声明を意味するものでしょうか。

岡田:すごく興味深い曲ですよね。特に1楽章。改めて聴いてもあれはおかしな次元の音楽と思うし、あとこれ本当にカバーが少ないんです。

——サム・ゲンデルを「至上の愛」のカバーでフィーチャーしたことに理由はありますか?

岡田:もともとは「至上の愛」にしようと思ってなくて。ガムランとトニー・ウィリアムズを足したようなビートの素材を作っていたら、「至上の愛」のメロディが聞こえてきて、この曲を演奏してもらうなら彼しかいないと思いました。

——今作では、ピアノやシンセサイザー、ペダル・スティールなど多彩な楽器での演奏を披露していますが、自身もエンジニアの主役として楽曲を大々的にトリートメントしているなか、すべての楽曲でギターやRoland SY-300などのギターに縁のある楽器を演奏していて、「ギタリスト」として一貫している。本作でのご自身の音楽家としてのロールの位置づけや取り組みの意義はどのようなものでしたか?

岡田:制作中は、すごく自由に音楽を作っていくと自分のアイデンティティが見つかっていくんじゃないかっていうことを少し考えていました。その時は多くのプロダクション仕事とかに関わっていく中で、自分が誰だかわからなくなった状態でもあって、今作を作り始めたんだけど、クレジットを見て改めて自分が何者なのかわからなくなった(笑)。

プレイヤーであることにも、エンジニアであることにも、そこに強いアイデンティティがあるというわけではないように感じます。やっぱり僕自身はレコード作るのが好きな人なんですよね。

——「ギター・マガジン」などの連載で、音楽を聴き始めた経緯などを読んでいると、ギタリストというところに根っこがあるようには見えました。

岡田:確かにギターは常に結びついている。慣れ親しんだ楽器ではあるので、音楽史自体もギター軸で考えると自分は捉えやすくはありますね。

「Reflections / Entering #3」が起点に

——岡田さんの純粋な音楽作品以外での印象的なご活動の1つで、〈ECM〉レーベル作品からニューエイジ的な楽曲を集めた、ニューエイジ・リバイバル視点でも意義深いプレイリストの編集作業がありますが、今作にはそのレーベルメイトであるウィルコのネルス・クラインが参加していますね。彼は弟のアレックス・クラインのアルバムの『The Lamp And The Star』にプロデューサー / ボーカルとして参加するという形で〈ECM〉に在籍しています。

岡田:これすごいおもしろいアルバムだよね。純粋に音量レベルが低いっていうこともあるかも知れないけど〈ECM〉で一番静かなアルバムかも知れないよね。しかも、アレックス・クラインは、静寂的なプレイヤーのイメージも当初はなかったので。

——やっぱりウィルコもお好きなんですか?

岡田:ウィルコはすごい好き。ネルスさんとウィルコに関しては、大学時代のちょっとした思い出話があって。お茶の水のディスクユニオンのジャズ館で、フリー・ジャズ・セール何千枚っていうのがあって(笑)。この時にほんと見たことないローカルのフリージャズいっぱい入ってて、「おもしろそう~」って、何十枚かジャケ買いしたんだけど、その内の1つが12弦ギターとダブル・ベースのデュオのインプロのアルバムで。ラルフ・タウナーとかスティーヴ・チベットみたいなフィーリングのギターを弾いてるおもしろい人だなって思ってました。その後も何度も聴き返したお気に入りのだったのですが。何年後かにDiscogsで持ってるレコードを整理してたら、その時買ったレコードがネルス・クラインの1枚目のレコードであることがわかって。ネルスがエレクトリックなジャズをやっていたのも知っていたし、ウィルコでの活動も知っていたのですが、そのレコードはあまりにイメージとは異なるサウンドで名前がうまくリンクしなかったんですよね。今回、Zoomでネルスさんと少しこんにちはのごあいさつをできて、この話をしようかと思いましたがややこしい話でうまく伝えられるか自信がなくてできませんでした(笑)。

——それは最高すぎるエピソードですね!

岡田:ウィルコ的なアメリカーナのカントリー・ロックみたいな部分と自分が好きだったフリーインプロ、〈ECM〉のジャズの橋渡し的な、「両方やってた人がいたんだ!」っていうのは、当時すごく励みになりました。だからウィルコにはかなり思い入れがあります。

——抽象度の高い即興演奏が繰り広げられる中に、純粋に録音の良さ、音の粒としての心地よさを感じる瞬間が多々あるのですが、どのような音を目指して、音を発したり、録音、編集されていたのでしょうか。

岡田:今回フォーカスしたのが、砂粒が1つ1つ耳の近くで鳴ってるみたいなザラザラした質感だったり、葉っぱのこすれる音が耳元で聞こえてたり、水が流れていったり、そういう、なんだろう、「ザラザラじゃぶじゃぶジョロジョロ」の距離感と解像度は常に気にしながら編集をしていました。砂粒が右左のステレオの中をどう動いていくか、どう反響して、流れていくか、みたいな。

——2015年に録音され、2年前にBandcampで発表していた、現在はBandcampから既に消されている曲で、 「Reflections / Entering #3」というアブストラクトな即興演奏の曲がありましたが、本作では5曲目に再録音されて収録されています。しかも、ジム・オルークやネルス・クライン、サム・ゲンデル、カルロス・ニーニョ、石若駿など、本作中でも最も気合いを感じる布陣です。これらにはどのような想いがあるのでしょうか。長さも10分と本作最長です。

