佐久間宣行 × 祖父江里奈 ドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』で伝える「人生の豊かさ」

多くの話題作を生み出してきたテレビ東京の金曜深夜の「ドラマ24」。4月9日(深夜0時12分)からはコラムニスト、ラジオパーソナリティーとして活躍するジェーン・スー原作のエッセイ集『生きるとか死ぬとか父親とか』をドラマ化。同作は、ジェーン・スーが、自身の家族の出来事と思い出を描いたリアルな物語で、ドラマでは主人公・蒲原トキコを吉田羊が、その父の蒲原哲也を國村隼が演じる。また、メイン監督、シリーズ構成を、『溺れるナイフ』や『21世紀の女の子』など多くの映画作品を手掛ける山戸結希が務める。なお山戸は今作が初めての連ドラ監督となる。

今回、3月でテレビ東京を退社しフリーとなった佐久間宣行とテレビ東京の祖父江里奈、2人のプロデューサーにドラマ化から山戸監督の起用、キャスティング、そしてプロデューサーとしての想いを聞いた。

山戸監督ありきで始まったプロジェクト

――まず、ジェーン・スーさんのエッセイを山戸結希監督でドラマ化することになった経緯を教えてください。

佐久間宣行(以下、佐久間):もともと僕はドラマ部じゃなくて、やるとしても『SICKS〜みんながみんな、何かの病気〜』のようなシチュエーション・コメディーだったんですけど、このプロジェクトの始まりは、山戸結希監督で何かを作るということが根本としてあったんです。僕は「ミスID」の審査員で山戸監督とご一緒していて面識があったので、それもあってこのプロジェクトに入ることになりました。僕と祖父江は、山戸監督の独特の才能を活かして、このドラマを成立させるために入った人間という感じです。

――そうだったんですね。この一報を聞いた時は、山戸監督とジェーン・スーさんという意外な組み合わせが新鮮でした。

佐久間:山戸監督が「生と死」についてやりたいというのがあって、いろんな原作を持っていった中で、監督自身がこの作品を選んだんです。スーさんの作品には、「老い」「家族」「親」「東京」「女性の生きづらさ」なんかがすべて書かれていたので、監督の思っていることと合ったんだと思います。

――山戸監督のこれまでの作品を見てきた者からすると、今、ドラマの宣伝などで見ているイメージはちょっとカラっとしてポップな感じがしていますが、その辺は見ていくと山戸監督のカラーというのも出てくるんでしょうか。

佐久間:1話の冒頭の6分、7分くらいで出てきますね。

祖父江里奈(以下、祖父江):やっぱりドラマをやってきた人間としては、とっつきやすさも大事にしたいところなんですけど、山戸さんだからこそ、その6〜7分の部分を活かそうということになりました。監督のカラーがにじみ出ちゃう感じです。監督もドラマに寄せた作り方も意識してくれましたけど、それでもにじみ出る「らしさ」があります。

佐久間:もともとは山戸監督の天才性をドラマに存分に活かしたいということから始まった作品なので、脚本も現場も監督の気持ちを大事にしました。とにかく冒頭を見れば「普通のドラマじゃねえな」ということがわかると思います。

――今の段階のプロモーションを見ていると、そういうことはまだ見えていなくて、ポップな部分がフィーチャーされていますね。

佐久間:まだ隠してるんですよ(笑)。楽しい親子の関係性とかを今の段階では押し出しているけれど、ドラマが始まって、後半にいけばいくほど情念とかすごい世界が見せられるんじゃないかと。

祖父江:映画とテレビを見る人の動機って違っていて、映画は監督の作風を知っていて、その上で見にいくところがあると思うんですけど、ドラマは間口が広くて、なんとなくおもしろそうだなということで見始めるものだと思うんですよ。とはいえ、ポップな部分が押し出されていることも嘘ではないんですよ。ちゃんとラジオのシーンや家族のシーンにはポップさもあって、見ていくうちにディープなところも垣間見えていくので。

佐久間:この原作ってもともと、娘と父親の日常があって、だんだん過去を描くにしたがって、それぞれの家族にある「地獄」が見えてきて、それを乗り越えて今があるという話で。そういう経験があったからこそ、今のジェーン・スーさんが出来上がったんだと思うんですね。人の心に踏み入っていい距離感があったり、どんな人にも対等に向き合うことができるような。そういうスーさんの生きてきた過程は、見事に山戸監督に合っていると思いますね。

祖父江:原作にはないオリジナルな部分もけっこうあるんです。特に、女友達のシーンを入れたことで、女性が結婚するとか働くとか子どもを産むとかということも描かれています。そのオリジナルなシーンも、監督の関心に寄せた要素になっていると思います。

――監督とスーさんが打ち合わせなどではどんなお話をされてましたか?

