きみはこんなユメを見た。
きみは列車に乗っている。列車は線路のうえを走っていて、車両は小刻みに揺れつづけている。この列車がどこへ向かっていくのかはわからない。アナウンスはなにもない。
窓の向こうは暗くてなにも見えない。光らしい光はない。トンネルのなかを走っているのではないかと錯覚してしまうほどだ。じっと見ていると、闇に飲み込まれそうな気分になってくる。これ以上見るのは、よしておこう。
きみは車両から車両へと移動している。列車の進行方向に向かって、歩きつづけている。なぜそうしているのかはわからない。先頭車両を目指しているわけではない。しかし、歩かなきゃいけないことだけはわかっている。
だれかが追ってきているのか──いや、そうではない気がする。
きみは連結部のドアを開けて、となりの車両へと足を踏み入れる。向かい合わせの座席が並んでいる。なんてことのない車両だ。乗客はだれもいない。いや、ひとりだけ”いる”。
男が背広にネクタイをしめ、ハットも被っている。年齢は四〇代半ばほどか。足もとには革製のトランクケースが置いてある。
男は窓のそとをじっと見ている。奇妙に感じるのはまったく視線を動かさず、まばたきをしないからだ。まるで陶器のように、男はじっとそこに”いる”。
きみはちらりと男に視線を流しながら、その横を通り過ぎていく。そのとき、男が低い声でつぶやく。
「ほんとうは?」
その瞬間、ある記憶がフラッシュバックする。
階段だ。階段がある。その階段を、だれかがこつこつと歩いている。
男が降りてきて、女がのぼっていく。すれ違う瞬間、ふたりは立ち止まり、すこしだけ顔を相手のほうに向ける。男女の唇が動く。なにかことばを交わしている。だが、なにを言っているのかはわからない。ほんの数秒だけことばを発しあうと、男と女は何ごともなかったかのように歩きだす。もう二度とふたりは会わないことを予感させる。
しかし、それがほんとうの記憶なのか、なにかで見た映像なのか、きみには定かではない。
つぎの瞬間、きみの身体が浮き上がり、壁に叩きつけられる。全身に鋭い痛みが走り、割れた窓ガラスが降りかかってくる。耳の奥が痛くて、なにも聞こえない。
なんとか立ち上がって状況を確認する。どうやら列車が事故を起こしたようだ。きみは痛みをこらえながら座席を足場にして、頭上の窓から外へと這い出る。
列車は横転していて、線路から外れて力尽きたように倒れている。窓という窓から、乗客が外へ出ようと身体を必死に持ち上げている。どこにこれだけの乗客がいたのだろうかと、きみは驚く。
すでに外へ出た乗客は、呆然と立ち尽くすものや抱きしめ合うもので溢れている。車両にいた男のすがたは見つからない。
きみは乗客たちに背を向けて、線路沿いに歩きはじめる。
「そのさきは、なにもありませんよ」
うしろから声をかけられるが、きみは気にせず進んでいく。
そのとき、きみはユメから目覚める。最高の朝がやってくる。いままでにない最高の朝が。
Illustration Midori Nakajima