連載ショートストーリー:菊池良「きみはユメを見ている」第1夜

 きみはこんなユメを見た。

 きみは部屋のなかにいる。部屋は正方形で、真ん中にテーブルがあり、角にはブラウン管のテレビが置いてある。窓には厚いカーテンがかかっていて、外のようすはまるでわからない。かすかに水の流れるような音だけが、耳を澄ますと聞こえてくる。

 テレビにはジャン=リュック・ゴダールの映画が写っている。かれが撮った三作目の長編で、アンナ・カリーナが主演したものだ。しかし、そのうちのワンシーンだけが繰り返し流れていて、女がピアノの弾き真似と銃を撃つジェスチャーをしている。その動作にピアノの音色と銃声が被さる。きみは「愉快な映画だ」と思う。

 部屋の真ん中にあるテーブルには、平たい皿とフォーク、それに一冊の本が置いてある。皿のうえにはパンケーキが乗っている。パンケーキは何枚も重ねてあって、まるでタワーのようになっている。てっぺんからかけられたハチミツが、滝のように滴っていて、皿から溢れている。

 皿のとなりに置いてある本は、ドゥルーズ=ガタリの哲学書だ。普通の本よりも細長い形をしていて、まるでフランスパンのようだ。本は「ディス・イズ・ア・ブック」という顔をしている。

 テーブルをはさんだ向かい側には、大きなトラがいる。トラはなぜか後ろ足にスニーカーを履いている。有名なブランドとラッパーがコラボしたスニーカーだ。靴ひもがほどけたままになっている。トラの前足では結べないのだ。

 トラはテーブルのうえを見つめていて、口の端からよだれが垂れている。目がぐるぐると鋭くて、いつでも飛びかかってきそうな緊張感がある。

 きみはトラに向かって、意を決して口を開く。

「あなたが食べたいのはパンケーキ? それとも?」

「おれは知識が食べたい」

 トラはそう答えて、となりにあるドゥルーズ=ガタリの哲学書を手にとる。そして、むさぼるように読みはじめる。このトラは知識に飢えていたのだった。トラは「速くあれ……ピンク・パンサーであれ……」と小声で本の内容を朗読している。その熱心さに、きみは思わず感心する。

 きみは恐る恐るフォークに手を伸ばす。きみはパンケーキが食べたい。フォークを手にとると、ハチミツに触れないように注意しながらテーブルのうえにのぼる。背伸びをしながら、フォークを持った手をできるだけ高く伸ばす。

 きみはてっぺんのパンケーキにフォークを突き刺す。

 すると、「パン!」という音ともに窓にかけられていたカーテンが床に落ちる。がたんと四方の壁が外側に倒れていく。視界は急に開けて、きみは雄大な景色を見る。きみはこの家が切り立った崖に建っていたことを知る。

 崖のしたには小さな川が流れている。川の向こうのはるかさきには、禿げた山が見える。そこまで、荒れた道がつづくばかりで、なにも建てものはない。

 本を読んでいたトラが、顔をあげて本を閉じる。トラの身体がピンク色になっている。天に向かって咆哮すると、その場を飛び出すように走り去っていく。あっという間に見えなくなる。

 はるかさきの山には、茶室がある。茶室のとびらは開いていて、何者かがお茶をいれて飲んでいるのが見える。コラボスニーカーを履いた何者かだ。その光景を見て、きみはお茶が美味しそうだと思う。

 そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。

author:

菊池良

1987年生まれ。作家。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・神田桂一と共著)、『世界一即戦力な男』(‎フォレスト出版)、『芥川賞ぜんぶ読む』(‎宝島社)など。2022年1月に『タイム・スリップ芥川賞: 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』を刊行予定。https://kikuchiryo.me/ Twitter:@kossetsu

この記事を共有