連載:ものがたりとものづくり Archives - TOKION https://tokion.jp/series/連載:ものがたりとものづくり/ Thu, 22 Feb 2024 06:09:08 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 連載:ものがたりとものづくり Archives - TOKION https://tokion.jp/series/連載:ものがたりとものづくり/ 32 32 連載「ものがたりとものづくり」 vol.14:スタイリスト・小山田孝司 https://tokion.jp/2024/02/21/monogatari-and-monodukuri-vol14/ Wed, 21 Feb 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=223799 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第14回のゲストはスタイリストの小山田孝司。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第14回はスタイリストの小山田孝司が登場。

小山田さんが挙げたのは次の2作品でした。

・岡本太郎『自分の中に毒を持て』(青春出版社)

・長島有里枝『not six』(スイッチパブリッシング)

さて、この2作品にはどんな”ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

8月に刊行された小山田さんの初の作品集『なにがみてるゆめ』に触れながら、お話を伺います。

言葉や他者についての感覚に共感を覚えた、岡本太郎『自分の中に毒を持て』

──1冊目は岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』です。岡本さんの生き方や芸術論を語った内容です。

小山田孝司(以下、小山田):あまり本を自分で買うことはなくて、人からもらったりしたものを読むことが多いんです。この本も、たぶん友達の引っ越しを手伝った時に、その友達からもらったんじゃないかな。

結構自分の同世代は岡本太郎が好きな人が多かったですね。

──岡本さんは著書も多く、影響を受けた人も多いです。

小山田:ただ、岡本さんの作品は、正直あまり得意じゃなかったんですよね。なんか、自分にはちょっと強すぎて。

だけど、たまたまもらったこの本を読んでみたら、岡本さんの挑発的な言葉が心にダイレクトに迫ってきたんです。なんだろうな、「人生って死と隣り合わせなんだ」という感覚が伝わってくるというか。

岡本さんは戦争を体験していることとも関係していると思うんですけど。

──岡本さんは1911年生まれで、1929年にフランスに渡りますが、戦中はそこで兵役に就いて、戦後は生活をしています。

小山田:この企画のために、十何年ぶりかに読み返したんですけど、今の自分への影響も改めて感じました。

この辺のくだりは、自分が言葉に対して抱いている感覚とつながっている気がします。

あなたは言葉のもどかしさを感じたことがあるだろうか。とかく、どんなことを言っても、それが自分のほんとうに感じているナマナマしいものとズレているように感じる。たとえ人の前でなく、ひとりごとを言ったとしても、何か作りごとのような気がしてしまう。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社、97頁)

あとこの部分とか。

多くの他人との出会いによって、人間は”他人”を発見する。”他人”を発見するということは、結局、”自己”の発見なのだ。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社、164頁)

この本を最初に読んだのはスタイリストを目指している時。その時は「クリエイターはこうでなきゃいけない」というところに引っ張られていたんですが、だけど、今は岡本さんの繊細な一面が気になりますね。

そういうことを知った上でいろいろと作品を見ると、刺激が強いのは変わらないんですが、愛着が湧いてきますね。

──小山田さんの写真集『なにがみてるゆめ』もある意味、他者との出会いですよね。

小山田:この写真集の撮影では、3着ぐらい僕のストックの服を持っていき、モデルがその日着てきた私服に対して、その中の1着を組み合わせて撮っているんです。

一点混ざった僕の服が、被写体のパーソナリティに別の視点を投げかけるのがおもしろくもあり、自己と他者の境界線が曖昧になる感覚が刺激的でした。

岡本さんの本に書かれている言葉のように、このプロジェクトでは「人に会いながら自分を見ている」みたいな感覚がありましたね。

──他人を撮ることで、自分が見えてくる。

小山田:あと、僕はスタイリングで異なる価値観をもったアイテム同士を組み合わせたいと思っているんです。よく知られているブランドに、無名のブランドを混ぜるというか。異なるアイテムを掛け合わせることで、すでにある両者のイメージが新しいものへと変化するのがおもしろくもあり、自分に新しい発見を与えてくれます。

言葉にできないほど衝撃を受けた、長島有里枝『not six』

──続いては長島有里枝さんの『not six』。こちらは長島さんの当時の配偶者を被写体にした写真集です。

小山田:この写真集は2010年ぐらいに出合ったものです。

最初、見ていて苦しい気持ちにもなったんですが、最終的にとても感動して。初めてこの本を手にした時の言葉にできない感覚を大切にしたくて、あまり頻繁に開けない1冊でもあります。

──『not six』は長島さんの写真のあいまに短文が挟まる構成になっています。

小山田:長島さんは、言葉も響きますよね。

説得力があるというか、冒頭の「彼が私のカルマじゃなかったら、何?」という言葉がこの本の写真のすべてを物語っているように、言葉と写真が両立した写真集だなと感じました。

──写真集のなかの文章では、被写体のプロフィールや関係性は明確に書かれていないんですよね。そこが詩的だなって思いました。

小山田:わかります。一方で、僕の『なにがみてるゆめ』には、言葉を全く入れていないんです。入れるかどうかずっと考えて、最終的には入れなかったんですけど。

言葉って1つの方向に持っていく力が強いと思っていて、ファッションの仕事をやっていて、扱うのが少し難しいなって感じているところがあるんです。

『なにがみてるゆめ』では、人とファッションが同じ存在感というか、同列に存在していることを表現したかったんですけど、そこに言葉があると邪魔になってしまうような気がして。

──『なにがみてるゆめ』を見ていると、「この人は、どんな人なんだろう」って考えるんです。すると、着ているものや部屋の小物からぼんやりとしたものが見えてくる。言葉がないことで、タイトルと共鳴しているように感じました。

Photography Kousuke Matsuki

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.13:コラージュアーティスト・M!DOR! https://tokion.jp/2023/09/30/monogatari-and-monodukuri-vol13/ Sat, 30 Sep 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=210146 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第13回のゲストはコラージュアーティストのM!DOR!。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第13回はコラージュアーティストのM!DOR!が登場。

M!DOR!さんが挙げたのは次の3作品でした。

・岸田衿子・谷川俊太郎・松竹いね子(文)、堀内誠一(絵)『どうぶつしんぶん』(福音館書店)
・ジャック・プレヴェール、小笠原豊樹(訳)『プレヴェール詩集』(書肆ユリイカ)
・吉田篤弘『78(ナナハチ)』(小学館)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

初めての“誰かに見せるものづくり”のきっかけになった、『どうぶつしんぶん』

──1冊めは『どうぶつしんぶん』。岸田衿子さん、谷川俊太郎さん、松竹いね子さん、堀内誠一さんによる共作の絵本です。

これは幼稚園の時に両親に買ってもらって読みました。もう最初に読んだ時のことは記憶にないんです。

親からは表紙に一目惚れしたっていう話を聞いていて。本屋さんで離さなかったから買ったんだよ、って。

──絵本はよく読んでいましたか?

読んでいましたね。『だるまちゃんとてんぐちゃん』とか。『ぐりとぐら』も読みました。あのへんはすごく好きで、たぶん何十回も読んでいますね。

イラストに惹かれることが多くて、けっこうジャケ買いが昔から多いんです。記憶にはないですが、『どうぶつしんぶん』も完全にジャケ買いですよね。

──絵を堀内誠一さんが担当していて、動物たちがかわいいですよね。

そうなんです。色使いもすごくかわいくて、好きな色の組み合わせなんですよね。

それで中を開くと、封筒のようになっていて、中に1枚ずつ新聞がたたんであるんです。

──四つ折りの新聞が4枚入っていて、それぞれ春・夏・秋・冬の号になっています。「どうぶつびすけっとがあって、どうぶつしんぶんがないというのは、どうかんがえてもおかしい」と発刊の辞が書かれています。編集長は「たかくわくまた」という熊。

もともと動物が大好きなんです。この動物が新聞を発行するっていう発想が、今考えても新しいなって。この新聞って4枚しかないですけど、何回読んでも楽しめるのがすごく不思議ですよね。
いろんな動物が連載を担当していて、人生相談だったり、詩が載っていたり。意外とシュールな文章もあって、今読み返すと当時理解できていたのかなとも思いますね。
谷川さんはあとになって詩集を読んだりしましたけれど、たぶんこれが初めての出会いですね。

──この絵本を読んで思ったのは、「自分も動物新聞を作ってみたいな」ってことでした。

そうなんですよね。実は私もこれに憧れてまねできるんじゃないかと思ったらしくて、1ヵ月に1回くらいのペースで自分なりの動物新聞を発行していたんです。両親だけに向けて。新聞を作って、折り紙で動物を折って付録も作ったりして渡したりとかしていましたね。それがある意味、制作の原点かもしれません。

──何かを作るのを初めて意識的にやったってことですね。

絵を描くということはやっていたと思うんですけど、だれかに見せることを意識してちゃんと作るっていうのは、それが初めてだと思います。

そのときリスを飼っていたんですけど、そのリスが書いた体裁の記事を載せていましたね。リスを見ながら絵を描いたりとか、クイズに正解したらリスからの招待状がもらえるとか。

3、4ヶ月は作っていたと思います。

──その新聞は今も残してありますか?

たぶん残していると思います。探したらあるかもしれないですね。

コラージュアーティストとしても敬愛する仏詩人の詩集、『プレヴェール詩集』

──次の本はジャック・プレヴェールの詩集です。この本と出会ったのはいつぐらいですか。

この詩集は2012年ごろに出会いました。大学を卒業してデザイン事務所に勤めていた時期ですね。

高校生ぐらいの時にちょっと絵に苦手意識があったんです。絵じゃない他の表現方法ってないかなって思っていた時に書店でロシア・アバンギャルドの本に出会って。そこのコラージュが使われた絵があってすごく惹かれたんです。

それでスクラップ・ブックみたいなのを作るところから始めて、少しずつコラージュをやるようになりました。

大学に入ってからはグラフィック・デザイナーになりたかったんですけど、コラージュは続けていました。それで大学を卒業して就職したぐらいの時にいろいろ画像検索をしていたら、ジャック・プレヴェールのコラージュ作品が出てきたんです。

──プレヴェールは詩人ですが、コラージュも作っているんですね?

