連載:きみはユメを見ている Archives - TOKION https://tokion.jp/series/連載:きみはユメを見ている/ Wed, 28 Feb 2024 02:55:56 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 連載:きみはユメを見ている Archives - TOKION https://tokion.jp/series/連載:きみはユメを見ている/ 32 32 連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第7夜  https://tokion.jp/2024/02/28/you-are-looking-at-a-dream-7/ Wed, 28 Feb 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=225584 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第7夜、時間の合わない時計が並ぶ不思議な時計屋に入った「きみ」を待つものとは。

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第7夜 

 きみはこんなユメを見た。

 使い古された大きな手提げ袋が通りの端に放置されていた。忘れものにも見えるし、最初からそこへあったかのようにも見える。だれも拾うものはいない。だれも関心を持たなくなってすぐに風景と一体化した。視界に入っても、だれも認識しなくなった。そういうものだ。それは黒い塊で、表面はつやつやとしていて弾力もありそうだった。雨が降ると水滴を弾いて雫が光っていた。それで、たまに放し飼いの猫が鼻を近づけて様子をうかがうだけだった。

 しかし、日に日に黒い塊はすこしずつ大きくなっているようにも思えた。やがて手提げ袋におさまらないほどぱんぱんになっていった。しかし、だれも気に止めなかった。一度風景と同化してしまったら、もう違いを察知することはできない。

 じゃあ、だれがそんなことに気づいたのか? 手提げ袋が置かれた往来のすぐ目のまえに時計屋があった。その店主だ。その時計屋はめったに人が訪れず、店主はひまをもてあそんで、よく目のまえの通りを眺めていた。そうして、言語化できない哲学的思索に耽っていた。

 その時計屋で売っている時計はどれも時間が合っていなかった。そのうえ、時間の合わせ方もわからなかった。時間を合わせる機能がついてなかったのだ。間違った時間を刻んでいる時計はいいほうで、針が止まっているものや逆に動いているもの、針さえないものもあった。そこは時計じゃない時計を売る店だった。壁には「時間がわかるかたは教えてください」という張り紙が貼られていた。

 店主は何ものかが手提げ袋を置いていった瞬間を見た気がしていた。しかし、それが実際の記憶なのか、手提げ袋を眺めているうちに作られた偽の記憶なのかわからない。

 店主はついに手提げ袋を間近に見ようと往来に出た。なにかに引き付けられるように通りへ出た。それは朝だったのか、夜だったのか、それともその境目か。店主がゆっくりと指を伸ばし、震える指のさきで黒いかたまりに触れる。その瞬間、糸が切れたかのように、なにかが弾けた。すると、黒いかたまりは風船のようにゆっくりと浮上していく。やがて、それは空に浮かび、雲のように漂った。

 休暇で訪れた岬の展望台で、きみはカメラを首から下げていた。連れてきていた犬をゲージから出すと、嬉しそうにあたりを走り回っている。とっさにカメラを向けてシャッターを切る。見晴らしのいい景色が背景にくるよう画角を調整しながら。走っている犬を捉えるのは難しいが、くすぐったいような喜びが背中を走り、きみは確信する。ああ、この瞬間が幸せに間違いなく、いつか噛みしめるように思い出すときがくるはずと。それは休暇の終わりが近づいて自宅に戻ったときかもしれないし、20年後かもしれない。

 背景になにやらノイズのようなものが映る。空の一部が塗りつぶされたかのように真っ黒となっている。きみがファインダーから顔を離すと、それが黒いかたまりだということがわかる。

 きみはカメラを向ける。再びファインダーを覗き、黒いかたまりに向けてシャッターを切る。この光景をだれかに伝えなきゃいけないような気がして。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第6夜  https://tokion.jp/2023/11/30/you-are-looking-at-a-dream-6/ Thu, 30 Nov 2023 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=217753 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第6夜、懐かしさを覚える劇場の中で出会った画家と哲学者は、「きみ」をどこへ導いてくれるのか――。

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Illustration Midori Nakajima

