ceroがニュー・アルバム『e o』で試みた新たな制作方法——宅録・議論・香水のような歌詞

ceroの新しいフェーズを感じさせるニュー・アルバム、『e o』。リズムやグルーヴの世界を探求した『Obscure Ride』(2015年)や『POLY LIFE MULTI SOUL』(2018年。以下『PLMS』)から一転して、アンビエントやポスト・クラシカル的な響きを湛えた、静謐(せいひつ)でありながら緊張感に満ちたアルバムだ。

メンバー3人のソロ活動やシングルリリースもあったし、ライヴをコンスタントに行ってきたこともあって、5年のブランクがあっても決して停滞は感じさせなかった。しかし、『e o』に耳を傾けると、5年の間に、このバンドがリスナーの予想以上に遠くまで歩みを進めていたことに驚かされる。思わず、その時間の厚みに、改めて思いを馳せてしまうほどに。

サポートメンバーを含めたバンドが奏でるフィジカルな快楽から一転、折り重なるサウンドのレイヤーが時間の持続そのものを提示するかのような本作。作業のスタイルそのものから練り直し、「ceroらしさ」に原点回帰しながらも新たに定義しなおしたその制作の過程について、メンバーの高城晶平・荒内佑に話を聞いた。

cero
2004年結成。メンバーは高城晶平(vocal / guitar / flute)、荒内佑(keyboard / sampler)、橋本翼(guitar / cho)の3人。3人それぞれが作曲、アレンジ、プロデュースを 手がけ、サポートメンバーを加えた編成でのライブ、楽曲制作においてコンダクトを執っている。 今後のリリース、ライブが常に注目される音楽的快楽とストーリーテリングの巧みさを併せ持った東京のバンドである。2023年5月に5枚目となるアルバム『e o』をリリースした。
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「宅録」への回帰

——前作から5年、みなさんのソロアルバムのリリースをはさみつつも、ceroのアルバムのリリースとしては間隔が空きました。高城さんはリリースコメントで、これまではコンセプトを最初に作ってそこに向かって進めていたのが、今回はそうではなかった。それで時間もかかった……とおっしゃっていましたね。アルバムの全体像が見えてきたのはいつ頃だったんでしょう。

高城晶平(以下、高城):「Fuha」(2022年6月)を出してから、ようやくアルバムを意識しての制作に切り替わりました。シングル1つひとつはアルバムを想定して制作したわけではなく、1曲入魂という形でやっていました。でも、シングルの4曲を改めて並べて聴いたら、それぞれ別個のプロジェクトだったものに共通点を感じたんです。その共通する構造や、「静けさ」みたいな印象を延長するような形で、アルバム制作にだんだんシフトしていきました。

今回のアルバムの特徴は「3人でデモから作り上げていった」ことなんですが、それは「Nemesis」(2021年8月)からですね。最初は、橋本くんがもともと住んでいた吉祥寺のマンションを拠点として、毎週この日に集まろうと決めて、鼻歌程度でもイメージがあったら、すぐにそれを共有して、思いついた順にどんどん録音していって、取捨選択していきました。後半からは、カクバリズムの事務所の一室がその作業場になりました。

——荒内さんはそういった変化をどう感じられましたか。

荒内佑(以下、荒内): すごく自然な流れだったと思います。もともとceroは、3人ともバンドマン以上に宅録出身なところがあって。ある意味『Obscure Ride』と『PLMS』は3人の出自とは全く逆の「生演奏の面白さ」を模索していた時期で。そこから宅録的なスタイルに戻ってやりやすかったですし、みんなの良さが出しやすいんじゃないかと思いました。

——高城さんはコメントで、「すごく議論をした」ともおっしゃってますよね。

高城 :議論と言うとちょっと大げさなんですけど。本当にまったくゼロの、更地の状態から作っていく場合は、まず、ただ話す。最近聴いていた曲から、全然関係ない話まで。そこからちょっとしたミーティングになって、だんだん手が動いてきて、いつの間にか制作と呼べるような作業に移ってる。そのすべてをひっくるめて、「議論」って言ってます。本当に、そこに一番時間をかけたんじゃないかなと思います。

