君島大空、サウンドの実験とジャズを語る-後編- 合奏形態とジャズ・ミュージシャンについて

君島大空(きみしま・おおぞら)
ソングライター / ギタリスト。1995年東京都青梅市生まれ。ギタリスト/サウンドプロデュースとして、吉澤嘉代子、中村佳穂、細井徳太郎、坂口喜咲、RYUTist、adieu(上白石萌歌) 、高井息吹、UA、荒谷翔太(yonawo)などさまざまな音楽家の制作、録音、ライブに参加。2019年EP『午後の反射光』を発表後から本格的にソロ活動を開始。2020年にEP『縫層』、2021年にEP『袖の汀』、2023年1月に1stフルアルバム『映帶する煙』をリリースした。
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音楽家・君島大空によるファースト・アルバム『映帶する煙』は、彼が「合奏形態」と呼ぶバンド編成での、初の一発録音が収録された作品でもある。メンバーは敏腕ミュージシャンばかり。ドラマーの石若駿は日本の現在進行形のジャズ・シーンを牽引する人物であるとともに、ポップスから実験音楽まで幅広いフィールドでも活躍。ベーシストの新井和輝はロック・バンドKing Gnuの一員として知られているが、ジャズ・コントラバス奏者としても第一線でその才能を発揮している。ギタリストの西田修大は数多くのサポート・ワークで今や欠かせない存在となっており、ジャズ・ミュージシャンとのジャンルを超えた共同作業もこなす稀有な音楽家だ。そう、君島大空の合奏形態は、ジャズを抜きにしては語れないメンバーから成る特異なバンドなのである。

それだけでなく、君島大空の周囲には多くのジャズ・ミュージシャンの姿を確認することができる。ならば『映帶する煙』も、いわゆるジャズではないにせよ、ジャズを抜きにしては語れない音楽だと言ってもいいだろう。では、君島大空とジャズにはどのような関係があるのだろうか。

前編はこちら

「合奏形態」について

——『映帶する煙』に収録された音楽は録音を前提とした表現だと言えますが、一方で歌もありますよね。いわゆる歌モノについては、ライヴで演奏することも想定して作曲されているのでしょうか? それとも制作時はそうしたことは特に考えず、あくまでも録音作品として面白いものを追求していましたか?

君島大空(以下、君島):どちらかと言うと後者です。レコーディングの時点ではライヴでやることは想定していなくて、バンド・メンバーにはライヴで挑戦してほしいという気持ちもあって曲を書いています。ライヴでは元の音源を別の音で置換するというより、元の音源と同じような印象をもたらすために、全く違う材料を持ってくるようなアプローチを取っていて。そうしたことが合奏形態のメンバーなら可能だと思うんです。だから同期音源を一緒に流すということは今のところ考えていなくて、この前のワンマン・ツアー「映帶」でも4人で合奏をしつつ、元の音源と同じような印象をお客さんの中に残すというようなアプローチをしました。

——ちなみに、「バンド」や「アンサンブル」ではなくて「合奏」と漢字で表記しているのはなぜでしょうか?

君島:今のメンバーで最初にやったライヴが、下北沢THREEで開催した『午後の反射光』のリリース記念イベントだったんです。その時に一番楽器が達者な友達を招集しようと思って、石若(駿)さんと(新井)和輝さん、西田(修大)を誘ったら、想像以上に良い演奏になって。それでもう1回やりたいと思い、「君島大空」が漢字4文字なので、もう4文字あると漢字8文字が連なってインパクトがあるんじゃないか? ということで「合奏形態」と名づけてライヴをして。その日限りのバンドのつもりだったんですが、ライヴが終わるとやっぱりもう1回やりたいと思い、もう1回やり終えるとさらにまたやりたくなって……というのが続いていまだに残っているという感じです。なので、最近はバンド名を考えたほうがいいのかなと週に2回ぐらいは思うんですよね(笑)。

でも、「合奏形態」という名前をつけた時、合奏という行為が僕はすごく好きだなと改めて思いましたね。1人でやるよりも誰かと一緒にやるほうが自分が生きてくるし、その時の人と人との関係性はとても大切なものなので。合奏することが自分の人生でどれだけ大事なのか、特に合奏形態でライヴをやり始めた時期はよく考えていました。やっぱり1人でやる時とは全く違うのが感覚的にもわかるし、ライヴ中に誰かと交感するものがあれば幸せなことだなと。それは音楽を始めた頃からずっと感じていたことでもあって、今でもそうですね。

君島大空とジャズとの関わり

——今回、合奏形態で初の一発録音の音源が『映帶する煙』には収録されています。メンバーの石若駿さんと新井和輝さんはジャズ・ミュージシャンでもありますよね。西田修大さんもジャズと隣接した領域で活動しています。そこでこの機会にぜひ君島さんとジャズの関わりについてもお聞きしたいのですが、君島さん自身はいつ頃からジャズを聴くようになったのでしょうか?