そうですね。詩人として知るよりも先に、コラージュアーティストとして知りました。詩集を読んだのは、そのあとですね。

プレヴェールはケガをして入院している時に、リハビリのためにコラージュを始めたらしいんです。そのコラージュがすごくユーモアがあって、ひと目見た時にすごく惹かれたんです。

そこからプレヴェールって詩人が作ったことを知って、この詩集を読みました。そしたら、すごく心地よく入ってくる感じで。

──詩人との出会い方としては、珍しいですね。

本屋さんで見つけて、この表紙もすごくかわいいなって思って、プレヴェールを読みたかったので買おうと。これもジャケ買いですね。

読んでみると文体もとても読みやすくて、すっと入ってきて、ユーモアもあって。それはコラージュからも感じていたので、詩もコラージュも人間性が出ているなって。

私は「夜のパリ」っていう詩がすごく好きなんですけど。3本のマッチだけでここまで世界観を出せるんだなっていうことにすごくびっくりします。

──ぼくは「鳥への挨拶」という詩が好きです。さまざまな鳥が列挙されて、それに挨拶するという詩なんですけど。

けっこうプレヴェールの詩にも動物が出てきますよね。コラージュも動物の写真を使ったりしています。人間の顔が動物になっていたりとか。そういうところでも、プレヴェールも動物が好きだったんだなって親近感が湧きますね。

──プレヴェールはアニメ映画のシナリオもやっています。いろんなことをやる人だったんですね。

プレヴェールのコラージュ作品を生で見たくて、2014年にフランスへ行ったんです。プレヴェールは1977年に亡くなっているんですが、著作権団体に連絡して、ひたすら好きってことを伝えて。

そうしたら、その団体がプレヴェールの家をそのまま残しているんですけど、そこに招待してもらえて。私はフランス語ができないのでなんとか英語でコミュニケーションしながら。行ってみたら、キャビネットやベッドもそのまま残してあって、今も生活しているんじゃないかっていう温度感がそのまま保たれている感じでした。本棚には古い雑誌がたくさんあって、家具や調度品もプレヴェールの好きなものしか置いてないんだろうなって。

それで作品や家の中に残っているコラージュ素材とか、使っていた道具とかも見られました。

──この詩集を買ったのが2012年とおっしゃっていましたから、それから2年後にフランスへ行ったんですね。

実物を見たいと思ったんです。それを見たら何か変わる気がして。フランスに行くのも初めてでした。
作品を実際に見ると、本で見るよりも大きかったりとか、色とかも違ったりして、すごく衝撃を受けました。
まだ使っていない素材もそのまま保管してあって、これをどういうふうに使う予定だったんだろうなって想像力が湧いて楽しかったですね。

──なんだか“もの”にはパワーが宿りますよね。

そうなんですよね。作品もそうですし、人が使っていたものとかって、その人のことを感じられますよね。使っていた人が今いなくても。
古い雑誌を集めていると、ページのあいだに手紙が挟まっていたりして、どんな人が持っていたんだろうって想像してしまいますよね。

一番好きな小説家の、レコード愛好家にはたまらない短編集『78(ナナハチ)』

──続いては吉田篤弘さんの『78 ナナハチ』。

吉田篤弘さんはたぶん一番好きな小説家さんなんです。

今も新刊が出るたびに読んでいます。すごく独特な、吉田さんならではの不思議な世界観があって、毎回すごく惹かれています。

この『78(ナナハチ)』は、私がレコード好きっていうのもあって、78回転のレコードの話で始まるこの作品を選びました。好きで何回も読んでいます。

──この短編集の特徴はレコードがモチーフなことと、独立したそれぞれの話が少しだけ他の話とつながっているところですよね。

そうなんです。それぞれの話が微妙にいつもどこかでつながっていて、「あ、ここにつながるんだ」って、読んでいくうちにどんどん物語がつながっていく感じの流れも好きです。

──1つひとつは短編ですけど、少しずつつながっていて、大きな絵になっていく感じがあります。

吉田さんってたくさん小説を出していますけど、他の作品を読んでいるうちに「前にもこういうひと出てきた気がする」って思っていると、また違う物語が広がったりとか、そういうつながりもすごくおもしろいんです。

この本だと、短編ごとに実際にあるレコードのタイトルになっているんです。章扉もそのレコードのラベルになっていて。その音楽を聴きながら読むのも楽しいですよね。そのレコードを聴きながら読むと、またちょっと雰囲気が変わったりして、そういう仕掛けもいいですよね。

この小説の最後のほうに「ノアルイズ・レコード」って書いてあるんです。

──「Special Thanks to Noahlewis’ Record」と書かれていますね。

このお店って、78回転レコードを多く扱うお店なんです。

実は私もそのお店で初めて78回転のレコードを聞いたので、最後にこのお店の名前を見つけて、そういうところもつながったので思い入れがありますね。

──それはこの本と関係なく行っていた?

そうなんです。78回転レコードといえば、というような有名な店なんですけど。

レコードは父からプレイヤーをもらったのがきっかけで集めるようになりました。

もともとはザ・ローリング・ストーンズのレコードを手に入れて、どうしても聴きたいけどプレイヤーがないって状態の時に、父から使っていないレコードプレイヤーをもらいました。

ザ・ローリング・ストーンズからロックやパンクにハマっていって。パンクだと、レコードしか出していないバンドがいるんですよね。

──レコードで聴くことは特別な体験ですか?

CDで聴くのと、レコードで聴くのとでは全然違って聞こえます。

中古レコード屋さんに行って、ひたすら見ていって、「あ、あった」みたいな。ジャケ買いするのも楽しいですし。やっぱりジャケ買いが好きなんですよね。

アートとして成り立つけど、ちゃんとした音楽の媒体だっていうところもレコードってすごいなって思うところですね。そういうところが『78(ナナハチ)』でも物語になっていたので好きですね。

──プレヴェールの家に行ったのもそうですけど、実物に触れたいんですね。

そうですね。実物で、ちゃんと自分の目で見たいですし、好きな人には会いたいですね。

そうしたほうが、さらに好きになれたりとか、そこから吸収できるものが多いんじゃないかなって思います。

なので、やっぱり実物が好きですね。

──きっとジャケ買いも、実物がもたらす力なんでしょうね。M!DOR!さんのコラージュ作品にも、実物のパワーが宿っている気がします。ありがとうございました。

Photography Tasuku Amada

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.12:ぬいぐるみ作家・- 光線 – https://tokion.jp/2023/08/18/monogatari-and-monodukuri-vol12/ Fri, 18 Aug 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=203414 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第12回のゲストはぬいぐるみ作家・- 光線 -。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第12回はぬいぐるみ作家・- 光線 -が登場。

光線さんが挙げたのはつぎの3作品でした。

・林明子『こんとあき』(福音館書店)

・サン=テグジュペリ『星の王子さま』(新潮社)

・島田ゆか『バムとケロ』シリーズ(文溪堂)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

ぬいぐるみと自分の関係性を重ねて読んだ、林明子『こんとあき』

──『こんとあき』は林明子さんによるロングセラーの絵本で、幼い子どもとぬいぐるみのの交流を描いています。

光線:『こんとあき』はたぶん私が生まれてすぐに母親が買った本だと思います。

絵本に出てくる「こん」ってぬいぐるみが動いているところが「ほんとうにぬいぐるみがこんな風に動いたらいいな」って思いながら読んでいました。

私もずっと大事にしているこんと同じぐらいのサイズ感のうさぎのぬいぐるみを持っていたので、それとすごく重なって。

──『こんとあき』の関係性が、自分とぬいぐるみの関係性と重なって思えたんですね。

光線:でも、大人になって読み返してみたら、「ほんとうはあきの中で喋っているだけなのかな」みたいな読みかたもできるなって思って。

私が小さい頃に、私のぬいぐるみが私の中で喋って動いていたみたいな感覚を、読んでいて思い出して。そういう深読みもできるのかなって感じました。

──こんは最初から動いてしゃべっていて、それがイメージの世界なのか現実なのか、絵本の中で明示されてないですよね。

光線:そう、ほんとうはあきの1人旅だったんじゃないかって読みかたもできますよね。

こんが砂丘で埋まっちゃうシーンがありますが、小さい声でしか喋らなくなるのが、あきの不安感を表現しているんじゃないかなと思って。

大人になって読み返したら、そういう視点もあり得るのかなって。

──子どもの時はあきに感情移入していたけれど、大人になるともっと引いた視点で見られるのかもしれませんね。

光線:こんの腕をあきのよだれで汚すシーンに泣いちゃったんです。

あきが成長していって、こんがちょっとずつ汚れていく。ほつれちゃったりして。

私のぬいぐるみも同じだったので、すごく胸が締めつけられました。

──『こんとあき』の中にもこんがケガをするシーンが出てきますが、ぬいぐるみって汚れたり、傷ついたりするものでもありますよね。

光線:そうなんですよ。私が大事にしているうさぎのぬいぐるみも、縫ったり洗ったりしていて。小さい頃から母親に糸の使いかたを習って縫ったりしていました。

幼稚園や旅行とかにも持っていっていたんで、汚れていってしまうんですよね。

私がつくったぬいぐるみを買った人からも、「直せますか」って問い合わせがきたりして、送ってもらって修繕していますね。

──そのうさぎのぬいぐるみは、今も家に?

光線:ありますよ。ベッドに置いてあります。

読み返して「大人側」の気持ちもわかるようになった、サン=テグジュペリ『星の王子さま』

──『星の王子さま』は1943年に出版された童話で、こちらもロングセラーで根強い人気のある作品ですね。

光線:『星の王子さま』を読んだのは中学生ぐらいの時ですね。

その時は読んだあとに、答えが出たというか、「こういうことが言いたいのね」って理解したつもりだったんです。

でも、これも大人になって読み返すと、うまくまとめられないというか、大人側の考えかたもわかるようになったというか……。

──『星の王子さま』では、いろんな星をめぐる中で大物気取りの男やずっと数字を数えている実業家が出てきます。

光線:昔は「大人ってつまらないよね」みたいなところで理解が止まっていて、でもその理由もわかるようになってきて、答えがどんどん出なくなる、というか。

なんとなく子ども向けみたいに捉えられていると思うんですけど、大人になって読むと、子ども向けなわけないんですよ。大人が大人に向けて書いた本なんですよ。

だからたぶん、最初に読んだ時、ぜんぜんわかってなかったんだと思います。

──サン=テグジュペリは献辞で「1人の大人」にささげると書いていますね。違う見方もできるようになったというのは、社会に出たからとか、そういうことなんでしょうか。

光線:そうですね。私は美大を卒業しておもちゃ会社でデザイナーとして採用されたんです。

デザイナーだったんですけど、1年目は営業とかもやって。その時出会った営業の先輩とか、考えかたが全く違うんです。

美大では知り合わなかったタイプの人と、会社員になってから出会ったんです。

──それこそ社会に出るというのは、『星の王子さま』がいろんな星を見ていくような感覚かもしれませんね。

光線:そうですよね。そういうことを知って、会社をやめてから、ぬいぐるみづくりを始めるんです。

会社員の時は仕事が忙しくて、そういう時間もなかったんですが、会社帰りにユザワヤへ寄って布を買ったりはしていたんです。なんでかわからないんですけど。

それがすごくたまった時に会社もやめて、転職活動のあいまに、趣味のつもりで始めたのがぬいぐるみづくりなんです。

──最初は趣味のつもりだったんですね。

光線:はい。SNSにアップしたら「欲しい」っていう人がいたので、それで販売を始めて。転職活動をやめて、この仕事に専念するようになりました。

──会社の星から、ぬいぐるみの星に行ったんですね。

細部の書き込みやページ内に潜む謎の小さな生き物も魅力の、島田ゆか『バムとケロ』シリーズ

──『バムとケロ』シリーズは1作目の『バムとケロのにちようび』が1994年に出版されて、現在までに5冊出ています。

光線:『バムとケロ』は私が小さい時に読んでいた絵本っていうよりも、弟が読んでいた絵本なんです。私が中学2年生とか、中学3年生の時ですね。家族でハマっていましたね。

『バムとケロ』シリーズって今5冊出ていますけど、その頃はまだそんなに出ていなくて、新しいのが出たらみんなで読むって感じでした。

──最新作の『バムとケロのもりのこや』は2011年ですね。最初に読んだ時は、どう感じましたか。

光線:中学生でまだ子どもの感覚が残っていたんですけど、バムとケロが暮らしているような家に住みたいなって思っていました。

こういう壁がヨーロッパ風で、こういうキッチンで、ポップな色使いで、屋根裏があって、みたいな。それが当時の私の心をすごくつかみました。

──この絵本の特徴は、引きの絵が多くて家具や小物、通りすがりのキャラクターがいっぱい書き込まれているところですよね。

光線:そうなんですよ。

この絵本はほんとうに1ページ1ページつくり込まれていて、これも大人になって読み返したら、「絵がうますぎる」って。昔は気にせず読んでいたけど。

──小物などのディテールもすごく書き込まれていますよね。

光線:全部のページに、物語の本筋とは関係のない小さなキャラクターとかが書かれていて、つぎのページに行くと違うアクションを起こしているとか。端っこのほうでやっていて、気づかなかったらほんとうに気づかない仕掛けですよね。

