アンドロイドの「新しい声」と、新作オペラ『Super Angels』の革新性について:連載「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第3回

領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。映画『ミッドナイトスワン』のサントラを下敷きとした新作『ATAK024 Midnight Swan』も好評を博している中、今夏には国境を越え衆目を集めるアンドロイド・オペラ『Super Angels』の初演も控える。

そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探る連載「MASSIVE LIFE FLOW」。第3回では、新作オペラ『Super Angels』に登場するアンドロイド「オルタ3」の「新しい声」を作り出すべく、国立音楽大学を訪れた渋谷に同行。同作におけるコラボレーターである同大学の准教授・今井慎太郎は、どのような思想と技術により、渋谷の要望に応えたのか。その創造の過程をリポートしていくとともに、二人の言葉から同作が持つ革新性を解き明かしていく。

プロのオペラ歌手と共演するためには、もっと声に「情報量」が必要だった

昨年のとある秋の日のこと、渋谷慶一郎は国立音楽大学を訪れていた。その目的は、今夏公開の新作オペラ『Super Angels』に出演するアンドロイド「オルタ3」の「新しい声」を生み出すこと――。これまでオルタシリーズは機械生成された「声」を採用してきたが、そのままでは駄目なのだと、渋谷は言う。その理由を尋ねてみた。

「『Super Angels』では、藤木大地さんという世界的なカウンターテナー歌手が主役を務めます。『オルタ3』はアンドロイドなので、コンピューターで生成された声を使うのは当然で、人間のプロフェッショナルとの対比もあり、おもしろいんじゃないかと考えていたんです。  

ところが、8月23日に新国立劇場でリハーサルを行って、その考えが一変しました。その時、(新国立劇場の芸術監督である)大野(和士)さんの指揮のもと、僕のピアノと、藤木さんと『オルタ3』の歌で一曲演奏したんです。『オルタ3』を人間と一緒に歌わせたのはこの時が初めてだったのですが、藤木さんの声に対して“圧倒的に情報量で負けているな”と痛感して。(「オルタ3」の声を)なんとかしなくてはならないと思ったんです」(渋谷)

そこで、『Super Angels』におけるコラボレーターである国立音楽大学准教授の今井慎太郎と相談した結果、 「人の声」を素材として用いた音響合成手法を新しく導入することに。本日はその1回目となるテスト〜検証が行われる。『オルタ3』の「新しい声」の生成には、今井が音響制御・合成用プログラミング言語「Max」で組んだ特別なプログラムが用いられるのだが、その技術的特徴や狙いについて、彼は次のように説明する。

「フォルマント合成をはじめ、コンピューターでゼロから“声”を作ろうとする時に一番難しいのが、“不安定な部分を表現すること”なんです。ピッチが定まったようなものは比較的作りやすいんですけど、広い意味でのノイズ成分をたくさん含んだものを作ろうと思うと、とても難しい。僕は、渋谷さんの音楽ではそういった“ノイズ”の要素というのが、すごく重要だと感じていて。渋谷さんの音楽はよく“透明感”という言葉を用いて評されますが、その“透明感”は“ノイズ成分”があるからこそ、感じられるものだと思っているんです。だから、『オルタ3』の歌声でも“ノイズ”を大切にしたかった。

(歌声生成ソフトの代表格である)ボーカロイドは素片にした音を組み合わせていくことで“声”を作り出しているんですが、下処理の段階で“ノイズ”を取り除いてしまっていて。そのやり方だと、(出てくる“声”が)きれい過ぎるんですよね。今回導入する手法は、喋り声を録音し、それを素片にせず引き伸ばしてピッチを変えることでメロディーを作っていくというもの。そうすることによって、人間の声が持つ不安定な部分やノイズ成分を、そのまま使うことができるんです」(今井)

この日は、試験的に渋谷自身の声を素材として使用するべく、レコーディングを実施。それから約1時間ほどで、今井がその音声データを、「歌える」(=「メロディーを演奏可能な」)状態へと仕上げた。あくまで、チェック用の暫定的な状態とのことだが、渋谷が弾くキーボードによって奏でられたその「歌声」は、「オルタ3」の進化を確信させるに十分。そこに鳴り響いたのは、人の声が持つ肌理――「ノイズ」――を持ちながらも、しかし同時に人工的に制御されたものであることが明瞭に聴き取れる、人と機械の中間のような、アンドロイドという存在にふさわしい「新しい声」であった。今後も、より高いクオリティーを追求するべく、プログラムの調整は続けられていくという。今夏に控える初公演では、果たしてどのような「歌声」が響き渡ることになるのか、楽しみでならない。

フォトグラファー・ディレクターのAMEYAが当日の様子をおさめたスペシャルムービーを制作

「オルタ3」の動きが「音楽的」に進化した理由とは

ところで、「オルタ3」の「新しい声」の開発を担う今井は、同アンドロイドの「動き」ついても、旧オルタシリーズとは異なる新しい技術手法を導入した人物でもある。渋谷によれば、今井の制御プログラムを導入したことでこのアンドロイドの「動き」は、格段に「音楽性の高いもの」になったのだという。

