「カッコ悪いことも肯定したい」 内山拓也監督の映画哲学

2016年のPFF(ぴあフィルムフェスティバル)アワードで観客賞を受賞した『ヴァニタス』で、映像作家としてのキャリアをスタートした内山拓也監督。もともとはスタイリスト志望だったが、アシスタントとして映画の撮影現場に行くようになったことがきっかけで、自身も監督になることを決意したという異色の経歴を持つ。その後、King Gnuの「The hole」や平井堅の「#302」などのMVを手掛け、話題となった。

その内山監督が俳優の細川岳と共同で企画した映画『佐々木、イン、マイマイン』が公開となる。同作は細川の高校時代の同級生とのエピソードを基に、オリジナル脚本を新たに書き上げた作品となっている。ストーリーは、俳優になるために上京したものの、鳴かず飛ばずの日々を送る27歳の石井悠二。彼はある日、高校時代に圧倒的な存在感を放っていた同級生・佐々木と仲間達との日々を思い起こす。常に周りを巻き込みながら、爆発的な生命力で周囲を魅了していく佐々木。だが佐々木の身に降りかかる“ある出来事”をきっかけに、保たれていた友情が次第に崩れていく——。同作を通して、「カッコ悪いことも肯定したい」と話す内山監督の映画哲学に迫る。

——内山さんは初監督作品の『ヴァニタス』が2016年PFFアワードの観客賞を受賞して、そこから本格的に映像作家として活動を開始しました。以前のインタビューで「『ヴァニタス』で入選していなかったら、もしかしたら映画監督は諦めていたかも」と言っていましたが、それだけ受賞が大きなきっかけになったんですね。

内山:その時の僕はバイトしかしていなかったし、『ヴァニタス』に懸けるしかなかったんです。だからダメだったら、地元に帰ってもいいのかなって思いもありました。この受賞がきっかけで、香港国際映画祭にも呼んでいただけたのですが、海外の映画祭はとてつもなく魅力的な場所で、映画人として豊かな景色を見させていただきましたし、このような経験ができたことにはすごく感謝しています。またこの場所に作品を届けたいという思いが、次も映画を撮ろうという原動力になっています。

——長編からスタートして、その後はKing Gnuの「The hole」や平井堅の「#302」などのMVを手掛け、話題になりました。

内山:初めて撮るMVがKing Gnuの「The hole」だったんですが、あれは僕の人生を変えてくれた作品ですね。『ヴァニタス』は映像を続けてもいいんだよって教えてくれた作品ですが、「The hole」は僕のことを世の中に知ってもらえた作品です。

内山監督が初めて手掛けたMV King Gnuの「The hole」

「映画だけしかやらない」という人もかっこいいですが、僕自身はいろんな分野の映像作品に携わりたいと思っていて、ショートムービーの企画やMV、CMなど、いろいろなジャンルができる映画監督でありたいですね。

新作は実在の人物をモデルにしつつ、ほぼオリジナルの内容

——映画『佐々木、イン、マイマイン』は2017年くらいから企画がスタートしていたそうですが、改めて映画化しようと思ったきっかけは?

内山:2016年に受賞してから順調に仕事が増えたかというとそんなことはなくて、結局バイトを毎日しているし、何かが大きく変わることもなく。それは出演していた細川岳も同じで、お互いにくすぶっていました。そんな状態で、2017年の夏前に久しぶりに居酒屋で岳に会った時に彼の同級生の話を聞いたんですが、彼が「自分の俳優人生を懸けてでも、この話を映画化しなければいけない」って語ってくれて。その話がすごく魅力的で、僕は絶対に自分で映画化したいと強く思って、「俺がやるか、もう映画化しないか」それぐらいの気持ちで、「その映画、俺とやろう」って言いました。

——その時の原案から、最終的に127稿以上とかなり脚本を書き直したそうですね?

内山:もともと岳が持ってきた段階では、構想上の話でしっかりとした脚本があるわけではなく、「佐々木」という大枠のキャラクターと、自分がやりたいという気持ちを聞いただけ。そこから一緒にやろうとなって、一から僕と岳で脚本を作りました。2017年の夏から、3年弱くらいかけて書いたのかな。2019年末の撮影直線まで脚本は書いていましたし、撮影中も書き直したりして、ギリギリまで悩みました。

——「佐々木」は実在の人物ということですが、どのぐらい作品には反映されているんですか?

