ヨシ・ワダ Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/ヨシ・ワダ/ Thu, 12 May 2022 15:12:26 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png ヨシ・ワダ Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/ヨシ・ワダ/ 32 32 ヨシ・ワダの音楽を受け継ぐ次世代の表現活動——日野浩志郎 × FUJI|||||||||||TA 特別対談・後編 https://tokion.jp/2022/03/09/koshiro-hino-x-fujilllllllllllta-part2/ Wed, 09 Mar 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=100149 日野浩志郎とFUJI|||||||||||TAによる、ヨシ・ワダを巡る特別対談。後編は、トリビュートの内実や2人の活動にまつわる音楽・美術の捉え方やヨシ・ワダと併せて聴きたい音楽のレコメンドまでを聞く。

The post ヨシ・ワダの音楽を受け継ぐ次世代の表現活動——日野浩志郎 × FUJI|||||||||||TA 特別対談・後編 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>

2021年12月18日、山梨県北杜市の山奥にある廃校を舞台に、同年5月に他界したドローン界のパイオニア的存在であるヨシ・ワダに捧げたコンサート「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」が開催された。最寄駅からバスで約1時間の距離に位置する旧小学校の体育館内に、白地の布で全面が覆われた特設会場が設えられ、開演前は妖しげな紫色の光が幻惑的な雰囲気を演出。山中で、しかも寒波到来の日ということもあり、次第に手足の感覚を失いかけてしまうような寒さに襲われたが、まるでこの世ならざる異界に迷い込んだかのような得がたい視聴覚体験でもあった。

コンサートでは音楽家/作曲家の日野浩志郎と自作パイプオルガン奏者/サウンド・アーティストのFUJI|||||||||||TAこと藤田陽介の2人がこの日のために共同制作した約80分にわたる作曲作品を、計10名のメンバーからなるアンサンブル編成で演奏。音が相互拡散(Interdiffusion)するように混じり合うエレクトロアコースティックなドローンはまさにヨシ・ワダを彷彿させる一方、各プレイヤーの卓越した演奏と音響操作が空間全体をデザインしながら繊細かつダイナミックな音場を創出し、さらにサウンドと同期/非同期を繰り返すライティングも加わることで、あたかも宗教儀式のような、しかしあくまでも即物的な実験でもあるような非日常的時空間をもたらした。

今の時代にヨシ・ワダの音楽と向き合うとはいかなることなのか。あるいはそこからどのような可能性を引き出すことができるのだろうか。トリビュート・ライヴの中心人物である日野浩志郎とFUJI|||||||||||TAによる、前後編に分けてお届けする特別対談の後編では、「INTERDIFFUSION」におけるトリビュートの内実や2人の活動にまつわるアカデミック/非アカデミックおよび音楽/美術の捉え方、さらにヨシ・ワダと並べて聴きたい音楽のレコメンドまで伺った。

「INTERDIFFUSION」におけるトリビュートの内実

——トリビュートと一口に言ってもさまざまなアプローチがあり得ると思います。今回の「INTERDIFFUSION」では、ヨシ・ワダのどのような要素を、どのように今の時代の表現として取り入れようと企図しましたか?

日野浩志郎(以下、日野):「この要素をトリビュートとして取り入れよう」という話はほとんどしなかったですね。そもそも僕にとっても藤田さんにとっても、ヨシ・ワダという存在が自分達の音楽活動の中にとても大きなものとしてある。だからそれを共通認識として持ちながら新たな作品を制作するだけでもヨシ・ワダのトリビュートとして意味があるのではないかと思いました。もちろんその過程で自分なりにヨシ・ワダを見つめ直すことはあって、例えば『Earth Horns with Electronic Drone』(2009年)におけるパイプホルンとオシレーターの関係を参考にしつつ、藤田さんの自作パイプオルガンと僕のオシレーターのデュオがどうしたら溶け合うのか試行錯誤を繰り返しました。そしてそのデュオをベースに他の楽器を加えてアンサンブル編成での楽曲の構想を練っていきました。けれどそうしたアプローチ自体は僕等にとってそこまで重要ではなくて、むしろヨシ・ワダから影響を受けた世代が新しい表現を生み出しているということに一番大きな意味があったのかなと。

FUJI|||||||||||TA(以下、藤田):そうですね。具体的な要素を取り入れることよりも、ヨシ・ワダを頭の片隅に置いて彼の存在を意識しつつ制作するということがトリビュートとしては第一義的に重要でした。それと個人的にはヨシ・ワダをきっかけに日野さんと初めて共演できたことも大きくて、僕にとってはそれだけでとても価値があったんです。ヨシ・ワダという存在がいたからこそそうした場を設けることができた。なのでシンプルに2人で新作を作っていくのがいいだろうと思いましたね。

——ヨシ・ワダ作品の再演やアレンジではなく、あくまでも新作を作ることにしたのはなぜだったのでしょうか?