岡田:これがアルバムの起点になっていて。コロナ禍のタイミングで音楽家ならみんなやったと思うんですけど、過去の録音デモとかをひっくり返していて。なんかおもしろいものないかなって探してるタイミングにこれが出てきて。それで2年前にBandcampにアップしたけど、今は買った人はダウンロードしてないと聞けなくなってる。

この曲は、森は生きているが解散したばかりの頃に、「日本語をどうロックにどう乗せるか」みたいなことからは離れて、音楽の音だけにフォーカスして音楽を自由に作ってみようって思って作ったのが2016年録音ヴァージョンでした。実はいつ録音したかは忘れてたんだけど、すごいいいって手応えがあったのは覚えていて、これがパンデミックのタイミングに見つかって、これをもう1回できるかなって考えたのが、始まりでした。

——本作を聴いていると、ジョン・ハッセルの第四世界の影がよぎりますが、本作では岡田さんはどういった眼差しがあったのでしょうか。

岡田:ちょっと関係ない答えかもしれないけど、デヴィッド・トゥープの本でのジョン・ハッセルに関する記述で、ヒップホップが出てきたことによって、音楽自体がサンプリングでも生演奏でも聴き手はどっちでもよくなったというのがあって。でも、ジョン・ハッセル自体は、インド音楽の伝統的な音楽の修業を積んできたじゃないですか。一方で、テクノロジーの音楽を進めた人でもあるし。その中で自分が引き裂かれそうになると話をしていて、改めて彼の音楽に興味を持ちました。とはいえ、彼のサウンド自体はどっちかである必要はなくて、どっちもいいところや好きなところを、自分で選択してトライすればいいんじゃないかなっていうスタンスのようにも感じます。彼の大胆な作品は本当に魅力的です。あとインターネット自体、第四世界っぽいですよね。人智を超えた量の情報が文脈も切断され漂い、関係のなかったものに接続される。インターネット上でのこうした文脈の切断的なものはあまり肯定できたものではないかもしれませんが、子供の頃からネットを扱っている世代としては他人事で済ますこともできません。そういう感覚みたいなところを、「別の時間」の中で考えていました。

Photography Mikako Kozai( L MANAGEMENT)

岡田拓郎
1991年生まれ、東京都出身。2012年に「森は生きている」のギタリストとして活動を開始。2015年にバンドを解散したのち、2017年に『ノスタルジア』でソロ活動を始動させた。現在はソロのほか、プロデューサーとしても多方面で活躍中。
Twitter:@outland_records
Instagram:@okd_tkr

■『Betsu No Jikan』
岡田拓郎 / Takuro Okada 

1. A Love Supreme written by John Coltrane
Takuro Okada – Piano, Synthesizer, Guitar Synthesizer (Roland SY-300) 
Sam Gendel – Alto Sax
Shun Ishiwaka – Drums, Percussion

2. Moons
written by Takuro Okada
Takuro Okada – Vocal, Guitar, Piano, Synthesizer 
Yu Taniguchi – Piano
Shun Ishiwaka – Drums, Percussion
Haruomi Hosono – Log Drum

3. Sand
written by Takuro Okada, Shun Ishiwaka
Takuro Okada – Guitar, Guitar Synthesizer (Roland SY-300), Mbira 
Shun Ishiwaka – Drums, Percussion

4. If Sea Could Sing written by Takuro Okada
Takuro Okada – Guitar, Guitar Synthesizer (Roland SY-300), Pedal Steel 
Junya Ohkubo – Alto Sax
Marty Holoubek – Double Bass
Shun Ishiwaka ‒ Drums

5. Reflections / Entering #3 written by Takuro Okada
Takuro Okada – Guitar
Nels Cline – Guitar
Sam Gendel – Alto Sax
Hikaru Yamada – Alto Sax
Junya Ohkubo – Alto Sax
Jim O’rourke – Double Bass, Synthesizer 
Marty Holoubek – Double Bass
Daniel Kwon – Violin
Yuma Koda – Cello
Shun Ishiwaka – Drums, Percussion 
Carlos Niño – Percussion
Kazuhiko Masumura ‒ Percussion

6. Deep River
written by Takuro Okada, Junya Ohkubo
Takuro Okada – Piano, Guitar 
Junya Ohkubo – Alto Sax 
Yohei Shikano – Lap Steel 
Yuma Koda – Cello
Marty Holoubek – Double Bass 
Shun Ishiwaka – Drums, Percussion 
Carlos Niño – Percussion
Kazuhiko Masumura ‒ Percussion

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アスピディストラフライの2人による「KITCHEN. LABEL」 縁深い日本のアーティストとの関わりについて https://tokion.jp/2022/09/23/kitchen-label-aspidistrafly-part2/ Fri, 23 Sep 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=144628 シンガポールを拠点に活動するエイプリル・リーとリックス・アンによる男女ユニットアスピディストラフライが運営する「KITCHEN. LABEL」と縁深い日本のアーティストの関係。

