「プラダ」が庭園美術館で繰り広げた文化・芸術の2日間 日本初開催のイベントシリーズ「PRADA MODE」をレポート

庭園美術館を舞台に多彩な文化プログラムが展開

「#PradaMode Tokyo」

5月12・13日の2日間にわたり、「プラダ(PRADA)」による現代文化をテーマとしたイベントシリーズ「PRADA MODE」が東京都庭園美術館(以下、庭園美術館)で開催された。同イベントシリーズは、現代美術作家のカールステン・ホーラーが手掛けたイベント「Prada Double Club」(2008年・2009年ロンドン、2017年マイアミ)から派生的に生まれたもので、これまでマイアミ、香港、ロンドン、パリ、上海、モスクワ、ロサンゼルス、ドバイと世界の各都市で開催され、シアスター・ゲイツやダミアン・ハーストら世界有数のクリエイター達の作品・インスタレーションの展示が行われてきた。

シリーズ第9弾・日本初開催となる今回の「PRADA MODE 東京」では、「プラダ」と長年にわたりコラボレーションしてきた建築家・妹島和世がキュレーションを担当し、会場には同氏が昨年7月から館長を務める庭園美術館が選定。1933年に建てられたアール・デコ様式の旧朝香宮邸である本館と多彩な植物が息づく豊かな庭園、そして現代美術作家・杉本博司をアドバイザーに迎え2014年に完成した新館からなる同美術館を舞台に、領域をまたぐ多種多彩な文化プログラム・アクティビティが展開された。

本イベントは招待制であったが、美術館入り口の受付は妹島がキュレーションしたアート作品を展示する「ゲートハウスギャラリー」として一般公開。妹島が旧朝香宮邸や庭園というモチーフ・観点から着想を得てキュレーションを行い、名和晃平や三嶋りつ惠、磯谷博史、ナイル・ケティングらの作品が一堂に会した。

西洋庭園の最奥には、妹島とのユニット・SANAAとしても活動する建築家・西沢立衛の設計による木素材の仮設パビリオンを設置。オーガニックな曲線美を誇る屋根の下で、多岐にわたる主題を巡っての対談やライヴ・パフォーマンスが実施された。

芝生の上や木陰には木素材の什器が配置されており、来場者はそこに腰掛け対談や音楽に耳を傾けたり、会話やフード・ドリンクを楽しんだりと、思い思いの時間を過ごしていた。

渋谷慶一郎によるサイトスペシフィックなインスタレーション&パフォーマンス

日本庭園に歩を進めていくと、初夏の心地よい風が奏でる葉擦れに混じって、アブストラクトな電子音響が聴こえてくる。このサウンドインスタレーションを手掛けたのは音楽家・渋谷慶一郎。庭園にちりばめられた24本のスピーカーからは、同氏制作によるサウンドファイルがピッチやポジションなどさまざまなパラメーターをランダマイズした上で再生されるようにプログラムされており、自然音とも相まって、今ここでしか聞くことのできない一期一会の、サイトスペシフィックなサウンドスケープを展開していた。

イベント1日目となる12日の11時半からは同庭園で渋谷のライヴ・パフォーマンスが実施に。渋谷はアナログ・ポリフォニック・シンセサイザーの名機「Prophet-5」を即興で演奏。サウンド/ノイズの境界を行き交う重厚で豊かなアナログサウンドは、インスタレーション同様、プログラムを経由し24本のスピーカーからランダムに発せられ、自然音や来場者の話し声とも溶け合いながら、心地よさと刺激が交錯する聴取体験をつくり出していた。

建築と自然・ランドスケープの関係性を語った西沢立衛と石上純也

同日14時からは、西洋庭園のパビリオンにて、その設計を担当した西沢と建築家・石上純也による対談「ランドスケープアーキテクチャー」が開催となった。2人はまず自身が手がけた建築作品を事例としながら、各々の自然やランドスケープに対するアプローチ・考え方を提示。石上は持続的な時間軸をも設計・デザインに落とし込みことにより、前からそこにあったかのような感覚をも想起させ得るレストラン「メゾン・アウル」(2022年)、建築とランドスケープが一体化したかのような半屋外建築「KAIT広場」(2020年)などを、西沢はチリの湾岸に建てられた住宅「House in Los Vilos」(2019年)や軽井沢の宿泊施設「ししいわハウス」(2019年)など、所与の自然を解消する課題としてではなく頼るべき与件として設計を行った建築作品を紹介した。各々のプレゼンテーションを終えると、「機能の集合」ではない「流れの集合」としての建築というあり方の可能性や、20世紀の建築家が都市に向かったのに対して現在では環境・ランドスケープへの志向性が高まっているという指摘など、建築の今とこれからを巡るアクチュアルな言葉が交わされた。