  きみはこんなユメを見た。

 照明がずっとついたままなことに、違和感を覚えた。きみは劇場にいて、座席のあいだを縫うように歩いている。設備が古く、すこし埃っぽい。だけど、なんだか懐かしい劇場だ。
 きみは自分が座る席を探している。服のポケットというポケットに手をつっこむが、チケットが見当たらない。舞台はもうはじまっているから、急いで座ったほうがいい。観客席を見回すと、ニ割ほどしか埋まっていない。きみを見かねた客が席から身を乗り出して話しかけてくる。
「さっきからうろちょろしているね」
「席を探しているんです」
 話しかけてきたのは、燕尾服を着た男だ。その顔を見て、きみははっとする。ある有名な日本画家だったからだ。和服を着た彼の肖像写真を見たことがある。燕尾服はめずらしい。
「適当に座りなさい。ガラガラだよ」
「だけど……」
 客席にはひとつずつ言葉が振ってある。おそらくチケットで指定してあるはずだ。画家が座っている席は、「ぬ – 相対」とプレートに書かれている。意味もなく、指でなぞってみる。
 きみは画家の横に立ちながら、舞台に目をやる。演目のようなものがつづいていた。舞台のうえには回転扉が設置してあって、ゆっくりと回っている。
 ときおり、その回転扉を通って人物が現れる。彼や彼女らは年齢も服装もばらばらで、共通しているところはない。たまにぼそっとなにかを言う人がいて、そのたびに客席はわっと盛り上がり、拍手が起こることもある。
 きみは舞台を見ながら首をかしげる。なにも面白くはない。退屈でしょうがない。画家がもう一度こちらを向き、問いかけてくる。
「なんでだと思う?」
「どういうことでしょう」
 聞き返すと、画家は舞台を指さす。
「だれも客席から舞台にあがらないのはなんでだろう」
「それは……」
「もしも向こう側にいったら、どうなるのかな?」
 きみはうなずくと、舞台へと近づいていく。一歩進むごとに、自分に向けられる視線が増えていくことに気がつく。たくさんの瞳がきみにまとわりつく。それはくすぐったくて、ときには痒い。手で払いのけようとしても、すぐに舞い戻ってくる。
 舞台のそばまでやってくると、客席とを隔てているものがあることに気がつく。透明でやわらかい膜が張ってあって、触るとぐにゃりと歪んで吸いついてくる。ぐっと手に力を入れて押し込んでいくと、ゆっくりと身体が舞台のなかに入っていく。耳のあたりでぱちぱちと火花のようなものが弾ける。全身を舞台に押し込んでいく。
 そして、きみは回転扉を通って、向こう側へと行く。
 そこは床が板張りになっている部屋で、老いた哲学者が机に向かっている。ペンをこつこつと鳴らしながら、ずっと紙になにかを書いている。頭上からぽたぽたとなにかが降ってきていて、指で触れるとインクの粒であることがわかる。しかし、触った瞬間、きみの体温でじゅっと蒸発する。
 哲学者がきみに気がついて、顔をあげる。
「待っていたよ」と微笑む。「さぁ、読んで」
 そう言って、きみに紙を渡す。しかし、きみは首を横に振り、紙を読まない。ばっと火が燃え上がり、紙を焼き切ってしまう。
「きれいだ」
 きみは消えゆく青白い炎を見つめながらささやいた。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第5夜  https://tokion.jp/2023/09/22/you-are-looking-at-a-dream-5/ Fri, 22 Sep 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=208764 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第5夜、どこへ行くのかもわからない列車の中で「きみ」はある男と出会い、そして——。

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Illustration Midori Nakajima

 きみはこんなユメを見た。

 きみは列車に乗っている。列車は線路のうえを走っていて、車両は小刻みに揺れつづけている。この列車がどこへ向かっていくのかはわからない。アナウンスはなにもない。

 窓の向こうは暗くてなにも見えない。光らしい光はない。トンネルのなかを走っているのではないかと錯覚してしまうほどだ。じっと見ていると、闇に飲み込まれそうな気分になってくる。これ以上見るのは、よしておこう。

