対談・鼎談 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/対談・鼎談/ Wed, 28 Feb 2024 05:17:43 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 対談・鼎談 Archives - TOKION https://tokion.jp/tag/対談・鼎談/ 32 32 抑圧から自由になるために:Kassa OverallとTomoki Sandersが語る『ANIMALS』、アフリカン・ディアスポラ・ミュージック、日本文化 https://tokion.jp/2024/02/28/kassa-overall-x-tomoki-sanders/ Wed, 28 Feb 2024 05:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=225786 ドラマー/プロデューサー/ビートメイカー/MCとして先鋭的な作品作りを続けるKassa Overallとマルチ・インストゥルメンタリストのTomoki Sandersが、新アルバムやアフリカン・ディアスポラ・ミュージック、日本文化、そしてPharaoh Sandersについて語る。

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左:Kassa Overall (カッサ・オーバーオール)、右:Tomoki Sanders(トモキ・サンダース)

左:Kassa Overall (カッサ・オーバーオール)
1982年10月9日生まれ、米・ワシントン州シアトル出身のミュージシャン、MC、シンガー、プロデューサー、ドラマー。前衛的な実験とヒップホップ・プロダクションのテクニックを融合させ、ジャズとラップの結びつきを想像だにしない方向へと進化させた楽曲で評価を高める。前作の『 I THINK I’M GOOD』から3年を経て、名門Warpから自身3作目となるスタジオアルバム『ANIMALS』をリリースした。
https://www.kassaoverall.com

右:Tomoki Sanders(トモキ・サンダース)
1994年ニューヨーク州マンハッタン出身。4歳でピアノとドラム、6歳でクラリネット、10歳で父 Pharaoh Sandersから譲り受けたアルトサックス、14歳からテナーサックスを手にとり演奏を始める。バークリー音楽大学で演奏、現代作曲技術、音楽制作などを学び、2018年に卒業。現在までに、Pharoah Sanders、 Kassa Overall、Ravi Coltrane、OMSB、石若駿をはじめ、日本と米国で様々なミュージシャンとの共演を果たしてきた。現在は主にニューヨークを拠点に活動中。

ジャズ・ドラマーとして活躍する一方、プロデューサー/ビートメイカー/MCとして先鋭的な作品作りを続けるKassa Overall(カッサ・オーバーオール)。前作『I Think I’m Good』(2020年)から3年を経て名門Warpから2023年の5月に発表した最新アルバム『ANIMALS』は、ジャズやヒップホップ、エレクトロの要素を絶妙に融合させた実験的な音楽性と思索的なリリック、そしてDanny Brown(ダニー・ブラウン)やNick Hakim(ニック・ハキーム)をはじめとする豪華なゲスト陣も相まって、大きな話題を集めた。

そんな彼が、サックスやパーカッションをはじめ、様々な楽器を弾きこなすマルチ・インストルメンタリストのTomoki Sanders(トモキ・サンダース)やピアニストのIan Fink(イアン・フィンク)、ドラマー/パーカッショニストのBendji Allonce(ベンジー・アロンス)らを引き連れ、昨年10月に自身2度目となる来日公演を行った。東京と大阪、そして朝霧JAMで圧巻のパフォーマンスを披露した彼らは、各会場で老若男女、そしてジャズファンとヒップホップファンの入りまじるオーディエンスを熱狂の渦に巻き込み、その唯一無二の音楽的価値と実力を改めて示してみせた。

TOKIONでは、彼らの来日公演の折に、Kassa OverallとTomoki Sandersにインタビューを敢行。お互いの音楽的素養やキャリアを尊重しつつ、兄弟や師弟にも似た関係を取り結ぶ2人に、アルバムタイトル『ANIMALS』の背景にある思想や、アフリカン・ディアスポラ・ミュージックを分つ「ジャンルに」対する考え方、「家(home)」への思い、Tomokiの実の父、Pharaoh Sandersとのエピソード、日本文化への興味、そして「バックパッキング・プロデューサー」としての心得など、あらゆることを語ってもらった。

『ANIMALS』と抑圧への抵抗

–3年ぶり2度目の来日公演ですね。どんな気分ですか?

Kassa Overall(Kassa):とても興奮しているよ。前回のツアーの後、ヨーロッパのツアーには8回くらい行ったかな。でも日本に来るのはいつも大きなイベントのように感じる。フライトは長いし、ビザを取るために何度も領事館に行かなければならない。とにかく大変なんだ。時差ボケもひどいし。でもそういうものを経て日本に来れたら、この国の独特のライフスタイルに触れることができる。とてもエキサイティングだよ。

–Tomokiさんは、Kassa Overallのバンドの一員として日本に戻って来たことについて、どう感じましたか?

Tomoki Sanders(Tomoki):とても感謝しているし、素晴らしいバンドの一員になれて光栄に感じています。それに、海外のバンドに参加して日本で演奏するのは初めてなんです。日本の音楽シーンで10年近く演奏してきた僕にとって、これは全く新しい経験で、日本ツアーでの3日間が本当に楽しみです。

Kassa: 帰ってきたぜ、マザーファッカー!みたいな気分なんじゃないの?

Tomoki: まあ確かに(笑)「いつか海外のバンドと日本に凱旋して演奏したい」って、周りの人たちにはずっと言ってきましたからね。今回それが叶って嬉しいです。

–まず『ANIMALS』というアルバムのタイトルについてお聞きしたいと思います。このタイトルには複数の意味が込められていると語っていましたよね。まず、観客の前で演奏をする自分を、ときにサーカスの動物のように感じることがあると。もうひとつは、人はときに他者を「動物だ」と形容して、その他者に対する自分の残忍な行為を正当化させると。これは、一義的にはアフリカ系アメリカ人としての視点からの言葉だと思いますが、ガザの問題のように、いま私たちが目の当たりにする世界の様々な問題にもリンクするように感じます。タイトルに込めたメッセージが、自分の想像していなかった、より広い意味で理解されることについて思うことはありますか?

Kassa: まず自分が音楽に取り組む時、そこには何かしらのインスピレーションがある。それはごく個人的なものかもしれないけれど、そこから生まれる作品は、普遍的で時代を超越するようなものにしたいと思って制作しているよ。作品を発表して数年後に何かが起きたとき、聴き返す価値があるようなものをね。つまり、過去に起こったこと、現在起こっていること、そして未来に起こることを物語りたいと思っているんだ。

先日、家族と話している時に、ヨーロッパ中心主義的な文化や、階級、人種、その他いろいろなことについて激しい議論になった。そして結局、僕は「抑圧」に抵抗しようとしている、という結論に行き着いたんだ。抑圧はさまざまなレベルで存在する。国家同士のようにすごく巨大な力が関わるものから、より小さなレベル、例えば家族の中や、マクドナルドでの店長と従業員の関係性に至るまで。どこにだって独裁者のように振る舞う人はいるからね。

だからこそ、人生に対する別の見方を提示するような作品を作ろうと思っている。それと同時に、聴く人がどんな状況にも当てはめることができるよう、透明性やわかりやすさも大切にしているよ。僕の音楽が、なんであれ大変なことを経験している人に、立ち上がるための力を与えられたらいいなと願いながらね。それから、自分自身が抑圧的に振る舞っていないかを考えることも大切だと思っている。自分から離れた物事に対してあれこれ言うだけじゃなくて、自分のことも省みないとね。誰が誰を抑圧しているのか、見分けるのが難しいケースも多い。まあ、善悪をジャッジするのは僕の仕事ではないから、ただ自分が正しいと思うことをするだけだよ。

–それに関して、Tomokiさんは何か思うところありますか?

Tomoki: 確かに、「動物」という言葉は、誰かが他の人の人間性を奪うような場面で使われていると思いますし、それはパレスチナの問題や、数年前のジョージ・フロイド事件やブリオナ・テイラーへの銃撃事件など見ても明らかだと思います。出来事としては、軍隊や警察官が市民を殺害していることだと言えるけれど、その内実を見てみれば、要は人間が、別の人間の命を奪っているということ。本当は命を奪っている側こそ「野獣」を抱えていると僕は思います。とは言え、人間というものの内側にはそれぞれ「内なる野獣」がいて、それを顕在化させるのか、制御するのかの違いなのかなとも思いますね。

音楽を文脈から解き放つこと

–「抑圧」への抵抗という点で言うと、Tomokiさんは別のインタビューで、アフリカ系アメリカ人にとって、フリージャズやヒップホップは、自分たちを抑圧するものや白人中心の社会が作り上げたものから解放されるための手段だったし、今もそうあり続けていると言っていましたよね。

Tomoki:あくまで個人的な解釈ですけど、僕にとってフリー・ジャズは、ジャズという言葉そのものを解放することでもあります。ジャズという言葉が嫌いだと言う人もいるかもしれないし、良いイメージを持っていない人も多いかもしれない。フリー・ジャズは、でたらめな音、でたらめなタイミング、もしくは思いつきのメロディーを演奏するものだと思っている人もいると思う。でもそれは、フリー・ジャズという言葉を説明する上では全く本質的な部分ではなくて。ぼくにとってのフリー・ジャズは、いろんな意味で自分自身を解放することであり、自分らしさや、アーティストとしての楽観的価値観を受け入れる自由さを身につけることなんです。

–なるほど。Kassaさんはそのようなフリー・ジャズ的なマインドセットを体現していると思いますか?

Tomoki:それは間違いないです。彼はブラック・ミュージックそのものを体現していると思います。ツアー中、彼はアンダーグラウンドヒップホップから、僕が聴いてこなかったジャズの名盤まで、音楽をたくさん教えてくれて、僕の音楽の関心の幅も広がったので感謝しています。

–Kassaさんはそれを聞いてどうですか?

Kassa: そうだね。自由(free)っていうのは、社会を成り立たせている文脈から自分を解き放つことじゃないかなと思う。あくまでこれは僕の個人的な意見だけど、音楽ジャンルっていうのは、アメリカの白人文化や、ヨーロッパの白人文化の文脈の中で作られてきたものだと思う。その文化の中で、「この黒人たちが作った音楽を何と呼ぶか?」っていう思案のもと、ある音楽は「ジャズ」と名付けられ、また別の音楽は「ヒップホップ」と名付けられた。でもそれって、文化に枷(かせ)をつけているようなものじゃないかと思う。つまり文化を時代や、特定のスタイルで縛り付けているだけなんじゃないかって。

–おっしゃる通りだと思います。

Kassa: それに対して、ディアスポラ的な性質を軸にして、これらの異なるジャンルをブラック・ミュージック、あるいはアフリカン・ディアスポラ・ミュージックとして、互いに結びつけることができたら、「Aというジャンルは絶対にAで、他のものにはなりえない」というジャンルの束縛から音楽を解き放つことができるんじゃないかな。これは世代間の断絶にも似ていると思う。つまり、孫、母親、祖父、叔父、叔母、いとこ、これらすべての人々が同じ空間に一緒にいれば、個々のパワーは統合されて、倍増する。でも、もしその人たちが1人ずつ100個の小さな空間に分断されていたとしたら、各々がただの単一な存在に過ぎないということになるよね。

そんなふうに分断された考え方で僕の音楽を聞くと、僕はただのラッパーで、何千と存在する他の要素とのつながりなんて意識せずに、ただドラムを叩いている奴ってことになってしまう。だからこそ、「僕にとっては明白だけど、他の人たちにとってはそうじゃないような音楽的なつながりを、作品を通していかに見せられるか」という問いは、自分が音楽を作る上でのモチベーションの1つでもある。それで最初の話に戻って、「どうすれば文脈から抜け出せるのか?」と考える。「僕は、既存の文脈の中で、自分以外の存在として定義されることなく、ただそれ自体として存在することはできないのか?」と。でも、こうやって話し始めると堂々巡りになってしまうし、話している僕自身も混乱してしまうから、結局は黙々と作品を作って、その作品自体に語らせる、っていうやり方のほうが好きかもしれないね。

–なるほど。ちなみに先ほどツアー中にTomokiさんはKassaさんからアンダーグラウンド・ヒップホップを色々と教えてもらっていたと言っていましたが、どんなアーティストを教えてもらったんでしょうか?

Kassa: さあTomoki、勉強の成果を披露する時だね。アンダーグラウンド・ヒップホップの名盤20選を挙げなさい(笑)

Tomoki: (ビートボックスをしながら)Kassaに教えてもらった曲のこのビートがずっと頭から離れないんですよね。

Kassa: それはSchoolly Dだね!フィラデルフィア出身の元祖ギャングスタ・ラッパーだよ。NWAやIce-Tにも影響を与えた人物。

Tomoki:そうそう。Schoolly DはKassaから教えてもらったラッパーの中でも印象に残っているアーティストです。他にも、主に90年代初期から90年代中期のヒップホップを色々と教えてもらいました。そのあたりを知ることで、改めてヒップホップ文化とは何たるかを深く知ることができた気がします。僕にとってのヒップホップのスタート地点は、Biggieや2Pacで、そこからA Tribe Called QuestやJay-Z、あとはKanye WestやThe NeptunesやTimbalandを聴いていました。僕は、それらの音楽のルーツはどこなのか、源流のようなものを知るのが好きなオタクなんですよね。Kassaは僕とは世代が違うし、子供の頃からヒップホップをたくさん聴いて育ってきた人。彼が聴いてきた音楽は、僕に取っては知識として欠けていた部分だったので、完全に勉強モードで、ヒップホップの源流に近い音楽をたくさん吸収させてもらいました。

Make My Way Back Homeの問い

Kassa Overall – Make My Way Back Home (feat. Nick Hakim & Theo Croker) [Official Video]

–『ANIMALS』に収録されている『Make My Way Back Home』についてお聞きします。最近個人的に、Eric B. & Rakimの『In The Ghetto』という曲を聴き返していて、この中で「It ain’t where you’re from, it’s where ya at(どこから来たかじゃねえ。どこにいるかなんだ)」というパンチラインがあるんです。それと対照的に、Kassaさんの『Make My Way Back Home』は、「別に家に帰ったっていいんだよ」というタイトルにも現れているように、人の弱さや繊細さを受け入れていて、まさに今の時代のヒップホップという感じがしました。それも、先ほどおっしゃっていた「抑圧」に抗うことにつながるのかなと思ったんですが、どうですか?

Kassa:なるほど。考え方がより現代的に進化したんじゃないかってことだよね?確かに、より繊細な物言いにはなっているね。でも、この曲のリリックをよく聞くと、「You could cry to your mama, but she don’t want no drama (母親に泣きついたっていい。でも、母親はドラマを望んではいない)」と言っているよね。確かに繊細な物言いにはなっているんだけど、結局のところErik B.とRakimの曲と同じメッセージを歌っているんだよ。つまり、「自分の世話は自分でするんだ」ってこと。その後の「I’ve been washin’ on my karma, got me working like a farmer(自分のカルマに向き合い、そのために農民のように働いた)」っていうリリックも同じだよ。わかるだろ?家が恋しくなったり、親のいる家に帰りたいと思ったりすることもあるだろうけど、実際のところ、世界は僕のことなんて大して気にもしていない。自分でレベルアップしなければならないってこと。

Erik B.とRakimの「どこから来たかじゃねえ。どこにいるかなんだ」っていうリリックには二重の意味があって、実際の場所というよりは精神性の話をしているよね。つまり、精神的な面において、どこからスタートしたかは重要ではなく、どこまで自分を高められたかが重要だってこと。だからどちらの曲にしても、自分を向上させないと始まらないよね、っていう話をしているんだよ。

–なるほど。ありがとうございます。ちなみにTomokiさんは文字通り日本の家に帰ってきたわけですけど、この曲に特に感じ入る部分はありますか?

Tomoki: 実は家にいる間、この曲をずっと聴いていました。今回のツアーで実家に帰って、1年ぶりに母に会ったんです。僕がKassaのツアーにも参加していることを、母はとても喜んでくれました。今回の来日を通して、母には僕の新しい一面を見せられると思いますし、自立した大人の姿を見せたいとも思っています。そういう意味で、この曲が自分の今のライフステージに共鳴する感覚はあります。日本にいられる期間は短いから「もう少しここにいたいよ」と母に泣き言を言うこともできるけれど、そこから成長する必要があるとも思っています。繰り返される物事や、懐かしく心地よいと感じるようなものを断ち切らないといけないなと。ある程度の年齢になって自立心が芽生えたら、誰かの子供であることに甘んじるのではなくて、自分の世話は自分で見られるようにならなきゃいけないんだと思います。

Kassa: そうそう、この曲にこめたメッセージはまさにそういうことだよ。

Pharaoh Sandersへの思い

–ご家族の話が出たので、もう少しだけTomokiさんにうかがいます。父親であるPharaoh Sanders氏が2022年に亡くなったことは、音楽ファンにとっても悲しい出来事でしたが、Tomokiさんが息子として経験した悲しみは想像を絶するものだと思います。話せる範囲で、お父様との時間について話してもらえますか?

