InstagramやYouTube、TikTokなどでのSNS広告を運用し、アーティストのファンベース拡大をサポートするGMA(Gerbera Music Agency)。同社では海外に向けた広告の運用も行っている。今回、同社の代表を務める金野和磨にどんな音楽が海外でヒットするのか、また日本の音楽が海外でヒットするためには何が必要か。SNS広告のデータをもとに語ってもらった。
——まずは、「GMA(Gerbera Music Agency)」がどのような事業をしているのか、簡単で構いませんので説明していただけますか?
金野和磨(以下、金野):当社は2つのサービスを提供しています。1つは音楽広告事業、音楽業界特化のウェブ広告代理店事業として、アーティスト活動の中でリリースプロモーションをする際に、Instagram、YouTube、TikTokなどでのウェブ広告を運用し、アーティストのファンベース拡大をお手伝いさせていただくもの。もう1つはブランドソリューション事業で、一般企業からSpotifyを使った商品プロモーションをしたいという話があったら、プレイリスト、イベント、楽曲制作などを提案していく形ですね。後者のブランドソリューション事業は、弊社の中でプレイリスト制作チーム「Pluto」を結成しており、そのメンバーが中心となって制作してもらうことが多いです。草野さんもそのメンバーの1人として活動してもらっています。
——そうですね。僕は音楽広告事業については一切お手伝いをしていないので、このインタビューではそちらについて深く話を聞かせてもらえればなと。広告PRを通して音楽を海外に広げていくことで、「実際どのようにフィットしているのか?」というのをご存知かと思うので、お話をうかがいたいです。GMAを設立してからはどのくらい経ちましたか?
金野:今は6年目を終えて、7年目に入ったところです。もともとは2015年にアーティストのエージェント業を始めるためにこの会社を立ち上げました。音楽業界に関する経験はまったくなく、うまく活動ができなかったので早々に挫折しそうになったのですが、「インターネット広告ならばうまくいくのでは?」と思い立ち、2017年か18年頃から広告を中心にした業務をしていくことになりました。
2018〜19年ごろからはストリーミング配信からヒットが増えてきて、音楽業界からも引き合いが強くなってきましたし、当社に依頼してくれたクライアントでも目覚ましく成長したアーティストが何組か出てきました。これが2020年にコロナウイルスが猛威を振るうと大きく変わりました。「外出してCDショップでCDを買う」という購買活動がかなり目減りすることになり、音楽に出会うシチュエーションが難しくなったんです。レコード会社やマネジメント側もこれまで以上にストリーミング配信やネット上での活動を活発化させ、「リスナー数やファンベースを広げていかないといけない」と模索しなければならなくなった。そういった影響で当社にかなりお話が舞い込むことになりました。
——たまに僕と雑談をする時にもそういった話を少しされていましたよね。コロナで明らかに状況が変わった!と。
金野:取引する会社は本当に増えましたね。同じタイミングでInstagram Stories広告が成果をあげるようになり、そこをベースにして今年までやってきました。コロナ禍によってレコード会社を含めて業界がストリーミング配信に本腰を入れたことと、同じタイミングで当社もアーティストのファンベース増加にしっかりと役立てることができるようになった、この2つが要因になっていますね。
SNS広告が効果的な地域は?
——YouTube、TikTok、Instargramと3つのサイトで広告を主にされているとのことですが。
金野: YouTubeでの広告については、2015年に会社を立ち上げてエージェント活動をしていた頃から話にあがっていて、クライアントであるアーティストやマネジメント事務所からもっとも要望が多かったんです。2015年から2018年頃までは「どのようにしてミュージックビデオの再生数を増やすか?」ということが議題にあがりました。主に弊社で手掛けているのは、動画再生中に別の動画が入ってくるという「インストリーム広告」で、5秒経過するとスキップボタンがでてくるタイプのものです。動画視聴者が「いいな」と思って聴いているとMVに移ったり、特設サイトへと遷移するものが多いです。
TikTok広告が増えたのはこの2年ほどです。実は広告プラットフォームとして見ると、何度となくリニューアルを繰り返していて、まだ立ち上がったばかり。そこまで成熟しているわけではないんですよね。広告をきっかけにヒットが生まれるというよりは、TikTokerの投稿をきっかけにして、動画に使用されている音楽に大きな注目が集まるパターンがほとんどな印象です。
——なるほど。今はInstargramでの広告に一番力をいれているとのことですが?