君島:いわゆるジャズを最初に聴いたのは、先ほど(前編で)お話しした〈Blue Note〉のジャズ・ギターのコンピレーション盤でした。中学1年の時、カセットテープに入れて通学中に聴いていました。チャーリー・クリスチャンからアル・ディ・メオラまで入っていて、ジャズ・スタンダードを弾いていたり、他のミュージシャンのリーダー作で演奏している録音も含まれていたんですが、ジャズらしいジャズを聴きだしたのはそれからですね。なので、ジャズの王道から聴いていったというよりは、ジャズ・ギターから入って、いろいろなジャズ・ギタリストを調べて聴いたりしていました。

——最初にハマったギタリストは誰でしたか?

君島:最初はテクニカルなものにハマって、それこそ〈Blue Note〉のコンピを聴きながら「ジャズ・ギタリストってめちゃくちゃ上手いな!」と思っていました。そのあとフュージョンも聴くようになって、メタルも好きだったので、しばらくはそういういわゆるテクいギタリストを追いかけていましたね。けど、それが1周回った時に落ち着いたのがビル・フリゼールでした。めちゃくちゃハマりました。特にソロ。テレキャス1本でライヴをしている音源があるんですが、それが好きで何回も繰り返し聴いたり。あと親父がトム・ウェイツを聴いていた影響で、マーク・リボーにもハマりました。ライヴ演奏を探して真似したりしていましたね。ビル・フリゼールとマーク・リボーの2人は自分の中ですごく大きな存在です。

——ビル・フリゼールもマーク・リボーも、もちろん上手いんですが、いわゆる超絶技巧とはベクトルが違いますよね。フュージョンやメタルなどのバカテク系から、そうではないギタリストに興味が移っていったのはなぜだったのでしょうか?

君島:バカテク系は今でも好きではあるんですけど、あくまでもエンタテインメントなんですよね。最高のショーを見せてくれる、思わず笑顔になってしまうような面白さ。けれど、マーク・リボーからは楽器との生々しい距離感が見えてくるというか。自分自身が音楽をやるうえでも身体性はとても重視していて、楽器との距離が近ければ近いほど魅力的な奏者だと思っているんです。親父がよくトム・ウェイツの『Rain Dogs』(1985)を流していたので、子供の頃からマーク・リボーのギター・プレイ自体は耳にしていました。当時は「めちゃくちゃ変な音のギターだなあ」ぐらいに思っていたのが、年齢を重ねてから、ある時、「ギター・プレイから人柄が見えるぞ」と感じたことがあって。そうした楽器との距離から滲み出る人間らしさに惹かれたところはあります。それはビルフリについても同じで。それと、彼らはジャズ・ギタリストの中でもかなり特異な立ち位置にいますよね。王道の系譜からは外れた場所にいるというか、そうしたところにもシンパシーを感じて好きになったんだと思います。

——世間的にはジャズといえばアコースティックなライヴのイメージが強いですが、録音ならではの表現という観点で、君島さんが特に好きなジャズ・アルバムはありますか?

君島:すごく好きなのはマーク・リボーの『Requiem For What’s-His-Name』(1992)です。あのアルバムには僕がやりたい音楽の理想形のようなものが詰まっていて。あんまりギターが前面に出てこなくて、めちゃくちゃポップな作品なんですよ。ポップなのに、それこそブラダー・フラスクや実験音楽におけるテープコラージュのような質感もあって、おそらくオーバー・ダブをしまくっていて、かなり意欲的に編集作業を施したアルバムになっている。主軸となるのは楽器演奏で、即興のアドリブ・ソロも続くんですけど、突如としてライヴ音源が出現するところもある、みたいな。デコボコな部分もありますけど、自分が音楽活動を行ううえでの心のリファレンスとしても、今でもずっと聴いている好きな作品ですね。

あと、ここ数年ハマっているのがビル・エヴァンスの多重録音作品です。特に『New Conversations』(1978)。1曲目が奥さんに捧げた「Song for Helen」という曲なんですけど、1人で演奏したピアノとフェンダー・ローズを重ね合わせていて、どっちが先に録ったのかわからないようなソロの掛け合いが始まっていく。1970年代にああいうオーバー・ダブをやっていたこと自体も驚きですが、これはエヴァンスがリアルタイムで2人いないと説明がつかないんじゃないかというレベルの奇跡の名演にもなっていて。今はポスト・プロダクションでソロを切り貼りしたり、弾き損じたらその部分だけ録り直すということが当たり前のようにできる時代ですけど、それらが困難な当時の録音、編集技術で今でも新鮮な輝きを放っているのはやっぱりすごいなと。それに、ビル・エヴァンス自身がときめきながら制作していたんだろうなということも見えてくる音なんですよね。新しいテクノロジーに興奮している状態のタイムレスな良さというか。なので、音像というだけでなく、作品の中で起きている状態そのものとしてすごく好きなアルバムです。