Tomoki:父は、2022年のWe Out Here Festivalで一緒に演奏した数週間に亡くなりました。僕は最期の日まで、父のそばで身の回りの世話をしてきたので、彼を目の前で看取ることができたんです。もちろん亡くなってすぐは現実を受け入れるのがとても辛かった。2022年の後半から2023年の初めにかけて、まるでひどい悪夢を見ているかのようでした。でも時間が経つにつれて、痛みを経て少し強くなった実感もあるし、学びもありました。彼が亡くなったことで、僕の楽観的な考えを失ったり、自分という人間がわからなくなったり、あるいはこの世界で自分がやるべきことを見失ってはいけないし、そうならないための方法を見つけなきゃいけない。僕にとって父の音楽を聴いたり、演奏したりすることは、彼をただ懐かしんで思い出に浸ることではなく、彼がどんな人物であったかを改めて噛みしめる、ある種の癒しのようなものなんです。

–ありがとうございます。Pharaoh氏とのつながりで言うと、Lil BやShabazz Palaces、Francis and the Lightsをフィーチャリングに迎えた『Going Up』は、その楽曲の複雑さや完成度もさることながら、Pharaoh氏がトンネルの中で『Kazuko』を演奏している映像へのオマージュが含まれている感動的なMVも印象的でした。映像を制作したNoah Porter(ノア・ポーター)長年のコラボレーターですが、それぞれの曲のビデオはどのように作っているんですか?

Kassa:一緒に何かを作る上では、信頼関係が重要だと思っている。僕が作品を制作しているとき、一緒に仕事をしている人たちは僕が具体的に何をしているのかわかっていないことが多いんだ。まあ、単に作品作りの進め方が違うだけかもしれないね。だから、コラボレーターから「君がやりたいことってこういうこと?」みたいな感じで確認されることが多いんだ。僕は大抵「そうそう、そんな感じ。」と答えるんだけど。

つまりここで言いたいのは、僕も他の人たちと一緒に仕事をする方法をちゃんと学ばなければならないということ。僕は、Noahのようなコラボレーターと一緒に仕事をしているとき、彼らの持っているビジョンをちゃんと把握していないことが多い。彼らが僕のやっていることを理解していないようにね。とは言え、彼の仕事ぶりは理解しているし、彼が何を見て、どういう能力があるかはわかっている。要は信頼関係の問題なんだ。彼と一緒に仕事をするのはとても勉強になるし、毎回、最終的に出来上がる作品は、自分ひとりでは思いつかないようなものばかりだよ。だから、彼との仕事は大好きなんだ。

Kassa Overall – Going Up (ft. Lil B, Shabazz Palaces, Francis and the Lights)

–ではトンネルでの撮影も彼の提案なんですね?

Kassa:そうだね。曲に参加してるLil BもMVに出てもらいたくて結構長いこと調整したんだけど、結果的に参加できなかったのはちょっと残念だったけどね。

日本文化のレイヤー

–ちなみにPharaoh氏は、初めて触れた日本文化から受けた感銘を表現した美しい楽曲『Japan』を発表していますね。

Tomoki:確か、父はJohn Coltrane(ジョン・コルトレーン)との日本でのギグの後にあの曲を書いたはずです。父にとって最初の海外公演が、Johnが亡くなる1年前に行った彼の最後の日本ツアーで、父はその時26歳でした。父は、初めて乗った0系新幹線の中で、あの曲を書いたと言っていましたね。戦後の高度経済成長で盛り上がる日本で、ニューヨークや彼の故郷であるアーカンソー州リトルロックでは見ることのできない、まったく新しい世界を目の当たりにして、未知のことをたくさん経験したんだと思います。だからこの曲自体が、彼の日本での経験を、写真を撮るような感覚で記憶したものなんだと思います。僕も日本は好きだから、この曲を書いた父の思いは理解できますね。

–Kassaさんは、日本にたくさんのファンを抱えていますよね。

Kassa:そうだね。ファンの数で言ったら、アメリカより日本の方が多いかもしれないね。

–それは日本文化とKassaさんの音楽の相性が良いということなんでしょうか?Kassaさん自身は、日本文化にはどんな印象を持っていますか?

Kassa:実はさっき朝食をとったレストランが、現金払いのみだったんだ。そしたらバンドメンバーの1人が、「日本は未来のテクノロジーの国じゃないのか!なんで現金だけなんだよ!」って嘆いていたよ(笑)。

それで僕が思ったのは、どんな文化だって一枚岩じゃないってこと。そうだろ?東京はまるでスター・ウォーズの世界のように近未来的だけど、日本には、そういったテクノロジーと同じくらい、伝統的で有機的なエネルギーがある気がする。それは、僕の音楽のあり方にも似ている気がしていて、その部分が日本でたくさんの人が僕の音楽を聞いてくれている理由なのかなと思うことがある。僕の音楽はエレクトロニックでグリッチ的で奇妙だけど、すごく有機的でもあって、その両方が一緒になっている。うーん、言いたいことをいちから説明すると、とんでもなく長くなっちゃうな(笑)。今話したのは、ほんの前置きなんだ。

–全部話してくれて大丈夫ですよ(笑)

Kassa:まあ要約して言うと、あらゆる文化は何層にも折り重なった層になっているということ。そして日本文化に関して、僕はまだ、その層の表面に触れただけだと感じている。日本に滞在していて良いなと思うのは、公園の中でも、街中でも、朝食の時でも、とても静かなところだね。それは、僕の好きなレコードの音にも似ていて。僕は、繊細で、収録された時の「空気」が聴こえるようなレコードが好きなんだ。だから、そういう要素を持ち合わせたレコードをディグっているんだよね。

それから、日本で生まれたスピリチュアルな要素にも若い頃からずっと惹かれていた。瞑想とかね。でも、これらはすべて表面的なものに過ぎないということも理解している。だから、日本でこういった事象が起きている理由や、この両極的な要素がどこから生まれてくるのかをもっと深く知りたい。でもTomokiは、この日本の「静けさ」を、僕ほどは好きじゃないんじゃないかもしれないね。Tomokiはいつもアゲアゲだから、「こんな静かな場所は我慢できない」ってなるんじゃないかな(笑)僕はどんな文化も好きだけど、独特な特徴がある日本の文化にはとても興味があるし、もっと深く知りたいと思っているよ。

–なるほど。Kassaさんの音楽の多面的な部分が、日本で多くのファンを惹きつけている理由という分析は面白いですね。

Kassa: 何年か前、まだ今のように多くのファンがいなかった時、「僕は日本では有名なんだぜ!」ってよく冗談で言っていたんだ。SoundCloudとかに曲をアップして、「知らないのか?この曲は日本で売れてるんだぜ?」っていう感じでね(笑)まあ、正確にはわからないけど、僕の音楽は日本と相性のいい多面性を体現しているのかな。それでこうしてツアーに来られているんだから、日本のファンには感謝しているよ。

場所を言い訳にしない方法

–Kassaさんに日本の「静けさ」があんまり好きじゃないんじゃないかと言われていましたが、Tomokiさんは日本とアメリカ、どちらが自分らしくいられると思いますか?

Tomoki:比べるのは難しいけれど、状況によりますね。僕が拠点を置いているニューヨークは、夜中にジャムセッションに出かけたりできるし、そういう自由なライフスタイルを楽しめる場所です。一方で日本にはニューヨークにはない良さがありますね。安全だし、平和で穏やかな環境があるし、人もみんな礼儀正しいし。今回は、1ヶ月日本にいるけれど、母に会ったり、温泉に行ったりして、とても癒されました。そして、僕の地元である水戸市のスタジオにも行って、毎晩レコーディングをしたり、オーナーに70年代のラテン音楽や、アフリカ音楽のコンピレーションCDを聴かせてもらったり。でも同時に、僕は忙しく動き回っていたい人間なので、そういう部分は日本よりもニューヨークが合っているなと感じます。

–それに関連して、Kassaさんは、シアトルやニューヨークを行き来する生活をしていると思いますが、移動が多い生活の中で心地よい時間を過ごすために心がけていることはありますか?

Kassa:2013年から2016年くらいにかけて、Dee Dee Bridgewater(ディー・ディー・ブリッジウォーター)やTheo Croker(セオ・クロッカー)と一緒に、常にツアーをしているような生活を送っていた。その時は、日課や朝のルーティンを持つことに夢中で、どこにいたとしても、場所を言い訳にしない方法を模索していたんだ。だからまずはバッグいっぱいの本を持ち歩く代わりに、小さな電子書籍リーダーを買った。その中には、スピリチュアルな本から、瞑想的な自己啓発本、そしてどこでもできる運動法の解説本など、たくさんの本が入っていた。そんなふうに「何も必要としない」生活パターンを作り始めたんだ。次第に、居心地良く過ごすために必要なことは全てできるようになった。それからは自分がどこにいるかは問題ではなくなり、どのくらい時間があるか、という問題にフォーカスするようになった。それは音楽制作に関しても同じで、自分自身が音楽スタジオを「携帯」できるような方法を模索してきたんだよ。

–以前、自分自身を「バックパック・プロデューサー」と呼んでいましたもんね。

Kassa:そうだね。実は今朝も、ホテルでビートボックスをしていたんだ。そしたらガールフレンドがそのビートを気に入ってくれたから録音した。そのあと、一緒にジョギングに行くことになっていたんだけど、彼女は身支度に時間がかかっていた。だから彼女を急かす代わりに、録音したビートボックスを基にしてビートを作っていたんだ。

ビートボックスをやっていた時に、彼女がHerbie Hancockの『Watermelon Man』の冒頭のフレーズを歌っていたんだ。それが良い感じだったからサンプリングをして、ビートに合うようにスピードを上げ、少し音数を減らした。(録音したビートを流しながら)こんな感じにね。概して言えるのは、アイデアを得るためには様々なテクノロジーが必要で、スタジオに入ってあれこれ作業をしなきゃいけないと思うこともあるけれど、「速さ」が最良のテクノロジーってこと。より良いクオリティを追求するのは重要だけど、すぐに動き出せるってことが何より大切なんだ。おっと、どんどん話が逸れてきちゃったね(笑)

–いえいえ。面白いお話をありがとうございました。最後に日本のファンに何か伝えたいことがあればどうぞ。

Kassa: 僕の音楽を聴いてくれてありがとう。もし僕が作った作品を気に入らなかったとしても、僕は1人の人間で、常に成長し、変化し続ける人間であることを忘れないで。そして、やりたいことがある人は、それがたとえ他の人に認められなかったとしても、自分がいいと思うのならそれを追求してほしい。

Tomoki:じゃあ最後は日本語で話しますね!カッサ兄さんの素晴らしい音楽を聴いてくれているみなさんに感謝しています。これからもカッサ兄さんの音楽を楽しんでください!今後ともよろぴくー!

Kassa: ん?Tomokiはなんて言ったんだ(笑)?

Photography Mayumi Hosokura
Special thanks Miho Harada

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マヒトゥ・ザ・ピーポー × 富田健太郎 映画『i ai』が記録する「生きた時間の痕跡」 「自分が死んだらお墓ではなく、作ってきたものに祈ってほしい」 https://tokion.jp/2024/02/27/mahito-the-people-x-kentaro-tomita/ Tue, 27 Feb 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=225316 マヒトゥ・ザ・ピーポーの初監督作『i ai』を通してマヒトと主演の富田健太郎が何を感じたのか。

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『i ai』の主演の富田健太郎(左)と監督のマヒトゥ・ザ・ピーポー(右)

マヒトゥ・ザ・ピーポー
2009年 バンドGEZANを大阪にて結成。作詞作曲を行いボーカルとして音楽活動開始。うたを軸にしたソロでの活動の他に、青葉市子とのNUUAMMとして複数のアルバムを制作。映画の劇伴やCM音楽も手がけ、また音楽以外の分野では国内外のアーティストを自身のレーベル十三月でリリースや、フリーフェスである全感覚祭を主催。2019年には初小説『銀河で一番静かな革命』(幻冬舎)を出版。GEZANのドキュメンタリー映画『Tribe Called Discord』が全国上映開始。2020年1月5th アルバム『 狂KLUE』をリリース、豊田利晃監督の劇映画「破壊の日」に出演。初のエッセイ『ひかりぼっち』(イーストプレス)が発売。2023年2月にはGEZAN With Million WishCollective名義でアルバム『あのち」』をリリース。今作では初監督、脚本、音楽を担当。
X:@1__gezan__3
Instagram:@mahitothepeople_gezan

富田健太郎
1995年8月2日生まれ。東京都出身。主な出演作に、『サバイバルファミリー』(2017年/矢口史靖監督)、『モダンかアナーキー』(2023年/杉本大地監督)、ドラマ『来世ではちゃんとします』(2020年/テレビ東京)、ドラマ『前科者 -新米保護司・阿川佳代-』(2021年/WOWOW)、ドラマ『初恋、ざらり』(2023年/テレビ東京)、舞台『ボーイズ・イン・ザ・バンド ~真夜中のパー ティー~』(2020年)、舞台『雷に7回撃たれても』(2023年) などがある。本作オーディションで応募総数3,500人の中から主演に抜擢され、話題を集める。
X:@tomitatomita82
Instagram:@kentaro_tomita_

バンドGEZAN のフロントマンで、執筆や全感覚祭の主催など、独自の活動を続けるマヒトゥ・ザ・ピーポーが初監督を務めた映画『i ai(アイアイ)』が3月8日から公開される。

本作はマヒト監督の実体験をもとに、主人公のバンドマン・コウと、コウが憧れるヒー兄、そして仲間達が音楽と共に過ごした日々、出会いと別れなど、彼らの切実な時間が綴られていく。主人公コウ役には、“全感覚オーディション”と 銘打たれたオーディションで約 3,500 人の中から選ばれた富田健太郎を抜擢した。そして主人公の人生に影響を与え、カリスマ的な存在感を放つヒー兄役には森山未來を起用。そのほか、さとうほなみ、永山瑛太、小泉今日子、吹越満らが出演する。

マヒトと富田、2人は『i ai』を通して、何を感じ、何を伝えようとしているのか。公開を前に今の想いを語ってもらった。

※本作にはストーリーに関する記述が含まれます。

初の映画監督について

——『i ai』はファンタジー要素も交えた独創的な青春映画でとても初監督作品と思えない作品でしたが、どのような経緯でプロデューサーの平体さんと出会い、本作を制作するに至ったんでしょうか?

マヒトゥ・ザ・ピーポー(以下、マヒト):パンデミックで、いろんなやりとりがリモートでしかできない期間が結構あったじゃないですか。もちろん情報交換はできるんだけど、自分が音楽やライブで大事にしていた「体温のやりとり」の感覚がどんどんわからなくなっていて。かつその頃ってライブハウスやクラブが槍玉に挙げられたりして、自分が大切にしていた景色が歴史になっていく瞬間をリアルタイムで眺めているような気持ちがあったんですよね。

そんなことが重なって「記録すること」について自覚的になっていって脚本を書いたんです。この本が映画になる価値があるのかどうかを公平に試したかったので、知人のプロデューサーとかではなく偶然行きつけのカレー屋の常連だった面識のない平体さんに渡してみたってのが監督をするに至った流れですね。映画にする価値がないのに参加してもらっても意味がないので、瑛太君も未來さんも面識のない状態で純粋に脚本を読んでもらった上で出演の判断をしてもらいました。

 ——映画を撮ることと音楽を作ることは同じ創造といえど、使う筋肉が大きく違ったかと思いますが、初の映画監督の仕事はいかがでしたか?

マヒト:感覚としては自分が主催している「全感覚祭」っていう祭りと似ていましたね。いろんな関係性や委ねたものが立体的になっていく構造といいますか。監督は関わってくれる大勢の才能や輝く瞬間を引き出して、それを記録していくわけじゃないですか。自分の作品ではあるんだけど、自分だけの作品ではない立体感を待つ表現媒体で。

最近ラッパーのCampanellaと喋ってて、映画のことを訊かれた時に「良い映画だよ」って答えたら「自分の作品を褒めるの珍しいね」って言われたんです。確かにこれまでアルバムだったら「頑張って作ったよ」って答えてたんですけど、今回は素直に褒めることができたんですよね。それは内容の良し悪しの問題ではなく、半分は自分だけのものじゃない現象の記録だからだと思っています。それって「全感覚祭」もそうなんですけど、だって自分のパフォーマンスはどうあれ「全感覚祭」は素直に褒められるので。そこは性質が似てるんだろうなって、Campanellaに気付かされました。

——今回は森山さんや瑛太さんをはじめとする素晴らしいキャストを揃えつつ、主演の富田さんはオーディションで抜擢されましたよね。

マヒト:俺は勝負所の一番大事なものは結構外に委ねるようにしています。だからGEZANのメンバーが抜けた時とかも全部オーディションでやっているのもあって、この映画の主演もオーディションで決めようと。オーディションでは映画の最後の台詞を読んでもらったんです。この映画は詩を獲得していくグラデーションの話だと思っていたから、主演もまだ羽の生えてない役者が羽を手にしていくって過程を大事にしたくて。得た知識とか経験はもう消せないし、未來さんも瑛太君も、俺だって余白しかなかった最初の頃には戻れない。そんな中オーディションで富田を見た時に、上手い下手を超えて、羽を手にして外に飛び出していくヤツだと直感したのでコウを託すことにしたんです。

 ——富田さんは何がきっかけでオーディションに応募したんですか?

 富田健太郎(以下、富田):マヒトさんのインスタをフォローしていて、オーディション情報を知ったんです。その時の俺は金もないし、未来も見えないし、俳優としてすごく迷ってたんですよね。そんな時にマヒトさんが書いた映画のステートメントを読んで、その優しさとか切実さにすごく胸を打たれて「俺この人と出会いたい」って思ったのがきっかけですね。

——主演以外はどのように選んだんでしょうか?