日野:僕の中では2つ理由がありました。1つはヨシ・ワダ作品をトリビュート・イベントで再演するとしたら、他にもっと適した人物がいるということ。つまり(ヨシ・ワダの息子でもある作曲家/パフォーマーの)タシ・ワダさんがいらっしゃいますよね。なので自分で再演する必要性を感じませんでした。もう1つはヨシ・ワダさんにとっても、同じ作品を再演するよりも、彼に影響を受けた人達によって新たな音楽が生み出される方がいいんじゃないかと思ったんです。だから全く新しい作品をトリビュートとして作ることにしました。

藤田:そこは暗黙の前提として話すまでもなく共有していましたよね。

日野:そうそう。再演という案が出ることすらなくて、「何を作ろうか?」と話すところからスタートした。たとえタシ・ワダさんが今後再演しないスタンスでいたとしても、いずれにしても僕等は新しい作品を作っていたと思います。ヨシ・ワダ作品を第三者が反芻する試みは、アカデミックな領域でしっかりと検証作業を行った方がいいのではないかと。僕達はあくまでも表現者なので。

「あくまでも非アカデミックな世界を出発点に」

——例えば聴覚文化論の金子智太郎さんが「日本美術サウンドアーカイヴ」で取り組んでいるように、過去の音響作品の再演はアカデミックな調査/研究があるからこそ丁寧に掘り下げることができるとも言えますよね。

日野:九州大学で准教授を務めている城一裕さんという方がいて、僕は一緒に作曲の授業をやらせていただいているんですが、彼はやっぱり研究者なのでアカデミックな知見から作品を精緻に分析するんです。それこそ金子さんと一緒にやっている「生成音楽ワークショップ」ではスティーヴ・ライヒの《振り子の音楽》やアルヴィン・ルシエの《細長いワイヤーの音楽》などを彼等なりのやり方で再演していて、どんなふうに音響現象が生成するのかを緻密に検証していく。反対に言うと彼等のような優れた研究者が過去の作品を再演し、しっかりと分析し、そして説明するという役割を担うことができるからこそ、僕等はそうではないところで、新しく作る側の人間として自分達の役割を果たさなければならないなと感じているんです。

藤田:それは僕も同じように考えています。ちなみに日野さんはアーティスト活動をする一方で、九州大学で非常勤講師を務めてもいるじゃないですか。アカデミック/非アカデミックということで言うと、日野さんは自分の活動をどちらに位置づけているんですか?

日野:うーん……確かに、アカデミックな世界への興味はめちゃくちゃあるんですよ。実際に教える立場にも立っている。けれど僕は大学を中退しているし、いわゆるアカデミックな教養があるわけではないんですよね。なのでいわばアカデミックと非アカデミックの狭間にいるような感覚です。

藤田:非アカデミックなところを出発点にしつつ、アカデミックな文脈も踏まえて制作する、というのが日野さんの音楽活動のおもしろいポイントだと思うんですよ。アカデミックな世界でも勝負するけれど、あくまでも非アカデミックな世界がベースにある。それはとても重要じゃないですか。そういう立ち位置で活動するミュージシャンは少ないですし、やろうと思っても簡単にできることではない。実際にそれを体現できる能力が日野さんにあるから可能なのだと思います。それは傍から見ていてすごいなと。

日野:アカデミック/非アカデミックと二極化するのは難しいところはありますが、実際はアカデミック側からは未だ認識されていないように感じるし、非アカデミックな方面からは僕のことをアカデミックだと捉えている人もいるだろうとも思います。けどその中で重要になるのは、藤田さんが言うように非アカデミックがベースにあるということ。最近は現代作曲家とか言われることもありますが、YPYやGEIST等、僕の活動するすべてのプロジェクトはバンドでの経験や考え方が土台にあります。とはいえ、アカデミックな分析や表現方法にも強い興味はあるので、どちらの視点も持っていたいと思っています。

