imdkm, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/imdkm/ Wed, 28 Jun 2023 09:23:48 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png imdkm, Author at TOKION - カッティングエッジなカルチャー&ファッション情報 https://tokion.jp/author/imdkm/ 32 32 ceroがニュー・アルバム『e o』で試みた新たな制作方法——宅録・議論・香水のような歌詞 https://tokion.jp/2023/05/31/interview-cero/ Wed, 31 May 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=188249 ニュー・アルバム、『e o』をリリースしたceroの高城晶平と荒内佑にその制作の過程について話を聞いた。

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=ceroの荒内佑(左)と高城晶平(右)

ceroの新しいフェーズを感じさせるニュー・アルバム、『e o』。リズムやグルーヴの世界を探求した『Obscure Ride』(2015年)や『POLY LIFE MULTI SOUL』(2018年。以下『PLMS』)から一転して、アンビエントやポスト・クラシカル的な響きを湛えた、静謐(せいひつ)でありながら緊張感に満ちたアルバムだ。

メンバー3人のソロ活動やシングルリリースもあったし、ライヴをコンスタントに行ってきたこともあって、5年のブランクがあっても決して停滞は感じさせなかった。しかし、『e o』に耳を傾けると、5年の間に、このバンドがリスナーの予想以上に遠くまで歩みを進めていたことに驚かされる。思わず、その時間の厚みに、改めて思いを馳せてしまうほどに。

サポートメンバーを含めたバンドが奏でるフィジカルな快楽から一転、折り重なるサウンドのレイヤーが時間の持続そのものを提示するかのような本作。作業のスタイルそのものから練り直し、「ceroらしさ」に原点回帰しながらも新たに定義しなおしたその制作の過程について、メンバーの高城晶平・荒内佑に話を聞いた。

cero
2004年結成。メンバーは高城晶平(vocal / guitar / flute)、荒内佑(keyboard / sampler)、橋本翼(guitar / cho)の3人。3人それぞれが作曲、アレンジ、プロデュースを 手がけ、サポートメンバーを加えた編成でのライブ、楽曲制作においてコンダクトを執っている。 今後のリリース、ライブが常に注目される音楽的快楽とストーリーテリングの巧みさを併せ持った東京のバンドである。2023年5月に5枚目となるアルバム『e o』をリリースした。
https://cero-web.jp
Twitter:@cero_info
Instagram:@cero.official
YouTube:https://www.youtube.com/playlist?list=PL93C527F555996E7B

「宅録」への回帰

——前作から5年、みなさんのソロアルバムのリリースをはさみつつも、ceroのアルバムのリリースとしては間隔が空きました。高城さんはリリースコメントで、これまではコンセプトを最初に作ってそこに向かって進めていたのが、今回はそうではなかった。それで時間もかかった……とおっしゃっていましたね。アルバムの全体像が見えてきたのはいつ頃だったんでしょう。

高城晶平(以下、高城):「Fuha」(2022年6月)を出してから、ようやくアルバムを意識しての制作に切り替わりました。シングル1つひとつはアルバムを想定して制作したわけではなく、1曲入魂という形でやっていました。でも、シングルの4曲を改めて並べて聴いたら、それぞれ別個のプロジェクトだったものに共通点を感じたんです。その共通する構造や、「静けさ」みたいな印象を延長するような形で、アルバム制作にだんだんシフトしていきました。

今回のアルバムの特徴は「3人でデモから作り上げていった」ことなんですが、それは「Nemesis」(2021年8月)からですね。最初は、橋本くんがもともと住んでいた吉祥寺のマンションを拠点として、毎週この日に集まろうと決めて、鼻歌程度でもイメージがあったら、すぐにそれを共有して、思いついた順にどんどん録音していって、取捨選択していきました。後半からは、カクバリズムの事務所の一室がその作業場になりました。

——荒内さんはそういった変化をどう感じられましたか。

荒内佑(以下、荒内): すごく自然な流れだったと思います。もともとceroは、3人ともバンドマン以上に宅録出身なところがあって。ある意味『Obscure Ride』と『PLMS』は3人の出自とは全く逆の「生演奏の面白さ」を模索していた時期で。そこから宅録的なスタイルに戻ってやりやすかったですし、みんなの良さが出しやすいんじゃないかと思いました。

——高城さんはコメントで、「すごく議論をした」ともおっしゃってますよね。

高城 :議論と言うとちょっと大げさなんですけど。本当にまったくゼロの、更地の状態から作っていく場合は、まず、ただ話す。最近聴いていた曲から、全然関係ない話まで。そこからちょっとしたミーティングになって、だんだん手が動いてきて、いつの間にか制作と呼べるような作業に移ってる。そのすべてをひっくるめて、「議論」って言ってます。本当に、そこに一番時間をかけたんじゃないかなと思います。

身体という制限から解き放たれて得られた自由

——今回のアルバムには、時間の流れをすごく感じました。多彩で豊かなグルーヴを打ち出していた前2作から打って変わって、アンビエント的な聴かせ方をするところがすごく多い。何かこうした変化に至る転換点があったんでしょうか。

高城:肉体的にスタジオで作っていると逃れるのが難しい枠組みがあると思うんです。ポップスで特に疑われることもない大前提、例えば普通にハイハットがずっと鳴っていて、キックとスネアがあって、ベースがあって、そうした土台に上モノがのって……っていう。特に、なんだかんだ言っても、我々にはバンドマンという出自があるので。

今回は家っていう本当にパーソナルな小さいところで、話し合いながら、デスクトップ上で作っていくことで、いろんなテーゼから解き放たれて音楽を作ることができた。ハイハットやドラムで作るグリッドではないところに、粒のようにリズムを置いていって、細かい刻みやより広い刻みを浮き上がらせていくように作れたんです。特定の「中心」を迂回しながら色彩をつけていくことで、今回のアルバムに通底する「静けさ」が生まれたんじゃないかなと思います。

