「プロデューサーは、最後まで逃げてはいけない立場」 テレビ局の内幕を描くドラマ『エルピス』佐野亜裕美プロデューサーの信念

佐野亜裕美
1982年生まれ。東京大学卒業後、2006年にTBSテレビ入社。『潜入探偵トカゲ』『刑事のまなざし』『ウロボロス~この愛こそ、正義。』『おかしの家』『99.9~刑事専門弁護士~』『カルテット』『この世界の片隅に』などをプロデュース。2020年6月にカンテレへ移籍し、『大豆田とわ子と三人の元夫』やNHKで『17才の帝国』、『エルピス-希望、あるいは災い-』をプロデュースする。
Twitter:@sanoayumidesu

毎週月曜日22時から放送されているドラマ『エルピスー希望、あるいは災いー』(以下『エルピス』、カンテレ、フジ系)。4年半ぶり連ドラ主演となる長澤まさみや眞栄田郷敦、鈴木亮平などのキャストをはじめ、今作で初めて民放連続ドラマの執筆となる渡辺あやによる脚本、数多くの人気作を手掛けてきた大根仁による演出、音楽家・大友良英による音楽、そして『カルテット』や『大豆田とわ子と三人の元夫』の佐野亜裕美によるプロデュースと、放送前からその期待値は高かったが、放送開始後はテレビ局の内幕を描いたそのリアリティある内容も相まって、さらに話題となっている。

数々の人気作を作り出してきた佐野プロデューサーが、本作に込めた思いや信念とは。12月26日の最終回を前に話を聞いた。

——『エルピス』という作品は、脚本家の渡辺あやさんに出会って企画を立ち上げてから、6年もかかって放送に至ったということでしたが、その間に、諦めそうになった時や、光が見えた時はありましたか?

佐野亜裕美(以下、佐野):チームを集め出したりして動き出したかと思ったら、トラブルが起こって頓挫したり、そうかと思うと「これはいけるかも」ということが3回くらいあったんです。TBSを辞めてからは、テレビドラマに限らず、映画にすることも考えましたし、前後編にしようとしたり、2020年の前半くらいまでは、そんな感じでした。

具体的に光が見えたのは、カンテレに入る前のことなんですけど、(カンテレの)東京制作部の河西秀幸プロデューサーに、転職のことを相談したり、いろいろなドラマの企画書と一緒に『エルピス』の台本も読んでもらったりしていた時ですね。河西さんは、『エルピス』の次に放送される草彅剛さん主演の『罠の戦争』のプロデューサーでもあるんですけど、その河西さんが脚本を読んで、「これは面白いから、やるべきだ」と言ってくださって。その当時、河西さんに企画の決定権があったわけではないんですけど、実際に中にいて作っている方にそう言ってもらえてすごく心強かったし、その言葉が信じられたことは、自分の中で大きかったです。

——スタッフロールで、エンディングの企画のところに『ハイパーハードボイルドグルメリポート』の上出遼平さんのお名前があったことも気になってました。

佐野:上出君を知ったのは、まだ私がTBSにいた頃、深夜に自分のデスクで仕事をしていて、夜中に全局モニターを見ていたら、すごく面白そうな番組をやっていて。それで、すぐに自分のデスクにある小さいテレビで見たのが『ハイパーハードボイルドグルメリポート』だったんですね。周りの人にもすごく面白いって言ってまわったり、上出君が書いた文章も読んだりしていました。

その頃はまだ上出君はテレビ東京の人だし、ドラマを作っているわけでもないので、一緒に仕事をする機会はないだろうなと思ってたんですけど、たまたま共通の友人を通じて2020年に知り合いました。直接会って話したらやはりとてもすてきな方だなと思って、『エルピス』の台本を読んでほしいなと思って送ったら、面白いと言ってくれたんです。その時はもうテレ東も辞めていたし、『エルピス』はテレビ局の話だから、テレビ局の中にいた人にしか作れないエンディングにしたいと思って、上出君に頼んだんです。

——具体的には、上出さんはどのような部分を担当されてるんですか?

佐野:エンディング部分の製作総指揮という感じで、どんな物語を紡ぐかということや、プランニングとか、そういうプロデュース全般の業務をしている感じですね。1話の完パケができた時、エンディングも含めて初めて渡辺あやさんに見てもらったら、エンディングについては制作側から何らかの説明をする機会が必要なんじゃないかと言われたことがきっかけで、上出君とあやさんが対談することになって、それが先日ウェブで公開されました。

6年を経ての放送で良かったこと、難しかったこと

——6年かけて作っているから、今、放送になったこのタイミングが逆に見る人に届けるのには良かったんじゃないかって声もありますが、そのあたりについてはどう思われますか?