ただ、自分が置かれる環境が曖昧になればなるほど、現場にいて苦しくなることもあるんですよ。例えばアカデミックな世界の中で表現する自分はかなり浮いている存在で、なかなか受け入れられない状況を前提に表現することになる。もちろん「やってやるぞ!」と気持ちが奮い立つこともありますが、実際に表現する時には苦痛を伴うこともある。それはダンス・ミュージック界でも同じなんですね。やっぱりテクノの文脈の中に自分が置かれると、どうしたって異質なんです。じゃあそっちの文脈に染まりたいのかというと、もちろん興味はあるけれど、必ずしもその文脈で表現をしたいわけではなかったりする。けれど現場によってはお客さんはテクノを求めているので、お呼びじゃないと思われることも多い。だから狭間にいることは常に苦しみとともにあるんです。けどその苦しみを伴う分、異質な自分が受け入れられたときの喜びも大きい。でも今回の藤田さんとの「INTERDIFFUSION」の制作は心地よかった。試み自体が狭間にあるようなものでもあったので。

音楽と美術の狭間、または両者の違いについて

——ヨシ・ワダは音楽と美術の狭間にいる存在とも言えます。お二人にとって彼の活動は音楽家として位置づけているのでしょうか? それとも美術家でしょうか?

藤田:僕は音楽寄りのアーティストとして捉えています。もちろんヨシ・ワダ本人には音楽とは異なるヴィジョンがあったのでしょうけど、僕の中では美術家として位置づけているわけではなくて。

日野:難しいですよね。ヨシ・ワダは美術家でありつつ美術家ではなくて、それは音楽に関しても同じように指摘できる。どちらかに位置しているわけではないので、やっぱり両方の狭間にいるような存在じゃないかなと。後期にインスタレーションの方向へ向かったというのも、美術寄りに転回したように見えるだけで、やっていること自体は本質的には変わらない。

——日野さんと藤田さんの活動も、音楽と美術の狭間をいく側面もあると思います。例えば音楽とサウンド・アートの違いについて、お二人はどのように捉えていらっしゃるのでしょうか?

藤田:違いについてはいろいろな見方ができますよね。よく言われるのが、例えば作者が現場にいるかどうか。現場にいればパフォーマンスとして音楽に括ることができるし、いなければインスタレーションとしてアート文脈で扱うことができる。後者がサウンド・アートと呼ばれることになりますが、じゃあそれが定義かといったらそんなことはない。アート文脈のパフォーマンスもありますし、音楽であっても作者が現場にいないライヴはたくさんありますから。なので、あくまでも表現が位置する文脈の違いにすぎないというか。あとは作者自身が音楽として提示しているのか、それともサウンド・アートの文脈に位置づけようとしているのか、という違いで分けることもできますけど、たとえ本人が音楽だと思っていてもアート文脈で扱われたらサウンド・アートとカテゴライズされることもある。

日野:そう思います。それに、ある作品がサウンド・アートであるか否かよりも、サウンド・アートとも呼べるし音楽とも呼べる、そういうふうにどちらかに規定し切れない狭間にあるものに惹かれることは多いです。あとはさっきのアカデミック/非アカデミックという問題もあって、ヨシ・ワダの場合は感覚的なレベルで勝負して、出来上がった作品が結果的に音楽的であったりサウンド・アート的であったりしている。それは非アカデミックな姿勢を貫くことから生まれる揺らぎとも言えて、アカデミックな世界だと多くの場合は最初に目的と終着点を設定し、そこに向けて制作を進めていきますよね。ヨシ・ワダにとってパイプホルンという創作楽器を作ることは最初に設定した目的だったのではなくて、いろいろと試した結果そういうおもしろいものが生まれた。それが録音されることで音楽というフォーマットに帰着したということなのかなと。

——制度としての音楽と美術について、現場でそれぞれの違いを感じることはありますか?

藤田:それはものすごく明確にあります。例えばアブの幼虫の音を可聴化した《CELL》というインスタレーション作品で僕が参加した「札幌国際芸術祭2017」であれば、明らかにアート文脈の現場として存在しているんですよ。なので音楽の現場でライヴをする感覚とは取り組み方が全く違っていて、そこはかなりハッキリしていると思います。制度としての違いを考えると僕はやっぱり音楽寄りの人間だという実感があって、結局は音楽の現場で演奏したくなってしまう。その方が安心できるんです。

日野:僕はアートの現場でやったことはほとんどないんですよね。舞台公演などは資金調達から現場作りまで基本的に自分達で行ってきたし、音楽以外で誘われることはほぼ無い。ただ、ちょうど今インスタレーションに取り掛かっています。僕もやっぱり音楽寄りの人間ではありますけど、アート文脈の現場だからこそ新たな自分の側面を見出すこともできるんじゃないかとは思う。

