2022年のSpotifyのデータから考える「ヒットする音楽の傾向」

世界で4億8900万人以上のユーザーが利用するオーディオストリーミングサービスSpotifyが発表した2022年のランキングをもとに、2021年からの変化、藤井風の世界的ヒット、日本のボーイズグループの台頭など、日本の音楽シーンの現状を、Spotify Japanの音楽部門担当・芦澤紀子に聞いた。

芦澤紀子
Spotify Japan 音楽企画推進統括。ソニーミュージックで洋楽・邦楽の制作やマーケティング、ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)で「PlayStation Music」の立ち上げに携わった後、2018年にSpotify Japan入社。

——まずSpotifyとして2022年はどのような1年でしたか?

芦澤紀子(以下、芦澤):Spotify Japanがスタートしてから6年目を迎えた年でしたが、ストリーミング配信がより日本のマーケットに浸透してきて、音楽のみならずトークコンテンツなどを含めて関心もアクセスも集めたという実感がありました。その上で音楽を聴くだけでなく、さまざまなパートナーシップを通じて付加価値の高いリスニング体験をお届けできるようにも取り組んだ1年だったと思います。具体的な例としては、話題のアニメ映画とのコラボレーションがまず挙げられます。

——『呪術廻戦』『ONE PIECE FILM RED』『すずめの戸締まり』などがありましたね。

芦澤:そうです。特に『ONE PIECE FILM RED』と『すずめの戸締まり』は音楽に軸足を置いた作品ということで、公式プレイリストとして劇中音楽をお楽しみいただくだけではなく、映画の世界観をより深く楽しんでいただけるようなコンテンツ体験をお届けできるように注力しました。『ONE PIECE FILM RED』ですと、ルフィのキャラクターボイスや、再生中のスマートフォン画面に8秒間のループ動画が表示される「Canvas」、楽曲のストーリーを伝える画像+テキスト機能「Storyline」などを活用し、映画の世界を多面的にお楽しみいただけるようにアイデアを凝らしました。

『すずめの戸締まり』に関しては、「聴く小説・すずめの戸締まり」という初めての試みをさせていただきました。岩戸鈴芽役の原菜乃華さんが小説版『すずめの戸締まり』を朗読するという内容で、Spotify Music+Talk機能を使って全30回に分けて配信しました。映画公開1ヵ月以上前から予習コンテンツとして、日々このMusic+Talkを聴いて期待感を高めてもらえたらという意図で企画したのですが、公開後もたくさんの方に繰り返し聴いていただけて、とても好評でした。

——『すずめの戸締まり』の取り組みは非常に印象的でした。

芦澤:ありがとうございます。他の事例についてもお話しすると、Spotify Japan初の取り組みとしてビデオシングルシリーズ「Go Stream」を展開し、5組の国内アーティストに特別なパフォーマンス映像を撮り下ろしていただき、縦型ビデオシングルという形で配信しました。7月と9月の2回に分けて、ずっと真夜中でいいのに。、Vaundy、宇多田ヒカル、Mrs. GREEN APPLE、星野源の5組のアーティストに参加していただいたのですが、これまでのSpotify Japanの歩みを語る上で欠かせない5組と一緒にスペシャルな取り組みができたことに感謝しています。

2017年から続けている新進アーティストサポートプログラム、Early Noiseに関して言えば、2022年は数年前に選出した藤井風やVaundyの2人が大きく飛躍を遂げた1年でした。藤井風は2020年のアルバム曲「死ぬのがいいわ」が世界中でバイラルヒットし、トータル2億再生を突破、「世界で最も再生された国内アーティストの楽曲」年間ランキングで1位になるなど、目覚ましい活躍をみせています。Vaundyは話題のアニメ『チェンソーマン』のEDテーマ「CHAINSAW BLOOD」のヒットに加え、紅白歌合戦での衝撃的なパフォーマンスのインパクトにより、ストリーミングの世界を超えて、お茶の間レベルの存在へと活躍の場を広げています。

藤井風のヒットについて

——藤井風さんの活躍は本当に目覚ましいと自分も思います。この短期間でここまで再生数が伸びた楽曲はなかったんじゃないですか?

