Tohji Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/tohji/ Fri, 09 Apr 2021 09:45:06 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.4 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png Tohji Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/tohji/ 32 32 ECDやTohji、ZORNらの押韻アプローチから「シャネル」とヒップホップの接点を紐解く/連載「痙攣としてのストリートミュージック、そしてファッション」第7回 https://tokion.jp/2021/03/12/shockwaves-in-music-and-fashion-vol7/ Fri, 12 Mar 2021 06:00:40 +0000 https://tokion.jp/?p=23179 気鋭の文筆家・つやちゃんが「音楽とファッション」「モードトレンドとストリートカルチャー」の関係性を紐解く連載コラム。第7回は、「シャネル」とヒップホップの接点を国内アーティストの押韻アプローチにフォーカスしながら読み解いていく。

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音楽とファッション。そして、モードトレンドとストリートカルチャー。その2つの交錯点をかけあわせ考えることで、初めて見えてくる時代の相貌がある。本連載では、noteに発表した「2010年代論――トラップミュージック、モードトレンドetc.を手掛かりに」も話題となった気鋭の文筆家・つやちゃんが、日本のヒップホップを中心としたストリートミュージックを主な対象としながら、今ここに立ち現れるイメージを観察していく。

前回に引き続き、主役となるのは「シャネル」。そのクリエイションや“リアル”なスタンス、そしてECDやTohji 、ZORNらの押韻アプローチにフォーカスしながら、同ブランドとヒップホップとの接点を紐解いていく。

カール・ラガーフェルドによる「押韻」とヒップホップからの「引用」、そしてココ・シャネルの“リアルさ”

「シャネル」がストリートの音楽によってどのように扱われてきたか、前回まではリリックに登場するブランド名から放たれる意味内容を中心に読み解いてきたが、今回はラップによって発される音声としての側面から考えてみたい。

「シャネル」とは、ヒップホップだ――つい私がそう呟きたくなってしまうのは、例えば、メゾンが多用してきたレースについて語る際にカール・ラガーフェルドが披露した次のようなユーモアによるところがあるのかもしれない。

「1930年代、彼女はスーツよりもレース・ドレスのほうがずっと有名だった。レースと聞くと、わたしはシャネルを思い浮かべる。レースはフランス語でダンテル。ダンテル、シャネル……韻を踏んでる」

(カール・ラガーフェルド著、中野勉訳『カール・ラガーフェルドのことば』、河出書房新社、2020年)

2018年にはNicki Minajがその名も「Coco Chanel」(『QUEEN』収録)という曲を歌い、24kGoldnが「Coco feat. DaBaby」でユーモラスなMVとともに話題を呼んだのも記憶に新しい。あらゆるラッパーに引っ張りだこの「シャネル」だが、実はメゾン側からヒップホップへとアプローチがあった歴史も忘れてはならない。

24kGoldn – Coco ft. DaBaby (Directed by Cole Bennett)

カール・ラガーフェルドは、1991-1992年AWのコレクションにおいてそれまでのメゾンのイメージとは程遠かったヒップホップのファッション要素を大胆に引用し、ジャーナリストたちを驚かせた。もともと「シャネル」はその機能的でシンプルなスタイルをより一層引き立てるための役割としてアクセサリーを多用してきたが、1991-1992年AWにおけるゴールドのアクセサリーはそれまでとは一線を画した編集センスを反映していたのである。

CHANEL Fall 1991/1992 Paris – Fashion Channel

「ヴェルサーチェ」や「ジャン=ポール・ゴルチエ」などゴールドを効果的に使うブランドが目立っていた時代において、ミニマリズムをベースにした「シャネル」のスタイルに程よいスパイスを与えたのはゴールドが持つ高貴なまでの下品さ、聖なる俗っぽさである。PUBLIC ENEMYやDE LA SOULなどの活躍によってニューヨークを中心にヒップホップが注目を集め始めていた時代において、ストリートらしさのあるキャップ、下品さぎりぎりのレベルまでだらしなくかき集められたアクセサリーは、ブランド側からのヒップホップに向けてのラブコールだった(そしてその後「シャネル」とゴールドは2013年KOHHによって「十人十色」で「首からChanel/ヴィンテージのGold」と歌われることになる)。

KOHH, PETZ, Tokarev – 十人十色(prod by Y.G.S.P)