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シンガポールを拠点に活動しているエイプリル・リーとリックス・アンによる男女ユニットアスピディストラフライ(ASPIDISTRAFLY)は、その音楽活動だけでなく、haruka nakamuraや冥丁、いろのみといった日本の著名な音楽家達とも縁の深いレコード・レーベル「KITCHEN. LABEL」を運営してきた。「KITCHEN. LABEL」は、日本の秀逸なエレクトロニカやアンビエント、ポスト・クラシカルなどの作品を、強いこだわりを感じさせる独特の装丁や、豪華な特殊パッケージで送り届けてくれることも知られている。昨今では、「失われた日本のムード」を希求するアンビエント作家、冥丁の『古風』(2020年)、『古風Ⅱ』(2021年)が大きな話題を呼んだことも記憶に新しい。本稿では、そんな彼等と縁深い日本のアーティストとの関わりについて迫ることとなった。

「日本で自然の音の世界に存在する”環境”としての音楽の概念を学ぶ」

――奇しくも、日本の小説家、吉本ばななの『キッチン』に収録された短編小説「ムーンライト・シャドウ」の一節に「あまりにも彼女は知的で冴えた瞳をしていて、まるでこの世の悲しみも喜びもすべてのみ込んだ後のような深い深い表情を持っていた。」という文章がありますが、「KITCHEN. LABEL」の名前もファーストアルバム『I hold a wish for you』(2008年)の世界観も、同作品にちなんだものです。

リックス・アン(以下、リックス):「KITCHEN. LABEL」は、吉本ばななの「キッチン」から名づけました。私達が『i hold a wish for you』を作っている時に、吉本の散文から深く影響を受けました。今回の『Altar of Dreams』には直接的な影響はありませんが、その雰囲気は私達に染み付いています。

――本作には、過去10年間の経験から得たインスピレーションがもたらしたビジョンが描かれています。2人の結婚やマイホームを持ったこと、アンが耳の病気を発症したこと、この間に「KITCHEN. LABEL」をアジアのネオ・クラシカル/アンビエント・ミュージックの聖地へと成長させたことなど、実生活の大きな変化は、曲作りや作品へどのような影響を及ぼしたのでしょうか?

リックス:残念なことに耳鳴りと診断され、アルバムのミックスをすることが困難になってしまい、アスピディストラフライの新しいアルバムの制作を5年近く中断しましたが、ようやく再開することができました。

しかしながら、私の個人的な体験がアルバムに影響を与えたのではなく、アスピディストラフライのストーリーの主人公であるエイプリルの体験がアルバムに影響を与えています。私がアルバム関連のビジュアルに登場しないようにした理由もそこにあります。とはいえ、プロデューサーであり共同作曲家として、エイプリルと私はこれらの経験を一緒にしてきたので、私達が音楽で表現したいことは理解しているつもりです。「KITCHEN. LABEL」が存在する何年も前から、私は1人で仕事をすることが一番快適だと感じていました。

しかし、年月が経つにつれ、特にレーベルが大きくなってからは、アーティストと交流し、彼等のリリースのプロデュースをしながら、プロセスの一部になることの素晴らしさがわかるようになりました。私はコラボレーションや集団意識の力が大好きです。共生こそがすべてです。私達とレーベルを取り巻く優秀な人達がいなければ、成長できなかったでしょう。レーベルと私達のアイディアが交わらなければ、アスピディストラフライは良くも悪くも全く違うサウンドになっていたと思います。

だから、ここ数年レーベルのためにやってきたことが、『Altar of Dreams』のトーンをある程度決めたのです。

――ここ10年間、数々の来日公演やレーベルメイトをはじめとした日本のミュージシャンとの共演も行っていらっしゃいますが、本作にも彼等とのライヴからインスパイアされた部分はありますか?

リックス:ご存じの通り、私は日本に行くのが大好きですし、「KITCHEN. LABEL」の多くの音楽は日本から来ています。とても繋がりを感じる場所で、親しい友人もたくさんいます。日本でライヴをする際の、音や音響に対する細かい配慮やオーディエンスが深く聴き入るという慣例もある意味正しいと思います。私達はレーベルメイトのharuka nakamuraやいろのみと一緒に、日本の特別な場所で演奏をしました。一度だけ益子という小さな町で、森のすぐ横にある粘土でできたステージで演奏したことがあります。また、丘の上にある古い日本家屋を改装したスターネットという素晴らしい空間や、東京のいくつかの教会でも演奏しました。

日本人と一緒に音楽を演奏することで、自然の音の世界の中に存在する“環境”としての音楽の概念を学びました。特に日本には四季があり、自然の風景や情景が豊かなので、身近なものに目を向け、より意識するようになりました。これはシンガポールでは不可能です。また、それぞれの会場や雰囲気も違っていたので、それぞれの美しさに合わせて考えることが多かったです。これらの経験は私達にとって音楽への全く新しい扉を開いてくれました。

――本作には、多数のゲスト・ミュージシャンが参加している通り、ストリングスが大々的に用いられ、東京、山梨、シンガポールとさまざまな場所で録音されています。レコーディングに関するエピソードや人選の意図をはどういったものがありますか? また、本作のサウンド・プロデュースにおいて特に力を注いだ面も教えてください。