藤田:ライヴ・パフォーマンスではなくてインスタレーション形式だから成立する作品というのはありますよね。作品における時間軸の捉え方もライヴとインスタレーションでは変わってくるので、そういったサウンド・アートの現場だから挑戦できることはいろいろあると思います。ただ、個人的にはやっぱり美術館のような場所は自分に向いていない気がするんです。もちろん現場によってさまざまなので一概には言えないですが、美術館という場所が役割として持つアーカイヴ的な側面と折り合いをつけるのが難しい。例えばサウンド・インスタレーションを制作するのであれば、美術館で発表するよりも、同じ作品を別の空間にインストールした方がおもしろくなりそうだと感じてしまう。そう考えると日野さんのように現場ごと自分で作ってしまうのがベターな気もします。

ヨシ・ワダと並べて聴きたい音楽のレコメンド

——「INTERDIFFUSION」をきっかけにヨシ・ワダの作品を聴き始めたというリスナーもいると思います。そうしたリスナーに向けて、ヨシ・ワダと並べて聴いてほしいと思う音楽がもしあれば教えていただけますか?

藤田:ジャンルも活動時期も全然違いますけど、ヨシ・ワダと並べるならエリック・サティかなと思いました。いろいろと親和性がある気がするんです。サティは今でこそ教科書に載るようなクラシックの偉人とされていますけど、存命中は変人と呼ばれていましたし、没後も1970~80年代にブームが起きるまではずっと異端的存在でした。そのぐらい斬新な音楽を生み出したわけで、従来の西洋音楽の立派な歴史を嘲笑うようなところもあった。ヨシ・ワダのドローンにも同じように既存の音楽史を揺さぶるようなところがあって、そうしたユーモアのレベルでも通じるところがあるんじゃないかなと。

日野:僕は今パッと頭に浮かんだのはSunn O)))のステファン・オマリーが2015年にリリースした『Gruidés』というアルバムです。オーケストラ作品なんですけど、基本的には緩やかに変化するドローンで、ところどころ楔を打つように打楽器的なサウンドが挿入される。そうした時間軸上で構成/作曲するアプローチがヨシ・ワダの『The Appointed Cloud』と似たような感覚を得られる作品だなと思いました。ただ、ヨシ・ワダをきっかけにドローン・ミュージックを掘り下げるとしたら、いきなりステファン・オマリーだと少しハードコア過ぎるかもしれない(笑)。

藤田:それを言うとエリック・サティも全然違いますよね(笑)。

日野:あまり現代音楽やミニマル/ドローンを聴いたことがなくて、これからディグっていくということを考えると、やっぱりラ・モンテ・ヤングが一番いいんじゃないでしょうか。

藤田:あとパンディット・プラン・ナートもぜひ聴いてほしいです。僕の場合は実はヨシ・ワダを聴くより前にパンディット・プラン・ナートを聴いていたので、初めてヨシ・ワダのアルバムを聴いた時に「なるほど!」と思ったことがありました。それとミニマル/ドローンの重要人物でいうならシャルルマーニュ・パレスタインも。ヤングよりもひと回り下の世代ですけど、アメリカ実験音楽におけるミニマル・ミュージックの開拓者の1人です。パレスタインの音楽もドローンの世界ではヨシ・ワダと近いものがあるんじゃないかなと。もしもイベントをオーガナイズするならヨシ・ワダとパレスタインのツーマン・ライヴを企画して観てみたかったですね。

日野:確かに。どういう視点から掘り下げるのかによって、ヨシ・ワダの横にはいろいろな音楽を並べてみることができそうですね。

日野浩志郎
goat、bonanzasのプレイヤー兼コンポーザー。ソロプロジェクトとして電子音楽やフィールドレコーディングなどをカセットデッキでコラージュする「YPY」の活動を行っており、方向性はダンスミュージックや前衛的コラージュ/ノイズと多岐にわたる。多数のスピーカーや演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST」の作曲、演出も行う。国内外のアンダーグラウンドミュージシャンのリリースを行うカセットレーベル「Birdfriend」、コンテンポラリー/電子音楽をリリースするレーベル「Nakid」主宰。
Instagram:@po00oq

FUJI|||||||||||TA
自作パイプオルガンや声、水等によるソロ・パフォーマンスを軸に、イントナルモーリの制作やサウンド・インスタレーション、映画音楽、ダンス作品の音楽等を手掛ける。ソロ活動を中心に、EYƎ (ボアダムス)とのコラボレーション舞台「メモリーム」や、山川冬樹との公演「カントリー・ジェントルメン」など、コラボレーション・ワークも多数。映画音楽やアニメーション音楽の制作、サウンド・インスタレーションといった展示活動など、あらゆる領域で作品を発表する。2021年にロンドンの33-33より『NOISEEM』をリリース。
Instagram:@fujilllllllllllta

■INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada
今後の展開として、トリビュートコンサートを撮影した映像作品(2022年5月)、ライブ音源(時期未定)を発表予定。
Instagram: interdiffusion.yoshiwada

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

The post ヨシ・ワダの音楽を受け継ぐ次世代の表現活動——日野浩志郎 × FUJI|||||||||||TA 特別対談・後編 appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>
ドローン界の巨匠ヨシ・ワダとはいかなる存在か——日野浩志郎 × FUJI|||||||||||TA 特別対談・前編  https://tokion.jp/2022/03/05/koshiro-hino-x-fujilllllllllllta-part1/ Sat, 05 Mar 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=100117 日野浩志郎とFUJI|||||||||||TAによる、ヨシ・ワダを巡る特別対談。前編は、2人がヨシ・ワダの音楽と出会った経緯やフェイバリット・アルバム等について。

The post ドローン界の巨匠ヨシ・ワダとはいかなる存在か——日野浩志郎 × FUJI|||||||||||TA 特別対談・前編  appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>

昨年5月にこの世を去ったドローン・ミュージックのパイオニアの1人、ヨシ・ワダをご存知だろうか。1967年にアメリカ・ニューヨークへと移住し、奇妙な偶然からフルクサスの面々とも関わりを持ちつつ、あまりにも独自な音楽活動を展開。現代音楽の作曲家ラ・モンテ・ヤングや北インドの古典声楽家パンディット・プラン・ナート等の影響を受け、持続音を中心とするドローン・ミュージックの領域を開拓していった。創作楽器の開発、特異な音響空間の活用、サウンド・インスタレーションの制作等々、その活動は音楽や美術といった既存のジャンルを軽やかに超え、今もなお汲み尽くされることのない魅力に満ちている。

ここ日本では長らく知る人ぞ知る存在だったものの、ゼロ年代後半よりエム・レコードとオメガポイントが共同でヨシ・ワダのアルバムを復刻・初音源化してリリース。再評価の機運が高まり、次世代のミュージシャンからも注目を集めるようになっていった。なかでもヨシ・ワダからの影響を公言しているのが音楽家/作曲家の日野浩志郎と自作パイプオルガン奏者/サウンド・アーティストのFUJI|||||||||||TAこと藤田陽介である。昨年12月にはこの2人が初めてコラボレートし、総勢10名のメンバーからなるアンサンブルでトリビュート・ライヴ「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」を開催した。

これを受けてトリビュート・ライヴの中心人物である日野浩志郎とFUJI|||||||||||TAによる、ヨシ・ワダを巡る特別対談を実施。前後編に分けてお届けする対談の前編では、2人がヨシ・ワダの音楽と出会った経緯やフェイバリット・アルバム、非アカデミックであり続けることの意義、また「1音が延々と続く」ことを大きな特徴とするドローン・ミュージックの魅力などについて伺った。

エム・レコード&オメガポイントを通じたヨシ・ワダとの出会い

——お二人はどのような経緯でヨシ・ワダの音楽を聴き始めたのでしょうか?

日野浩志郎(以下、日野):最初に聴いたのはエム・レコードとオメガポイントが2009年に共同リリースした『Earth Horns with Electronic Drone』というアルバムでした。それ以前からエム・レコードのリリースをチェックしていたので、ヨシ・ワダ作品の復刻/初音源化シリーズの流れで彼の存在を知ることになりました。

FUJI|||||||||||TA(以下、藤田):僕も同じタイミングです。やっぱりエム・レコードとオメガポイントの功績は大きいですよね。僕は当時、自作パイプオルガンが構想段階にあって、頭の中ですでにヴィジュアライズできていたけれど、実際に作るかどうかは躊躇していたんです。その時に『The Appointed Cloud』(2008年)を購入して、ジャケットやライナーに載っている写真を見たら、頭の中にあった自作パイプオルガンのイメージとすごくよく似ていた。聴いてみたら音も近いところがあって、それで背中を押された気分になって自作パイプオルガンの制作へと踏み出すことになりました。

——初めて聴いた時の印象はいかがでしたか?

日野:聴いたら一発で虜になりましたね。それまで僕はいわゆるノイズ/インプロ畑で、アヴァンギャルドな即興演奏にも取り組んでいたんですけど、徐々に飽きてきて自分でミニマル/ドローンをやり始めた時期だったんです。ちょうどその頃にヨシ・ワダの音楽と出会って、「こんなアプローチもあるのか!」と新鮮に感じました。何だかわからないけど心地がよくて。なので自分の中で当時まだハッキリと捉えられていなかったドローンの世界に入り込む1つのきっかけにもなりました。

藤田:僕はもともとスティーヴ・ライヒやテリー・ライリーが好きで、最初はそういったミニマル・ミュージックの一種としてヨシ・ワダの音楽を聴いていました。けれどそれ以上に大きな印象としてあったのは、やっぱり「パイプ状の自作楽器を作る人」というところで、ヨシ・ワダと出会わなければ自作パイプオルガンを作っていなかったかもしれない。そのぐらい自分の音楽活動に決定的な影響を与えた人なんです。

——ヨシ・ワダのアルバムを繰り返し聴くことで、音楽の印象が変化したことはありましたか?

