野上大貴インタビュー Archives - TOKION https://tokion.jp/series/野上大貴インタビュー/ Tue, 14 Jun 2022 06:18:08 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 野上大貴インタビュー Archives - TOKION https://tokion.jp/series/野上大貴インタビュー/ 32 32 学生芸人を経験したからできるラジオの作り方 『オールナイトニッポン』ディレクター野上大貴インタビュー後編 https://tokion.jp/2022/05/31/interview-daiki-nogami-vol2/ Tue, 31 May 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=119859 深夜の人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のディレクターを務める野上大貴のインタビュー後編。

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『オールナイトニッポン』ディレクター野上大貴インタビュー後編

スタートから55周年を迎えた深夜の人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』。放送時には各番組の話題がTwitterのトレンドの上位になることも珍しくない。そうした好調の『オールナイトニッポン』で、『星野源のオールナイトニッポン』『霜降り明星のオールナイトニッポン』『フワちゃんのオールナイトニッポン0(ZERO)』を担当するのが、期待のディレクター・野上大貴だ。

インタビュー後編では、学生芸人の活動からラジオディレクターとしてのやりがい、ラジオの今後について話を聞いた。

インタビュー前編はこちら

——野上さんはそもそもいつからお笑いに興味を持ったんですか?

野上大貴(以下、野上):2003年ぐらいから『M-1グランプリ』はずっと意識して見ていて、ちょうど小学6年生になったタイミングで、オリエンタルラジオさんが『エンタの神様』などでブレイクしたんですけど、それも追いかけてました。中学に入ってからよりお笑いを見るようになって。私立の中学に入って、最初は友達ができなかったので、お笑いに救われた部分がありました。中学2年生の頃、はんにゃさんがとても好きになって。金田(哲)さんが雑誌の『マンスリーよしもと』で「自分は『ナインティナインのオールナイトニッポン(ANN)』を聴いて、お笑いを学んだ」みたいに書いていて、それをきっかけでラジオを聴き始めたんです。

——ヨシモト∞ホールにも足しげく通っていたとか。

野上:「AGE AGE LIVE」とかにはメチャメチャ行ってました。周りは中高生や20代の女性ばかりだったので、男性はかなり浮いてましたけど。出待ちはちょっと怖くて参加できず、したいなあと思いながら、遠目に見て帰ってました(笑)。

——『ナインティナインのANN』を聴いた時にどんな風に感じました?

野上:その頃からすでに『めちゃ×2イケてるッ!』は好きだったので、ナインティナインさんお2人のこんなに濃い面白い話が聴けるんだと驚きました。こんなぜいたくな時間があるんだって。純粋に面白かったですし、岡村(隆史)さんみたいにしゃべりたいなと思って、当時の自分は口調をちょっと意識していた感じになっていたかもしれません(笑)。

——とはいえ、“ラジオっ子”みたいにはならなかったんですよね?

野上:「毎週この番組は絶対に聴く!」という感じではなくて。入社する前にニッポン放送の番組で習慣的に聴いていたのは、ナインティナインさんとオードリーさんの『ANN』ぐらい。それ以外は多少芸人さんの番組を聴いたことがあったものの、朝や昼、夕方の番組は一切触れたことがないぐらいでした。

ありえないぐらいスベって芸人を諦めた

——高校生の時からすでに1人でお笑いの舞台に立っていたらしいですね。

野上:本当は相方と一緒に漫才をやりたかったんですけど、高校全体を探しても見つからなくて。1人で出られるようなわけのわからない地下お笑いライブに出てました。30~40代の地下で頑張ってらっしゃる方々と一緒に、高校生の僕が出て、メチャクチャスベってましたよ。エントリー料を払えば誰でも参加できるライブで、中野の「(Studio)twl」だったり、新宿だったり、いくつかのライブに出ました。

——どんなスベり方をしたんですか?

野上:本当にありえないぐらい……。あんな怖いことはもう人生で二度とないです(苦笑)。あれを経験したら怖いことないですね。その後の人生に影響を与えるぐらいスベりました。もちろん中学ぐらいからお笑いは好きだったので、芸人さんへの憧れはあったんですけど、高校生時代の数回の地獄スベりで、プロの芸人さんへの道はもうないなと。

——当時やっていたのはどんなネタだったんですか?

野上:1人2役のコントをやっていたんですけど、基礎的な演技ができてないから、演じ分けもできてないし、声も小さいし、何やっているのかわからなかったんだと思います。スベりすぎて、あんまり記憶にないんです(笑)。

——大学でお笑いやる時点で、プロになろうという気持ちはほとんどなかった?