 きみは車両から車両へと移動している。列車の進行方向に向かって、歩きつづけている。なぜそうしているのかはわからない。先頭車両を目指しているわけではない。しかし、歩かなきゃいけないことだけはわかっている。

 だれかが追ってきているのか──いや、そうではない気がする。

 きみは連結部のドアを開けて、となりの車両へと足を踏み入れる。向かい合わせの座席が並んでいる。なんてことのない車両だ。乗客はだれもいない。いや、ひとりだけ”いる”。

 男が背広にネクタイをしめ、ハットも被っている。年齢は四〇代半ばほどか。足もとには革製のトランクケースが置いてある。

 男は窓のそとをじっと見ている。奇妙に感じるのはまったく視線を動かさず、まばたきをしないからだ。まるで陶器のように、男はじっとそこに”いる”。

 きみはちらりと男に視線を流しながら、その横を通り過ぎていく。そのとき、男が低い声でつぶやく。

「ほんとうは?」

 その瞬間、ある記憶がフラッシュバックする。

 階段だ。階段がある。その階段を、だれかがこつこつと歩いている。

 男が降りてきて、女がのぼっていく。すれ違う瞬間、ふたりは立ち止まり、すこしだけ顔を相手のほうに向ける。男女の唇が動く。なにかことばを交わしている。だが、なにを言っているのかはわからない。ほんの数秒だけことばを発しあうと、男と女は何ごともなかったかのように歩きだす。もう二度とふたりは会わないことを予感させる。

 しかし、それがほんとうの記憶なのか、なにかで見た映像なのか、きみには定かではない。

 つぎの瞬間、きみの身体が浮き上がり、壁に叩きつけられる。全身に鋭い痛みが走り、割れた窓ガラスが降りかかってくる。耳の奥が痛くて、なにも聞こえない。

 なんとか立ち上がって状況を確認する。どうやら列車が事故を起こしたようだ。きみは痛みをこらえながら座席を足場にして、頭上の窓から外へと這い出る。

 列車は横転していて、線路から外れて力尽きたように倒れている。窓という窓から、乗客が外へ出ようと身体を必死に持ち上げている。どこにこれだけの乗客がいたのだろうかと、きみは驚く。

 すでに外へ出た乗客は、呆然と立ち尽くすものや抱きしめ合うもので溢れている。車両にいた男のすがたは見つからない。

 きみは乗客たちに背を向けて、線路沿いに歩きはじめる。

「そのさきは、なにもありませんよ」

 うしろから声をかけられるが、きみは気にせず進んでいく。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第4夜  https://tokion.jp/2023/07/20/you-are-looking-at-a-dream-4/ Thu, 20 Jul 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=199504 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第4 夜、ある部屋で「きみ」は不思議な出来事に遭遇する——。

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 きみはこんなユメを見た。

 きみは部屋の掃除をしている。

 床のうえにチョコレートの破片がまるでガラスのように散らばっていて、きみはそれをひとつひとつ器用に拾っていく。床にはあちこち本が積んであって、『縛られたプロメテウス』『失楽園』『人体の構造について』といった書名が目に入ってくる。

 壁には大きな両開きの窓があって、片側だけ開いていて、風が吹き込んでくる。その風によって赤いカーテンが舞い、窓際のつくえに置いてある地球儀がくるくるとまわっている。地球儀は古いからか表面がかすれてしまっていて、地形や国名を読むことはできない。しかし、そのすがたを見ると、きみは世界の位置関係がわかった気がして、とても安心する。

 外からはときおり遠雷が響いてくる。雨は降っていない。窓に近づいてよく外を見るとそれは雷鳴ではない。不死鳥の鳴き声だ。そばには鳥類学者がいて、耳をおさえながら観察記録をつけている。

