幻想的な京都の夏の風物詩「五山送り火」と現代アートのクロスオーヴァー

毎年8月16日の20時から約1時間、京都市内を囲む山の中腹に炎で書かれた「大」「妙・法」の文字が点火される、京都の夏を代表する風物詩「五山送り火」は、盆に迎えた精霊を再び冥府に帰す“精霊送り”の意味を持ち、市内の川沿いや御所などから遠望することができる。

「五山送り火」はコロナ禍を理由に過去2年、開催を見送られたものの、今年は実施され、同日、在京都フランス総領事館のサポートのもと、コロナ禍で表現の場を制限されていた若手アーティストの作品を「五山送り火」とともに鑑賞するイベント「L’Art sous le feu du Daimonji 〜京都大文字とアートを愛でる会〜」の第1回が、京都・アンスティチュ・フランセ関⻄(旧関⻄日仏学館)で開催された。同イベントは、コロナウィルスの影響で止まっていた人流が徐々に回復傾向にあることを受け、新たな日仏の文化交流を活発にする行事として企画され、アーティストのキュレーションは神戸・北野美術館館長の竹中愛美子が担当。また、門川大作京都市長も来場し、アーティストとの意見交換や来場者との会話を楽しんだ。

コロナ禍で発表の場を失ったアーティストの支援

オープニングレセプションでは、ジュール・イルマン在京都フランス総領事や同イベント事務局の笹川尚子代表等が登壇した。イルマン在京都フランス総領事は「『五山送り火』の特別な日に日本とフランスの著名作家と若手アーティストがコラボするように作品を一堂に展示することを思いついたのですが、その時に素晴らしい音楽を聞きながら鑑賞するとアートを五感で楽しめるだろうとも考えたんです。ものづくりにおいてはパリも京都も長い歴史がありますが、コロナ禍で発表の場を失ったアーティストも多く、作品を誰にも見せることができない状況をなんとか支援したいという思いがありました」と同イベント開催のきっかけと日仏の文化交流の重要性を語った。

笹川は「『五山送り火』がコロナ禍で2年の自粛を経て3年振りに実施されました。同日に文化催事を開催することができましたが、通年の運営においてフランス総領事館アンティチュ・フランセ関西は夏季休暇期間で閉館していて、今回は休館期間に公館を開放するのはオープン以来、初めてのこと。イルマン総領事の心遣いに感謝します。以降は改善点をアンティチュ・フランセとともにブラッシュアップしていく予定です。公募や推薦に関わらず、このイベントを通じてアーティストの活動の場を広げ、さらにはアートマルシェのような購買に繋がる場の提供も課題です」と今後の展望も語った。その後、僧侶の肩書も持つオペラ歌手・前坂美希が日本の名曲をフランス語で歌唱し場内を沸かせた。

ロートレックと若手現代アーティストの作品が一堂に会する

会場1階のオープンスペースでは、北野美術館が所蔵するロートレックのリトグラフ《ムーラン・ルージュのラ・グーリュ》《54号室の女船客》などの作品とともに、神戸を拠点にするガラス作家・吉田延泰や京都で活動する現代美術家の近藤大祐等の作品が並ぶ。2階に上がると正面には、招待作家の早坂寿輝による即興作品で翡翠石を用いた作品が展示されていた。

日本の美に影響を受け、その精神性を円形キャンバスに表現。ドリッピングと塗料を幾重にも重ねた色彩によって、重層的な印象に仕上げられた絵画の迫力に圧倒される。3階では、「五山送り火」を鑑賞しながら3人の現代アーティストの作品を展示する企画が行われたのだが、点火直前の雷雨によって炎の輪郭が揺れる幻想的な光景が広がる中で、多くの来場者がアーティストの作品を鑑賞し思い思いの感想をアーティストと共有した。