佐久間:スーさんには、シナリオがある程度出来上がった時に、確認してもらって。その時点で監督とディスカッションする機会がありました。スーさんは「うちの父親はこんな殊勝なことは言いません」とか「こんな申し訳なさそうな態度にはなりません」とか言ってましたね(笑)。それと、ラジオの相談のシーンも、かつてはこう答えたけれど、今なら少し違う答えをするのではということなんかもチェックしてもらいました。

ラジオ現場のキャスティングにも注目

――吉田羊さんと國村隼さんのキャスティングについても教えてください。吉田さんがここまでスーさんに寄っているビジュアルにも驚きました。

佐久間:衣装合わせに立ち会ってみて、こんなにそっくりになるんだってびっくりでしたね。スーさんと吉田羊さんは年齢的にも近いし、1人の女性として、これまでのキャリアを考えても、この役に重なるところがあるんじゃないかと思っていたので、ジャストなキャスティングになりました。

――それと、國村さんのイメージも、今までとは違う感じもあって新鮮ですよね。

祖父江:『コクソン』のイメージとかですよね。

――そうですそうです。厳かな役も多い方だと思っていたので。

祖父江:抜群の演技力で自由奔放で人たらしな父親を見事に演じてくれました。ご本人も、優しくておしゃべりでユーモアもある方なんですよ。番組のためのオフショットを撮らせてもらう時も、國村さんが一番、お茶目なポーズをしてくれて、その写真をいつも佐久間さんに送ってました(笑)。

佐久間:スタッフから「今日もかわいい写真が撮れました」ってくるから松岡茉優さんの写真かなと思ったら、國村さんの写真で(笑)。

――ラジオの場面に出られる方や、次々と発表になるゲストの方も気になります。

祖父江:そこは間違いなく佐久間さんですよね。

佐久間:ラジオの現場で働くキャラクターは、もともとはセリフがほとんどなかったんですよ。なので、トンツカタンの森本くんは、作家にいそうな顔をしてるし、ヒコロヒーも技術者にいそうだし、オカモト“MOBY”タクヤ(SCOOBIE DO)くんも、適当な感じのディレクターにいそうってなって、ビジュアル重視で選びました。芝居をしたことがない3人だったんですけど、すごく軽妙な感じで雰囲気もあっていたので、トキコのラジオの場面で、いろんなリアクションをするシーンが増えていったんです。

祖父江:特にMOBYさんは、もともとスーさんとは面識があったそうで、役作りのためにTBSにも見学に行ってました。スーさんはキャスティングにMOBYさんがいるのを見て、爆笑だったらしいです。見学についても、「出演したこともあるのに必要ないでしょ?」ってスーさんは思ったらしいんですけど、MOBYさんは「ディレクター目線で現場を見たいんだ」と。真面目な方で、演劇の分厚い本も読んで演技に挑んでくれましたね。

佐久間:田中みな実さんもいいんですよ。実際のスーさんのラジオでは、パートナーとしてTBSのアナウンサーの堀井美香さんなどが出られているんですけど、ドラマの中のトキコのパートナーも、実際にTBSのアナウンサーだった田中みな実さんだとおもしろいなと。

祖父江:2人のかけあいがめっちゃいいんですよ。

佐久間:アナウンス原稿も読めないといけないし、それ以外のところの芝居はめっちゃナチュラルだし、女性アナウンサーが年齢を重ねて感じる悩みだったり、キャリアに対する悩みだったりが、田中さんともシンクロしていて。彼女のゲスト主役回みたいなのもあって、すごくいいですね。

――ヒコロヒーさんの演技も楽しみですね。

佐久間:ヒコロヒーもいいですよ。

祖父江:佇まいがいいんですよ。音声さんの役なんですけど、いそうなんですよね。寡黙でときどきぽろっといいことを言う。ヒコロヒーさん自身が働く女性についての文章も書かれていて、そういうことからも意識して役に結びつけた感じはありますね。

佐久間:それと、岩崎う大(かもめんたる)くんもいいんですよ。トキコの元カレ役なんですけど。

祖父江:そのシーンがフランス映画みたいですごいおしゃれなんですよね。

佐久間:その元カレが、人生がなかなかうまくいかない役で、元カノのトキコの前でかっこつける感じがよくて、「これは岸田戯曲賞ノミネートされただけあるわ」って。

祖父江:後半もいいんですよね。

佐久間:松岡茉優さんがトキコの若い頃を演じていて、父親との「地獄」の部分を担ってくれています。そういう「地獄」って誰の人生にもあると思うんですけど、その部分もすごくよくて。それと、ひょんなところで現われるDJ松永(Creepy Nuts)にも注目してほしいですね。アイツ、全然セリフを覚えて来ないのに、絵力があるんですよ(笑)。この間、ラジオでその時のことを話してて、「ドラマってセリフを覚えて行くもんだってことを知らなかった」って(笑)。

祖父江:それで私が困って泣きそうになりましたからね!現場で急きょ、セリフ合わせに付き合うことになって。ステージママじゃないんだから!