「ヤメピ」っていう小さな犬がいるんですけど、この犬は布があると、布の中に潜り込むんですよね。そういうのを探すのがすごく好きでしたね。

──いろんなキャラクターが、細部に隠れていますよね。しかも、それ自体の説明は何もない。

光線:そうなんです。こういう謎の小さな存在みたいなものが好きで。

小さいものっていいなって思うんです。小さければ、いろんなところに連れていってあげられるじゃないですか。

私がつくっているぬいぐるみも、それを意識しているんです。サイズも手のひらに乗せられるくらいにして。

『バムとケロ』の絵本に出てくるような、小さいけど何かいる、っていう存在にしたいなって思っていますね。

──インタビューを通して、ぬいぐるみと人間の関係性について考えることができました。光線さんのぬいぐるみのように、「何かいる」ってところが人間を癒やすのかもしれませんね。

Photography Kousuke Matsuki

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.11:アーティスト・市原えつこ https://tokion.jp/2023/06/30/monogatari-and-monodukuri-vol11/ Fri, 30 Jun 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=194384 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第11回のゲストはアーティスト・市原えつこ。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第11回はアーティスト・市原えつこが登場。

市原さんが挙げたのは次の3作品でした。

・宮沢章夫『牛への道』(新潮社)
・岡本太郎『日本再発見 芸術風土記』(新潮社)
・トーマス・トウェイツ『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮社)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

おもしろ過ぎて衝撃を受けた、恩師・宮沢章夫のエッセイ集『牛への道』

──1冊目は宮沢章夫さんの『牛への道』ですね。

これは一度目の学生生活で読んだ本ですね。早稲田大学の文化構想学部という学部の1期生だったんですけど、そこで劇作家の宮沢章夫先生の授業を熱心に受講していたんです。この本1冊というよりは、早大での学生生活のなかで最も影響を受けた先生の1人が、宮沢先生だったかもしれません。

授業ではサブカルチャーや都市空間論について講義をしていました。物語ではないので今回の選書からは外しましたが、『東京大学「ノイズ文化論」講義』(※)という本にもかなり影響を受けています。

『牛への道』はエッセイなんですが、おもしろ過ぎて衝撃を受けて、どんな言葉に影響を受けたかと聞かれて、すぐに思い出したのが宮沢先生のこの本でした。

※『東京大学「ノイズ文化論」講義』……宮沢章夫が東京大学で行った授業の講義録。社会から排除されていくものを「ノイズ」をキーワードにして考察していく。

──宮沢さんは2005年から早稲田大学で教員を務めていました。

授業を受けて「この異常におもしろい授業はなんなんだ」とぶっとんだ記憶があります。

授業の内容自体は、とてもクリティカルだったんです。いま都市に合理化が求められて、そうじゃないものはどんどん排除されていると。その授業から派生して、現代の都市では過度な清潔願望が高まって、身体的なものだけではなく、人間のどろどろした部分や、非合理的な部分も排除されていることに問題意識を持つようになりました。

そこから宮沢先生の授業に頻繁に潜りに行って、授業が終わったあとに宮沢先生と学生達でダラダラお喋りする会なんかが毎週あったんですが、宮沢先生の話がおもしろいから全部やたら熱心にメモしているみたいな学生でした

市原さんの作品に言及している2012年の宮沢さんのツイート

アカデミックなこともされているのだけど、この本を読んだらわかるんですが、冗談がすごくおもしろくて。身の回りのすごくどうでもいいことや日常の違和感を非常に解像度高く掘り下げていますよね。

──授業をとったのは偶然だったんですね。

もともとは美大に行こうと思っていたんですが、将来の安定などを考えると踏ん切りがつかなかったり、経済的な理由などいろいろな事情で文化構想学部に入学しました。つぶしの利くジェネラリストにもなれそうだし、表現に近い授業もいくらかは受けられるかなって感じで。それで宮沢先生の授業も受講したのだと思います。

2017年にわたしが文化庁メディア芸術祭で賞をとった時(※)に、NHKラジオで「すっぴん!」という番組を持たれていた宮沢先生のラジオに呼んでいただきました。アーティストとして活動を始めてからも、要所要所で見ていただいていたんだなと思います。

※メディア芸術祭で賞をとった時……文化庁メディア芸術祭で「デジタルシャーマン・プロジェクト」が第20回エンターテインメント部門優秀賞を受賞。

──卒業されてからもお会いになっていたんですね。

宮沢先生のラジオへ出た時に、「市原の作品には根底に冗談があるよね」って言われたんです。たぶん、根底に冗談があるスタンスは、そもそも宮沢先生からの影響だった可能性がありますね。

独自の視点、価値判断に共感を覚えた、岡本太郎『日本再発見 芸術風土記』

──市原さんはデジタルシャーマン・プロジェクトや未来SUSHIなど、日本文化と接点のある作品が多い気がします

若い頃はあまり自覚はなかったです。わたしは愛知県出身なんですけど、子どもの頃は地元でやっている土着の祭りとか、神社仏閣とかにはあまりピンときてなかったですね。

でも、大学3年生の夏休みに、自分が昔住んでいたところを見に行こうってなって、ついでにそこからさほど遠くなかった愛知県の犬山にある桃太郎神社に行ってみたんです。

山の上にあるんですけど、急勾配な坂を登っていったところにある鳥居の前に、いきなりスッポンポンの桃太郎の像とかが置いてあるんです。さらには宝物殿には「発掘された鬼の男根」とされているものが展示されていたり。「なんだこれ」って(笑)。そういう神社にたまたま出会ってしまって、いままで見過ごしてきた神社や風習や、地域信仰とかを見直そうと思って。

すると、性的なものや禁忌的なものが堂々と神聖なものとして祀られていたりするんですね。

──都市で生活していると出会わないようなものに。

ああ、そうですね。ちょっと現代社会のなかでは隠されているような。

──岡本さんの『日本再発見 芸術風土記』。これはいつ頃読まれたんですか。

2015年か2016年ですね。岡本太郎さんのことは、もちろん小さい頃から知っていたんですけど、2015年のちょうど会社をやめる直前の時期に、「デジタルシャーマン・プロジェクト」という作品を制作していました。死者の人格をロボットに宿らせるという趣旨の作品です。

そこから儀式や土着性についてもっと調べるようになって、その中で岡本太郎さんのこの本を読んだんです。

そしたら、岡本さんが秋田県のナマハゲや青森県のイタコとか久高島の風葬とか、私が興味を持っているものをことごとくリサーチしていると知って。

もうアニメの『耳をすませば』みたいな「全部、岡本太郎に先にやられている」って状態になりました。

──この本のなかでは、わりとはっきりと価値判断をしていますよね。

自分が持っている「これはおもしろい」「これはつまらない」って感覚が似ているなぁって思ったんです。

この本のなかでも「こういうものは退屈だ」ってズバズバ言っていることに共感して。自分の感覚の答え合わせみたいな感じで読みましたね。

岡本太郎さんはけっこう編集者っぽいことをしていますよね。いろんなもののおもしろさを独自に見出して、自分の観点からルポするみたいな。

──確かにジャーナリストっぽいところがあります。

2025年の大阪・関西万博の日本館のコンセプト策定の仕事をさせていただいたこともあって、大阪万博といえば太陽の塔じゃないですか。人生の要所要所で接点があるなと。

──土着的なものへの目線も接点がありそうです。

素朴な民衆がものすごい熱量で作ったものがいいというか。さっきの桃太郎神社もそうですよね。

──先ほどの宮沢さんの話ともつながる気がします。

宮沢先生は「ひどく現在的な貧しさ」ってことをよく言っていた気がします。経済的な合理性により、いろんなものが排除されて貧しくなっていくというようなことを。

綿密なリサーチと圧巻の行動力、社会への洞察力に引かれる、トーマス・トウェイツ『人間をお休みしてヤギになってみた結果』

──3冊目は『人間をお休みしてヤギになってみた結果』。これは2017年出版の本ですね。

これは本当に直近で読んだ本で、今年のゴールデンウィークに読みました。

4月に東京藝術大学の大学院に入ったんです。現役の時に美大進学をあきらめた話をしましたけど、やっぱりちゃんと美術の勉強をしたいなと今さら思いまして。いわゆる学び直しですね。

東京藝大の先端芸術表現科に小沢剛(※)先生という方がいるんです。10年以上前に小沢先生の広島市現代美術館での個展を観たのですが、それがずっと忘れられなくて先端を受験しました。

小沢先生の研究室では、いま藝大のキャンパスでヤギを育てて世話をしているんです。

※小沢剛……現代美術家、東京藝術大学先端芸術表現科教授。野菜で銃器を模した「ベジタブル・ウェポン」シリーズや歴史上の人物をモチーフにした「帰って来た」シリーズを制作。2019年に第69回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

──ヤギを育てている?

「ヤギの目で社会をみる『ヤギの目』プロジェクト」というものをやっているんです。

東京藝大の取手キャンパスって茨城県の里山のなかにあるんですけど、コロナ禍で人が来なくなった時に雑草がボーボーに生い茂り、景観もすごく荒れたそうなんですね。

構想自体は前からあったみたいなんですが、それで小沢先生がキャンパスでヤギを飼おうって。ヤギは景観動物とも呼ばれていて、雑草をめちゃくちゃ食べるんですよ。

いま学生達や食堂の職員さん、地域の方々のみなさんで協力してヤギを世話していて、わたしも餌をやったり小屋を掃除したり散歩させたりしているんです。

──ヤギの飼育をされているんですね。

そういった活動を通して、これまでの人生で全く接点のなかったヤギに興味を持つようになりました。ヤギって犬や猫と並んで人間の伴侶としての歴史もすごく長かったりするみたいで。

ヤギと一緒にいると自然に対しての解像度がすごく上がるんです。普段東京を歩いていても周りの環境に興味がなくて、スマホしか見ないじゃないですか。それこそノイズをシャットアウトしているんですけど、ヤギを育てていると、この草が好きなんだとか、ヤギの小屋を補修する時もこのへんの土は柔らかいから柵を立てにくいとか、そういった周りの環境への解像度が上がるのがおもしろかったんですよね。

──それで『人間をお休みしてヤギになってみた結果』を読んだ?

トーマス・トウェイツさんはイギリスのロイヤル・カレッジ・オブ・アートを出ていて、大学院の修了制作でトースターをつくって話題になりました。

この本ではトースターがすごく話題になった後、とはいえ30代になっても同世代の友人達が立派に働いているのとは対象的に彼の生活は安定せず、その現実に疲れている時に「人間をお休みしてゾウになりたい」と試行錯誤を始めたものの行き詰まり、知人からシャーマンを紹介されて会いに行ったら「ゾウじゃなくてヤギになれ」と言われて、それでヤギになることを目指すという。その後も、生物学者などちゃんと専門家に話を聞きに行っているところがおもしろいです。

──シャーマンが出てくるところも、市原さんへの親和性を感じます。

自分がこれまでやってきたメディアアートの分野と、いまやっているヤギという一見正反対なものをつなぐヒントになりそうなので読みました。

今年の11月に研究室でヤギをテーマにした展示を取手で開催する予定なので、その時にオンラインでもいいからトーマスさんをお呼びできないかなって考えています。

──トーマス・トウェイツさんの本は、社会への批評的な目線がありますよね。

そうですよね。トースターの場合はできあがった製品ばかり消費している現代社会だったり、ヤギになるプロジェクトの場合は人間として生きること自体をメタに捉える感じがありますよね。体当たりでアホなことをしているように見えて、社会に対する洞察だったり、科学的なリサーチだったりと視点が多くてとてもおもしろいですよね。

──いま市原さんもヤギについて調べている?

