連載:「MASSIVE LIFE FLOW——渋谷慶一郎がいま考えていること」第2回/新しいライヴのあり方を探って

領域を横断しながら変化し続け、新しい音を紡ぎ続ける稀代の音楽家、渋谷慶一郎。映画『ミッドナイトスワン』のサントラを下敷きとした新作『ATAK024 Midnight Swan』も好評を博している中、来夏には国境を越え衆目を集めるアンドロイド・オペラ『Super  Angels』の初演も控える。

そんな渋谷に密着し、その思考の軌跡や、見据える「この先」を探る連載「MASSIVE LIFE FLOW」。第2回では、さる9月25日に敢行された自身のキャリア初の無観客配信コンサート「Keiichiro Shibuya – Playing Piano in the Distance」について、その背後にあった思いや、そこで掴んだ手応え、そしてこれからのライヴのあり方などについて、話を聞いた。

初の無観客配信コンサート「Keiichiro Shibuya – Playing Piano in the Distance」のダイジェストはYouTubeで視聴可能だ

聴覚的にも視覚的にも、「生」より優れたコンサートにしたかった

——そもそも渋谷さんは、無観客配信ライヴというものについてどう思われていたんですか?

渋谷慶一郎(以下、渋谷):リアルのライヴをめぐる状況が今後どうなっていくかはまだ不透明なところはありますが、無観客配信は確実に選択肢の1つになっていくだろうと考えていました。なので、「やるなら、ちゃんとやりたいな」と思っていたんです。

基本的にはみんな「リアルがいい」「生がいい」と言うじゃないですか? だけど、きちんと録音されて配信されたコンサートは、大概のコンサートホールやライヴハウスで生で体験するよりも、聴覚的にも視覚的にも優れているところもあるんです。その究極の例の1つは、ベルリン・フィルの配信サービス(「ベルリン・フィル デジタル・コンサートホール」)です。コロナ禍のステイホーム期に観て、とてもびっくりしました。まず、音質と編集が素晴らしく良い。そして、演奏を追いかけるカメラの数も多いのですが、それも大事なことだと思うんです。

——音声面のみならず、映像面でも優れたコンテンツになっているんですね。

渋谷:現代音楽で、フィリップ・グラスやスティーヴ・ライヒなどのミニマル・ミュージックはみんな好きだけど、それ以上に複雑なものだと「聴いていてしんどい」と感じる人が多いじゃないですか? 全体としてランダム性が高いというか、複雑で全体像が把握できないから、一般的なリスナーの閾値を超えてしまう。それは、客観的にわかるんですよ。でも、例えば(ジェルジュ・)リゲティとか(ヘルムート・)ラッヘンマンとかを聴いていて、「この瞬間の響きはミニマルやポスト・クラシカルよりもかっこいいんだけど連続性が把握できないからみんな聴かないんだろうな」というのは大学生の頃から思っていたんです。

そこで、視覚情報の存在が助けになるというのは盲点でした。先日、そのベルリン・フィルの配信サービスで(ヘルムート・)ラッヘンマンの「8本のホルンと管弦楽のための音楽」を観ていたのですが、オーケストラやホルンの演奏者の手元を、カメラが確実に追っていくんですよね。「今この音、響きがどうやって鳴っているのか」ということが、視覚的に明瞭に把握できるんです。すると、20分を超える複雑な音楽が全然聴けてしまう。「しっかり見える」ということは、聴くことの補助になるんだなと改めて実感しました。そういう意味では、配信コンサートが充実していくことによって、音楽の聴かれ方が深化するというか、今は「どれだけ単純にするか、削ぎ落とすか」という競争がどのジャンルでも主流ですけど、「複雑性の高いおもしろいもの」はあるという風に選択肢が増えるきっかけにひょっとしたらなるかもな、と思うくらいでした。「音楽が視えることが音楽の聴き方を変える」というのは前々から言っているコロナ禍を契機とした「invisibleなものによる、visibleなものへの復讐」の1つかもしれないですね。

——そういったことをふまえての「ちゃんとやりたい」という思いがあったのですね。そして、今回の会場となった「リットーベース」でならそれが実現できる、と。

渋谷:「リットーベース」は、「サウンドアンドレコーディング」の編集長を20年間ほど務めていた、國崎晋さんが立ち上げたスペースなんです。國崎さんはもともと友人でもあり、彼のことを当然信用していましたし、オノセイゲンさんやzAkさんという友人でもある屈指のエンジニアが「ここは音が良い!」と太鼓判を押す抜群の環境ということもあり、「ここなら良いものができる」と思って、やらせてもらうことにしたんです。

「正しくないピアノの弾き方」が独自の音色につながっている

——実際に無観客配信コンサートを行われてみてのご感想や、掴んだ手応えについてお聞かせください。

渋谷:僕はピアノやキーボードを弾く時に集中度が高いので、演奏中にガサガサいっていたり、物音がたったりするのが嫌なんですよね。以前、MCで「空調止めてくださいって言いましたよね」というスタッフ伝達をMCでやって会場に緊張が走ったこともあったくらいで(苦笑)。配信コンサートでは、そういうことがなく集中力を高く保つことができました。あと、スタッフの数も非常に少なくて済むというのも意外なほど本番に至る集中度に関係あるんだなと気付きましたね。