佐久間:どこの子役だよ!って(笑)。でも松永の役がぴったりでね。

祖父江:すごいのが、セリフは覚えてこなかったんですけど、一度覚えちゃうとその後はとちったりしないんですよね。

佐久間:やっぱり、旬の人って輝きが違うんだなと。いいシーンになりましたよ。

生きること、死ぬこと、家族のことを通じて、自分のことを考える

――佐久間さんは、このドラマの発表があったのと同時期に、テレビ東京を退職してフリーになるということも発表されて、二重に驚きました。

佐久間:このドラマが立ち上がったのがかなり前で、その時には、フリーになることは考えてなかったので、周りのみんなもびっくりしていましたね。僕自身は変わんないですね。テレ東との契約は別の形になるけれど。

――祖父江さんはその話を聞いていかがでしたか? 寂しいとか、辞めないで、みたいなこととかは。

祖父江:まあ佐久間さんはどこにいても佐久間さんだし、テレ東という狭い世界から外に出て何をするのかのほうが楽しみということもあるので。

佐久間:みんな、それなりに寂しいとかって言ってはくれるけど、誰も引き留めてはくれなかったからね(笑)。

祖父江:「でしょうね」って感じだったんじゃないですか?

佐久間:「でしょうね」もそうだけど、3年くらい前から、会う人に「いつフリーになるの?」って言われてたし。僕自身は野心もないし、会社でやるほうがリスクもないしって思ってて、でも中年を超えると「どうやらサラリーマンのほうが大変じゃないかと」思うようになって。

――管理職になって直接番組作りに関われなくなるという立場になりますしね。

佐久間:自分としては、40半ば超えたら、管理職にモチベーションが湧くと思ってたんですよ。でも、実際にそうなってみると、やっぱり番組作りとか、その仕組みを作るほうがおもしろいと思ってしまったので仕方がないですね。

――今って「顔の見えるプロデューサーやディレクター」ってテレ東に一番多いですよね。そういう空気ってどこからきてるんですか?

祖父江:1つは、局員の発信に対する規制がテレ東はわりと緩くて、好きなこと言っても怒られないこととか、あとは素人さんにカメラを向ける番組が多くて、そこでディレクターが顔を出すことが多くて抵抗がなくなっているいうこともあるかもしれないですね。

佐久間:伊藤(隆行)さんは、一番、ちゃんと前に出る人だと思います。それがあるから、他の人が前に出ても止められないのかな。それと、テレ東って小さい局なので、制作者が説明したほうが嘘がない企画も多くて。それって映画で監督が説明するようなことと似てるのかもしれないですね。『ゴッドタン』とか『あちこちオードリー』にしても、僕以外が説明しにくいということもあるのかもしれないです。

――お2人とも、「顔の見える」プロデューサーだと思うんですけど、プロデューサーとして、これからはどんなことがしたいですか?

祖父江:一貫して、自分と似た境遇の女性が元気になるものを作りたいということがあります。今は恋愛とか仕事がテーマになっているけれど、年齢を重ねたら、そのテーマが老いとか介護とかにも変わっていくかもしれないし。それって、今、宮藤官九郎さんがやってることで、それを超えることは難しいかもしれないけれど、その時にも同年代の女性が見て元気になるものをやっていきたいですね。それと、ファーストサマーウイカさんやヒコロヒーさんとも何かやってみたい、形にしてみたいとも思ってますね。

――佐久間さんはフリーになられて今後やりたいことは?

佐久間:僕はこれまでよりも、ストーリーのあることに関わることも増えるかもしれないですね。これからは、後輩から仕事をもらっていきたいですね(笑)。僕はけっこう、全局ひっくるめて、優しい先輩だったと思うんですよ。後輩を甘やかしてきたので、今度は甘えさせてもらって、その分を回収しないと……。

祖父江:佐久間さんは私達が悩みを相談しても、深夜でも打ち返してくれる人なんですよ。昔から“ポンコツ社員再生工場”でもあって。

佐久間:他の番組でうまくいかないADを番組で引き取って、心を回復させて元の場所に帰していく。濱谷(晃一)とかね。

――佐久間さんは、いろんな人の悩みを聞いたり、再生させたりする中で、自分もしんどくなったりダメージ受けたりしないんですか?

佐久間:僕はダメージ受けないです。祖父江から見てどうだろうな?