野上:そうなんですが、高校時代から裏方を含めたお笑いへの憧れがずっとあって。あと、漫画の『べしゃり暮らし』(作・森田まさのり)を読んでいたんですが、子安(蒼太)という放送作家を目指すキャラクターがいたんです。芸人さんをサポートして、ブレーンとしてお笑いコンビの“第3のメンバー”みたいにやっている姿がカッコいいなと思って、そういう風になりたいなと。ただ、さすがに舞台で1回もウケたことないヤツだったら説得力がないだろうなと思ったんですよね。大学に行ったらさすがに相方は見つかるだろうと思い、大学お笑いに挑戦しました。

——野上さん自身の大学お笑いでの芸風はどんな感じだったんでしょう? 以前お聞きした時は「尖っていた」「タブーに挑戦していた」と言っていましたが。

野上:最初の頃は丁寧な漫才もやっていたんですけど、学生の大会で勝っている人達は、プロの世界には遠く及ばないにしても、なんとなくみんな個性を発揮していたんです。だから、僕も2年生、3年生となっていくにつれて、徐々にブラックユーモアを取り入れていきました。

——エッジの利いた芸風になっていったと。

野上:ただ、大学生活の終わりが近づくと、学生独自の感覚として、絶対にプロには行かない人達が5人以上の集団コントをやるという習わしがあって。コンセプトを合わせてやったんですけど、時事や歴史をネタにしたザ・ニュースペーパーの学生版……みたいな感じで。「どこまでできるのか」という攻めた内容でしたし、小道具も相当作り込んで、仮装大賞みたいな感じで全員の衣装をそろえてやってました。それがウケて。誰もそんなことやってなかったのも大きいですし、大学生だったら受験を経ているので、歴史の用語も面白おかしく笑えるから反応がよかったんだと思いますが。

——そこでやりきった感があったんですか?

野上:今は規模がより大きくなっているんですけど、毎年3月に団体戦の「NOROSHI」という大会があって。決勝まで進めて手応えはあったんですけど、審査員の1人から「これはお笑いじゃない」とメチャクチャ酷評されまして(笑)。100点満点で50点をつけられて敗退しました。その時点で、自分は学生お笑いをやりきって、お笑いじゃなくなってしまったんだなと。漫才論争なんて話じゃなく「もはやお笑いじゃない」と言われちゃったんで。

放送作家を目指していた大学時代

——放送作家志望として、大学時代にすでに活動をされていたそうですね。

野上:大学1~2年生の時に、短期で養成所の作家コースに通いつつ、実際にテレビをやられている作家さんの手伝いをしていました。弟子というほどではないですけど、業務を一緒にやりながら勉強する人を募集していたのでそれに応募して。実際に2年弱ぐらいやっていたんですけど、その時に作家さんとして必要な能力……もちろん考える力もそうですし、それ以前に必要な忍耐力や気の遣い方、先輩とのコミュニケーション力など全てが圧倒的に欠けていたので、自分の中で壁にぶつかって「どうしたもんかな?」と。ちょうどその時に就職活動がスタートしたので、広いテーマとしてマスコミを目指そうと考えてました。ラジオだったら好きだったニッポン放送が募集していたので、当時活躍されていたディレクターの宗岡芳樹さんのことも調べて、ディレクターという仕事を再認識し、それで試験を受けた感じですね。

——先ほど挙げた作家として必要な能力は、社会人やディレクターにも必要な能力なのでは……(笑)。

野上:そうですね(苦笑)。あまりその辺りが上手な人間ではないんですけど、でも結果的には自分の選択はよかったんじゃないかと思っています。ディレクター的なアプローチのほうが自分には向いているのかなって。

——ディレクター的なアプローチというのは?

野上:作家さんは頭を使ってひねり出して、“0を1にする”のが仕事ですけど、今のようにディレクターとして“1を2や3に増やしていく”ほうが自分には合っているのかなって。深いところまでやっていないですけど、それでも作家さんの発想力のすごさはわかりますから、自分はディレクターの道を選択できてよかったなと思います。

——ディレクターの仕事内容はリスナーとしてもつかめない部分がありますが、具体的にどんなことをやっているんでしょう?

野上:大前提として、番組の1年間ぐらいのスケジュールを定めて、「この時期にこんな企画をやろう」という部分を固めます。毎週の放送では、事務所やパーソナリティとの事前連絡からゲストさんのブッキングはもちろん、SNSでの告知関係もまとめますし、作家さんと番組内容の打ち合わせもしています。ディレクターがキューシート(タイムテーブル)を作って、それを元に作家さんに台本を書いてもらうんですが、番組が開始する3~4時間前から準備を始めて、台本を手直しして。パーソナリティが来たら打ち合わせをします。で、本番中は「ここが盛り上がったら次はカットしよう」みたいにCMを含めてスムーズな進行をやっていくと。終わったらまた翌週に向けて動き出して、毎週番組がいい形で回転していくように考えていく。基本的には番組を監督する立場ですね。

——ラジオ界に入るまではそういう業務があると理解していましたか?

