きみはこんなユメを見た。
きみは部屋の掃除をしている。
床のうえにチョコレートの破片がまるでガラスのように散らばっていて、きみはそれをひとつひとつ器用に拾っていく。床にはあちこち本が積んであって、『縛られたプロメテウス』『失楽園』『人体の構造について』といった書名が目に入ってくる。
壁には大きな両開きの窓があって、片側だけ開いていて、風が吹き込んでくる。その風によって赤いカーテンが舞い、窓際のつくえに置いてある地球儀がくるくるとまわっている。地球儀は古いからか表面がかすれてしまっていて、地形や国名を読むことはできない。しかし、そのすがたを見ると、きみは世界の位置関係がわかった気がして、とても安心する。
外からはときおり遠雷が響いてくる。雨は降っていない。窓に近づいてよく外を見るとそれは雷鳴ではない。不死鳥の鳴き声だ。そばには鳥類学者がいて、耳をおさえながら観察記録をつけている。
ひとが出入りできるドアはひとつしかない。そのドアを開けると、そこには森林が広がっている。窓から見える景色と違う。そばの道を馬車が通っていく。御者はきみをちらりとも見ない。いや、きみのすがたが見えていないのだ。どうやらこのドアは過去へつながっている。この森は100年か200年まえに、この家ができる前に存在した森なのだ。だから、御者からはきみが見えない。やがてこの森が切り開かれてこの家ができる。きみはそっとドアを閉じる。
部屋の中央には手術台があって、そのうえにはフランケンシュタインが寝ている。静かに寝息をたてながら、気持ちよさそうに眠っている。きみはずっと気になっていたが、あえて見ないようにしていた。はっきりと認識した瞬間、それが目覚めて襲いかかってくるんじゃないかと思ったからだ。しかし、それは杞憂だった。怪物は微動だにしない。
きみは「この部屋の持ち主はだれなのだろう?」と考える。「この寝ているフランケンシュタインなのだろうか」と。しかし、フランケンシュタインをつくった人間がいるはずだ。
きみははっとひらめく。さきほど拾ったチョコレートをこのフランケンシュタインに食べさせれば、この怪物が目覚めるのではないだろうか。だが、それをたしかめる勇気はない。集めたチョコレートの破片を、きみは窓辺のテーブルに置く。だが、置いてすぐにチョコレートは風に乗って舞っていく。きみはその行きさきを目で追うが、すぐばらばらに散らばって見えなくなってしまう。
怪物はまだ寝ている。
きみはフランケンシュタインを起こさないようにして、そっとドアを開けて部屋を出ていく。きみは窓辺にあった地球儀を抱きしめている。ドアの向こうの森は、さっきよりもさらに鬱蒼としていて、馬車が進める通りもない。
そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。