リックス:リスナーが私達の作り上げた世界に入り込めるように、楽曲で物語を伝えることに一番時間をかけています。そのためには、テーマに沿った楽曲を制作することや、楽曲を全体的にまとめるために、1つの楽曲、または楽曲の中に挿入されるものとしてのインタールードのアレンジをしています。私達は自分をストーリーテラーだと考えています。アルバムに正しい流れがあり、ストーリーを最大限に構築することが不可欠なのです。
ヴォーカル、ギター、エレクトロニクスはシンガポールで録音し、その他の楽器はすべて日本で録音しました。ストリングスとピアノは、サウンドシティ世田谷で録音し、エンジニアの渋谷直人とストリングス・アレンジャーの一ノ瀬響に大変お世話になりました。一ノ瀬さんは『A Little Fable』でもストリングスのアレンジをしてくれましたが、特に「Landscape With A Fairy」という曲は、彼が私達の曲のために貢献してくれた不朽の作品だと思っています。だから、今回のアルバム『Altar of Dreams』にも参加してもらうのは当然のことでした。「Altar of Dreams」(楽曲)のために彼が手掛けたストリングスとピアノのアレンジを初めて聴いた時のことは忘れられません。彼は何をすべきか明確に理解してくれていて、私達は彼の仕事を大いに尊敬しています。

また、レーベルの他のアーティストのプロジェクトでも一緒に仕事をしている田辺玄が経営する山梨の美しいスタジオでレコーディングをすることができたのも嬉しいことでした。また、長年の友人でありレーベルメイトのharuka nakamuraに「The Voice of Flowers」のレコーディングに参加してもらいました。アスピディストラフライのアルバムは彼なしでは完成しないと感じたからです。実は別の曲もレコーディングしたのですが、最終的にはトラックリストに入れませんでした。もちろん、このトラックは今後リリースをする予定です。

それから今回は、アスピディストラフライがまだ探求していない新しい楽器を加えたいという気持ちが強かったため、ARAKI Shinに参加してもらいました。彼とは2010年にharuka
nakamuraのアルバム『twilight』にサックスやフルートなどの管楽器の演奏とアレンジを担当してもらった時からの知り合いで、それ以来、彼と一緒に仕事をしようとを決めていました。「The Voice of Flowers」の音楽的な風景は彼なしでは作れなかったと思います。

エイプリル・リー(以下、エイプリル):この旧友であり長年のコラボレーターは、私達にとって家族のような存在です。haruka nakamuraと台湾ツアーをした時の集合写真は額に入れて家に飾ってありますし、一ノ瀬さんとは天気の話や親戚の話など、日常的なことをメールでやりとりすることもあります。

昔から知っているミュージシャン以外で、SUGAI KENは一緒に仕事をしたいと思っていた人で、いつも私のプレイリストでヘビーローテーションしています。彼の音楽にはある種の魔法があり、彼のサウンドは想像の中に鮮明な情景を思い起こさせるのです。生き物の鳴き声、川の流れ、独特なノイズ……彼のアルバムを繰り返し聴くと、まるで異次元にトリップしたかのように、何時間も過ぎていきます。環境音やファウンドサウンドを繋ぎ合わせ融合させる彼のユニークな手法に私は共鳴とつながりを感じて、一緒に作品を作ったらどうなるのだろうという好奇心を持ちました。その結果生まれたのが「Silk & Satins」です。

――これまでのインタヴュー等を見ていると「KITCHEN. LABEL」は、音楽活動を通じて自然と構築されていったプライベートなコミュニティーとしての性質も強いのではないかと思われますが、同レーベルのキュレーションにおける最大の美学とはどんなものでしょうか?

リックス:一緒に仕事をする人とは、最初から雰囲気やテクスチャーを何よりも重視するという暗黙のルールがありました。私にとって、それはいつも一番魅力的です。ほとんどの場合、音楽の雰囲気を重視して制作しています。なので、これらの曲が宿るテクスチャーの層がストーリーを語るための構造になったり、メロディーのための背景になっています。

――2010年の「雨と休日」のインタビューでは、レーベルのコンセプトを説明する上で
、(カナダの作曲家、故マリー・シェーファーの提唱した)サウンドスケープや環境音楽/アンビエントの概念にも近いイメージを提起するような発言を残しているだけでなく、共通言語としての「『アンビエント』というプール」という表現を引き合いに出していたこともありました。

リックス:アンビエントミュージックは私達のDNAの大きな部分を占めています。境界線やジャンルを横断することを楽しんでいますが、同時に「アンビエント」のプールに常に足を踏み入れています。同じ音楽言語を話すミュージシャンと出会えたことはとても幸運でしたが、それぞれの個性があるからこそ同じアイデアを表現したとしても異なる予想外の結果を生み出します。これは共同体的な自発性であり、「KITCHEN. LABEL」のアイデンティティーを形作っているのです。

「年齢や国境に関係なく多くの人々に音楽を届け続けること」

――長年の盟友であるharuka nakamuraや「LOST JAPANESE MOOD」をテーマに活動する冥丁、「季節のさまざまな色の実を鳴らす」という、日本の伝統的な美学にも通じるコンセプトのもとで活動するいろのみを始めとして、数々の日本人アーティスト達と仕事をともにしてきましたが、日本のアーティストと協業したり、それらの要素を取り入れたりしている理由はなんでしょうか?