マヒト:他のキャスティングは自分が求めてオファーしたんです。ヒー兄に関しては未來さんしか想像できなかったんですよね。未來さんと瑛太君が共演するのはドラマの『WATER BOYS』(2003)以来なんですけど「俺はもっと映画の中で未來と殴り合いたいんだ」って脚本を読んだ瑛太君に言われて。この映画は現実とファンタジーの境界が曖昧な作りになっているから、できるだけ制作の上でもそれが溶け出すような環境を作りたいと思っていたんですよね。だから瑛太君のその提案はすごく面白くて、久我って役がさらに膨らんでいきました。

ただ自分のイメージしてることを再現してもらうより、その人自身が自発的に選んだ行動や言葉の方が絶対に強いので。すべて自分のイメージ通りに撮る監督もいると思うんだけど、俺は自分の投げた詩がどういう風にその人の体を通って発せられるかを撮りたかったんです。意識したわけではないけど、後々考えるとそれがテーマだったんだなと思いますね。

主人公・コウを演じて

——久我のキャラクターはユニークですよね。マヒトさんと富田さんは演技の面でどのような話をされたんでしょうか?

マヒト:そもそも映画経験のない俺が演技のメソッドに基づいた指導ができるはずもないことは撮る前から意識してました。ただどう読めば上手く見えるかは捨て、 どうすれば台詞ではない真の言葉として向き合えるのか、富田自身の生き様とリンクしていく話だと思うから、その辺りの精神面の話は結構したよね。

富田:シーンごとにマヒトさんはその時々の心情や精神について教えてくれて、感覚的には理解できるんだけど、その場ですぐ咀嚼できない自分にいつも悔しさを覚えていました。ホテルに戻っても頭の中でずっとそのことについて考える日々で。それでもなかなかわからないけど、マヒトさんの言葉は1つ1つ魂に訴えかけてきましたね。楽しいシーンで僕自身も楽しんじゃってたんですけど、その夜マヒトさんは「心で泣いてくれ」って言葉を掛けてくれたりとか。

マヒト:そんなことを言った記憶はないから、多分酔っ払ってたよね(笑)。

富田:カメラマンの佐内(正史)さんにもいろいろと言われて、どうしたらいいんだろうって。きっと台詞を覚えて演じるってことだけではなく、生き様を映してもらうという自分の意識が浅かったんでしょうね。それでも周りが助けてくれるって甘い考えが佐内さんに見破られたんじゃないかな……。

マヒト:「一番具体性のある言葉が詩なんだ」って最近知った言語学者の言葉があるんですよ。詩って抽象的なものとして皆認識してるじゃないですか。でも例えば「これとあれは赤色です」って限定的に断定することは、異なるものをひとまとめにする暴力性を持つわけですよね。本当は微妙に違っていても、断定して呼ぶとそれでしかなくなっちゃって、それ以外の余白がなくなる。詩はそんな余白も含むから、俺も何かを伝えたい時は一番詩が具体性を帯びると思ってて。だから俺や佐内さんは、伝える時は細かくどうこうじゃなく、詩としか言いようのない言い方を選ぶんです。その余白部分は、その人自身が解釈するしかない。だから詩が読めない人は大変だったと思います。

富田:人生で一番自分と対話した期間でしたね。撮影が終わったら区切りがついて自分の生活に戻ると思ってたんですけど、あまりにもらったものが大きすぎて終わってからのほうがいろんな気持ちが膨らんでいきましたね。

マヒト:クランクアップした時の佐内さんはすごかったね。 全部撮影が終了して「お疲れ!」って喜んでたら、「どうせお前らはこれで忘れるだろうけど、ここで忘れるやつはダメだ !」って皆を刺して(笑)。1つの愛の手渡し方でその通りなんだけど。

富田:撮影の日々にはすごく感謝してるし、今でも宝物だし、 青春だなって本当に思えるような時間でしたけど、終わっても迂闊に喜べなかったです。

マヒト:喜んでいいんだけどね。俺は喜んでたし。この映画は最終的に現実に溶け出してきますけど、今生きてるのだってほとんどファンタジーみたいな変な世界じゃないですか。各地で戦争や災害が起きて、政治も滅茶苦茶で。もしかしたら映画の中で生きてた時間のほうが健全な時間かもしれない。 映画って2時間の逃避とも言える場所なんだけど、それが終わったらまた現実の中で暮らしが始まる。そんな映画と現実の曖昧なグラデーションを俺も感じてたので、佐内さんが撮影終了して終わりじゃないって皆を刺してたのは流石だなって思いましたね。佐内さんは脚本を読んでこないと撮影前は言ってて、プロデューサーを凍りつかせてたけど、それでいて本質を誰より掴んでるから当て勘がすごくて。面白い人です。

ヒイ兄のキャラクターは生産性へのカウンター

——映画と現実が溶け出す最後の独白部分は印象的でしたね。

マヒト:あの独白の中で「言葉になんかできないけど、言葉にしなくちゃ」って言ってますけど、 大体難しい議題にぶつかった時って、「わからない」ってことを答えにするじゃないですか。それってすごく楽で安全な方法で。結論を出す時に「わからない」や「迷い続ける」ことで批評されることを避けて曖昧にすることもできるんですけど、俺はその答えにもう飽きたんですよね。何かを言い切ることは、時に誰かを傷つける可能性も孕んでるけど、その覚悟は発する側として持たないといけない。未だに自分にとっても死やお別れって何なのかって簡単には言い切れないんですけど、言い切ることと大切にすることは同時にできると思っているので、必ず向き合って言葉にしないとって思ったんです。あの独白にはそういった意思表示も含まれているのかもしれないな。

——この映画は順撮りですか?

マヒト:順撮りです。

——では独白は最後に撮ったんですね。他の部分と表現の異なる、すごみのある演技で驚きました。

富田:オーディションでその部分を読んだことがスタートっていうのもあって、独白は最初から頭にありましたね。映画が始まってからその独白に辿り着くまでの、コウのストーリーが何なのかを撮影中ずっと考えてて。それが成り立たないと、独白もただの意味のない言葉になるじゃないですか。あの言葉を言っていたのがもう富田健太郎なのかコウなのかわからないんですけど、濃厚な日々の集大成としての台詞だったから、それまで皆で過ごした時間とか明石の匂いとかすごくいろんなものを込めて言い切りたくて。合ってるかはわからないけれど、今の俺が自分を生かすためにもこの言葉を言いたいって思いで演じましたね。

——本作はマヒトさんの実体験をベースに脚本を書かれたと伺いましたが、物語のキーになるヒー兄のキャラクターはどのように固めていったんでしょうか?

マヒト:ヒー兄のモデルとなったやっちゃん兄ちゃんは劇中と同じように亡くなってしまったんですが、そばにいないはずのやっちゃん兄ちゃんが結果的に自分達に映画を撮らせて、こんなにたくさんの人を巻き込んでいったわけですよね。最初に動かしたのは俺だけだったかもしれないけど、それって何万枚セールスとか何万人動員って数字にも負けてないと思うんです。数字は横の広がりばかりが評価されるけど、本当は縦の深度もありますよね。たった1人でも深みがえぐかったら、 薄く伸ばされた1万より価値があるかもしれないし。

そんな生産性へのカウンターみたいな気持ちもヒー兄のキャラクターのベースにはあって。音楽でも映画でも、表現をやってる人なら、そういう人ってきっといると思うんです。未來さんの中にもヒー兄に当たるような人物がいたって話も聞いてましたし。未來さんのその人物像と、俺のイメージが掛け合わされたものが映画の中のヒー兄になってるんだと思いますね。

——富田さんはそんな森山さんとご一緒していかがでしたか?

富田:単純に役者としての力も、その場にいる存在感も、伝える力もすべてがすごくて。その強い輝きを近くで見られたことは間違いなく自分の中でとても大きかったし、それは撮影の日々が終わった今も残ってるんですよ。ああいう背中を見れる経験ってなかなかないと思うので本当に感謝してますね。撮影時には咀嚼できなかった部分が私生活の中でふと「あれってこういうことなのか」ってわかることがあるんですけど、その度に背中がまたでかくなるんですよ。あの人達の言葉にはそういう思いも含まれていたんだって。だからどんどん感謝の念が深くなります。

マヒト:未來さんは空間掌握能力が異常だよね。ルーツがあるからだろうけど、自分がどう動くと空間がどう作用するかということに自覚的で。未來さんが出演した過去の作品を観ると、本人自身の芝居はもちろんですが、実はどれも未來さんの作品全体に向けた身体的なプロデュースが入ってて、それ故に作品の質が上がっていくことを現場を終えた自分は思っていました。

映画館とライブハウス、2つの聖域

——本作ではある種の聖域として映画館やライブハウスが登場しますが、この2つはマヒトさんにとってどういう意味を持つ場所なんでしょうか。

マヒト:映画館って関係ない人と一緒の時間を共有しながら、画面とだけ向き合うっていう他にない空間だと思うんですよね。暗闇の中に飲まれて、同じ方向を向いて、同じ映画を共有しているのにそれぞれは必ず「個」である場所って他に思いつかないじゃないですか。それが聖域っぽいなって。ライブハウスは逆だと思うんです。ノリとかの一体感だけじゃなくて、体の70パーセントを占める水分を汗や飛沫として出して、ものすごい大きな水や振動を共有してるというか。それは言葉とか音色以上に、交換している情報が大きいと思っています。パンデミック中にライブ配信とかたくさんあったけど、 観ているのは家だから全然ライブだと思えなかったのはそれが起因している。データ情報は飛んでくるんだけど、振動は共有できないじゃないですか。それはライブって場が奪われたような時期だからこそ思ったことなんですけど。だからライブハウスもまた違った角度を持つ聖域ですよね。

その2つは自分にとっては教会やお寺より祈りの場所だと思うんです。人生が詰まったものが残っている場所ってお墓よりも「お墓的」だなと思うし。だから俺は自分が死んでいなくなっても、お墓じゃなく『i ai』や俺が作ってきたものに祈ってほしい。骨なんかはそこら辺の砂と自分にとっては変わらないから。だったら自分が今放出している、生きた時間の痕跡が残ってるものに気持ちを向けてほしいですね。そこに自分はいるので。

——GEZANのカラーといえば赤色ですが、本作でも火や血、風船や服など至る所に赤が配色されていましたよね。同じく青色も印象的に使われていましたが、それらの色に込めた意味はあるのでしょうか。

マヒト:もともと赤が好きなんですよね。赤って命の色じゃないですか。肌の色はどうであれ、全員赤い血が流れてて。そういう意味で根源的にピュアな色だと思うから今も魅了され続けてるんです。監督だから映画の衣装を決める権限もあって、やっぱり自然と赤に手が伸びちゃうんですよ。「だって好きなんだもん」って(笑)。作品に赤が溢れるのはそんな直感的な理由でずっと向き合ってきた命のイメージを込めていますね。一方で映画の中で青色は死のメタファーとして機能しています。放った風船が、青空に吸い込まれてるとか。実は青もすごく好きな色なんですよね。

——本作には痛みや喜びや怒りなど多くの感情が込められていますが、観た人に何を感じてもらいたいですか?

マヒト:試写を観終わった人を見てると、喰らいつつも言葉にできないって人が多いんです。一方映画のテーマは「言葉にできないけど言葉にしなくちゃ」って部分で、そこにハレーションがあるんですよね。面白い現象だなと思いながら反応を見てるんですけど、誰かに手渡された言葉ではなく、稚拙でもその人の血の通った言葉で語ることが大事だと思ってるんですよね。いわゆる青春映画にしては詩が多いし、アート映画と呼ぶには青すぎる作品じゃないですか。曖昧なグラデーションに揺れてると思うけど、混乱した世界を生きる中で切実に作品を作るってことは、同じように映画も混乱しないとチューニングが合わないし。その波形はすごく気に入ってるんです。だから観た人にはこの物語を手渡されて自分ごととして悩んでほしいですよね。簡単に答えを出せることじゃないと思うし、それはそのまま生と向き合うことでもある。それがフィードバックして返ってくる中で『i ai』は成長していくし、俺はその1つの生命体が旅する過程で見せた波紋を見て、見えなくなった友達と酒を飲みたい。

——ちなみに次回作の予定はあるんですか?

マヒト:脚本のイメージはすでにありますね。そのうち書こうかなと。

——本当ですか!次も楽しみにしています。

Photography Mayumi Hosokura
Stylist Masakazu Amino
Hair & Makeup Yurino Hamano

『i ai』(アイアイ)』3月8日から渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開

■『i ai』(アイアイ)
3月8日から渋谷ホワイトシネクイントほか全国順次公開
出演:富田健太郎
さとうほなみ 堀家一希
イワナミユウキ KIEN K-BOMB コムアイ 知久寿焼 大宮イチ
吹越 満 /永山瑛太 / 小泉今日子
森山未來
監督・脚本・音楽:マヒトゥ・ザ・ピーポー
撮影:佐内正史  
劇中画:新井英樹
主題歌::GEZAN with Million Wish Collective「Third Summer of Love」(十三月)
プロデューサー:平体雄二 宮田幸太郎 瀬島 翔
製作プロダクション:スタジオブルー  
配給:パルコ
©STUDIO BLUE
(2022年/日本/118分/カラー/DCP/5.1ch)
https://i-ai.jp
X:@iai_2024

GEZAN『i ai ORIGINAL SOUNDTRACK』

■GEZAN『i ai ORIGINAL SOUNDTRACK』
アーティスト : GEZAN
レーベル : 十三月
発売日 : 2024年3月8日
フォーマット : CD/DIGITAL
CD価格 : ¥3,000
収録曲
Tr.01  Signs of summer
Tr.02  Toward a suspicious cloud
Tr.03  SOFT TWIST
Tr.04  Prayground
Tr.05  ROOM BLOOM
Tr.06  相逢 LIVE (AIAI LIVE) feat.森山未來
Tr.07  M A D O R O M I
Tr.08  M I N N A  S O K O N I  I T A
Tr.09  炸裂音(EXPLOSION SOUND)
Tr.10  THIS POP SHIT
Tr.11  AUGHOST feat.小泉今日子
Tr.12  TEN FINGER DISCOUNT
Tr.13  FLUXUS
Tr.14  P(i)ano
Tr.15  S U B A R A S I I  S E K A I
Tr.16  Pi(A)no or yes?
Tr.17  Tromborn
Tr.18  Howl
Tr.19  i ai
BONUS TRACK – CD ONLY
Tr.20  AUGHOST (ACOUSTIC VER)
https://gezan.lnk.to/iai_soundtrack

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連載「ものがたりとものづくり」 vol.14:スタイリスト・小山田孝司 https://tokion.jp/2024/02/21/monogatari-and-monodukuri-vol14/ Wed, 21 Feb 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=223799 作家・ライターの菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、小説やエッセイなどからの影響について対話を行う連載企画。第14回のゲストはスタイリストの小山田孝司。

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「ものづくり」の背景には、どのような「ものがたり」があるのだろうか? 本連載では、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』(宝島社)、『ニャタレー夫人の恋人』(幻冬舎)の作者である菊池良が、各界のクリエイターをゲストに迎え、そのクリエイションにおける小説やエッセイなど言葉からの影響について、対話から解き明かしていく。第14回はスタイリストの小山田孝司が登場。

小山田さんが挙げたのは次の2作品でした。

・岡本太郎『自分の中に毒を持て』(青春出版社)

・長島有里枝『not six』(スイッチパブリッシング)

さて、この2作品にはどんな”ものづくりとものがたり”があるのでしょうか?