身体という制限から解き放たれて得られた自由

——今回のアルバムには、時間の流れをすごく感じました。多彩で豊かなグルーヴを打ち出していた前2作から打って変わって、アンビエント的な聴かせ方をするところがすごく多い。何かこうした変化に至る転換点があったんでしょうか。

高城:肉体的にスタジオで作っていると逃れるのが難しい枠組みがあると思うんです。ポップスで特に疑われることもない大前提、例えば普通にハイハットがずっと鳴っていて、キックとスネアがあって、ベースがあって、そうした土台に上モノがのって……っていう。特に、なんだかんだ言っても、我々にはバンドマンという出自があるので。

今回は家っていう本当にパーソナルな小さいところで、話し合いながら、デスクトップ上で作っていくことで、いろんなテーゼから解き放たれて音楽を作ることができた。ハイハットやドラムで作るグリッドではないところに、粒のようにリズムを置いていって、細かい刻みやより広い刻みを浮き上がらせていくように作れたんです。特定の「中心」を迂回しながら色彩をつけていくことで、今回のアルバムに通底する「静けさ」が生まれたんじゃないかなと思います。

——そういった変化について、荒内さんはいかがですか。

荒内:自分のソロ(※2021年8月にリリースした『Śisei』)が大きかったと思います。管弦とビートの組み合わせって、サンプル素材をビートの上にのせただけみたいになっていくんですよ。そうじゃなくて、ドラムというよりもパーカッションのように扱って、並列な関係性にしないといけない。そのために、ハイハットを全然入れないとか、フレーズを断片化させるとか。あるいは、そもそもドラムを入れない、ベースを入れないとか。ソロでしていたそういう作り方が、ceroにもフィードバックされました。

——今のお二人のお話を伺っていて、シングルの「Nemesis」が出た時のことを思い出しました。あの曲って要所要所にしかドラム入っていないのに、ずっとリズムに緊迫感がある。「ceroが次の面白いところに行くのかも」って、最初に思ったのはやっぱり「Nemesis」だったんです。

高城:「Nemesis」は僕等としても、試しにやってみた制作スタイルでいきなり大きな成果を出せたみたいなところがあって。制作スタイルでこんなに変わるんだみたいな驚きもあって。これは確かにそれぞれ1人でやってきたんじゃできないよなっていうものができたんで、結構勢いづきましたね。

テクスチャによって世界を組み立てる

——今回はアコースティック・ピアノの音色もすごく印象的で。荒内さんがピアノを弾かれている曲も多いですが、そういった楽器の選び方、あるいは使い方の背景もお聞きしたいです。

荒内:ピアノそのものというよりは、アコースティックな質感のピアノと電子音の組み合わせが面白かったんです。そこで生まれるテクスチャの在り方っていうのが、自分としては面白いなと。

——テクスチャというと、ビットクラッシュしたザラついた音をはじめ、音の加工もすごく多いし、効果的に使われていますね。

荒内:そういった音とローズみたいなエレクトリックピアノの組み合わせよりかは、アコースティック・ピアノの方が音色的にも、極端なバランス感に聞こえやすいので。誰でもやっている「アコースティックとエレクトロの組み合わせ」ですけど、それが改めて新鮮に聞こえる配分というのがあるんです。アコースティック・ピアノが自分で扱える範囲で1番生々しい楽器なので、その組み合わせが結果的に多くなったのかなと思います。

——例えば「Evening News」はピアノと高城さんのボーカルが軸になっていますが、高城さんの声の選び方にも、そうした質感とリンクしているところがあるように思います。

高城:質感も大きいんですけど、今回は宅録から始まっていることが自分のボーカルのテンションを決定していて。やっぱり、普通の家で録っているので、隣近所気にしながら歌う感じになるんです。バンドと一緒に「せーの」で歌うのとは全然違う。そして、シームレスにデモから完成まで行く流れができているから、そのテンションも保持される。それで、今回のアルバムの歌のトーンがかなり決まりました。

——お話を伺っていて、また作品を聴いていても、音の質感、テクスチャの組み合わせによって表現することに対する関心が高まった時期だったのかなと思うのですが、いかがですか?

