2022年の私的「ベストブックス」 「KOMIYAMA YUKA BOOKS」高橋優香が選ぶ年末年始に読みたい5冊

素晴らしい本と出会い、その世界に入り込む体験は、いつだって私達に豊かさをもたらしてくれる。どんなに社会や生活のありようが変わっていこうとも、そんなかけがえのない時間を大切にしたいもの。激動の2022年が終わろうとしている今、読んだ後にポジティヴなエネルギーや新しい気付きをもたらしてくれる本を「KOMIYAMA YUKA BOOKS」の髙橋優香が紹介する。

髙橋優香
1986年生まれ。東京メンズファッションブランド 「ベドウィン&ザ ハートブレイカーズ」 に5年勤務後、アメリカンカルチャーを体感すべく2年間ニューヨークに留学。アメリカでアートブックの世界に魅せられ現在神保町老舗古書店、小宮山書店に勤務。2021年7月には、自身がキュレーションするシークレットブックスペースをラフォーレ原宿「GR8」の店舗内にオープン。
Instagram:@komiyama_yuka_books

新しい1年をエネルギッシュに迎えるための5冊

今年は、すごくいい本と出会う機会が多かった印象があります。フィジカルで出すなら、こうしたい、こういう物を残したいとか、著者がじっくり深く考えて作るものが多いのかなと。あくまで主観ですが、いい本とは作家が見える本だと思っていて、作家のやりたいことや、伝えたいことが見えるとか、作り手の気持ちが見えるもの。それがきちんと届いているから、いい本が多かったと思えるのかもしれない。作りたいという意図が見えることも大事で、中にはこれをまとめられても……みたいなものもありますしね。

コロナ禍を経て、距離感だったり、コミュニケーションだったり、関わりにおけるセンサーみたいなものが、無意識に敏感になっているのかもしれない。コミュニケーションについて改めて考え直してみたり、新しい1年をエネルギッシュに迎える活力になるような、年末年始にぴったりの5冊を選びました。

『NEW YORK 1954.55』(Marval /1995)
WILLIAM KLEIN(ウィリアム・クライン)

新しい年に向けてたくましく生き抜くパワーをもらえる写真集

2022年、写真界で衝撃が走った一番のニュースといえば、写真家ウィリアム・クライン(William Klein)が逝去したことでしょう。『NEW YORK 1954.55』は、『NEW YORK』(Editions du seuil /1956)に刊行されたもののリパブリッシュ版。初版から約70年経った今でも影響を与え続けており、ストリートスナップの技法で、自分を色濃く表現したそのスタイルは当時の写真界に大きな衝撃を与えました。当時は、リチャード・アヴェドン(Richard Avedon)や、アーヴィング・ペン(Irving Penn)といった写真家が表現する絶対的な美やマンハッタンのフラッシーな世界観が良いとされていた時代。クラインが写したのは、現代では想像もつかない街のリアルでした。トランス状態でダンスする人々、拳銃を子どもの額につきつける大人、拳銃をおもちゃのように遊ぶ子ども達など、狂った世界をあたりまえのように生き抜く人々の姿に惹きつけられました。また、アレ・ブレ・ボケといったミステイクとされていたイメージカットをあえてテクニックとして採用。カットオフされたダイナミックなレイアウトなど、写真のルールにとらわれない表現で当時のニューヨークを切り取り、森山大道さんや多くの写真家に影響を与えました。ニューヨークに住んでいた時に購入し、何度も見返しては勇気をもらい、こんな怖い時代にいなくてよかったと思いつつ、街を生き抜く被写体を見ながら、私も街、そして時代をサヴァイブしていかないと、といつ見ても奮い立たされる1冊です。

『SELF AND OTHERS』牛腸茂雄(1994)
第一刷 未来社(復刻版)

巡り巡って今の自分にピタッとハマった写真的コミュニケーション

以前のものが急に新しく見えたり、ピタッと自分にハマる時がある。私にとってのそれが、今年は牛腸茂雄さんの写真集『SELF AND OTHERS』でした。直訳すると自己と他者。牛腸さんは、3歳で胸椎カリエスという病気を患い、身体にハンディキャップがありながら、写真というコミュニケーションツールで人と関わり、表現してきた写真家。余命20歳と宣告され、36歳の若さで亡くなりました。身長が子供の背丈(130cm)ほどだった牛腸さんのポートレート写真を見ていると、被写体と一定の距離を感じ、その距離感が気になったんです。子ども、家族、友人など何気ないポートレート集のようで、子ども達の表情は硬く、違和感を覚える。見ているとなぜか不安になったり、存在の不確かささえ感じる。中盤に出てくるぐっと寄ったポートレートはご両親。こういう部分にも写真と牛腸さんの距離感を感じて、病気のせいで思うように遊べなかった自分の幼少期と比べて、子供に対して強い嫉妬心が現れているのかとか、子ども達が牛腸さんのことを不思議に思って見ていたのかとか、あれこれ考察してしまいます。

私はこれまで、ポートレート写真は被写体と近い距離で、内面を映しだそうとするものがいい写真だと感じていたのですが、牛腸さんのポートレートは違いました。写真というコミュニケーションツールは、人との距離が明確に出るもので、その人にしか写せない写真があることを改めて実感させられた1冊。だんだんとコロナ禍も沈静してきて、コニュニケーションや人との距離感を、無意識に考えた1年だったと思います。この本は、自己と他者の距離感について改めて見つめ直すきっかけになればと思います。