芦澤:単曲で2億再生を超える曲はいくつかありますが、わずか数ヵ月でここまで再生数を伸ばした楽曲は国内アーティストの中には見当たらないですね。リリース自体は2020年の楽曲ですが、火がついてからはすごく速いペースで再生数を伸ばしています。月間リスナーも1100万人を超えていまして、国内アーティストで月間リスナー1000万人を超えたというのは初めてだったのですが、前代未聞の速さでリスナーを世界中に増やしているという印象です。

——藤井風の「死ぬのがいいわ」がここまで大きくヒットしたのは、海外のプレイリストにも入っていたという部分まではわかるのですが、Spotifyの指標からみて、具体的にいつ頃からブレイクして、どのような動きをみせていたんでしょうか?

芦澤:まず2022年7月末にタイのバイラルチャートで1位を取ったのが最初の動きでした。突然1位を取ったということで、藤井風本人も当時Twitterで反応されていました。Spotify社内でも話題になったのですが、その後ベトナムやシンガポール、インドネシア、マレーシアといった東南アジア諸国のバイラルチャートでも次々に1位を取っていきましたね。

——しかもその週だけ上位にいて、翌週、翌々週にはランク外に落ちてしまうという動きではなく、長い間上位にランクインしましたよね?

芦澤:そうですね。7月末から9月までの数ヵ月に渡ってバイラルチャートの上位にランクインしていて、バイラルチャートを元にしたプレイリストにも入り、リスナーの裾野がさらに広がっていきました。最初は東南アジアを中心に広がっていき、次にカザフスタンやUAEなどの中東へと流れ、次は東欧からヨーロッパへ、さらに海を越えて北アフリカからアフリカ全土、ちょっと遅れたタイミングでアメリカ、中南米へと広がっていきました。途中からは同時多発的に世界中に拡散していったような印象です。Spotifyが毎日バイラルチャートとしてデータを集計している国や地域がグローバルチャート含めると74あるのですが、すべてのチャートでランクインし、うち23の国・地域で1位を獲得しました。

——もちろんですが、日本人のアーティストとしてはこのようなヒットソングは生まれてないですよね?

芦澤:Spotifyが2016年秋に国内でサービスを開始して以来、このような形でヒットになった楽曲は今までになかったです。われわれもちょっとビックリするほどの動きでした。

——最終的にはアメリカ・カナダなどの北米にまで波及していったわけですが、それはいつ頃ですか?

芦澤:アメリカのバイラルチャートで2位を獲得したのが9月16日、カナダはそれよりも早くて8月29日に1位を獲得しています。もともと日本のアニメやポップカルチャーに関心の高いリスナーが多い国のインドネシアやフィリピン、アメリカやブラジルなどで反応があるというのは納得できるのですが、アラブ諸国やアフリカ、カリブ海周辺の国々をも席巻したというのはちょっと驚きでしたね。

これまでですと「アニメとの関連性がないと日本の音楽は広まっていかないのではないか」という意見もありましたが、アニメという文脈がなく、しかも日本語で歌われ、タイトルすら日本語であったとしても受け入れられる可能性があるということを示した事例だったと思います。

——正直かなりイレギュラーなヒットに感じられますよね。

芦澤:もともとはMVも作っていなかったアルバム楽曲ですからね。実際聴いてみると、メロディは昭和的で歌謡曲っぽさも感じられますが、トラックはYaffleがプロデュースを務めていて、トラップっぽいビートになっている。昭和的で歌謡曲風なメロディに最新のサウンドプロダクションが合わさって、海外のリスナーにはすごく新鮮に聞こえたのかもしれないです。

——近年日本のシティポップが東南アジアを中心に広く聴かれているという一面がありますが、海外で聴かれているシティポップというと、メロディラインはどちらかという歌謡曲っぽさのあるメロディ、ヨナ抜き音階のものとかが多いと思います。もしかすると日本のシティポップに聴きなじみある海外のリスナーに、「シティポップじゃないけど歌謡っぽさがある現代風なサウンドの曲」という感じで刺さったのかな? と思えますね。

