2022年の私的「ベストミュージック」 サウンドアーティスト・細井美裕が選ぶ今年の5曲

終息に至らないコロナや大国による軍事侵攻、歴史的な円安などなど。2022年に刻まれたさまざまな出来事は、私達の日常のありかた・感覚に少なくない変化をもたらした。しかし、そんな変動の時代の最中においても、音楽は変わらず鳴り続け、今年も素晴らしい作品がいくつも生まれた。その中でもとりわけ聴き逃せないベストミュージックをサウンドアーティスト・細井美裕が紹介する。

細井美裕
1993年生まれ。慶應義塾大学卒業。マルチチャンネル音響をもちいたサウンドインスタレーションや屋外インスタレーション、舞台公演、自身の声の多重録音を特徴とした作品制作を行う。これまでにNTTインターコミュニケーション・センター(ICC)無響室、山口情報芸術センター(YCAM)、東京芸術劇場コンサートホール、愛知県芸術劇場、日本科学未来館、国際音響学会AES、羽田空港などで作品を発表。
オフィシャルサイト:https://miyuhosoi.com/
Instagram:@miyuhosoi
Twitter:@miyuhosoi

Matmos「Tonight there is something special about the moon / Jaki księżyc dziś wieczór…」

Matmos「Tonight there is something special about the moon / Jaki księżyc dziś wieczór…」

ビョークのリミックスを担当したことでも知られるアメリカの電子音楽デュオMatmos、どう考えても音を楽しんでいることが伝わってきて憧れです。たまに、自分がいいと思うことを捻じ曲げて周囲の言っているようにやっちゃえば早く終わるよな、と魔がさす時あるじゃないですか、そういう時爆音でかけていきたい曲です。直接的に応援されるより、ただ楽しくやってる人達を見ている方が自分も気合が入る、みたいな状況になれるのでおすすめします。Matmosを教えてくれた写真家の三ツ谷想が「サンプリングというか、フィールドレコーディングを聴いてるみたいな感覚になる」と話していて、確かに。一音の情報が連なって歪んだ世界が作られていくみたいな、AIが何かを生成している途中のBGMが必要とされたらこの曲を使っていただきたいです。Matmosのことを考えていると、頭の片隅にフォルマント兄弟が出てくるんですよね。たぶん私が最初に憧れた楽しそうな大人達だったからかなぁ。

Marina Herlop 「shaolin mantis」

Marinaを知ったのはZora JonesとSinjin Hawkeからの紹介でした。2022年夏に「Circus Tokyo / Osaka」の出演のために来日していた2人から、日本にいるから会いたい! と連絡があり、その日か後日スタジオに一緒に入ってお互いの興味を話していた中で名前を知りました。最初にMarinaのinstagramのストーリーでたまに彼女がアップするフレーズやライヴのパフォーマンスを見てレベルの高さと美しさに驚き。多重録音のライブは音がだんだん増えていくか、カラオケみたいになるか、とパターンの偏見を持っていたのですが、Mrinaのライヴは多重録音の独特な職人芸を見るモードから鑑賞者を解き放ってくれる安心感がある! いつか生で見たい! 音源も彼女の声に勢いをつけるために必要な声以外の音が鳴っているようでちょーかっこいい! なんというか、プリペアドピアノを弾いているみたいな印象を受けたのです。身体の中にさまざまな音が準備されてあって、それを声がトリガーしていく……。

