「つらいことも、笑ってもらえるなら意味がある」 かが屋・加賀翔が初小説に込めた“笑い”による希望

『キングオブコント2019』で決勝進出を果たして以来、人間の心の機微を描き出すコント師として唯一無二の存在感を放っているかが屋・加賀翔。11月10日に上梓した自身初の小説『おおあんごう』(講談社)は、故郷・岡山で破天荒な父親に振り回されながら、“笑い”によって自身の境遇を受け入れていった加賀の私小説的な作品だ。

痛みも悲しみも、誰かに話すことによって救われる──。主人公の少年・草野の挫折と成長は、理不尽なことやしんどいことも笑いに昇華する「芸人」という職業の不思議な感性にも重なっている。

初の小説執筆を終え、「自分にしか書けない物語だった」と振り返った加賀が語る、少年時代の記憶と「お笑い」の話。

「本当に、お笑いがない場所で育ったんです」

──初めての小説執筆となった今回、生まれ育った岡山での経験を描こうと思ったのはどんな気持ちからだったのでしょうか。

加賀翔(以下、加賀):1年半前に、以前『群像』で書いたエッセイをもとに小説を書きませんか、というお話をいただいて。最初は『おおあんごう』とはまったく違う物語を書いていたんです。でも、なんか自分の話じゃないという感じがして。やっぱり初めて小説を書く人は、自分の通ってきた経験からヒントを得て書くんじゃないかと思ったんです。それで、そこから逃げずに自分の地元や家族と向き合って書こうと思いました。全部が実体験ではないし基本的にはフィクションですけど、もし映像化するなら父親役はやっぱり自分の父親になるだろうし、舞台も僕が育った地元になると思います。

──『おおあんごう』では、「誰かに話すことで救われる」というのが1つのテーマになっていたように感じました。主人公の草野くんは、破天荒な父親とのひどいエピソードも親友にしゃべって笑い話にすることで、少しだけ救われるというか。

加賀:僕が育ったのは、本当に“お笑い”感覚のない地域だったんです。つらい話はつらいし、悲しい話は悲しい。それを面白がることって失礼じゃないかっていう空気があったんです。「でも、それって救われないよな」っていう気持ちがすごくあって。つらい話も、誰かが笑ってくれたら意味があるように思えるじゃないですか。「つらいよね」って同情してくれても、それで助かる時もありますけど、やっぱり気持ちは晴れないし。「笑えてもらえてラッキー」っていう感覚があったほうが、やっぱり楽なんですよね。もし今つらい思いをしている子がいたら、そういう考え方もあるよっていうのを伝えたい気持ちはありました。

──加賀さんの中にも、子どもの頃からそういう感覚があったんですか?

加賀:僕はけっこう最初から父親のことは面白がっていて、「頭おかしいよ」ってずっと思ってましたね(笑)。友達のお父さんはみんなちゃんとしているのに、僕のお父さんは運動会に酒を持ってきて、「行けオラア!」って競馬場で叫んでいるみたいに騒いでるような人でしたから。顔もカッコよくて背も高かったから、それで周りのお母さんからチヤホヤされたりして……。承認欲求を満たすために子どものイベントに来るような、そういう人でした(笑)。ただ、僕はそういうのを面白いと思って周りの人に話してましたけど、みんなは引いてましたね。

──ああ……。

加賀:僕の話術の力量不足でもあるんですけど、「大丈夫……?」って逆に心配されちゃったりして。やっぱり僕みたいに面白がれる子ばっかりじゃないよなと思って、小説では自分と感覚の違う子を主人公にしたいっていう気持ちはありましたね。

──芸人さんも、「これはしんどいな」っていう話も笑いに変えることができるお仕事だと思うんです。

加賀:そうだと思います。「これはキツいって……」みたいな笑えないこともありますけど、そういうことも「さすがにしんどいわ」って言葉にしてしゃべっちゃいます。もしお笑いがなかったら、もっとそのしんどさを食らってると思うんで。

──お笑いがあることで、少しだけつらいことも緩和される。

加賀:昔なにかのライブの時に、占い師さんが芸人を占うっていう企画があって。そこで占い師さんに「しんどいなあって思うことが多いでしょ。でも、他の人だったらもっとしんどいって感じてるよ」って言われたんです。もしかしたらお笑い芸人ってみんなそうなんじゃないかと思ったし、なぜか印象に残りましたね。小説を書いている時も、一瞬だけその時のことを思い出しました。お笑い芸人ってそういう能力に長けていると思うんです。本当は結構つらいのに、バイトをクビになった話とかめっちゃ言うじゃないですか(笑)。

