2023年の私的「ベスト映画」Sister 代表・長尾悠美が選ぶ5作

長引くコロナ禍の収束を感じながら幕開けした2023年。揺り戻しから、街は以前の活気を取り戻したようだった。一方で、続く紛争や事件、流行り廃り、AIとNI……多くのトピックを巻き込みながら、日常の感覚にあらゆる変化をもたらした。

そんな2023年に上映された素晴らしい作品群から、渋谷区松濤のセレクトショップSisterの代表を務め、TOKIONでも映画連載『Girls’ Film Fanclub』を担当する長尾悠美が、今の時代に生きる私たちに多くの問いを投げかける珠玉の5作品を紹介する。

長尾悠美
渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。国内外から集めたデザイナーズブランド、ヴィンテージ、書籍や雑貨など豊富に扱う。映画やアート作品を通してフェミニズムやジェンダー問題へも関心を寄せ、自らも発信や企画を積極的に行っている。

『大いなる自由』

男性同性愛が刑法で禁じられた第二次世界大戦後のドイツで、己を曲げず愛を貫き、何度も投獄される主人公ハンスの20年余りを描いた作品。上映前に読んだ資料によれば、当時のドイツでは、「女性は性的衝動がなく女性間の同性愛は存在しない」とされていたため、女性の同性愛は刑法175条上で違法とすら明記されていなかったらしい。

愛の形が法によって管理されることがどれだけ異常なことか、私たちはこの映画を通して改めて思い知らされるが、同じような考え方は現代にもまだ根強く残る。この作品に「社会におけるすべての人の自由とは?」という問いを今一度投げかけられた。

刑務所特有の閉鎖された空間を覗き込むような映像、主人公の淡い思い出を映し出す光溢れるピュアな演出など、当時の愛をめぐる光と影のコントラストが絶妙でより切なさが増した。撮影監督を務めたのはセリーヌ・シアマ監督とタッグを組んだクリステル・フルニエ。

『家からの手紙』

今年開催されたシャンタル・アケルマン映画祭では多数の日本初上映作品があり、「家からの手紙」もその一つだった。

76年に撮られた本作は、NYに渡ったアケルマンが実家から受け取った母からの手紙をNYの街並みと併せて淡々と朗読したもの。母と娘の対比的な描かれた方が興味深い。家族のこと、娘への心配事をとめどなく書き綴る母とは対照的に、自由で刺激的なNYの街並みが映し出される。いつの時代も母と娘の関心事は相反する。

シャンタル・アケルマン映画祭2023 予告編

『サントメール ある被告』

生後15ヶ月の娘を殺した罪に問われた女性ロランス。実際の裁判記録を映画の大半に使用する大胆な構成で、インパクトとコントラストのある映像を描き出す。淡々としながらも緊張感のある裁判シーンは鮮やかな自然光が差し込み、どこか美しい情景にも映る。その対比が見るものを引きつける。撮影監督は『燃ゆる女の肖像』のクレール・マトンが担当。

被告となったロランスは女性であり、移民であり、貧困を抱えている。この映画は、そんな彼女を母性神話にも絡めながらインターセクショナルな視点で描く。同じ境遇を抱え、裁判を傍聴する作家ラマも、ロランスに自身の姿を投影する。

『アル中女の肖像』

1979年に制作されたウルリケ・オッティンガー監督のベルリン三部作の一つで、今年初めて日本で劇場上映された。

当時のアイコン的存在であったタベア・ブルーメンシャインが主演と衣装を担当した艶やかな本作。タベアの存在感と自由な装いが圧倒的で視覚的にも非常に価値の高い映画だと思う。

“飲むために生き、飲みながら生きる、酒飲みの人生。”・・・キャッチコピーも最高じゃないか。自由に生きる女性に対する社会の冷ややかさへの皮肉が込められた、オッティンガーならではの映像世界。

『枯れ葉』

アキ・カウリスマキ監督の6年ぶりの最新作。2023年のベスト映画の原稿を書き終えた後に本作の上映があり、ギリギリで追加してもらった。

封切り初日の最終上映回、ユーロスペースは満席だった。引退宣言を撤回してまでカウリスマキ監督が届けたかったものの温かみに、映画を見終わった後に自然と涙が溢れた。そこに観客からの惜しみない拍手。素晴らしい映画体験だった。

世界の分断を特に感じる昨今に、やっぱり「愛」ではないのかと映画で抗議する。暴力を否定し、相手を思いやり、歩みよる。本当に素晴らしかったし、これこそが映画の力だと思う。

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長尾 悠美

渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。国内外から集めたデザイナーズブランド、ヴィンテージ、書籍や雑貨など豊富に扱う。映画やアート作品を通してフェミニズムやジェンダー問題へも関心を寄せ、自らも発信や企画を積極的に行っている。

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