連載「ものがたりとものづくり」 vol.10:イラストレーター&アーティスト・オザキエミ

「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第10回はイラストレーター&アーティストのオザキエミが登場。

オザキさんが挙げたのは次の3作品でした。

・村上龍『POST ポップアートのある部屋』(講談社)
・MAYA MAXX『ORPHAN』(小学館)
・アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』(岩波書店)

さて、この3作品にはどんな“ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

混沌とした内容を体現したデザインが魅力の、村上龍『POST ポップアートのある部屋』

──この本が出たのは1985年。村上龍さんがデビューしてちょうど10年目の時のものですね。デザインは奥村靫正さんで、ウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』の表紙もやったかたです。

オザキエミ(以下、オザキ):最初にこの本を手に取ったきっかけは、大学の課題だったんですよ。当時はアートディレクターになりたくて、広告業界やグラフィックデザインへのアプローチを主に勉強していました。レイアウトの授業で、文章やタイトルなどの文字だけを素材にしてデザインを組む、というような課題だったんですけど、その時の参考図書として読みました。もともとポップアートが好きだったというのもあって、目に入って。

読んでみると、ハードな言葉を使っているけど、めちゃくちゃ淡々としていて、あとに残るような残らないようなすごく混沌とした本だなって思いました。

──どれも渇いた筆致の短編集になっていますね。主人公は村上さんを思わせる作家ですが、舞台は海外です。文章とデザインが一体化してとてもカオスですね。

オザキ:ただ、その時はまだこの本にそこまで魅力を感じていたわけではなかったんですよ。授業の時に読んだのは文庫版だったんですけど、それから数年後に単行本版に出会って。そしたら、全然印象が変わりました。

──単行本版が1985年、文庫版が1989年に出ています。文庫版は図版などはいっしょですが、デザインは整理されています。

オザキ:そうなんです。単行本版のほうは、混沌とした内容をデザインで体現しているという感じで、「ああ、本当はそういう本だったのか」と何年か越しに気付いたんです。自分の部屋とかもそうなんですけど、いろんなカルチャーのものがごちゃごちゃ置いてあるような景観が私は好きで、単行本版はそういったごちゃごちゃ感があって、とても魅力を感じます。自分が制作に取り掛かっている時でも、いろいろなカルチャーの要素をいたずら的に入れ込んだりしますね。気付かない人がいてもいいし、勝手に解釈してくれてもいいし、みたいな感じで。

──ポップアートにはいつ頃から興味が?

オザキ:高校生ぐらいの時からですね。特にギルバート・アンド・ジョージ(※)という作家が好きでした。男性2人組のアーティストなんですけど、自分達の裸をモチーフにした作品を作ったりしていて、ぶっ飛んでるところに魅力を感じていました。

※ギルバート・アンド・ジョージ……プロッシュ・ギルバートとパサモア・ジョージからなる2人組の美術家。自身を彫刻とした「生きた彫刻」としてパフォーマンスを行う。

──村上龍さんの小説はそれ以前にも読まれていた?

オザキ:中学か高校の時に『69 sixty nine』を読んだ記憶はありますね。その時もわりとハードな表現なのに、淡々としていて、全然嫌らしくないなって思いました。『ポップアートのある部屋』はポップアートっていうところで手に取ったのですが、ハードボイルドな雰囲気もけっこう好きで、自分でそういう絵を描く時もありますね。

2020年に描いたコミック『GREENDAYS』も、それはクエンティン・タランティーノ監督の『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』に影響されて描いたんですが、キャラクターがタバコを吸っていたりアメ車に乗っていたり、少しハードな展開に巻き込まれたりといったシーンを描いています。強く意識しているわけではありませんが、何か気付いたらにじみ出ているって感じはあるかもしれません。

絵と文字の関係性にヒントをくれた絵本、MAYA MAXX『ORPHAN』

──MAYA MAXXさんの『ORPHAN』。こちらは絵本です。

オザキ:大学の卒業後はデザイン事務所に就職したんです。でも、自分はイラストのほうが仕事に向いているんじゃないかと思って、しばらくして辞めました。この本はちょうど会社を辞めた時期ぐらいに読みました。絵本なんですけど、内容はわりと大人へのメッセージだと思います。

この絵本ですごいなと思ったのが、文字の使い方で。絵のほうに手書きの文字が入っているじゃないですか?