「そもそも、『オルタ2』は音楽のために作られたものではなかったんです。2018年に日本科学未来館で『Scary Beauty』の初公演を行った際は、本番直前まで動きが不安定だったりして、とても大変でした。そしてある時、専用ロボットではないのに音楽で酷使し過ぎたためか、『オルタ2』が壊れてしまったんです。『これからどうしよう?』と困っていたところ、ミクシィが興味を持ってくれて、音楽専用アンドロイドとして『オルタ3』を新たに作って開発することになったんです。その後、東京大学と国立音楽大学の間で、アンドロイドの演奏表現を巡る共同研究が始動することになり、そこに今井さんも参加することになって緊密なコラボレーションが始まったという感じです。今井さんは独特のアプローチをするから、一緒にやっていてとても刺激を受けますね。特に今はオルタ3のボーカルの開発に力を入れていて、即興性含めて今井さんの参加によって格段に進化しました」(渋谷)

そこで用いられているのは、どのような技術なのだろうか? 今井に尋ねてみると、それは「シンセサイザーの音作り」からヒントを得たものなのだという。

「最初は、どのように『オルタ3』の動きを作っていけばいいのか、全然想像できなかったんです。その後、いろいろと考えをめぐらせて、“音楽と動きを組み合わせる”という観点から詰めていたところ、ある時にふと“シンセサイザーの音作りのやり方を、体の動かし方にうまく適用できないかな?”と思いついて。『オルタ3』には関節が約40個あるのですが、その1つひとつに対して3つの『LFO』(Low Frequency Oscillator:一定の周期を持った低周波で、シンセサイザーのサウンドに周期的な変化を生じさせるために用いられる)を割り当ててみることにしたんです。音楽のテンポと同期させて『LFO』の周期を決めつつ、3つの『LFO』の混ざり具合を変えられるようにして。そうすることによって、音楽と連動しながら、すごく複雑な動きがだんだんとできるようになっていったんです」(今井)

オペラという典型的に西洋的なものを、“壊したい” と思った

かくして、「オルタ3」は「音楽と一体化した動き」を実現するに至ったわけだが、私達が驚くべきことは、それだけにはとどまらない。なんと、このアンドロイドは、即興で歌い、動くことまでできるのだ。今井は、その点において「オルタ3」の、そして『Super Angels』の革新性を強調する。

「確かにロボットが出てくるオペラといったものは、過去にいくつかあったと思います。ただ、そこで出てくるロボットは決められた通りの動きを決められた時間でするだけでした。『Super Angels』では、『オルタ3』がその場の音楽のテンポに合わせ、また即興でパフォーマンスを行うパートも入ってくる予定です。そういう意味でも、(『Super Angels』は)これまでにはないオペラ作品と言えるのではないかと思います」(今井)

ロボットオペラ――。『ミュージック 「現代音楽」をつくった作曲家たち』(2015年、フィルムアート社)に収録されているインタビューにおいて、ヤニス・クセナキスは、かつてロボットが登場するオペラを構想していたが、諸々の事情により実現することができなかったのだと述べている。現代音楽そして電子音楽シーンに大きな足跡を残し、21世紀が始まってすぐに鬼籍に入ったこの巨匠が、もし即興を行う『オルタ3』の姿を見届けることができる世界線があったとしたら、そこで彼はどんなことを思っただろうか。そんな空想が頭をよぎる。

ともかく、『Super Angels』は、「オペラ」という表現形式に一石を投じる作品となるであろうことは間違いない。しかしそもそも、なぜそれまで先鋭的なコンピューターミュージックやサウンド・インスタレーションも手掛けていた音楽家は、「オペラ」という西洋の伝統的ともいえる表現形式に取り組むことになったのだろうか? その契機について、渋谷は次のように振り返る。

「(2012年初演のボーカロイド・オペラである) 『THE END』が僕の最初のオペラ作品になるのですが、あれはYCAMから“何かやってくれませんか?”と声をかけてもらったことがきっかけで生まれた作品で。それまでのキャリアとかを踏まえれば、インスタレーションみたいなものを考えると思うんです。だけど、当時は広告色、エンタメ色が強いインスタレーションが急激に増えたりしている時期でもあって、そういう気分にはなれなかった(笑)。その時に、“総合的な自分の代表作を作るとしたら何をするか”ということや、他のアーティストと比べた場合の自分の優位性などを考えた結果、オペラという形式を使うのはアリなんじゃないかと思いついたんです。

