
きみはこんなユメを見た。
呼び鈴が鳴ったことに気づいて、きみは玄関まで行く。しかし、ドアを開けると、そこにはだれもいない。まだ明け方で、外はだいぶ薄暗い。冷たい風が刺すように吹いてくる。
きみは呼び鈴を押した相手を探さなきゃいけないような気がしてくる。
ハンガーにかかっているお気に入りのコートを羽織り、買ったばかりのスニーカーに足を通すと、きみは勢いよく外に飛び出す。しかし、通りには人影がまったくない。街灯もついている。いや、それどころかいくつかの街灯は倒れていて、あたりに破片が散らばっている。
道路のあちこちはひび割れていて、すき間から草は背丈以上に伸びていて、風で静かに揺れている。
ふと足もとを見ると、新品だったスニーカーはあちこちが擦り切れていて、色もくすんでいる。あんなに着心地のよかったコートはぼろ布になっている。
ふと建物の壁を見ると、スプレーの塗料で真っ黒いねずみが描かれている。しかし、それは書きかけで、ねずみの足もとが書かれていない。地面にはスプレー缶が無造作に転がっている。
きみはキオスクがあるのを見つける。しかし、店のなかにはだれもいない。きみはコートのポケットをまさぐって硬貨を取り出すと、店頭に置いてキャンディの袋を手にとる。きみはそのまま持ち去ることが気持ち悪かったのだ。
なぜそのキャンディを選んだのかは、きみはわからない。
そのとき、きみは視界のなかに、四本脚のなにかが入ってきたことに気づく。イヌなんじゃないかと思う。もしイヌだったら、外に出てから初めて出会う生物だ。四本脚に近づく。きみはがっかりする。それはイヌではなく、イスだった。同じ四本脚だったので間違えたのだ。
空がすこしずつ明るみ、太陽がのぼってくる。それにつれて、身体がだんだん軽くなってくる。いや、どんどん頭上に引っ張られていく。足が地面を離れ、身体が宙を浮く。太陽に引っ張られているのだ。
見渡すかぎり、どこまでも廃墟がつづいている。どこからも生物の営みを感じない。きみは必死に目を凝らす。そのとき、宙に浮いている存在をもうひとり感じる。
視界のはるかさきにもうひとりいる。きみと同じように太陽に引っ張られ、宙を浮いている。それは幼きこどもだ。
きみは幼きこどもが呼び鈴を押したのだと直感する。身体をひねって幼きこどもに近づく。幼きこどももきみに近づいてくる。太陽に引っ張られながら、きみは幼きこどもと手を取り合う。手のひらから体温を感じる。生きているのだ。幼きこどもの目を見つめると、たしかにうるんで、光が反射している。
きみはポケットからキャンディを取りだす。そして、幼きこどもに手渡す。ふたりでキャンディを口に入れる。きみは思い出す。それはきみが幼いころに好きだったキャンディだ。
やがてふたりは大気圏を抜けて、宇宙を漂い出す。このままどこへ行くのだろうと考える。たどりつくさきでは、ひと足さきにほかの生物たちが身体を休めているのではないだろうか。幼きこどもの瞳を見つめながら、きみはそんなことを考える。
そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。