ECDやTohji、ZORNらの押韻アプローチから「シャネル」とヒップホップの接点を紐解く/連載「痙攣としてのストリートミュージック、そしてファッション」第7回

音楽とファッション。そして、モードトレンドとストリートカルチャー。その2つの交錯点をかけあわせ考えることで、初めて見えてくる時代の相貌がある。本連載では、noteに発表した「2010年代論――トラップミュージック、モードトレンドetc.を手掛かりに」も話題となった気鋭の文筆家・つやちゃんが、日本のヒップホップを中心としたストリートミュージックを主な対象としながら、今ここに立ち現れるイメージを観察していく。

前回に引き続き、主役となるのは「シャネル」。そのクリエイションや“リアル”なスタンス、そしてECDやTohji 、ZORNらの押韻アプローチにフォーカスしながら、同ブランドとヒップホップとの接点を紐解いていく。

カール・ラガーフェルドによる「押韻」とヒップホップからの「引用」、そしてココ・シャネルの“リアルさ”

「シャネル」がストリートの音楽によってどのように扱われてきたか、前回まではリリックに登場するブランド名から放たれる意味内容を中心に読み解いてきたが、今回はラップによって発される音声としての側面から考えてみたい。

「シャネル」とは、ヒップホップだ――つい私がそう呟きたくなってしまうのは、例えば、メゾンが多用してきたレースについて語る際にカール・ラガーフェルドが披露した次のようなユーモアによるところがあるのかもしれない。

「1930年代、彼女はスーツよりもレース・ドレスのほうがずっと有名だった。レースと聞くと、わたしはシャネルを思い浮かべる。レースはフランス語でダンテル。ダンテル、シャネル……韻を踏んでる」

(カール・ラガーフェルド著、中野勉訳『カール・ラガーフェルドのことば』、河出書房新社、2020年)

2018年にはNicki Minajがその名も「Coco Chanel」(『QUEEN』収録)という曲を歌い、24kGoldnが「Coco feat. DaBaby」でユーモラスなMVとともに話題を呼んだのも記憶に新しい。あらゆるラッパーに引っ張りだこの「シャネル」だが、実はメゾン側からヒップホップへとアプローチがあった歴史も忘れてはならない。

24kGoldn – Coco ft. DaBaby (Directed by Cole Bennett)

カール・ラガーフェルドは、1991-1992年AWのコレクションにおいてそれまでのメゾンのイメージとは程遠かったヒップホップのファッション要素を大胆に引用し、ジャーナリストたちを驚かせた。もともと「シャネル」はその機能的でシンプルなスタイルをより一層引き立てるための役割としてアクセサリーを多用してきたが、1991-1992年AWにおけるゴールドのアクセサリーはそれまでとは一線を画した編集センスを反映していたのである。

CHANEL Fall 1991/1992 Paris – Fashion Channel

「ヴェルサーチェ」や「ジャン=ポール・ゴルチエ」などゴールドを効果的に使うブランドが目立っていた時代において、ミニマリズムをベースにした「シャネル」のスタイルに程よいスパイスを与えたのはゴールドが持つ高貴なまでの下品さ、聖なる俗っぽさである。PUBLIC ENEMYやDE LA SOULなどの活躍によってニューヨークを中心にヒップホップが注目を集め始めていた時代において、ストリートらしさのあるキャップ、下品さぎりぎりのレベルまでだらしなくかき集められたアクセサリーは、ブランド側からのヒップホップに向けてのラブコールだった(そしてその後「シャネル」とゴールドは2013年KOHHによって「十人十色」で「首からChanel/ヴィンテージのGold」と歌われることになる)。

KOHH, PETZ, Tokarev – 十人十色(prod by Y.G.S.P)

そもそも、ココ・シャネルこそが、ヒップホップが脈々と守ってきた“リアルさ”を信条に生きていた人物ではないだろうか。自分が身をもって体験した出来事をもとに、誇らしげに、自慢げに堂々と嘘偽りなく語る彼女のアティチュードは、「わたしは絶対に嘘をつかない。曖昧な生き方はしたくないから」(髙野てるみ『ココ・シャネル 凛として生きる言葉』、PHP文庫、2015年)という発言にも表れている。その芯のある生き方は映画や書籍などさまざまな形で物語として語られてきた通りで、衣服という作品にとどまらず彼女自身がアイコンとして20世紀ポップカルチャー史に刻まれたというのは、作品と人物が切り離し難い相関を生んでいる極めてヒップホップ的な緊張感に近いものを感じる。

ECDの名曲から新鋭ラッパー・YOSHIKI EZAKIやAYA a.k.a. PANDAらの楽曲に表れる「シャネル」の押韻

ただ、ラップミュージックのリリックにおいて、音声という側面では「シャネル」はなかなか苦戦を強いられてきたかもしれない。以前本連載で「ヴェルサーチェ」と「グッチ」の破擦音がどれだけ近年のラップに愛されているか・ラップを豊かにしているかという旨を論じたが、「シャネル」の場合、そのシンプルな発音は特徴に乏しく、音楽に色彩を与えるのは難易度の高い芸当だったのではないだろうか。よって、「シャネル」による押韻の試みは、予想に反してあまり多く姿を見せることはない。

