ホンマタカシが考えるドキュメンタリー映画とは 『建築と時間と妹島和世』の場合

写真家のホンマタカシが監督・撮影を手掛けたドキュメンタリー映画『建築と時間と妹島和世』が10月3日から東京・渋谷のユーロスペースで公開される。本作は建築家・妹島和世が、大阪芸術大学アートサイエンス学科の新校舎を設計、建築していく様子を3年半にわたって記録し、1人の建築家がひとつの建築に向き合う姿を鮮明に描き出している。

——今回ホンマさんが『建築と時間と妹島和世』の監督を務めたきっかけから教えてください。

ホンマタカシ (以下、ホンマ):大阪芸術大学に頼まれたのがきっかけです。当初はまだ映画にすることは決まっていなくて、「半年に1度記録映像を撮影してほしい」という依頼でした。大阪芸術大学には建築学科もあるので、教育用にという考えがあったんだと思います。それで半分くらい撮影した段階で、映画化の話が出てきて、今回の上映に至りました。

ドキュメンタリー映画というとずっと密着して撮影しているというイメージかもしれませんが、そんなことはなくて、3年半で撮影したのは6回です。1回分の素材が大体10分ほどで、それで上映時間も60分なんです。

——タイトルが『建築と時間と妹島和世』と非常にシンプルです。これはすぐ決まったんですか?

ホンマ:シンプルかつ建築と時間と妹島さんを同じ分量で存在させたかったので、このタイトルにしました。普通だったら映画の中でもっと妹島さんの人間的な部分をフォーカスするかもしれないんですが。見終わったあとに妹島さんに「ホンマさん私にあまり興味ないのね」って言われるくらい、建築と時間にもフォーカスしています。

——それでも今作はナレーションがなく、妹島さんの語りで構成されていることで、魅力的な人柄も伝わってきます。

ホンマ:僕は何かメッセージを伝えるためにドキュメンタリーを撮っているわけではありません。半年に1度妹島さんにインタビューして、その時にどういったことを考えているのか、またその思考がどう変化していっているのかに興味があったんです。だから僕の方から妹島さんの魅力はここですよということを伝えたいわけではなく、観てくれた人がそれぞれに妹島さんの魅力を感じてくれたらいいです。

建築家の妹島和世

——ホンマさんは多くの妹島さんが手掛けた建築の写真も撮られていますが、妹島さんが手掛けた建築の魅力はどこにあると思いますか?

ホンマ:僕と妹島さんは1990年代後半に出会ったんですが、当時は前の世代の建築家と比べて、妹島さんの建築は「透明な建築」「軽い建築」と言われていました。僕も1990年代半ばにデビューした時に、「明るい写真」と言われていて批判されたことがあって。だからお互いの質感が合ったというか、すごく感覚が近いなと感じました。だからこそ妹島さんの建築だと撮ろうと思えるんです。僕は建築全般に興味があるわけではないので、誰の建築でも撮影できるというわけではないんです。今回は妹島さんのドキュメンタリーだから撮れましたが、これが安藤忠雄さんだと撮れないんです。

——画角が縦位置や横位置、正方形とさまざまで、それが新鮮でした。そこにはどういった意図が込めれられているのでしょうか?

ホンマ:もともと映画にするつもりもなかったので、人物だったら縦位置の方がおさまりがいいとか、広く見せる必要があるから横位置の方がいいとか、写真家的な発想で画角は決めています。動画だから横位置で撮らなければいけないということでもないと思っているので。

——ナレーションがない分、音楽もすごく印象に残っています。音楽担当として、注目の若手ドラマーの石若駿さんを起用した狙いは?

ホンマ:彼は基本的にはドラマーなんですが、以前ソロコンサートでピアノをひいているところを見て、それが即興だったんですが上手い下手を通りこして、すごく有機的だと感じました。それを聴いた時に妹島さんが建築を作る際の有機的な思考に合うんじゃないかと思って依頼しました。今回は即興でドラムとピアノをオーバー・ダビングして10種類ほどやってもらって、その中から1つ選びました。

——ホンマさんはいくつかドキュメンタリー映画を撮られていますが、写真家であるホンマさんがドキュメンタリー映画を撮る動機は?

ホンマ:ドキュメンタリー作品だと結論ありきで作られているものも多いですが、僕の場合は結果にはあまり興味がなくて、ある程度フラットに見ながらその過程を映すことに興味があります。あくまで写真の延長線上でできる範囲内でという考えで、ドラマチックにドキュメンタリー映画を作るのは僕の仕事ではないと思っています。

だから今回も建築ができあがっていく過程で、その都度妹島さんが何を考えているかに興味があったんです。例えば映画の中に妹島さんが工事現場を歩いていて、僕が遠くから望遠で撮影しているシーンがあるんですが、普通だと近くで撮影して表情やしぐさなどをしっかりと撮影すると思うんです。僕はそこで妹島さんが歩きながら何を発話したかに興味がある。だから建築ができあがってからも振り返ってどうでしたかという質問もしていないし、そこには興味がないんです。この作品も観た人がそれぞれにできあがった建築や妹島さんについて感じてもらえればと思います。

妹島和世
建築家。1956年茨城県生まれ。1981年日本女子大学大学院家政学研究科を修了。1987年妹島和世建築設計事務所設立。1995年西沢立衛と共にSANAAを設立。2010年第12回べネチアビエンナーレ国際建築展の総合ディレクターを務める。日本建築学会賞*、べネチアビエンナーレ国際建築展金獅子賞*、プリツカー賞*、芸術文化勲章オフィシエ、紫綬褒章などを受賞。現在、ミラノ工科大学教授、横浜国立大学大学院建築都市スクール (Y-GSA)教授、日本女子大学客員教授、大阪芸術大学客員教授。*は SANAA として。 

ホンマタカシ
写真家。1962年東京都生まれ。1999年、写真集『東京郊外 TOKYOSUBURBIA』(光琳社出版)で第24回木村伊兵衛写真賞受賞。2011年から2012年にかけて、個展「ニュー・ドキュメンタリー」を日本国内3ヵ所の美術館で開催。著書に『たのしい写真 よい子のための写真教室』、近年の作品集に『THE NARCISSISTIC CITY』 (MACK)、『TRAILS』(MACK)がある。また 2019年に『Symphony その森の子供 mushrooms from the forest』(Case Publishing)、 『Looking Through Le Corbusier Windows』(Walther König, CCA, 窓研究所)を刊行。 現在、東京造形大学大学院 客員教授。

『建築と時間と妹島和世』
監督・撮影:ホンマタカシ/出演:妹島和世/製作:大阪芸術大学
Copyright 2020 Osaka University of Arts. All Rights Reserved.
2020年/日本/カラー/16:9/60分/英語字幕付き 配給:ユーロスペース
公式ウェブサイト:kazuyosejima-movie.com

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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