ヤギにもいろんな視点があるんです。

黒魔術のシンボルになっていますし、スケープゴートという言葉がある通り、生贄にもされてきた歴史もありましたし、悪魔の象徴として描かれることもありますし。

ヤギから得られる創作のインスピレーションやヒントが多いことに驚いています。小沢先生が突拍子もない思いつきで始めたようでいて、何か現代美術家としての直感がそこにはあったんだろうなと思います。

──市原さんの作品の根底にあるユーモア、土着的な要素、社会へのまなざしがこれらの本からも垣間見えますね。

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.10:イラストレーター&アーティスト・オザキエミ https://tokion.jp/2023/05/07/monogatari-and-monodukuri-vol10/ Sun, 07 May 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=183588 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第10回のゲストはイラストレーター&アーティスト・オザキエミ。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第10回はイラストレーター&アーティストのオザキエミが登場。

オザキさんが挙げたのは次の3作品でした。

・村上龍『POST ポップアートのある部屋』(講談社)
・MAYA MAXX『ORPHAN』(小学館)
・アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』(岩波書店)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

混沌とした内容を体現したデザインが魅力の、村上龍『POST ポップアートのある部屋』

──この本が出たのは1985年。村上龍さんがデビューしてちょうど10年目の時のものですね。デザインは奥村靫正さんで、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』の表紙もやったかたです。

オザキエミ(以下、オザキ):最初にこの本を手に取ったきっかけは、大学の課題だったんですよ。当時はアートディレクターになりたくて、広告業界やグラフィックデザインへのアプローチを主に勉強していました。レイアウトの授業で、文章やタイトルなどの文字だけを素材にしてデザインを組む、というような課題だったんですけど、その時の参考図書として読みました。もともとポップアートが好きだったというのもあって、目に入って。

読んでみると、ハードな言葉を使っているけど、めちゃくちゃ淡々としていて、あとに残るような残らないようなすごく混沌とした本だなって思いました。

──どれも渇いた筆致の短編集になっていますね。主人公は村上さんを思わせる作家ですが、舞台は海外です。文章とデザインが一体化してとてもカオスですね。

オザキ:ただ、その時はまだこの本にそこまで魅力を感じていたわけではなかったんですよ。授業の時に読んだのは文庫版だったんですけど、それから数年後に単行本版に出会って。そしたら、全然印象が変わりました。

──単行本版が1985年、文庫版が1989年に出ています。文庫版は図版などはいっしょですが、デザインは整理されています。

オザキ:そうなんです。単行本版のほうは、混沌とした内容をデザインで体現しているという感じで、「ああ、本当はそういう本だったのか」と何年か越しに気付いたんです。自分の部屋とかもそうなんですけど、いろんなカルチャーのものがごちゃごちゃ置いてあるような景観が私は好きで、単行本版はそういったごちゃごちゃ感があって、とても魅力を感じます。自分が制作に取り掛かっている時でも、いろいろなカルチャーの要素をいたずら的に入れ込んだりしますね。気付かない人がいてもいいし、勝手に解釈してくれてもいいし、みたいな感じで。

──ポップアートにはいつ頃から興味が?

オザキ:高校生ぐらいの時からですね。特にギルバート・アンド・ジョージ(※)という作家が好きでした。男性2人組のアーティストなんですけど、自分達の裸をモチーフにした作品を作ったりしていて、ぶっ飛んでるところに魅力を感じていました。

※ギルバート・アンド・ジョージ……プロッシュ・ギルバートとパサモア・ジョージからなる2人組の美術家。自身を彫刻とした「生きた彫刻」としてパフォーマンスを行う。

──村上龍さんの小説はそれ以前にも読まれていた?

オザキ:中学か高校の時に『69 sixty nine』を読んだ記憶はありますね。その時もわりとハードな表現なのに、淡々としていて、全然嫌らしくないなって思いました。『ポップアートのある部屋』はポップアートっていうところで手に取ったのですが、ハードボイルドな雰囲気もけっこう好きで、自分でそういう絵を描く時もありますね。

2020年に描いたコミック『GREENDAYS』も、それはクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に影響されて描いたんですが、キャラクターがタバコを吸っていたりアメ車に乗っていたり、少しハードな展開に巻き込まれたりといったシーンを描いています。強く意識しているわけではありませんが、何か気付いたらにじみ出ているって感じはあるかもしれません。

絵と文字の関係性にヒントをくれた絵本、MAYA MAXX『ORPHAN』

──MAYA MAXXさんの『ORPHAN』。こちらは絵本です。

オザキ:大学の卒業後はデザイン事務所に就職したんです。でも、自分はイラストのほうが仕事に向いているんじゃないかと思って、しばらくして辞めました。この本はちょうど会社を辞めた時期ぐらいに読みました。絵本なんですけど、内容はわりと大人へのメッセージだと思います。

この絵本ですごいなと思ったのが、文字の使い方で。絵のほうに手書きの文字が入っているじゃないですか?

──見開きで、左ページに文章があって、右ページに絵がある構成です。左ページは日本語の文章が活字で入っていて、右ページは英語の文章が手書きで描いてあります。

オザキ:これを見て、「文字がアートとして入っているな」と思ったんです。こういうふうに絵の中に文字を入れてもいいんだって、衝撃を受けて。

少ない言葉でシンプルではあるんですけど、ページをめくるごとにどんどん文字が大きくなっていったり、絵と文字が相まって伝わってくるパワーを感じます。私は作字をするのも好きで、イラストの中で文字をデザインしたりしているんですけど、この絵本を読んだ時、自分の仕事と文字って切り離せないなって、改めて感じたというか。

──先ほど仰っていたオザキさんが描いたコミック『GREENDAYS』でも、文字を手書きされていますね。

オザキ:そうですね。このコミックはセリフも全編英語で、イラストの中で英語のオノマトペとかを描くのが楽しかったです。これは英語ですけど、日本語の文字をデザインするのも、いろいろと工夫しがいがあってとても楽しいですね。

MAYA MAXXさんはアーティストで、ポンキッキーズに出演したりもしていたかたです。高校生の時に作品集も買ったことがあって、キャラクターが持つパワーが好きだったんですよね。

ただ、絵本を描いているとは知らなくて、大人になってから「Orphan」(孤児)って言葉の意味も気になったので見てみたら、要素は少ないのにすごくパワーを感じました。絵本ってこういう伝え方もできるんだなって。

この絵本を読んだのが、ちょうど仕事を辞めた時期だったので、「自分はこれからどうなるんだろう」って思いながら……。

──その時の気分と共鳴するものがあったんでしょうか。

オザキ:そうかもしれません。「私、1人ぼっちだな、これからどんどんやっていかなくちゃな」って気分の時期でしたね。

ところで、1つ気が付いたことがあって。なんの因果か、さっき『ポップアートのある部屋』で奥村靫正さんがデザインしたという話がありましたが、この絵本のアートディレクションも奥村さんなんです。

──(奥付を見る)本当だ、アートディレクション・奥村靫正と書かれていますね。それは把握していたんですか。

オザキ:いえ、本をセレクトする時に読み直して気付きました。奥村さんのデザインが魂レベルで好きなんだなってちょっとビックリしましたね(笑)。

物事を見る新たな視点を与えてくれる箴言集、アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』

──小説、絵本ときましたが、最後はビアスの『悪魔の辞典』。

オザキ:これはほんとに最近ですね。中目黒にある「COWBOOKS」さんっていう古書店でたまたま買いました。『悪魔の辞典』ってタイトルが気になったんですよ。悪魔目線の辞典ってことなのかな?って。1911年に発表された本なので、時代背景とか想像しながら読まないとついていけないところもあるんですけど、とてもおもしろかったですね。

──全体が辞書のパロディになっていて、それぞれの項目の説明がとても皮肉の効いたものになっています。

オザキ:こういう視点を持っていたほうが、絵を描く時もおもしろく描けそうだなって思いましたね。

読んだタイミングが、ちょうどさっきのコミック『GREENDAYS』を描いていた時で。その主人公がもう1人のキャラクターに勝手に自分の願いを込めて「HOPE」っていう名前を付けちゃうんですけど、試しに「希望」の項目のところを見てみたんですよ。そしたら、「欲望と期待とを丸めて一つにしたもの」って出てきて、ストーリーの内容にぴったり合致していたんです。こんなにハマることがあるんだって。グループ展で展示するために描いたコミックだったので、キャプションにこの1節を引用しました。

──どの項目も風刺的なんですが、とても納得度が高いです。

オザキ:人生何周かしていますよね、この人。いくつ視点を持っているんだろうって。

1911年にこんな皮肉が効いたこと書いていて大丈夫なのかなって思いました。今よりも命がけで書いていたんだろうなって。

──作者のビアスはジャーナリストで、もともと反骨のひとなんでしょうね。

オザキ:そうなんでしょうね。私が個展をする時は、コンセプトを決めたり、ステートメントを書かなきゃいけなかったりするので、そういう時に引くと、刺激をくれたり、新しい視点に気付かせてくれたりするんです。

──今日お話を聞いて、オザキさんの独自なポップ感覚はさまざまな要素のぶつかり合いから生まれてきたものだということがわかりました。

オザキ:今回挙げた3冊も含めて、自分の中に好きなものや興味のあるものがどんどん蓄積されていって、ぐちゃぐちゃと混ざって、今の私が形作られているんだと思います。

Photography Kousuke Matsuki

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.9:詩人・菅原敏 https://tokion.jp/2023/04/22/monogatari-and-monodukuri-vol9/ Sat, 22 Apr 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=179820 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第9回のゲストは詩人・菅原敏。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第9回のゲストは詩人の菅原敏さんです。

菅原さんが挙げたのは次の3作品でした。

・リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』(白水社)
・イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』(河出書房新社)
・草野心平『口福無限』(講談社)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

広い余白から風景が広がる、リディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』

──『ほとんど記憶のない女』。こちらは短く、抽象的な内容のものもあって、とても詩的な作品に思えました。

菅原敏(以下、菅原):ジャンルとしては短編小説の部類に入ると思うんですが、自分の家の本棚では詩集のコーナーに収められています。

ページをめくるとわかるのですが、本当に2、3行で終わる超短編みたいなものから、寓話的なもの、日記のようなものなど不思議な読み味の短編集。どれもよけいな装飾が一切なく、最小限の言葉で果てしない世界を見せてくれます。

──短いにもかかわらず、受けとる印象はとても大きいように感じました。

菅原:とても行間が広く、余白のある1冊だと思うんです。そこが受けとる印象の大きさでもあり、詩の世界と重なると思っていて。

私も詩を書く時は、どちらかというと肉を削ぎ落としていくような書き方をしています。『ほとんど記憶のない女』とは、表現方法は違えど自分の詩作と通ずるものを感じました。

自分自身も最小限の無駄のない言葉で詩を書いていけたらと常々思っています。その余白に、読む人がそれぞれに自己を投影し、多くのものを重ねられるように。そんな部分でとても影響を受けた本です。

──行間から見える景色がすごく広いように思えます。

菅原:そうなんですよね。こんなにギュッと短いものなんですけど、途方もない場所に私達を不意に連れ出して、置き去りにしてしまう。見知らぬ場所に、知らぬ間に導かれてしまう。かくありたいなあと思います。

──こちらの本はいつ頃手に取ったんですか。

菅原:もう10年近く前だったと思います。リディア・デイヴィスは他の作品もありますが、一番初めに出会ったこの本の印象がとても強いですね。どこかブラックなところがあったり、すこしユーモラスな部分があったり、いろんな要素が散りばめられていますよね。

──言葉の使い方が独特です。それもこの作品の魅力になっているんでしょうね。

菅原:そう思います。どこかここではない世界の話のよう。固有名詞も、主人公の名前もほとんど描かれていなかったり。どの時代、どこの国、どこの街なのかもわからないけれど、どこにでもあり得そうな。

10年前に買った本ですが、読むたびに新しい出会いがあるのも、この本の魅力の1つ。先ほども行間や余白の話が出ましたが、かつて読んだ時とは違う読み方ができたりするんですよね。そのへんが自分の本棚の詩集コーナーに差し込まれている理由の1つかと。