そもそも、ココ・シャネルこそが、ヒップホップが脈々と守ってきた“リアルさ”を信条に生きていた人物ではないだろうか。自分が身をもって体験した出来事をもとに、誇らしげに、自慢げに堂々と嘘偽りなく語る彼女のアティチュードは、「わたしは絶対に嘘をつかない。曖昧な生き方はしたくないから」(髙野てるみ『ココ・シャネル 凛として生きる言葉』、PHP文庫、2015年)という発言にも表れている。その芯のある生き方は映画や書籍などさまざまな形で物語として語られてきた通りで、衣服という作品にとどまらず彼女自身がアイコンとして20世紀ポップカルチャー史に刻まれたというのは、作品と人物が切り離し難い相関を生んでいる極めてヒップホップ的な緊張感に近いものを感じる。

ECDの名曲から新鋭ラッパー・YOSHIKI EZAKIやAYA a.k.a. PANDAらの楽曲に表れる「シャネル」の押韻

ただ、ラップミュージックのリリックにおいて、音声という側面では「シャネル」はなかなか苦戦を強いられてきたかもしれない。以前本連載で「ヴェルサーチェ」と「グッチ」の破擦音がどれだけ近年のラップに愛されているか・ラップを豊かにしているかという旨を論じたが、「シャネル」の場合、そのシンプルな発音は特徴に乏しく、音楽に色彩を与えるのは難易度の高い芸当だったのではないだろうか。よって、「シャネル」による押韻の試みは、予想に反してあまり多く姿を見せることはない。

少ない事例の中で、最も有名なラインはECDの名曲「ロンリーガール feat.K DUB SHINE」(1997年『BIG YOUTH』収録)だろう。「自らビジネスにするセックス/迷える子羊達エックス/ロレックスした男に指輪/買わせたはずがつながれる首輪/携帯かける/サンダルシャネル/つま先のネイルに塗るエナメル」という名リリックで「フェンディ」や「ヴェルサーチェ」と並んで描写された「シャネル」は、ここで「サンダル」との脚韻を試されている。また、最近の例では、LEXやOnly Uとの共演も話題になった新鋭ラッパーYOSHIKI EZAKIによる「King Size Bed」(2020年『sweet room』収録)も挙げておきたい。「1やれって言われたら10やる/年々上がってく俺らのValue/あの子にあげちゃうシャネル/ゴヤール」という、「ゴヤール」を使っての脚韻。さらに、AYA a.k.a. PANDA「Show Me Love」(2019年)での「シャネルのバッグ欲しいな/シャンパン一緒に飲みたいな」というフックのように、わずかながら頭韻の例も探すことができる。

YOSHIKI EZAKI – King Size Bed
AYA a.k.a. PANDA – Show Me Love

TohjiとBAD HOPらの「ココ」の押韻で香り立つ抜け感とポップネス

ラップに効果的な作用を生みにくい様子がうかがえる「シャネル」だが、一方で、連載no.6で論じた「ココ」の引用や、衣服だけにとどまらない香水までも含めたエピソードの構築という別のアプローチでの実験を観察することができる。例えば、stei x TYOSiN x Tohjiによる2019年の曲「lastnight」を見てみよう。Tohjiのヴァースで綴られる、「用がないから ここ去る/外資を稼ぐ/買うココシャネル」というリリック。「ココシャネル」と「ここ去る」で華麗な押韻を果たしたこの事例に顕著だが、無声軟口蓋破裂音(軟口蓋を使って勢いよく息を吐く無声音)である「ココ」は、ラップに独特の抜け感を与え、どこか愛らしいチャーミングな印象も生むことができる。ゆえに、有能なラッパーは、この点に着目した。

stei x TYOSiN x Tohji – lastnight

2021年、BAD HOPは「Chop Stick(Remix)」(『BAD HOP WORLD DELUXE』収録)において、「羽織るFENDIを/首にTiffany/付ける香水はCoco Chanel」とライムした。ここではやはり「香水」と「ココシャネル」で破裂音が重ねられており、彼らのチャーミングな一面を演出する本曲にぴったりのポップネスが香り立っている。

BAD HOP – Chopstick Remix feat. Vingo, Benjazzy, SANTAWORLDVIEW & ゆるふわギャング

「シャネルの5番」で押韻したZORNの驚嘆すべき技術

そして、2020年の傑作アルバム『新小岩』を経て、先日の武道館公演の成功によりシーンでのさらなるプロップスを獲得し続けているZORNが、2014年にリリースした「Party Night」(『サードチルドレン』収録)にも注目したい。「真夜中のクラブ/午前2時半/皆気になるいけてるlady/やべえぜセンスも洗練され/ゆきとどいたネイルの手入れ/浮かばないかける言葉/まるでモンローシャネルの5番」というヴァースで、ZORNは「かける言葉」と「シャネルの5番」での押韻を果たしている。「a-e-u-o-o-a」で見事に踏んでいる彼の技術には感嘆するしかないが、ここで「香水」ではなく具体的に「5番」という固有名詞が引用されることで、ただ音として押韻に奉仕するだけではない、クラブフロアで艶めかしく踊る午前2時半の女性の魅惑さが強調される。

