スノーピーク・山井梨沙が掲げる「都市と自然が共存する未来」 そこに込めた「野生への回帰」とは?

2020年3月、32歳という若さでアウトドアメーカーの「スノーピーク」の社長に就任した山井梨沙。就任直後から新型コロナの感染拡大など、厳しい船出となった。一方で、コロナ禍で密を避けるという観点から、キャンプ人気が高まっている。「自然には都市生活で失われてしまったものがある」と山井。今回、社長就任を振り返るとともに、「人と自然との関わりの重要性」について語ってもらった。

「スノーピーク」の社長を務める山井梨沙

――2020年は社長就任や新型コロナなど、大きく環境や価値観が変わる出来事がありましたが、振り返ってみてどんな1年でしたか?

山井梨沙(以下、山井):本当に大変な1年ではありましたが、一度立ち止まって、今まで「スノーピーク」でやってきたことや描いていた未来が「間違ってなかった」と、再認識できた1年でもありました。

――当初想定していたものとは全く違う1年になりました。

山井:2020年は東京オリンピックで人が集まることを想定して、そのタイミングで自然への送客というか、「スノーピーク」がベースとしている「自然と人とをつなげるプラットフォーム開発」に注力していました。それで長野の「Snow Peak LAND STATION HAKUBA」や京都の「Snow Peak LAND STATION KYOTO ARASHIYAMA」、大阪の「スノーピーク 大阪りんくう」といった宿泊もできる大型体験型店舗をオープンしたんですが、京都と大阪に関しては予定よりもオープン日を後ろ倒しにするなど、コロナの影響はありました。ただオープン後は3店舗とも順調で、私達が予想していた以上にお客さまが来てくれています。

――昨年3月に社長に就任されて、変わったこと・変わらなかったことは?

山井:社長就任以前の1年間は副社長をしていました。その時は、フィールドワークをしながら仕事の原石を掘り出して、事業化するのが自分のスタイルでした。地方だったり、海外だったり、実際にその土地の人と会って話をして、そこから仕事を見出す。それは社長になっても変わらないんだろうなと思っていたんですけど、コロナの影響や、社長としても他に優先すべきこともあって、それがあまりできなくなりました。ただ、人や社会、そして地球が求める未来を作っていくのが自分の仕事だと思っているので、それに向けての役割は変わらないです。

――社長就任に関しては、発表された当初はかなり批判的な意見もありました。

山井:そうですね。就任当時は32歳で、しかも女性社長ということもあったと思うのですが、私のタトゥーのことを批判するコメントが多くて。私自身はそんなにタトゥーに対してネガティブな反応が起こるとは思ってはなかったんですけど、ネット上ではかなりの誹謗中傷があり、精神的にダメージを受けました。私のやってきた仕事について知らないのにという悔しい気持ちもありましたね。それで、「この文明社会、情報社会で何かが失われている」ということを再認識したのと、やっぱり私達が提供している「自然と人とのつながり」を本質的に再提示していかないといけないなと実感しました。

「野生」を現在的に再定義することで、1人1人が主体性を持ってほしい

——コロナ禍で、密を避けるということからも、アウトドアやキャンプの人気が高まっていますが、そのようなブームをどう捉えていますか?

山井:確かにコロナもあって、新しくキャンプを楽しむファミリー層や、20〜30代のソロキャンパー達は増えています。私自身も、やっぱり自然や人と触れ合うほうが人間らしく生きられるということを認識できました。都市はインフラも整っていて、1人でも生きていける設計になっていますが、本来人間は、地域でコミュニティを作って、そこで助け合いながら何かを生み出してきたし、生きる上でそれが必要なことでした。キャンプというのはそれを疑似的に体験させてくれるものだと思います。

私がアパレル業界にいた時は、アウトドアとファッションは大きく分かれていて、キャンプをする人も少なかったのですが、最近はアパレル業界でもアウトドア好きな人が増えているし、その要素をファッションにも取り入れていたりして、境界線がなくなってきています。アウトドアやキャンプが以前よりも身近なものになっていて、それはすごく良い流れだと感じています。

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――山井さんが考える「自然と触れ合うこと」の重要性はどういったところですか? 

山井:私が自然を通して感じていることは、自然の中で生まれる信頼関係がもっとも深くて強いということ。自然の環境の中では何が起こるかわからない。5分後に土砂降りの雨になるかもしれないし、雨で土砂崩れが起こるかもしれない。だから常に予測しながら生活しなければいけないんです。そうなった時に絶対に1人の力では解決できなくて、普段から地域のコミュニティや人間関係を築いておくことが大事なんです。そこが都市とは全然違う。

でも都市で暮らしている人も、キャンプに行くと近隣のキャンパーさんに「すみません、お塩忘れたんで貸してもらえませんか?」と言える。そこにあまり壁がないんです。普段仕事している時の職業や肩書きなどは関係なく、自然の中だと1人の人間に戻れる。なんかそれが一番平和だなと思いますね。

都市も自然もどっちも知っていること、どちらにもメリット・デメリットがあるので、両方のバランスをとって生きていくことがこれからの時代には大事。もちろんテクノロジーで世の中が良くなっていくこともたくさんあるけど、人間らしい、自然の中での実体験やつながりは失っちゃいけない。そういうことを実感して生きていく人が増えると思うし、増えていってほしいとも思っています。