8月に刊行された小山田さんの初の作品集『なにがみてるゆめ』に触れながら、お話を伺います。

言葉や他者についての感覚に共感を覚えた、岡本太郎『自分の中に毒を持て』

──1冊目は岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』です。岡本さんの生き方や芸術論を語った内容です。

小山田孝司(以下、小山田):あまり本を自分で買うことはなくて、人からもらったりしたものを読むことが多いんです。この本も、たぶん友達の引っ越しを手伝った時に、その友達からもらったんじゃないかな。

結構自分の同世代は岡本太郎が好きな人が多かったですね。

──岡本さんは著書も多く、影響を受けた人も多いです。

小山田:ただ、岡本さんの作品は、正直あまり得意じゃなかったんですよね。なんか、自分にはちょっと強すぎて。

だけど、たまたまもらったこの本を読んでみたら、岡本さんの挑発的な言葉が心にダイレクトに迫ってきたんです。なんだろうな、「人生って死と隣り合わせなんだ」という感覚が伝わってくるというか。

岡本さんは戦争を体験していることとも関係していると思うんですけど。

──岡本さんは1911年生まれで、1929年にフランスに渡りますが、戦中はそこで兵役に就いて、戦後は生活をしています。

小山田:この企画のために、十何年ぶりかに読み返したんですけど、今の自分への影響も改めて感じました。

この辺のくだりは、自分が言葉に対して抱いている感覚とつながっている気がします。

あなたは言葉のもどかしさを感じたことがあるだろうか。とかく、どんなことを言っても、それが自分のほんとうに感じているナマナマしいものとズレているように感じる。たとえ人の前でなく、ひとりごとを言ったとしても、何か作りごとのような気がしてしまう。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社、97頁)

あとこの部分とか。

多くの他人との出会いによって、人間は”他人”を発見する。”他人”を発見するということは、結局、”自己”の発見なのだ。
(岡本太郎『自分の中に毒を持て』青春出版社、164頁)

この本を最初に読んだのはスタイリストを目指している時。その時は「クリエイターはこうでなきゃいけない」というところに引っ張られていたんですが、だけど、今は岡本さんの繊細な一面が気になりますね。

そういうことを知った上でいろいろと作品を見ると、刺激が強いのは変わらないんですが、愛着が湧いてきますね。

──小山田さんの写真集『なにがみてるゆめ』もある意味、他者との出会いですよね。

小山田:この写真集の撮影では、3着ぐらい僕のストックの服を持っていき、モデルがその日着てきた私服に対して、その中の1着を組み合わせて撮っているんです。

一点混ざった僕の服が、被写体のパーソナリティに別の視点を投げかけるのがおもしろくもあり、自己と他者の境界線が曖昧になる感覚が刺激的でした。

岡本さんの本に書かれている言葉のように、このプロジェクトでは「人に会いながら自分を見ている」みたいな感覚がありましたね。

──他人を撮ることで、自分が見えてくる。

小山田:あと、僕はスタイリングで異なる価値観をもったアイテム同士を組み合わせたいと思っているんです。よく知られているブランドに、無名のブランドを混ぜるというか。異なるアイテムを掛け合わせることで、すでにある両者のイメージが新しいものへと変化するのがおもしろくもあり、自分に新しい発見を与えてくれます。

言葉にできないほど衝撃を受けた、長島有里枝『not six』

──続いては長島有里枝さんの『not six』。こちらは長島さんの当時の配偶者を被写体にした写真集です。

小山田:この写真集は2010年ぐらいに出合ったものです。

最初、見ていて苦しい気持ちにもなったんですが、最終的にとても感動して。初めてこの本を手にした時の言葉にできない感覚を大切にしたくて、あまり頻繁に開けない1冊でもあります。

──『not six』は長島さんの写真のあいまに短文が挟まる構成になっています。

小山田:長島さんは、言葉も響きますよね。

説得力があるというか、冒頭の「彼が私のカルマじゃなかったら、何?」という言葉がこの本の写真のすべてを物語っているように、言葉と写真が両立した写真集だなと感じました。

──写真集のなかの文章では、被写体のプロフィールや関係性は明確に書かれていないんですよね。そこが詩的だなって思いました。

小山田:わかります。一方で、僕の『なにがみてるゆめ』には、言葉を全く入れていないんです。入れるかどうかずっと考えて、最終的には入れなかったんですけど。

言葉って1つの方向に持っていく力が強いと思っていて、ファッションの仕事をやっていて、扱うのが少し難しいなって感じているところがあるんです。

『なにがみてるゆめ』では、人とファッションが同じ存在感というか、同列に存在していることを表現したかったんですけど、そこに言葉があると邪魔になってしまうような気がして。

──『なにがみてるゆめ』を見ていると、「この人は、どんな人なんだろう」って考えるんです。すると、着ているものや部屋の小物からぼんやりとしたものが見えてくる。言葉がないことで、タイトルと共鳴しているように感じました。

Photography Kousuke Matsuki

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対談:橋口亮輔 × 江口のりこ 『お母さんが一緒』で考えたドラマ制作のあり方 https://tokion.jp/2024/02/17/noriko-eguchi-x-ryosuke-hashiguchi/ Sat, 17 Feb 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=224382 ホームドラマチャンネル開局25周年を記念して制作されたドラマ『お母さんが一緒』について、橋口亮輔監督と江口のりこに話を聞いた。

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江口のりこ(左)と橋口亮輔(右)

江口のりこ
1980年4月28日生まれ。1999年に柄本明が座長を務める劇団東京乾電池の研究生となり、2000年入団。2002年三池崇史監督『桃源郷の人々』で映画デビュー。2004年タナダユキ監督『月とチェリー』では本編初主演をつとめ注目を集める。その後、話題作に多数出演。ドラマ『時効警察』シリーズにレギュラー出演し個性を発揮。2021年中⽥秀夫監督『事故物件 恐い間取り』で第44回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞を受賞。ベテランから新鋭監督まで多くの監督の作品に出演し活動の場を広げている。
https://www.knockoutinc.net/artists/?id=1423254565-475633

橋口亮輔
1962年7月13日生まれ。長崎県出身。1993年、『二十才の微熱』で劇場監督デビューを果たす。続く『渚のシンドバッド』(1995)はロッテルダム国際映画祭グランプリをはじめ国際的な評価を得て、国内でも毎日映画コンクール脚本賞を受賞。3作目『ハッシュ!』(2002)はカンヌ国際映画祭監督週間で上映された。『ぐるりのこと。』(2008)は、主演の木村多江を日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に導いたほか多くの賞を受賞。その他の監督作にオムニバスコメディ『ゼンタイ』(2013)、『恋人たち』(2015)など。

親孝行のため母親を温泉旅行に連れてきた3姉妹。ところが旅館で3人が抱えていたさまざまな思いが爆発してしまう。ホームドラマチャンネル開局25周年を記念し、ペヤンヌマキの戯曲をドラマ化した『お母さんが一緒』は家族をめぐる笑いと涙の物語。姉妹の長女、弥生を江口のりこ、次女の愛美を内田慈、三女の清美を古川琴音が演じていて、『ぐるりのこと。』(2008年)、『恋人たち』(2015年)の橋口亮輔が監督を手掛けた。戯曲を原作に映画監督がドラマを撮る、というユニークな試みだが、その結果、他のドラマとはひと味違う作品になった。そこで今回、橋口監督と江口のりこに作品について語ってもらった。橋口監督が演出の仕事について改めて考え、江口が役者という仕事の面白さを再発見した舞台裏とはどんなものだったのか。対談を通じて、ドラマ作りの難しさ、面白さが浮かび上がってくる。

演出家の仕事は「ここに行きたいんです」と役者に示すこと

——『お母さんが一緒』は演劇作品が原作ですが、ドラマ化するにあたって心掛けたことはありますか?

橋口亮輔(以下、橋口):今回、松竹ブロードキャスティングさんから「ペヤンヌさんの舞台をドラマでやってみませんか?」と声を掛けて頂いたんです。それで舞台を拝見したら面白かったので、これだったら舞台をそのままドラマ化すればいけるなって思ったのが大間違いでしたね(笑)。実際、取り掛かってみたら思うようにはいかなかった。まず、自分がどういう距離感で作品に関わったらいいのか、ずいぶん考えたんです。というのも、いつもは自分がその作品を作る根拠があって、そこからどんな作品にするのか考えていく。今回みたいに原作をもらってドラマを撮ったこともありましたけど、深夜枠のドラマは余裕がなくて、役者さんとは事前に衣装合わせだけやって、2〜3日くらいで撮ってしまうんです。でも、今回の作品はそれでは難しいな、と思って。

——しっかり時間をとって撮りたかった?

橋口:僕は作品を撮る前に役者さんとリハーサルをやりたいと思っているんです。役者さんに役を掴んでもらいたいから。でも、他の監督さんに話をすると「リハーサルなんてやってるの!?」って驚かれることが多いんですよね。今回、出演してもらった皆さんに聞いても、ふだんリハーサルはやってないそうなんです。

この前、『ぐるりのこと。』に出演してもらった木村多江さんやリリーフランキーさんと久しぶりにお会いしたんですけど、2人とも「やっぱりリハーサルはやったほうがいいですね」とおっしゃっていました。だから、今回のドラマでもリハーサルはやりたかったんです。皆さん超売れっ子で多忙な方達でしたが、幸いにもその時間が取れて、出演者の皆さんも進んでリハーサルに参加してくれました。嫌がる役者さんもいるんですよ。リハーサルをやったおかげで撮影前に役者さんといろんなお話ができたんです。

——江口さんはリハーサルをやってみていかがでした?

江口のりこ(以下、江口):リハーサルがあったおかげで撮影を乗り切れたなって思います。リハーサルがすごく楽しかったんですよ。そこでいろんなことを考えたり見つけたりすることができたんです。私だけじゃなく、共演者のみんなもそうだったと思います。なので、撮影に入ったら、あとはやるだけって感じでしたね。

——リハーサルは役者さんが役を掴む時間であり、出演者同士、そして出演者と監督がコミュニケーションを築く時間でもあるんですね。

橋口:「演出家が役に魂を与える」とか言うじゃないですか。そんなの無理なんですよ。演出家は魂なんか与えられない。じゃあ、演出家の仕事ってなんだろう?と考えた時に、「ここに行きたいんです」って役者さんに示すことだな、と今回改めて思いました。行く先を指し示すことで、「ここに行けばいいんですね」ってみんなが目的を共有して一緒にそこに向かうことができる。そういうこと以外に演出家の仕事ってあるのかな?って思いましたね。

江口:役者として何をしたらいいのかわからない現場ってあるんですよ。セリフを覚えてシーンを成立させるだけなら誰でもできるし、それが面白いかというとそうとは思えない。じゃあ、どうやったら面白くなれるのか。どういう風に役を掴んでいくのかっていうことを、今回リハーサルを通じて橋口さんに教えてもらいました。だから、リハーサルの期間は学校に行っているような感じでしたし、改めて役者っていう仕事って面白いな、と思えたんです。

舞台からドラマへ

——江口さんが演じた長女の弥生は、自分の容姿にコンプレックスを抱いていてネガティブ思考。癖の強いキャラクターですが橋口監督は弥生というキャラクターをどんな風に捉えていたのでしょうか。

橋口:弥生は非常に振幅のある役なんです。「それってどうなの?」っていうはじけ方をして周囲が振り回され、それが笑いになっていく。そんな彼女のキャラクターにこの作品のテーマも含まれているんです。舞台版をそのまま映像に置き換えると誇張されすぎに感じるところや、弥生を現実に生きている女性にするために、舞台にないエピソードも作りましたし、江口さんといろんな話をさせていただきました。

江口:リハーサルの時に監督ご自身で演じて見せてくれるんですよ。こんな風じゃないのかな?って。それがめちゃくちゃ面白くて(笑)。その様子を見て、こっちはイメージを膨らませることができました。監督は内田慈さんとか古川琴音さんの役も演じて見せるんですけど、それも面白いんですよね。

——内田さん、古川さんとの共演はいかがでした?

江口:3人とも監督を信頼して「頑張ろうね!」ってやっていたので絆みたいのがありました。それに琴音ちゃんも慈ちゃんも芝居がすごく好きな方達だから、一緒に芝居をしててもすごく楽しかったし、芝居以外の時間もくだらない話をして楽しかった。あの2人が共演者で良かったなって、すごく思います。

橋口:ドラマの中で内田さんが演じる次女の愛美が、弥生に「私と顔が似てるって言われて喜んどったよね。あれ何なん?」って詰め寄るシーンがあるんですよ。本番直前に内田さんに「あれ何なん?」って言い方をどんな風にするのか伝えたんです。相手をなめ切っているような感じにしたくて。そのことは江口さんには伝えていなかったんですけど、本番で内田さんがヘラヘラ笑いながら「あれ何なん?」ってやったら、江口さんがキレて内田さんをバン!って叩いたんです。あの反射的な反応には痺れましたね。江口さん、ここで反応するんだ!って。

江口:あそこは本当に嫌でした(苦笑)。

——ドラマにはそういうヒリヒリしたシーンがちりばめられてましたね。笑いを交えながらも地雷原を歩くような緊張感がある。

橋口:作品の中に生な部分がないと面白くないっていう話はリハーサルの時にさせてもらいました。滑らかに物語が進んでいるけど、その中に「今、何か変なものあったぞ」とか「何かザラッとしてたな」っていうものがないと面白くない。それがドラマを観ている人を引っ掛ける小さな釣り針で、そういう針が1つでもあれば視聴者の心の中にある何かが引っ張り出されて作品に引き込まれる。そして、ドラマを観た後に何かが残るんです。

江口:リハーサルをやる度に心がヒリヒリするんですよね。人間を演じるというのは大変なことなんです。とっても難しいことで、何を手掛かりにしてやっていけばいいのかさえわからない。でも、そういうことをしっかりやろうとする現場って、あまりないんですよ。でも橋口さんはそれをやろうとしていて。橋口さんと一緒にやっていると、自分が何をやるべきなのか、1つずつ見つけていくことができるんです。

家族について

——今回、家族をテーマにしたドラマに出演されて、改めて家族について思ったことはありますか?

江口:家族はやっぱり面倒だなって思いましたね(笑)。喧嘩すると相手に残酷なことも言ったりしますけれども、最後にはやっぱり優しさが残るというか、憎みきれないところもある。その後も同じように喧嘩するんでしょうけど、結局、完全には切り離せないんですよね。私にも妹がいるんですけど、やっぱり弥生みたいに、ああしたほうがいい、こうした方がいい、とか言っちゃうんですよ。これからはあまり言わないでおこうと思いました(笑)。

橋口:このドラマを見てくれた人の感想を聞くと、僕の演出や役者さんの演技の話をする前に、自分の家族について話される方が多いんですよ。奥さんが3姉妹でお祝い事がある度に揉めていたとか、母親がどうだったとか。そんな風に、自分の家族のことを考えるきっかけになる作品になっているのは良いなって思います。そういえば、試写の後、江口さんが「こんなドラマは他にないですよね」って言ってて、確かにそうかもしれないなと思いました。

——他のドラマとどんなところが違うと思われますか?

橋口:撮り方が映画的なのかな。僕の中ではドラマと映画との違いはそんなにないんですけど、いま作られているドラマとは何か違う。何が?って言われるとうまく説明できないんですけど、(江口さんを見て)作品に求めているものが違うのかな?

江口:いまのドラマって観ている人にすごく親切っていうか。お皿を洗いながらでもわかるぐらい親切な感じがするんですよ。でも、このドラマは観ている人を置いて、どんどん進んでいくような図太さがある。

橋口:そうかなあ。今回は随分親切だと思うけど(笑)。

江口:橋口さんの作品の中ではそうかもしれないですけど、他のドラマと比べると全然違う。

橋口:あー。それはそうかもしれない。

江口:だから、最初からしっかり観てもらいたいですね。

橋口:今回、姉妹が本音をぶつけ合うけど重いドラマにしたくなかったんですよ。「これが人間だ! これが家族だ!」みたいな主義主張を打ち出すものにはしたくなかった。すっと物語が滑らかに流れていくようなものにしたかったんです。そこで思い浮かべたのは向田邦子さんのドラマでした。

——向田さんは家族の機微を題材にしたドラマを数多く作られましたね。

橋口:僕は向田さんのエッセイも好きなんです。日常の些細なことの描写から始まって、「あ、親ってこうだな。男って、女って、そうかもしれない。人生ってそういうものかもしれないな」ってしみじみとしながら、最後に手のひらに乗るくらいのほどよい重さの人生の手触りが感じられるんです。今回のドラマも、ちょっと笑ったり、しみじみしたり、切なくなったりしながら、さらっと楽しめる作品になっていたら良いな、と思っています。

Photography Takuya Maeda(TRON)
Styling Naomi Shimizu
Hair & Makeup Aya Suzuki

■『お母さんが一緒』(CSホームドラマチャンネル)
2024年2月18日から毎週日曜日22時放送 (全5話 +アナザーストーリー1話 / 各話30分) 
出演:江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち(ネルソンズ)
監督・脚本:橋口亮輔 
原作:ペヤンヌマキ
製作:松竹ブロードキャスティング 
https://www.homedrama-ch.com/special/okasangaissho
©松竹ブロードキャスティング

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Girls’ Film Fanclub Vol.3 ヨルゴス・ランティモス監督『哀れなるものたち』ゲスト:清水知子(東京藝術大学准教授)後編 https://tokion.jp/2024/02/16/girls-film-fanclub-vol3-part2/ Fri, 16 Feb 2024 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=224383 「Sister」の長尾悠美が、ゲストと映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、清水知子氏を迎え、話題作『哀れなるものたち』にフォーカス。後編は、ベラのファッション、セックスワークと女性、「殺す権力」と「生かす権力」、そして本当に「哀れなるもの」とは誰かを考える。

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清水知子(左)
愛知県生まれ。現在、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科准教授。専門は文化理論、メディア文化論。著書に『文化と暴力―揺曳するユニオンジャック』(月曜社)、『ディズニーと動物―王国の魔法をとく』(筑摩選書)、共訳書にジュディス・バトラー『アセンブリ——行為遂行性・複数性・政治』(青土社)、『非暴力の力』(青土社)、アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『叛逆』(NHK出版)、デイヴィッド・ライアン『9・11以後の監視』(明石書店)他。

長尾悠美(右)
渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。国内外から集めたデザイナーズブランド、ヴィンテージ、書籍や雑貨など豊富に扱う。映画やアート作品を通してフェミニズムやジェンダー問題へも関心を寄せ、自らも発信や企画を積極的に行っている。

前編はこちら

渋谷区松濤のセレクトショップ「Sister」の長尾悠美をホスト役に、ゲストとともに女性をテーマにした映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、メディア文化論の専門家、清水知子(東京藝術大学准教授)を迎え、昨年のベネチア映画祭で金獅子賞を受賞、本年のアカデミー賞にも11部門ノミネートする話題作『哀れなるものたち』を取り上げる。

