来たる12 月26 日に、世界的に活躍するウィーン在住のソプラノ歌手・田中彩子と、音楽家・渋谷慶一郎のピアノとエレクトロニクス、そしてサウンドアーティスト・evala によるリアルタイムエフェクトやエレクトロニクスを合わせ、ジャンルを超えた初のコラボレーションコンサートが行われることが発表された。
「Music of the Beginning -はじまりの音楽-」と題された同コンサートの会場に選ばれたのは、建築家・石上純也の設計による神奈川工科大学 KAIT 広場。同会場でコンサートが実施されるのは初となるという。
なお、同コンサートは映像作品としての完成が目的とされており、来場者は「コンサートの鑑賞」と同時に「公開収録」に立ち会うこととなる。
今回のコラボレーションにあたり、渋谷は以下のコメントを寄せている。
「このプロジェクトはかれこれ10 年の付き合いになるクリエイティ ブ・ ディレクターのムラカミカイエから突然の連絡がきて始まった。 聞くと「田中彩子というウィーン在住のソプラノ歌手がクラシックの枠を超えて新しいことをやりたいと相談を受けているから協力してくれないか」というものだった。
この「クラシックの人が枠を超えて何か違うことを」という思いつきは多くの場合は失敗する。なので、何を誰とやるかを完全に任せてもらえるならという条件で引き受けることにした。もっと正確に言うと、資料でもらったリゲティのオペラのアリアの演奏が素晴らしかったこと、非常に高音で歌っても声に尋常ではない透明感と伸びがあって耳に痛くないどころか気持ち良かったこと、しかも美人であることを確認して引き受けることにした。
そして、最初の打ち合わせで彼女が『ジェイムス・ ブレイクのカバーをやりたいと思ってます』 と伏し目がちにまだ緊張の取れない機械のような声で呟いたことが プロジェクトの方向を決めた。つまり「クラシックをポップに」という前述した失敗が約束されたコースではなく、持っている技術や表現は最大限に発揮しつつサウンド・ プロダクションやアレンジ、アプローチは限りなく自由にするという方向でアイディアを出し合い曲目を決めていくことにした。
結果、『BLUE』や『Ida』といった最近ではあまり演奏しなくなった僕のピアノ初期の曲や彼女が歌ってみたいと言っていた『Scary Beauty』、リゲティやドビュッシーといった彼女のレパートリーは新たなアレンジで、JB だけではなくなんとAdele もカバーすることにした。 このやり方だと編成は最小限にして演奏の自由度をフルに上げた方 がいい。そこで、このオファーの少し前まで映画音楽の制作で久しぶりに協働して改めて相性の良さを確認したエバラ君に連絡をして『 声のリアルタイムプロセッシングとドローンノイズを溶かすような 役割で参加して欲しい』とお願いをした。つまりこのコンサートは曲という時間の枠組みはありつつも歌い、発した声の断片はループ/ 変型され空間に漂い、ピアノや電子音との境界の媒介になりつつ歌や音楽はさらに続いていくというものになる。
そしてこのコンサートは映像作品を最終的な完成形態とするため、 オーディエンスは公開収録、撮影に立ち会うことになる。 言わば、映画の撮影現場に立ち会ってもらうようなものなので、曲の途中で止めてやり直すこともあれば、もしかしたら同じ曲を2回 演奏することもあるかもしれない。 つまりベストなテイクを追求するのでイチかバチかの普通のコンサートよりも良い演奏や違った演奏を聴ける可能性もある。これは生のコンサートか配信かというもはやあまり意味のない二項対立に対する違った角度からのレスポンスだと思って欲しい。
会場となる石上純也さん設計の神奈川工科大学のKAIT 広場は地底の白い空間の湾曲した天井に59 個の長方形の開孔があり、そこから光と大気が差し込んでいる。その穴から地上に向かって芽のように音楽がすり抜けていき散布されればいいと思う。コンサートのタイトルは10 年前にWIRED に書いた『終わりの音楽』というテクストに対応させるように「Music of the Beginning -はじまりの音楽-』とした。音楽は終わらない。様々な終わりのバリエーションが世界を覆うこの最悪な季節に、やる方にとっても聴く方にとってもはじまりの気配になるようなことが出来たらと思う」(渋谷慶一郎 2021.12.20)