——そういった変化について、荒内さんはいかがですか。

荒内:自分のソロ(※2021年8月にリリースした『Śisei』)が大きかったと思います。管弦とビートの組み合わせって、サンプル素材をビートの上にのせただけみたいになっていくんですよ。そうじゃなくて、ドラムというよりもパーカッションのように扱って、並列な関係性にしないといけない。そのために、ハイハットを全然入れないとか、フレーズを断片化させるとか。あるいは、そもそもドラムを入れない、ベースを入れないとか。ソロでしていたそういう作り方が、ceroにもフィードバックされました。

——今のお二人のお話を伺っていて、シングルの「Nemesis」が出た時のことを思い出しました。あの曲って要所要所にしかドラム入っていないのに、ずっとリズムに緊迫感がある。「ceroが次の面白いところに行くのかも」って、最初に思ったのはやっぱり「Nemesis」だったんです。

高城:「Nemesis」は僕等としても、試しにやってみた制作スタイルでいきなり大きな成果を出せたみたいなところがあって。制作スタイルでこんなに変わるんだみたいな驚きもあって。これは確かにそれぞれ1人でやってきたんじゃできないよなっていうものができたんで、結構勢いづきましたね。

テクスチャによって世界を組み立てる

——今回はアコースティック・ピアノの音色もすごく印象的で。荒内さんがピアノを弾かれている曲も多いですが、そういった楽器の選び方、あるいは使い方の背景もお聞きしたいです。

荒内:ピアノそのものというよりは、アコースティックな質感のピアノと電子音の組み合わせが面白かったんです。そこで生まれるテクスチャの在り方っていうのが、自分としては面白いなと。

——テクスチャというと、ビットクラッシュしたザラついた音をはじめ、音の加工もすごく多いし、効果的に使われていますね。

荒内:そういった音とローズみたいなエレクトリックピアノの組み合わせよりかは、アコースティック・ピアノの方が音色的にも、極端なバランス感に聞こえやすいので。誰でもやっている「アコースティックとエレクトロの組み合わせ」ですけど、それが改めて新鮮に聞こえる配分というのがあるんです。アコースティック・ピアノが自分で扱える範囲で1番生々しい楽器なので、その組み合わせが結果的に多くなったのかなと思います。

——例えば「Evening News」はピアノと高城さんのボーカルが軸になっていますが、高城さんの声の選び方にも、そうした質感とリンクしているところがあるように思います。

高城:質感も大きいんですけど、今回は宅録から始まっていることが自分のボーカルのテンションを決定していて。やっぱり、普通の家で録っているので、隣近所気にしながら歌う感じになるんです。バンドと一緒に「せーの」で歌うのとは全然違う。そして、シームレスにデモから完成まで行く流れができているから、そのテンションも保持される。それで、今回のアルバムの歌のトーンがかなり決まりました。

——お話を伺っていて、また作品を聴いていても、音の質感、テクスチャの組み合わせによって表現することに対する関心が高まった時期だったのかなと思うのですが、いかがですか?

荒内:ファーストの『WORLD RECORD』(2011年)からセカンドの『My Lost City』(2012年)までも、テクスチャという概念はまだなかったけれど、エフェクトをかけまくったり、トラックをとにかく足していったりはしていて。そういったDAWの操作は僕も橋本くんも好きだったんです。むしろその次の2作でそこから離れていたのが、戻ってきたのかなと思います。もうちょっと洗練された形で、いろんな音のデザインが意識的にできるようになったので、そこが変わったかな。

あとは、今は作曲とアレンジとミキシングに本当に境目がなくて。例えば、キックの音1つ取っても、ものすごくローカットを入れてカタカタしたパーカッションみたいな音にしたとしますよね。それはもう、ミキシングというよりほぼ作曲に近いんじゃないか。

高城:例えば、フランク・オーシャン(Frank Ocean)の『Blonde』(2016年)みたいに、鳴っているのはギターやピアノと声だけなのに、それこそEQや音のバランス感を取り扱う手付きでヒップホップやR&Bとしか言いようがない音像になるみたいなことが起き始めて。音の扱いの違いだけで、別にキックとスネアがなくても首が振れるような音楽が出てきた。そういったものを念頭に置いた結果でもあるのかなと思います。

自分達らしさに立ち返り、更新する

——制作の在り方も、サウンドのフォーカスも変化してきた中で、外から受けたインスピレーションはありますか。

荒内:むしろ、最初「Fdf」(2020年2月)のシングルを作る時に、僕は高城くんと橋本ちゃんに、「新しいものをわざわざ持ってくるんじゃなくて、今までのceroの引き出しで、新しくて、面白いものは作れるんじゃないか」っていう話を何回かしていました。

あと、去年の頭ぐらいにトム・ジョビンの楽譜を買って。今までなんとなく聞いてたけれども、改めてピアノで弾いてみると、この数年間、特に『PLMS』ぐらいの時に、なにか自分の超自我によって使えないコード進行があったんですけど、ジョビンによってそこは救われたっていうか。バラバラになっていた自分の和声感が再び統合されていった。それによってこれまで避けていた結構ベタなコード進行でも使えるようになったっていうのが、自分の中ではすごく大きいです。

高城:ジョビンの話はいま初めて聞いたんですけど、基本的にceroって、曲を作る上でちょっとアイロニーを発動させて、ポップスの約束事をちょっとずつ疑っていくことからスタートしてきたようなところがあって。そのせいで制限が出てきたことも往々にしてあったんです。年齢なのか、いろんなタイミングなのかわかんないですけど、それが解除されていっていますね。とはいえ、アイロニーがなくなったわけじゃなくて、何かオルタナティブなことがまだあるはずだっていう信念とユーモアとが良い具合に絡み合った1つの結果として、このアルバムがあるんじゃないかと思います。