イギリス・スコットランド出身の小説家、アラスター・グレイの同名小説を下敷きに、『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』、『女王陛下のお気に入り』などの個性的な作品で知られるギリシャの奇才、ヨルゴス・ランティモス監督の大胆なアレンジによって製作された映画『哀れなるものたち』。前作『女王陛下のお気に入り』でタッグを組んだ俳優エマ・ストーンが、プロデューサーと主演を務めている。

対談前編では、ファンタジー作品を中心に表象文化を研究してきた清水知子とともに、物語の展開を追いながら、主人公ベラとゴッドウィンとの擬似的な父子関係、ダンカンの「有害な男性性」、そして知性とジェンダーをめぐる問題にフォーカスしてきた。後編は、ベラのファッションを含めた視覚表現、セックスワークと女性の身体の権利をめぐる問題、対比的に描かれる「殺す権力」と「生かす権力」、そして本当に「哀れなるもの」とはいったい誰かを考えていく。

※以下の文中には映画のストーリーに関する記述が含まれます。

変化を可視化するファッション

長尾:ここで衣装について少し触れたいんですが、屋敷の中では身の回りのお世話をしていたプリム夫人が選んだ肌着やネグリジェのようなものを着ていたベラが、リスボン編では、クローゼットから選んできた服を使って、自分なりのコーディネートで服を着ていました。そのスタイルは既存のファッションの枠におさまならい奇天烈さとかわいらしさがあって、とっても魅力的です。

一方で、貧困の問題を目の当たりにするアレクサンドリアのシーンでは、ベラを含む船上の人々は白い服を身につけています。衣装を担当したホリー・ワディントンによると、ベラはこのシーンでは劇中で最もフォーマルなドレスを着ているそうです。そこには、ベラの上流階級的なバックグラウンドを強調することで、貧困にあえぐ人たちとの視覚的な対比を作り出すという意図があったようで、視覚を通してメッセージを伝えられる映画ならではの演出だなと感じました。

清水:確かに、それぞれのシーンのファッションがベラ自身の変化を可視化していますね。視覚的な効果でいうと、魚眼レンズによって普通とは少し異なる視覚が引き出されている箇所も気になりましたし、時空間もどこかSF的でしたよね。

長尾:そうですね。基本的な時代設定は18世紀後半から19世紀にありながら、現在とも未来とも錯覚させられるような瞬間が散りばめられているので、劇中で起きていることは、いつの時代も起きてきた/起こりうることなんだと思わせられた気がします。

清水:ええ。そういう意味でこの作品はサイエンス・フィクションでもあり、こういう未来もありえるかもしれないという思索を含んだスペキュラティブ・フィクションでもあるなと思いました。

自分の身体の権利を取り戻すこと

長尾:さて、一文無しとなったベラとダンカンはパリで途方に暮れ、ベラは売春宿で働くことを決めます。売春宿のマダム・スワイニーを演じるのは、数々の映画での魔女役で知られるキャスリン・ハンター。エマ・ストーンはパンフレットの中で「スワイニーの売春宿で働くことはベラにとっては明らかに仕事です」と書いていますが、売春宿で働くことを選択したベラをダンカンはひどく罵ります。一方でベラは、男性客の自分本位なセックスや振る舞いに不快感を抱き、女性から男性客を選ぶことなどを提案しますが、取り合ってもらえません。そんななかでベラは女性たちを商品として所有しコントロールしようとするマダム・スワイニーに対しても疑問を抱きはじめます。このパリで一連のシーンでは、セックスワークにまつわるスティグマや、女性のからだの自己決定権が問われていく場面かと思います。先生はこのあたりどう受け止められましたか?

清水:ここも興味深いところですよね。ベラが売春宿で働くのは経済的に自立するためでしたが、支配欲の強いダンカンにとっては耐えがたいことで、彼はパリでどんどん惨めになっていきます。パリでの一連のシーンは、セックスワークを労働と考えたとき、その仕事が誰にとって何を意味しているのかという点について再考させる場面でもあります。女性が男性客を選ぶというベラの提案も、他者の性的欲望の対象として消費されるモノではなく、搾取や暴力に陥りやすい労働環境そのものを問う試みにも見えますし、自分の身体の権利を取り戻す言動としてとらえることもできますよね。

さきほど魔女の話題を出しましたが、このシーンで同時に思い出したのは、かつて自分で身体、生殖をコントロールしようとした女性が魔女扱いされていたことです。シルヴィア・フェデリーチェが『キャリバンと魔女』で論じているように、16、17世紀、魔女狩りは資本主義と時を同じくして登場しました。そして資本主義の進展とともに、女性は二つのタイプに分断されていくことになります。家庭の規範に従属して生殖し、再生産労働に従事する「正しい」セクシュアリティを担う女と、家の外で男の快楽に携わる女。つまり、「家庭の天使」と「堕落した女」です。ベラの身体にはそんなふうに男性の視点を通して社会的に意味づけられ、分断されてきた女たちの歴史が刻印されており、にも関わらず、そうしたステレオタイプを覆し転化していく存在だと言えるかもしれません。

長尾:なるほど。とても興味深いです。パリでの生活は、将来への決意も含めて、ベラの中で確固たる考えが作られていくプロセスにも感じられましたね。

「殺す権力」と「生かす権力」

長尾:ゴッドウィン・バグスターの体調悪化を機に家に戻ったベラは、売春宿で働いていた自身を尊重しようとするマックス・マッキャンドレスの誠実さに触れ、あらためて彼と結婚する気持ちを固めました。しかしそこで、ベラの生前の夫であり、独占欲の強い軍人でPTSDを抱えるアルフィー・ブレシントンが登場します。ブレシントンは、女性のことを「領土」と呼んだり、ベラに割礼をしようと画策したりします。彼は、ダンカンとは別のタイプの有害な男らしさを体現しているとも言え、ダンカン、ブレシントン、マッキャンドレスという全くタイプの異なる3人の男性の対比が印象的です。

物語の終盤、ブレシントンとの関係に決着をつけたベラは自分の夢を叶えようと思いを新たにします。ベラを含む女性たちが、ゴッドウィンが好きだったマティーニを飲みながら庭園で平穏な時間を過ごす、ある意味で理想郷のような世界が提示されて物語は幕を閉じます。終盤は急展開でどんどん物語が動いていきますが、先生は特に気になったシーンはありましたか?

清水:何より衝撃を受けたのは、最後の展開ですね。ベラの生前の夫ブレシントンが出現し、ベラは暴力性に満ちた彼を殺すことなく、改心させるでもなく、山羊に「進化」させますよね。つまり、殺すことなく、生かすことを選択する。ブレシントンが体現していた古典的な「殺す権力」ではなく、従属者たちを「生かす権力」によって統治する生の管理の仕方を選択しているようにも思いました。ただ、このやり方が良い方向に向かっていくのかは未知数で、不気味さと怖さも感じさせるんですが(笑)

清水:山羊といえば、以前アーティストの百瀬文さんから興味深いお話を聞きました。第一次世界大戦の頃、イギリス海軍が日本海軍に性欲処理用として大量の山羊をプレゼントし、その意味が理解できなかった日本海軍は食糧として殺して食べてしまったという、嘘か真か謎とされる逸話です。ブレシントンが女性や動物を所有物のように扱い、恐怖によってコントロールしようと考えていたとすると、その彼が、こうした歴史をもつ山羊とのキメラになり、女たちに飼われる光景は、「有害な男らしさ」の顛末として、二重に強烈な皮肉が効いているように思いました。

それから、女性を領土と並べて語るブレシントンの発言で思い出したのは、アルゼンチンの政治思想家でフェミニズム活動家でもあるべロニカ・ガーゴの議論です。ラテンアメリカのフェミニストたちは、土地を採掘して資源と富を手に入れ、家父長的な方法で拡大してきた植民地主義を踏まえて、女性や女性化されてきた身体に対する暴力と領土における強奪の問題を重ねて論じてきたんです。

本当に「哀れなるもの」とは?

長尾:なるほど。それを考えると軍人のブレシントンが女性と領土を並べて語ることの意味があらためて見えてきますね。これまで映画のディテールについて色々とお話をうかがってきましたが、最後に、あらためて「POOR THINGS=哀れなるものたち」とは誰、もしくは何を指しているんでしょうか?

わたしは映画を見ていくなかで、具体的な登場人物を指しているというよりもむしろ、物語に出てくる女性蔑視やスティグマ、権力、支配、戦争など、そういったもの一つ一つに対して「哀れ」という言葉を使っているのかなと感じました。先生はどうお考えですか?

清水:映画を通して、「哀れなるものたち」はとても重層的に描き出されているように思います。もしかしたら、自ら命を絶った身体に胎児の脳を移植され蘇生した生命を、哀れな怪物のように感じる人もいるかもしれません。けれども、本作では、ベラは不公正な世界を知り、社会の「良識」に追従することなく、それが隠しもつバイヤスに反旗を翻して自分の人生を築いていきますよね。ベラやマーサの強さと対比されることで、富と社会的地位を手にし、女をコントロールしよう、あるいはコントロールできると思い込んでいる者たちこそが、現実が見えていない「哀れなるものたち」として浮き彫りになる物語でもあるように感じました。だからこそ、死体から蘇生した女たちのみならず、マッドサイエンティストとその家に共存するキメラな動物たちが集う最後の光景が、爽快かつ滑稽な風刺として機能してくるのではないでしょうか。

このユートピア的光景は、ある種、脱「人間」中心主義からなる世界のヴィジョンを示唆しているように感じ、ダナ・ハラウェイのサイボーグをめぐる議論を思い出しました。ハラウェイは、サイボーグが部分性、アイロニー、緊密さ、邪悪さと深く関係し、そして、生命があるか否か、人間か、動物か、植物か、機械かにかかわらず私たちすべてをコミュニケーション・システムとして考えるような「共通の存在論」を構想しています。サイボーグは、軍事計画の一部であると同時に、複雑なかたちで女性的でもあり、「レジスタンスの行為」でもあります。とはいえ、何より興味深いのは、サイボーグが非嫡出子で、権力を持った家父長的な父親が不要であるということです。最後の光景には家父長的な構造には還元しえない新たな親密圏とも言えるコミュニティが描かれているように思えました。

科学者の研究の一環として生み出されたベラは、自分の意思で身体を獲得したわけではありません。ですが、その身体には母に象徴される女たちの傷が刻印されています。ベラが生きていく過程で仲間になっていく存在もキメラなど、純血性とは無縁に存在するものたちでした。そう考えると、「人間」が歩んできた「成長」とは、「進歩」とは、「良識」とは何か。そう問い直すことなく、既存の社会に追従してきた「人間」そのものがどこか「哀れ」でもあり、だからこそ、矛盾した世界をたくましく生き抜き、新たなビジョンを見せてくれるベラに惹かれずにはいられないのかなと思いました。

TOKION編集部・佐藤:物語を通して、ベラの生き様そのものが、フェミニストの視点から近代から現代までの思想の歴史をなぞっているようにも感じました。船の上で19世紀に活躍したエマーソンやゲーテを学んだベラは、そこで啓蒙主義やモダニズム的な哲学に触れ、学ぶこと自体に目覚めます。ただそれらの本を読むベラは、すでにその男性中心的な思想に疑問を抱いてもいました。そのあと社会主義や共産主義に触れ、パリでは女性の性の快楽を能動的に捉え直そうと、男根中心主義に抗うラディカル・フェミニスト的な思想を経験を通して身につけていく。そして最終的には、ゴッドウィンが遺した屋敷で、ポスト・ヒューマニズム(脱人間中心主義)を体現するようなコミュニティを形成しています。それはまるで、ベラの人生を通じてフェミニズム的な思想の変遷を見せられているように感じました。

清水:確かにそうですね。本当にいろんなメッセージを受け取ることができるので、一度見ただけではいろいろなポイントを見落としてしまいそうです。「哀れなるもの」は、規範に囚われ、自分自身で思考する自由を手放してしまった人間の存在を示唆しているようにも思え、だとしたら、本作は「人間」をめぐる境界や「人間」の哀れさを問う映画でもあったのかな、と感じました。

長尾:なるほど。わたしは、本作を通じて改めてたくさんの気づきを得ることができました。今回は有意義なお話をたくさん聞かせていただき、本当にありがとうございました!

『哀れなるもの」予告編

■『哀れなるものたち』
監督:ヨルゴス・ランティモス
原作:「哀れなるものたち」 
    アラスター・グレイ著(ハヤカワepi文庫)
脚本:トニー・マクナマラ
製作:エド・ギニー p.g.a.
: アンドリュー・ロウ p.g.a.   
: ヨルゴス・ランティモス p.g.a.
: エマ・ストーンp.g.a.
撮影監督:ロビー・ライアン BSC, ISC
プロダクション・デザイン:ジェームズ・プライス 
: ショーナ・ヒース
衣裳デザイン:ホリー・ワディントン
ヘアメイクアップ&補綴デザイン:ナディア・ステイシー
音楽:ジャースキン・フェンドリックス
サウンド・デザイン:ジョニー・バーン
編集:ヨルゴス・モヴロプサリディス ACE
セット装飾:ジュジャ・ミハレク
原題:POOR THINGS
2023年度作品 / イギリス映画 / 白黒&カラー
ビスタサイズ / R18+
上映時間:2時間22分 
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

Photography Mika Hashimoto
Text & Edit Shinichiro Sato(TOKION)

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Girls’ Film Fanclub Vol.3 ヨルゴス・ランティモス監督『哀れなるものたち』ゲスト:清水知子(東京藝術大学准教授)前編 https://tokion.jp/2024/02/14/girls-film-fanclub-vol3-part1/ Wed, 14 Feb 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=223817 「Sister」の長尾悠美をホスト役に、ゲストとともに女性をテーマにした映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、清水知子を迎え、話題作『哀れなるものたち』にフォーカス。対談前編は、ベラとゴッドウィンとの父子関係、「有害な男性性」、そして知性とジェンダーについて。

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清水知子(左)長尾悠美(右)

清水知子(左)
愛知県生まれ。現在、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科准教授。専門は文化理論、メディア文化論。著書に『文化と暴力―揺曳するユニオンジャック』(月曜社)、『ディズニーと動物―王国の魔法をとく』(筑摩選書)、共訳書にジュディス・バトラー『アセンブリ——行為遂行性・複数性・政治』(青土社)、『非暴力の力』(青土社)、アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『叛逆』(NHK出版)、デイヴィッド・ライアン『9・11以後の監視』(明石書店)他。

長尾悠美(右)
渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。国内外から集めたデザイナーズブランド、ヴィンテージ、書籍や雑貨など豊富に扱う。映画やアート作品を通してフェミニズムやジェンダー問題へも関心を寄せ、自らも発信や企画を積極的に行っている。

渋谷区松濤のセレクトショップ「Sister」の長尾悠美をホスト役に、ゲストとともに女性をテーマにした映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、メディア文化論の専門家、清水知子(東京藝術大学准教授)を迎え、昨年のベネチア映画祭で金獅子賞を受賞、本年のアカデミー賞にも11部門ノミネートする話題作、『哀れなるものたち』を取り上げる。

『哀れなるものたち』は、イギリス・スコットランド出身の小説家、アラスター・グレイの同名小説を下敷きに、『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』、『女王陛下のお気に入り』などの個性的な作品で知られるギリシャの奇才、ヨルゴス・ランティモス監督が大胆にアレンジを加えたS Fファンタジー映画だ。前作『女王陛下のお気に入り』でタッグを組んだ俳優エマ・ストーンが、プロデューサーと主演を務める。

脚本は、『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞にもノミネートしたトニー・マクナマラ。撮影監督は、マイク・ミルズ監督の『カモン・カモン』でも撮影を担当したロビー・ライアン。プロダクション・デザインは、ジェームズ・プライス、そして写真家のティム・ウォーカーとのコラボレーションで知られるショーナ・ヒースが手掛ける。独創的なベラの衣装は『戦火の馬』や『レディ・マクベス』を手がけたホリー・ワディントンが担当した。

ファンタジー作品を中心に表象分析を行ってきた清水知子は、この奇妙な魅力に満ちた傑作をどう見たのか。Sisterの長尾とともに、『哀れなるものたち』が今の時代を生きるわたしたちに投げかけるメッセージについて考え、語り合う。前編は、物語の展開に沿いつつ、ベラとゴッドウィンとの擬似的な父子関係、ダンカンの「有害な男性性」、そして知性とジェンダーをめぐる問題にフォーカスする。

※以下の文中には映画のストーリーに関する記述が含まれます。

ひとりの女性の成長物語として

長尾悠美(以下、長尾):まず、初見の衝撃が凄かったですね。わたしは原作を知らずに映画を見ましたが、ストーリーのインパクトもさることながら、魅力的な視覚表現にも圧倒され、興奮している間に2時間半が経ってしまっていたと言うのが正直なところでした。

ヨルゴス・ランティモス監督はかなり前から映画化を見越して原作者のアラスター・グレイを訪ねていたそうで、主演兼プロデューサーを務めたエマ・ストーンとも2018年の『女王陛下のお気に入り』の撮影時から話し合いを重ねてきたようです。この映画にかけるランティモスの熱意がうかがえますね。

わたしはこの映画を見ているとき、ボーヴォワールの「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉を思い出したんですよね。映画は2度見ましたし、原作も早速読みました。もっと掘り下げたい作品ですね。ヨルゴス・ランティモス作品ではこれまでも登場人物同士の関係値を示すものとして、セックスや性描写がよく描かれてきたように思いますが、本作は特にセクシュアリティに関する問題提起が大きく取り上げられていると感じました。先生はこの映画について全体的にどんな印象を持たれましたか?