もちろん、そのまま普通にオペラをやるつもりはなくて。その“典型的に西洋的なもの”を、“どう壊すか”ということを考えていました。“日本人だから西洋音楽とは全く異なることをやる”というのではなく、西洋音楽という相手の土俵に正面から乗り込んだ上で、“一矢報いたい”という気持ちがあるんです。また、僕は“先行世代と同じことをやらない”ということは大事だと思っていて、いわゆるイタリアオペラみたいなベルカントで日本語を歌っても異様だなとずっと思っていたし、逆に邦楽的なアプローチでというのもしっくりこない。それで、ボーカロイドやアンドロイドといったものに目を向けていったんです。現代的なファクターで、しかもヨーロッパのオペラでは確実に中心にいる人間ではない、という意味で有効だと思ったんですね。

そして、『Super  Angels』では、作曲の面でも、これまでオーケストラ作品やオペラ作品でやられてこなかった新しい手法を試みています。例えば、前半の何曲かを、それぞれ0.5秒とか1秒とかにスライスして、順序を入れ替えた上で組み合わせて、後半の曲の中では再構成されていたりというリミックス的な手法をかなり細かくやっていたりします。そうしてできたオーケストラパートに、あえてリニアなカウンターテナーの歌唱が乗ってくると、時間が入り混じるような不思議な聴取体験を作り出すことができる。これは、コンピューターを使用した作曲ならではのものですね」(渋谷)

誰のものでものでもない「作品」のもとに、全員一丸となる敬虔な時間

今夏に控える同作の初公演に向けて、ブラッシュアップの日々は続き、作品は進化・深化することをやめない。今井のアシスタントとして、システムの構築からオペレーションまで務める長嶋海里は、去る8月のある日に新国立劇場で行われたリハーサルにおいて、確かな前進の手応えを感じていた。

「この前の新国立劇場のリハーサルで『オルタ3』を立ち上げて、(カウンターテナー歌手の)藤木さんとアンサンブルされていく中で、その場で新しく何かが生まれていくという感覚がありました。『オルタ3』と藤木さんの間に関係性が構築されていって、どんどんアンサンブルが良くなっていって。それは、音楽という文脈を超えて、“AI・ロボットと人との関係性”にまつわる壮大な実験のようにも感じられました。とても刺激的な体験でしたね」(長嶋)

そして、リハーサルの場において進化していくのは、演者だけではない。初公演の舞台となる新国立劇場は、ただの「箱」ではなく、そこにはクリエイティブなマインドを持ったスタッフ達が、作品の質を向上させるために全力で奔走しているのだと、渋谷は言う。

「新国立劇場のスタッフは素晴らしいですね。すごく優秀なのは当然として、好奇心にもあふれていて。作品を少しでも良くするために、全力で取り組んでくれます。『Super  Angels』みたいに大きなプロダクションになると、技術や美術、音響、オーケストラなど多様な人達が集まってきて、そこにおいてはもはや作品は誰のものでもないんです。僕も、あくまで作品の一部。みんなで一直線に1つのゴールへと進んでいくという時間・体験はとても敬虔なもので、それは音楽家として僕を大いに成長させてくれます。そんな経験はなかなかない」(渋谷)

集い一丸となったさまざまなプロフェッショナル達により、つくりあげられ、練りあげられていく前代未聞のオペラ『Super  Angels』。その完成形は誰にも見えていない。渋谷自身にさえも、まだ。

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業、2002年に音楽レーベルATAKを設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで 多岐にわたる。 2012年、初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座での公演を皮切りに世界中を巡回。2018年にはAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、UAEで公演を行う。2019年9月にはアルス・エレクトロニカ(オーストリア)で仏教音楽・声明とエレクトロ二クスによる新作『Heavy Requiem 』を披露。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。2021年1月に映画『ミッドナイトスワン』の映画音楽で第75回毎日映画コンクール音楽賞を受賞。2021年8月には新国立劇場で新作オペラ作品『Super Angels』を発表予定。
http://atak.jp

今井慎太郎
コンピュータ音楽家。音や物の微細な運動の剪定と矯正による創作を行う。国立音楽大学およびパリのIRCAMにて学び、2002年から2003年まで文化庁派遣芸術家在外研修員としてドイツのZKMにて研究活動を、また2004年にDAADベルリン客員芸術家としてベルリン工科大学を拠点に創作活動を行う。2008年よりバウハウス・デッサウ財団にてバウハウス舞台の音楽監督を度々務める。2015年に作品集『動きの形象』を発表。ブールジュ国際電子音楽コンクールにてレジデンス賞、ムジカ・ノヴァ国際電子音楽コンクール第1位および若い作曲家のための特別賞、EARPLAY作曲家賞、ZKM国際電子音楽コンクール第1位などを受賞。数々の国際的な音楽フェスティバルで作品が上演されている。国立音楽大学准教授、東京大学非常勤講師。
http://www.shintaroimai.com

AMEYA
フォトグラファー・ディレクターとして東京を拠点に活動。
Instagram: @itsameyab

Photography and Videography by AMEYA

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author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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