リックス:日本の音楽、映画、デザインは私に大きなインスピレーションを与えてくれます。それが日本への旅の土台となりました。その旅の過程で出会い一緒に仕事をした人とこれほど長期的な関係を築けるとは思ってもいませんでした。

アルバム『古風』の制作中、冥丁と話をしたことがあるのですが、彼は、最近、日本人の気持ちや気分を考えて日本の音楽を作る人が少なくなっていると感じているそうです。私は日本人ではないのですが、ある意味、彼の考えに共感することができました。私達のコラボレーションや文化交流を通じて、日本と世界の架け橋になれたことは興味深いことでした。

私はレーベルのために日本のアーティストとコラボレーションすることに大きな喜びを感じていますし、その結果、私自身の生きがいを見つけることができました。「KITCHEN. LABEL」からリリースするためにアルバムのアートワークとプロデュースを私に任せてくれた冥丁、haruka nakamura、いろのみ等の日本のアーティストに非常に感謝をしています。

――日本のアーティストで今最も注目している方がいたら教えてください。

リックス:新型コロナウィルスのロックダウンの間、私は鈴木良雄の『Morning
Pictures』と『Touch of Rain』をよく聴いていました。彼の音楽は、1980年代半ばに日本のデパートでソフト・ジャズがかかる中(当時シンガポールにはヤオハン、伊勢丹、大丸、そごうがありました)、買い物をした子ども時代の空想に私を誘ってくれるのです。いい思い出ばかりです。ロマンチックに考え過ぎかもしれませんが、私は彼独特の革新的なジャズやMusic Interiorレーベルのほとんどの作品が好きです。今日では、家で仕事をすることが多くなりましたが、彼の音楽は私にとってインスピレーションと落ち着きと安らぎの源になっています。

エイプリル:2011年頃、東京で青葉市子に初めて出会って以来、私達は目に見えない化学反応のような交流をしてきました。長年の友人として、私は彼女の音楽の進化を目の当たりにしてきましたが、彼女のリリースするすべての作品は私の人生において不変のものとなっています。ここ数年は会えなくなってしまいましたが (シンガポールで3回目のライヴを一緒にやる予定だったのですが、残念ながらパンデミックの影響で中止になりました)
彼女のことを思いながら、よく聴いています。彼女はよく深夜にInstagramでライヴ配信をしていて、1人で部屋でギターやピアノを弾いているのですが、それをいつも楽しみにしています。青葉市子の世界はとても魅力的です。

――本作のCDを手にしたのですが、ブックレットに記された詩世界やそれらや作品の美学を強く喚起させる印象的なビジュアル・イメージや写真は私自身にとっても、音楽本体と並ぶ幻想的な視覚的体験をもたらしてくれました。デジタル販売やストリーミング配信がごく一般的なものとなった今も「KITCHEN. LABEL」の作品がフィジカル版の装丁にこだわり続ける理由はなんでしょうか?

リックス:「KITCHEN. LABEL」が誕生したのは2008年で、音楽業界がフィジカルとデジタルの過渡期にある時代でした。私達は「新しいもの」と「古いもの」の両方の重要性を理解していたので、レーベルを立ち上げるのにはこれ以上ないタイミングだったのかもしれません。フィジカルのアルバムは、音楽ビジネスの大きな物語の中に私達をとどめておく何かを提示してくれるため、私達にとって不可欠なものだと思います。私達の音楽をレコード店やレコード・コレクターの棚で見てもらいたいし、誰かにとっての宝物であってほしいです。そして、それを発見するかもしれない次の人に受け継がれることを願っています。

音楽をリリースする際に、デジタルと伝統的な方法の両方を取り入れることで、年齢や国境に関係なく多くの人々に音楽を届け続けることができると信じています。音楽の聴き方は人それぞれですが、音楽と人との純粋なつながりは共通しています。人々が生活の中で音楽を必要としなくなる日は来ないと思います。

私達のアーティストとレーベルは、常に音楽とアートワークの相互作用を考えています。ECMレコードが引用したガートルード・スタインの言葉を借りると「自分の耳を目だと思え」ということです。 各アルバムにはそれぞれのストーリーがあり、各アーティストは独自の音の美学を提供しています。ですから、ビジュアル要素は音楽そのものの比喩的な翻訳だと感じています。私はKITCHEN. LABELを、アーティストとレーベルが音楽とサウンドを通してイメージを作り出し、最もサブリミナルな方法でオーディエンスに影響を与えることができるプラットフォームにしたいと思っています。音楽のフィジカルのフォーマットは、触ることができるという点がユニークなので、パッケージに適した紙や素材を選ぶことは、非常に重要なプロセスです。

――本作までの約10年という長いスパンで見て、現在の音楽性に影響を与えたと思うアーティストや作品はなんでしょうか?

エイプリル:『Altar Of Dreams』の時は、中森明菜の『不思議』や小林麻美の『Cryptograph』等1980年代の音楽を聴きながらアルバムを制作していました。特にシンセやゲートリバーブがかかったサウンドなど、1980年代という時代の芸術的なヴィジョンに惹かれます。でも、私が最も影響を受けたものを挙げるのは難しいですね。なぜなら、何かワクワクするようなものを見つけるために、私は常に新しいインスピレーションを楽しく集めているからです。それはレコードでも、物でも、物語でもあります。

――最後に日本のファンへのメッセージや今後の展開について何かあれば教えてください。

エイプリル:日本のファン、友人、コラボレーター、パートナーの皆様には、言葉では言い表せないほど感謝しています。その多くの人達が、2007年に初めて日本公演のために東京を訪れた時から、アスピディストラフライを忘れることなく一緒にいてくれました。日本で経験したことのほとんどは、それが環境の美しさであれ、私達が築いた友情と思い出であれ、重要なインスピレーションとなり、やがて過去15年間に発表した3枚のアルバムの一部となりました。新型コロナウィルスの影響でこの3年間は日本に行けませんでしたが、機会があればまたライヴをしに行きたいです。