──しばらくたって読み返すと、また違う読み方もできそうです。

菅原:ですね。どこから読んでも良いという意味でも詩集に近しい部分がありそうです。旅に持って行くこともありますし、ふと読み返したくなる不思議な魅力を持った一冊だなと思います。

幻想の都市へと連れ出してくれる、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』

──こちらはイタロ・カルヴィーノの『見えない都市』。

菅原:マルコ・ポーロがモンゴルの皇帝フビライに見聞きした街のありようを伝えていく、ざっくりですがそんな内容です。

テキストによる建築、都市設計とも言えるような。言葉の可能性、言葉と空間の関係性に惹かれて、何度もページをめくった一冊です。

──言葉によって、都市を描写する作品ですね。

菅原:自分も建築家の中山英之さんとご一緒に「声で建てる家」という公演をしたことがありました。中山さんのドローイングとともに、屋根、窓、ドア、浴室といった家を構成するパーツの詩を1編ずつ読んでいく。

最終的には聞く人の頭の中に1軒の家を建てて、どんな家が建ったかをヒアリングするというもの。そのイベントなども、この1冊から大きいヒントをもらっているなと思います。

──詩と建築、一見離れているように思えますが、おもしろい相乗効果がありそうですね。

菅原:そうなんです。少し前ですが、毎晩「街に詩を注ぐ」ことをテーマにしたラジオ番組をJ-WAVEでやっていました。月曜日から木曜日まで毎夜違う街を選び、今日は六本木、明日は西荻、明後日は根津といった感じで。それらの街に詩を注ぐことによって、リスナーさんの頭の中に、街の姿がそれぞれに浮かびがってくるものになったらと。

当時はコロナ禍の真っ只中で、なかなか外出が難しい状況。そのため毎夜眠る前に、新たな街との出会いを叶えたり、夜の小さな散歩に連れ出せるような番組にしたいと思ったことが企画の始まりでした。

そういった言葉と街、詩と空間の関わりみたいなことを考えるきっかけになったのがこの『見えない都市』です。

──幻想的な都市の情景が描写されて、非常に引き込まれます。

菅原:きっと読む人それぞれに都市の情景が浮かびますよね。どこかにこんな街があったらいいなと理想の都市像を描いたり、かつてはこんな都市があったのでは思いを巡らせたり。

これも不意に読み返したくなる1冊で、始まりや終わりがあるものじゃないですし、小さな1つの旅に連れ出してくれるような本ですね。ある種の旅行記でもありますし。見知らぬ土地へ旅したい、そんな気持ちにも寄り添ってくれるはず。

──『見えない都市』っていうタイトルが、示唆に富んでいますね。「存在しない都市」ではないわけですよね。

菅原:そうなんです。それぞれがおぼろに描きだす都市の姿。陽炎のように一瞬その姿は揺らめいて浮かび上がるけれど、全体像を掴むことはできない、決してたどり着くことはできない。だからこそ強く求めてしまうのかもしれません。

──マルコ・ポーロといえば、『東方見聞録』。「黄金の国ジパング」も「見えない都市」として存在するのかもしれません。

「輪郭を捉えたい」という詩人の欲求が感じられる、草野心平『口福無限』

──草野心平さんの『口福無限』。こちらはエッセイですね。

菅原:くくりとしては食のエッセイになると思うんですが、この中に収められている花のサンドイッチについてのくだりがとても好きで。

彼が蓼科の山荘に住んでいた時に、ラッパ付きの蓄音機でバルトークを聴きながら、バゲットを薄く切り、トラピストバターやマーマレードを塗ったパンに、庭先で摘んできた色とりどりの花びらを乗せて食べるという1節があるんです。その情景がとても鮮やかに浮かんでくる。

読む前は無頼な印象が強かった詩人ですが、ここでは日々の暮らしを彼なりに丁寧に楽しんでいる。とても好きな1冊ですね。

──こちらはエッセイですが、草野心平さんは詩人として有名です。

菅原:もともとは草野心平の詩人としての作品に興味がありました。いわゆる蛙の詩人として教科書にも載っているので、牧歌的なイメージで見ている人も多いかと思うんですが、実際はかなり前衛的な試みをしていた詩人です。

彼は世界で一番短い詩というのを残していて。原稿用紙に黒い丸(⚫︎)だけを書いて、「冬眠」というタイトルを付けました。それは蛙が冬眠している姿を描いた詩なんです。

それ以外にもアルファベットの「Q」という字を紙の上にバラッと散らして、それをおたまじゃくしに見立てた詩だったり、ひらがなの「る」の字をずらっと並べて蛙の卵に見立てた詩を書いたりしています。

──とても視覚的な詩を書いていたんですね。

菅原:はい。彼の場合はいわゆる詩の運動として存在したヴィジュアル・ポエトリー(視覚詩)などの文脈からは離れたところで、独自の道のりから生まれてきたんだと思います。

幼い頃から豊かな自然の中で育ち、山のかたちや石のかたち、植物や生き物達の輪郭をつぶさに観察していた彼だからこそ、文字の造形を自分なりに捉えていた。

そこにすごくおもしろさを感じて。物ごとの輪郭を捉えたいという強い欲求があった人なんだろうなと勝手に感じています。

きっと食に関しても、そういった輪郭を捉えたかったんだと思います。

──食の輪郭を捉える?

菅原:草野心平は「酒場学校」というバーや「火の車」という居酒屋をやったり、自分で屋台を引いたり。詩人として机に向かうのと同じように、調理場やカウンターに立っていました。メニュー名の考案でも、ひとひねりあるような名前を付けていて。

食への探究心が並はずれていて、この本にも書かれていますが、サンショウウオの子どもを沢で見つけると、ひょいっと口に入れて食べちゃったりするんです。サワガニを見つけてすぐ、つまみ上げてバリバリ食べてしまったり。

おそらく口に入れることで、輪郭を噛みしめるというか、自分なりの方法でその生き物の肌理や骨格、香りや味を確認したかったのではと。

勝手な臆測ですが、そう感じています。

──自分で触る、それも口に入れる、というのは究極の捉え方かもしれません。

菅原:ですよね。まるで赤子のような純粋さも感じつつ。

福島県いわき市の山の中に、とても立派な記念文学館があるんです。そこへ行くと彼の肉声を色々と聞けるんです。ボタンを押すと、天井から詩の朗読が降ってくるような感覚。

深みのある渋い声で朗読しているんですけど、以前親戚の方にお話を聞いたら、どう聴かれるのかをかなり意識して朗読していた、みたいなことを仰っていて。

そんなエピソードも含めて、自分なりのアプローチでひたむきに詩の言葉に向き合ってきた人なんでしょうね。彼の詩人としての在り方、表現方法から多くのことを学んだ気がします。

──挙げていただいた3冊の共通点として、旅や体験といったものがありそうですね。

菅原:はい。これまでの創作活動の中で、まだ見ぬ場所へと導いてくれた本達。何かしらの体験へと拡張してくれた3冊だなと思います。

──菅原さんの「もしも詩が水だったなら」という活動コンセプトにも、「体験の拡張」がありそうです。

Photograpy Kouske Matsuki

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.8:「ピリングス(pillings)」デザイナー・村上亮太 https://tokion.jp/2023/03/08/monogatari-and-monodukuri-vol8/ Wed, 08 Mar 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=172798 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第8回のゲストは「ピリングス(pillings)」デザイナー・村上亮太。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『タイム・スリップ芥川賞』(ダイヤモンド社)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第8回のゲストは「ピリングス(pillings)」を手掛けるファッションデザイナーの村上亮太さんです。

村上さんが挙げたのは次の3作品でした。

・松本人志『遺書』(朝日新聞出版)
・太宰治『お伽草子』(新潮社)
・町田康『きれぎれ』(文藝春秋)

さて、この3作品にはどんな”ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

中学生の頃のーパーヒーロー、松本人志によるエッセイ『遺書』

──『遺書』は現在も活動するお笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志によるエッセイ集です。1994年に出版されてベストセラーになりました。

村上亮太(以下、村上):『遺書』は中1ぐらいの時に読んで。もともと関西の出身っていうのもあって、お笑いはすごく好きで。「かっこいい」=「おもしろい」だったんですよね。おもしろい人が一番かっこいいっていうふうに思っていて。その中でダウンタウンってめちゃくちゃ憧れる存在で、松本人志さんは自分の中でスーパーヒーローみたいに思っていましたね。

──年齢的には直撃世代ではないですよね?

村上:世代的にはちょっとズレているんですけど。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(※)とかをレンタルビデオで借りて見ていましたね。

その時やっていた「放送室」っていうラジオ番組も聴いていました。当時いろいろダウンタウンのものに触れている中で『遺書』があったって感じですね。

※ダウンタウンのごっつええ感じ……1991年~1997年にフジテレビで放送されていたコント番組。ダウンタウン、今田耕司、東野幸治などが出演していた。

──ダウンタウンが出ているものに、いろいろ触れられていたんですね。

村上:ダウンタウンだけじゃなくてお笑い全体が好きで。深夜ラジオとかもすごく好きだったんですよね。自分ではがきを出したりして、たまに読まれて嬉しかったですね。その時、将来的にはお笑いの仕事がしたかったんですよね。

ネガティブなことを笑いに変えることによって、すごくポジティブなものに変わったりとか、社会の見え方が変わったりすることを感じて、こういう仕事をしたいなって思うようになって。

放送作家になりたかったんですよ。自分は表に出て何か披露するとかはできないなって思っていたんで、裏方でお笑いに携わる仕事がしたいなって。

──しかし、現在はファッションデザイナーです。どこかで変わったんですね。

村上:松本人志さんがラジオか何かで、自分がお笑いをやっているのは100%お笑いが好きだからじゃないって言っていて。お笑い自体に不満があったから、それを仕事にしたみたいなことを言っていたんですよね。

それを聞いた時、自分はお笑いが100%好きなものだったんで、それを仕事にするのは違うのかなって思うようになったんです。

──そこからファッションに行った?

村上:ファッションも好きなものだったんです。

ただ、小学生の時に母親が作った服を着ていて、それを学校でバカにされた経験があったんですね。そこからみんなと同じ服を着たいと思って服を勉強したっていうきっかけがあるんですけど、でも小学生の時に着ていた服はファッションじゃなかったのかなっていう疑問もあって。

さっきの不満の話を聞いて、瞬時にそう思ったわけじゃないですけど、長い年月をかけて、自分がファッション業界に行った理由はそこなのかなって思います。

──ダウンタウンからファッションへ、というのは一見離れているように見えます。

村上:「ごっつええ感じ」のコントに「ゴレンジャイ」(※)ってありますよね。あれでアカレンジャーが5人連続で出てくるとか、あれって今見るとめちゃくちゃファッションを笑いでやっているなって思うんです。

※ゴレンジャイ……「ダウンタウンのごっつええ感じ」内のコントシリーズ。戦隊モノのヒーローに扮した人物が5人登場し、名乗りを上げるが、毎回扮装が違うというもの。

あれってファッションショーのシステムと同じなんです。1ルック目が出てきて、2ルック目に何が出てくるのか、っていう連続で、ファッションショーは心地よさや意外性を作っていくものなんで。

ゴレンジャイってまさにファッションショーそのものっていうか。

ものの見方を変えるおもしろさに気付かせてくれた、太宰治『お伽草子』

──2冊目は太宰治の『お伽草子』。太宰を読んだのはいつ頃ですか。

村上:太宰を読み出したのは、たぶん中学生ぐらいで。でも、僕ってめちゃくちゃ読書が好きで読み出したタイプじゃなくて。

友達がいなかったので、教室でやることがなかったんですよ。それでマンガだとすぐ読み終わっちゃうじゃないですか。だから、時間をつぶすために本を読み出したってところがありますね。あと小説を読んでいたらそれっぽく見えるかなっていう。

