きみはこんなユメを見た。
照明がずっとついたままなことに、違和感を覚えた。きみは劇場にいて、座席のあいだを縫うように歩いている。設備が古く、すこし埃っぽい。だけど、なんだか懐かしい劇場だ。
きみは自分が座る席を探している。服のポケットというポケットに手をつっこむが、チケットが見当たらない。舞台はもうはじまっているから、急いで座ったほうがいい。観客席を見回すと、ニ割ほどしか埋まっていない。きみを見かねた客が席から身を乗り出して話しかけてくる。
「さっきからうろちょろしているね」
「席を探しているんです」
話しかけてきたのは、燕尾服を着た男だ。その顔を見て、きみははっとする。ある有名な日本画家だったからだ。和服を着た彼の肖像写真を見たことがある。燕尾服はめずらしい。
「適当に座りなさい。ガラガラだよ」
「だけど……」
客席にはひとつずつ言葉が振ってある。おそらくチケットで指定してあるはずだ。画家が座っている席は、「ぬ – 相対」とプレートに書かれている。意味もなく、指でなぞってみる。
きみは画家の横に立ちながら、舞台に目をやる。演目のようなものがつづいていた。舞台のうえには回転扉が設置してあって、ゆっくりと回っている。
ときおり、その回転扉を通って人物が現れる。彼や彼女らは年齢も服装もばらばらで、共通しているところはない。たまにぼそっとなにかを言う人がいて、そのたびに客席はわっと盛り上がり、拍手が起こることもある。
きみは舞台を見ながら首をかしげる。なにも面白くはない。退屈でしょうがない。画家がもう一度こちらを向き、問いかけてくる。
「なんでだと思う?」
「どういうことでしょう」
聞き返すと、画家は舞台を指さす。
「だれも客席から舞台にあがらないのはなんでだろう」
「それは……」
「もしも向こう側にいったら、どうなるのかな?」
きみはうなずくと、舞台へと近づいていく。一歩進むごとに、自分に向けられる視線が増えていくことに気がつく。たくさんの瞳がきみにまとわりつく。それはくすぐったくて、ときには痒い。手で払いのけようとしても、すぐに舞い戻ってくる。
舞台のそばまでやってくると、客席とを隔てているものがあることに気がつく。透明でやわらかい膜が張ってあって、触るとぐにゃりと歪んで吸いついてくる。ぐっと手に力を入れて押し込んでいくと、ゆっくりと身体が舞台のなかに入っていく。耳のあたりでぱちぱちと火花のようなものが弾ける。全身を舞台に押し込んでいく。
そして、きみは回転扉を通って、向こう側へと行く。
そこは床が板張りになっている部屋で、老いた哲学者が机に向かっている。ペンをこつこつと鳴らしながら、ずっと紙になにかを書いている。頭上からぽたぽたとなにかが降ってきていて、指で触れるとインクの粒であることがわかる。しかし、触った瞬間、きみの体温でじゅっと蒸発する。
哲学者がきみに気がついて、顔をあげる。
「待っていたよ」と微笑む。「さぁ、読んで」
そう言って、きみに紙を渡す。しかし、きみは首を横に振り、紙を読まない。ばっと火が燃え上がり、紙を焼き切ってしまう。
「きれいだ」
きみは消えゆく青白い炎を見つめながらささやいた。
そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。
Illustration Midori Nakajima