アスピディストラフライの2人による「KITCHEN. LABEL」 レーベル運営の美学と新譜に寄せる想い

シンガポールを拠点に活動。エイプリル・リーとリックス・アンの2名からなる男女ユニットであり、冥丁やharuka nakamura、いろのみといった日本人アーティストも数多く在籍する人気レーベル「KITCHEN. LABEL」を運営してきたアスピディストラフライ(ASPIDISTRAFLY)。2022年の今年、実に10年ぶりとなった最新アルバムである『Altar of Dreams』を完成。SUGAI KENやharuka nakamura、一ノ瀬響、ARAKI Shinといった日本人作家を大々的にフィーチャーした本作は本邦でも注目を集めている。

パンデミックのさなか、2012年発売のアルバム『A Little Fable』の収録曲「Landscape With A Fairy」が、「コテージコア」の文脈からTiktokやInstagramなどのSNSで再発見されるなど多方面から話題を呼ぶ彼等は、ニューエイジ・ミュージックのハード・ディガーという一面もあり、近年のニューエイジ・リバイバル(新時代的な視点からのニューエイジ音楽の再考と再興)の進展と深化に重要な役割を果たした名ブログである「FOND/SOUND」に、アジアのアンビエント・ポップに着目した興味深いDJミックスを寄稿したりもしている。「KITCHEN. LABEL」からは昨今大人気を博す日本のアンビエント・アーティストである冥丁を送り出したことも記憶に新しい。本稿では、新アルバムの制作の経緯とレーベル運営の美学について伺った。

「KITCHEN. LABEL」の始動

――まず、デュオのことについてお伺いしたいと思います。結成から現在に至るまでの経緯を教えてください。

リックス・アン(以下、リックス):私はエイプリルと2001年12月にアスピディストラフライとして一緒に音楽制作を始めました。アスピディストラフライは私達が作った音楽とアートワークの両方のクリエイティブなアウトプットとして始めたものでもあります。その頃に、2枚の自主制作EPを作り、主にシンガポールのインディペンデントミュージックシーンで演奏をしていました。

2007年には、真鍋大度とダムタイプの藤本隆行と一緒にシンガポールでマルチメディアのコラボレーション・ショーを行いました。またその年は、MySpaceが全盛期を迎え、音楽業界のメインストリームが崩れた年でもありました。私達の名前はインターネットを通して東京に広まり、やがて初の日本ツアーに乗り出しました。日本での初ライヴは東京のLoop-lineという小さなカフェで、Chihei HatakeyamaとTomoyoshi Dateと一緒に演奏をしました。2人とも私達が尊敬する日本のアンビエントミュージシャンです。日本でのライヴは私達の人生にとって大きな転機となりました。なぜなら、より多くの観客にアプローチすることができ、同じような考えを持つ多くのアーティストと触れ合うことができたからです。それ以来、道は開ける一方でした。新しい出会いがあるたびに、私達の音楽はより多くの人に伝わっていきました。

こうして私達は、アーティストの友人達、ライヴをブッキングしてくれるオーガナイザー、そして素晴らしい日本のディストリビューター、インパートメントと出会いました。彼等は、私達を最初から信じてくれた人達です。

また、私は自分達のサウンドのための場所を見つけ、「KITCHEN. LABEL」の下で特色のあるレーベルとビジュアル・アイデンティティを発展させていこうと強く思っていたため、これらの出会いをチャンスだと思い、2008年にレーベルを立ち上げました。

そのため、「KITCHEN. LABEL」の形成期にはシンガポールと東京を行き来しながら多くの時間を過ごしました。それ以来、私達は日本での活動も続け、2008年に『i hold a wish for you』、2011年に『A Little Fable』という2枚のフルアルバムをリリースしました。

――セカンドアルバム『A Little Fable』以来10年ぶりの本作『Altar of Dreams』ですが、その記念碑的なリリースから既に3ヵ月近い時が経とうとしています。「やっと満足のいくものができた」「発売日になってもまだ(喜びに)震えていた」とも語るこの作品には、どんな反響がありましたか。また、どのような手応えを感じているのでしょうか?