アスピディストラフライ
シンガポールを拠点に活動するエイプリル・リーとリックス・アンによる男女ユニット。2人は、haruka nakamura、いろのみ、FJORDNE等日本人アーティストの良質な音源と、洗練された美しいアートワークの特殊パッケージに定評がある人気レーベル「KITCHEN. LABEL」を運営している。

Edit Ryo Todoriki

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アスピディストラフライの2人による「KITCHEN. LABEL」 レーベル運営の美学と新譜に寄せる想い https://tokion.jp/2022/09/20/kitchen-label-aspidistrafly-part1/ Tue, 20 Sep 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=144565 シンガポールを拠点に活動するエイプリル・リーとリックス・アンによる男女ユニット、アスピディストラフライが運営する「KITCHEN. LABEL」と新譜の制作背景を語る。

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シンガポールを拠点に活動。エイプリル・リーとリックス・アンの2名からなる男女ユニットであり、冥丁やharuka nakamura、いろのみといった日本人アーティストも数多く在籍する人気レーベル「KITCHEN. LABEL」を運営してきたアスピディストラフライ(ASPIDISTRAFLY)。2022年の今年、実に10年ぶりとなった最新アルバムである『Altar of Dreams』を完成。SUGAI KENやharuka nakamura、一ノ瀬響、ARAKI Shinといった日本人作家を大々的にフィーチャーした本作は本邦でも注目を集めている。

パンデミックのさなか、2012年発売のアルバム『A Little Fable』の収録曲「Landscape With A Fairy」が、「コテージコア」の文脈からTiktokやInstagramなどのSNSで再発見されるなど多方面から話題を呼ぶ彼等は、ニューエイジ・ミュージックのハード・ディガーという一面もあり、近年のニューエイジ・リバイバル(新時代的な視点からのニューエイジ音楽の再考と再興)の進展と深化に重要な役割を果たした名ブログである「FOND/SOUND」に、アジアのアンビエント・ポップに着目した興味深いDJミックスを寄稿したりもしている。「KITCHEN. LABEL」からは昨今大人気を博す日本のアンビエント・アーティストである冥丁を送り出したことも記憶に新しい。本稿では、新アルバムの制作の経緯とレーベル運営の美学について伺った。

「KITCHEN. LABEL」の始動

――まず、デュオのことについてお伺いしたいと思います。結成から現在に至るまでの経緯を教えてください。

リックス・アン(以下、リックス):私はエイプリルと2001年12月にアスピディストラフライとして一緒に音楽制作を始めました。アスピディストラフライは私達が作った音楽とアートワークの両方のクリエイティブなアウトプットとして始めたものでもあります。その頃に、2枚の自主制作EPを作り、主にシンガポールのインディペンデントミュージックシーンで演奏をしていました。

2007年には、真鍋大度とダムタイプの藤本隆行と一緒にシンガポールでマルチメディアのコラボレーション・ショーを行いました。またその年は、MySpaceが全盛期を迎え、音楽業界のメインストリームが崩れた年でもありました。私達の名前はインターネットを通して東京に広まり、やがて初の日本ツアーに乗り出しました。日本での初ライヴは東京のLoop-lineという小さなカフェで、Chihei HatakeyamaとTomoyoshi Dateと一緒に演奏をしました。2人とも私達が尊敬する日本のアンビエントミュージシャンです。日本でのライヴは私達の人生にとって大きな転機となりました。なぜなら、より多くの観客にアプローチすることができ、同じような考えを持つ多くのアーティストと触れ合うことができたからです。それ以来、道は開ける一方でした。新しい出会いがあるたびに、私達の音楽はより多くの人に伝わっていきました。

こうして私達は、アーティストの友人達、ライヴをブッキングしてくれるオーガナイザー、そして素晴らしい日本のディストリビューター、インパートメントと出会いました。彼等は、私達を最初から信じてくれた人達です。

また、私は自分達のサウンドのための場所を見つけ、「KITCHEN. LABEL」の下で特色のあるレーベルとビジュアル・アイデンティティを発展させていこうと強く思っていたため、これらの出会いをチャンスだと思い、2008年にレーベルを立ち上げました。

そのため、「KITCHEN. LABEL」の形成期にはシンガポールと東京を行き来しながら多くの時間を過ごしました。それ以来、私達は日本での活動も続け、2008年に『i hold a wish for you』、2011年に『A Little Fable』という2枚のフルアルバムをリリースしました。

――セカンドアルバム『A Little Fable』以来10年ぶりの本作『Altar of Dreams』ですが、その記念碑的なリリースから既に3ヵ月近い時が経とうとしています。「やっと満足のいくものができた」「発売日になってもまだ(喜びに)震えていた」とも語るこの作品には、どんな反響がありましたか。また、どのような手応えを感じているのでしょうか?

リックス:私達は常に目立たないように活動してきたので、『A Little Fable』のような過去のアルバムが10年経った今でも新しいリスナーを獲得していることに感動しています。新しいアルバムを待っていたリスナーから、長い間待った甲斐があったというメッセージをもらいました。これは私達にとって何にも勝るもので、私達のリスナーがとても義理堅いことを本当にありがたく思っています。また、デヴェンドラ・バンハートからもInstagramのDM経由でサムズアップ(親指を立てる絵文字=Goodの意)が送られてきて、とても驚きました!