藤田:実はあまり印象は変わっていなくて、10年以上経った今も最初に受けた印象と同じようなイメージで捉えています。

日野:聴き続けて印象が変わったことは僕もないですね。ただ、途中から分析的に聴き始めたんですよ。特に『The Appointed Cloud』は「よくわからないけど何だかすごい」と漠然と感じていて、それはいったいなぜなのだろうという疑問がずっとあった。それで2016年に「Virginal Variations」というオーケストラのプロジェクトで作曲した時に、1つのリファレンスとしてヨシ・ワダの音楽を取り入れようと思って、『The Appointed Cloud』を分析してみたんです。楽器編成や時間構成等々を調べたら、例えばちょうど1分単位でサウンドが切り替わっていくことが判明した。それでアルバムを聴く解像度がどんどん上がっていきました。印象は変わらないですが、聴こえてくるものはハッキリしていった。いわば顕微鏡で眺めるような聴き方をするようになったんですね。今制作を進めている「GEIST」というプロジェクトでも分析して得た部分からインスピレーションを受けて構想しています。

日野浩志郎とFUJI|||||||||||TAのフェイバリット・アルバム

——ヨシ・ワダ名義のアルバムはこれまで計5枚リリースされています。今改めて振り返った時に一番好きなアルバムはどれでしょうか?

藤田:僕はFMPからリリースされた『Off the Wall』(1985/2008年)が一番好きですね。『The Appointed Cloud』のすぐ後に聴いたんですが、いまだに魅力的だなと感じています。決して録音のクオリティーが良いわけではないし、終わり方も大雑把なところがあって、アルバムとして洗練されたものではないけれど、それだけに表現が剥き出しになったようなおもしろさがある。ヨシ・ワダの実験精神がそのままポンと出されているような。

日野:そうだね。基本的には大雑把で、ある意味でプリミティヴなところは僕も好きです。だけど、延々とドローンが続く『Earth Horns with Electronic Drone』と比べると『Off the Wall』はレコードを意識した作りにもなっていて、意外とちゃんと構成されているところもいいよね。

藤田:確かに。日野さんはどのアルバムが好きですか?

日野:僕の場合は時期によって好きなアルバムが変わってしまうかもしれない。最初の入り口としては『Earth Horns with Electronic Drone』だったんですが、一番衝撃を受けたのはやっぱり『The Appointed Cloud』でした。けれどなぜそんなに衝撃を受けたのか分析的に聴き続けたので、今では音楽として純粋に楽しめなくなる部分も生まれてしまった。分析した内容を一度すべて忘れてしまわないと同じような衝撃を受けることはなかなか難しいです。あと『Singing in Unison』(2012年)は正直に言えば最初はあまり好きではなかったんですけど、今はすごくいいなと思っているんですよ。というのも、僕は九州大学で非常勤講師をしていて、作曲の授業を受け持っているんですが、授業で残響室という非常に長いリヴァーブが発生する空間を使ったんですね。そこで15人の生徒達に円形に並んでもらって、照明を消して真っ暗にして、簡単なルールを設けて照明の合図で演奏するという授業をやったんです。その時に歌唱作品のリファレンスとしてヨシ・ワダの『Singing in Unison』を紹介しようと思って、スコアを見ながら改めて音楽を聴き直したら、これがとても良かった。聴く角度が変わったことで新たな発見を得たというか。

——どのアルバムもそうですが、ヨシ・ワダの1つの特徴として、生音と電子音、声と楽器、身体的なものと機械的なもの等々、相反する2つの要素を並置しているところがあります。そうしたアプローチに魅力を感じたことはありますか?