周知の通り、N°5は装飾過多のデザインが主流だった1920年代において、常識破りのミニマルさを備えた角形の薬瓶を模したフォルムで、飾らないサンセリフ体のロゴとともに売り出された反時代的なプロダクトだった。圧倒的なシンプルさと、ミニマリズムの極致のような佇まい。グラフィックデザイナーの原研哉は、N°5のボトルについてこう述べている。「人々はこのエンプティなオブジェクトに累々とイメージを溜め込んできた。その圧倒的な貯蔵量。だからN°5には絶大なイメージの比重がある。これは多くの時間を生き抜いてきたデザイン独特の特徴である」(『high fashion』2008年2月号)と。

N°5に代表されるように、「シャネル」はシンプルで機能的な“スタイル”にこだわってきたからこそ、さまざまな組み合わせ、あらゆる要素を受容することでその“スタイル”を膨張し続けてきた。本連載で計3回に渡り論じてきた通り、ラップミュージックのリリックにおいても、「ココ」を添えることで“コカイン”の連想を可能にし、“香水”“N°5”との併用で聴く者の想像力を広げてきたのがこのブランドの魅力である。その懐の深さこそが「シャネル」のアイデンティティであり、新デザイナーとして試行錯誤を重ねているヴィルジニー・ヴィアールの「シャネル」も、そのラップミュージックへの表象も、今後我々は目をこらして見届けていく必要があるだろう。

ところで、「シャネル」が新デザイナーによる新たな挑戦へと進む最中、爆発的に人気を高めストリートミュージックにおける存在感を日に日に増しているブランドが存在する。奇しくもそれは「シャネル」の永遠のライバルであり、ココ・シャネルのモード復帰のきっかけにもなったメゾンだ。まさに今何度目かの最盛期を迎えているそのブランドについて、どのような形でストリートミュージックにイメージを刻まれているのか、興味深い実態を次回はレポートしたい。

Illustration AUTO MOAI

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TohjiとDETTO Kによる“ダル着”ブランド「ヴァニラニ」が期間限定リリース https://tokion.jp/2021/02/24/tohji-dettok-vanillani/ Wed, 24 Feb 2021 03:00:09 +0000 https://tokion.jp/?p=21309 ラッパーのTohjiとデザイナーのDETTO Kが、“ダル着”をコンセプトにした新ブランドをローンチ。

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イギリス生まれのロンドン育ちで、これまでにムラ・マサのライヴツアーに同行し、小袋成彬のアルバムに参加するなど、ヒップホップという枠組みに捉われない活動で全国のユースから支持を得ているラッパーのTohji。一方、スポーツにストリートカルチャーやモードを取り入れたデザインで、ファッションの垣根を越えたウエアを提案するデザイナーのDETTO K
ともにジャンルレスかつボーダーレスに活動する2人がタッグを組んで新ブランド「ヴァニラニ(VANILLANI)」をローンチする。

コンセプトは“ダル着”で、互いのバックボーンをベースにリラックスできるウエアとスタイルを提案する。ウエアルックでは、Tohjiが所属するコレクティブ、Mall Boyzのメンバーをはじめ、2人と親交の深い面々がそれぞれのスタイルで登場している。

今回のローンチでリリースされるアイテムは、フーディーやスウェット、さらにはトランクスやエアフレッシュナーなど、2人に共感できるコミュニティに向けたラインナップとなっている。
リリースは、2月24日から1週間限定の受注販売となっており、詳細は立ち上がったばかりの「ヴァニラニ」のインスタグラムにて告知される。

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連載「痙攣としてのストリートミュージック、そしてファッション」第4回/「グッチ」が提示してきた「セクシー」の変遷と、ヒップホップにおける「ビッチ」の意味変容の相関 https://tokion.jp/2020/12/14/shockwaves-in-contemporary-music-and-fashion-vol4/ Mon, 14 Dec 2020 06:00:37 +0000 https://tokion.jp/?p=14315 気鋭の文筆家・つやちゃんが「音楽とファッション」「モードトレンドとストリートカルチャー」の関係性を紐解く連載コラム。第4回では、「グッチ」が提示してきた「セクシー」の変遷と、ヒップホップにおける「ビッチ」の意味変容の相関を探る。