お茶の精神から「趣味と芸術」を説いた杉本博司と千宗室

同日16時からの対談には、現代美術作家・杉本博司と、茶人・千宗室が登壇した。「趣味と芸術」という対談のタイトルは、『婦人画報』に掲載された杉本の連載「謎の割烹 味占郷」をまとめた書籍『趣味と芸術 謎の割烹 味占郷』(2015年、講談社)に由来するもの。同書は、杉本が料亭の「亭主」として各界の文化人・著名人を招き、自身の料理と自身が蒐集した美術品・骨董品からつくり出した床の間のしつらえによりもてなした様を記録したものだが、杉本によれば、そこにあるのはお茶の精神にもとづいているのだという。杉本のおもてなしは、例えば、ギタリストの姉弟である村治佳織、村治泰一を招いた際には、蕪を弦楽器に見立てた料理「蕪の葛炊き」を供し、また2人のレパートリーに着想を得て、司馬江漢が江戸時代の鎖国中にまだ見ぬヨーロッパの姿を想像で描いた「樹下騎馬人物像」を飾る、といった具合。招く相手に思いを巡らせ、趣向を凝らしたおもてなしを用意する——その精神性と創造性は千利休が完成させたわび茶の理念を継承したものであるだろう。本対談では、財と見識を持ち合わせ必要な時に必要なものを動かすという数奇者たる者の在るべき姿や、千利休の茶室にあらわれた西洋美術にも先行しうる幾何学的な抽象の美学・緊張感なども語られ、両者ならではの含蓄に富む対話でオーディエンスを大いにもてなした。

庭園美術館の貴重な歴史的空間と特別なワークショップ

イベント期間中、庭園美術館では年に1度の建物公開として「建物公開2023 邸宅の記憶」が開催されており、来場者は対談やパフォーマンスの合間など銘々のタイミングで、宮邸時代の家具を用いて再現された旧朝香宮邸の邸宅空間や、写真・映像資料、工芸品、調度品、衣装などを愉しむことができた。

また、新館では本イベントのために特別に企画されたワークショップも開催。洋服の制作過程で生じた布やリボンの端切れを活用しオリジナルの帽子をつくる「わたしをあらわすすてきなぼうし」、同様に端切れから大きな1枚のカーペットをつくる「ポータブルガーデンをつくろう」という2つのワークショップは、老若男女問わずたくさんの参加者でにぎわっていた。

妹島和世と長谷川祐子が考える、アートと生活・社会の新しい関係性

イベント2日目となる13日の11時からは、妹島とキュレーター・長谷川祐子による対談「犬島シンビオシス:生きられた島」が開催された。主題となったのは、瀬戸内海に位置する犬島で2008年にスタートした、アートによる地域再生の取り組み「家プロジェクト」だ。同プロジェクトにおいて、長谷川はアーティスティック・ディレクターを、妹島は建築を担当。過去タッグを組み「アートと人をつなぐ」ことを実現した2人は、そのさらに先の姿として「生活の中にアートが自然にある」という状況をつくり出すことを企図したという。その結果として、犬島のプロジェクトでは、1つのシンボリックなギャラリーをつくるのではなく、当時約50世帯の島民が暮らしていた集落に複数のギャラリーを分散的に設計・開館するというアプローチが取られることに。妹島が設計したギャラリーは、スカルプチャルな新築のもののみならず、もともとある空き家を活用・リノベーションしたものもあり、展示に必要な最低限の電気しか用いないというポリシーを遵守すべくさまざまな工夫を行うなど、コンテクストや環境に配慮しながらプロジェクトが進められたことが豊富な写真資料とともに説明された。

また、同プロジェクトで肝要なのは「ギャラリーをつくって終わり」ではないこと。それはあくまで第1フェーズに過ぎず、植物園の開館やさまざまなイベント・ワークショップの展開、外部団体・企業が参画しての取り組みなど、ギャラリーの開館後も現在進行形で犬島という場所、そこにあるコミュニティの成長が実現され続けているのだ。ただし、それはああらかじめ計画・設定されたゴールではなく、島民やプロジェクト参加者、アート・アーティスト、ギャラリーを訪れる来島者らさまざまな要素・主体が、シンビオシス(利他共生、異なる種・生物が互いに利する関係を持つことによって進化していくという考え方)的に関係し合い、生まれ育まれていったものだという。その合目的性に回収されないつながりや、持続可能な成長のあり方は、社会や文化のこの先の姿を考える上で多大な示唆を与えてくれる。

