「J-POPは海外に通用するのか?」を音楽チャートから考える

J-POPは海外に通用するのか? ——壮大に思えるこの質問に対して音楽チャート面から見るならば、「実は既にヒットしている」と答えるのが適切です。

5月27日放送の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)にて、ビルボードジャパンの2022年上半期ソングスチャート(Hot 100)が紹介されました。厳密には6月10日午前4時に発表されたこのチャートの結果から、複合指標から成るチャートの重要性を理解された方は少なくないでしょう。

ビルボードジャパンソングスチャートは米ビルボードの手法にならい、2008年にスタート。時代に合わせてチャートポリシー(集計方法)を変更し、現在は8つの指標(CD売り上げ、ダウンロード、ストリーミング、ラジオ、ルックアップ、Twitter、動画再生回数、カラオケ)に基づきます。私がこのチャートを追いかけるようになったのは、一定枚数以上のフィジカルセールスに対し係数を適用することで同指標のウエイト減少に至った2017年(※)。一方で他のチャートに先んじてストリーミング指標にSpotifyやAmazon Music Primeを取り入れたビルボードジャパンソングスチャートは、所有以上に接触指標がヒットの要たるチャートとなっています。上位曲の社会的認知度がフィジカルセールスのみのランキングより高いことは、上半期チャートからも感じられたはずです。

※当初30万枚と言われたフィジカルセールスの係数処理対象枚数は、2022年度初週の変更により現在は5万枚前後と言われている

このビルボードジャパン2022年上半期ソングスチャートを制したのが、Aimer「残響散歌」でした。2位の優里「ベテルギウス」のおよそ1.5倍のポイントを記録したこの曲は、テレビアニメ『「鬼滅の刃」遊郭編』(フジテレビ系)のオープニングテーマ。LiSA「紅蓮華」「炎」に続く『鬼滅の刃』の新たな代表曲となりました。

【2022年上半期Billboard JAPAN “JAPAN HOT 100”】トップ10
1位:「残響散歌」Aimer
2位:「ベテルギウス」優里
3位:「一途」King Gnu
4位:「ドライフラワー」優里
5位:「なんでもないよ、」マカロニえんぴつ
6位:「逆夢」King Gnu
7位:「シンデレラボーイ」Saucy Dog
8位:「水平線」back number
9位:「Butter」BTS
10位:「Cry Baby」Official髭男dism

グローバルチャートで見る「残響散歌」

「残響散歌」Aimer

「残響散歌」はビルボードジャパンソングスチャートで通算9週の首位を獲得し、そのうち1月19日公開分から7週連続でその座をキープ。星野源「恋」の持つ歴代最長首位獲得記録にあと2週と迫った「残響散歌」は、実はグローバルチャートでも長期エントリーを果たしています。

グローバルチャートは米ビルボードが2020年秋に新設。世界200以上の地域での主要デジタルプラットフォームにおける接触指標のストリーミング(動画再生含む)、および所有指標のダウンロードで構成されています。Global 200、そしてGlobal 200からU.S.の分を除いたGlobal Excl. U.S.の2種類が存在し、トップ10速報版は日本時間の火曜早朝、全容は同日夜に公開されます(※)。

※Global Excl. U.S.の全容は、米ビルボード有料会員のみの公開にとどまります。ただしトップ10速報版はGlobal 200共々紹介されています。

Aimer「残響散歌」は昨年12月以降、Global 200で18週連続200位以内にランクインし、2月26日付には最高位となる37位を記録しました。優里「ベテルギウス」の倍ものエントリーを果たしたことは、この曲の世界的なヒットを物語るに十分でしょう。「残響散歌」が2022年の年間チャート200位以内にランクインするか、注目です。

グローバルチャートに見るJ-POPとK-POP

グローバルチャートは2021年度に初めて年間チャートを発表しています。そこでJ-POPの成績をK-POPと比較すると、興味深い内容が浮かび上がります。

Global Excl. U.S.ではJ-POP、K-POP共に11曲が年間チャート200位以内にランクインを果たした一方、米を含めたGlobal 200では大半の曲がGlobal Excl. U.S.より順位を落とし、K-POP7曲に対しJ-POP3曲という結果となりました。Global 200ではK-POPが強いながらもBTSの割合が大きく、他方日本ではバラエティに富んだラインアップになったと言えます。そして注目は、ビルボードジャパンの2021年度年間ソングスチャートトップ10のうち菅田将暉「虹」(9位)以外(BTSによる2曲を含む)が、2021年度のGlobal Excl. U.S.年間チャート200位以内にすべて登場したこと。日本でデジタルがきちんとヒットしていれば、グローバルチャートでも結果を残せることがわかるのです。