芦澤:シティポップにも通じる歌謡っぽいところが海外リスナーにとって新しく聞こえて魅力的という話はよく聞きますので、そういった受け取られ方や需要はおそらくあると思います。

男性シンガーソングライターのロングヒット

——一度国内に話を戻すのですが、藤井風さん、Vaundyさん、優里さん、Tani Yuukiさんらの男性シンガソングライターの楽曲が、2022年の「国内で最も再生された楽曲」「国内で最も再生されたアーティスト」で上位にランクインしていました。2021年にリリースされた楽曲が1年かけてのロングヒットとなった形なのですが、彼等に注目や人気が集まる理由はなんでしょうか?

国内で最も再生された楽曲
1. W / X / Y / Tani Yuuki
2. シンデレラボーイ / Saucy Dog
3. ベテルギウス / 優里
4. なんでもないよ、 / マカロニえんぴつ
5. ドライフラワー / 優里
6. 水平線 / back number
7. 残響散歌 / Aimer
8. 新時代 / Ado
9. きらり / 藤井 風
10. シャッター / 優里

国内で最も再生されたアーティスト
1. BTS
2. Official髭男dism
3. YOASOBI
4. Ado
5. 優里
6. Vaundy
7. back number
8. King Gnu
9. TWICE
10. Saucy Dog

芦澤:藤井風、VaundyとTani Yuuki、優里を一括りで語ることは難しいですが、ここ数年男性シンガーソングライターの楽曲がロングヒットを続けている背景には、コロナの影響が明らかに強くあると思います。コロナ禍で2020年からライブツアーやフェスが一旦止まってしまって、それまでは人気だったライブ会場で躍らせるような楽曲がリスナーに刺さりづらくなった。アーティストもステイホームの流れでライブやイベントに出演できず、自宅で制作した楽曲を動画投稿サイトに投稿する動きが加速、注目を集めるようになっていきました。2020年には、瑛人やもさを。など、弾き語り投稿から共感を呼んで、SNSで広まっていった男性シンガーソングライターの事例が目立ちます。     

Tani Yuukiや優里などはその頃から楽曲をリリースしていて、この動きとちょうどシンクロしていると思います。優里はTHE FIRST TAKEのステイホームバージョン、“THE HOME TAKE”で「かくれんぼ」を披露し、ここから大きくバズっていきました。

さらに2021年以降はコロナ禍が長期化していく中で、静かな弾き語りスタイルやアコースティックな楽曲だけではない、よりバリエーションや振れ幅をもった楽曲がヒットしていくようになりました。例えばTani Yuukiの「W/X/Y」は2021年5月にリリースされた曲ですが、ゆったりとしたヨコノリを感じられる楽曲で、それに合わせて振り付けして踊る動画がバズりました。

優里も弾き語りを感じさせる楽曲ばかりではなく、「ベテルギウス」など幅を広げた楽曲をリリースするようになり、THE FIRST TAKEを含めた動画投稿サイト、SNSを駆使した数々の施策も功を奏し、ストリーミングサイトでの再生につながっていったと思います。お気に入りに保存される回数や、短期間での再生数・リスナー数がグンと伸びると、Spotifyのアルゴリズム上ではレコメンドに繋がりやすく、公式プレイリストにリストインすることも多い。そういった波に乗ってリスナーを増やし、再生数も伸ばしていきました。

——しかも彼等の楽曲は、ラブソングを制作することが比重として多めなタイプだと思います。コロナ禍という世情も相まってよりヒットしやすい、刺さりやすいんじゃないか? と思います

芦澤:それも大いにあると思います。実はコロナ禍に入ってからSpotifyは若い世代により聴かれるようになっていて、「国内で最も再生されたSpotify公式プレイリスト」でもトップに入った「令和ポップス」というプレイリストを見ると、ラブソングがとても多いんです。同じく最近人気を集めている「恋するプレイリスト」もZ世代に向けてラブソングを集めたプレイリストで、昨年から年間を通して展開しているんですが、さまざまなタイプのZ世代向けプレイリストがある中で「恋するプレイリスト」は特にとても反応が良いんです。