——確かに、ものすごく集中してピアノに向かっていることが、画面越しにも強く伝わってきました。無観客だからといって、「いつもよりリラックスできた」とか「楽だった」ということは全くなかったんですね。

渋谷:そうですね、とても体力を使うパフォーマンスになりました。過去に、「昼の部」で菊地成孔さんとセッションして、「夜の部」で森山未來くんとセッションした日があるんです。その時は本当に疲れてしばらく体が痛かったりしたんですけど、今回も全く同じ感じになりました。しみじみと「ああ、僕は観客の熱気に引っ張られて体力を使っているんじゃないんだな」と感じましたね。

ピアノの演奏って、体の力を抜いて楽に弾くほうが、クラシカルな意味では、「正しい弾き方」なんですけど、僕の演奏はそうではありません。ノイズとか非クラシカル的な音響性を視野に入れてピアノを弾こうとすると、「正しい弾き方」で出せる音色は限られてるんです。ピアノは、鍵盤のどの位置をどういう指の立て方で弾くかによって、出る音が本当に変わるんですけど、僕はそれを瞬間瞬間に選んで弾いていて。あとは10本の指それぞれどの強さのバランスで鍵盤を掴むかとか。僕のピアノの音は「透明感がある」とか「ものすごく変わっている」などと言われることがありますが、そういうところにヒントがあるのではないかと思います。体に変な力とか負担がかかるから、とても疲れるんですけどね(笑)。

——その渋谷さんのピアノの弾き方のスタイルは、どこに由来しているものなのでしょうか? 

渋谷:僕が高校生の頃、亡くなった上江洲伶以子さんという方にピアノを習っていた時期があったんです。上江洲さんは(オリヴィエ・)メシアンのパートナーだったピアニストのイヴォンヌ・ロリオに師事していたことがあって、フランス流のピアニズムを継承している方でした。初めて上江洲さんのところにレッスンに行った時、まず僕が言われたのは「あなたの弾き方はすごく変だ」「音の出し方が変わっている」ということでした。受験のことを考えると、それは直さなきゃいけないんですけど、彼女はそうしなかったんです。「あなたはこれから先ずっと演奏をしていく気がするし、その弾き方は個性になるから直さなくていい」って言われて。そういう先生だったのが幸いして、その時から矯正されずに今に至っている感じですね。

「次」のライで考えていることとは

——先日の配信コンサートでは、シンセサイザーの「moog ONE」の存在も印象的でした。

渋谷:「moog ONE」は借りていたものなのですが、本当に素晴らしくて、購入することにしました。確か、「Prophet-5」(数多の名盤にその音を刻むアナログ・シンセサイザーの名機)を買ったのが26、7歳とかの時だったのかな。僕は、そこから約20年間でいろいろなシンセサイザーに触れてきましたが、こんなに「欲しい!」と思ったものはなかったですね。「moog ONE」には「Prophet-5」に触った時と同じくらいの衝撃を受けました。「自分の作る音楽に影響を与えてくれるんじゃないか?」と、今ワクワクしています。変な話なんですが、「moog ONE」は、いわゆる「moog」っぽい感じではないんですよね。みんなが思っているような、モノシンセの「moog」の面影はあまりなく、「分厚くて重たい音」ではないんです。奇妙な話ですけど「Prophet-5」に近い繊細さがあってその近未来版、進化版みたいだと感じましたね。

——コロナ禍による有人ライヴの制限はまだ続きそうです。配信コンサートについて考えていることや今後の予定について教えてください。

渋谷:最初にもお話ししましたが、「生のライヴの延長」には興味がないんです。「配信だからこそできること」の可能性を探っていきたいですね。 あと、アンドロイドの「オルタ3」と「moog ONE」を使って無観客のライヴをやったら、おもしろいのではないかと思っています。それはほとんどオーディオ・ビジュアル作品のようになるかもしれないけど、今はいろいろ画策しているところです。

渋谷慶一郎
東京藝術大学作曲科卒業、2002年に音楽レーベルATAKを設立。作品は先鋭的な電子音楽作品からピアノソロ 、オペラ、映画音楽 、サウンド・インスタレーションまで 多岐にわたる。 2012年、初音ミク主演による人間不在のボーカロイド・オペラ『THE END』を発表。同作品はパリ・シャトレ座での公演を皮切りに世界中を巡回。2018年にはAIを搭載した人型アンドロイドがオーケストラを指揮しながら歌うアンドロイド・オペラ『Scary Beauty』を発表、日本、ヨーロッパ、UAEで公演を行う。2019年9月にはアルス・エレクトロニカ(オーストリア)で仏教音楽・声明とエレクトロニクスによる新作『Heavy Requiem 』を披露。人間とテクノロジー、生と死の境界領域を作品を通して問いかけている。2021年8月には新国立劇場で新作オペラ作品『Super Angels』を発表予定。
http://atak.jp

author:

藤川貴弘

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、出版社やCS放送局、広告制作会社などを経て、2017年に独立。各種コンテンツの企画、編集・執筆、制作などを行う。2020年8月から「TOKION」編集部にコントリビューティング・エディターとして参加。

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