刺激に満ちた渋谷慶一郎によるAI・アンドロイドとの共演

同日12時半からは、渋谷のパフォーマンス「Garden of Android」がパビリオンで催された。渋谷は、近年のメインプロジェクトであるアンドロイド・オペラ®︎の「主演」である人型アンドロイド「オルタ4」との共演を披露。パフォーマンス前に渋谷が行った説明によれば、「オルタ4」がこれから歌う歌詞は、渋谷がAIに本イベントの概要や、西洋において「庭」の理想形・起源とされる「エデンの園」の背景や物語を学習させた上で、「庭園美術館の庭で歌うとしたら、どんな歌詞を歌いたいか?」と問いかけ生成されたものであるという。また「オルタ4」が歌うメロディはすべて渋谷が紡ぐサウンドに対して即興で生み出されるものであることも伝えられた。

「オルタ4」によるパフォーマンス開始のスピーチが終わると、渋谷が「Prophet-5」で奏でる倍音を多分に含んだ美しく分厚いパッドサウンドがあふれ出し、一気に場を染め上げていく。すると、「オルタ4」はその音に重ね合わせるように、子ども/大人、男性/女性、人間/システム、声/楽器などさまざまな境界線を曖昧にするような不思議な歌声による歌唱を開始。渋谷はそんな「オルタ4」が紡ぐメロディにしかと耳を傾けながら、モジュレーションやフィルターを繊細にコントロールしつつ、演奏を展開していく。人間とAI・アンドロイドにより繰り広げられた「対話」は、この先の文化・表現の未来のヴィジョンを大いに感じさせる創造性と批評性に満ちていた。

境界を横断する刺激的で多種多彩な音楽

渋谷の他、本イベントでは、初来日を果たしたフランス人電子音楽家のロメオ・ポワリエ(Roméo Poirier)や、つい先日に新曲「Nothing As」を発表した石橋英子&ジム・オルーク(Jim O’Rourke)、水と陶磁器を用いる在パリのサウンド・アーティストのトモコ・ソヴァージュ(Tomoko Sauvage)、イタリアのアンビエント音楽家ジジ・マシン(Gigi Masin)ら国境・ジャンルを横断した豪華多彩なアーティスト・音楽家達によるパフォーマンスが催され、空間を色とりどりの豊穣なサウンドで彩った。

渋谷慶一郎と朝吹真理子による都市・音楽を巡る語らい

本イベントの最後の対談プログラムに登壇したのは、先ほどパフォーマンスを終えた渋谷と小説家・朝吹真理子。「都市と音楽」をテーマとした対談の冒頭において、朝吹は、ル・コルビュジェに師事した建築家であり数理モデルを駆使した作品で高名な作曲家でもあるヤニス・クセナキスの著書『音楽と建築』(編訳:高橋悠治、2017年、河出書房新社)からお気に入りの一節を紹介しながら、街を歩いている時におぼえる過去や未来の時間が今ここに流れ込んでくるような感覚、積層的・リニアな時間軸から逸脱する同時多層的な時間感覚への共感を語った。それを受けて渋谷は、作曲という営為において経験され得る時間感覚もそのようなものであると説きつつ、日本の都市にあふれている音楽は規律的なビートに支配されたものが多く、そのことにより都市体験における豊かさが、そこにあるべき多層性や複層性が損なわれているのではないかと、音楽家ならではの観点から指摘を行った。一方、朝吹は、コロナ禍の東京において、飲食店などから漏れ聞こえてくる音や匂いがなくなってしまった時、それまではそれらを不快に感じることもあったものの、街から生命感が失われてしまった感覚をおぼえたことを述懐した。単数性・規律性に回収されないものや、ノイズ・不純物。そこにこそ都市を、生活や社会を真に豊かにするための何かが宿っているのかもしれないと、2人のクリエイターの鋭敏な感性・言葉は教えてくれた。

生活や社会を真に豊かにしていくために必要なもの

五感に訴えかけてくるアート作品やアクティビティ、ジャンルや境界を横断する音楽、文化や社会の来し方行く末を照らす言葉——。そんな多彩さと創造性に満ち溢れたコンテンツ・プログラムがあまた展開された2日間は、「プラダ」の芸術・文化への敬愛と真摯な思いを改めて伝えるとともに、生活や社会をより豊かで実りあるものにしていくために必要なものとは何かということについて、思いを巡らせ考えていく契機ともなった。「プラダ」と庭園美術館によりつくられた特別な庭、そこで過ごした時間は訪れた1人ひとりの中で色褪せることなく輝き続けることだろう。その煌めきに宿るものを、私たちはラグジュアリーという言葉で呼ぶのかもしれない。

■「PRADA MODE 東京」
日程:5月12・13日
場所:東京都庭園美術館

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

この記事を共有