国内で最も再生されたSpotify公式プレイリスト
1. 令和ポップス
2. Tokyo Super Hits!
3. Hot Hits Japan
4. This Is BTS
5. 平成ポップヒストリー

——コロナ禍におけるインドア生活・自宅生活が増えたことで、人間関係や友達関係が築きにくくなったと思います。そもそものスタート地点が揺らいだことで、恋人関係・彼氏と彼女の関係性そのものが、それまでの時代に比べてもより理想的に見えたり、夢物語なものとして感じられるようになったんじゃないのかなと思います。恋愛というものに、よりロマンを見出してしまう状況になったといえばいいのかなと。

芦澤:加えて言えるのは、「気持ちを届ける・伝える」ということ自体も、会って話せばすぐに済むはずなのに、コロナ禍ではなかなか会えない状況ですし、「一緒に何かをする」ことも減ってしまった。それによって上手くいかない恋愛ソングが増えているのも印象的ですね。

——Spotifyの指標などから見て、女性のシンガーやシンガーソングライターの中から今後ネクストヒットを狙えそうな方は誰が挙がるのでしょうか?

芦澤:2019年のEarly Noise選出から始まり、これまでSpotify Japanが長くご一緒してきたずっと真夜中でいいのに。のACAねは、シンガーソングライターではないですが注目している女性アーティストです。さらに今年の「RADAR: Early Noise 2023」にはTOMOO、春ねむり、Furui Riho、LANAという4組の女性アーティストが入っていまして、それぞれがバックグラウンドや根差しているシーンは異なるものの、大きなポテンシャルを感じており、今後の活躍に期待しています。

ボーイズグループのファンダム

——日本のボーイズグループ・ガールズグループ、特にジャニーズではないグループからの影響力・ヒットが見えてきていると思います。K-POPからの影響も多分にあるとは思いますが、「国内で最もシェアされた楽曲」では彼等が大きく席巻しました。なぜ彼等の楽曲がシェアされやすいのでしょうか?

芦澤:コロナ禍前後からスタートしたオーディション番組を通して輩出されたグループがその中心を担っていて、BE:FIRST、JO1、INIなどが挙がります。彼等を見ていると、やはりファンの応援の仕組みが変わったと感じます。コロナ禍以前であれば、CDを購入して、購入者限定の特典をゲットしたり握手会などに参加する、もしくはファンの間で大量に購入することで、オリコンやビルボードなどのヒットチャート上位に彼らをランクインさせたいというのがあった。さらにファンクラブに入会してライブ会場にも積極的に足を運ぶ、という流れだったと思うんです。

——ライブツアーでしか買えない限定グッズもすべて買って揃えて……みたいなところですよね。

芦澤:そうですね。ですがコロナ禍に入ったことでライブがそもそも開催できなくなり、CDショップにも行けなくなるという状況になって、そういった応援の仕方が難しくなった。その中で応援の仕方で新たなロールモデルになったのがK-POPのファンだったと思います。

——なるほど。アーティストだけでなくファンの応援もK-POP的になった、と。

芦澤:コロナ以前からBTSを始めとするK-POPのファンが世界中にいて、もちろん日本にもかなり大きなファン層を抱えていました。ARMY(BTSファンのファンネーム)がBTSをどのように応援していたかというと、「BTSの楽曲をストリーミングサイトで聴いてSNSにシェアをする」「彼らのメッセージを広めていく」というものが中心でした。それまでのCD販売や握手会など、フィジカルな基盤に基づいた応援とは全く別の、K-POP流の応援の仕方が確立されていったと思うんです。

そこからコロナ禍になった時に、K-POPのような応援スタイルが「外出制限があるステイホーム生活」にもマッチしているということで、応援スタイルやマインドが変わっていったのかなと思います。コロナ禍にデビューしてきたアイドルグループを応援するファンの中でも、ストリーミングで聴いた楽曲をSNSへとシェア・拡散することに重きを置くファンが非常に増えています。結果的に「国内で最もシェアされた楽曲」ランキングでは、BE:FIRST、JO1、INIの3組がほぼ独占した状況になりました。

国内で最もシェアされた楽曲
1. SuperCali / JO1
2. Bye-Good-Bye / BE:FIRST
3. CALL 119 / INI
4. Password / INI
5. With Us / JO1
6. Betrayal Game / BE:FIRST
7. Brave Generation / BE:FIRST
8. 僕らの季節 / JO1
9. Gifted. / BE:FIRST
10. Scream / BE:FIRST

——「Spotifyを使ってSNSにシェアをした」という行為は、チャートにどういった形で表れるのでしょうか?