Billboard JAPAN HOT 100 2021年年間チャート
1位:「ドライフラワー」優里
2位:「Dynamite」BTS
3位:「夜に駆ける」YOASOBI
4位:「炎」LiSA
5位:「怪物」YOASOBI
6位:「Butter」BTS
7位:「うっせぇわ」Ado
8位:「群青」YOASOBI
9位:「虹」菅田将暉
10位:「廻廻奇譚」Eve

グローバルチャートはビルボードジャパン同様、接触指標に強い曲が安定してヒットしますが、一方で所有指標が強ければロケットスタートを切ることができます。所有指標は特にアイドルやダンスボーカルグループが強く、コアファンの熱量が高いほど高位置に初登場する傾向があります。その中でBTSやBLACKPINKは積極的なコラボレーションを経て認知度を高めたことなどにより、ライト層も獲得し接触指標が安定、ロングヒットの傾向が生まれたと言えるでしょう。

J-POPでも所有の強さがグローバルチャートに反映された例があります。2020年大みそかに活動を休止、その前年にジャニーズ事務所では珍しくサブスクを解禁した嵐による「Whenever You Call」が、2020年10月3日付のグローバルチャートにおいてGlobal 200で51位、Global Excl. U.S.で17位に初登場を果たしました。Global 200ではストリーミング680万およびダウンロード48,000を記録しています(※)。

※嵐「Whenever You Call」 ビルボードジャパンにおけるグローバルチャートの記事:https://www.billboard-japan.com/d%20news/detail/92813/2

「Whenever You Call」はシングルとしてフィジカル化されていないこともダウンロードの多さにつながったと言えます。またリリース日がグローバルチャート集計期間初日となる金曜だったことが、初週のチャートアクション最大化につながりました。

グローバルチャートにおいては、2020年10月31日付においてLiSA「炎」がGlobal 200で8位、Global Excl. U.S.で2位を記録(※)。Global 200における97,000ダウンロードは当時の最高記録となりました。グローバルチャートにおけるダウンロード数は日本が他地域より多い傾向にあるため、高いダウンロード数がグローバルチャート上位進出を可能とし、その上で接触指標が充実すれば長期安定も考えられるのです。

※LiSA「炎」 ビルボードジャパンにおけるグローバルチャートの記事:https://www.billboard-japan.com/d_news/detail/93662/2

J-POPのさらなる可能性

実はグローバルチャートで結果を残していると言えるJ-POPですが、しかし現在の日本の音楽業界やエンタテインメント業界は世界への意識が十分とは言い難く、ゆえにJ-POPがランクインや上位進出の機会を逃していると感じています。

まず、日本のメディアでグローバルチャートが取り上げられる機会はほぼありません。Yahoo! JAPANニュースで”Global 200”と検索しても、J-POP関連で登場した記事はこの1年半で10にも達していないのです(※)。グローバルチャートが紹介され、ダウンロード数やストリーミング再生回数がランクインの礎だとわかれば、デジタルを積極的に活用する、もしくは意識する方は増えるかもしれません。好成績が紹介されれば、その意識はなおのこと高まるはずです。

※6月6日現在。Yahoo!ニュース検索結果:https://news.yahoo.co.jp/search?p=%22Global+200%22

リリースタイミングの変更を考えるのも重要です。世界は金曜リリースが基本となり、音楽チャートも金曜を集計開始とする一方、日本のチャートは月曜開始となっています。これはCDの水曜リリースを見据えた設定と思われますが、洋楽CDは既に金曜発売が浸透しているため邦楽も金曜発売にずらして問題ないはずです。金曜リリースは週末の店舗来客数増加も見込めるでしょう。CD発売日や日本のチャート集計開始日を意識してデジタルを水曜や月曜リリースとすることは、グローバルチャート初登場週の上位進出のさまたげになりかねません。

ビルボードジャパンにおいては集計開始日の変更のほか、一部チャートポリシーの見直しも必要と考えます。海外ではリミックスや客演追加などオリジナル以外のバージョンが合算されるため、チャート上昇も目的とする新バージョンの投入が施策として徹底されていますが、ビルボードジャパンでは言語の違いを除き合算されません。これではチャート施策の徹底もさることながら海外歌手とのコラボレーションなどが積極的に行われにくいと考えます。一方で、動画再生指標では「THE FIRST TAKE」やライブバージョンの音源がオリジナルバージョンに合算されるという他指標との矛盾が長い間続いていることもあり、その矛盾解消のためにもビルボードジャパンはグローバルチャートにならい、すべてのバージョンを合算する方向に舵を切ることを提案します。事務作業の簡素化にもつながるはずです。