──見開きで、左ページに文章があって、右ページに絵がある構成です。左ページは日本語の文章が活字で入っていて、右ページは英語の文章が手書きで描いてあります。

オザキ:これを見て、「文字がアートとして入っているな」と思ったんです。こういうふうに絵の中に文字を入れてもいいんだって、衝撃を受けて。

少ない言葉でシンプルではあるんですけど、ページをめくるごとにどんどん文字が大きくなっていったり、絵と文字が相まって伝わってくるパワーを感じます。私は作字をするのも好きで、イラストの中で文字をデザインしたりしているんですけど、この絵本を読んだ時、自分の仕事と文字って切り離せないなって、改めて感じたというか。

──先ほど仰っていたオザキさんが描いたコミック『GREENDAYS』でも、文字を手書きされていますね。

オザキ:そうですね。このコミックはセリフも全編英語で、イラストの中で英語のオノマトペとかを描くのが楽しかったです。これは英語ですけど、日本語の文字をデザインするのも、いろいろと工夫しがいがあってとても楽しいですね。

MAYA MAXXさんはアーティストで、ポンキッキーズに出演したりもしていたかたです。高校生の時に作品集も買ったことがあって、キャラクターが持つパワーが好きだったんですよね。

ただ、絵本を描いているとは知らなくて、大人になってから「Orphan」(孤児)って言葉の意味も気になったので見てみたら、要素は少ないのにすごくパワーを感じました。絵本ってこういう伝え方もできるんだなって。

この絵本を読んだのが、ちょうど仕事を辞めた時期だったので、「自分はこれからどうなるんだろう」って思いながら……。

──その時の気分と共鳴するものがあったんでしょうか。

オザキ:そうかもしれません。「私、1人ぼっちだな、これからどんどんやっていかなくちゃな」って気分の時期でしたね。

ところで、1つ気が付いたことがあって。なんの因果か、さっき『ポップアートのある部屋』で奥村靫正さんがデザインしたという話がありましたが、この絵本のアートディレクションも奥村さんなんです。

──(奥付を見る)本当だ、アートディレクション・奥村靫正と書かれていますね。それは把握していたんですか。

オザキ:いえ、本をセレクトする時に読み直して気付きました。奥村さんのデザインが魂レベルで好きなんだなってちょっとビックリしましたね(笑)。

物事を見る新たな視点を与えてくれる箴言集、アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』

──小説、絵本ときましたが、最後はビアスの『悪魔の辞典』。

オザキ:これはほんとに最近ですね。中目黒にある「COWBOOKS」さんっていう古書店でたまたま買いました。『悪魔の辞典』ってタイトルが気になったんですよ。悪魔目線の辞典ってことなのかな?って。1911年に発表された本なので、時代背景とか想像しながら読まないとついていけないところもあるんですけど、とてもおもしろかったですね。

──全体が辞書のパロディになっていて、それぞれの項目の説明がとても皮肉の効いたものになっています。

オザキ:こういう視点を持っていたほうが、絵を描く時もおもしろく描けそうだなって思いましたね。

読んだタイミングが、ちょうどさっきのコミック『GREENDAYS』を描いていた時で。その主人公がもう1人のキャラクターに勝手に自分の願いを込めて「HOPE」っていう名前を付けちゃうんですけど、試しに「希望」の項目のところを見てみたんですよ。そしたら、「欲望と期待とを丸めて一つにしたもの」って出てきて、ストーリーの内容にぴったり合致していたんです。こんなにハマることがあるんだって。グループ展で展示するために描いたコミックだったので、キャプションにこの1節を引用しました。

──どの項目も風刺的なんですが、とても納得度が高いです。

オザキ:人生何周かしていますよね、この人。いくつ視点を持っているんだろうって。

1911年にこんな皮肉が効いたこと書いていて大丈夫なのかなって思いました。今よりも命がけで書いていたんだろうなって。

──作者のビアスはジャーナリストで、もともと反骨のひとなんでしょうね。

オザキ:そうなんでしょうね。私が個展をする時は、コンセプトを決めたり、ステートメントを書かなきゃいけなかったりするので、そういう時に引くと、刺激をくれたり、新しい視点に気付かせてくれたりするんです。

──今日お話を聞いて、オザキさんの独自なポップ感覚はさまざまな要素のぶつかり合いから生まれてきたものだということがわかりました。

オザキ:今回挙げた3冊も含めて、自分の中に好きなものや興味のあるものがどんどん蓄積されていって、ぐちゃぐちゃと混ざって、今の私が形作られているんだと思います。

Photography Kousuke Matsuki

author:

菊池良

1987年生まれ。作家。著書に『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社・神田桂一と共著)、『世界一即戦力な男』(‎フォレスト出版)、『芥川賞ぜんぶ読む』(‎宝島社)など。2022年1月に『タイム・スリップ芥川賞: 「文学って、なんのため?」と思う人のための日本文学入門』を刊行予定。https://kikuchiryo.me/ Twitter:@kossetsu

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