──最初は時間つぶしになるから小説を読み始めたと。

村上:それで、読んでいくうちに結構おもしろいなって思ってハマってきたって感じですね。『人間失格』や『斜陽』とか、有名な作品を読んでいたんですけど。ああ、太宰ってこういう感じなのかって思って。

でも、『お伽草子』を読んだ時に、太宰自体の見え方が変わって。めちゃくちゃおもしろい人なんだなって思ったんですよね。ものの見方を変えるとこんなおもしろくなるんだって。あと全部弱者目線だと思うんですよね。弱い人の目線でこの人は物語を書いているんだなって感じて、そこから他の作品の読み方が変わりましたね。

『人間失格』もある意味笑えるというか、笑いの構造みたいなのがあるなって思って。

──太宰の作品の中に笑いがあると。

村上:太宰って、僕は世間で言われているような印象はあまり持っていなくて。どちらかというと、笑えるというか、人のおかしみのあるところを突いてくるなって。そこくるかみたいな。

──有名なシーンですが、主人公がクラスメイトに「ワザ、ワザ」と言われる場面とかはそうですよね。

村上:いいですよね。鉄棒で、尻もちついて。あと僕が好きなのはすし屋のくだりで、本筋と関係なくすし職人の手の動きが気になって見ちゃうとか。あ、なんかこういうことあるよなって。よくこんなところ書けるなって。でも、人って結構そうやって生きているよなって思ったりして。

──『お伽草子』は語り聞かせの作品ですよね。それも語り手が独自の解釈を入れたり、自分の意見を言ったりするという。

村上:ちょうど12月に青森の斜陽館(※)に行ったんです。前から行きたかったんですけど、その時に時間ができて。そこの職員の人が言っていたんですけど、この前太宰の弟子にあたる人が訪ねてきたって。90歳ぐらいのお爺さんで。その人によると、太宰は人を楽しませる天才だったって。めちゃくちゃしゃべる人だったって。

『お伽草子』って落語っぽいなって思うんです。防空壕の中で親が子どもに話を聞かせるっていう始まりですし。

※斜陽館……青森県にある太宰治の生家。「斜陽館」という名前で記念館として公開されている。重要文化財に指定されている。

独自の文体に魅せられ今でも読み返す、町田康『きれぎれ』

──3冊目は町田康の『きれぎれ』ですね。

村上:たぶん雑誌か何かで「現代の太宰治」って言われているのを見たんですよね。それで『くっすん大黒』(文藝春秋)を最初に読んだんです。おもしろかったですね。ほんとに電車で読めないぐらいでした。しかも「何読まされているんだ、これ」って。

一番ぜいたくな時間の無駄って感じがしましたね。読んでも何も得るものはないけど、めちゃくちゃいい時間だったなって。初めての経験でしたね。

──「ぜいたくな時間」、わかります。密度の濃い時間というか。

村上:その次に『きれぎれ』を読んで。めちゃくちゃ衝撃を受けてファンになっちゃいました。

なんて言ったらいいんですかね、脳みそちぎって見せられたみたいな。ストーリーもあってもないような……なくてもいいし、みたいな。夢的な感覚にも近くて。影響を受けたいけど、何を影響受けたらいいかわからないみたいな気持ちにさせられるというか。

──町田さんは文体が特徴的ですよね。独特の語彙と、勢いのある文体です。

村上:書きながら考えているんじゃないかっていうか。どんどん脱線していって「何に付き合わされているんだ」って気持ちになるみたいな。

落語っぽく書いていると思うんですよね。冒頭のデパートの上から飛び降りて……ってところは落語の枕っぽいし、リズムもすごくいいですし。ラップを聴いているような感じもしますし。

未だに読み返しますね。当時買ったものをずっと持っていて、ボロボロすぎて、外で読むのは恥ずかしいんですけど。

──ところどころ近代文学への言及がありますね。『きれぎれ』でも夏目漱石とアルベール・カミュが出てきます。

村上:すごくしょうもないようなことを書いているようでいて、土台はすごくインテリジェンスというか。

ファッションも文脈を踏んで、変なことやっているようで、抑えるところは抑えているっていうのが大事なんです。

たぶんそこがズレてくると、ただ好きなことをやっているだけって感じになると思うんですよね。

僕は文学については詳しくないですけど、町田康さんの小説を読んでいると、ベースのすごさというのを感じますね。

──最近の作品も読みましたか。

村上:最近はそんなに読めてないんですけど、『ギケイキ』(※)は読みましたね。古典の翻案なのに、言葉づかいがおもしろいですよね。「マジで」とか使ったりして。

そういう意味では、『お伽草子』に近いのかなって思いますね。

※『ギケイキ』……2016年に出版された町田康の小説。古典『義経記』の翻案。

──太宰治も町田康も、語りのおもしろさという共通点がありますね。

村上:太宰も、町田康さんも、おもしろいものを書くテクニックっていうのもすごいんですけど、それを超えた本音が漏れた時が一番おもしろいと思うんです。

最後の最後に出てきた一言みたいなものが、すごく力があるし、おもしろいってことなのかなって思うんです。

だから、下手に狙ったことはしちゃダメなんだなって、今自分では思っています。こっちは本気で作っていて、みんなはおもしろいと思っている関係性が一番いいのかなって。

──村上さんの作風の秘密が少しわかった気がします。

Phototgraphy Tasuku Amada

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.7:コピーライター/「よくわからない店」店主・101 https://tokion.jp/2022/12/19/monogatari-and-monodukuri-vol7/ Mon, 19 Dec 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=160931 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第7回のゲストはコピーライター/「よくわからない店」店主・101。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『タイム・スリップ芥川賞』(ダイヤモンド社)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第7回のゲストはコピーライターをやりながら「よくわからない店」でオリジナル商品づくりもしている101さんです。

『3歳語辞典』

『3歳語辞典』
101さんの初めての著作『3歳語辞典』。日常の中で3歳の息子が使っていたふしぎなことばたちを父として採録した新感覚エッセイ

101さんが挙げたのは次の3作品でした。

・村上春樹『風の歌を聴け』(講談社)

・太宰治「葉」(『晩年』所収、新潮社)

・リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』(河出書房新社)

さて、この3作品にはどんな”ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

純文学の世界へ誘ってくれた作家のデビュー作、村上春樹『風の歌を聴け』

──まず挙げていただいたのは村上春樹の『風の歌を聴け』。3冊の中で最初に読んだものがこちらなんですね。

101:18歳ぐらいの時までは、あまり本を読まなかったんですよ。18歳の時に、友達から『ねじまき鳥クロニクル』(※)を薦められたんです。読んだらぜんぜんわからなかったんですけど、なんかおもしろいなと思って。本を読むのも苦手だったんですけど、最後まで読めましたね。なんなのか全くわからなかったんですけど、読むのは苦痛じゃなくて。そういう本もあるんだなって。

※『ねじまき鳥クロニクル』……1994年に出版された村上春樹による長編小説。スパゲティーを茹でていた「僕」に女から電話がかかってくる。それは井戸の底まで続く長い探索のはじまりだった──。

──それ以前の小説へのイメージって、どんなものがありましたか。

101:本当に小さいころに読んだ小説っていうと、『十五少年漂流記』(※)ぐらいですね。ぜんぜん読んでいなくて。

高校の時は、ちゃんと学校に行ってなかったんですけど、クラスに居場所がないんで、何かを読んでなくちゃいけなかったんですよ。読んでいる間は話しかけられないっていうのがあったんで。だから、そういう時に赤川次郎のシリーズを読んでいましたね。読んだ小説は、そのぐらいですね。

※『十五少年漂流記』……ジュール・ヴェルヌが1888年に発表した冒険小説。無人島に漂着した少年たちがお互いに協力、時に対立しながらもたくましく生き残る。

──では、村上春樹がいわゆる初めての純文学だったんですね。

101:そうですね。本当に文章が読めなかった人間なので、断章形式っていうのが合っていたんでしょうね。ずっとつながっている物語だと読みづらくなっちゃうんですけど、この形式だと気楽に読めたんですね。

そこから村上春樹の主要作品はしばらく古い順に読んでいました。でも、ある瞬間に……『海辺のカフカ』ぐらいから全く読んでいないです。好きすぎて、読むと影響受けちゃうんですよ。なので、しばらく読むのをやめようと思って、読まなくなっちゃいました。

──それは影響を受けているなって気が付く何かがあったんですか。

101:大学に入学して、小説を書くゼミに入ったんですよ。小説を書きたいなって思って、文章を書くようになっていたんです。ゼミの講評で、村上春樹の影響を指摘されていたんです。

村上春樹を読んじゃうと、文章が村上春樹っぽくなっちゃうんですね。それが気持ち悪くなって、読まないぞって時期に入りました。

だから、それ以降の村上春樹の作品についてはわからないですね。

──18歳で初めて読んで、大学で読むのをやめたとなると、短期間にすごく読んでいたんですね。でも、その後は読んでいない。最新作も読んでいない?

101:読んでないですね。めちゃくちゃ読みたいんですけどね。でも、読んだらだめになっちゃう気がして。いつかのお楽しみにしたいと思います。

断片性に魅力を感じた、太宰治「葉」

──2冊目は太宰治の「葉」。太宰の作品は教科書に収録されていたりしますが、最初に太宰を読んだのは?

101:最初はたぶん『人間失格』ですね。18、19歳ぐらいの時でした。小学校の教科書なんかでは、『走れメロス』を読んだ気がしますけど、意識的に読んだのは『人間失格』です。

村上春樹がきっかけで本を読むようになって、「本って意外とおもしろいんだな」って思っていろいろ読むようになりました。

──それで「葉」も読んだ。どんな印象を受けましたか?

こんなに正直に書いていいんだなって思いましたね。作者が本当にさらけ出して書いている気がして、ここまで書いていいんだなって。

──村上春樹と太宰治は、作風が正反対な印象があります。

101:確かに。なんで読んだんでしょうね。ひょっとしたら、大学の授業でいろんな作品を知って、それがきっかけかもしれませんね。大学の授業では小説を読まされることも多かったですから。純文学を読む授業だったので。

──それで太宰の「葉」も読んだんですね。これは短編集の『晩年』の冒頭に収録されています。他にも作品はありますが、なぜ「葉」なのでしょうか。

101:昔から、小説のフォーマットにどうしても違和感を覚えてしまって。「葉」を最初に読んだ時に、「こんな書き方をしていいんだ」って斬新に思えたんです。

「葉」はいわゆる物語っぽい形式じゃないですよね。断片のきれぎれみたいな感じで。それがすごく気持ちよかったですね。

──村上春樹の『風の歌を聴け』も断章形式です。そういう意味では似ているのかもしれませんね。

101:断片的なものがすごく好きで、興味があるんです。断片的なもののほうがリアリティを感じるというか。人生も断片の寄せ集めみたいなものじゃないですか。断片の寄せ集めに、結果的に意味合いが生まれてくるというか。

物語性がないようでいて、断片の寄せ集めの中に物語が浮かび上がってくる感じが、自分にはすごく心地よいんですよね。

──確かに人生は断片的です。

101:自分の人生も、20代で10回ぐらい仕事を変えているんですけど、断片でぐっちゃぐちゃなんです。そういう自分の人生と、親和性があったのかもしれません。

人生って、全然つながっていないじゃないですか。でも、最終的にはなんだかつながっているような気もする。そういう断片的な書き方は好きですね。

──転職したり、会社をやめたりすると、チャプターが変わった感覚がするのは、すごくわかります。

ことばの自由さに気付かされる、リチャード・ブローティガン『西瓜糖の日々』

──3冊目はリチャード・ブローティガンの『西瓜糖の日々』。ブローティガンは60年代から70年代にかけて活躍したアメリカの作家で、日本でも人気があります。

101:ある時期に、読みたい本がなくなったことがあるんです。本屋に行っても、買いたい本がわからなくなっちゃって。そんな時期に出会った本ですね。

最初に読んだのは『東京日記』(※)ですね。すごく好きになって。そのあとに読んだのが『西瓜糖の日々』ですね。ブローティガンは手に入るものはできるだけ読みましたね。

※『東京日記』……ブローティガンによる詩集。1ヵ月半の東京滞在の間に、日記のように書かれた。

──なぜブローティガンに惹かれたのでしょうか。

101:コピーライティングの仕事をしていると、ことばをすごくロジカルに扱うんです。それによる疲労もあって。そういう時にブローティガンの文章を読むと、「こんなに自由にことばを扱えるんだよな」って思い出させてもらえるんです。