少ない事例の中で、最も有名なラインはECDの名曲「ロンリーガール feat.K DUB SHINE」(1997年『BIG YOUTH』収録)だろう。「自らビジネスにするセックス/迷える子羊達エックス/ロレックスした男に指輪/買わせたはずがつながれる首輪/携帯かける/サンダルシャネル/つま先のネイルに塗るエナメル」という名リリックで「フェンディ」や「ヴェルサーチェ」と並んで描写された「シャネル」は、ここで「サンダル」との脚韻を試されている。また、最近の例では、LEXやOnly Uとの共演も話題になった新鋭ラッパーYOSHIKI EZAKIによる「King Size Bed」(2020年『sweet room』収録)も挙げておきたい。「1やれって言われたら10やる/年々上がってく俺らのValue/あの子にあげちゃうシャネル/ゴヤール」という、「ゴヤール」を使っての脚韻。さらに、AYA a.k.a. PANDA「Show Me Love」(2019年)での「シャネルのバッグ欲しいな/シャンパン一緒に飲みたいな」というフックのように、わずかながら頭韻の例も探すことができる。

YOSHIKI EZAKI – King Size Bed
AYA a.k.a. PANDA – Show Me Love

TohjiとBAD HOPらの「ココ」の押韻で香り立つ抜け感とポップネス

ラップに効果的な作用を生みにくい様子がうかがえる「シャネル」だが、一方で、連載no.6で論じた「ココ」の引用や、衣服だけにとどまらない香水までも含めたエピソードの構築という別のアプローチでの実験を観察することができる。例えば、stei x TYOSiN x Tohjiによる2019年の曲「lastnight」を見てみよう。Tohjiのヴァースで綴られる、「用がないから ここ去る/外資を稼ぐ/買うココシャネル」というリリック。「ココシャネル」と「ここ去る」で華麗な押韻を果たしたこの事例に顕著だが、無声軟口蓋破裂音(軟口蓋を使って勢いよく息を吐く無声音)である「ココ」は、ラップに独特の抜け感を与え、どこか愛らしいチャーミングな印象も生むことができる。ゆえに、有能なラッパーは、この点に着目した。

stei x TYOSiN x Tohji – lastnight

2021年、BAD HOPは「Chop Stick(Remix)」(『BAD HOP WORLD DELUXE』収録)において、「羽織るFENDIを/首にTiffany/付ける香水はCoco Chanel」とライムした。ここではやはり「香水」と「ココシャネル」で破裂音が重ねられており、彼らのチャーミングな一面を演出する本曲にぴったりのポップネスが香り立っている。

BAD HOP – Chopstick Remix feat. Vingo, Benjazzy, SANTAWORLDVIEW & ゆるふわギャング

「シャネルの5番」で押韻したZORNの驚嘆すべき技術

そして、2020年の傑作アルバム『新小岩』を経て、先日の武道館公演の成功によりシーンでのさらなるプロップスを獲得し続けているZORNが、2014年にリリースした「Party Night」(『サードチルドレン』収録)にも注目したい。「真夜中のクラブ/午前2時半/皆気になるいけてるlady/やべえぜセンスも洗練され/ゆきとどいたネイルの手入れ/浮かばないかける言葉/まるでモンローシャネルの5番」というヴァースで、ZORNは「かける言葉」と「シャネルの5番」での押韻を果たしている。「a-e-u-o-o-a」で見事に踏んでいる彼の技術には感嘆するしかないが、ここで「香水」ではなく具体的に「5番」という固有名詞が引用されることで、ただ音として押韻に奉仕するだけではない、クラブフロアで艶めかしく踊る午前2時半の女性の魅惑さが強調される。

周知の通り、N°5は装飾過多のデザインが主流だった1920年代において、常識破りのミニマルさを備えた角形の薬瓶を模したフォルムで、飾らないサンセリフ体のロゴとともに売り出された反時代的なプロダクトだった。圧倒的なシンプルさと、ミニマリズムの極致のような佇まい。グラフィックデザイナーの原研哉は、N°5のボトルについてこう述べている。「人々はこのエンプティなオブジェクトに累々とイメージを溜め込んできた。その圧倒的な貯蔵量。だからN°5には絶大なイメージの比重がある。これは多くの時間を生き抜いてきたデザイン独特の特徴である」(『high fashion』2008年2月号)と。

N°5に代表されるように、「シャネル」はシンプルで機能的な“スタイル”にこだわってきたからこそ、さまざまな組み合わせ、あらゆる要素を受容することでその“スタイル”を膨張し続けてきた。本連載で計3回に渡り論じてきた通り、ラップミュージックのリリックにおいても、「ココ」を添えることで“コカイン”の連想を可能にし、“香水”“N°5”との併用で聴く者の想像力を広げてきたのがこのブランドの魅力である。その懐の深さこそが「シャネル」のアイデンティティであり、新デザイナーとして試行錯誤を重ねているヴィルジニー・ヴィアールの「シャネル」も、そのラップミュージックへの表象も、今後我々は目をこらして見届けていく必要があるだろう。

ところで、「シャネル」が新デザイナーによる新たな挑戦へと進む最中、爆発的に人気を高めストリートミュージックにおける存在感を日に日に増しているブランドが存在する。奇しくもそれは「シャネル」の永遠のライバルであり、ココ・シャネルのモード復帰のきっかけにもなったメゾンだ。まさに今何度目かの最盛期を迎えているそのブランドについて、どのような形でストリートミュージックにイメージを刻まれているのか、興味深い実態を次回はレポートしたい。

Illustration AUTO MOAI

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つやちゃん

文筆家。音楽誌や文芸誌、ファッション誌などに寄稿多数。著書に『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』(DU BOOKS)など。 X:@shadow0918 note:shadow0918

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