物語を脱ぎ捨てた言葉を求めて

——アルバムに関する言葉についても伺いたいと思います。まず気になるのはタイトルです。セルフタイトルからちょっとひねって「c」と「r」が抜けている、思わず深読みしたくなるようなタイトルですね。

高城:今回、楽曲の詞の成り立ちからして、これまでの物語的な傾向が薄れてきて、リリックらしいリリックの方に自分の言葉の選び方が動いてきたんです。タイトルで筋道めいたものを与えちゃうと、このアルバムの面白さがずいぶん狭められてしまう。セルフタイトルはどうかっていう案がずっと出てたんですけど、そこからもう1段階進んで、3人でずっと続けてきた言葉遊びの感覚を取り入れれば、このアルバムを一番よく表現するものになるんじゃないかと思いました。

——確かにこれまでのアルバムタイトルは、アルバム全体の物語を示唆するようなものが多い。

高城:そっちをプッシュするようなところが多かったし、お客さんもそれをヒントとしてリスニングしていくところがあったと思います。逆に言うと、そういう風にしか聴かれないというか。でも、今回のアルバムに関しては、リニアな時間の流れ方をしてないようなところがあるので。

——そうした変化を感じさせつつも、歌詞のトーンは一貫していて。ちょっとディストピア的でSF的な感じがあり、夜とか闇を連想させるような言葉も多い。扱うモチーフや言葉の選び方はどのように考えていったのでしょうか。

高城:最初に「Nemesis」ができあがって、その歌詞がプラネタリーな規模と心の次元が結びついて織り合わさってるような内容だったので、それに引っ張られるように天文学的なモチーフがたくさん出てきます。ただ、そういう点がいくつか揃ってくると、星座みたいにどんどん物語に変わっていってしまうので、物語を撹拌(かくはん)するような、例えば「Fuha」みたいな歌詞を投じて、煙にまくというか。物語に寄与するために言葉を選んでいるのではなくて、方便であり、メタファー的なものであり、もっと言えば重要なのは意味とかじゃない。そういう意識で言葉を選んでいきました。

サウンドとシンクロする「香水のような歌詞」

——荒内さんは、今回の『e o』の歌の部分ができていくのを聞いて、あるいは見て、どういう風にお感じになってましたか。

荒内:高城くんはとにかく声を重ねたがるんです。声を重ねると、歌う人のニュアンスが歌から消えていって、テクスチュアルなものになっていく。そこと、言葉の抽象度が増してきたことに相関関係がある気がしてて。高城くんが歌詞の説明で、よく「香水のような」っていうんですけど、そういう言葉の在り方と今回のサウンドの在り方はやっぱり近いと思います。

高城:今言った香水っていうのは、僕の妻がコロナ禍に入って、化粧品をしょっちゅう買ってたんですけど。「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー」っていうブランドの香水のパンフレットを持って帰ってきて、その説明文が面白いって言うから読んでみたんですよ。そしたら、ほとんど詩の世界で。香りの説明を超えたすごいところに行っていて、でもそれを読むともう香ってくる。すごく感銘を受けて、香水の説明文みたいな、その楽曲が持つフレグランスみたいなものを捉えた言葉があれば、もうそれで十分だと思ったんです。それって、物語とはまたちょっと違う在り方で。言葉をそういう風に取り扱うことが面白いなと思って、そういうことを意識した制作でもありました。

——最後に、これからリリースツアーが始まりますよね。今作の曲がライヴでどう披露されるのか、未知数なことが多いなと期待を含めて感じていて。今、どんな展望がありますか。

高城:『Obscure Ride』や『PLMS』はライヴで演奏することで生まれる広がりを想定しながら作っていました。でも、今回は録音物に完成の軸が置かれてたから、その先っていうのがなかなか自分達にも見えてなくて。試行錯誤中なんですけど、楽曲が持ってる「静けさ」をライヴにまで持っていけたら。「中心」を開けたまんまにしておくことを、ライヴでも引き継いでいけたら1番いいなと。

荒内 :ライヴっていうのは制約がすごく多いし、何よりも目の前にお客さんがいる。今までceroもこの十何年間やってきて、こっちが新しいことを提案しようとしてもスベるってことがあるので。そこのいいバランスを見つけたいです。ただ迎合するわけでもなく、一方的に好きなことやるわけでもなく、いいところを見つけられたらと思います。

——今作はceroが辿ってきた流れをまたぐいっと変えるような作品なので、ライヴの表現にも期待を高めておきます!

Photography Masashi Ura

■cero『e o』 

■cero『e o』 
発売日: 2023年5月24日
配信 / 限定盤CD + Blu-ray (¥4,950)
レーベル: KAKUBARHYTHM

Track List
01. Epigraph エピグラフ
02. Nemesis ネメシス
03. Tableaux タブローズ
04. Hitode no umi 海星の海
05. Fuha フハ
06. Cupola(e o) キューポラ (イーオー)
07. Evening news イブニング・ニュース
08. Fdf (e o) エフ・ディー・エフ (イーオー)
09. Sleepra スリプラ
10. Solon ソロン
11. Angelus Novus アンゲルス・ノーヴス
https://kakubarhythm.lnk.to/cero_e_o

■cero『e o』Release Tour 2023
6月2日 仙台 Rensa
6月16日 広島 CLUB QUATTRO
6月18日 福岡DRUM LOGOS
6月30日 札幌 PENNY LANE24 
7月8日 名古屋DIAMOND HALL 
7月9日  大阪 GORILLA HALL 
7月12日 東京 Zepp Shinjuku
https://cero-web.jp/category/live/