――昨年出版された著書『FIELDWORK─野生と共生─』(マガジンハウス)のように「野生」という言葉もキーワードとしてよく挙げられています。

山井:その「野生」という言葉も現代的に再定義したくて、この本を書きました。「野生」って男性的な荒々しいイメージがありますが、私が考えている現代的な「野生」の在り方は、それこそ自然の中で生きている状態そのもので、やっぱり常に何が起こるかを予測して行動したり、その状況に対してちゃんと自分の頭で考えて行動すること。そういう感覚がテクノロジーの発達によりかなり失われている。これからの未来に必要な「野生」というのは、自分なりの考え方で、何を感じ、何を考え、どう行動するのかということなんです。そうして1人1人が主体性を持って世の中ができあがっていけばいいなと思います。

今では「多様性を大切に」とよく言われるようになりましたが、東京もロンドンもニューヨークも同じようなものが街に集中していて、すごく均一化されている。こういうものが流行っているからとか、これで成功しているからとかではなく、状況に対して、自ら考え、答えを出して行動することが、もう一度生きる活力とか、そういうのを呼び起こす要素になるんじゃないかなと思っています。

――山井さんはアートや音楽といったカルチャーも好きですよね。昨年は「さどの島銀河芸術祭プロジェクト2020」にも参画されていました。

山井:子どもの頃からアートや音楽は大好きで、そこから影響を受けたことはたくさんありますし、自然と関わるのと同じくらいアートや音楽に触れて、感受性を育んでいくことも大事だと思っています。アートや音楽は必ずしも生きていく上で必要ではないかもしれないけど、あったほうがより人生が豊かになるのは間違いないですよね。昨年の佐渡の芸術祭では、GEZANやDJ QUIETSTORM、MOODMANにも来てもらってライヴやDJをしてもらいました。観客の7割ほどは地元の人達だったんですが、GEZANの時に地元のおばちゃん達が一緒にこぶしを上げていたり、DJで踊っているのを見て、こちらも嬉しくなって。地元の人達が喜んで、楽しんでくれて、その光景を見てやってよかったなと思いました。

「さどの島銀河芸術祭プロジェクト2020」でのGEZANのライヴ映像

「YAMAI」では生産者やその工程が感じられる服作りを目指す

――近年、アパレル業界の大量生産、大量廃棄が問題になっています。一方で山井さんは上場企業の社長として成長を求められると思いますが、それについてはどう考えていますか?

山井:「スノーピーク」では、お気に入りのアイテムをなるべく長く、愛着を持って使ってもらえるように、キャンプギアやアパレルなどすべての製品に永久保証を付けています。なのでありがたいことに弊社の製品を使ってくださるお客さまは、20年、30年と大切に使用してくださる方が多いですね。

生産に関しても、例えば年間に3万個供給しなきゃいけないという製品も、一度に大量に作って残るリスクを抱えないように、1回の生産数を少なくして、年間数回に分けて生産しています。それだと無駄なものを大量に作らなくてよくなる。もともと弊社の生産のサイクルは、年平均で5回転とか6回転。継続的に2ヵ月に1回発注する方が、工場としても経済的にもいい。環境的な配慮と同様に、一緒に働いてくれる人達にも配慮したモノづくりを心掛けています。

――そんな中、「YAMAI」というアパレルブランドもされていますが、そちらはどういう位置づけですか?

山井:「YAMAI」は、本当に私が洋服で実現したかったことが詰まったブランドです。洋服って原料栽培から糸にして、糸を染めて、生地にして、縫製して、と店頭に並ぶまでたくさんの細かい工程がありますが、多くの製品は見た時にそれをイメージできない。「YAMAI」では、生産者が見えるような、どんな原料から作られて、どんな工程を経て、この製品ができているのかをしっかりと伝えていければと思っています。原料もコットンやシルクリネンなど天然素材のみで、フェアトレードで栽培先がわかっていて、なおかつローカルの地域で生息しているものを使用しています。

洋服は全工程を人の手によって作られているのに、そこで働く人がないがしろにされ過ぎだと思うんです。そのせいで現場に人がいなくなり、工賃もまともに払わず、みたいな悪循環になっている。「YAMAI」ではそこで働く人にもっとスポットをあてて、しっかりと製品の良さを伝えていきたいと思っています。

――最後にこれからのスノーピークの展望を教えてください。

山井:「スノーピーク」の活動理念である「人間が本来持っている大事な感覚を呼び起こすこと」「自然とのつながりを喚起すること」は、これからどんどん文明と自然が二極化していく中で、そこをつなぐ役割としてとても意味があると思っています。今起きている社会問題や社会課題を解決していける力が「スノーピーク」にはあるので、“自然指向”のコミュニティを世界に広げて、世の中をより良く、豊かにしていきたいです。

山井梨沙
「スノーピーク」代表取締役社長。1987年新潟県生まれ。祖父は同社創業者の山井幸雄、父は代表取締役会長の山井太。文化ファッション大学院大学で服作り、洋服文化を専攻し、ドメスティックブランドで約1年間勤務。2012年に「スノーピーク」に入社し、アパレル事業を立ち上げる。その後同事業本部長、企画開発本部長、代表取締役副社長を経て、2020年3月より現職。
https://www.snowpeak.co.jp
https://yamaijapan.com
https://www.instagram.com/lisayamai/?hl=ja

Photography Mayumi Hosokura

author:

高山敦

大阪府出身。同志社大学文学部社会学科卒業。映像制作会社を経て、編集者となる。2013年にINFASパブリケーションズに入社。2020年8月から「TOKION」編集部に所属。

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