――音楽制作や具体的にサウンドをイメージしていくにあたって、特定のステップなどはありますか?

エイプリル・リー(以下、エイプリル):それぞれのアルバムは、想像や空想をすることから始まり、それが出発点となってストーリーを展開しています。私達は完璧主義になりがちなので、おそらく曲作りに最も注目を向けていますが、インストゥルメンタル・コラージュは自由に作業をするクリエイティブな空間です。これは雑談ですが、物理的にはお互いにいつも近くにいるのに、実際に一緒に曲を作ったことがないのです。

私達は別々に創作活動を楽しみ、未完成の作品をお互いに渡し合うのが好きで、それがたいていおもしろい結果を生んでいます。その一例が「Quintessence」で、元々はリックスのギターループだったものを、私がテクスチャー、シンセ、歌詞、メロディーを追加してアレンジしました。

−−「FOND/SOUND」 でのインタビューでは、「自分達のルーツを振り返り、更新し、再発見し、若返らせることが重要」とも述べていましたが、実際に、本作やアスピディストラフライの音楽からは古い(または、失われた/架空の)記憶の断片や、またそれらを溶け合わせて紡ぎあげた未知なる風景、ヴィジョン、幻想的なモチーフといったものがあちこちから喚起されるように感じられました。

今回、名前の挙げられたセルジュ・ルタンスやドラ・マールをはじめとしたアーティストや、「FOND/SOUND」のMixでも取り上げていた1980年代の日本やアジアのアンビエント・ポップ、バルトーク・ベーラといった過去の音楽や芸術からの影響は、本作をサウンド・プロデュースしていく上でどのように位置づけられたのでしょうか?

エイプリル:人は通常、「過去」か「未来」のどちらかに傾くと言われています。「過去」は現在の状況を提供し、「未来」はその準備に役立つという意味で、どちらも等しく重要ですが、私は特に前者に傾倒しているのかもしれません。過去は、私にとってウサギの穴のようなものです。現在がありふれたものになると、過去を深く掘り下げて、過去から新しいインスピレーションを得ることに満足感さえ感じます。

図書館やレコードショップ、アンティークショップなどで、何時間もかけて資料を探すのが私のお気に入りの活動です。セルジュ・ルタンスやドラ・マールなどのアーティストも、そうやって見つけたのだと思います。それとは別に、ノスタルジーという要素もあります。

特に、私達が住むシンガポールは常に新しく生まれ変わる街で、例えば私が育った祖父母の家のような懐かしい思い出の場所はもう存在しません。私は今でもそこにいた夢を繰り返し見ます。

――また、直近に、音楽や芸術作品から受けた影響などはどんなものでしょうか?

エイプリル:最近、私は日本の古い物語を発掘しています。『イグアナの娘』という作品があって、萩尾望都原作の漫画とドラマ化されたVHSテープの両方を手に入れました。また、『REX 恐竜物語』という映画もあるのですが、どちらも人間と生物の心の交流、認識、変容をテーマにしていて、とても魅力的で興味をそそられます。

『Altar of Dreams』から見る作風転換の意図と背景

――本作には、過去作で色濃く感じられたヴァシュティ・バニヤンなどのブリティッシュ・フォークの牧歌的な空気感や、エレクトロニカ/フォークトロニカ系統のローファイかつおぼろげな宅録音楽的趣がやや薄まり、かつてなくドラマチックで、楽曲としての輪郭や骨格が顕著に感じられるフューチャリスティックでハイファイな音像へ変化し、さらには先鋭的なR&Bやポップスへの挑戦もうかがえます。シンガーソングライターというよりは、ディーヴァとしての佇まいをより色濃く感じられます。

これまでの暮らしや風景の中に幻想的なイメージを溶け込ませていく作風から、一気に「あちら側」や「彼岸」の景色へと足場を移したようにも感じられます。これらの大きな作風の転換には、どういった意図が込められているのでしょうか?

エイプリル:私は自分自身を予測不可能で枠にはまりたくない多面的な人間だと認識しています。アスピディストラフライには、リスナーが認識できる一貫した独自のサウンドがありますが、すでにやったことを再現することには興味がありません。

アーティストとしての個人的な目標は進化し続けることであり、次の作品では何か新しいものでリスナーを驚かせ、喜ばせたいのです。音楽には無限の可能性があり、それが私に現在の知識を超えた発見をしようと思わせてくれます。アスピディストラフライは私のアイデンティティーを音楽的に拡張したものなので、私が現在受けている影響や経験が常に最新の状態で反映されています。

――リーさんは 「NME」 のインタビューでも「ソングライターとしての私の役割は、純粋に想像する夢想家である」と語っています。今回のインスピレーションの1つである「明晰夢」は、あなたにどのような余韻をもたらしましたか?

その体験から生まれた楽曲である「Altar of Dreams」の歌詞世界は、今作に収録された歌ものの楽曲の中でも、最も感情のうねりが豊かに描写されており、色濃く悲哀を感じさせるものとなっています。また、タイトルの『Altar of Dreams』にはどのような想いを込めたのでしょうか?