──『西瓜糖の日々』はストーリーの筋はありますが、1つひとつの章はとても短いです。

101:わからないですけど、イメージの連鎖で書いているような感じがするんですよね。ことばのリズムやことば自体で世界がつくられているような感じがすごく好きですね。読んだあとに思い出せないぐらいよくわからない話だったんで、それもすごく好きです。ひとことで言えないというか。

──とてもふしぎな世界観ですよね。主人公の名前がなかったり、喋るトラが出てきたり。幻想的で、死後の世界のようにも読める。

101:この感じがすごく好きですね。ことばの組み立てかたとかもすごいですし。「なんだったんだろう」ってわからないのに、すごく気持ちいいっていう。ロジックで作られていない感じがして、自由だなって思いますね。

──ロジックから離れたいっていう願望があるのかもしれませんね。

101:そうですね。ロジックがないほうが、自然ですから。

──こうやって挙げていただいた3冊を並べてみますと、どれも予定調和から外れた小説ですね。やはりそこに魅力を感じているのでしょうか。

101:そうですね。予定調和じゃないほうが、リアリティを感じます。自分が1年後、何しているのかわからないのが自然じゃないですか。

Photography Tasuku Amada

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.06:アートディレクター/グラフィックアーティスト・伊波英里 https://tokion.jp/2022/10/26/monogatari-and-monodukuri-vol6/ Wed, 26 Oct 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=151932 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第6回のゲストはアートディレクター/グラフィックアーティスト・伊波英里。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『タイム・スリップ芥川賞』(ダイヤモンド社)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第6回のゲストはアートディレクター/グラフィックアーティスト・伊波英里さんです。

伊波さんは東京を拠点とするアートディレクター/グラフィックアーティスト。グラフィックデザインに軸足を置きつつ、映像やプロダクト、空間演出など、様々なメディア・領域で多岐にわたりご活動されています。

伊波さんがデザイン、アートディレクションを担当した2020年「ふと、ギフト。パルコ」キャンペーン(クライアント:パルコ)

そんな伊波さんが挙げたのはつぎの3作品でした。

・ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』(岩波書店)

・楳図かずお『わたしは真悟』(小学館)

・ボブ・トマス『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯』(講談社)

さて、この3作品にはどんな”ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

デザインや言葉選び、哲学性に惹かれた、ミヒャエル・エンデ『はてしない物語』

──1冊めはミヒャエル・エンデの『はてしない物語』です。児童文学のなかでも特に評価が高い作品です。エンデの作品は、ほかに『モモ』も有名ですね。この本にはいつ出会われたのでしょうか?

伊波英里(以下、伊波):たぶん映画(1984年に『ネバーエンディング・ストーリー』のタイトルで公開)が先ですね。映画を見て、図書館で小学生のときに借りて。最初は挫折したんですよ。児童文学としてはわりと長編じゃないですか。

だけどやっぱり気になって、もう一回チャレンジして読んだ記憶がありますね。小学校3、4年生ぐらいだったと思います。

──さきに映画を見てから、原作を知ったんですね。

伊波:劇中で主人公のバスチアンが読む本の名前が「はてしない物語」。原作があるって知らなくて、図書館でたまたま見つけて、ほんとうに本が存在するんだって驚いて借りました。

──原作は二重構造になっていて、バスチアンが読む「はてしない物語」という本を、読者は本のなかでいっしょに読むという構成になっています。

伊波:面白いですよね。主人公に起きる出来事を追体験するような構造ですよね。

本を読むことでしか得られない感覚があることが、読んでみて初めてわかりました。

──バスチアンは学校の物置で「はてしない物語」を読むんですけど、どこで読んでいたかって覚えていたりしますか。

伊波:図書館で借りて、家で読んでいたと思いますね。ひとりで……。ちょうどバスチアンと同じぐらいの年齢で。

最初のページで文字が反転されていたり(冒頭、古本屋の名前が鏡文字になっている)、こどものときは謎解きをするような気持ちで読んでいました。

──こういう仕掛けって、うれしいですよね。

伊波:うれしいですよね。

ほかにも、文字は二色刷りにされていて、現実世界とファンタジーの世界が色で認識できたり、急にフォントが変わったりと想像力をかきたてられました。

──ページのデザインが凝っていて、急にフォントが変わったり、二色刷りになっていたり、縁取りがあったりと読者をわくわくさせる工夫が詰まっています。

伊波:あとこどもながらに、翻訳の面白さも印象に残っていますね。

『ネバーエンディング・ストーリー』だとすんなり頭に入ってくるんですけど、『はてしない物語』って言われると、趣があるというか。「終わらない」じゃなくて「はてしない」なのかって。

おとなになって改めて読むと、女王さまを「幼ごころの君」って翻訳するところがすごく秀逸だなぁって思って。

そういう言葉選びは今もぐっときます。

あと、「虚無」が襲ってくるっていう場面があるじゃないですか。それがすごく怖くて。自分に危害を与えるような分かりやすい悪役じゃなくて概念ってところが。

──ちょっと哲学的でもありますよね。

伊波:そうですよね。精神的な死を連想させて怖かったです。

ファンタジーのような「きれい」なものの中に混在している「闇や怖さ」に惹きつけられたのかもしれません。

──そう言われると、児童文学は「怖い」が重要な要素としてある気がします。

伊波:同じミヒャエル・エンデの『モモ』の「時間どろぼう」も怖かったですね。。

あとは江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」も読んでいましたね。表紙がホラー映画のポスターのようで怖いけど、装幀が魅力的で気になって読んでいました。

密度の高い絵と怖くも美しいストーリーが最高な、楳図かずお『わたしは真悟』

──楳図かずおさんの『わたしは真悟』。いま伊波さんが言った「怖くてきれい」は楳図さんの作品にも当てはまる気がします。こちらはいつごろ出会ったんでしょうか。

伊波:楳図さんの作品は、高校を卒業して美術学校に入ったぐらいのときに初めて読んだんです。『わたしは真悟』や『14歳』、『漂流教室』も。

『わたしは真悟』は私の中ではラブストーリーとして捉えていて、一番好きなラブストーリーなんです。描写やストーリーは怖いんですけど、悟と真鈴の考え方や行動が一点の曇りもなくてなんて美しいんだろうって思うんです。

──胸に突き刺さる表現がたくさん出てきますよね。

伊波:扉絵が特に素晴らしいです。ひとつの絵画として完成しているなって。

ストーリーと直接は関係ない絵なんですが、ページをめくっているとそういう扉絵がいきなり挟まれるのがすごく衝撃的で。

他にもドット絵のコマがページ全面で描かれていたり。『わたしは真悟』はビジュアルブックとしても捉えていて、何度読んでもしびれます。

(ふたりともしばらく『わたしは真悟』の絵を鑑賞する)

──絵も、せりふも、どれもかっこいいです。

楳図さんはたぶん子どもの時の気持ちをきれいに保ったままおとなになることができた稀有な方なんだろうなって思うんです。それゆえに描ける表現がたくさんあって。

例えば「あとにアイだけが残った」(作品の後編に出てくるせりふ)とかは心の純度が高くないと避けてしまうと思うんですよね。

──すごくピュアですよね。

伊波:そうですよね。嘘がないからまっすぐだけど直視できる。すごくドキドキします。

あと、機械が人格を持つってまるでAI(人工知能)じゃないですか。『her/世界でひとつの彼女』(2013年公開のSF映画。監督・脚本はスパイク・ジョーンズ)って映画も好きなんですが、AIを題材とした物語としてすごく早いなって。

──ネット社会を先取りしたような描写もあります。いま改めて読むと、とても示唆的な漫画ですね。

ものづくりへの真摯な姿勢に勇気づけられる、ボブ・トマス『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯』

──こちらの本はウォルト・ディズニーの評伝です。

伊波:この本はおとなになってから読みました。わたしのクリエイティブはディズニー作品やディズニーランドの影響がすごく大きくて、選んだ1冊です。

──この本はウォルト・ディズニーの生涯を書いたものです。

伊波:自分がクリエイティブの仕事をするようになってから特に勉強になるというか、勇気づけられた本ですね。

映画やディズニーランドを作り上げるまでに、けっこうなトライ・アンド・エラーをしていますよね。今では考えられないくらいこんなにお金で苦労していたんだとか。

本にロイ・ディズニー(ウォルトの兄。弟とともに会社を創業し、経営面から支えた)が出てきますけど、東京ディズニーランドにも銅像があるんですよ。それがけっこう控えめな場所にあって。

こどものころからウォルトと一緒に会社経営をしていたっていうのはなんとなく知っていたんですけど、この本を読んで初めてロイ・ディズニーの貢献度がすごくわかって。

ウォルトがイマジネーションを優先するあまり、周りを見ずに突っ走ってしまいそうになる時に、彼が軌道修正していたことを知って。彼がいなかったら今のように商業的に成功していなかっただろうと思います。

特にわたしが勇気づけられるのは、ウォルトはいいものを作りたいっていう欲求に対して迷いがなくて、時間もお金も惜しみなく投資するところや、常にアップデートし続けるところです。

──予算に対して倍以上の制作費をかけるなど、驚くところがたくさんあります。

伊波:大体の人が『白雪姫』のエンディングって、王子様が白雪姫にキスをして目覚めると認識していると思うんです。でも、原作のグリム童話では違う目覚め方なんですよね。

それぐらいディズニー作品が原作を超えて浸透している証拠だと思います。

言語も住んでいる国も違うのに、共通言語のように同じ作品を見ている。さらに歴史も積まれていて、おじいちゃん、おばあちゃんからこどもまで知っているエンターテインメントって他にないと思います。

──本を読んで、ひとりでも多くの人を楽しませたいっていう情熱を感じました。

伊波:そうですよね。ディズニーランドを建設する予算を作るために、いち早くテレビに参入していたり。当時はまだ映画とテレビが対立していて、映画会社はテレビに参入することを良しとしなかったのにもかかわらず、ディズニーはみんなに知ってもらうためにはテレビが一番効果的だと確信を持って進出していくという。メディアの使いかたも感度が高いですよね。

この本の中でウォルトは「僕自身はもうディズニーじゃない。昔はディズニーだったけど。いまは、ディズニーという名前は、長いあいだに僕らが大衆の心の中に育ててきたものを指しているんだ」と言っています。自身の仕事に対してアーティスト個人の範疇を超えた俯瞰した視点を持っていて驚かされました。

──ちなみにディズニーランドには行かれるんですか?