佐野:今、放送して良かった部分と、企画が立ち上がった当時に放送したかった部分の両方があります。良かったことは、現実の社会で、オリンピック1つとっても、その裏でどんなことがあったのかが明らかにされようとしていて、今、この社会で生きている人達がさまざまなことを感じ始めていると思います。そのことで、このドラマに描かれていることが伝わりやすくなった部分があると思います。

一方で、村井喬一(岡部たかし)という情報バラエティのプロデューサー役のセクハラ描写を今描く難しさも感じています。このドラマの台本を書き始めたのは2017年だったんで、当初は2015年から物語が始まってから2年間を描いて、ゴールを2017年にしようと思ってたんです。ただ、放送のタイミングがずれたことで、今、放送しているドラマは、2018年に始まってからの2年間の物語にしたんですね。その間に、村井のような人の受け取られ方がかなり変わったと思います。ただ、世の中に生み出されたキャラクターや物語を、自分達の都合でいじくりまわすわけにはいかない部分もあって、そこが歯がゆいんですよね。

それは象徴的な部分なんですけど、村井に限らず、例えば陰謀論という観点もそうですが、2017年だったらそのまま受け止められていたことが、今は違う受け止められ方をしているとしたら、こちらも伝え方を変えないといけないことがあって、そこがプロデューサーとしても大変でもあり学びの多い部分でした。

主人公の浅川恵那(長澤まさみ)が後輩の岸本拓朗(眞栄田郷敦)に対してビンタをするシーンにしても、伝え方や受け取られ方は、2017年とは違うし、以前よりも切り取られて語られる部分も多くなっているので、そこは細心の注意を払わないといけなかったですね。状況が変わって向き合い方も変えないといけないという部分で6年という月日を感じます。

——以前は、現実の社会と関連することをフィクションとして描くということにも観る人も作る人も敏感だったと思うし、そこに忖度や自主規制が働くということもあったかと思うんですけど、そういう意味での向き合い方はいかがでしたか?

佐野:それは、過去に担当した自分自身のドラマの中でも、脚本にある食品の固有名詞が入っていて、スポンサーのこともあるし、そのまま使用するのは難しいと思っていたけど、いろいろ確認したら全然大丈夫だったこととかもありました。それは些末な話ですけど、内なる自主規制というのはあって、それを疑ってみると、実は大丈夫だってことはあるんですよね。

『エルピス』は、テレビ局の内幕の話だけれど、『白い巨塔』だって、大学病院の内部の権力のことを書いたりしてきたし、警察とか政治家についても書かれてきた作品はたくさんあるわけで、なぜテレビ局だと書いてはいけないのかと思うんですよ。でも、そのこと自体を疑ってみたら、意外に大丈夫だったと、今回スタートしてみて感じています。

——その話を聞いていると、東海テレビが制作した『さよならテレビ』を思い出しますね。

佐野:『さよならテレビ』の場合は、ドキュメンタリーなので、より大変だとは思うんですよね。もちろん、ドキュメンタリーでも演出は入ってはくるんですけど、本当にすごい番組で、私達も力をもらいました。あやさんにも『さよならテレビ』のDVDを送って、2人で「すごい番組だ」って言い合ってたりもしました。

登場人物の魅力について

——『エルピス』の面白いところは、そういう忖度のないリアリティの部分もあるんですけど、キャラクターの魅力もありますね。

佐野:斎藤正一役の鈴木亮平さんがされている演技の性質も影響していると思いますが、韓国ドラマに出てきそうなキャラクターでもありますよね。それに、主人公も含めて、ダメなところもたくさんあるという意味でこれまでにあまりなかったキャラクターかもしれません。よくバディって凸凹コンビが良いっていうじゃないですか。でも、『エルピス』では浅川恵那と岸本拓朗は対になってるんですよね。

セオリーとしては「バディが同じようになってはダメだろう」という考え方があるんです。そういう方法論で作ったもので面白いものもたくさんあるし、私も好きなんですけど、浅川恵那と岸本拓朗は対であって凸凹ではないので、あやさんにも、そういうバディってなかったですねって話をしたら、「この2人は、佐野さんの内面を2人に分けたので、同じなんですよ」と言われて、なるほどと思いました。

——確かに、浅川が食べられなくなったら、次は岸本が食べられなくなって、2人が同期してる感じがありますね。主人公の浅川恵那と、斎藤正一の関係性も、なかなか見逃せない緊張感がありますよね。

佐野:斎藤に関しては、斎藤みたいな人に嫌な目にあったり、斎藤みたいな人に惹かれてダメだと知っていながらそっちに行ってしまってつらい思いをした数々の友人・知人の話の集合体みたいな感じになってるんです。私が東京で20年生きてきて、周りにいる友人が、本当に大変な思いをしながら生きてきて、そんな人達から話を聞いたことを、あやさんに伝えたんです。でもそれは、キャラクター造形のために話したわけではなく、「友人からこんな相談を受けたんですけど」というような雑談でした。あやさんは島根に住んでいるので斎藤のことを「あんな人は見たことない」と言っていました。でも、私や私の友人が実際に出会ってきた人達なんです。

——鈴木さんは、斎藤に対してどんな風に思われてる様子ですか?