──確かに、貧乏だった話とか苦労した話も楽しそうに聞こえますよね。

加賀:事務所の先輩とライブの楽屋で一緒になると、「夜勤がしんどかった」っていう話が一番盛り上がりますもんね(笑)。売れてる先輩とかもみんなそういう話を明るくしゃべりますし。今が楽しいって思えるように自分でスパイスを加えるというか……みんな、草野くんみたいにいろいろ考えているんだろうなと思います。

他人が変わることに期待するよりも自分を変える

──『おおあんごう』では、何度も痛い目に遭ってるのにまったく懲りないお父さんの姿にも、加賀さんの人間観がにじみ出ているような気がしました。

加賀:そうかもしれません。小説の中にも出てくるエピソードですけど、実際に父と東京で会ったことがあるんです。その時も父はちゃんとお酒を飲んでいて(笑)。やっぱり人間って変わらないんですよね。だから本当はハッピーエンドにしてあげたかったけど、草野くんの向こうに見え隠れしている自分に申し訳なかったというか……。そういうのを受け入れて書くのが、自分が背負っている業なんだろうなと思って書きました。

──でも、変わらなくてもいいし、別にいい人にならなくてもいいんじゃないかという優しさも感じました。

加賀:ちゃんとムカつきますけど、ちょっとずつそうやって思えるようになっていけたらなって自分に言い聞かせているところもありました。誰かが変わることを期待するのはあんまり意味がないし、自分が変わったほうが絶対に早いっていうのは、僕の人生の前半戦で学んだことですね。

──草野くん自身も、懲りないお父さんとの受け入れ方や距離感を少しずつ身につけていって……

加賀:草野くんがいろいろ頑張って、試したところを評価してあげてほしいですよね。勇気を出して反発してみるとか、受け入れようと思ってみるとか、面白がってみるとか、いろんなやり方を試していけたらいいんだろうなと思います。

──親友の伊勢くんの存在もすごく大きかったですよね。

加賀:僕も「いいなあ」って思いました。こんなにいい友達がいてよかったね、って(笑)。もともと伊勢くんは登場する予定はなかったんですけど、編集の方が「話ができる親友が出てくるのもいいんじゃないですか?」ってアドバイスしてくださって。自分の想像の中からは出てこなかったアイデアなんで、ありがたかったです。

背伸びをせず、素直な言葉を紡ぐこと

──加賀さんはもともと読書が好きだったそうですが、特に好きな作家や影響を受けた作家はいますか?

加賀:一番の影響で言えば又吉直樹さんです。昔、『王様のブランチ』で紹介されていた又吉さんとせきしろさんの自由律俳句の本『まさかジープで来るとは』を読んで、衝撃を受けました。「これは人生変わるわ」ってくらいの衝撃で。そのあと、又吉さんの『第2図書係補佐』という本を紹介するエッセイを読んで。そこからいしいしんじさん、西加奈子さん、中村文則さん、古井由吉さん……といろんな作家さんの小説を読むようになりました。

──そうした読書体験は、執筆にも影響があったのでしょうか。

加賀:いや、僕がそこから何かを得て小説に生かそうと思ったことはほとんどなくて。本当にプロとアマチュアの差ってすごいんです。書いているうちに、自分のボキャブラリーのなさを痛感するわけですよね。だからこそ、モノマネはやめようと思って。背伸びして中村文則さんとか古井由吉さんのようなすごい文章を書こうとか、そういうことは考えずに。ちゃんと自分の言葉で、素直に無理せず書こうと思いました。同じ岡山出身の重松清さんもめっちゃ好きなんで、岡山弁がバリバリ出てるのはちょっとどうなんだろう……って思ったりもしたんですけど。でも、そこも隠さずに素直に書こうと思いました。

小説を書いたことで、幼少期のすべてが報われた

──今回、『おおあんごう』を書き上げたことで、故郷の岡山への気持ちや過去の捉え方も変わりました?