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XTALが語る(((さらうんど)))の再始動からニューアルバム『After Hours』に至るまで https://tokion.jp/2022/10/03/interview-surrounddd-xtal/ Mon, 03 Oct 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=148403 2022年8月にアルバム『After Hours』を発表した(((さらうんど)))のXTALに再始動からアルバムリリースに至るまでの話を聞いた。

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(((さらうんど)))のXTAL(左)と鴨田潤(右)

2021年、6年半の沈黙を破ってシングル「Soap Opera」を発表し、イルリメこと鴨田潤とXTAL(クリスタル)のデュオとして再始動した(((さらうんど)))。2022年8月には、アルバムとしては7年ぶりとなる『After Hours』を発表した。

2012年から2016年にかけて発表された3枚のアルバムは、ヒップホップやハウスといったフィールドで活動していたアーティスト達が日本語によるポップスという新しい領域に挑んだチャレンジの軌跡であると同時に、鮮やかなサウンドと言葉に彩られたまぎれもないポップスの名盤としても記憶されているはずだ。それゆえに、直球のハウスサウンドを繰り出した「Soap Opera」や、全編英語詞に貫かれた『After Hours』は、新鮮な驚きとともに迎えられた。

どちらの作品も、かつての(((さらうんど)))のイメージにとらわれることなく、しかし「過去を振り切ろう」といった気負いは全くない――2人の近年の活動を思い返せば、むしろ必然の帰結とさえ思える、そんな自然なたたずまいが印象的だ。いかにして(((さらうんど)))は改めて動きだしたのか。『After Hours』はどのように作られたのか。メンバーのXTALに話を聞いた。その言葉から浮かび上がってきたのは、いわば原点回帰を果たし、作ることのよろこびを味わう今の(((さらうんど)))の姿だった。

6年半のブランクを経て、「振り出しに戻った」再始動

——まず、『After Hours』の前に、昨年リリースの「Soap Opera」についてお聞きしたいです。この作品で(((さらうんど)))がデュオとして6年半ぶりに復活しました。

XTAL:何回か再始動の動きはあったんです。具体的に言うと、2018年か2019年くらいに。ただ、当時は再始動まで至らなかった。その頃、鴨田さんは自分のレーベルをやったり、ソロとしてダンストラックをリリースしていた一方で、自分はダンスミュージック的なものは全然作っていなくて。自分が作っていたデモを鴨田さんに送っても、「ちょっとやりたいことと違うかな」みたいに、バイブスが全然合わなかったんです。

その後、鴨田さんからの提案で、鴨田さんのレーベルからXTALのソロを出すことになりました。それが2020年のシングル「A Leap」です。鴨田さんが作詞で、(((さらうんど)))でコーラスを担当していたAchicoさんをヴォーカリストに招いて、曲は僕が担当して。今思うと、それが準備運動的なリリースだったんですよね。そこからだんだん自分と鴨田さんのやりたい方向性が合ってきて、改めて鴨田さんから(((さらうんど)))をやろうよって話があって。そこでできたのが「Soap Opera」です。

——サウンドもスタイルもがらっと変わっていますし、6年ぶりに活動するにあたって、(((さらうんど)))としてのアイデンティティについて改めて模索されたんじゃないかと思います。いかがでしょうか。

XTAL:いろいろ試行錯誤がありました。結局、僕と鴨田さんがそれぞれ(((さらうんど)))の3枚目の後にやってたことに共通する面っていうのを探した時に、あのスタイルになったんです。今は完全に自分と鴨田さんだけで最初から最後まですべて作っているので、ゲストプレイヤーを招いたり、ミックスやマスタリングを別の人に頼んでいた以前とはまず制作体制が違う。それに、「Soap Opera」を作る頃に、Kenya(Koarata)くんが抜けたんです。長い時間経っているので、各々の活動のサイクルが合わなくて。新しいメンバーを入れる案もあったんですが、その案もなくなって2人だけになりました。

鴨田さんは「振り出しに戻ったな」って言ってましたね。(((さらうんど)))を結成する時、鴨田さんがTwitterでメンバーを募集したんです。「ポップスをやろうと思うんですけど、やりたい人連絡ください」って。それに一番初めに応募したのが僕で。そこに戻った感じでした。

「短さ」が生み出す新鮮さと作るよろこび

——「Soap Opera」から1年ほどで、『After Hours』がリリースされます。制作はいつごろ始まったんでしょう。

XTAL:今の(((さらうんど)))のアーティスト写真を撮影したその帰り道、「アルバム作るとしたら、短い曲の集まりだよね」って僕が言ったら、鴨田さんも完全同意って感じで。そこから制作が始まりました。

——アルバムの構想は、何よりもまず曲の尺だったんですね。

XTAL:「Soap Opera」も短い曲だったので。自分が「Soap Opera」を作りだした時は5分くらいの尺だったと思うんですけど、それを鴨田さんに渡して、戻ってくる時にはもう短くなっていた。「ああ、鴨田さん短いのやりたいんだな。面白いな」と思っていたので、そのままアルバムを作るのは結構面白そうだと思って提案したんです。

撮影のあと、鴨田さんを送ってから自宅に向かう車中で思い浮かんだのが、Guided By Voicesの『Alien Lanes』でした。あのアルバムのテンションとかアティチュードで、でも、曲はハウスっていうのをやったら面白そうだなと。帰ってすぐ、このアルバムの1曲目になった「After Life」のデモを30分ぐらいで作って、鴨田さんにメールで送ったんです。そしたら、「この曲は(((さらうんど)))の新しい方向性として本当にめちゃくちゃいいし、XTALがアルバムやろうって言った意味がわかった」と返事がきて。鴨田さん的にもかなり好感触を得たみたいで、1番好きな曲って言ってますね。それがアルバムの始まりです。