野上:肌感覚的には理解していたんですけど、1人でこれだけ裁量権があるなんて正直驚きました。テレビだとディレクターが何人もいて、さらにその上の役職にも何人かいて、みんなで作り上げるじゃないですか。もちろんラジオ番組も少人数ながらみんなで作り上げるものなんですけど、最後はディレクターの判断になるので、そこは想像できてなかったです。

「放送を邪魔しない変なディレクターでいきたい(笑)」

——今までのディレクター生活で一番苦労された部分はどこですか?

野上:連絡1つを取っても上手にやれる人は「この日まででブッキングを終わらせる」みたいにスケジュールを組んでいるんですけど、最初の頃はそれがヘタクソで、次のスペシャルウィークにやる内容が自分の担当する番組だけ決まってないということもありました。ディレクターとして放送を毎週きちんとやり遂げていけば、それだけで積み上げられる部分があるんですけど、番組としては、その週に生まれたアイデアの種を翌週に持っていき、さらに盛り上げていくことが大事なんですよね。その辺がよくわかっていなくて、最初は毎週の放送で手一杯でした。そこはこの1年ぐらいでやっとわかってきた部分というか。単発の番組をやる時にもその経験が活きていて、1回きりでどう盛り上げるか、どれだけ詰め込めるかを考えています。日々の放送で何が面白いかを探す意識が結果的につながってきたと思いますね。

——石井さんにインタビューした際には「本人(野上)は僕みたいなタイプになりたいと悩んでますけど。人ってないものねだりなんですよね。僕は宗岡さんに憧れて、そうなりたいと思っていたけどなれなくて。野上も僕の後ろについてやっていたから、僕みたいな感じでやりたいけど、タイプ的にはセンスでやるタイプだから」とおっしゃっていました。ご自分としてはどういうディレクター像を目指していたんでしょう?

野上:『ANN』のADとして見れたディレクターは、ほぼ石井ディレクター1人でした。何でもそつなくこなしてスムーズに進行するという意味では、トップレベルの方で、本当にすごいなあと思っています。僕はパーソナリティと一緒にお笑いを作っていくことに憧れていたので、石井ディレクターもそうですし、入社した時から数ヵ月しか一緒じゃなかったですけど、宗岡ディレクターもいらっしゃったので、憧れた部分はありましたね。

——ご自分の中にあった理想と、実際の向き不向きはあったんでしょうか?

野上:末端ですけど、自分は演者として一通りの地獄を経験したから、パーソナリティの方々は本当にどれだけ大変なんだろうと想像してしまうんです。本業がいろいろあって、そのあとに2時間しゃべるってどれだけ大変なんだろうと。だから、番組的にディレクターがあえて上からものを言って面白くするみたいなことが僕は苦手で。だから、そういうこともできる人はいいなとも思いますけど、逆に自分はそれができないからこそ、別の方法があるんだなって考えてます。今は番組にプラスになるのであれば、放送を邪魔しない変なディレクターでいきたいと思ってます(笑)。

——ディレクターという仕事において、「こういうことがあったからいい回だった」「こういう感覚になったらいい放送だった」と感じる基準はありますか?

野上:抽象的に言うと、心を動かされる回というか。メチャクチャ笑える回もいいんですけど、それにプラスしてちょっと泣ける感じがあったり、喜怒哀楽が全部詰まっているような回は終わったあとも忘れられないですね。しばらく高揚感が続いて、アドレナリンが出ているなって実感する時があります。でも、そういう回ってなかなか珍しくて。大きなニュースや大きなトラブルがあった時の放送がそうなりやすいのはありますが、そういう場合でも期待値に負けないぐらいパーソナリティが頑張ってくれたからこそいい放送になっていると思います。

——漠然とした質問なんですが、『ANN』らしさって意識していますか?

野上:もちろんいろんな年代の方が聴いてくださっていると思うんですが、「10代のリスナーにワクワクして聴いてもらえたら」というのはベースとして考えている部分ですね。あとは、『ANN』のブランドとして、どれを聴いても面白い“宝箱感”を意識しています。自分が担当しているのはその内の3番組なんで、そこは「今週も聴いてよかった」と思ってもらえるようにしようと。それだけは死守しよう、盛り上げようという思いはあります。それぞれディレクターがそういう意識を持って、今の『ANN』ができているんじゃないかなと。

——パーソナリティとのコミュニケーションの取り方で意識されている部分はありますか?