リックス:私達は常に目立たないように活動してきたので、『A Little Fable』のような過去のアルバムが10年経った今でも新しいリスナーを獲得していることに感動しています。新しいアルバムを待っていたリスナーから、長い間待った甲斐があったというメッセージをもらいました。これは私達にとって何にも勝るもので、私達のリスナーがとても義理堅いことを本当にありがたく思っています。また、デヴェンドラ・バンハートからもInstagramのDM経由でサムズアップ(親指を立てる絵文字=Goodの意)が送られてきて、とても驚きました!

――音楽制作や具体的にサウンドをイメージしていくにあたって、特定のステップなどはありますか?

エイプリル・リー(以下、エイプリル):それぞれのアルバムは、想像や空想をすることから始まり、それが出発点となってストーリーを展開しています。私達は完璧主義になりがちなので、おそらく曲作りに最も注目を向けていますが、インストゥルメンタル・コラージュは自由に作業をするクリエイティブな空間です。これは雑談ですが、物理的にはお互いにいつも近くにいるのに、実際に一緒に曲を作ったことがないのです。

私達は別々に創作活動を楽しみ、未完成の作品をお互いに渡し合うのが好きで、それがたいていおもしろい結果を生んでいます。その一例が「Quintessence」で、元々はリックスのギターループだったものを、私がテクスチャー、シンセ、歌詞、メロディーを追加してアレンジしました。

−−「FOND/SOUND」 でのインタビューでは、「自分達のルーツを振り返り、更新し、再発見し、若返らせることが重要」とも述べていましたが、実際に、本作やアスピディストラフライの音楽からは古い(または、失われた/架空の)記憶の断片や、またそれらを溶け合わせて紡ぎあげた未知なる風景、ヴィジョン、幻想的なモチーフといったものがあちこちから喚起されるように感じられました。

今回、名前の挙げられたセルジュ・ルタンスやドラ・マールをはじめとしたアーティストや、「FOND/SOUND」のMixでも取り上げていた1980年代の日本やアジアのアンビエント・ポップ、バルトーク・ベーラといった過去の音楽や芸術からの影響は、本作をサウンド・プロデュースしていく上でどのように位置づけられたのでしょうか?

エイプリル:人は通常、「過去」か「未来」のどちらかに傾くと言われています。「過去」は現在の状況を提供し、「未来」はその準備に役立つという意味で、どちらも等しく重要ですが、私は特に前者に傾倒しているのかもしれません。過去は、私にとってウサギの穴のようなものです。現在がありふれたものになると、過去を深く掘り下げて、過去から新しいインスピレーションを得ることに満足感さえ感じます。

図書館やレコードショップ、アンティークショップなどで、何時間もかけて資料を探すのが私のお気に入りの活動です。セルジュ・ルタンスやドラ・マールなどのアーティストも、そうやって見つけたのだと思います。それとは別に、ノスタルジーという要素もあります。

特に、私達が住むシンガポールは常に新しく生まれ変わる街で、例えば私が育った祖父母の家のような懐かしい思い出の場所はもう存在しません。私は今でもそこにいた夢を繰り返し見ます。

――また、直近に、音楽や芸術作品から受けた影響などはどんなものでしょうか?

エイプリル:最近、私は日本の古い物語を発掘しています。『イグアナの娘』という作品があって、萩尾望都原作の漫画とドラマ化されたVHSテープの両方を手に入れました。また、『REX 恐竜物語』という映画もあるのですが、どちらも人間と生物の心の交流、認識、変容をテーマにしていて、とても魅力的で興味をそそられます。