——短くすることでどんな効果が生まれるか、見通しはあったんでしょうか。

XTAL:ハウスミュージックって、基本的にダンスフロアの音楽だと思うんです。DJがかけて、踊る人がいて、 クラブの音響があって完成する。それをアルバムという形式にする時にみんな苦労しているというか。そこはわりとラジカルなトライが必要だと感じてたんです。そこで「短くする」っていうのは面白いなと思って。

——実際に短い尺で作ってみていかがでしたか。

XTAL:自分が作ったのはループなんですよ。曲として成立する最小限の骨組みだけ、イントロがあってビートが入ってきて、なんとなく終わる、ぐらいのデモを鴨田さんに投げて。それを鴨田さんが歌に合わせたエディットをして、曲の展開ができていきました。面白かったです。

普通ダンストラックを作る時って、構成を考えるんですよ。「ここでハイハットが入ってきて……」とか。それやってる時って、たいして楽しくない(笑)。でも今回はそれが一切なかった。「うわ、このループかっこいい」みたいな、部屋で1人で踊ってるだけのその段階まででいい。なので、バンバン曲が作れました。

送ったデモが鴨田さんから返ってくるたび、毎回めちゃくちゃ面白かった。全く構成を予期せずに、「もうどうにでもしてください」っていう感じで出してるので、「あ、こんな歌が乗るんだ」とか、「ここで終わるんだ」とか、「ここをこんなに抜いちゃうんだ」とか。

英語という別人格で出会い直す

——今回のアルバムでは鴨田さんの英語詞も耳を惹きます。全編英語詞という方向は、どの段階ぐらいから固まっていたんですか。

XTAL:「After Life」を最初に作った時から、今と全く同じ「Take me higher」っていう歌がついて戻ってきていました。それ以降も全部英語詞で。初めて聞いた時はびっくりしましたけど、すごくいいなと思って。例えば、「Drive Me Crazy」は、自分が曲から感じるフィーリングともうこれ以上ないぐらいピッタリだったんですよね。日本語だと、やっぱり鴨田さんの今までの活動やキャラクターだったり、また本人のことも知ってるので、言葉の意味以外の意味もいっぱい感じてしまう。英語だとちょっと別人格のような感じもして、意味だけがダイレクトに伝わってくる。

鴨田さんは日本語の詞を書く人として類いまれなるセンスと語彙力がある人だと思います。でも今回はそれをしなかった。やっぱり音楽に合わせた部分はあると思いますね。ハウストラックで、しかも短い曲に、今までの鴨田さんの日本語の詞を乗せるのは難しい。英語で短い言葉の方が合ったのかなと思います。本人に聞いてないのでわからないですけど。メールでのやり取りも英語でしたし、言葉よりも、お互い作っている曲を通してコミュニケーションしていたので。

——メールの件はツイートもされていましたね。かなり驚きましたが、英語でやり取りするというのは鴨田さんからの提案ですか。

XTAL:会った時に、鴨田さんから「メール、英語でやらへん」って急に言われて。僕も「うん、いいよ」って答えて、始まったんです。

——日本語で話そうと思えば話せる人と、あえて英語で制作のやり取りをするって、どういう経験なのかすごく素朴に興味があるんです。いかがでしたか。

XTAL:まず、褒めやすいですね。良かった時に、普段の関係性と日本語の中だと照れが出てしまう。逆に言われてる方も行間を読むというか、褒められてること以外のこともちょっと想像したりするかもしれないですけど、なぜか英語だと褒めやすく、受け取りやすい。日本語を話す人格としてのお互いの認識が1回取り払われるんですね。そういう意味でむしろスムーズでした。

ポップスというピークタイムから、「アフターアワーズ」へ

——今回のアルバムは、サウンド面も含め、ここ数年の2人の作品とシンクロする部分が多いと思います。XTALさんは、ご自身のソロでの活動と『After Hours』で地続きだと思えるところはありますか。

XTAL:(((さらうんど)))の前の3枚のアルバムには、ポップスというテーマ、つまり「広く人に聞かれたい」という目標があった。でも、今回のアルバムも、自分のソロアルバムの『Abuleru』も、そこからわりと引いた立場になってるんです。広く聞かれたくないわけではないんですけど、そこにフォーカスしてない。ポップスというレールから外れている。

鴨田さんが『After Hours』というタイトルをつけたのも、そういうことなのかなと。たくさんの人が遊びに来るピークタイムを過ぎて、アフターアワーズになっている。僕はアフターアワーズが好きなんです。DJに行く時も、遊びに行く時も、みんな帰っちゃうんだけど、そこから面白いことが起きるぞと信じて、しつこく朝までいる人間で。自分のソロからこのアルバムまで一貫しているのは、そこだと思います。

——逆に、(((さらうんど)))として、鴨田さんと一緒にやることで、こういう部分が引き出されたというのは。

XTAL:ほとんどすべてです。(((さらうんど)))は常に鴨田さんからの提案があって、僕はそれに全乗りするっていうスタイルなんですよ。鴨田さんにはアーティストとして信頼があるので、この人の提案に乗れば面白いことが起きるっていう。それもうまくいったり、いかなかったりするんですけど。曲を短くするとか、ハウスビートでやるとか、こういう音質にするとか、英語詞でいくとか。全部(((さらうんど)))だからやったことです。