金野:そうですね。弊社ではInstargramのStoriesとReelsでの広告に力を入れています。縦長で15秒ほどの動画広告をStoriesに流して、クリックないしはスワイプすると任意のページに飛んで楽曲を聴いてもらう、というものですね。Instargramでの広告運用は日本限定ではなく、Spotifyが利用できるほぼすべての国々を対象にすることが多いです。
これは肌感なのですが、TikTokで同じような広告をした場合、クリックしてもらって曲を聴いてもらえるのは15%ほどで、1万回広告を見てもらっても1500回しか曲を聴いてもらえず、アーティストをフォローしてくれるところまでうまくいかない。対してInstargramで広告を打った時は、これよりも高い確率で楽曲を聴いてもらえますし、アーティストをフォローしてくれる事が多いんです。クリック後に行動を喚起する力が強い。
——実際に今まで運用してきた中で、「この地域ではかなり強く引っかかってくれる」という地域はありますか?
金野:あります、明確に。
——……アメリカやヨーロッパでしょうか?
金野:実はその2つとも違うんです。地域別にいうと、南米、東南アジア、東欧、この3ブロックです。アーティストによってはドイツ、フランス、イタリア、スペインといった西欧諸国でもたまに反応がありますね。南米でいえば、ブラジル、メキシコ、アルゼンチン、チリの4か国を筆頭に、コロンビア、グアテマラ、エクアドル、パラグアイなど……。
——南米のほぼ全域にまで渡ると。
金野:これに加えて、サンティアゴ、メキシコシティ、サンパウロといった都市人口が非常に多いところで広告が受け入れられているのが大きいですね。東南アジアではインドネシアを筆頭に、台湾、ベトナム、フィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、香港といった国々で広告を見てくれることが多いですね。
——なるほど。先ほど僕が挙げたアメリカ、カナダ、イギリス、フランスといった国々では、日本の音楽を広告として出しても刺さりにくいということでしょうか?
金野:その通りですね、特にアメリカとイギリスでは困難を極めます。
——それはなぜでしょうか?
金野:所得水準が高く、ワンクリックを取るための単価がとても高いんです。ワンクリックを取るための単価とユーザーの所得水準が比例している印象があります。これは音楽性が刺さる・刺さらない以前の問題で、広告プラットフォームとしての問題になります。
アニメーションによる強み
——3つのサイトそれぞれの中でも、ヒットするような日本の音楽はあるんでしょうか?
金野:まずどの国々でもインターネットで反応が強く出る傾向があるのは「アニソン」ですね。広告素材として実際放送されるアニメ映像が使えるとなると、正直無敵の強さを誇りますね(笑)。国内外で音楽をPR広告している側の人間としては、日本の音楽を語るうえでは「アニソン」を外すことはできないです。なお、アニソンではなかったとしても、MVにアニメーションが使われている場合も高いパフォーマンスが得られることが多いです。
——アニソンタイアップとして発表した楽曲が海外でヒットしてファンベースが拡大したというアーティストは本当に多いですしね。
金野:そうですね。「アニメ番組でタイアップからチャンスをつかむ」ということはある種一番理想的な形ではありますが、すべてのアーティストがそういうチャンスをもらえるわけではないのは承知しています。その点、アニメーションのMVやリリックビデオを使うことの多いアーティストは強いですね。
——なるほど。こういったMVで反応が良いのが南米、東南アジア、東欧といった地域になるのでしょうか?
金野:そうですね。そこから飛び火すると西欧にまで見られることが多いという流れです。
——先日Spotifyの芦澤さんとのインタビューでも「日本の音楽の中でもアニソンが世界のリスナーにヒットしている」というお話がありましたね。アニメソング以外にヒットしている日本の音楽、または反応がある地域はどういったところが挙げられますか?
金野:あくまで傾向として受け取っていただきたい話ですが、いわゆる典型的なJ-POPが海外でウケることがわりと多くて、特に東南アジアでウケる傾向が強いんですよ。
——ひと昔前には東南アジアへ海外旅行に行くと、J-POP関係のCDが販売されてたなんていう話や、AKB48グループではインドネシア、タイ、フィリピンといったところで活動しているグループもありますしね。需要層としてしっかりあるんだなと思えます。
金野:一方で少し意外な話だと、日本のロックやガレージロックといったバンドが南米で受け入れられる傾向にあります。アニソンによるヒットの影響もあると思いますが、ASIAN KUNG-FU GENERATIONが2015年に南米ツアーで現地の方から熱烈に迎えられたことからもうかがい知れるかなと思います。ビジュアル系は南米と東欧で受け入れられて、それぞれ反応が強く出る傾向がありますね。
——北米では「ロックは死んだ」と評されるくらいですが、南米ではロックミュージックはまだ受け入れられている部分がありますし、先ほどの名前があがった都市を中心にして、やはり人口もかなり多いですしね。
金野:シティポップはやはり東南アジアで人気ですね。台湾、香港、タイといったところを中心にして反応がありますね。特に現在タイだとTELEx TELEXsというシンセポップバンドがウケているのもあり、日本のシティポップバンドが受け入れられている傾向があります。
——それは無理やり英語で歌っているわけではなく、日本語で歌っていても聴いてもらっているということになりますよね?