 ひとが出入りできるドアはひとつしかない。そのドアを開けると、そこには森林が広がっている。窓から見える景色と違う。そばの道を馬車が通っていく。御者はきみをちらりとも見ない。いや、きみのすがたが見えていないのだ。どうやらこのドアは過去へつながっている。この森は100年か200年まえに、この家ができる前に存在した森なのだ。だから、御者からはきみが見えない。やがてこの森が切り開かれてこの家ができる。きみはそっとドアを閉じる。

 部屋の中央には手術台があって、そのうえにはフランケンシュタインが寝ている。静かに寝息をたてながら、気持ちよさそうに眠っている。きみはずっと気になっていたが、あえて見ないようにしていた。はっきりと認識した瞬間、それが目覚めて襲いかかってくるんじゃないかと思ったからだ。しかし、それは杞憂だった。怪物は微動だにしない。

 きみは「この部屋の持ち主はだれなのだろう?」と考える。「この寝ているフランケンシュタインなのだろうか」と。しかし、フランケンシュタインをつくった人間がいるはずだ。

 きみははっとひらめく。さきほど拾ったチョコレートをこのフランケンシュタインに食べさせれば、この怪物が目覚めるのではないだろうか。だが、それをたしかめる勇気はない。集めたチョコレートの破片を、きみは窓辺のテーブルに置く。だが、置いてすぐにチョコレートは風に乗って舞っていく。きみはその行きさきを目で追うが、すぐばらばらに散らばって見えなくなってしまう。

 怪物はまだ寝ている。

 きみはフランケンシュタインを起こさないようにして、そっとドアを開けて部屋を出ていく。きみは窓辺にあった地球儀を抱きしめている。ドアの向こうの森は、さっきよりもさらに鬱蒼としていて、馬車が進める通りもない。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第3夜  https://tokion.jp/2023/04/30/you-are-looking-at-a-dream-3/ Sun, 30 Apr 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=182499 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。現代版『夢十夜』とでも言うべき掌編の第3夜は、砂漠が舞台に。「きみ」は何と出会い、どこへ行くのか——。

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Illustration Midori Nakajima

 きみはこんなユメを見た。

 きみは砂漠にいる。四足歩行の動物にまたがって移動している。その動物は毛むくじゃらで、おおきな犬のようにも見える。

 動物が歩くたびに足もとの砂が舞い上がるが、粒が小さいので視界が悪くなることはない。砂はからだにまとわりつくと、肌をなでるようにして舞っていく。まるでだれかにさわられているかのようで、くすぐったいが、不快ではない。

 動物はゆっくりと進みつづけるが、きみは目的地を知らない。

 周囲を見渡すと、同じ方向に進んでいく動物が点在している。またがっている人間の顔は見えないが、その存在をたしかに感じ、きみは安心する。

 砂漠のあちこちには、点々と植物が自生している。砂から茎を伸ばしていて、そのさきには白くてふわふわとした実が頭を垂れている。実はゆらゆらと風に揺れている。植物のそばでは動物が休憩している。その動物が、たまに白い実を口にする。おいしそうに噛んでから、陶酔した表情で飲みこんでいる。

 きみがまたがっている動物も、植物に近づいて足を止める。食事の時間だ。ほかの動物といっしょに、実を食べだす。きみが視線を動かすと、さきに休憩していた動物の横で、男がなにやら本を読んでいる。きみは肩越しにその内容をのぞく。そこには地図が書かれている。しかし、ページには「Desert」とだけ書かれていて、ほかにはなにも書かれていない。男は白紙を熱心に見つめている。

 きみは何日もその砂漠を進みつづける。やがてきみはテントがいくつも張られた集落にたどり着く。その中心には氷のかたまりがある。

 氷のかたまりが、地面に突き刺さるようにそびえ立っている。その氷のなかには金属の柱が埋まっていて、その表面は鏡のようにまわりの景色を反射させている。そこにはきみの顔も映っている。

 見上げると、上のほうは氷が溶けていて、柱がむき出しになっている。氷はすこしずつ溶けている。氷が溶けると、それは液体にならず、香りとなる。溶けるたびに、しみるほど甘い香気が漂ってくる。