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音楽とファッション。そして、モードトレンドとストリートカルチャー。その2つの交錯点をかけあわせ考えることで、初めて見えてくる時代の相貌がある。本連載では、noteに発表した「2010年代論―トラップミュージック、モードトレンドetc.を手掛かりに」も話題となった気鋭の文筆家・つやちゃんが、日本のヒップホップを中心としたストリートミュージックを主な対象としながら、今ここに立ち現れるイメージを観察していく。

前回では「グッチ」の「身軽さ」から拓かれたラップミュージックの表現の可能性を紐解いたが、この第4回では同ブランドにおいてトム・フォード以降の3人のクリエイティブ・ディレクターが提示してきた「セクシーさ」の変遷を振り返りながら、それに歩幅を合わせるように変容してきたヒップホップにおける「ビッチ」というワードの用法について、考察を進めていく。

「ビッチ」という言葉は「グッチ」というブランドの変化と歩幅を合わせ意味変容してきた

連載vol.3では「グッチ」というブランドの持つ身軽さがラップミュージックのリリックにも観察されることを明らかにしていった。優れた作詞家は感覚的にそういった“身軽さ”をつかむもので、実は1978年という時代に、松本隆が太田裕美の「茉莉の結婚」(『海が泣いている』収録)において「最初のスピーチは小夜子/ちょっぴり翳のある小夜子/あの頃名うてのおしゃれ狂いで/グッチのバッグを粋に抱いていた」と詠っている。

太田裕美「茉莉の結婚」

「ロエベ」や「バリー」ではないだろうし、1970年代の「プラダ」は長い低迷期に突入していたため、この小節にぴったりとはまる短い三音の、高級かつ上質な革製品のバッグであることを示す記号としてのブランドはやはり「グッチ」しかなかっただろう。音の小回りが利きつつもラグジュアリーであるという特徴は、多くのポップミュージックでアクセントとなりブランドの魅力を引き立ててきた。

中でも「グッチ」がその三音を「チ」の破擦音で受けることで猥雑さを生んできたという効果はすでに論じた通りだが、ここで避けて通れないのはやはり「グッチ」と「ビッチ」の蜜月についてであろう。「グッチ」というワードは「ビッチ」との押韻で頻繁に使われ、その擦り切れたような跳ねた破擦音で我々リスナーを痙攣させてきた。と同時に、「ビッチ」は「グッチ」というブランドの変化と歩幅を合わせるような形で現代言語史において大きな意味生成の変遷を辿ってきたとも言えるだろう。「ビッチ」という記号の持つ猥雑さの意味合いは、「グッチ」がもはや俗語として「かっこいい、イケている」という広い意味合いを持っていることと同じように、ますますビッグワードとして巨大化してきているのである。

3人のクリエイティブディレクターが提示してきた「グッチ」の「セクシーさ」とは

近年、私たちの中で、“性”の持つ猥雑さというものが大きく変わろうとしている。常に時代の先を見据えてセクシュアリティというテーマを表現してきた「グッチ」の変遷を辿っていくことで、その意味合いの変化は、華麗にひも解かれるに違いない。1994年にブランドのクリエイティブディレクターに就任したトム・フォードは、低迷していた「グッチ」に許される“上品”と“下品”の絶妙なバランスで大胆なセクシーさを表現し、センセーションを巻き起こし、結果的に莫大な利益を生み、ブランドを復活させた。フォード自身「グッチとして許されるぎりぎりのところまで、セクシー路線を進めていこうとしていた」(サラ・ゲイ・フォーデン著、実川元子訳『ザ・ハウス・オブ・グッチ』講談社、2014年)と語る、“ポルノ・シック”と呼ばれたそのクリエイションは、Tバック、ボディジュエリー等のアイテムを駆使しながら男女の間に立ち上がる高貴な肉体的セクシーさを表現することに成功した。

Gucci A/W 1996-1997

2005年からクリエイティブディレクターに就くことになったフリーダ・ジャンニーニは、「グッチ」の伝統的なコア価値を現代にアップデートさせることに苦心した。トム・フォードの功績によりブランドの1つの価値となっていたセクシーさを彼女も自身の視点で絶妙に表現したが、そのセクシーさは男女の間に立ち上がるものというよりは、むしろガールズ・コミュニティから弾ける瑞々しいきらめきとして昇華されていたのが興味深い。心躍るチャーミングなアクセサリーに始まり、新たにローンチされたレディースのフレグランスやコスメ。軽やかで自由なフリーダ・ジャンニーニの手つきは、「グッチ」に新しい価値を与えた。