エクステンデッド・バージョン

——『After Hours』のリリースからわずか2日後には『After Life (Extended Version)』がリリースされています。

XTAL:『After Hours』が完成したのが今年の1~2月で、3月ぐらいにはこのエクステンデッド・バージョンも完成していました。曲のアレンジの仕方としては、さっき話したように、もともとが曲として成り立つ最小パーツぐらいのものなんで、肉付けはいくらでもできたんです。 シンセを足すならこういう音色だな、ダンストラックとしてもっといいリズムはこうだな、みたいに、自然とすらすらできました。

——シンガーや作詞家としての顔を見せる本編とは対照的に、エクステンデッド・バージョンはハウスミュージックのプロデューサーとしてのJun Kamodaが強く出ていると思います。プロデューサーとしての鴨田さんについて、この制作で感じたことはありますか。

XTAL:やっぱり、ミックスバランスや最終的なマスタリングでの歪ませ方、その辺が抜きんでてます。その楽曲の内容とかスタイルというよりも、どんな音に仕上げるか。「The Moment」のエクステンデッド・バージョンをマスタリング前に聞いて、それもすごく良かったんですが、マスタリング後はすごい低音が歪んでいてすごくかっこよかった。綺麗に整えて聞かせる方向じゃなくて、歪ませたり、ワイルドなかっこよさを作るのが、ここ最近の鴨田さんの活動の中で特にいいなと思ってる部分ですね。日本のハウスミュージックではそんなにいないんじゃないかなと思います。

「How」の方はディスコ・ブギー的な曲で、Jun Kamodaの曲としてもありえそうなんですが、「The Moment」のほうはあまり鴨田さんがやらなさそうな曲調で。(((さらうんど)))だからこそできた曲になっていると思います。自分は(エクステンデッド・バージョンの)「The Moment」が一番好きなんです。(((さらうんど)))の到達点かな、と。一番初めに作った「夜のライン」から10年弱経つとここに来るのか、って感慨があります。こんなにかっこいい曲までたどり着くんだっていう。

「新しいことをやるのは楽しい」、それが(((さらうんど)))

——2011年に(((さらうんど)))が始まった時とは、10年が経ってお二人の状況も社会の状況も、音楽をめぐる状況もすっかり変わりましたよね。そうした変化について、いまどう捉えていますか。

XTAL:(((さらうんど)))は、ポップとして開かれたもの、不特定多数の人に届くようなものを作ることが出発点だった。それが10年経って、以前とは違う、さっきの話でいう「アフターアワーズ」的な立ち位置にきた。それによって、自由の感覚が得られているんです。今のほうが音楽を作ることが楽しいし、自分がいいと思えるものも作れている。すごく楽しい変化ですね。

——ただ、以前のように「ポップスに取り組む」こともある種必然性のあるステップで、それが『After Hours』につながっている部分もあるんじゃないかとも思います。その頃の(((さらうんど)))のことを、いまどう振り返りますか。

XTAL:もともと、「ポップスをやる」という(((さらうんど)))の最初のテーマは、僕にとっても鴨田さんにとってもすごくフレッシュなものだったんです。当時鴨田さんはイルリメとしてラッパーの活動をメインにしていて、自分はダンス・ミュージックを基本としたTraks Boysというユニットを(元メンバーのKenya Koarataと)やっていた。その2組にとって、ポップスをやるっていうのは、新しい試みだった。

その経験から得られたのは、「新しいことをやるのは楽しい」ということ。『After Hours』も同じです。自分達にとっても、聴く人にとってもフレッシュなことをやる。それが(((さらうんど)))のテーマなのかなって思います。だから、「ポップスをやった」ことよりも、「新しいことをやった」というその感触が重要だった。

最初(((さらうんど)))をいいって言ってくれた人は、きっとそういうところに反応したんじゃないかと思ってるんです。だから、同じことの再生産ではなく、新しいフレッシュなことをやっていきたい。第2章スタートって感じですね(笑)。

——(((さらうんど)))として、今後の展望はありますか。

XTAL:エクステンデッド・バージョンの2をいま制作中です。また4曲入りなんですが、お互いに被ってる曲があるので、1と合わせて全部で7曲分のバージョンがリリースされます。今後についてはわからないです。何か新しいトライをして、予想もつかなかった方向に行くこともあり得る。むしろ、どんな思いつかない方向に行くのかが楽しみです。いまプロデューサーとして自分はこんなデモを作りたい、みたいな具体的な考えはあるんですけど、それを鴨田さんに投げたらどんな変化が起きるのか。それに期待してますね。

(((さらうんど)))
鴨田潤(イルリメ)、Traks BoysのXTALとKenya Koarataによるポップスバンドとして活動を開始。2010年夏にシングル『サマータイマー』をフリーダウンロード配信し注目を集め、2012年に1stアルバム『(((さらうんど)))』を発表。シーン、ジャンルを超えて多くの好評を得る。2013年7月に2ndアルバム『New Age』、2015年に3rdアルバム『See you, Blue』をリリース。2021年に6年ぶりとなるシングル『Soap Opera』を鴨田潤自身のレーベルJUN RECORDSより発表し活動を再開(Kenya Koarataは脱退)。
Twitter:@sssurrounddd
Twitter:@XTAL_JP

(((さらうんど)))『After Hours』

■(((さらうんど)))『After Hours』
1. After Life
2. Magical Blink
3. Drive Me Crazy
4. A Wish
5. Tell Me
6. How
7. Can You Feel Me
8. Lost And Found
9. The Moment
Produced and Mixed by (((Sssurrounddd)))
Mastered by Jun Kamoda
Artwork and Lyrics by Jun Kamoda
https://kakubarhythm.com/discography/post/10157

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ダフト・パンクはいかに音楽業界に影響を与えたのか 2つの視点から読み解く  https://tokion.jp/2021/04/07/how-daft-punk-has-impacted/ Wed, 07 Apr 2021 01:00:28 +0000 https://tokion.jp/?p=27838 突如解散したダフト・パンク。28年に及ぶ活動が、音楽業界に与えた影響を音楽批評家のimdkmが解説する。