 きみのそばに、年老いた男が近づいてきて、きみに声をかける。

「何十年も待ったんだ」

「ここのそばで?」

「ああ、暮らしていたんだ」

 そのうちきみは香気にやられて、頭がくらくらとしてくる。

「花が咲くぞ!」

 だれかが叫んだ。それを合図とするように、動物たちが一斉に咆哮する。氷が一気に溶け、香りが雪崩のように押し寄せてくる。

 きみは柱に近づく。手を伸ばし、その表面にふれる。さわった瞬間、きみの身体は弾ける。きみは香りとなって、周囲に溶け込む。それは悪い気分じゃない。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

Illustration Midori Nakajima

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第2夜  https://tokion.jp/2023/02/25/you-are-looking-at-a-dream-2/ Sat, 25 Feb 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=167759 作家・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリー。純文学への豊潤な知識と深い愛をもとにさまざま執筆活動を行う著者が贈る、現代版『夢十夜』とでも言うべき新感覚の掌編をとくとご堪能あれ。

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Illustration Midori Nakajima

 きみはこんなユメを見た。

 呼び鈴が鳴ったことに気づいて、きみは玄関まで行く。しかし、ドアを開けると、そこにはだれもいない。まだ明け方で、外はだいぶ薄暗い。冷たい風が刺すように吹いてくる。

 きみは呼び鈴を押した相手を探さなきゃいけないような気がしてくる。

 ハンガーにかかっているお気に入りのコートを羽織り、買ったばかりのスニーカーに足を通すと、きみは勢いよく外に飛び出す。しかし、通りには人影がまったくない。街灯もついている。いや、それどころかいくつかの街灯は倒れていて、あたりに破片が散らばっている。

 道路のあちこちはひび割れていて、すき間から草は背丈以上に伸びていて、風で静かに揺れている。

 ふと足もとを見ると、新品だったスニーカーはあちこちが擦り切れていて、色もくすんでいる。あんなに着心地のよかったコートはぼろ布になっている。

 ふと建物の壁を見ると、スプレーの塗料で真っ黒いねずみが描かれている。しかし、それは書きかけで、ねずみの足もとが書かれていない。地面にはスプレー缶が無造作に転がっている。

 きみはキオスクがあるのを見つける。しかし、店のなかにはだれもいない。きみはコートのポケットをまさぐって硬貨を取り出すと、店頭に置いてキャンディの袋を手にとる。きみはそのまま持ち去ることが気持ち悪かったのだ。

 なぜそのキャンディを選んだのかは、きみはわからない。

 そのとき、きみは視界のなかに、四本脚のなにかが入ってきたことに気づく。イヌなんじゃないかと思う。もしイヌだったら、外に出てから初めて出会う生物だ。四本脚に近づく。きみはがっかりする。それはイヌではなく、イスだった。同じ四本脚だったので間違えたのだ。

 空がすこしずつ明るみ、太陽がのぼってくる。それにつれて、身体がだんだん軽くなってくる。いや、どんどん頭上に引っ張られていく。足が地面を離れ、身体が宙を浮く。太陽に引っ張られているのだ。

 見渡すかぎり、どこまでも廃墟がつづいている。どこからも生物の営みを感じない。きみは必死に目を凝らす。そのとき、宙に浮いている存在をもうひとり感じる。

 視界のはるかさきにもうひとりいる。きみと同じように太陽に引っ張られ、宙を浮いている。それは幼きこどもだ。

 きみは幼きこどもが呼び鈴を押したのだと直感する。身体をひねって幼きこどもに近づく。幼きこどももきみに近づいてくる。太陽に引っ張られながら、きみは幼きこどもと手を取り合う。手のひらから体温を感じる。生きているのだ。幼きこどもの目を見つめると、たしかにうるんで、光が反射している。

 きみはポケットからキャンディを取りだす。そして、幼きこどもに手渡す。ふたりでキャンディを口に入れる。きみは思い出す。それはきみが幼いころに好きだったキャンディだ。