伊波:何度も行っています。むしろディズニーランドから好きになりました。

ディズニーランドはタイポグラフィや装飾、ショーウィンドウ、衣装や建築物など、普通なら気にも留めないような微細な箇所まで丁寧に作り込まれているのですが、こうしたディテールの積み重ねがあの空間の臨場感やリアリティを作り出しているんだと思います。

制作や仕事の場面で、観る側をあなどらないその姿勢を見習っています。

──本のなかにも、アニメーションっぽい雰囲気を残した建築をどうつくるか試行錯誤する場面があります。

伊波:ディズニーランドって「夢がかなう場所」というキャッチコピーがあるんですが、一見きれいすぎることばじゃないですか。きれいなことばだからこそ、言うのはなかなか勇気がいることだと思うんですけど、この本を読むと夢をかなえるための泥臭さがわかるというか、実際にウォルト自身ががむしゃらに行動して夢をかなえているから説得力があるんです。

この本を読んだうえでディズニーランドに行くと、より感慨深いものがありますね。

──伊波さんのクリエイティブに感じるファンタジーな部分が、なぜそうなっているのかわかった気がします。

伊波英里

伊波英里
創形美術学校卒業後、ニューヨーク滞在を経て、2010年よりアートディレクター/グラフィックアーティストとしての活動を開始。 グラフィックデザインに軸足を置きつつ、映像やプロダクト、空間演出など、表現媒体を問わず多岐に渡り活動している。
オフィシャルサイト:https://www.eriinami.com/
Twitter:@eriinami
Instagram:@eri_inami

Photography Kousuke Matsuki

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.05:イラストレーター/アーティスト・JUN OSON https://tokion.jp/2022/09/08/monogatari-and-monodukuri-vol5/ Thu, 08 Sep 2022 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=143261 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第5回のゲストはイラストレーター/アーティストのJUN OSON。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『タイム・スリップ芥川賞』(ダイヤモンド社)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第5回のゲストはイラストレーター、アーティストのJUN OSONさんです。

JUNさんは鎌倉在住のイラストレーター/アーティスト。さまざまなカルチャーへの愛や人・社会への鋭いまなざしが感じられる、ポップかつニヒル&シュールな作風を特徴としています。近年ではロンドンや香港での個展開催、ドバイやパリでのグループ展の参加など、国境を超えて活動の場を広げています。

そんなJUNさんが挙げたのは次の3作品でした。

・村上龍『限りなく透明に近いブルー』(講談社)
・横山裕一『ニュー土木』(イースト・プレス)
・三輪滋『たいようのきゅうでん』(復刊ドットコム)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

小説についての固定観念を破壊してくれた、村上龍『限りなく透明に近いブルー』

──村上龍さんのデビュー作である『限りなく透明に近いブルー』。こちら何歳の時に出会ったのでしょうか?

JUN OSON(以下、JUN):確か20歳ぐらいですね。小説の主人公のリュウもそれぐらいですよね。当時大学生だったんですが、同級生から「村上龍って知っている?」って言われて、「名前は聞いたことあるけど、読んだことはないなぁ」って。「『限りなく透明に近いブルー』ってすごいよ。ぶっ飛んでいるよ」って言われて、じゃあ読んでみようかと思って買いました。

──『限りなく透明に近いブルー』は芥川賞も受賞した純文学作品ですが、純文学はけっこう読まれていたんですか?

JUN:小学生の時に教科書で夏目漱石とかを読むじゃないですか。そういうのを読んで、きらいではなかったですね。

ただ、小学校、中学校とそんなに本を読む子どもではなくて。ほんと久しぶりに読んだ感じですね。ちゃんと自分から読んだ小説っていうのは。

──読んでみた第一印象は覚えていますか。

JUN:ぶっ飛んでいるなって。小説でセックス、ドラッグ、ロックンロールが描かれるなんて想像もしてなかったですよね。

小説のイメージって、崇高な美しい物語であるっていうか。その固定観念が壊されました。こんな自由なんだって。価値観が思いきり壊されたって意味ですごく衝撃的でしたね。

──登場人物達と年齢が近い時期に読んだってことで、共感は覚えましたか。

JUN:うーん、単純にかっこいいって思いましたね。作品のロックンロールな雰囲気や退廃的な感じが刺さったんですよね。

まぁ、でも若者ってそうじゃないですか。誰しも自分のやりたいことがわからず、ちゃんとした大人になれるかわからずにモヤモヤしている時に、それを発散させてくれるものがあると刺さりますよね。そういう意味では共感していたのかな。

──先ほど固定観念が壊されたって言いましたが、『限りなく透明に近いブルー』には破壊力がありますよね。

JUN:逆に言うと、破壊力のみといいますか。たぶん村上龍さんもとにかく破壊するってことで書いたんだと思うんですけど。それを感じたんですよね。

──村上龍さんがこの作品を発表したのは24歳ですね。武蔵野美術大学を中退しています。作品にも美術や音楽の影響があると論じられました。JUNさんは大学生の時は絵を描かれていたんですか?

JUN:いえ、僕はもともと絵は描いてなかったんです。デザイナーになりたかったんですよね。大学のデザイン科に通っていて、村上龍を勧めてくれたのもデザイン科の友達でしたね。

同じぐらいの年齢でも、僕はそういう学生じゃなかったですし、主人公は米軍基地の近くに住んでいるじゃないですか。だから、僕にとっては非現実的というか、アメリカの小説を読んでいるみたいな雰囲気を感じ【ナド?】ましたね。

──村上さんの他の作品はそこから読んだんですか。

JUN:小説を7、8冊、あとエッセイも読みましたね。

僕はその時個室ビデオで働いていたんですよ。友達から「めっちゃ楽だからやらない?」って紹介されて「行く行く」って。

で、たぶんそういう選択をすることにも影響を受けていたと思うんですよね。人と違う選択をするっていうか。

そこは本当に暇で、受け付けをする以外は何していてもよくて、本を持ち込んでかなり読んでいましたね。『愛と幻想のファシズム』や『69 sixty nine』、『昭和歌謡大全集』とか。

どれもぶっ飛んでいて、ただの物語じゃないですよね。ひと癖ある感じが読んでいておもしろいなって。

映画でいうと、クエンティン・タランティーノの作品みたいな。

──いろいろカルチャーの引用もあって。セリフもカッコよくて。

JUN:そうですよね。セリフの言い回しもかっこいいんですよね。

最近は映画とかを見ることのほうが多かったんですけど、さっき久しぶりに『限りなく透明に近いブルー』のあらすじを読んだら、また小説を読みたいなぁって思いましたね。

やっぱり言葉って、思考がばっと広がるじゃないですか。言葉で言われると、想像力が広がりますよね。

実は小説を読んでいた時期に、一度「小説家になろう」と思ったこともあります。一ヵ月ぐらいだけでしたが。

破綻せずにイカれている「ネオ漫画」、横山裕一『ニュー土木』

──横山裕一さんの『ニュー土木』。こちらの本は2004年2月に出ています。

JUN:僕は1979年生まれで25歳ぐらいの時に上京しているんですけど、ちょうどその時ぐらいに買いましたね。

横山さんのマンガは確か『Casa BRUTUS』に載っているのを見たことがあって。読んでみると、相当変だなって。これも今までのマンガの価値観をひっくり返されましたね。「マンガだよな?」みたいな。

──横山さんの作品は「ネオ漫画」とも呼ばれています。セリフが少なく、擬音を多用した作風が持ち味ですね。

JUN:僕はそんなに実はマンガは通ってなくて。一応小中学生の時は週刊少年ジャンプで『ドラゴンボール』とかそういうのは読んでいたんですけど。コミックスもあまり集めたことがなくて。

一般的なマンガの絵にそんなにハマらなくて。

ただ、『ガロ』系は好きだったんです。つげ義春さんとか。

──クセが強いといいますか。

JUN:そうですね。クセが強くて、でもおもしろいっていう。内容はあるようなないような感じなんですけど、一応話にはなっている。こんなこと考える人なんて他にはいないだろうなっていう。マンガならではの表現でありながら、普通のマンガではないみたいな。

横山さんのマンガもその延長で好きになった感じですね。

──横山さんの作品はキャラクター造形も独特ですよね。

JUN:それも影響を受けていますね。横山さんのマンガって変なキャラクターがいっぱい出てくるじゃないですか。しかも、そのキャラクターがドレスアップするだけで終わったりしますからね。度肝を抜かれました。

──それにどの作品もセリフがほとんどありません。

JUN:そうなんですよね。セリフがあっても、変なセリフなんですよね。「見ろ、山だ」って。どういう世界で誰が言っているのかもよくわからないですよね。「山だ」って、どの立場の人間が言っているのか。

その割には起こっていることは、この世界の中では秩序だっているんですよね。

──何かあるんだけど、その背景は全然わからない。

JUN:そうですよね。

横山さんのマンガも、『限りなく透明に近いブルー』もそうなんですけど、すでにあるものをぶっ壊しているところに衝撃がありますよね。なかなかそれってやろうと思ってもできないじゃないですか。

ただのデタラメじゃなくて、ぶっ飛んでいるけど本当にギリギリでマンガや小説として成立しているっていう。

やろうと思えばもっとめちゃくちゃにできるんでしょうけど、それってもう「おもしろい」とは別のものになってしまうので。

──確かに横山さんのマンガって一見めちゃくちゃですけど、破綻はしていないですよね。

JUN:そこですよね。破綻せずにイカれている、みたいな。

──村上さんも横山さんも、ある種別ジャンルから来たっていう共通点があるかもしれません。村上さんはもともと美大に通っていて、横山さんはファインアートの分野からマンガを描くようになりました。

JUN:確かに。外にいるほうが全体像を見やすいっていうのはあるのかもしれませんね。

子どもの頃に強烈な印象を残した、三輪滋『たいようのきゅうでん』

──こちらの『たいようのきゅうでん』。これは子どもの頃に読んだ?

JUN:そうですね。うちはたぶん絵本って豊富にあったほうじゃなかったような気はするんですけど。

それでも子どもの頃に読んでもらったり読んだりしている中で、なぜかめちゃくちゃ心に残りましたね。その理由はわからないんですけどね。

──他にあった絵本で覚えているものはありますか。

JUN:いや、全くと言っていいほど記憶にないんですよね。『ぐりとぐら』を読んだ記憶はあるんですけど、家にあったかどうかは定かじゃないですね。この『たいようのきゅうでん』は確実に家にあった記憶があるんですよね。

──この絵本は森の中で宮殿を見つけた旅人が、中に入ると天井が開いて太陽が帰ってくるという内容です。夜になると太陽は宮殿に帰ってきて、ごはんを食べたりお風呂に入ったりするというわけですね。 JUN:物語的には絵本の中では想定の範囲内だと思うんですけど。でも、子どもなりに太陽の家があるっていうのが衝撃的で。

──太陽が家に帰ってきてお風呂に入ったり、料理をしたりっていうのがシュールですよね。

子どもながらに太陽って家に入れるのかな~って。

それと太陽の顔が少しだけ怖いんですよね。子どもの頃に読んでいて、それも引っかかるポイントで。

──全体の色合いが太陽だからか、熱帯っぽい感じといいますか。

JUN:今小さい子どもがいるんで、絵本を読んだりするんですけど、物語的にはよほど変って感じではないんですけどね。

バランスですよね。話のおかしさと絵の色合いと、ほんのちょっとの怖さというか。

──ほんの少しずつ普通の絵本からズレている気がしますね。

JUN:昔こういう絵本を読んだっていうのをミクシィに書いたら、「私も読みました」っていう反応があって。

そしたら復刊ドットコムっていうサイトで復刊をリクエストできるって知って、それでリクエストを出してまた手に入れたっていう感じですね。

──三輪さんはデザイン制作会社に勤務したあと、小説で「文學界新人賞」を受賞しています。『たいようのきゅうでん』を描いたのはその後ですね。これもある意味で「ジャンルの越境」なのかもしれません。

JUN:そういう人の作品に引かれるのかもしれないですね。基本的に何かをぶっ壊して、変なものを見せられる人のほうが、僕は好きですね。

──今回挙げていただいた3作品とも、破壊しているんだけど、破綻はしていないところがポイントなのかもしれません。

JUN OSON(ジュン・オソン)

JUN OSON(ジュン・オソン)
鎌倉在住のイラストレーターでアーティスト。ニヒルでポップな作風が特徴。近年はイギリスやフランス、スペイン、ドバイ、香港、北京などでのショーやアートピースのリリースなど、世界で活動中。



オフィシャルサイト:https://junoson.com
Instagram:@junoson

Photography Kazuo Yoshida

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