エイプリル:このアルバムを制作していた頃、私は人生の中で辛い時期を過ごしていて、その辛さを和らげるために無意識のうちに休息を求めていました。私の部屋は洞窟のようで、ベッドは繭のようなのですが、そこで私は明晰夢を何度も見ました。この繭の安全性と安心感は祭壇のように感じられ、そこに横たわれば夢の入り口が開き、現実から逃避することができたのです。

私は子どもの頃、いつでも明晰夢を見れる能力を持っていて、良くも悪くも、夢の中で見たことや経験したことをずっと覚えていました。「Altar Of Dreams」という曲は、最初は暗闇の中で安らかに過ごしていた自分が、やがて黒く濁った渦の中に飲み込まれ、自分自身をコントロールできなくなるという強烈な夢から突然目を覚ました時に書いたものです。

夢の中の環境は穏やかでしたが、私の感情は高まっていました。そのため、この曲のア
レンジを意図的に穏やかでシンプルにしましたが、ヴァース(歌のサビに至るまでの導入部分)とサビの間に予測不可能なテンポの変化を加えました。

――そして、この曲における「明晰夢」と同じく、山口小夜子からはどのような影響を受けていますか?

エイプリル:資生堂の初期のCMに登場する山口小夜子のモデルの仕事は、初めて見た時からとても印象的でした。それらのCMは商品広告というよりもシュールレアリスムの映画のようで、「Companion To Owls」という曲のミュージックビデオを制作する時にもインスピレーションを受けました。

美容やファッションには強い影響を受けていて、過去から現在に至るまでの広告や広告キャンペーンをたどることが好きです。1970年代から1980年代にかけての資生堂の「リバイタル」や「インウイ」のCMは、山口小夜子が出演し、セルジュ・ルタンスが監督したものが多く、これほどのものは見たことがないと言っても過言ではありません。

これらの製品ラインは最終的に製造終了となりましたが、幼い頃に母が私を連れてシンガポールの伊勢丹に買いに行った記憶がうっすらと残っています。クリームやパウダーのパッケージのデザインもとても美しく、私は日本のネットオークションでこれらの年代ものの品を集めたことがあります。

山口小夜子についてさらに詳しく言うと、彼女のように自らが信じる芸術的なメッセージや美学を伝えるために、強い信念を持ち続けている女性のミューズに私はたびたび魅力を感じています。

――本作に収録された4曲の歌ものはそれぞれが独立した短編詩とも、連続した詩世界とも取れるように思います。ここで登場する(無限に続く)「繰り返し」「時」「永遠」「風」「静けさ」「夜」「暗闇」といった語彙は、本作ひいてはアスピディストラフライの活動のキーワードではないかと思えます。これらに与えられた意味とは、どのようなものでしょうか?

また、それらの楽曲がそれぞれインストゥルメンタルもしくは明確な歌詞を持たないインタールードに挟まれていることには何か理由はありますか?

エイプリル:私達はよく、詩と散文を交互に聴く旅のようなアルバムを制作しています。映画でも映像を見ずに音だけを聴くと、セリフのあるシーンと環境音や無音のシーンが聴こえますよね。それこそ私達が作ろうとしていたもので、最初のデモEPの時からアスピディストラフライの伝統になっていて、今も変わっていません。

曲作りとは別に、インストゥルメンタル・サウンド・コラージュを作ることは、実は私にとって大きな楽しみなのです。このクリエイティブな空間は、完全な解放感をもたらしてくれます。1990年代にパソコンに触れて以来、さまざまなファウンドサウンドを集めるのが好きで、 ずっと集め続けていました。

私はとても好奇心が強いので、MSペイントやペイントショッププロのような初期のデザインソフトを探求したことを覚えています。その後、オーディオに同じデザインの技術や原理を適用し、各レイヤーを処理して完全なイメージを形成することによって、サウンドの組み合わせも作成できることに気付きました。

ガウシアンぼかしはリバーブのようなもので、色の反転はトラックを反転させるようなものです。Super Destroy FXやExpert Sleepersといった初期のVSTプラグインは、私の興味をさらにかき立て、創造と実験のための道具箱となりました。

――SUGAI KENをフィーチャリングした8曲目の実験的なコラージュ・ミュージックの「Silk and Satins」では、リーやアンが子どもの頃に夢中になった、シンガポールのローカル放送局「Mediacorp」が放映していたホラー・ドラマがサンプリングされているなど、2人のルーツやアイデンティティーをうかがうこともできます。楽曲の冒頭では、暗所、階段を駆け上がっていくような音やそれらの風景がかすんでいくような演出があり、その直後には、電話の着信音が幾重にも鳴り響き、メランコリックかつ不穏な情景へと音場を移していきます。この曲からラスト・トラックである天上な「Quintessence」の無我の境地にもあるような詩世界へと繋がっていくという流れには、どのような意図がありますか?

エイプリル:「Silk and Satins」は“未知なるものによる劣化”というミステリアスなテーマを、「Quintessence」は”修復と大気の要素”というテーマを伝えています。この2つのテーマは真逆のものです。アルバムの流れを作る上で、私達はリスナーが不思議に思うような驚きやコントラストの要素を曲と曲の間に作ることを常に意識しています。

アスピディストラフライ
シンガポールを拠点に活動するエイプリル・リーとリックス・アンによる男女ユニット。2人は、haruka nakamura、いろのみ、FJORDNE等日本人アーティストの良質な音源と、洗練された美しいアートワークの特殊パッケージに定評がある人気レーベル「KITCHEN. LABEL」を運営している。

Edit Ryo Todoriki

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