ジャズ・ミュージシャンからの刺激

——なるほど。ところで合奏形態のメンバーのほか、君島さんの周りには細井徳太郎さんや瀬尾高志さん、松丸契さん、梅井美咲さん等々、広い意味でのいわゆるジャズ・ミュージシャンがたくさんいらっしゃいますよね。君島さん自身、新宿ピットインや東池袋KAKULULUのようなジャズの現場でライヴをされることもありますが、ジャズ・ミュージシャンとの交流というのは、君島さんの音楽にどのようにフィードバックしていると感じますか?

君島:そうした交流がなかったら今の自分が存在すらしていないような気がします。そこにはとても自覚的ですね。時々、周りにいる人がジャズをやっているということを忘れてしまうことがあるんですよ。特に一緒に演奏している時はすっかり忘れていて、ジャズ・ミュージシャンばかりだと意識し始めると急に緊張したりもするんです(笑)。でもやっぱり、音楽に対して分け隔てない人達だなとは感じますね。彼らと知り合う前は、いちリスナーとしても、ジャズに対して何か壁があるような気がしていました。それは日本だからなのかもしれないですけど、ジャズは難しい音楽だ、みたいな空気感ってあるじゃないですか。

でも実際にジャズを演奏している人達に会ってみると、こんなに実直で自由奔放な人達はいないんですよね。『午後の反射光』を作るまでは周りにジャズ・ミュージシャンが全くいなかったんです。いわゆるロック・バンドが出るようなライヴハウスでポエトリー・リーディングと即興ギターのライヴをするぐらいで。それが、まずは石若さんとの出会いが大きくて、そこからいろいろと繋がりができていきました。そうした繋がりは感謝という言葉では足りないぐらい、周りにいてくれてありがたいと思っています。

もちろん音楽的な意味でも刺激を受けることは多々あります。やっぱりみんな作品を出すスピード感がものすごくて、僕は1年かけて5分の曲を作るぐらいのペースでやっていましたけど、石若さんとか(細井)徳ちゃんなんかは「これ録ってみたから来月出そうかな」とか言ってくることがあって。どんどん自分の中の空気を入れ替えていくスピード感には圧倒されますね。あと、普段は言わないですけど、身の回りでジャズをやっている友人達は、自分の表現をしっかりと言語化できる力がある。当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、石若さんからは特にそうした姿勢を感じます。尋常じゃない気迫を感じることもあります。例えば(松丸)契ちゃんは、付き合いが長いわりに一度しか演奏したことがないのですが、出す音の機微や音価に対して僕の知らない次元でとても繊細なコントロールをしているなと思います。自分の表現にものすごくプライドを持っていることが一緒に音を出すだけでも伝わってくるんです。

それと傍から見ていて面白いなと思ったのが、例えば新宿ピットインで30代のミュージシャンがライヴをやる時に、ピアニストが20代、ドラマーは80代、みたいな状態が当たり前に存在しているじゃないですか。それってよくよく考えたらヤバいなと。普通にライヴしているけど、ポップスとか他の音楽からしたら、そういう世代間の交流ってなかなか見られない。あるとしたらその交流自体に大きなスポットを当てたイベントになりますよね。そんなことがピットインだと連日のように普通に行われている。「今日こういうライヴだったよ」って写真を見せられると、ああ、こういう場所は僕にはなかったなと思ったり。そういう風に年齢も分け隔てなく一緒に演奏して、そこから何かを抽出して糧にしている徳ちゃんとか梅井ちゃんの話を聞くと、もうそれだけでとても刺激的ですね。

今しかできないことをやる

——君島さん自身は、ジャズではないにしても、例えばインプロやノイズのインストゥルメンタル作品を作りたいと思ったことはありますか?