Beyoncé 「THIQUE」

Beyoncé 「THIQUE」

2019年にリリースされた「The Gift」というアルバムでBeyoncéに目覚めた私は、コロナ中の外からの刺激の少なさを補うように好きなものを掘り下げるモードになっておりました。例えばアルバムに参加しているメンバーの曲を片っ端から聴いたり。「MY POWER」に参加していて、Gqomのパイオニアの一人とされるDJ Lagの最新作は、友人Sinjin Hawkeとの共作だったこともありよく聴いていました(iKhehla / DJ Lag, Babes Wodumo, Mampintsha 等)。聴いても聴いても聴く視点(?)がどんどん出てくる恐ろしい「The Gift」から3年、ついにアルバム『Renaissance』が! 中でもTHIQUEはパワフルなBeyoncéではなくけだるめな始まりで、だんだんお尻を叩かれる感覚が完全に納品前の自分を奮い立たせる最後の手段になっていました。全曲サウンドはもちろんのこと、アルバムが持つメッセージも含めて長く聴いていきたい。『Renaissance』というタイトルと本人のInstagramのコメント“My intention was to create a safe place, a place without judgment. A place to be free of perfectionism and overthinking. A place to scream, release, feel freedom.(私が意図したのは、安全な場所、判断のない場所を作ること。完璧主義や考え過ぎから解放される場所。叫び、解放し、自由を感じる場所) ”を見て、いつか、あの時はああいう情勢だったなぁと記憶をたどるきっかけになるアルバムになるのだと思ったのでした。

Semblanzas del Rio Guapi, Cerrero「Los Guasangú (Cerrero remix)」

英語でも日本語でもあまり情報が出てこないのですが、コロンビア南太平洋の音楽文化の保存、強化、普及のために活動している伝統音楽グループSemblanzas del Río Guapiによる楽曲を、コロンビアルーツの楽曲のレコーディングから、ダブやエレクトロリミックスを手掛けるプロデューサーのCerreroことDiego Gómezがリミックスした楽曲だそうです。私個人の傾向として、言語がなくて、落ち着きつつ身体を定期的に小さく揺さぶられているような……でもわかりやすいビートだけじゃなくてたまに意識をほんの一瞬、音に持っていかれるくらいの曲を最も欲していて、そのプレイリストに今年追加された中で一番聴いています。Cerreroは近作のDub mixでプロデューサーとしてラテン・グラミー賞に2度ノミネートされているとのことです。「Reich: Remixed 2006」の中のEight Lines – Howie B Remixが好きなのですが、自分の中ではその周辺に位置しています。

Erik Hall「Canto Ostinato “Sections 17-30” / Simeon ten Holt」

曲のタイトルはなぜか「Sections 17-30」 のみになっていますが、Simeon ten Holtという作曲家の長作「Canto Ostinato」をErik Hallが演奏したうちの「Sections 17-30」のみ、という意味です。Bandcampで全編手に入れることができます。この曲、一部だけ聴くものではない……全部聴いてこそなのです。4台のピアノ(Erikの場合1962年製のHammond M-101、1978年製のRhodes Mark I、1910年製のSteinwayの3台)が緩やかに進行していく様子が、例えば、ある特定の感情を引き起こしやすいコードを1回、そして2回鳴らすことと、じりじりと1回目のコードに向かい、時間をかけてじりじりと2回目に移行していくこと、の2者であれば後者。すべての感覚をなめながら呼び覚まして、身体や心をニュートラルモードに戻す感覚です。そんなジリジリがあってこそのものを、ストリーミングでは一部だけ出すなんてやられたー。2019年、銀座メゾンエルメスフォーラムで向井山朋子さんが深夜から明け方まで1人で演奏し続けるパフォーマンスでこの曲を知りました。鑑賞者にはブランケットが2枚配られ、床に寝て、忘れられない夜明けだった。音源だと1989年リリースの30曲に分けられたものをずっと聴いていました。他のものはほぼすべて聴いたけど、テンポのせいかエチュードのように聞こえてしまって。でもやっと聴き続けたいものが出てきたかも!

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芦澤純

1981年生まれ。大学卒業後、編集プロダクションで出版社のカルチャーコンテンツやファッションカタログの制作に従事。数年の海外放浪の後、2011年にINFASパブリケーションズに入社。2015年に復刊したカルチャー誌「スタジオ・ボイス」ではマネジングエディターとしてVol.406「YOUTH OF TODAY」~Vol.410「VS」までを担当。その後、「WWDジャパン」「WWD JAPAN.com」のシニアエディターとして主にメンズコレクションを担当し、ロンドンをはじめ、ピッティやミラノ、パリなどの海外コレクションを取材した。2020年7月から「TOKION」エディトリアルディレクター。

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