野上:僕はパーソナリティとのコミュニケーションがそんなにたくさんあるほうじゃないんですが、特にタイミングは自分の中で意識しています。「今は違うだろう」という時は絶対に話しかけないようにしていて、逆に「今は話したい感じなのかな?」と感じたら声をかけにいきます。それがちゃんとできているか、正解かはわからないんですけど。これから2時間話すわけで、その前にしゃべるのってしんどいだろうと思うんですよ。だから、番組に集中できるようにしてあげたいなって。

——大島育宙(XXCLUB)さんが配信番組で、野上さんが以前より自分の話をせず、話を聞くのがうまくなっていたと言っていました。

野上:放送中にパーソナリティの話を聞く意識はありますね。他のディレクターさんもみんなやっていると思うんですけど、人によっては放送中にあまり反応しない場合もあるんですよ。でも、僕は本番中も楽しんで、前のめりにパーソナリティの話を聞きたいと思っていて。手を叩いて笑ったり、無意識にやっているんですけど、ビックリするぐらいあいづちが多いかもしれません。

「まだまだAMラジオが生き残る術はある」

——今や『ANN』のスタッフにもいろんな活躍の仕方があります。野上さん自身も『星野源のANN』では出演する立場ですし、先輩の石井さんは書籍を出されました。今後やってみたいことってありますか?

野上:自分が経験できてないことで言ったら、日本武道館ぐらい大きな会場でイベントをやるのは憧れとしてあって。数万人規模のイベントはやってみたいですね。地上波の番組はありがたいことにいろいろやらせてもらっているんで。あとは、ポッドキャストの番組を立ち上げるのは楽しそうだなと思っていて、今は自分でやるチャンスはないですけど、いつかはやってみたいです。

——具体的なアイデアはあるんですか?

野上:芸人さんで、なおかつまだメジャーになってない人とやってみたいです。再生数がほぼ0に近いところからどのぐらい増やせるか、みたいなことは夢があるなって。人となりは全然わからないんですけど、えびしゃという「NOROSHI」で優勝しているトリオが、最近、すごく面白かったです。1人が僕のサークルの後輩なんですけど、大企業の内定を断ってまで芸人の道を選んだらしくて。ネタが圧倒的に面白くて、風貌も個性的で興味があるので、番組とかできたらいいですね。もちろんすでに大学お笑いのコアなファンはついていると思いますが、ラジオはゼロからのスタートだと思うんで、やってみたいです。

——『ANN』のスタッフも常に新陳代謝が早いですから、今後はいろんなことに挑戦できる立場になるんじゃないでしょうか。

野上:そうですね。僕も29歳になって、本当に深夜3時からは体が動かなくなってきましたから(笑)。

——いや、パーソナリティの皆さんは年上ですし、それはいくらなんでも早すぎるんじゃないですか?(笑)

野上:昨年度はMAXで深夜3時までだったんですけど、今年度は深夜3時からの放送があるので、本番前にどうすればいいんだろうって。事前にどこかで目をつぶれるタイミングがあればと思うんですけど、もちろんそんな時間があるわけもなく。僕よりもお忙しいパーソナリティの方は尊敬しますね。体力的に僕もできてあと数年だと思います。

——今後のラジオ界はどうなっていくと思いますか? ブームだと言われる一方で、聴取率や広告費は厳しい状況が続いています。

野上:個人的にはAMラジオ……特に『ANN』や『JUNK』は強いと思っていて。FMらしい音楽番組も面白いし、選曲も含めて素敵だと思うんですけど、Apple MusicやSpotifyで独自の音楽番組が始まっていますよね。でも、AMラジオの面白さや馬鹿らしさを、プロが大きな規模で形にする番組ってまだインターネットや他のメディアにはないのかなと。現在の『ANN』のバラエティ的要素はさらに独自に進化していったら、真似できないものになるんじゃないかなって。ラジオとしては生き残りのチャンスになるし、さらに盛り上がりを生んでいけると思います。

——最近はイベントやグッズ展開も活発になってきました。

野上:「ラジオはお金がない」といろんな方が言い続けてきたからか、前よりもリスナーの皆さんがリアクションしてくれるようになって、グッズやイベントに対価を払って見てくださる方も増えてきました。もちろんお金を払うことが全てじゃないですけど、そういう意識で支えてくださっているのは本当にありがたいなって。そう考えると、まだまだAMラジオが生き残る術はあるのかなと個人的には思ってます。

野上大貴(のがみ・だいき)

野上大貴(のがみ・だいき)
1993年4月5日生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒業。在学中は、学生芸人として活動。2016年ニッポン放送に入社し、『菅田将暉のオールナイトニッポン』『星野源のオールナイトニッポン』、『霜降り明星のオールナイトニッポン』『フワちゃんのオールナイトニッポン0(ZERO)』などの番組ディレクターを担当する。
https://www.allnightnippon.com
Twitter:@daikikeio

■『星野源のオールナイトニッポン リスナー大感謝パーティー』(BD+特典CD)
昨年9月に開催した「星野源のオールナイトニッポン リスナー大感謝パーティー」が映像作品化。特典CD付き。
発売日:6月8日
価格:¥5,500
https://jvcmusic.lnk.to/hoshinogen_ANN