Gucci Women’s Fall/Winter 2013-14 Runway Show

さらに今、アレッサンドロ・ミケーレによって、「グッチ」は新たな時代のセクシーさを探求している。そこにもはや性差はなく、空想のおとぎ話のような世界観が構築されているが、実はグロテスクな性のメタファーが潜んでいたりもするので侮れない。特に2018-19AWや2020SSのプレタポルテ・コレクションで見せたSMモチーフを彷彿とさせるアイテムはロマンティックなミケーレ・ワールドに隠れた暴力的な一面であり、極端な潔癖化が進む日常の中で性の概念がメタファーとしての存在しか許されず、息を潜めながらグロテスクに熟されていくしかないという現状を、如実に反映しているようである。

Gucci Spring Summer 2020 Fashion Show

Elle TeresaとSophiee、Tohjiらが「ビッチ」で表現するもの

そしてラップミュージックにおける「グッチ」の扱いも、「ビッチ」の指す意味変容とリンクしながら鮮烈な変化を見せている。本国USでの「ビッチ」の扱いに倣い、国内でも例えば2016年「KUNOICHI MONEY」においてフィメールラッパーのElle Teresa とSophiee自身が「グッチのベルト外すビッチは/もちろん私に決まってんでしょ」とライムしている。蔑称として一方的に投げかけられる「ビッチ」から、能動的にボースティングする「ビッチ」へ。大きな変化を遂げた「グッチ」と「ビッチ」をライムするこの曲はTikTokでも人気を獲得し、若い女性によって次々に拡散されていった。「グッチ」のベルトを見せつけながら茶目っ気たっぷりに映る女性たち。ついに、フリーダ・ジャンニーニの描いていた、フェミニンでガーリーなセクシーさを自由に謳歌する女性像に世の中が追いついたのである。

Elle Teresa & Sophiee – Kunoichi Money [Official Video]

さらに近年、ビッチの用法は男性にも拡大している。例えば、今や現行シーンにおける最重要ラッパーに成り上がったTohjiは、2019年にリリースした「On my own way」で「だるい奴の絡みそれはブッチ/俺の体に触るなよビッチ/金がないとこから買ったグッチ/俺は神の子 Yeahマジでビッチ/寂しそうにしてるお前ビッチ/お前泣かせてる俺もビッチ/全部が全部うまくいくように/やることやるだけ」とラップした。ZEEBRAが2002年に「Baby Girl」で試した「ブッチ」「グッチ」での押韻が17年の時を経てここで回収されるのだが、彼はそこに「ビッチ」を挟み、お前も俺もビッチであると吐露する。アレッサンドロ・ミケーレの探求しているジェンダーレスなセクシュアリティはTohjiによって着実にキャッチされているし、彼特有の極端に泥酔したような痺れたフロウは、ミケーレ印のグロテスクさにすら接近している。

Tohji – on my own way

あるいは、2020年に満を持してドロップされたKEIJUの傑作ファーストアルバム『T.A.T.O.』にも耳を傾けたい。本作に収録された哀愁感漂うナンバー「Play Fast feat.Gottz」においても、「グッチ」はその存在を刻印されていた。美しくはかないトラックに乗る「I don’t want no friends/I got gucci on my belt/早く走る毎日がRace/今は忘れたくないこと彫る体」というリリック。ストイックに紡がれていく言葉の果てに、KEIJUの美意識が水墨画の如く情景として浮かび上がる。こうして、今日もまたどこかで、「グッチ」はあらゆるラップミュージックの魅力を形作っていく。

KEIJU – Play Fast feat. Gottz (Official Audio) / Album “T.A.T.O.”

なぜヒップホップにおいて「グッチ」はかくも特権的たりえたのか

そもそもイタリアのファッションは、いかに日常にラグジュアリーを導入するかという提案をしてきた。「イタリア語のラグジュアリーはLussoだが、むしろそのラグジュアリー概念は「趣味の良さ(Gusto)」に近い。イタリア的な趣味の良さは、必ずしも特権階級だけのものというわけではなく、所得に関係なくあらゆる人々が身につけることのできる民主的なものである。」(小山太郎「グッチ・グループの形成」〈長沢伸也編『グッチの戦略』東洋経済新報社、2014年〉)とある通り、「日常でラグジュアリーなアイテムを身につける自分」を自慢げにラップするヒップホップカルチャーとイタリアンファッション、並びに「グッチ」は、非常に相性が良いと言えるだろう。だからこそ、「グッチ」は重要なブランドとして、これからもラップミュージックのリリックを豊かに、猥雑に、彩っていくに違いない。

そして、リスナーの身体を中毒に浸し痙攣を喚起するファッションブランドについてのリサーチは、次へと進んでいく。次回、私たちはフランスへと目を向けなければならない。昨年偉大なデザイナーを亡くした、あのメゾンについて。

Illustration AUTO MOAI

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