日野:『The Appointed Cloud』における自動演奏と生演奏のような異質なものが重なると、音を聴くだけではわからない謎が生まれますよね。そこに惹きつけられるところはあります。そもそも最初は2つの要素として区別せずに聴いているんですよ。『Earth Horns with Electronic Drone』も最初はオシレーターとパイプホルンで分けずに聴いていて、どうなっているのかよくわからないけれどとにかく魅力を感じていました。そうした謎に満ちた魅力を生み出す1つの理由が、後から振り返ってみると2つの要素を併置しているというアプローチだった。

藤田:僕自身の表現もオーガニックでありつつ電子的でもあるので、その意味ではアプローチとしてヨシ・ワダと共通しているところもありますけど、なぜ相反する2つの要素を併置しているのかというと、これはもう必然的にそうなったのかなと思っています。特に自作楽器はできることが限られているから、相反する異質な要素を衝動的なレベルで取り入れたくなってしまう。もちろんインスタレーション形式でも作品そのものは成立しますが、そこから発展させていくとなると、インスタレーションとは異質な要素を取り入れざるを得なくなると言いますか。例えば人間によるバグパイプの演奏を併置すると、インスタレーションの自動演奏にはない自由度を生み出すことができますからね。

ヨシ・ワダの非アカデミックな姿勢がもたらすシンパシー

——今回の「INTERDIFFUSION」のトリビュートを通じて、ヨシ・ワダの音楽に関して新たに発見したことはありましたか?

日野:僕は「Virginal Variations」の時にかなり分析的に聴いたので、当時の方が音に関して気付いたり発見したりしたことは多かったですね。ただ、今回のトリビュート企画を主催した中野勇介くんがヨシ・ワダに関する情報をいろいろと集めてくれて、その中にインスタレーションの動画があったんですよ。それを見たらものすごく驚いた。

藤田:それは僕もびっくりしました。こんなふうになってたのかと。

日野:今「GEIST」で自分がやっていることと全く一緒じゃん! と思ってしまった(笑)。ヨシ・ワダの本質って、ただ単に音だけではなくて、やっぱりそういう視覚的/空間的な要素にもあるんだなと。

藤田:その意味では少しヨシ・ワダの印象が変わったところもあるかもしれないですね。ファースト・インプレッションとしてはもっと音楽寄りのアーティストだと思っていたんです。けれど彼は『The Appointed Cloud』でやっているようなインスタレーション形式の作品発表も非常に重要視していた。それは今回の「INTERDIFFUSION」のクリエーションの過程で改めて知ることができました。

日野:『The Appointed Cloud』以降の音源がなぜリリースされていないのかといえば、音楽というよりインスタレーションの方向に進んでいたからだと。

あの時代だからこそできたプリミティヴな良さを感じます。今だと躊躇してしまうようなこともやってしまっている。自動演奏の見せ方からも、本能のままに出来上がったものをそのまま披露したというようなピュアさを感じるんです。

藤田:それは僕も思います。今や世界中でさまざまなインスタレーションが行われていて、それなりの歴史や文脈が形成されているので、その後に新しく制作するとなると、いろいろなことを気にして作家のピュアな部分が薄まってしまうことが多い。

日野:やっぱり非アカデミックな場所で活動し続けたからこそそうした表現になったのかなと。それはとても共感できるポイントですね。実は僕、最初はヨシ・ワダのことをアカデミック寄りの人間だと思っていたんですよ。「これがいわゆる現代音楽のドローンか!」と思って聴いていたんですけど、来歴をいろいろと知っていく中で非アカデミックなアーティストだということがわかった。アカデミックなアーティストの場合は、あらかじめ方法論がしっかりと決められているというか、まずは外枠を設けてそれからディテールを詰めていくことが多いと思うんですが、そうしたやり方はアプローチとして新しかったとしても、必ずしもおもしろい音が生まれるとは限らない。ヨシ・ワダは反対に、外枠を気にせずとにかくいろいろと試して「これだ!」と感じたところをひたすら突き詰めていく。そうした非アカデミックな姿勢が信頼できるなと思いますし、だからこそ現代音楽のリテラシーがなくてもリスナーの心を奪うことができるんじゃないかな。

藤田:自作楽器を作るということもそうした非アカデミックな姿勢の結晶だと思います。だから僕もすごくシンパシーがありますね。やっぱりDIY精神なんですよ。ヨシ・ワダは渡米してから配管工として働いていたじゃないですか。つまり自作楽器を作るためにパイプを用意したというより、まずもって身近なものとしてパイプがあった。そうしたありあわせの道具や仕事で得た知識を駆使して自作楽器を作っていったと思うんです。僕が楽器を自作する時も同じで、基本的にはホームセンターで買える材料だけで作っていて、手の届く範囲にある身近なものを使ってなんとかヴィジョンを実現しようとしてきたんですね。もちろん失敗することも多いですが、既成の洗練された楽器とは違って、うまくいけば一音が鳴るだけで説得力を持つような楽器を生み出すことができるんです。

リスナーの意識を浮き彫りにするドローンのおもしろさ

——ヨシ・ワダの音楽をはじめ、ドローン・ミュージックは「一音が延々と続く」という点が大きな特徴となっています。あまり親しみのないリスナーからしたら変化が希薄で退屈に感じてしまうかもしれませんが、こうしたドローン・ミュージックの魅力はどのようなところにあると感じますか?