君島:あります。ずっと作りたいという気持ちはありますけど、まずは今しかできないことをやろうと思っているんです。今回の『映帶する煙』に関しても、今自分がこの国に住んでいて、この年齢で、この性別でできる音楽はこれだなというのがあったので、優先して作ることにしました。やっぱり古い曲が多いので、(前編の)最初に言ったようなリミットも感じていて。今回のアルバムは、時間が止まった場所から歌が聴こえてくるような空間を作ることがコンセプトとしてありました。なので、アルバム全体にそうしたフィルターをかけているんですが、これまで出してきたEPと比べても、かなりそうした靄のようなものはサウンド・プロダクションの段階で意識的にかけていて。ともあれ、インプロヴィゼーションやノイズ、エクスペリメンタルな音楽はずっと好きなので、1人で作ってためてはこっそり聴いたりしています。だから、なにか起爆剤のようなものがあれば作品としてまとめたいとは思いますね。

——最後にお聞きしたいのですが、もし今回のアルバムをジャズのリスナーに紹介するとしたら、君島さんとしてはどのあたりをポイントに聴いてほしいと思いますか?

君島:やっぱり合奏形態の一発録りのトラックです。「19℃」と「都合」、「光暈」がそうで、この3曲のテクスチャーは僕の中ではジャズと近いところにあるなと思っています。単にジャズ・ミュージシャンが参加しているからというより、そうした音像のテクスチャーに着目して聴いてもらえたら、ジャズが好きなリスナーにも届くんじゃないかと。特に「光暈」という曲は意識的にジャズの一発録りの質感を狙ってレコーディングしました。僕は〈ECM〉もすごく好きなので、静謐でドラムが隅々まで聴こえていて、音場がどのぐらい広いか一聴してわかる、というような録音を意識したミックスにしています。

——個人的には最後の「No heavenly」もある種のジャズ的な面白さがあるなと思いました。特にギターがノイジーで、大友良英さんを彷彿させると言いますか。

君島:バレてしまった(笑)。実は「No heavenly」のギターは西田がU字金具を使っていて、まさに大友さんの技なんですよね(笑)。このトラックは一発録りではないですが、合奏形態のメンバーで遠隔で制作していて。ドラムだけスタジオで石若さんと録音して、和輝さんにはベースの音源を送ってもらって、その後、西田の家に行ってギターを録音して、それらの素材をミックスして作りました。あえて通常のギター・ソロではない音にしたいと思ったんですね。立てかけてあるギターが倒れて弦が切れた時に鳴るような具体音が欲しくて、西田に「具体音のソロを弾いてください」ってお願いしたんです。彼はエフェクト・プロセッシングのプロなので、どうしたら面白い具体音が出るのかいろいろ試したんですけど、なかなか「これだ」というのが見つからなくて。

そしたら西田が「意外と最近のギタリストがやっていないのはこういうアプローチなんじゃない?」って、U字金具を取り出してきて。「封印を解く」みたいに言いながら、U字金具で出したギター・ノイズをワーミーで上げたり下げたりしたら、めっちゃかっこよくて、それであの音になりました。なので、確かにそのあたりもジャズ的な視点からも聴いてほしいですね。

Photography Mayumi Hosokura

■君島大空『映帶する煙』(えいたいするけむり)
発売日:2023年1月18日
価格:¥3,000
収録曲
「映帶する煙」
「扉の夏」
「装置」
「世界はここで回るよ」
「19℃」
「都合」
「ぬい」
「回転扉の内側は春?」
「エルド」
「光暈」
「遺構」
「No heavenly」

<ライヴ・インフォメーション>
■君島大空独奏遠征春編「箱の歩き方」
2023年4月22日(土)愛知県文化フォーラム春日井・ギャラリー
2023年4月23日(日)静岡県鴨江アートセンター301号室
■4月15日(土)横須賀飯島飯店「夜と朝のあいだに」独奏
■4月19日(水)渋谷LOFT HEAVEN 穂ノ佳プレゼンツ 独奏
■ビルボードライブ公演 「外は春の形vol.2」w/石若駿
2023年5月3日(水・祝)ビルボードライブ横浜、5月5日(金・祝)ビルボードライブ大阪
1stステージ OPEN 15:30 / START 16:30 2ndステージ OPEN 18:30 / START 19:30
◼5月6日(日)J-WAVE & Roppongi Hills present TOKYO M.A.P.S Chris Peppler EDITION 六本木ヒルズアリーナ 独奏
■5月21日(日)福岡 CIRCLE`23 海の中道海浜公園野外劇場 独奏
■7月28日(金)FUJI ROCK FESTIVAL’23 合奏形態
https://www.fujipacific.co.jp/artists/artists/post_23.html

author:

細田 成嗣

1989年生まれ。ライター、音楽批評。編著に『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(カンパニー社、2021年)、主な論考に「即興音楽の新しい波──触れてみるための、あるいは考えはじめるためのディスク・ガイド」、「来たるべき「非在の音」に向けて──特殊音楽考、アジアン・ミーティング・フェスティバルでの体験から」など。国分寺M'sにて現代の即興音楽をテーマに据えたイベント・シリーズを企画、開催。 Twitter: @HosodaNarushi

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