金野:その通りですね。台湾は特に親日な文化という影響はあると思います。
——東欧で日本人アーティストがヒットするというと、Serphさんと吉澤嘉代子さんによる「人魚」や大比良瑞希さんの楽曲がリトアニア、スウェーデン、フィンランドで大きくヒットしているという話をご本人がツイートされていましたよね。現地情報をまだうまく探れていないのですが、金野さんが仰っていた話が大きくソレたことではないのは実感しています。
金野:日々の業務として自社で担当したアーティストのMVや楽曲がどのように動くのかをダッシュボードなどでモニタリングしていますが、非常にフィットしているというよりも、あくまで「わりと聴いてくれる人がいるんだな」という感覚で挙げさせてもらいました。
効果的な映像制作が鍵
——日本の音楽を広告という形で海外に届けるという難しさはあると思いますが、どういった部分で難しいでしょう?
金野:これは日本に限った話ではないのですが、制作されたMVが広告に向いていなくて、海外の人にうまく届かないというのはあります。音楽性と言うよりも映像の問題です。もちろん広告用に制作されているわけではないので仕方のないことですが、日本のアーティストだけではなく海外のアーティストの映像を使った広告を見ても、「もっとこうすれば……」と思うこともあります。もしも開始2秒だけでも「見ている人を引き込む」ような映像を制作して、そのビデオを広告配信していればかなり変化はあるはずです。
——広告という意味で言えば、音楽という部分だけではなく、広告配信用に制作された映像の出来次第で、大きくパフォーマンスが変わっていくということですね。
金野:そうですね。ここまでの会話での盲点をあげると、そもそもInstagramやTikTokなどを見ている層は音をミュート状態にしていることが多いということです。そんな中でもユーザーにしっかりとアピールするには、目を引くような映像を作ってみるのが大前提になります。なのでクライアントにはまず「広告配信用に制作された映像」をどのような内容でつくりあげるか、という話になります。
——この話の締めのようにはなりますが、どういった広告がウケやすいのでしょうか?
金野:映像の中に「人の顔や姿」が入っていること。実写であれアニメーションであれ、必ず入れるべきだとクライアントに答えますね。当社ではこれまで5000本を超える広告動画を制作してきましたが、その結果、アイキャッチになるのは人間の顔だと分かりました。風景や文字のみの映像でトライして散々な結果に終わったこともあります。次に、MV中に歌詞の英語字幕を入れたり、Instagramアカウントのプロフィール欄に英語表記などを入れて、海外のユーザーやリスナーもそのアーティストのことを理解できる環境を整備しておくことも大事になります。
——コロナ禍が世界的に収まりつつあり、欧州を含めてマスクを外すような傾向や、観客を動員したフェス開催やスポーツ観戦ができつつあります。国際情勢が不安な状況が続いていますが、今後2022年から先の未来、音楽アーティストはどのように動いていくと思いますか?
金野:仮に以前のような平時な状況になったとして話をさせてもらいますが、まずは海外進出の本格化が進むと思います。このコロナ禍の2年間で海外に向けたプロモーションをしつづけてきたアーティストが、東南アジアを含めたライブツアーを回るケースが増えていくと思っています。いきなり南米や欧州などにいくのではなく、親日ムードのある東南アジアを中心にしたリアルライブをこなし成功体験を増やしていくことで、日本人アーティストにとっても東南アジアのファンにとっても「壁が低くなった」「垣根が無くなった」という領域まで進んでいくのではないかなと思います。
——日本の楽曲が海外で受け入れられている土壌というのは、少しずつ広がっているんでしょうか?