Photography Masashi Ura

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人気パーソナリティとの番組作りで学んだこと 『オールナイトニッポン』ディレクター野上大貴インタビュー前編 https://tokion.jp/2022/05/24/interview-daiki-nogami-vol1/ Tue, 24 May 2022 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=118762 深夜の人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』のディレクターを務める野上大貴のインタビュー前編。

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野上大貴ディレクター

スタートから55周年を迎えた深夜の人気ラジオ番組『オールナイトニッポン』。放送時には各番組の話題がTwitterのトレンドの上位になることも珍しくない。そうした好調の『オールナイトニッポン』で、『星野源のオールナイトニッポン』『霜降り明星のオールナイトニッポン』『フワちゃんのオールナイトニッポン0(ZERO)』を担当するのが、期待のディレクター・野上大貴だ。

大学在学中は、学生芸人としても活動していたという経歴を持つ野上。番組内でもよくいじられるなど、愛される存在だ。インタビュー前編では、番組作りに対する思いから、『菅田将暉のオールナイトニッポン』や『星野源のオールナイトニッポン』で学んだことを中心に語ってもらった。

——リスナーから見ても、最近の『オールナイトニッポン』(以下、『ANN』)は好調だと思うんですが、ディレクターとして手応えはありますか?

野上大貴(以下、野上):僕が『ANN』のチームに入って4年目なんですが、3年前と比べて、Twitterなども含めて日常で『ANN』という単語に触れる機会が相当数増えているのかなと。電車に乗った時、たまたま隣の人のスマホが目に入って、radikoで『ANN』を聴いていたなんてこともありましたし、学生時代の友達が偶然聴いてくれて、“ディレクター・野上”と僕が一致して、連絡くれたこともありましたし、触れる機会が増えているなと実感しています。

——スタッフ視点で見ると、好調の原因はどこにあると思います?

野上:大前提としてパーソナリティが第一線の方というのはありますが、ディレクター1人ひとりが「このパーソナリティとやりたい!」という熱量を持って単発放送から進めていき、それが1年で終わらず、2年3年と続いていることが大きいと思います。2年目、3年目になっていくと、加速度的に面白くなっていくなと。個人的にもぺこぱさんを春まで担当していて、この春からフワちゃんを新しく担当しているんですが、2年目に入ってさらに面白くなっているなと実感しています。そうして長く続いているのが結果的に好調に繋がっているのかなって。もちろん1年できれいに終わる番組もありますが。

——そこは数年前と比べて明らかに変わってきていますね。『ANN』を聴いていると、番組内で野上さんの名前が本当によく出てくる印象があります。55年の歴史の中でも、スタッフとして屈指のいじられ方をしているというか。

野上:とにかく恐縮してますね。本当に真人間であろうと思っていて、自分ではスタンダードにやっているつもりなんです。新人の頃は先輩の石井(玄)さんに「ディレクターは普通なのが一番いい」と教えていただいて、そうなれたらなと思った時期もあったんですが、普通にしているつもりでも……(苦笑)。パーソナリティがいろいろと見つけてくださっているという意味では、ありがたくもあるんですけど。

——ここでちゃんと否定しておきますけど、自分から「いじってくれ」と言っているわけではないですもんね。

野上:それは特に言っておきたいです(笑)。

——ただ、こうやってスタッフがいじられるのも『ANN』らしさだなという気持ちもあって。それが好調をさらに後押ししている気もします。

野上:今の『ANN』は20~30代のスタッフで構成されているんで、パーソナリティから見てもそんなに年齢が変わらないから、絡みやすいというか、いじりやすいところがあるのかもなと。これがもっとベテランスタッフだったら、そう簡単には言えないと思うので。

「菅田さんとはまた機会があれば一緒にラジオをやりたい」

——そういう同世代感は放送を聴いていても伝わってきます。野上さんが担当している番組で言うと、菅田将暉さんの『ANN』がこの春で終了しました。パーソナリティの卒業を見送る気持ちはどうでした?

野上:もちろん番組としてはいろいろな終わり方がありますし、正解はないですけど、1つの番組があそこまできれいに終わることってなかなかないなと感じました。菅田さんのラジオに対する思いもありつつ、大号泣してさよならではなく、またどこかで会えるようなニュアンスで終えてくれたのは、作り手としても嬉しかったですね。リスナーさんは寂しい気持ちがあると思うんですが、菅田さんは「また会えるかも」という感覚を残してくれたんじゃないかって。

——想像できないんですが、あくまで仕事とはいえ、毎週菅田さんと会うのってどういう感覚なんですか? ふと「やっぱカッコいいなあ」って思ったりしました?