音楽業界の改革やチャートポリシー変更と同時に重要なのが、歌手側の意識です。音楽チャートでは解禁タイミングの設定、リリース時の瞬発力やその後の持続力の最大化が重要な鍵を握りますが、K-POPのうまさはそのタイミングの魅せ方にあります。一例として、これまでGlobal 200に3曲がエントリーしたITZYがTwitterにアップした、カムバック前後の細かなスケジュールを紹介(※)。音源とミュージックビデオの解禁は7月15日金曜、米の東部標準時で午前0時に設定されており、グローバルはもちろんのこと米ビルボードでも初登場時の最大化を目指していることがわかります。そして細かなスケジュールを明示することで、リリースまでのコアファンの熱量を徐々に高めさせ、彼らが自発的にプロモーションしてくれる環境を作り上げようとしているのです。

歌手側のグローバルチャートへの意識の高まり

一方日本においてグローバルチャートへの意識を表明する歌手はほぼ見られませんでしたが、LDHがEXILE TRIBEの一員として送り出すPSYCHIC FEVERが自身の目標として、Global 200での1位獲得を掲げていたのは興味深い動きです。

歌手側のみならず、コアファンのチャートへの意識の高まりも重要です。たとえば米ビルボードが昨年秋に新設した、Twitter人気を可視化したHot Trending Songsチャートにおいては、その発足以降K-POP作品の寡占状態と言えます。

そのK-POPは、例えば世界中の新曲をまとめたSpotifyのNew Music Fridayプレイリストに毎週のように登場。対照的にJ-POPでは、現在最も安定した人気を誇るOfficial髭男dism「ミックスナッツ」ですら未収録だったと記憶しています。プレイリスト選出条件は不明ですが、世界規模のチャートで常連となることが1つの基準となっているならば、コアファンの活動がHot Trending Songsチャートでの上位進出、サブスクプレイリスト選出につながり、グローバルチャートに波及する可能性も考えられます。

その点で注目すべきはBE:FIRST。K-POPが占めるHot Trending Songsチャートにあって、ほぼ毎週トップ10入りを果たしています。Spotifyにおける今月のリスナー数(※)をこの4ヵ月間で4倍に伸ばしたBE:FIRSTが、Hot Trending Songs効果も相まって世界的なプレイリストに登場する可能性も出てきたと言えるでしょう。

※Spotifyにおける今月のリスナー数とは、過去28日間にその歌手の作品を再生したユニークユーザー数を指します。

インターネット時代にあっては、フィジカルを用意しなくともデジタルだけで海外進出が可能です。市場の大きさはドメスティックからグローバルに、数十倍にも拡がっています。グローバルチャートでさまざまな言語の作品がランクインする状況を踏まえれば、海外進出のために英語詞版を用意する必要はないでしょう。

自国での結果がグローバルチャートにも反映されると、世界の音楽ファンがそれを拾い上げ、さらなる人気を獲得する可能性があります。その機会を見事に生かしたのがBTSやBLACKPINK(ソロ曲を含む)と考えられます。音楽業界の環境整備や歌手およびコアファンのチャート意識も、プラスに作用したはずです。

対して、今もデジタル未解禁歌手が少なくなく、また過去音源のアーカイブ化もままならない日本の音楽環境は、大きな機会損失となってしまいかねません。グローバルチャートにJ-POPが登場したとして、未解禁曲が多くきちんとチェックできないと知った海外の音楽ファンがJ-POP全体に対し不信感を抱いてしまえば、グローバルチャートに登場したJ-POPのさらなる上昇は難しいでしょう。

音楽業界が総出で環境を改善すること、歌手やファンがチャートを知り積極的に動くことが重要です。そしてグローバルチャートの存在が広く伝わることを願ってやみません。

author:

Kei

青森県津軽地方在住の音楽チャートアナライザー。ブログ「イマオト -今の音楽を追うブログ-」 を毎日、ポッドキャスト「Billboard Top Hits」を週イチペースで更新中。地元ラジオ局でレギュラーDJ担当の経験有。 https://www.imaoto.com Twitter:@Kei_radio

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