加賀:僕、昔は岡山を出たくて仕方なかったんです。岡山弁も怖いし、「おおあんごう」っていう言葉もすごい嫌だったんですよ。でもお笑い芸人になってから岡山の話も笑ってもらえるようになったり、こうやって小説を書かせてもらったりしているうちに、あの時の全部が報われたなっていう気持ちになりました。今はもう、岡山のためになんでもやりたいです(笑)。

──芸人仲間や先輩からも感想をいただいたりしましたか?

加賀:僕と同じようにちょっと複雑な家庭環境で育った人ほど「よかった、わかるわー!」って言ってくれます(笑)。あとは「壮絶やな」みたいに言ってくれて、肩をポンポンと叩いてくれる先輩も増えましたね。

──そして11月20日の『王様のブランチ』では、BOOKランキングで1位を獲得しました。

加賀:さっきそれを知ってインタビューの直前まではしゃいでました(笑)。昔、パンサーの向井さんと又吉さん、サルゴリラの児玉智洋さんが3人でやっているラジオにゲストで呼んでもらった時に、「本が好きなんです」っていう話をしたんですよ。だから『王様のブランチ』で、僕の本が1位になっているのを見て向井さんが「おお〜」って顔をしていて。それを見たら感無量でしたね、やっぱり。

──読者からの反響も感じていますか?

加賀:そうですね、少しずつではありますけど。今まではお笑いが好きな人しか僕らのコントを見てもらえなかったんですけど、小説になると本当にいろんな人に読んでもらえるじゃないですか。僕がお笑い芸人だって知らない方からも感想のお手紙やコメントをいただくこともあって、うれしかったです。その一方で、お笑い芸人ってやっぱり一般の人とは感覚がズレてるのかな……っていうのも感じていて。だからちゃんと歩み寄らないといけないし、「こっちが正しいでしょ」っていう振る舞いをするのは危険だなと感じました。

──「ズレ」と言うと?

加賀:この小説を僕は笑ってほしいと思って書いたつもりでも、読んでくれた方から「しんどかった、つらかった」っていう感想をいただくこともあって。それが胸に刺さりました。でも、それは「書かないほうがよかった」というわけじゃなくて。自分の力量不足なところも絶対にあるんですけど、これは僕にしか書けない話だと思うし、単純に「もっと上手くなりたい」って思いました。読者の方々からの感想を通じて、世の中には本当にいろんな考え方や感じ方がある、ということを実感できたのが本当によかったです。

──「上手くなりたい」ということは、2作目も考えているのでしょうか?

加賀:ちょっとだけです、ちょっとだけ。あんまり言うと「書きましょう」って話になるかもしれないので……(笑)。僕が勝手に書くぶんにはいいと思うんですけど、やっぱり大変ですよね。単独ライブも、毎回5分とか10分の新ネタを7本くらい作るんですけど、そういう時期って本当にキツいんです。でも、いざ始まったらお客さんが笑ってくれて、楽屋に戻ったらすぐ「次もやりたいな」っていう気持ちになってるんですよ。あんなに大変だったのに……。だから今は書きたいなっていう気持ちになっているんですけど、ちょっと自分でセーブしてます(笑)。でも人生でもう1冊は絶対に書きたいですね。

加賀翔(かが・しょう)
1993年、岡山県生まれ。マセキ芸能社所属のお笑い芸人。相方の賀屋壮也と2015年に「かが屋」を結成。『キングオブコント2019』では決勝に進出。ラジオ・バラエティ番組の他、趣味の短歌と自由律俳句のイベントにも出演しマルチに活躍中。
https://www.maseki.co.jp/talent/kagaya
Instagram:@kagaya_kaga
https://www.youtube.com/channel/UCbJFVj5Zp7NVzOxAj75F7GQ

おおあんごう 加賀翔

■おおあんごう
著者:加賀翔
発売日:2021年11月10日
価格:¥1,540
判型:四六
ページ数:178ページ
出版社:講談社
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000358080

Photography Masashi Ura

author:

山本大樹

1991年生まれ、編集・ライター。明治大学大学院にて人文学修士(映像批評)。編集プロダクション勤務を経て、2019年に独立。現在『Quick Japan』外部編集のほか『芸人雑誌』、『BRUTUS』などで執筆。アイドル、お笑い、漫画、演劇が好き。Twitter:@koimemo

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