ガラス作家・吉田延泰

神戸を拠点に活動する吉田は「瓶は中に手紙を入れて海に流すボトルメールのような、メッセージ性の強いモチーフと感じます。新作に関しては空が移り変わる色、青から赤に変化していく風景をグラデーションで表現しています。今は時代の転換期でもありますし、人と人、人と時代の関係性が変化していってもいますよね。そもそも空き瓶には『空』という漢字が使われていますし、道に転がっている時に丸く空の風景を反射している。また、ペットボトルが問題視されている現況において、瓶は回収して洗浄して再利用するその無駄の無さも今の時代に即しているのではないかと思います。どこか懐かしさもありますし、誰しもが空を見た時に郷愁を感じるというのが本能的であるとも思います。そんな思いが作品の着想源にもなっています」と新作について説明した。

現代アーティスト・ 近藤大祐

注射器に絵具を詰めて風景画を描く技法で知られる現代アーティストの近藤は、「元々はコピックというアルコール系のマーカーで輪郭線に囲まれた画面の中に、色を塗っていく作品を作っていましたが、絵画として画面をもっと力強いものにしようと思って、試作品をいろいろと練り直しました。最終的に絵の具を塗るのではなく置く感覚で、針先から出た絵の具も乾くとプクッと膨れるような質感がおもしろくてこの作風になりました」と独特な表現技法に至った経緯を語った。

エコロジカル現代アーティスト・高田雄平

廃材をテーマにするエコロジカルアーティスト・高田雄平は「試行錯誤しながらいろいろな廃材を使ってみる中で新聞紙に行きつきました」という。ここ数年、社会や環境への問題提起として廃材を扱うアーティストや作品が注目を集めていて、現代美術の1ジャンルとして市民権を獲得しつつある。そんな中で高田の作品で目を引くのは新聞紙だ。日英の古新聞で表現されるモチーフの龍は、紙撚りで作られたとは思えない存在感を携えている。「僕のことを『新聞の作家』と呼ぶ人も『龍の作家』と呼ぶ人もいます」というほど、新聞と龍は高田の代名詞でもある。

ガラス作家・加藤千佳

加藤は霜や氷など水の状態変化をモチーフにガラスで表現する作品で知られる。「氷や雪や霜などに熱を加えることで溶けたり、冷えて固まる様子をそのまま表現しています。もともと自然の造形美が好きで、条件が変わると一瞬しかその形を維持できない儚さや刹那的な美しさを内包しているのですが、それをガラスにも感じます。その一瞬の美しさを形にして残したいという思いが創作の起点になっています。ガラスも制作条件が異なると全く違う完成形になりますし、割れやすい、脆いなどの扱いにくさも、どこか日本人らしい美しさを携えていると感じます。また、偶然性も大切にしていて制作過程で偶然空いた穴等も含めて予定不調和を楽しむ感覚でものづくりをしています」と制作背景の一端を語った。

ワイントップアーティスト・アレトコレ ココ

ワインの蓋やコルクなど一般的にゴミとみなされる素材を使用した作品制作を続ける作家アレトコレ ココは、彫刻家として活動を続けた後に2017年にオーストラリアへ渡る。帰国後、友人とワインを飲んでいる時に、転がっているワインの蓋から見えた形を追求した先に動物が出来上がったことでワイントップアートがスタートした。モチーフとなる動物は幼少期から特別な存在だったという。「すべての作品は、素材が持つ特性や色を生かしながら動物の個性を表現しています。もともと神の使いと呼ばれる動物の存在に惹きつけられていました。創作のモチベーションはものづくりと動物が好きというシンプルなもの。一方で動物保護のための寄付等で自分なりの社会貢献を続けていきたいです」と結んだ。

アートのもつ社会性を考える

約3時間にわたり行われたイベントでは、若手アーティストの支援というテーマもさることながら、関西を拠点とする作家のいずれの作品からもアートのもつ社会性を強く感じ取ることができた。トレンドや技術、奇抜さだけではなく作家の環境も含めた等身大のリアリティーこそが、鑑賞者に何かを感じさせるきっかけになるのだろう。そんな思いと、国の登録有形文化財に指定されている美しい洋館建築に展示された作品群と「五山送り火」が幻想的にクロスオーヴァーした、まさに“アートを五感で楽しむ”特別な夜となった。

author:

芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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