清水知子(以下、清水):わたしも2時間半あっという間でした。映画を通して、「良識ある社会」を内側から食い破っていくようなグロテスクな生命力を感じました。何よりラストが衝撃で、圧巻の風刺喜劇になっているなと思いました。ベラは、自殺した母の身体に新生児の脳を移植されて蘇生したキメラ的な怪物として誕生しますが、それはまた、母と胎児、死と生からなるハイブリッドな存在でもあります。

一見すると、成熟した男たちとは対照的に、ベラは感情を抑制できない「野蛮」で未熟な存在として描かれているように見えます。そして皮肉にも子どものまま大人の身体をもつという矛盾ゆえに、逆に先入観にとらわれず大胆な冒険心と好奇心によって自由と知性を獲得する。それによって従来の父権的な神話を解体し、社会の構造的な差別や偏見を脱臼させることができているかのように感じました。

長尾:なるほど。わたしは、天才外科医ゴッドウィン・バグスターによって一度死を選んだ女性を蘇生させるという突飛な発想に序盤は少々戸惑いました。まず、ゴッドウィンのいでたちそのものがフランケンシュタインを彷彿とさせますね。『哀れなるものたち』の原作者のアラスター・グレイは、明確に『フランケンシュタイン』をモデルとしてストーリーを展開させていて、ゴッドウィンという名前も、『フランケンシュタイン』の作者であるメアリー・シェリーの父でアナキストだったウィリアム・ゴドウィンからとられています。(メアリーの母はフェミニストの先駆者とも呼ばれるメアリー・ウルストンクラフト。)

そんな両親の思想を受け継いだメアリーによる『フランケンシュタイン』は「男性が科学の力をかりて生命を再生・創造するとどうなるのか」といった問題提起を持って、しばしばフェミニズム小説として取り上げられています。わたしは、『哀れなるものたち』を社会の抑圧や偏見に縛られない女性がどのように生きていくのかというフェミニズム的な物語であるとともに、有害な男らしさに対する痛烈な皮肉や批判を描いた作品として受けとりました。先生は、コロナ禍を経て、このような原作が映画化される意義についてはどうお考えですか?

清水:そうですね。原作では様々な視点から描かれていましたが、映画ではベラを軸に彼女の冒険物語、ある種のビルドゥングスロマン*1として再構成されています。とはいえ、男性を主人公にしたものとは展開が異なりますよね。それによって、社会的制圧から解放された生き方、有害な男らしさへの皮肉や喜劇風刺がより鮮明に浮かび上がっているように思いました。

*1 ビルドゥングスロマン:ドイツ語のBildungsroman。主人公がさまざまな体験を通して内面的に成長していく過程を描く物語。教養小説、自己形成小説とも訳される。

長尾:脚本のトニー・マクナマラも、映画化にあたり、この作品をベラの青春物語として描くと決めていたと話していますね。

清水:そのようですね。メアリー・シェリーによる『フランケンシュタイン』のアダプテーションはいくつもありますが、本作は生命の創造と怪物をめぐる物語としてだけでなく、怪物とその創造者のイメージをどう描き出すかをめぐる物語でもあると思います。メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』のような悲劇的な結末でもなく、アフマド・サワダーウィーの『バグダードのフランケンシュタイン』のように、複数の遺体の残骸から生み出された自らに死をもたらした者たちに復讐を遂げようとするのでもなく、女性の生/性に対する社会的通念にとらわれずに、前向きに世界を切り開いていく。そんなところが、21世紀らしい新しい怪物譚だなと感じました。

長尾:自分の意思で蘇ったわけではないのに、ベラはとにかくいろんなものを貪欲に吸収して、自分の人生を生きていますもんね。

清水:それから、この映画は、科学、医学とジェンダーをめぐるポリティクスについても多くの示唆を与えてくれます。ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが組んだ前回作『女王陛下のお気に入り』の中で、エマ演じるアビゲイルが痛風をわずらう女王を薬草で手当てするシーンがありますよね。ああいった行為は、男性の医師がメスなどを使って行ってきた医療行為とは違う、ある種の「魔女的」な医療であり、西欧の医学の歴史の中でどんどん周縁化され、排除されてきた知恵でもあります。科学技術史を研究するロンダ・シービンガーが『植物と帝国』という本の中でも書いているように、西欧の医学の知識そのものがジェンダー化されて形成されてきた中で、女性の身体はつねに対象化/客体化されてきました。つまり女性は、おもに医療を受ける側や研究の対象としてとらえられてきたわけです。そう考えると、最後にベラ自身が医者になるという選択をするのも見逃せないポイントですね。あの時代に医者になるというベラの選択肢は、そうした身体のポリティクスへの参入としてとらえることもできるように思います。

ゴッドとベラの特異な父子関係

長尾:物語の序盤、ゴッドウィン・バグスターは自らが創造したベラに父権的に接しますよね。キメラ的に作られた風変わりな生き物たちに囲まれたバグスター邸で暮らしのシーンは閉鎖的でモノクロで描かれているのが印象的です。

そこに助手のマックス・マッキャンドレスが登場し、ベラ自身がセクシュアリティに目覚めていきます。ちなみにベラが自慰行為を試す時に使うのはキリスト教的に見ても象徴的な果実である「林檎」でしたね。そんなベラの奔放さを押さえつけようとしていたゴッドウィンも、徐々に彼女の意志を尊重するようになりました。

科学者と実験体だったゴッドウィンとベラの関係性が、本当の親子のような特別な関係性へと変化し、その関係性を通してお互いが成長していくようにも思いました。また、この父子のような関係性はゴッドウィンが性的に不能であることも大きく関係しているのかなと思います。この序盤のシーンを清水先生はどのようにご覧になられましたか?

清水:父子の関係性という点では、ゴッドウィンもまた父親の実験体であり、ある意味、虐待されたサバイバーですよね。彼が性を剥奪され、欲望をコントロールされた存在だったことは重要だと思います。また「フランケンシュタイン」を想起させる怪物的な存在であるゴッドウィンは、ベラに「ゴッド」と呼ばれていますね。そのことを考えてみても、旧来の価値観とは異なるポスト・キリスト教的な生命観からベラが生み出されているように感じました。

またゴドウィンの特殊メイクとしてフランシス・ベーコンの絵が参照されたといわれていて、これもおもしろいなと思いました。ベーコンの描く人間像は、不穏で、歪められ、大きな口を開けて叫ぶ奇怪さを伴うことで、人間存在の残酷さと不安を描き出したことでも知られています。

長尾:言われてみれば確かにフランシス・ベーコン的な見た目ですね。屋敷の中のシーンで言うと、個人的にはベラが「チー」と言って廊下でおしっこを漏らすシーンは、ベラの幼児的な無防備さを映画的に表現しているようで印象に残っています。

清水:そうですね。ゴッドウィンは、そんな無防備なベラを『マイ・フェア・レディ』のように育てることもできたかもしれないし、家に閉じ込めたままにすることも、あるいは性的に搾取することさえできたかもしれない。最初は実験体として慎重に彼女を観察し、言動を記録させながらも、次第に彼女の欲望と意志を尊重していくようになる姿は、軍国主義や家父長制資本主義を具現化する「父」とは異なりますよね。

長尾:わたしもゴッドウィンとベラが添い寝をするシーンを見て、きっとベラを性愛の対象にしているんだろうなと予想をしましたが、それがいい意味で裏切られて安心しました。自身も幼少期のトラウマを抱えるゴッドウィンが、ベラを一個人として尊重し、自分の父とはうまく築けなかったような温かい関係性を築いていくのを見られたのは良かったです。

清水:そうですね。その一方でベラの婚約者となったマックスも、ダンカンや終盤に出てくるベラの生前の夫、ブレシントンとは対照的に、ベラの精神と肉体の自由を尊重し、性愛というより、互いに信頼できる関係を築いているように思えました。ベラをとりまくこうした関係性は、血縁的な家族とは異なる親密な関係にも見えます。本作が、ベラの成長物語であると同時に、家父長制的な価値観や構造的な性差別を脱臼し、彼女をコントロールしようとする者たちの権力や偏見を崩していく物語として展開することができたのは、こうした基盤があったからかもしれません。

ダンカンと「有害な男らしさ」

長尾:そんなベラはダンカンと駆け落ちし、リスボンからのシーンが一気にカラフルになりました。リスボンではベラの好奇心が最高潮に達し、ファッションもますます解放的で色に溢れています。この頃のベラはどんどん能動的に選択し自分を解放していきますよね。

清水:そうですね。ベラが性に目覚め、家を出て「冒険」に踏み出すと、一気にスクリーンがモノクロからカラーに変わるシーンは印象的でした。

長尾:旅を通してどんどん自分らしさを確立して、自己表現をしていくベラに不安を覚え、ダンカンは船の旅で彼女を閉じ込め自分のものにしてしまおうとしますね。ナルシストで自己中心的、女性蔑視で所有欲の強い男のダンカンは、まさに「有害な男らしさ」を体現している存在でした。

清水:まさしくそうですね。そして、一言で「男性性」や「男らしさ」といってもじつは複数のレイヤーがあります。おっしゃるようにダンカンがナルシシストで自己中心的、女性蔑視で所有欲の強い男だとしたら、前夫であるブレシントンの方は、戦争を体験してPTSDを煩い、死に対する権利(殺す権利)を特徴とする君主制や家父長的権力によって他者をコントロールしようとする「有害な男らしさ」を持ち合わせていました。

「有害な男らしさ」は、性差別や暴力に結びつくものもありますが、他方でそれゆえに男性が自分の感情を抑圧し、他者に依存したり助けを求めたりすることを妨げるように働いてしまうこともあります。この意味では、ダンカンもブレシントンも覇権的な「男らしさ」から逃れられない存在ですよね。だからこそ、ステレオタイプな「らしさ」に囚われず生/性を謳歌するベラの存在が際立ちます。富も女も社会的地位—ブレシントンにいたっては人間としての脳—も失って破滅していく彼らの姿は、まさに「哀れなるもの」として浮かび上がってくるように思いました。

長尾:なるほど。脅しや説教をしてくる男性に屈せずに自分が思ったことを素直に語るベラを通して、「有害な男らしさ」の滑稽さや愚かさが見えてくると。

清水:おっしゃる通りです。ただし、男性性そのものは必ずしも有害なものだけではありません。アメリカのクィア理論家ジャック・ハルバースタムは「女性の男性性」について論じています。そこでは、思春期までは「お転婆」な女の子として許容されていた「女性の男性性」は、思春期以後、男性中心社会によって徹底的に抑圧され、「醜いもの」として排除されがちになると述べています。ベラの存在は、女性の男らしさ、あるいはオルタナティヴな男性性がどのような条件の下で可能になり、今後どのように再編していけるのかを考えるヒントにもなりそうです。

読書する女性、知性とジェンダー

長尾:確かに、この頃のベラは、大人の女性の見た目だけれど、内面はまだまだ少女的で、先生のおっしゃる「お転婆」と「醜いもの」のあいだを揺れ動いている感じがします。そんなベラは、船上で出会ったフェミニストのマーサに魅了され、大きな影響を受けました。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品への出演でも知られる俳優のハンナ・シグラ演じるマーサは、ベラにゲーテやエマーソンなど19世紀の哲学者たちの本を勧めました。また、同時に出会うハリーには世界の光と影を教わります。ハリーによってアレクサンドリアに連れ出されたベラは、世界の貧困を思い知り、はじめて残酷な現実に直面するとともに、自分が持っている上流階級としての特権性にも気付かされます。

この一連の経験は、ベラにとって思想の目覚めとなる重要な転機であったといえます。どんどん理知的になり、社会に対して目を開いていくベラに、ダンカンはますます抵抗感を示します。先生は、本と女性の関係について、著書『ディズニーと動物』の中で、宇野木めぐみさんの『読書する女たち』を引用しながら、「女性読者とは小説を読んでいたずらに感情を高ぶらせている存在であり、女性読者は女性の美徳にとって有害な墜落を意味していた」(284P)と書いていらっしゃいますが、このあたりのベラの変化をどんなふうにご覧になりましたか?

清水:これは知性とジェンダーをめぐる問題でもあるのかなと思いました。本を書く女もそうですが、本を読む女たちもまた歴史的には厳しい状況が続いていました。たとえば、『美女と野獣』のベルは「本の虫」として描かれています。『美女と野獣』に関して言えば、もともと神話「アモールとプシュケー」、そして1740年にガブリエル= シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ(ヴィルヌーヴ夫人)が執筆したフランスの異類婚姻譚があり、その後1756年にジャンヌ=マリー・ルプランス・ド・ボーモン(ボーモン夫人)が子ども向けに書き下ろしたことで、翻訳、映画、ミュージカルとして数多くのアダプテーションが誕生することになりました。

ディズニーアニメのなかで、ベルが「少し風変わり」な女として村人から忌避されるのは、彼女が本を読む女だからです。当初、ベルを「本の虫」にしようというアイデアは、動きがなくて退屈なので映画には向いていないのではないかと懸念されました。ですが、逆にアニメでは、村の道をよく知っていて、一時も本から目を離さずに歩き回るというオープニングの光景になります。一見すると小さな村に暮らす「知性のある女」を表象しているようにも見えますが、舞台となる18世紀には、「男性の読書」とは対照的に「女性の読書」は小説が感情を高ぶらせ、女性の「美徳」にとって有害な「堕落」を意味するものとされていました。

清水:ちなみにディズニーアニメの『美女と野獣』の中でベルが一番気に入っている本は冒険の物語。遠く離れた地に冒険に赴く主人公が、決闘し、魔法の呪文が唱えられ、そこで姿を変えられていた王子が登場する話です。つまりベルは自分がこれから体験する冒険を、小説の中であらかじめ読んでいると言えます。その構造はベラとも少し似ていると感じました。「野蛮」で未熟な存在として描かれていたはずのベラが、「良識」ある成熟したはずの男たちを困惑させる理知さを獲得していく。本を通じて自分の冒険を予兆する知性、必要不可欠な見識を身につけていくんです。それは彼らに都合のよい女たちを作り出してきた社会ではなかなか教えられることのなかったものでした。

老婦人のマーサによって出会った本の世界や、黒人青年ハリーと目の当たりにした貧富の差。こうした不公正な構造は、社会のなかでは隠蔽ないし不可視化されてきました。けれどもベラは、現実に目を向け、様々な物語や思考と出会い直し、思考する自由を獲得していきます。わかったつもりになって思考放棄をしたり、無知のままで止まったりするのではなく、どこまでも自分の感覚をもとに思考を編んでいく。それがベラの強さや独自性になっていくと感じました。

長尾:冒険を予兆する知性。たしかに、ベラはマーサやハリーから得た知識をもとに、あくまで自分の感覚で今後の人生を方向づけていきますね。

後編に続く

『哀れなるものたち』予告編

■『哀れなるものたち』
監督:ヨルゴス・ランティモス
原作:「哀れなるものたち」 
アラスター・グレイ著(ハヤカワepi文庫)
脚本:トニー・マクナマラ
製作:エド・ギニー p.g.a.
アンドリュー・ロウ p.g.a. 
ヨルゴス・ランティモス p.g.a.
エマ・ストーンp.g.a.
撮影監督:ロビー・ライアン BSC, ISC
プロダクション・デザイン:ジェームズ・プライス 
ショーナ・ヒース
衣裳デザイン:ホリー・ワディントン
ヘアメイクアップ&補綴デザイン:ナディア・ステイシー
音楽:ジャースキン・フェンドリックス
サウンド・デザイン:ジョニー・バーン
編集:ヨルゴス・モヴロプサリディス ACE
セット装飾:ジュジャ・ミハレク
原題:POOR THINGS
2023年度作品 / イギリス映画 / 白黒&カラー
ビスタサイズ / R18+
上映時間:2時間22分 
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

Photography Mika Hashimoto
Text & Edit Shinichiro Sato(TOKION)

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対談:DJ KENSEI×井上薫 世紀末のクラブシーンから自然へと向かった理由、20年ぶりの屋久島を巡る新作のこと https://tokion.jp/2024/01/25/dj-kensei-x-kaoru-inoue/ Thu, 25 Jan 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=222351 2003年にリリースされたFinal Drop名義の『elements』とそれぞれの新作について、DJ KENSEIと井上薫が言葉を交わす。

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2003年、DJ KENSEIや井上薫、GoRo the Vibratianらジャンルを超えたアーティスト達が大隅諸島の屋久島を訪れ、長期間の滞在を経て1枚の作品を作り上げた。それがFinal Drop名義の『elements』だ。屋久島の地でフィールドレコーディングを行い、その素材とスタジオでのセッションを融合させたその内容は、世紀末から新世紀にかけての時代、東京のアンダーグラウンド・シーンで繰り返されていた音楽的実験の成果ともいえるだろう。

それから20年。DJ KENSEIとGoRo the Vibratianを中心に制作が進められたFinal Dropの新作12インチ『Mimyo』が突如リリース。時を同じくして、井上薫はふたたび屋久島の地を訪れ、島で録音した素材をもとに新作『Dedicated to the Island』を発表した(屋久島発のカルチャー誌「SAUNTER Magazine」とのコラボレーション)。