内山:「佐々木」のモデルになった人物がいたのは事実なんですが、『佐々木、イン、マイマイン』はあくまでその存在からインスピレーションを受けた作品であって、エピソードや登場人物などは、ほぼゼロから考えました。

——実際にそのモデルになった方に会ったことはありますか?

内山:脚本を考え始めた時は、「会わないといけない」と思っていたんですが、岳と「映画はオリジナルのものとして作ろう」と決めて。別に彼の半生を描く映画でもないから。岳はその同級生を知っているので、逆に僕は知らない方がいいかなと思い、会うのはやめました。

——脚本を作る上で一番苦労したことは?

内山:脚本になるまでが一番大変で、今回は主人公の石井悠二を、どんな設定にするか、それができるまで1年ほど費やしました。僕は映画を作る上で事前のリサーチや準備が一番重要だと思っているので、それにかなり時間をかけます。いつもは取材などして登場人物の履歴書みたいなものを作って、人物像を固めていくのですが、今回は暗闇に手を伸ばすように作っていったのですごく苦労しました。

——King Gnuの井口理さんも登場していて、普段とは違う一面がみれました。起用は「The hole」がきかっけだったんですか?

内山:それは違いますね。もともと理が学生時代に演劇をやっていたり、役者や芝居とか、表現することに興味を持っている人間だとは知っていたんですが、今回は、個人的にオーディションに応募してきたんです。結果的にその役とは別の役になったんですが。

『佐々木、イン、マイマイン』はみんなで作っていく作品

——『佐々木、イン、マイマイン』ではクラウドファンディングも行いましたが、その意図は?

内山:もともとインディペンデントでスポンサーもいないところからスタートした作品で、こんなに広がるインディーズになるとは想像もしていませんでした。だからといって低予算だからクラウドファンディングするという考え方ではなく、自分達主導で制作できる環境をちゃんと作ろうって気持ちで行いました。クラウドファンディングを通して、いろんな人の後押しを受けて、みんなで作っていったのが、この映画らしいなと思います。

最初は顔の見えない人から支援してもらうことに少し抵抗あったんです。ただやってみると、支援してくれている人の熱量や気持ちの強さはすごく伝わってきまし、その気持ちが撮影前や撮影中の僕らの原動力になりました。作品が公開されたら、支援者との関係もさらに強固なものにできるのかなと思います。

——最後にベタな質問になりますが、『佐々木、イン、マイマイン』をどういった人に観てほしいか、また同作を通してどんなことを伝えたいかを教えてもらえますか?

内山:あたりまえですけど「より多くの人に観てほしい」と思っています。その気持ちとしては、内容はもちろんですが、作品を通して僕らの映画作りのマインドも感じてほしいなと。「作ったんで観てください」ではなく、みんなとその気持ちを共有したい。観終わったら、みんなで「佐々木っていうのはさぁ」とか「俺にとって佐々木はさぁ」って言い合いたいですね。

この映画はルーザー(敗者)の映画だと思っていて、僕はこの作品を通して、不器用でカッコ悪くても、そういう人を肯定してあげたいし、明日も生きようって気持ちを後押ししたい。だからこそ人生を退屈に思っている人やうまくいかない人とかに観てもらいたい。特に僕らより下の世代、これからこの映画みたいな経験をする人達には、うまくいかないことも、それが気付いたら好転することもたくさんあって、その人の人生になる。たとえその人生が拙いものだとしても間違いじゃないって言ってあげたいですね。

TAKUYA UCHIYAMA
1992年5月30日生まれ。新潟県出身。高校卒業後、文化服装学院に入学。在学当時から映像の現場でスタイリストとして携わるが、経験過程で映画に没頭し、学院卒業後スタイリスト業を辞する。その後、監督:中野量太(『浅田家!』『湯を沸かすほどの熱い愛』など)を師事。23歳で初監督作『ヴァニタス』(11月13日公開)を制作。同作品で「PFFアワード2016観客賞」を受賞。近年は、ミュージックビデオや広告映像の他に中編映画『青い、森』(11月6日公開)などを監督。

映画『佐々木、イン、マイマイン』
監督:内山拓也
脚本:内山拓也、細川岳
出演:藤原季節、細川岳、萩原みのり、遊屋慎太郎、森優作ほか
2020年11月27日から新宿武蔵野館ほか全国公開
https://sasaki-in-my-mind.com

Photography Yohei Kichiraku

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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