『VIDEOS』(2022/.OWT.PUBLISHING)

カルチャーをシェアする大切さを教えてくれた蒐集家による1冊

おそらく世界一のスケートビデオコレクターである宇佐見浩介氏が、100%の自信を持って好きだと言える157本を紹介している1冊。大事なのは、この本は彼がコレクションしているビデオの図鑑ではなく、彼が好きなビデオを選んで紹介しているということ。スケート映像を収録してあるVHS、DVDとそれにまつわる音源やアイテム、彼の感じたことを書き綴ったテキストは、英訳されヴァイリンガル仕様になっているところに、スケートボートの世界との繋がり、宇佐見さんの意気込みを感じました。前職の先輩だった宇佐見さんは、カルチャーは人とシェアしていかないと繋がっていかないと言っていて、カルチャーを通じて人とコミュニケーションをする楽しさや大切さを教えてくれた人。オススメのDVDを貸してくれて、見ないで返したらめちゃくちゃ怒られたこともありました(笑)。フィジカルで本を作り、時代背景や、意見ではなくすべて彼の感想が書かれているところもいい。おそらく世界初のスケートビデオの書籍は、すべて手製本で製作された真心ある美しい1冊。尊敬する先輩が本を出して、たくさんの人のこれからのきっかけになるのは、とても嬉しいことですし、初版400部が即完売し、第2刷を発売するということもさすがだなと思いました。

『TREMILA』 (SELF PUBLISH /2022) 
Nick Atkins and Matthew Burgess

NYを拠点に活動しているアーティスト、ニック・アトキンス(Nick Atkins)とマシュー・バージェス(Matthew Burgess)がヴィンテージの「アイスバーグ(Iceberg)」のセーターに彼らのオリジナルアートワークをハンドエンブロインドしたセーターのヴィジュアルブック。ニックが絵画、フィルム、スカルプチャー等、表現方法はさまざまですが、一貫して表現しているものが、自身の縁あるハイチでの経験やトラウマ、薬物やアルコール依存との闘いなどの個人史をベースにした架空のSFファンタジー、「ハンジ・パーティ」の中で繰り広げられています。一見するとかわいい印象を受ける作品ですが、蝶々や虫などに、顔がついていたり、口が大きくデフォルメされていたりとかわいいだけとは言い切れない。既視感がなく、オリジナルの世界観で構築されていて、まるで子どもが描いたような独特の色使いもすごくいい。

2人はおもしろいからやろうよ、これやったらおもしろい! と、自分達が楽しむためにアートを制作していて、プロジェクトも、同じメンバーでやり続けるのではなく、良い意味で新しいメンバーと新しい取り組みをしているので、そこからコミュニティが作られ、新しいカルチャーが生まれる。そこにニューヨークのパワーを感じます。また、海外のアーティストは本好きが多く、本を開くとインスピレーションが沸いたり、何年先も“もの”として残っていくことで次世代に繋っていくということを知っています。フィジカルで残すことの大切さを改めて私達に気付かせてくれる気がします。

『Capsule』(KALEIDOSCOPE / 2022)

広い意味でデザインの世界を掘り下げたハイブリッドマガジン

インテリアと建築、ファッションとテクノロジー、エコロジーとクラフトなど、より広い意味でのデザインの世界を掘り下げたイタリア発のマガジン。『KALEIDOSCOPE』の姉妹誌で今号は創刊号。今後毎年ミラノデザインウィークに合わせて発売予定の『Capsule』。タイトルは、1972年に黒川紀章が設計し銀座に建設された日本の建築運動メタボリズムのシンボル「中銀カプセルタワー」から名付けられたそうです。雑誌と書籍のハイブリッドとも言える『Capsule』は、イタリアの先鋭的なインテリアデザイン誌『domus』や『MODO』などの系譜を継ぎながら、全く古さを感じさせないデザイン。クリッピングされグラフィカルに配置された紙面はポップでありながらも、全体の構成はシンプルで見やすく、イタリアらしい無駄のないデザインに魅了されます。古書店で働いていると、年代だけではなく、国によって、デザインや構成が違うので、それを見比べたり、感じられるのもおもしろい。H.Rギーガーのチェアや空山基さんがデザインした「AIBO」なども掲載されているのですが、ここまで攻めていて、独特のおどろおどろしさもあるモード寄りのインテリアマガジンは見たことがなかった。インテリア雑誌にも見えないし、ファッション雑誌にも見えない。独自の編集力に圧倒されます。年末じっくり『Capsule』を見返しながら、家具の買い替えや部屋の模様替えの構想を練ってみるのはいかがでしょうか。

Photography Masashi Ura

author:

奥原 麻衣

編集者・ライター。「M girl」、「QUOTATION」などを手掛けるMATOI PUBLISHINGを経て独立。現在は編集を基点に、取材執筆、ファッションブランドや企業のコンテンツ企画制作、コピーライティング、CM制作を行う他、コミュニケーションプランニングや場所づくりなども編集・メディアの1つと捉え幅広く活動中。 Instagram:@maiokuhara39

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