野上:撮影でいらっしゃる時なんかは特に「メチャクチャカッコいいなあ」って思ってました。ただ、ラジオはそんなにオンの状態じゃないからこそ、むしろ俳優というより人間としての菅田将暉さんを知れた3年間でしたね。最初の頃は僕がディレクターとしてペーペーで、反対に菅田さんはすでに日本アカデミー賞で最優秀主演男優賞を受賞されてましたから、本当にどう話しかけようかと悩んだぐらいで。「共通の話題はあるのかな?」というところから始まったんですけど、3年間やっていく中で、20代としての共通の感覚があるんだなと親近感が湧きました。

——毎週顔を会わせていたのが、番組終了で会わなくなるのはどんな気持ちになるんでしょう? 元カノみたいな感覚か、はたまた学生時代の友達なのか。

野上:ちょうど今、USJのCMをやられてますけど、それを見る時は“大学生にとっての高校時代の友達”みたいな感覚で。違うところで活躍されているのを見ると、嬉しい気持ちになります。寂しい感覚じゃなくて。ご本人が最終回で「これで二度とラジオをやらないわけじゃないので」と何回も強調されていたので、いつかまた機会があればご一緒したいです。菅田さんがやりたくなる時に向けて、「いつでも待ってます」と言える状態を作れたらなと思ってます。

——菅田さんと入れ替わるように、フワちゃんの『ANN0』が始まったのも不思議というか。いい意味で、暴れ馬みたいなパーソナリティじゃないですか(笑)。まだ野上さんが担当されてから期間は短いですが。

野上:菅田さんとは180度違いますからね。深夜3時~4時半の番組を担当してみて、自分も年齢を感じました。毎週これまで経験したことのないぐらいの疲労感で(笑)。ジェットコースターのような感じで楽しいですけど。フワちゃんとは4~5年前ぐらいから、Aマッソの加納さんの繋がりで、何度か食事の席でご一緒したことがあったんです。当時はブレイクする前だったので荒削りな部分はありましたけど、ベースは今と変わってなくて、「この人はこの先どうなっていくんだろう?」と惹かれるものがありました。今の状況は想像できなかったですが、より魅力に磨きがかかっていて。菅田さんもスターですけど、フワちゃんもスターなので、いろんなスターの形を見られるのは面白いですね。

——野上さんが担当している霜降り明星もここ数年で大きく変化されましたね。

野上:お2人とも最初にお会いしたのは4~5年前でした。すでに大阪ではブレイクされてましたけど、「絶対に売れてやるぞ」という野心家的な部分が印象に残っています。次に会った時は『M-1グランプリ』で優勝されて、1年間テレビ番組に出たあとだったので、全然違って見えました。核となっている部分は変わらないんですけど、その磨かれ方がすごくて、別人に感じましたね。

——野上さんが担当されている『ANN』に強いライブ感があるのは共通していると思うんです。『霜降り明星のANN』でもいわゆる「ポケひみ」回や、フースーヤがゲストに来た回、粗品さんがメール1000通に突っ込んだ回と、普通じゃない回がいっぱいありますよね? もはや野上さんがそういう空気を持っているんじゃないかと(笑)。

野上:僕自身としてはカッチリした形よりも、生放送中にいろいろと転んでいく感じが好きではあります。タイプとしては事前に時間を決めるのではなく、パーソナリティが自由に遊んでいるのを面白がっているタイプのディレクターかもしれません。

スタッフ全員で取り組む「星野ブロードウェイ」の魅力

——そういう感覚って、星野源さんの『ANN』をやってきた影響が大きいんですか?

野上:それはあると思います。最初にラジオについて勉強させていただいたのが菅田さんと星野さんの『ANN』だったので。もちろん菅田さんには菅田さんの雰囲気があるんですけど。星野さんの『ANN』には1年ちょっとADでついていたんですが、星野さんが毎週「これって面白くない?」と提案されて、翌週に……何ならその週の放送中に形になるというスピード感を間近で見ていたので。それが僕のベースになっているかもしれません。

——ここまでスタッフが一緒に前に出ている番組は『ANN』史上でも珍しいと思います。リスナーさんの投稿を元に台本にして、星野さんとスタッフがラジオドラマを演じる「星野ブロードウェイ」では、野上さんも演技を披露されています。悪戦苦闘する感じがリスナーとしてはまた楽しくて。

野上:全然大したことない自分の学生時代を思い出して頑張ってやってはいるんですけど……(苦笑)。でも、普段ディレクターの業務だけを純粋にやっていたらできない経験ではあるので、すごく楽しいです。最初の頃はリスナーの方々も楽しんではいても、半分「?」だったと思うんですけど、1年半ぐらいコーナーをやっていて完全に定着してきたなって。むしろやらない週はさみしがってくださるようになったのは、すごいことだなあって思います。

——当然ながら本職の星野さんは別として、一緒に出演しているスタッフ間では「あいつの演劇が上手くなった」みたいなライバル心はあるんですか?