佐野:亮平さんからは、斎藤は、ファンタジーとリアルの間っていうか、どちらかというとファンタジーに近いんじゃないかと言われてたんですが、それは男性同士のコミュニケーションにおいて、斎藤のような男性は、浅川恵那に見せるような顔を見せないと思うんですね。斎藤というのはホモソーシャルの頂点に君臨しているような人なので、男性は彼の別の面を知りにくいと思うんです。けれども、斎藤のような人が、浅川のような聡明だけれど弱っている女性に対して、どうふるまうかということを私達は嫌というほど知っているので。コマ切れにLINEを送ってくる人っていうのは、本当にいるので。

——人を揺さぶる術を知ってるんですね。

佐野:本当に計算高くて、気になるところで止めたり……。その沼を私は通り過ぎることができたので、世に伝えたいと思って。まだ、斎藤のような人に捕まっている人に対しても。

——すごくわかります。あの斎藤の狡猾さを見て、ものすごく嫌だけど魅力を感じるところは確かにあるんですよね。そういうところを鈴木さんがうまく演じられていると思います。

佐野:普段はキャラクターに対して肩入れすることはほとんどないんですが、斎藤に関しては、好き嫌いとかを超えて、つらかったりしんどかったりという気持ちが思い出されて「ぐぬぬ……」となって。それは、亮平さんが本当に上手くて魅力的に演じてくれるからなんですよね。一方で、ああいう人が魅力的に見えてしまうことに対する怒りが個人的にはあって、浅川恵那にも「やめとけ!」となって、感情移入してしまいますね。

——見ている人達も、そういう斎藤に対するアンビバレンツな感情を共有していますよね、きっと。

佐野:そんな風に反応してくれるということは、みんな、苦しい思いをしてきてるんだなって実感しますね。

——あまり先のことを聞いてはいけないとは思うんですけど、斎藤も何かしらの着地点をきっと見つけるんだろうなとは思っているんですが、いかがでしょうか。

佐野:斎藤の最後は面白いですよ! 亮平さんも最終話があったから、この作品に出ることを受けてくださったと。もちろん、他の要素もあるんでしょうけれども、最終話の存在は大きかったと仰ってました。今まで見たことのない決着のつけ方になっているので、ぜひ見てほしいです。

——最後に、佐野さんについてのことを聞いてしまって申し訳ないんですが、佐野さんはあやさんから「さぞや自信ありげな女性なのかなと想像していたら、いつでも反省してる」と言われていたのを文春オンラインのインタビューで読みまして。こうしてお話してみて、もちろん、作品に対しての責任感を常に感じているというのも伝わってくるんですけど、良い意味での変化もあったのかなとも思ったのですが、ご自身ではいかが思われますか?

佐野:今は、チームのために自信をもっていかないといけない時期なのかなとは思っています。私が批判や数字に落ち込んでいたら、共に時間と労力をかけてくれたキャストやスタッフに申し訳がないので、個人的には落ち込むことはあるけれど、プロデューサーとしてふるまっているときは、そういう気持ちは忘れるようにしています。やっぱり、プロデューサーは、最後まで逃げてはいけない立場だと思うので、それで自分を保っているところはあります。もちろん、夜は飲みながら友人や家族に弱音を吐くこともありますけどね。

それと、あやさんが、私を人間として励ましてくれて、この先、仕事がどうなろうと、あなたのことを信頼していると言ってくれたことで自信が持てました。だから、あやさんに初めて出会った時に比べたら、自分自身も、自分の目の前にいる人のことも信じることができるようになりました。まだまだ、あやさんには怒られることもあるので、道半ばというか2合目、3合目くらいかもしれないんですけどね。

■『エルピスー希望、あるいは災いー』
毎週月曜夜10時(カンテレ・フジテレビ系全国ネット)
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、三浦透子、三浦貴大、岡部たかし、六角精児、筒井真理子、鈴木亮平ほか
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
プロデュース:佐野亜裕美、稲垣護、大塚健二
音楽:大友良英
主題歌:Mirage Collective「Mirage」
制作協力:ギークピクチュアズ ギークサイト
制作著作:カンテレ
https://www.ktv.jp/elpis/

Photography Mikako Kozai(L MANAGEMENT)

author:

西森路代

1972年、愛媛県生まれ。 ライター。 大学卒業後、地元テレビ局に勤務の後、30歳で上京。 派遣社員、編集プロダクション勤務、ラジオディレクターを経てフリーランスに。 Twitter:@mijiyooon

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