 やがてふたりは大気圏を抜けて、宇宙を漂い出す。このままどこへ行くのだろうと考える。たどりつくさきでは、ひと足さきにほかの生物たちが身体を休めているのではないだろうか。幼きこどもの瞳を見つめながら、きみはそんなことを考える。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

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連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第1夜 https://tokion.jp/2023/01/04/you-are-looking-at-a-dream-1/ Wed, 04 Jan 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=163454 作者・ライターの菊池良による「ユメ落ち」をテーマとしたショートストーリーが連載開始。純文学への豊潤な知識と深い愛をもとにさまざま執筆活動を行う著者が贈る、現代版『夢十夜』とでも言うべき新感覚の掌編をとくとご堪能あれ。

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Illustration Midori Nakajima

 きみはこんなユメを見た。

 きみは部屋のなかにいる。部屋は正方形で、真ん中にテーブルがあり、角にはブラウン管のテレビが置いてある。窓には厚いカーテンがかかっていて、外のようすはまるでわからない。かすかに水の流れるような音だけが、耳を澄ますと聞こえてくる。

 テレビにはジャン=リュック・ゴダールの映画が写っている。かれが撮った三作目の長編で、アンナ・カリーナが主演したものだ。しかし、そのうちのワンシーンだけが繰り返し流れていて、女がピアノの弾き真似と銃を撃つジェスチャーをしている。その動作にピアノの音色と銃声が被さる。きみは「愉快な映画だ」と思う。

 部屋の真ん中にあるテーブルには、平たい皿とフォーク、それに一冊の本が置いてある。皿のうえにはパンケーキが乗っている。パンケーキは何枚も重ねてあって、まるでタワーのようになっている。てっぺんからかけられたハチミツが、滝のように滴っていて、皿から溢れている。

 皿のとなりに置いてある本は、ドゥルーズ=ガタリの哲学書だ。普通の本よりも細長い形をしていて、まるでフランスパンのようだ。本は「ディス・イズ・ア・ブック」という顔をしている。

 テーブルをはさんだ向かい側には、大きなトラがいる。トラはなぜか後ろ足にスニーカーを履いている。有名なブランドとラッパーがコラボしたスニーカーだ。靴ひもがほどけたままになっている。トラの前足では結べないのだ。

 トラはテーブルのうえを見つめていて、口の端からよだれが垂れている。目がぐるぐると鋭くて、いつでも飛びかかってきそうな緊張感がある。

 きみはトラに向かって、意を決して口を開く。

「あなたが食べたいのはパンケーキ? それとも?」

「おれは知識が食べたい」

 トラはそう答えて、となりにあるドゥルーズ=ガタリの哲学書を手にとる。そして、むさぼるように読みはじめる。このトラは知識に飢えていたのだった。トラは「速くあれ……ピンク・パンサーであれ……」と小声で本の内容を朗読している。その熱心さに、きみは思わず感心する。

 きみは恐る恐るフォークに手を伸ばす。きみはパンケーキが食べたい。フォークを手にとると、ハチミツに触れないように注意しながらテーブルのうえにのぼる。背伸びをしながら、フォークを持った手をできるだけ高く伸ばす。

 きみはてっぺんのパンケーキにフォークを突き刺す。

 すると、「パン!」という音ともに窓にかけられていたカーテンが床に落ちる。がたんと四方の壁が外側に倒れていく。視界は急に開けて、きみは雄大な景色を見る。きみはこの家が切り立った崖に建っていたことを知る。

 崖のしたには小さな川が流れている。川の向こうのはるかさきには、禿げた山が見える。そこまで、荒れた道がつづくばかりで、なにも建てものはない。

 本を読んでいたトラが、顔をあげて本を閉じる。トラの身体がピンク色になっている。天に向かって咆哮すると、その場を飛び出すように走り去っていく。あっという間に見えなくなる。

 はるかさきの山には、茶室がある。茶室のとびらは開いていて、何者かがお茶をいれて飲んでいるのが見える。コラボスニーカーを履いた何者かだ。その光景を見て、きみはお茶が美味しそうだと思う。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

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