芦澤:さまざまな指標を用いて算出されている独自のランキングですので、詳しくお話はできないのですが、SNS上で活発にシェアされた楽曲として具現化されるのはバイラルチャートになります。このチャートは「何が一番バズっているのか?」という部分にフォーカスを置いているので、日々変動が激しいのですが、「今のトレンドをいち早く知りたい」という方々が常にチェックしていることが多いんです。バイラルチャートで上位に居続けることでバズを起こしていることがより広く知られ、再生回数が伸びてトップランキングにも入ったり、また他のプレイリストなどにリストインすることで、年間を通してロングタームにヒットする楽曲になる可能性があったります。

J-POPの可能性

——「世界で最も聴かれた・再生されたアーティスト」でバッド・バニー(Bad Bunny)が3年連続で1位を獲得しました。彼が発表したアルバム『Un Verano Sin Ti』はビルボードTOP200では合計13週に渡って1位を獲得して、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)のアルバム『Midnight』よりも多く1位を獲得しています。Spotifyで大きな支持を受け続けている彼ですが、ここまでウケている理由はなぜでしょうか?

芦澤:日本に住んでいると「洋楽といえば英語圏の曲」という印象が非常に強く、実際に日本において洋楽アーティストといえば英語圏のアーティストを指すことが圧倒的に多いと思います。アメリカやイギリスのチャートが主要な指標として参照されている部分がありますよね。ただ世界の音楽マーケットを俯瞰で見てみると、英語圏の国々が多いのも間違いないですが、実際にはスペイン語圏の国々・地域・人口が非常に大きいんです。バッド・バニーの故郷・プエルトリコがある中南米では、ポルトガル語が第一言語になっているブラジル以外、ほとんどの国でスペイン語が使われています。

——国によっては英語を使う国もありますが、第二言語としてスペイン語を話す方も多いと思いますし、中南米・ラテンアメリカ地域ではスペイン語は無くてはならないレベルですね。

芦澤:当然それらの国ではスペイン語で歌われていますし、スペイン語の音楽が国境を越えて広がるポテンシャルが大いにあります。世界中にスペイン語圏の移民も多く、音楽を楽しむことにアクティブなカルチャーも特徴的です。日本にいると気付きにくいですが、ラテン・カルチャーの重要度や影響は世界においては大きいんです。

Spotifyは言語やカルチャーを超えてボーダーレスに音楽を楽しむことができるプラットフォームなので、自国以外のアーティストによる楽曲がプレイリストに入ることはよくあります。日本とは違い、海外ではさまざまな言語・カルチャーが混ざり合っているのが普通の状況なので、「英語圏の国にいながらスペイン語の曲を聴く」ことも日々の生活の中で自然に生まれ、言語の障壁はかなり低くなったように感じます。無意識のうちによりボーダーレスな聴き方が浸透していると思います。

——なるほど

芦澤:BTSをはじめとするK-POPのヒットを見てみると、アメリカやヨーロッパなどで韓国語が理解されているからヒットしている……というわけではないですよね。むしろK-POPというカルチャーを含め自然に受け入れられているんだと思います。

——ここまでのお話を伺って、メインストリームとなって聴かれている音楽には英語の楽曲が多い中で、ストリーミングの普及によってバッド・バニーを中心としたラテン・ポップやK-POPといった「英語圏外の音楽」も世界的な支持を得られるようになってきたと繋がってきました。今年開催されCoachella 2023ではフランク・オーシャン(Frank Ocean)とともに、バッド・バニーとBLACKPINKがヘッドライナーを務めるというニュースが出てきたのも象徴的ですね

昨年の取材では「J-POPのままでも海外でヒットを飛ばせるのでは?」なんて話をしましたが、アニソンやシティポップが海外でウケているという話題に、藤井風さんのヒットのようなヒットが続けば「日本人が日本語のまま歌い、J-POPが世界中で聴かれるのでは?」という未来が見えてきそうですが、改めていかがでしょうか?