野上:多少はあるかもしれないです(笑)。落合(凌大)君はADでついて1年ちょっとですけど、明らかに上手くなってますよね。あとは若干、作家の寺坂(直毅)さんと宮森(かわら)さんがお互いを意識し合っていて。片方がいい演技を見せた翌週には「自分もちゃんと勝たなきゃ」ってなってますし、片方がふざけたら翌週はもっとふざけた方向にいって。交代交代でやっているのも味が出ていていいんじゃないかと。

——この取材の直近の回(4月26日放送分)では、野上さんが多数のモノマネを披露されていて、笑わせてもらいましたよ(笑)。

野上:あれを全国36局ネットで流しているのは本当に申し訳なかったです……(笑)。5分間ぐらい本当に無の時間を作ってしまって、大丈夫なのかなと思いました。

——4月19日放送の「箱番組総選挙2022」には、野上さんがパーソナリティを務める『野上大貴の生でガミガミいかせて!』もエントリーしていて。お父さんや奥さんまで出演されていて、野上さんの本気を感じました。

野上:実はもうちょっと踏み込んだことをやろうか迷ったんですけど、一旦は奥さんをというところで踏みとどまって。次はどうするかってところまでは何となく頭の片隅にあります。

——箱番組は自分なりに考えて作り込んでいるんでしょうか?

野上:みんなそれぞれ違っていて、自分が面白いと思っていることを詰め込んでいる感じですね。今回は本当に誰にも内容を相談せずにやった結果、全く一貫性のない“謎の物体”を作り上げてしまって……。でも、事前録音ではあるんですが一発録りだったので、その場で考えてああなったんですけど、「もうちょっとこうしておけばよかったかな」という反省はあります。

——それぞれ面白い要素が詰まっていて、星野さんが楽しそうに笑っている印象が強い箱番組ですが、ディレクターとしてはいい経験になっているのでは?

野上:スタジオの中に1人で入ってやっているので、1人しゃべりの難しさを知りましたね。なおかつ、収録時には前に構成作家さんも誰もいない状態なのでより難しく、自分にはパーソナリティは一生できることではないなと思いました。

パーソナリティから受けた大きな影響

——『星野源のANN』でいうと、昨年9月に行われた配信イベント「リスナー大感謝パーティー」も苦労されたそうですね。

野上:ディレクターをやっていると定期的に番組イベントが行われるんですが、僕が担当してきた番組は最初の2年ぐらい何も開催してなくて。菅田さん、星野さん、霜降りさんとお忙しいパーソナリティばかりでしたから、「今後も自分がメインで担当することはなさそうだな」って思っていたんです。ただ、縁があって、星野さんと霜降りさんを担当することになったんですけど、ノウハウがわからなすぎて……。

——さすがにラジオディレクターを志した時に、大規模のイベントを仕切ることなんて想像してないですもんね。

野上:イベントだとチケット代をしっかり受け取っているので、普段以上のクオリティがなければいけない。1回きりのイベントなので、多少番組での前振りがあったとしても、そのイベントだけで完結している内容にしなければいけないですし、そこは意識しましたね。

——それに加えて、ここでも野上さんは出演者の側面もあって、コンテンポラリーダンスを披露したという(笑)。

野上:最初の会議の中でノリで決まって、ずっと(仮)の状態だったんで、1ヵ月前までは「この企画はまだ消せる」と思っていたんです。そうしたら、もちろん、すでにやる方向でチームの皆さんが動いてくれていて、「できる範囲でとにかく頑張ろう」と。

——野上さんの出演部分や放送中のちょっとしたアクシデントも、星野さんはいつも楽しんでいるイメージがあるんですが、直接アドバイスを受けることもありますか?

野上:星野さんは任せてくださっている部分が大きいです。番組内容で迷った時はこちらから相談したり、反対に星野さんから「こんなことをやりたいんだけど」という話があったりしますが、ディレクターへのスタンスとしては何も言わずに、あくまでも棲み分けをしてくださっています。その上での企画の相談や提案がコミュニケーションとしては多いですね。ラジオがどうやったら盛り上がるかをずっと考えていらっしゃって。音楽活動や俳優活動もお忙しいのに、本当に365日ラジオについて考えているんじゃないかと思うぐらいの熱量を感じますね。

——ディレクターとしては星野さんから影響を受けているのでは?