金野:少しずつ広がってきていると思います。そもそもこれまではカタログがしっかりとネット上で聴ける環境ではなかったと思うんです。YouTubeに公式側からフル尺MVがあがって、しかもリージョンブロック(注:国・地域によって見られないという設定)が外れた状態で全世界から見られるようになったのもわりと最近になってからだと思いますし、大御所のアーティストがSpotifyないしはApple Musicで音源を公開しはじめたのも、ローンチされて数年経過してからようやくというパターンもありましたよね。昔から海外の方々が日本の音楽を聴きたいという需要に対してあまり対応できていないというのが、2010年代中ごろまであったというわけです。現在ではそういったかせが無くなり、「ようやく海外から日本の音楽が聴けるようになった」段階じゃないのかなと思います。
——少しイリーガルな話ですが、アニメや漫画などでは違法ダウンロードが昨今何度となく話にあがっていて、音楽についても2000年代中頃からYouTubeが市民権を得ると、YouTube上で違法に音源がアップされつづけているのを皮切りにして、違法ダウンロードが世界的に横行していたという流れがありました。そこにはもちろんアニソンを含めた日本の音楽も含まれているし、海外のリスナーがそちらから聴いていた側面は否定できないですよね。
金野:現在はYouTubeのContent IDをはじめとした著作権保護・収益化の環境なども整ってきましたが、当時違法なUGC(ユーザー生成コンテンツ)がプロモーションに大きく寄与した事例は多々あるかと思います。松原みきさんの「真夜中のドア」がヒットしましたが、今後もそういったヒットケースもあると十二分に考えられます。
——これまで多くのレーベルなどと関わり合いを持ってきたと思うんですが、アーティスト本人も海外志向な方が増えているんでしょうか?
金野:少しずつ増えてきていると思います。話を聞いてみると「国内のファンを増やしたい」というまず意見をもっていて、「国内ファンをみつつ、海外ファンにも目を向けませんか?」と僕らの方から尋ね、実際に広告を海外に出してみると想定以上に海外からの大きな反応があがり、アーティストも考えを改める、なんてことも起こってます。
——これはそもそもの話になってしまうんですが、「日本の音楽が海外の人に聴かれている」というイメージが、アーティストはおろかファンも含めて、いち音楽好きとしてわきにくいというのが第一にありますよね。「J-POPが東南アジアで受け入れられる需要層がある」と言われても、日本のリスナーやアーティストも含めて「そんなわけないだろう?」と若干卑下してしまっているし、そもそも海外に向けて活動しようという気持ちがわきにくいというのはあるでしょうね。
金野:そのように考える方も多いのかなと思います。
——少し違った角度の話にはなりますが、先日Spotifyの芦澤さんとお話ししたとき、「J-POPという形で海外にそのまま打って出ても、もしかすると海外でヒットが残せるのでは?」と質問したところ、「今後海外でヒットするのかはやはりわからないですね」と答えられていたんです。J-POPというと、海外の音楽ニュアンスを歌謡曲の中にさまざまに落とし込んだ独自の音楽性をもった音楽で、昨今世界的にファンベースが広がっているレゲトンやアフロポップなどでも同じようなジャンルのハイブリッド化が進んできて、サウンドに大きな違いはありますが、その手ほどきや狙いが似ていると思えたんです。夢の見過ぎかなと思うんですが、J-POPが世界にヒットする未来というのはありえるんでしょうか?
金野:「受け入れられるか?」というのが「グローバルヒットをする」という意味になると、僕も芦澤さんと同意見で、現状では難しいのではないかなと思います。ザ・ウィークエンド(The Weeknd)やジャスティン・ビーバー(Justin Bieber)はSpotifyの月間リスナーが5000万人を超えていて、そういったグローバルヒットを狙うアーティストを考えれば確かに難しい。ですが、Spotifyにもたくさんアーティストがいて、ミドルクラスと言われるゾーン、Spotify月間リスナーが300万〜500万人ほどのアーティストもいるわけです。海外進出を積極的にしていくことで、そういった規模感のアーティストは今後日本からも増えていくのではないかと思うんです。
——ちなみにSpotify月間リスナーが300万〜500万人ほどのアーティストというと、現在の日本音楽シーンでいうとどの辺りの方になるんでしょう?
金野:LiSA、YOASOBI、宇多田ヒカル、米津玄師などですね。日本でも指折りのアーティストが現状このラインに揃っています。
——4組ともアニメやゲームにタイアップがあったり、MVにアニメーションを多く使ったアーティストで、「アニメーションに親和性ある」からここまで支持を広げられてきた。ですが彼女らのような規模感を、海外に向けて徐々に活動を広げていけば獲得できる可能性が大いにあるわけですね。ここまでのお話を総合して見てみると、全世界を巻き込んだというグローバルをいきなり狙うのではなく、とあるジャンル・とある地域・とあるムーブメントのなかでの「ローカルヒーロー」になることで、そういった規模感を得ることができると。
金野:そうですね。ローカルヒーローを目指しつつ、ミドルクラスのリスナー数をつかんでいくことで、より強固なファンダムを築くことができると思います。仮にとある国で自分の楽曲がヒットしているのであれば、絶対にその国のリスナーに向けてしっかりとした活動をすべきだと思います。