Final Dropの『elements』から20年、屋久島が世界自然遺産に登録されてから30年の2023年、なぜDJ KENSEIと井上薫はふたたび屋久島の地を目指したのか? 2000年代の東京アンダーグラウンド・シーン、その知られざる物語が2人の口から語られる。

90年代後半のオルタナティヴなシーンでの出会い~自然音への目覚め

――KENSEIさんと薫さんが初めて会ったのは90年代のことだと思うんですが、共同制作するほどの付き合いになったきっかけは何だったんですか。

KENSEI:90年代後半、ジャンルでくくれないオルタナティヴなブレイクビーツの動きがあって、そういう人達の音源を集めたコンピが出たりしたんです。NS-COMから出た『TOKYO TECH  BREAKBEATS 2』(2000年)とか。そういう作品のなかに僕が当時やっていたINDOPEPSYCHICSの音源が薫さんのものと一緒に入ってて。

井上:イベントもよく一緒になってたよね。京都のKAZUMAくんがやってたCommunicate Muteっていうパーティーとか。

KENSEI:そうそう。あとはOrganic GrooveとかOVA、レーベルだったらSOUND CHANNELとかね。

――90年代後半から2000年代初頭、以前は違う界隈にいた人達がそのあたりのシーンに集結していた感覚はありましたよね。KENSEIさんにしてもそれ以前はヒップホップで、薫さんはもう少しオーガニックなブレイクビーツをやっていて、ちょっと違うシーンにいる印象がありました。

井上:そうだよね。そのころKENSEIくんが「自然音ってやばいよね」みたいなことを言ってたのは覚えてる。

――KENSEIさんはどういう流れで自然音にたどり着いたんでしょうか。

KENSEI:INDOPEPSYCHICSでは最初ラップやヴォーカルの入ったブレイクビーツをやってたんですけど、どんどんインストになってきて、上物が音響的になっていったんですね。すると空間的なものを意識するようになっていって、そのなかで「音は日常にある」ということに気付いてしまって。環境音や自然音をネタとして使うようになっていくんですよ。

――それまでレコードからサンプリングしていたものが、日常の環境音になっていった、と。

KENSEI:そうそう。当時、モノレイクの『Gobi. The Desert EP』(1999年)っていうゴビ砂漠の音をイメージしたアルバムがリリースされたのですが、それが衝撃的だったんですよ。フィールドレコーディングとか音響的なものに興味を持つきっかけの1つになりました。

井上:ああ、あれは象徴的だったよね。電子音と自然音が調和した作品でね。

――薫さんはそれ以前からフィールドレコーディングに関心を持っていましたよね。

井上:そうですね。90年代前半、(六本木のレコードショップである)WAVEでワールドミュージックのバイヤーをやっていて、その頃から関心を持っていました。徐々に民族楽器のフィールドレコーディングと自然音をコラージュしたような作品に興味を持つようになった。「切り取り方次第で自然音も音楽的に聴けるようになるんだな」と思って。20代の頃はインドネシアによく行っていて、DATのハンディレコーダーで自然音を録音したり。Chari Chari名義の最初のアルバム(99年の『Spring To Summer』)でその時に録った音を結構使いました。

世紀末的なムードの中でたどり着いた、屋久島の深い自然

――では、どういう流れで屋久島に行くアイデアが出てきたのでしょうか。

KENSEI:屋久島に行く前にGOROさんやBetaLandたちとタイのランタ島に制作の旅に行ったんですよ。向こうでフィールドレコーディングして、何か作品を作ろうという企画で。でも、ランタ島で機材の電源を入れたら爆発しちゃいまして(笑)。

一同:ええっ(笑)!

KENSEI:電圧のことを理解してなかったんですよ(笑)。機材一式使えなくなってしまって。バンコクに戻ることもできないし、どうしよう?と思って、とにかくGOROさんのディジュリドゥやカリンバを簡易のレコーダーで録音しました。それが2001年だったかな。結局タイではフィールド録音のみをして、その次に行く場所として自然音を録るならって屋久島が浮かんできたんです。

――当時、90年代末の野外レイヴの季節が一段落して、その次にどこに向かうべきか誰もが探しているような感覚はありましたよね。

KENSEI:世紀末だったこともありますよね。自分も90年代にいろんなことを全開でやりすぎて、ちょっと行き詰まっていた。この先どうなるんだろう?みたいなことを考えてたんですよね。そういう話を薫さんとか、のちに屋久島に行くメンバーに話していたと思うんですよ。みんなも同じようなことを考えていて。

井上:その頃、僕はようやく音楽が仕事になってきて、わりと気分が高揚してる感覚もあったんだけど、世紀末的な不穏なムードは感じていました。オウムの事件や神戸の震災があって、その少し後には9.11があって。個人的には楽しくやってるんだけど、5年先10年先の未来なんてなんの確信もないというね。ある意味、刹那的な生き方をしていたような気がするんですよ。

――ちょうど時代の変わり目でもありましたよね。INDOPEPSYCHICSも2002年に活動休止しますし、KENSEIさん自身、それまでのようなサンプリング主体の音楽制作やビートを軸にしたものから、特定の環境のなかに身を置き、そこでつかみ取ったものから制作を立ち上げていくような作り方に徐々に変わっていったわけですよね。

KENSEI:まさにそうだと思います。テクノロジーでできる表現に対しては自分のなかで一段落したところはありました。音に癒やしを探していたというか。

井上:そういえば、KENSEIくん達はハイチにも行ってたよね?

KENSEI:行ってた。薫さんも行くはずだったんだけど、行けなかったんだよね。Banana Connectionっていうプロジェクトのレコーディングで(2002年)。

井上:その次に屋久島の話が出てきたんだよね、これは行かないと、と。

KENSEI:ハイチの手応えもあったし、そういう体験ができるということが自分にとっても意味のあることだった。ハイチなんて観光で行く場所じゃなかったし、家もバラックばかりで、すごい体験だったんですよ。そういう旅を続けるなかで、屋久島でも特別な体験ができるんじゃないかと思ったんですね。

――それまで屋久島に対してはどんなイメージを持っていたんですか。

井上:BETALANDとかYAMAちゃんとか大阪の連中が何人か屋久島に行ってて、彼らから話を聞いた記憶がある。屋久島といってもそれまでイメージもなかったんだけど、なんかすごいところらしい、と。

KENSEI:噂になってた時期がありましたよね。それもあってすごく興味を持ったんです。行ってみたら一発でわかりましたね。自分の小ささを痛感させられました。呼ばれた感じ。

井上:それまでも自然の豊かな場所を訪れたことはあったけど、あそこまで深い自然の中に入ったことがなかった。最初はちょっとびびったところもあったよね。

2003年にリリースされたFinal Drop『elements』制作時の記憶

――当時の制作ではどんなことが印象に残っていますか。

KENSEI:現地で体験したものや感じたことを消化しきれなかった記憶があります。自然のスケールが自分にとってもかなり衝撃的なもので、それを表現しようとした時に、自分のキャパが追いつかなくて。それで屋久島から戻ってきてから1年ぐらい(音源に)手をつけられなかったんですよ。

井上:それはよく覚えてる。レーベルのスタッフに「そろそろ作ってもらわないと困ります。スタジオを3日間押さえたので、そこで作ってくれ」とか言われて。そこからみんなの経験を持ち寄って完成までもっていった感じですよね。KENSEIくんはINDOPEPSYCHICSで培ってきたものがあったし、俺は当時ほとんど演奏していなかったギターやベースを弾いたり。シンセも弾いたかな。みんなの経験を持ち寄ると、こんなことができるんだなと思った。

KENSEI:スタジオでみんなでセッションしましたよね。屋久島で録ったフィールドレコーディング音源もあるんですけど、その時のセッションが軸になっている気がする。

井上:でも、今回ひさびさに聞き直してみたんだけど、フィールドレコーディングの音をすごく使ってるんだよね。主に水の音。

KENSEI:ああ、そうかもしれない。

井上:あとは野原でシャラシャラ音を鳴らして、それをバイノーラルマイクで録ったものをベースに曲を作ったり。

――非常にコレクティヴ的な作り方ですよね。お2人にとってもそれまでとは全く違う作り方だっただろうし、そういう制作方法自体に意味を見い出していたのでしょうか。

KENSEI:そうですね。めちゃくちゃ有機的だったと思う。それを狙っていたわけでもないんだけど。

井上:即興的でもあったしね。録音したものをポストプロダクションで作り進めていくという。GOROさんの家にみんなで集まって、話し合いながら進めていきました。

20年ぶりのFinal Dropとしての新作『Mimyo』で目指したものとは

レコードの日である2023年11月3日にリリースされたFinal Dropの新作12インチ『Mimyo』。『elements』制作時に屋久島でフィールドレコーディングされた素材にDJ KENSEIとGoRo the VibratianがRe-Excavation、Re-Touchを施し、KNDがマスタリングした全2曲を収録する。各曲ともに17分を超える壮大なサウンドスケープ。

――では、今回の『Mimyo』はどのような経緯で制作することになったのでしょうか。

KENSEI:GOROさんの活動をサポートしてる人が「今年は屋久島が日本で初めて世界自然遺産に登録されてから30周年だ」と教えてくれたんですよ。Final Dropのアルバムを出してから20年だし、それで節目としても先に進むためにも一度振り返りつつ何か表現できないか、と。GOROさんとも会う機会が増えて、集まれるメンバーで何かやろうという話になりました。

――まずは過去の素材を聞くところから始まったのでしょうか。

KENSEI:そうですね。うちに当時屋久島で録ったDATのテープが40~50本あって、とりあえず聴きながらデータ化しようと。そこからシーンとして使えそうなものを抜き出してみて、そこにGOROさんのカリンバやディジュリドゥを乗せました。

――水の音がすごく印象的ですよね。20年前の『elements』よりも今回のほうが前面に出ています。KENSEIさんはこの水の音に何を感じ取っていたのでしょうか。

KENSEI:当時の耳では気付けなかった音像の中にある粒子みたいなものですかね。聴ける視点の角度や感じる部分が20年という歳月で増えていたので、それを紡ぎとっていくことで全く別の波形が浮かびあがってきたんですよ。

井上:GOROさんの演奏は今回は改めて録ってるの?

KENSEI:いや、当時録ったものを使ってます。GOROさんが感覚的に乗せたものをミックスしたというか、音像をミックスしたというか。考古学者がハケで化石についた砂をはらっていくうちに、実体が出てくる感じですね。

井上:いい表現だね、それは。

KENSEI:MODEL1っていうミキサーのフィルターがすごく良くて、それをいじってると、化石についた泥をハケで落としていくように浮かび上がってくるものがあるんですよ。浮かび上がってきたものを抽出した感じです。

井上:KENSEIくんの今のDJにもつながってる感じがするよね。「春風」の時とか、あとは「THAT IS GOOD」のYouTubeチャンネルで公開されているDJプレイとか、あのあたりに近い目線を感じる。独自の空間性を獲得していて、すごいなと思いました。

KENSEI:素材自体に普遍性があったんだと思います。今のほうが機材のクオリティーは上がってるんだろうけど、GOROさんには当時「そういうことじゃない」と言われて(笑)。

――それはどういうことだったんでしょう。

KENSEI:ポストプロダクションの段階になるとみんな演奏の粗が気になってくるんですよ。でも、編集していくうちに、その時のヴァイブスが失われてしまう。そういうものじゃなくて、全体として表現したいものがある、と。「木を見て森を見ず」みたいな話というか、「1つひとつの木を直していくと森じゃなくなっちゃう」という話はGOROさんにされました。

――GOROさんの存在はFinal Dropにとって大きかったわけですね。

KENSEI:大きいですね。それまでは自分もすごく細かくエディットしてたんですよ。そういうところじゃない視点、ぱっと聴いた時の感覚を重視するようになりました。

井上薫が屋久島で新たにフィールドレコーディングを行い制作した『Dedicated to the Island』

9月に発表された井上薫の新作『Dedicated to the Island』。新たに屋久島でフィールドレコーディングした素材をもとに制作した全9曲を収録。

KENSEI:聴きました。素晴らしかったです。水の音がとてもクリアでFinal Dropとはまた違ったアーバンなムードも感じつつ、屋久島のムードとプリミティブな感じも更新されてるなと思いました。是非レコードにしてほしいですね(笑)。

井上:今回は(『SAUNTER Magazine』の発行人である)国本さんから「屋久島をテーマに作品を作りませんか」という話をいただいたんですけど、そのタイミングで完成まで2ヵ月弱ぐらいしか時間がなくて。以前だったら断っていたかもしれないけど、やるしかないなと思って。

――屋久島に対して特別なものを感じていた?

井上:それもありますよね。あと、その時期音楽制作のやり方を刷新しようとしていたんだけど、なかなかできなかったのでトライアルという意味合いと、それまではほとんど聴いていなかったフランス近代音楽みたいなものを聴くようになったり、ジャズに改めて関心を持つようになったこともあって、今回は音楽的にどう成立させるかすごく意識していた部分がありました。

――その意味では『Mimyo』とだいぶ作り方が違うわけですね。

井上:そうだね。今回は3泊4日で屋久島に行ったんだけど、その時に体験したことを身にまといながら、いかに音楽的に作り上げることができるのか意識していました。比べるのも変な話なんだけど、屋久島のあり方が表現されているのはKENSEIくんが作った『Mimyo』のほうの気がするんだよね。自分のは屋久島のことを表現するというよりも、自分自身のパーソナルな思いが根っこにあるから。

――薫さんが屋久島でフィールドレコーディングするということで、僕は環境音・自然音だけで構築されたアブストラクトな作品になるんじゃないかと思ってたんですよ。

井上:最初はそういうものをイメージしていました。でも、徐々に音楽的なフォーカスが定まってきて、かなり集中して作ることができました。だいぶ年齢を重ねたけど、まだこんな作り方をできるんだなと(笑)。今後音楽を作るうえでいい刺激になったし、重要な体験でした。

――今後、Final Dropで何かをやっていく可能性はあるんでしょうか?

KENSEI:うん、ありますね。やろうという話もしていますし、どこかに行きたいという話もしている。Final Dropという形を通して何か表現できればと考えています。

Photography Kentaro Oshio
Special Thanks Shinji Kunimoto ( SAUNTER Magazine )

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対談:Alex from Tokyo × DJ NORI 『Alex from Tokyo Presents Japan Vibrations Vol.1』から考える1980〜90年代のエクレクティックな日本の音楽 https://tokion.jp/2024/01/12/alex-from-tokyo-x-dj-nori/ Fri, 12 Jan 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=221366 パリ生まれ東京育ちのAlex from Tokyoが世界へ届ける、1980年代、90年代のサウンド『Alex from Tokyo Presents Japan Vibrations Vol.1』について。

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Alex from Tokyo(左)とDJ NORI(右)

Alex from Tokyo(アレックス・フロム・トーキョー)
1973年、パリ生まれ。4歳の頃に東京に移住し、18歳から22歳はパリの大学に在籍し1991年に東京へ戻る。10代後半よりDJをスタートし、1993年にはDJ Deep、DJ GregoryとともにDJユニットA Deep Grooveを結成し、90年代~2000年代はイギリスのレコードレーベル/レコードショップ「Mr.Bongo」東京支社や、ローラン・ガルニエのレーベル「F Communications」の特派員を務める。DJとしては東京、パリ、ニューヨーク、ベルリンを拠点に世界各国様々なパーティにて活躍。楽曲制作の面では、サウンドエンジニアの熊野功とのTokyo Black Starにてこれまでに数々のEP、アルバムをリリース。また2019年にベルリンにて自身のレコードレーベル「world famous」を再起動。現在はパリを拠点にワールドワイドに活動中。
http://www.instagram.com/alexfromtokyo/

DJ NORI
1979年に札幌にてDJを開始。86年に渡米しニューヨークにてDJプレイを経験。伝説のDJ、ラリー・レヴァンとともにプレイをする経験を持ち、映画『MAESTRO』では世界のダンスミュージック・シーンに影響を与えたDJとして出演。90年に帰国後は、芝浦GOLDのレジデントDJとして活躍。06年、初のミックス・アルバム『LOFT MIX』をリリースし、09年には活動30周年を記念し「DJ NORI 30TH ANNIVERSARY」を開催し、30時間ロングセットを達成。現在はレギュラーパーティの他、DJ MUROとの7インチ・バイナルオンリーのDJユニットCAPTAIN VINYLとしても活躍中。
http://www.instagram.com/norihisamaekawa

長年にわたって活動をし続けてきたAlex from Tokyo(アレックス・フロム・トーキョー)が、日本の楽曲をセレクトしたアルバム『Alex from Tokyo Presents Japan Vibrations Vol.1』(world famous)をリリースした。本作はパリ生まれのフランス人でありながら、DJ名を「フロム・トーキョー」と自ら名付け、東京カルチャーを胸にワールドワイドに活躍するアレックスが思案を重ね作り上げ、彼が音楽に目覚めDJを始めた1980年代、90年代の日本のエクレクティック(和洋折衷)なサウンドをセレクト。