芦澤:点々として出てきた現象がいくつかあって、藤井風の楽曲がSNSを通して海外で大きくヒットする、アニメーション作品と紐づいてヒットしていく日本の楽曲がある、年代を飛び越えてシティポップがウケている、それぞれ別々のことなんですけど繋がっているように感じられます。YOASOBIの「夜を駆ける」は「世界で最も聴かれた日本の楽曲」ランキングでここ数年上位にいましたが、あの曲は実はアニメのタイアップ楽曲でもなんでもない。おそらく推測ですが、YOASOBIが「日本のポップカルチャーの代表」としてアイコニックに見られているからだと思うんです。シティポップが広がっていった流れにも繋がるんですが、東南アジアのZ世代のリスナーがこうした楽曲をSNSで投稿する際に、何かしらアニメーションのgif動画などとともに投稿するパターンが多いこともその裏付けだと思っています。     

——藤井風の「死ぬのがいいわ」を使ったUGC投稿(ユーザー制作投稿)では、原曲を早送りにした音源が使用されてましたが、その後は原曲そのものを使った動画が投稿されるようになりました。映像もアニメやゲームからのものが非常に多いですね。

芦澤:UGCのものはほとんどそうですね。しかも歌詞の意味をしっかりと理解していて、「自分の推しのためなら死んでもいい」というニュアンスで動画が制作・投稿されているんです。藤井風、アニメ、推しカルチャー的な応援、日本に住んでいる私達からすればどれも繋がっていないバラバラな現象のように見えますが、すべて日本的なポップカルチャーとして受容されているという印象はあります。もっとこういった点が増えていけば、点と点がどんどんと繋がって、1つのムーブメントのようになるのかなと思います。

——アニメーションなどうまく使いながら、何かしらの光景や情景を感じさせつつ、自分がそこにいるかのように感じさせてくれるもの。そういう風にJ-POPや日本のポップカルチャーが受け入れられているなと、今回のお話を聞いていて感じました。

ここ数年、SNSや動画投稿サイトでバイラルヒットした楽曲がそのまま人気を集めていくという傾向が見えますが、Spotify Japanやストリーミングサービスの役割はどのように変化していると感じていますか?

芦澤:SNSや動画投稿サイトがヒットやバズの「キッカケ」であり「発火点」になりやすいというのは昨今の傾向としてあると思います。ですが、発火するだけでは楽曲やアーティストへの人気や注目には必ずしもつながらず、短期間でクルクル回っているだけになってしまう。それをフォローするのがプレイリストかなと考えています。「この動画でタイトルとアーティストを知れたけど、どこで聴こうか?」となった時には、やはりストリーミングサービスになる。さらに曲を聴いてそのアーティストに興味を持った時に、過去のカタログや関連するアーティストまでどんどん掘り下げ、新たな出会いや発見を楽しんでいくことができる。そういったニーズに応えられればとも感じています。

——ありがとうございます。最後にSpotify Japanとして2023年の展望はどのように考えていますか?

芦澤:Spotifyは2016年秋に国内でサービスを開始し、当初は熱心な音楽ファンを中心に支持されてきましたが、ここ数年でユーザー層は大きく広がりました。ストリーミングの利用が日本でも普及し、音楽やトークコンテンツに対するニーズがますます高まる中、2023年もカルチャーファンダムやコミュニティにおいてSpotifyをいっそう欠かせない存在と感じていただけるように取り組むとともに、新たなオーディエンスとの接点も広げていきたいと考えています。

Photography Yohei Kichiraku

author:

草野虹

ライター。福島、いわき、ロックの育ち。「Real Sound」「KAI-YOU.net」「SPICE」「indiegrab」などで音楽〜アニメ系のライター/インタビュアーとして参加。音楽プレイリストメディアPlutoのプレイリストセレクターとしても活動中。 Twitter @kkkkssssnnnn Illustration by ヤマグチジロウ

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