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2月22日、突如解散したダフト・パンク。YouTubeに「Epilogue」がアップされるやいいなやSNSでは解散を惜しむ声が相次ぎ、普段音楽に対して言及していない人からも多くの投稿があった。ダフト・パンクは、1993年にギ=マニュエル・ド・オメン=クリストとトーマ・バンガルテルによって結成された。日本では、2000年、松本零士が手がけた「One More Time」などの一連のMVでも広く知られるところとなり、2001年の2ndアルバム『Discovery』の大ヒットによりミュージシャンとして確固たる地位を築いた。加えて彼らの象徴でもあるヘルメット姿は、ある意味でファッションとしても先進的に捉えられたことも、音楽面だけにとどまらない人気につながっている。今回、彼らの28年に及ぶ活動がいかに音楽業界で影響を与えてきたのか。音楽批評家のimdkm(イミヂクモ)に読み解いてもらった。

突然の解散による衝撃

2021年2月22日、ダフト・パンクが突如解散を表明した。YouTubeにアップロードされた「Epilogue」なるビデオで、唐突に、しかもあっけなく。「Epilogue」は2006年の映画『DAFT PUNK’s ELECTROMA(邦題:ダフト・パンク エレクトロマ)』のワンシーンを再編集した動画だ。荒野を歩き続ける2人組のロボットがふと立ち止まると、いくらかの逡巡を思わせる間を経て、片方がもう一方に自爆スイッチを押してもらい、爆散する。残されたもう一方はさらに荒野を歩き続けることになる。映画ではこのあと残されたロボットもまた印象的な末路をたどっていくのだが、「Epilogue」ではあえて爆散のシーンをクライマックスにおいたことで、奇妙に爽やかな印象が残る。まるで『気狂いピエロ』のラストみたいな。「え、ほんとに解散なの?」という困惑を呼んだ理由は、その唐突さだけではなく、「Epilogue」に漂う、笑いそうになるような不条理さだったように思う。

という具合に、解散の報せで世界に激震を与えたダフト・パンク。1993年の結成以来、ダンスミュージックのフィールドのみならず、世界的なポップミュージックの動向にも影響を与えるデュオとして活躍を続けてきた。華々しいキャリアは、2014年のグラミー賞での5冠達成や同授賞式でのレジェンダリーなパフォーマンス(ナイル・ロジャースやスティーヴィー・ワンダーをはじめとした大ベテランとの共演!)で1つの頂点に達したと言えよう。もちろん、ザ・ウィークエンドとのコラボレーションなどを通じて、その後も寡作ながら2010年代を通じて存在感を放ち続けたことは言うまでもない。それだけに、このまま数年に一度ふっと姿をあらわしてはインパクトを与えていくものかと思っていた。

ロックとクラブカルチャーの架け橋的存在に

この2人組といえばやはり、「ディスコ」の印象が強いかもしれない。しかし、ダフト・パンクは1作ごとにめまぐるしく変化する時代のトレンドと密接に関わってサウンドを変化させてきたし、それ以上に常に徹底的にエクレクティックであり続けた。「Get Lucky」のインパクトに隠れている面もあるが、あの『Random Access Memories』(2013年)だって、実際に収められているのはディスコ、エレクトロポップ、西海岸風のジャム、プログレ……など多岐にわたる。まさにさまざまな記憶にアクセスするかのようなエクレクティックさのあるアルバムだ。なんというか、音楽おたくの走馬灯みたいな趣がある。

いまとなってはわざわざ語られないポイントかもしれないが、こうしたアティチュードは、ロックとダンスを架橋しようとする人々にとって大きなインスピレーション源となっていた。まず、その点について少し掘り下げたい。

ジェームズ・マーフィー率いるLCD サウンドシステムによる2002年のヒット、「Losing My Edge」にはこんなくだりが登場する。「I was the first guy playing Daft Punk to the rock kids / I played it at CBGB’s / Everybody thought I was crazy(おれがダフト・パンクをロック・キッズに向けてプレイした最初の男だ/CBGB’sでかけたんだ/みんなおれがいかれたものだと思ってた)」。クラブカルチャーとロックを架橋するキーパーソンとして台頭し活躍してきたマーフィーが、ここぞというとき象徴的に言及するのがダフト・パンクであった、という点は見過ごしてはいけないポイントだ。さらにLCDには「Daft Punk is Playing at My House」という曲まである。

2manydjsとしての活動でも知られるソウルワックスは、ダフト・パンクのユニークなカヴァーを残している。2005年の『Nite Versions』に収録された「Teachers」だ。オリジナルは『Homework』(1997年)に収録されていて、ダフト・パンクが自分達に「教え」を授けてくれた先人達の名前を列挙する歌詞になっている。ソウルワックスはそのアイデアと基本的なフィーリングを踏襲しつつ、ほとんどロック一色に染まったそのラインアップはやや異様でもある。ラインアップの中には、当然出てきそうな1組――というのはつまりダフト・パンクなのだが――が欠けている。しかし、このラインナップが「Teachers」のカヴァーというかたちで表明されていることこそがもっとも重要なのだ。

そもそも「パンク」を名前に掲げているようなユニットだ(前身バンドを酷評する文言をそのままいただいた、そんな命名の経緯もよく知られたエピソードだが)。実際作品に耳を傾けてみれば、ロックの要素がそこかしこに含まれていることはよくわかる。曲名にロックを冠した「Rock’n Roll」(『Homework』収録)や「Robot Rock」(『Human After All』2005年収録)もさることながら、「Da Funk」(『Homework』収録)のリフや303にかかったノイジーな歪みはテクノやハウスの枠組みからあふれでそうな衝動があふれている。