藤田:僕は「一音が延々と続く」ということ自体に魅力があるとは思っていなくて、そうした特徴そのものは普通の感覚なら当然飽きてしまう。それよりも、シンプルな要素だけを延々と続けた結果、時間をかけて1つの扉を抜けていくみたいな体験に価値があるのかなと。そういう体験をもたらすためのアプローチの1つがドローンであり、それはフレーズを反復するミニマル・ミュージックも南米のアヤワスカ儀式の音楽も同じだと思っています。ものすごくシンプルなルールで何か1つやり遂げることにおもしろ味があって、それはリスナーをある種のトランス状態に持っていくことにもなる。ドローンの魅力はそうしたところにあるんじゃないかと。

日野:そうだね。それとどんなシチュエーションで聴くかも重要だと思います。ライヴであれば、少なくとも僕がやる時はトランスへと向けた音楽だと捉えているから、ドローンはそのための1つの方法論になる。けれど家にいる時にドローンの録音作品を流すだけだとライヴのようなトランス感は得られなくて、あくまでもBGMとして機能するにとどまってしまう。もちろん家で聴く場合でも、時間をかけて集中力を持続させて作品と向き合うことができたらトランスの体験を得られるとは思いますが。

藤田:ライヴの方がやりやすいというのはありますよね。その場にい続けなければならないという強制力もありますし。

日野:「INTERDIFFUSION」の最初の通し稽古が終わった後のみんなの感想もおもしろかったんです。「1つの楽器、1つの音のディテールに入り込んだと思ったら、俯瞰的に全体を見ているような感覚もあった」という意見があって、そういった感覚の移り変わりがあるというか。

藤田:それもドローンの特徴と言えそうです。音楽の要素が極端に少ないので、やっぱりリスナー側の意識が働くことになる。

日野:内面にどんどん迫っていく感じがあるとも言えます。「夢を見ているようだった」と表現した人もいて、それは本当にそうだと思いました。意識の内側に入り込むこと自体がトリビュート・イベントを通じた1つの目標にもなっていたので。

藤田:意識の内側に入り込むということは、集中力が途切れることともセットになっているんですよね。人によっていろいろなことが意識の中にあるとは思いますけど、例えばドローンのライヴでは音を聴きながら、ふと集中力が途切れて日常生活や仕事のことを考え始めてしまうことがある。けれどしばらくしたらまた音に耳を傾けていく。そうした外界で鳴っている音と内面にあるものの間を意識が行き来するような体験をもたらすので、ドローンのライヴにはリスナー側のディテールがどんどん浮き彫りになっていくおもしろさがあると思うんです。

日野浩志郎
goat、bonanzasのプレイヤー兼コンポーザー。ソロプロジェクトとして電子音楽やフィールドレコーディングなどをカセットデッキでコラージュする「YPY」の活動を行っており、方向性はダンスミュージックや前衛的コラージュ/ノイズと多岐にわたる。多数のスピーカーや演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST」の作曲、演出も行う。国内外のアンダーグラウンドミュージシャンのリリースを行うカセットレーベル「Birdfriend」、コンテンポラリー/電子音楽をリリースするレーベル「Nakid」主宰。
Instagram:@po00oq

FUJI|||||||||||TA
自作パイプオルガンや声、水等によるソロ・パフォーマンスを軸に、イントナルモーリの制作やサウンド・インスタレーション、映画音楽、ダンス作品の音楽等を手掛ける。ソロ活動を中心に、EYƎ (ボアダムス)とのコラボレーション舞台「メモリーム」や、山川冬樹との公演「カントリー・ジェントルメン」など、コラボレーション・ワークも多数。映画音楽やアニメーション音楽の制作、サウンド・インスタレーションといった展示活動など、あらゆる領域で作品を発表する。2021年にロンドンの33-33より『NOISEEM』をリリース。
Instagram:@fujilllllllllllta

■INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada
今後の展開として、トリビュートコンサートを撮影した映像作品(2022年5月)、ライブ音源(時期未定)を発表予定。
Instagram: interdiffusion.yoshiwada

Edit Jun Ashizawa(TOKION)

The post ドローン界の巨匠ヨシ・ワダとはいかなる存在か——日野浩志郎 × FUJI|||||||||||TA 特別対談・前編  appeared first on TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報.

]]>