荒内:ファーストの『WORLD RECORD』(2011年)からセカンドの『My Lost City』(2012年)までも、テクスチャという概念はまだなかったけれど、エフェクトをかけまくったり、トラックをとにかく足していったりはしていて。そういったDAWの操作は僕も橋本くんも好きだったんです。むしろその次の2作でそこから離れていたのが、戻ってきたのかなと思います。もうちょっと洗練された形で、いろんな音のデザインが意識的にできるようになったので、そこが変わったかな。

あとは、今は作曲とアレンジとミキシングに本当に境目がなくて。例えば、キックの音1つ取っても、ものすごくローカットを入れてカタカタしたパーカッションみたいな音にしたとしますよね。それはもう、ミキシングというよりほぼ作曲に近いんじゃないか。

高城:例えば、フランク・オーシャン(Frank Ocean)の『Blonde』(2016年)みたいに、鳴っているのはギターやピアノと声だけなのに、それこそEQや音のバランス感を取り扱う手付きでヒップホップやR&Bとしか言いようがない音像になるみたいなことが起き始めて。音の扱いの違いだけで、別にキックとスネアがなくても首が振れるような音楽が出てきた。そういったものを念頭に置いた結果でもあるのかなと思います。

自分達らしさに立ち返り、更新する

——制作の在り方も、サウンドのフォーカスも変化してきた中で、外から受けたインスピレーションはありますか。

荒内:むしろ、最初「Fdf」(2020年2月)のシングルを作る時に、僕は高城くんと橋本ちゃんに、「新しいものをわざわざ持ってくるんじゃなくて、今までのceroの引き出しで、新しくて、面白いものは作れるんじゃないか」っていう話を何回かしていました。

あと、去年の頭ぐらいにトム・ジョビンの楽譜を買って。今までなんとなく聞いてたけれども、改めてピアノで弾いてみると、この数年間、特に『PLMS』ぐらいの時に、なにか自分の超自我によって使えないコード進行があったんですけど、ジョビンによってそこは救われたっていうか。バラバラになっていた自分の和声感が再び統合されていった。それによってこれまで避けていた結構ベタなコード進行でも使えるようになったっていうのが、自分の中ではすごく大きいです。

高城:ジョビンの話はいま初めて聞いたんですけど、基本的にceroって、曲を作る上でちょっとアイロニーを発動させて、ポップスの約束事をちょっとずつ疑っていくことからスタートしてきたようなところがあって。そのせいで制限が出てきたことも往々にしてあったんです。年齢なのか、いろんなタイミングなのかわかんないですけど、それが解除されていっていますね。とはいえ、アイロニーがなくなったわけじゃなくて、何かオルタナティブなことがまだあるはずだっていう信念とユーモアとが良い具合に絡み合った1つの結果として、このアルバムがあるんじゃないかと思います。

物語を脱ぎ捨てた言葉を求めて

——アルバムに関する言葉についても伺いたいと思います。まず気になるのはタイトルです。セルフタイトルからちょっとひねって「c」と「r」が抜けている、思わず深読みしたくなるようなタイトルですね。

高城:今回、楽曲の詞の成り立ちからして、これまでの物語的な傾向が薄れてきて、リリックらしいリリックの方に自分の言葉の選び方が動いてきたんです。タイトルで筋道めいたものを与えちゃうと、このアルバムの面白さがずいぶん狭められてしまう。セルフタイトルはどうかっていう案がずっと出てたんですけど、そこからもう1段階進んで、3人でずっと続けてきた言葉遊びの感覚を取り入れれば、このアルバムを一番よく表現するものになるんじゃないかと思いました。

——確かにこれまでのアルバムタイトルは、アルバム全体の物語を示唆するようなものが多い。

高城:そっちをプッシュするようなところが多かったし、お客さんもそれをヒントとしてリスニングしていくところがあったと思います。逆に言うと、そういう風にしか聴かれないというか。でも、今回のアルバムに関しては、リニアな時間の流れ方をしてないようなところがあるので。

——そうした変化を感じさせつつも、歌詞のトーンは一貫していて。ちょっとディストピア的でSF的な感じがあり、夜とか闇を連想させるような言葉も多い。扱うモチーフや言葉の選び方はどのように考えていったのでしょうか。