祖父江:佐久間さんはとにかくフラットな人なので、誰かに何か言われても傷つかないし、私も佐久間さんに怒られたことは一度もないです。

――佐久間さんて、めちゃめちゃお忙しいし、それでも体力的にも元気そうだし、メンタルも丈夫なんですか?

祖父江:強靭な体力と、頭の回転の速さがこの仕事のスタイルを可能にしてますね。

佐久間:体力はまああるね。こんなこと番組の宣伝と関係ないけど、やっぱり、10代の頃はキツかったんですよ。田舎で周りにあわせて擬態して生きてきたから。今はちょっとでもいいことがあると、スタート時に比べて「ここまでよくやれたな」って思えるから、野心がないんですよ。だから怒ったりもしないんです。

――過度な期待がないから、俺はもっと評価されるべき、みたいな不満が溜まらなくて、今起きてることをありがたがれるってことなんですね。それはあるかもしれないですね。

祖父江:ちょっと話がずれるんですけど、私は佐久間さんから年齢とか外見をいじられたことが一度もないんですよ。だから、このドラマをやる上でも、絶対的な信頼があって。テレビ局ってまだまだ、セクハラ発言に気付かない人もいるので。そういう核の部分でのズレがないということでもやりやすかったですね。

佐久間:確かにね。「これってセクハラになっちゃうの?」っていうことを打ち合わせでする必要がなかった。

祖父江:そのリテラシーの部分のすり合わせから始めないといけない打ち合わせもあるので。

――佐久間さんは、ある時期からそういう人になったのか、それともずっとそういう人だったんですか?

佐久間:大学の頃から変わんないとは言われるから、変わってないのかもしれないなと。でも、そういう僕が『ゴッドタン』とかよく作ってるよなって。まあ、出た人には芸人さんにしても、女性達にしても皆に売れてほしいと思ってるんですよ。

――最後に、もう一度このドラマについておすすめいただけたらと。

佐久間:このドラマってラジオ局というメディアでの悩み相談の部分があるし、東京で生きる中年女性とその老いた父親や、その2人を囲む大人達も悩んでいて、簡単に解決しないながらもどう生きていくのかということを、一話一話やっていく究極のパーソナルな作品なんです。見ていくと、タイトル通り、生きること、死ぬこと、家族のことを通じて、自分のことを考えられるのではないかと。最後まで見ると浄化されたりするんじゃないかと思います。

祖父江:生きていく時間は長いから、時には頭ではわかっているけれど、思ったようにはできない葛藤なんかも生まれると思うんですね。女性をポジティブに応援したいという部分ももちろんあるんですけど、理屈だけではままならない部分にも注目してもらえたらと思っています。

佐久間宣行
1975年福島県いわき市生まれ。1999年に早稲田大学商学部を卒業後、テレビ東京に入社。『TVチャンピオン』などで、チーフアシスタントディレクターやロケディレクターとして経験を積みながら、入社3年目に『ナミダメ』を初めてプロデューサーとして手掛ける。現在は『ゴッドタン』『あちこちオードリー~春日の店あいてますよ?~』などのバラエティ番組でプロデューサーを務める他、ニッポン放送『オールナイトニッポン0(ZERO)』で水曜日のパーソナリティを担当している。2021年3月末をもってテレビ東京を退社し、フリーランスとなる。
Twitter:@nobrock

祖父江里奈
2008年テレビ東京入社。入社後、制作局CP制作チームに配属。バラエティ番組制作を担当した後、2018年に制作局ドラマ制作部(現:制作局ドラマ室)に異動。『来世ではちゃんとします』『だから私はメイクする』『共演NG』『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』プロデューサー。今年の夏は『来世ではちゃんとします』シーズン2を手掛ける。
Twitter:@RSobby

■ドラマ24「生きるとか死ぬとか父親とか」
2021年4月9日(金)深夜0時12分からテレビ東京系列で放送開始。
放送日時:毎週金曜深夜0時12分〜
原作:ジェーン・スー『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫刊)
主演:吉田羊、國村隼
出演: 田中みな実、松岡茉優、富田靖子、オカモト“MOBY”タクヤ(SCOOBIE DO)、森本晋太郎(トンツカタン)、ヒコロヒー、岩崎う大(かもめんたる)、DJ松永(Creepy Nuts)、岩井勇気(ハライチ)、平子祐希(アルコ&ピース)
監督:山戸結希、菊地健雄
シリーズ構成:山戸結希
脚本:井土紀州
https://www.tv-tokyo.co.jp/ikirutoka/
Twitter:@tx_ikirutoka

Photography Takahiro Otsuji(go relax E more)

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author:

西森路代

1972年、愛媛県生まれ。 ライター。 大学卒業後、地元テレビ局に勤務の後、30歳で上京。 派遣社員、編集プロダクション勤務、ラジオディレクターを経てフリーランスに。 Twitter:@mijiyooon

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