『Altar of Dreams』から見る作風転換の意図と背景

――本作には、過去作で色濃く感じられたヴァシュティ・バニヤンなどのブリティッシュ・フォークの牧歌的な空気感や、エレクトロニカ/フォークトロニカ系統のローファイかつおぼろげな宅録音楽的趣がやや薄まり、かつてなくドラマチックで、楽曲としての輪郭や骨格が顕著に感じられるフューチャリスティックでハイファイな音像へ変化し、さらには先鋭的なR&Bやポップスへの挑戦もうかがえます。シンガーソングライターというよりは、ディーヴァとしての佇まいをより色濃く感じられます。

これまでの暮らしや風景の中に幻想的なイメージを溶け込ませていく作風から、一気に「あちら側」や「彼岸」の景色へと足場を移したようにも感じられます。これらの大きな作風の転換には、どういった意図が込められているのでしょうか?

エイプリル:私は自分自身を予測不可能で枠にはまりたくない多面的な人間だと認識しています。アスピディストラフライには、リスナーが認識できる一貫した独自のサウンドがありますが、すでにやったことを再現することには興味がありません。

アーティストとしての個人的な目標は進化し続けることであり、次の作品では何か新しいものでリスナーを驚かせ、喜ばせたいのです。音楽には無限の可能性があり、それが私に現在の知識を超えた発見をしようと思わせてくれます。アスピディストラフライは私のアイデンティティーを音楽的に拡張したものなので、私が現在受けている影響や経験が常に最新の状態で反映されています。

――リーさんは 「NME」 のインタビューでも「ソングライターとしての私の役割は、純粋に想像する夢想家である」と語っています。今回のインスピレーションの1つである「明晰夢」は、あなたにどのような余韻をもたらしましたか?

その体験から生まれた楽曲である「Altar of Dreams」の歌詞世界は、今作に収録された歌ものの楽曲の中でも、最も感情のうねりが豊かに描写されており、色濃く悲哀を感じさせるものとなっています。また、タイトルの『Altar of Dreams』にはどのような想いを込めたのでしょうか?

エイプリル:このアルバムを制作していた頃、私は人生の中で辛い時期を過ごしていて、その辛さを和らげるために無意識のうちに休息を求めていました。私の部屋は洞窟のようで、ベッドは繭のようなのですが、そこで私は明晰夢を何度も見ました。この繭の安全性と安心感は祭壇のように感じられ、そこに横たわれば夢の入り口が開き、現実から逃避することができたのです。

私は子どもの頃、いつでも明晰夢を見れる能力を持っていて、良くも悪くも、夢の中で見たことや経験したことをずっと覚えていました。「Altar Of Dreams」という曲は、最初は暗闇の中で安らかに過ごしていた自分が、やがて黒く濁った渦の中に飲み込まれ、自分自身をコントロールできなくなるという強烈な夢から突然目を覚ました時に書いたものです。

夢の中の環境は穏やかでしたが、私の感情は高まっていました。そのため、この曲のア
レンジを意図的に穏やかでシンプルにしましたが、ヴァース(歌のサビに至るまでの導入部分)とサビの間に予測不可能なテンポの変化を加えました。

――そして、この曲における「明晰夢」と同じく、山口小夜子からはどのような影響を受けていますか?

エイプリル:資生堂の初期のCMに登場する山口小夜子のモデルの仕事は、初めて見た時からとても印象的でした。それらのCMは商品広告というよりもシュールレアリスムの映画のようで、「Companion To Owls」という曲のミュージックビデオを制作する時にもインスピレーションを受けました。

美容やファッションには強い影響を受けていて、過去から現在に至るまでの広告や広告キャンペーンをたどることが好きです。1970年代から1980年代にかけての資生堂の「リバイタル」や「インウイ」のCMは、山口小夜子が出演し、セルジュ・ルタンスが監督したものが多く、これほどのものは見たことがないと言っても過言ではありません。

これらの製品ラインは最終的に製造終了となりましたが、幼い頃に母が私を連れてシンガポールの伊勢丹に買いに行った記憶がうっすらと残っています。クリームやパウダーのパッケージのデザインもとても美しく、私は日本のネットオークションでこれらの年代ものの品を集めたことがあります。

山口小夜子についてさらに詳しく言うと、彼女のように自らが信じる芸術的なメッセージや美学を伝えるために、強い信念を持ち続けている女性のミューズに私はたびたび魅力を感じています。

――本作に収録された4曲の歌ものはそれぞれが独立した短編詩とも、連続した詩世界とも取れるように思います。ここで登場する(無限に続く)「繰り返し」「時」「永遠」「風」「静けさ」「夜」「暗闇」といった語彙は、本作ひいてはアスピディストラフライの活動のキーワードではないかと思えます。これらに与えられた意味とは、どのようなものでしょうか?