野上:すごく受けていると思います。石井(玄)さんも話されていましたけど、「いろいろと確認や調整をすれば、この企画はギリギリ形になるんじゃないか?」という星野さんを含めた全員が汗をかいて実現させる企画を提案してくださることが多いんです。他の番組であれば、スペシャルウィークはゲストをお呼びして、ブース内で完結させるのが普通で。それだけでもすごく面白いんですけど、星野さんの場合はキャンピングカーを1台貸し切って放送したり、この前だったら、ポメラニアンと上柳昌彦さんを共演させたり。そういう作業が発生するからこそ、途中でドラマも生まれるし、面白くなるんだと思うんです。こっちとしても終わったあとに“いい汗かいたなあ”って思えるような企画しかないんですよね。

活躍する学生お笑い出身者達

——野上さんが学生お笑いの経験があるからこそ、演者的な立場になり、また番組でいじられることが多いと思うんです。野上さんが所属していたのは慶應義塾大学のサークル「お笑い道場O-keis」ですが、同時期に在学していて、現在プロの芸人として活躍されている方は?

野上:真空ジェシカの川北(茂澄)さんが3つ年上です。学生時代に同じコミュニティにいた中では、一番面白いと思った人ですね。3つ離れているんで、サークルにはそんなに参加してなかったですけど、たまに食事で一緒になったり、僕がライブの手伝いをさせていただいたり。当時から「僕は裏方になりたいんです」みたいな話をしてまして、かわいがってくださりました。真空ジェシカと、他の大学出身ですが、スパナペンチの2組が養成所を経ずに人力舎に入ったのはスペシャルな例で、学生芸人たちが一番盛り上がった瞬間でした。そういう姿をカッコいいなあ、すごいなあと思って見てました。

——昨年の『M-1グランプリ』から注目を集めていますが、最近の真空ジェシカの活躍ぶりを見ていてどうですか?

野上:以前からずっとメチャクチャ面白いんですけど、正直2年ぐらい前まではテレビに出ている姿が想像できなかったので、「あの部室にいた人がテレビに出ている!」というのは今でも慣れないです。でも、まだテレビの視聴者層とギリギリでチューニングが合ってないような気がするので、深夜のコアな番組なんかにどんどんハマっていったら、冠番組もあるんじゃないかなって。

——世間が追いついてきた感じがありますよね。

野上:そうですね、本当に。同じサークルだと、川北さんの1つ下にストレッチーズとひつじねいりの細田(祥平)さんがいらっしゃって、その3人も本当に面白かったです。川北さんが売れた今、その3人が続いてくれたら、メチャクチャ熱いなあと思いながら見ています。あと、令和ロマンは学年が1つ下と2つ下のコンビで。別々にやっていたんですけど、学年が上がった時にプロを意識して組んだコンビなんです。一緒に学生お笑いのチーム対抗戦にも出ていました。

——同時期に学生お笑いで活躍されていたメンバーを挙げると、ひょっこりはんさんやサツマカワRPGさん、ハナコの岡部大さん、XXCLUB、YouTuberの水溜りボンドなどプロの世界でも活躍されている方が多いですが、ラランドのお2人もそうなんですよね。

野上:ラランドは2つ下で。1年生と比べるとキャリアが違うので、学生お笑いの大会ってだいたい3~4年生が勝ち進んでいくんですけど、ラランドは1年生の時から大会で勝っていました。僕が4年生の時も2年生のラランドに普通に負けましたし、本当に強かったです。ニシダさんはクズキャラを確立しつつ、ちゃんと計算できる頭の良さがあって、サーヤさんは女性的な感性がありながらも、男性脳的な面白さも使えるバランス感覚があって、2人ともメチャクチャ面白いですよね。今売れているのは納得できます。先日、星野さんの『ANN』に出た時は、ちょっとがく然とするぐらい面白かったですよ。僕が担当するようになってから、笑いの量ではトップレベルの回だったんじゃないかなって。同じ舞台に立っていた人が演者としてこんなに活躍していて、今後はラジオスターになれるんじゃないかと思いました。

——ラランドはニッポン放送でこそ番組を持っていませんが、サーヤさん個人も含めて、すでにラジオ界で活躍されています。

野上:元をたどったら、最初はGERAさんでやって、そこからTBSラジオや文化放送で番組を持ってなんで。インターネットラジオ出身のいいところも出ているし、地上波でも鍛えられているし、本当にいいなと思いました。

後編へ続く

野上大貴

野上大貴(のがみ・だいき)
1993年4月5日生まれ。東京都出身。慶應義塾大学卒業。在学中は、学生芸人として活動。2016年ニッポン放送に入社し、『菅田将暉のオールナイトニッポン』『星野源のオールナイトニッポン』、『霜降り明星のオールナイトニッポン』『フワちゃんのオールナイトニッポン0(ZERO)』などの番組ディレクターを担当する。
https://www.allnightnippon.com
Twitter:@daikikeio

■『星野源のオールナイトニッポン リスナー大感謝パーティー』(BD+特典CD)
昨年9月に開催した「星野源のオールナイトニッポン リスナー大感謝パーティー」が映像作品化。特典CD付き。
発売日:6月8日
価格:¥5,500
https://jvcmusic.lnk.to/hoshinogen_ANN

Photography Masashi Ura

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