あのフィルターディスコチューン「One More Time」で幕を開ける『Discovery』だって、「Aerodynamic」でのタッピングによるハードロックか何かかと思うばかりのギターソロや、「Superheroes」の疾走するエイトビートとアルペジオにはロック色が強く出ている。「Digital Love」のキーボードソロの響きはまるでギターヒーローのそれのようでもある。個人的な話をすると、『Discovery』を初めて聴いた当時はまるでロックに興味がなかったので、こうしたロック成分には正直当惑したものだった。なにしろ、全部「One More Time」みたいな感じなんだと思っていたのだ。

ともあれ、「Losing My Edge」にしろ、「Teachers」のカヴァーにしろ、同時代まで続くロック史とクラブカルチャーの精神が交差する地点に、ダフト・パンクは召喚されている。そこには作品に内在的な必然もあったし、なによりもダフト・パンク自身のアティチュードがそれにふさわしかった。

巧みなカットアップからたどるダフト・パンク流「フレンチタッチ」

もう1つ、ダフト・パンクを語る上で欠かすことができないものがあるので、その話もしたい。巧みなカットアップである。

ディスコミュージックからサンプリングしたループに、フィルターで巧みに展開をつけていく。そうしたフィルターハウスの基本的な技法は、ダフト・パンクをはじめとする1990年代~2000年代にフランスのプロデューサー達の躍進によって「フレンチタッチ」として一種ブランド化していくことになる。ダフト・パンクがそこに果たした役割は大きく、特に『Homework』と『Discovery』はまさにその権化というべき作品だ。そんなフレンチ・タッチにおいては、展開をつけるためにサンプルを刻んでリピートさせるなんてことは常套手段ではあったのだけれども、ダフト・パンクの凝り方はちょっと群を抜いている。もはや、切り刻むことの快楽こそが前景化している楽曲も少なくない。

例えば、ダフト・パンクの解散発表と前後してSNSを中心に話題になったとある動画では、「One More Time」のサンプリング元と比較して、あの印象的なループがいかにこみいったカットアップで構築されているかが視覚的に示されている。しかしこれもまだ序の口で、『Discovery』では「High Life」や「Face to Face」、「Too Long」、「Crescendolls」などで印象的なカットアップが聴かれる。「Harder, Better, Faster, Stronger」のサンプルとロボット・ヴォイスのかけあいもカットアップのスリルに満ちている。

これにはもしかしたら、DJプレミアがチョップ&フリップを開発したように元ネタをわかりづらくする意図があったのかもしれない。しかし、サイドチェインをかけて音を弾ませたり、フィルターをかけて音を変化させたりするのと同じようなプリミティヴな楽しみに没頭しているようにも感じられる。ほかにも、『Homework』収録の「High Fidelity」も、マイクロサンプリングに片足をつっこんでいるような手触りのカットアップに貫かれていて面白い。まるでAkufenだ。

それだけに『Human After All』のいささかなげやりにすら思えるシンプルな構成(ほとんどワンループの曲ばかり)には肩透かしを食らったものだが、『Alive 2007』に収録されたライヴパフォーマンスで素材としてがんがん切り刻まれるごとに輝き出していくのは抜群におもしろかった。

また、『Human After All』のリミキシーズはカットアップの観点からおもしろいポイントがある。このリミキシーズにはそれこそ当時活躍していた錚々たる面々が参加しているのだけれども、なかでもフレンチ・エレクトロの旗手というべきパラ・ワン(「Prime Time of Your Life – Para One Remix」)とジャスティス(「Human After All – Guy Man After All Justice Remix」)の仕事はすごい。これでもかというくらい刻みまくっている。ダフト・パンクが刻まないなら自分たちが刻んでやるとでも言うかのように。カットアップの作法自体はダフト・パンクとパラ・ワンとジャスティスでは少しずつ異なっているとはいえ、ダフト・パンクのサウンドに埋め込まれていた要素との共振が、ダフト・パンク以降のフランスのプロデューサー達に見られることは興味深い。

フレンチ・タッチ~フレンチ・エレクトロに流れるカットアップの系譜は、思わぬ契機からなぜか日本にも影響を与えてもいる。浜崎あゆみが2008年にリリースしたリミキシーズ『ayu-mi-x 6 -GOLD-』に収録された「Greatful days(Para One Remix)」。原曲をこれでもかと刻み倒した迫力のあるリミックスなのだけれど、それにインスピレーションを受けた関西のある若者が、dj newtownを名乗ってさまざまなポップミュージックを切り刻みだした。活動期間はそう長くなくしばらく沈黙を守っていたが、2019年にはtofubeatsの楽曲を切り刻んだ『WEST MEMBERS』を発表し、方法としてのカットアップに対するこだわりを改めて提示したのだった。

もちろんほかにも2000年代末のアメリカのヒップホップシーンでダフト・パンクがサンプリングされたり(バスタ・ライムス「Touch It」やカニエ・ウェスト「Stronger」を参照)、オートチューンによる歌唱が与えたインパクト(これは1998年、シェールの「Believe」が先駆けだが)であったり、ダフト・パンクがジャンルを飛び越え、あるいは特徴的な技巧をもって与えた影響ははかりしれない。ダフト・パンクの2000年代のライブセットは、2010年代に巨大化・スペクタクル化していったEDMフェスの舞台装置の原点と指摘されることもある。2人組の功績はあまりにも大きい。

しかし、改めて強調するならば、そうした功績の根源は、ダフト・パンク自身が常にエクレクティックであり続けてきたことにある。まだ掘り起こされるべき解釈の鉱脈が眠っているはずだ。

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