また、それらの楽曲がそれぞれインストゥルメンタルもしくは明確な歌詞を持たないインタールードに挟まれていることには何か理由はありますか?

エイプリル:私達はよく、詩と散文を交互に聴く旅のようなアルバムを制作しています。映画でも映像を見ずに音だけを聴くと、セリフのあるシーンと環境音や無音のシーンが聴こえますよね。それこそ私達が作ろうとしていたもので、最初のデモEPの時からアスピディストラフライの伝統になっていて、今も変わっていません。

曲作りとは別に、インストゥルメンタル・サウンド・コラージュを作ることは、実は私にとって大きな楽しみなのです。このクリエイティブな空間は、完全な解放感をもたらしてくれます。1990年代にパソコンに触れて以来、さまざまなファウンドサウンドを集めるのが好きで、 ずっと集め続けていました。

私はとても好奇心が強いので、MSペイントやペイントショッププロのような初期のデザインソフトを探求したことを覚えています。その後、オーディオに同じデザインの技術や原理を適用し、各レイヤーを処理して完全なイメージを形成することによって、サウンドの組み合わせも作成できることに気付きました。

ガウシアンぼかしはリバーブのようなもので、色の反転はトラックを反転させるようなものです。Super Destroy FXやExpert Sleepersといった初期のVSTプラグインは、私の興味をさらにかき立て、創造と実験のための道具箱となりました。

――SUGAI KENをフィーチャリングした8曲目の実験的なコラージュ・ミュージックの「Silk and Satins」では、リーやアンが子どもの頃に夢中になった、シンガポールのローカル放送局「Mediacorp」が放映していたホラー・ドラマがサンプリングされているなど、2人のルーツやアイデンティティーをうかがうこともできます。楽曲の冒頭では、暗所、階段を駆け上がっていくような音やそれらの風景がかすんでいくような演出があり、その直後には、電話の着信音が幾重にも鳴り響き、メランコリックかつ不穏な情景へと音場を移していきます。この曲からラスト・トラックである天上な「Quintessence」の無我の境地にもあるような詩世界へと繋がっていくという流れには、どのような意図がありますか?

エイプリル:「Silk and Satins」は“未知なるものによる劣化”というミステリアスなテーマを、「Quintessence」は”修復と大気の要素”というテーマを伝えています。この2つのテーマは真逆のものです。アルバムの流れを作る上で、私達はリスナーが不思議に思うような驚きやコントラストの要素を曲と曲の間に作ることを常に意識しています。

アスピディストラフライ
シンガポールを拠点に活動するエイプリル・リーとリックス・アンによる男女ユニット。2人は、haruka nakamura、いろのみ、FJORDNE等日本人アーティストの良質な音源と、洗練された美しいアートワークの特殊パッケージに定評がある人気レーベル「KITCHEN. LABEL」を運営している。

Edit Ryo Todoriki

author:

門脇綱生

1993年生まれ。鳥取県米子市出身。レコード店「Meditations」のスタッフ/バイヤー。2020年に『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(DU BOOKS)を出版。「ミュージック・マガジン」や「レコード・コレクターズ」「MIKIKI」等各メディアでの音楽記事や、国内盤CDのライナーノーツの執筆なども担当。2022年よりDisk Unionにて音楽レーベルの「Sad Disco」を始動。同レーベルは、現在4作品を発表している。 Twitter:@telepath_yukari   Instagram:@tsunaki_kadowaki

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