高城:最初に「Nemesis」ができあがって、その歌詞がプラネタリーな規模と心の次元が結びついて織り合わさってるような内容だったので、それに引っ張られるように天文学的なモチーフがたくさん出てきます。ただ、そういう点がいくつか揃ってくると、星座みたいにどんどん物語に変わっていってしまうので、物語を撹拌(かくはん)するような、例えば「Fuha」みたいな歌詞を投じて、煙にまくというか。物語に寄与するために言葉を選んでいるのではなくて、方便であり、メタファー的なものであり、もっと言えば重要なのは意味とかじゃない。そういう意識で言葉を選んでいきました。

サウンドとシンクロする「香水のような歌詞」

——荒内さんは、今回の『e o』の歌の部分ができていくのを聞いて、あるいは見て、どういう風にお感じになってましたか。

荒内:高城くんはとにかく声を重ねたがるんです。声を重ねると、歌う人のニュアンスが歌から消えていって、テクスチュアルなものになっていく。そこと、言葉の抽象度が増してきたことに相関関係がある気がしてて。高城くんが歌詞の説明で、よく「香水のような」っていうんですけど、そういう言葉の在り方と今回のサウンドの在り方はやっぱり近いと思います。

高城:今言った香水っていうのは、僕の妻がコロナ禍に入って、化粧品をしょっちゅう買ってたんですけど。「オフィシーヌ・ユニヴェルセル・ビュリー」っていうブランドの香水のパンフレットを持って帰ってきて、その説明文が面白いって言うから読んでみたんですよ。そしたら、ほとんど詩の世界で。香りの説明を超えたすごいところに行っていて、でもそれを読むともう香ってくる。すごく感銘を受けて、香水の説明文みたいな、その楽曲が持つフレグランスみたいなものを捉えた言葉があれば、もうそれで十分だと思ったんです。それって、物語とはまたちょっと違う在り方で。言葉をそういう風に取り扱うことが面白いなと思って、そういうことを意識した制作でもありました。

——最後に、これからリリースツアーが始まりますよね。今作の曲がライヴでどう披露されるのか、未知数なことが多いなと期待を含めて感じていて。今、どんな展望がありますか。

高城:『Obscure Ride』や『PLMS』はライヴで演奏することで生まれる広がりを想定しながら作っていました。でも、今回は録音物に完成の軸が置かれてたから、その先っていうのがなかなか自分達にも見えてなくて。試行錯誤中なんですけど、楽曲が持ってる「静けさ」をライヴにまで持っていけたら。「中心」を開けたまんまにしておくことを、ライヴでも引き継いでいけたら1番いいなと。

荒内 :ライヴっていうのは制約がすごく多いし、何よりも目の前にお客さんがいる。今までceroもこの十何年間やってきて、こっちが新しいことを提案しようとしてもスベるってことがあるので。そこのいいバランスを見つけたいです。ただ迎合するわけでもなく、一方的に好きなことやるわけでもなく、いいところを見つけられたらと思います。

——今作はceroが辿ってきた流れをまたぐいっと変えるような作品なので、ライヴの表現にも期待を高めておきます!

Photography Masashi Ura

■cero『e o』 

■cero『e o』 
発売日: 2023年5月24日
配信 / 限定盤CD + Blu-ray (¥4,950)
レーベル: KAKUBARHYTHM

Track List
01. Epigraph エピグラフ
02. Nemesis ネメシス
03. Tableaux タブローズ
04. Hitode no umi 海星の海
05. Fuha フハ
06. Cupola(e o) キューポラ (イーオー)
07. Evening news イブニング・ニュース
08. Fdf (e o) エフ・ディー・エフ (イーオー)
09. Sleepra スリプラ
10. Solon ソロン
11. Angelus Novus アンゲルス・ノーヴス
https://kakubarhythm.lnk.to/cero_e_o

■cero『e o』Release Tour 2023
6月2日 仙台 Rensa
6月16日 広島 CLUB QUATTRO
6月18日 福岡DRUM LOGOS
6月30日 札幌 PENNY LANE24 
7月8日 名古屋DIAMOND HALL 
7月9日  大阪 GORILLA HALL 
7月12日 東京 Zepp Shinjuku
https://cero-web.jp/category/live/

author:

imdkm

ライター。ティーンエイジャーの頃からダンス・ミュージックに親しみ、自らビートメイクもたしなんできた経験をいかしつつ、ひろくポピュラー・ミュージックについて執筆する。単著に『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint、2019年)。 https://imdkm.com Twitter:@imdkmdotcom

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