さて、どんな内容のアルバムに仕上がったのか、レコードが仕上がったタイミングで来日を果たしたアレックスと、彼と長年の付き合いのある日本のトップDJ、DJ NORIに話を聞いてみた。ちなみにアレックスとDJ NORIは、DJ NORIが1990年代にアルバイトをしていた渋谷のレコードショップ「DJ’s STORE」で出会って以来、後に伝説のハウスミュージックパーティ「Gallery」を共にオーガナイズし、DJプレイをしてきたソウルメイトだ。

「自分がリスペクトしているヒーローに対するオマージュを表現したかった」(アレックス)

——『Alex from Tokyo Presents Japan Vibrations Vol.1』は、いつ頃から構想を練っていたのでしょうか。

アレックス・フロム・トーキョー(以下、アレックス):ニューヨークに住んでいた頃からかな。日本関連の内容のプロジェクトをワールドワイドにやりたいと思っていて、パンデミック中にどのようにこの企画を立ち上げればいいのかを考えた結果、自分のレーベル「world famous」から出そうと思い立ったんだけど、個人的な経験をベースとしたプロジェクトだから自分でやるしかないと。

人生の半分を日本で過ごして、東京は自分にとっても1つのホームでもあるから「Alex from Tokyo」という名前にして。その名前で僕は海外で知られているけど、7年前にベルリンに引っ越してヨーロッパでレコードレーベルを再起動しようと思った時、自分がこれまで経験したことをヨーロッパへ紹介することをしたいと思ったんだよね。その第1弾として、自分の生活の基盤にあるミュージックライフ……1980年代に東京のダンスミュージックに出会って、東京のアンダーグラウンドクラブへ行き始めたところからスタートしようと思って、エレクトロニック・ダンスミュージックを幅広くエクレクティックに、当時出てきていたいろいろな“バイブレーション”を感じる曲を11曲選んで、それを2枚組のアナログレコードでリリースしたんだ。良いサウンドシステムで聴けるリスニング向けであり、DJプレイにも使えると思う。

——日本の音楽を欧米の人達へ紹介する作品を意識されたんですね。

アレックス:もちろんヨーロッパだけではなく、日本を含め世界に向けてだよね。日本の情報は海外では意外と少なくて、世界中のいろんなところにDJで行くと、いつも日本のことを聞かれる。だから、ただレアな音源だけを集めたコンピレーションではなくて、文化的な企画として作りたくて、それぞれの曲に関して当時の状況も含めた解説文やライナーノーツを書いたり、当時の雰囲気が伝わる写真を使ったりして、そう考えると大掛かりで豪華なプロジェクトになったと思う。ここ数年は特に日本のクラブやレコードレーベルについて、多くの人達が興味を持ってくれている。日本にセンスのいい人達がいることは昔から知られていて、いろいろな意味で日本の音楽は注目されているから。

——今回は、どのような音源をセレクトされたのですか。

アレックス:今でもDJをする時にかけているタイムレスな曲でもあって、自分がインスピレーションを受けたアーティスト達の曲。だからヒット曲のベストコンピレーションではなくて、自分のミュージックライフや経験の中で通ってきた道の中で、本当に刺激をもらった曲であり、そうしたアーティストへのオマージュでもあるよね。それと日本の皆さんへ向けたラブレターでもある。

——DJ NORIさんはアルバムを聴いてみて、いかがでしたか。

DJ NORI:本当にDJが作ったコンピレーションだなと思います。もちろんDJでこのアルバムの中から1曲だけをかけるというのもありなんだけど、セレクションや曲順、世界観がすごく統一されていて気持ちいい流れになっているので、A1からA3まで、そこからBサイドまで聴いていて全く違和感がない。それとダンスミュージック・アンビエントのコンピレーションとして成り立っているなと、感じました。 

——自分も全体を通じて、この時代のエレクトロニック・ミュージックにおいてのアンビエントがあると改めて感じました。

アレックス:そうだね。一時期はアンビエント・ハウスという言葉があったくらいだと思う。

DJ NORI:このコンピレーションの中には80年代の曲もあるけど、この時代の日本人の繊細さだったり、日本人独特の音楽性をすごく感じるんだよね。それがダンスミュージックやリスニングミュージックとか、いろんなものを超えた上でアレックスがチョイスして1つのものに完成されたというか。普通のコンピレーションとは違うなと、思いましたね。 

——80年代、90年代の日本人アーティスト達が放つ独特なサウンドの質感があると思います。収録されている中で一番古いのは80年代前半ですよね。

アレックス:このアルバムの中で一番古いのは、84年にリリースされた坂本龍一さんの曲(Ryuichi Sakamoto「Tibetan Dance(Version)」だね。

DJ NORI:坂本さんは既にこの時代に、自然にこれを目指して曲で表現したのかなと思うと素晴らしいよね。沖縄音楽にもはまっていた頃だと思うし。 

アレックス:そうなんだよね。この曲が入っている『音楽図鑑』はちょうどY.M.O.を辞めた後に出したソロアルバムで、それまでと全く違うマインドセットを感じるというか。笙(しょう)の演奏者もフューチャリングしていて、サンプリングで使っているんだよね。「フェアライトCMI」という当時の革新的なシンセサイザーが使われているんだけど、いち早く坂本さんが日本で使っていた。だからきっと実験的な気持ちでアルバムの制作に取り掛かっていたんじゃないかな。

それに、このバージョンは、84年にリリースされた限定版のアルバムの中にボーナスで入っていた「Tibetan Dance」のダブバージョンなんだよね。オリジナルも大好きなんだけど、自分がダンスフロアでよくかけていたのはこのダブバージョンで、これがレコードに入るのは初めてになる。

DJ NORI:それと細野晴臣さんの曲(Haruomi Hosono – Ambient Meditation #3)にはスペイシーなアンビエントの世界感があって、細野さんはこの曲から先はアンビエントな感じになっていくよね。坂本さんも細野さんも常に先を行ってるよね。アレックス:今回の細野さんの曲は、93年にリリースされたアルバム『MEDICINE COMPILATION from the Quiet Lodge』に入っているんだよね。日本では数年前に再発されたんだけど、ライナーを読むとアンビエント・ハウスをテーマでやっているんだよ。細野さんそれまでのアルバムとは違う空気感で、アンビエントの雰囲気を取り入れたダンスミュージックというか、絶妙な時代だよね。僕は子供の頃からY.M.O.にはすごく影響を受けてきたし、このアルバムでは自分がリスペクトしているヒーローに対するオマージュを表現したかったんだ。

「このアルバムの良さは、日本の時代に古さを感じないということ」(DJ NORI)

——80年代後半、NORIさんは日本にいらっしゃいましたか?

DJ NORI:80年代後半はもうニューヨークにいたんだけど、藤原ヒロシくんの「T.P.O – Hiroshi’s Dub(Tokyo Club Mix)」は当時聴いていた。あの曲のボーカルは(高木)完ちゃんで、タイニーパンクスとハウスミュージックの融合みたいな。アレックスが選んだのは、僕の札幌時代からの友達のHEYTA(DJ HEYTA)のミックスだよね。この曲は89年にリリースされたけど、89年といえば「芝浦 GOLD」がオープンした年だから、まさに東京でハウスミュージックが確立されるタイミングにこの曲がリリースされているわけ。それを僕は日本へ帰ってきた時にHEYTAに聴かせもらって初めて知ったんだけど、シカゴ的なグルーヴが入っているし、すごくいいなと思った。この曲はHEYTAの他に、ダブマスターXやSatoshi Tomiieもミックスをやっていているよね。

アレックス:この間、完さんが説明してくれたけど、T.P.O.(藤原ヒロシと高木完によるユニット)で「Punk Inc.」という曲を作って、その曲をヒロシさんがリミックスしたのが「Hiroshi’s Dub」になって、それをさらにHEYTAさん、Satoshi Tomiieさん、ダブマスターXさんがリミックスをしたっていうものなんだよね。雷の音で始まるドラマチックなHEYTAさんのリミックスは、あの時代にクラブに行っていた人なら耳にしたことがあるアンダーグラウンド・シーンのテーマ曲だよね。僕にとっては当時の東京のシーンを思い出させるサウンドトラック的な曲。

DJ NORI:それで「Hiroshi’s Dub」の後に、Okihide「Biskatta」が入っているのも自然な感じがしていてすごく良いんですよ。この流れはアレックスのセンスだよね。DJミックスを超えた上でちゃんとした音の流れというか。

——この曲は90年代ですけど、当時のUK発のアンビエントやレイヴを感じました。

DJ NORI:ジ・オーブなどのアシッドハウスや、 ソウル2ソウルなども出てきて、やっぱり89年あたりから出てきたUK色はすごく日本に影響を与えていたのかなと感じます。だからイギリスのものと日本のものは近いというか。


アレックス:その頃の日本のサウンドは、ニューヨークとロンドンの影響がものすごく強いよね。

DJ NORI:一方その頃ニューヨークは、アメリカなんだけどアメリカじゃないみたいなところもあるしね。ニューヨークはいろんな人種がいるから、ヨーロッパの音楽も入ってきていて、その中で出てくるのがニューヨーク・サウンド。

アレックス:それこそ88年に僕が初めて行ったクラブが「BANK」で、飯倉交差点の少し手前の地下にあった狭いスペースのクラブだったんだけど、そこもニューヨーク、ロンドンのサウンドがミックスされていたね。



DJ NORI:88年、89年あたりはちょうどディスコからクラブに移行されていた時代で、ディスコ世代ではない、最初のクラブ世代だね。

アレックス:当時の日本のレコードショップだと現在の六本木ヒルズの場所にあった「WAVE」が象徴的だと思うけど、そこでUKをはじめとした最先端のヨーロッパのものがたくさん売られていて、それで「WAVE」の店員さんにすごく面白いアンダーグラウンドなクラブがあるよって「BANK」を教えてもらったの。だからNORIさんが言うように、ディスコ世代ではない、クラブ世代である自分をこのアルバムで正直に表現したかったのかもしれない。

——このアルバムを通じてNORIさんが改めて感じた、80年代半ばから90年代半ばまで楽曲の印象的なことは何でしたか?

DJ NORI:時代に古さを感じないということですか。このコンピレーションだとサイレント・ポエツの曲(Silent Poets「Meaning In The Tone(95’ Space & Oriental)もだし、ニューヨークで知り合ったHiroshi Watanabeくんの曲(Quadra「Phantom」)もだし、坂本龍一さんの曲のこのバージョンも知らなかったのでとても新鮮でした。モンド・グロッソの曲(Mondo Grosso「Vibe PM(Jazzy Mixed Roots)(Remixed by Yoshihiro Okino)」もすごく好きで、モンド・グロッソの曲がリリースされたのは 94年だけど、95年あたりがシーンの変わり目なんだよね。音楽的には89年にいろんなものが出てきて、 95年あたりからそれがさらに広がっていってって。ハウスではハードハウスもだけど、音数が増えていって、ハウスのシンプルな部分がどんどんなくなっていく。それとメジャーの音楽も多くなってきていた時期だよね。その中でジャズのテイストも出てきて、それが新鮮だったり。日本でクラブジャズが出てきた時、ニューヨークでは「BODY & SOUL」とかが始まって、ハウスミュージックではジョー・クラウゼルとか次の世代が活躍し始めたりとか、それまでとは異なったグルーヴになっていくんだよね。 

——日本のクラブジャズの中で、なぜモンド・グロッソの曲を選んだんですか。

アレックス:あの時代はいろいろなクラブジャズをやっているアーティストがいたから、今回は必ずクラブジャズを1曲入れたかった。だけどライセンスに関して、日本のメジャーレベルはすごく難しくて。特にジャズに関してはメジャーが持っている音源が多いというのもあるんだけど、アーティストが損しているよね。そんな経験も今回のコンピレーションを制作した中で感じました。


——この時代はメジャーレーベルがクラブミュージックを扱っていたんですね。

DJ NORI:そう。だから制作に関してお金のかけ方が全然違う。 DEF MIXのリミックスはほとんどメジャーレベルから出ていたし、この時代にメジャーで作られたクラブ系の音楽は30年経った今聞いてもクオリティが高いものが多いよね。

アレックス:音の鳴りが全然違うというか、クオリティに差がある。 

——今回、アレックスとともにTokyo Black Starで活動しているサウンドエンジニアの熊野功さんがリマスタリングを行い、今の時代に向け各曲をさらにヴァージョンアップさせと思いますが、どんなサウンドに仕上がりましたか?

アレックス:僕と熊野さんは、2人で90年代から一緒にTokyo Black Starというエレクトロニック・デュオをやっているんだけど、2010年に「PHONON」というオーディオブランドを始めて、熊野さんがサウンドエンジニアとして音の開発やチューニングをしてくれている。僕は熊野さんの音がしびれるほど好きなんだけど、彼のスタイルは高級ハイ・フィデリティ(Hi-Fi)なんだよね。僕がちょうど知り合った90年代からサウンドエンジニアをやっているけど、当時はエイベックス関連のヒット曲をマニピュレートしている反面、90年代末くらいからパーティーにサンドシステムを出している。クラブのサウンドシステムの文化を持ちながら、ハイファイな音も作ることができる、ただのHi-Fiで綺麗なサウンドだけじゃなくて、ローもすごく出せる、その融合ができる人。曲によってはレベルが低いものもあって、DJする時にかけられなかったりすることがあるんだけど、リマスタリングしたおかげでどれもクラブで響くように仕上がった。

DJ NORI:熊野さんがサウンドシステムをやっていたってことを初めて知ったけれど、低音が出ているよね。音が聞きやすくなっているから、そういう意味でこのアルバムは本当にお得ですよ。

「やっぱり、いいレコードしかターンテーブルに乗らないんですよ」(DJ NORI)

——Quadra、Mind Design、Okihide、C.T. Scanなど、日本のテクノ系アーティストの作品も多くセレクトされましたが、日本には本当にたくさんの良いテクノ系のインディーズ・レコードレーベルがあることを再確認しました。

アレックス:KEN=GO→さんの「Frogman Records」、山崎マナブさんの「Sublime Records」、それとMind Designのリリース先だった澤田朋伯さんがやっていた「TRANSONIC RECORDS」や、他に「Syzygy Records」とか、90年代初頭は日本のテクノの勢いは凄くあったよね。「Hiroshi’s Dub」が出てきた後に、Hisa Ishiokaさんが「King Street Sounds」の前にやってた、レーベル「La Ronde Label」もそうだし、寺田創一さんがやっていた「Far East Recordings」もだけど、当時は日本でも日本のエレクトロニック・サウンドのレコードを買うのが難しかった。 枚数も限られていたのもあるだろうけど、その時はニューヨークやロンドンに日本のレコードが置いてあった印象がある。

DJ NORI:確かに僕が初めて寺田創一君のSoichi Terrada & Nami Shimada「Sunshower」をレコードを聴いたのは89年なんだけど、ラリー(・レヴァン)がプレイしていて、音がすごく良かったことを覚えていますね。それでその曲を好きになったんですけど、ラリーのようなDJは音のクオリティの良さで曲を選ぶし、ジャンルが云々の前に音が良ければターンテーブルにレコードが乗るわけ。だからいいレコードしかターンテーブルに乗らないんですよ。

——このアルバムの中でも異彩を放っていたのが、清水靖晃さんの「Tamare-Tamare」ですが、アレックスにとってどのような曲になりますか?

アレックス:清水靖晃さんはサクソフォーン・プレイヤーで活躍する世界的なトップ・ミュージシャン。細野さんや、坂本さんの作品に参加しているし、本当にすごい才能を持ったマルチ 演奏者だよね。この曲は87年にリリースされたんだけど、当時、清水さんがパリに一時期住んでいた時に、パリでレコーディングされたもの。ミュージシャンもエンジニアも向こうの人達で、パリのスタジオで収録されたものになる。ちょうど86年あたりは、パリやロンドンでワールドミュージックのブームがあった頃で、清水さんはパリでそのバイブレーションを録音した人。「Tamare(タマレ)」とは、「ダンス」という意味なんだけど、この曲が当時出た頃から僕はDJでかけている大好きな曲。それと日仏コネクションがこの曲には含まれているから、個人的なストーリーとしてもいいなと思った。

——そしてPrismこと、横田進さんのことを紹介いただけたらと思います。

アレックス:横田さんとは、東京とパリのアンダーグラウンドミュージックを行き来をしていた、95年に東京で知り合ったんだよね。91年の9月に僕がパリに戻った時にテクノやレイヴ・ミュージックを知って、そこからローラン・ガルニエやDJ ディープに出会い、その場で思い切って「Rex Club」とかへ遊びに行ったりしていたんだけど、それまであまり日本には入ってきてなかったヨーロッパのサウンドをその頃に体験してすごく衝撃を受けたの。その中で、僕は東京で体験してきたサウンドも自分の中にあったから、パリで DJ をやる時も自分のスタイルを作るようにしていたんだけど。

——その頃に出会ったパリのDJ達は、どのようなスタイルでプレイをしていたんですか?

アレックス:DJディープと知り合って彼と一緒にDJ をやるようになった頃は、ニューヨークのハウスをかける人たちはパリには少なかった。デトロイトやシカゴにしてもハードなものがかかっていた中で、ディミトリ・フロム・パリス、ローラン・ガルニエ、DJディープなんかは、テクノの中でもハウシーなものもかけたりしていた。ちょうどその頃にローランが「F Communications」という レーベルを立ち上げて、自分が日本に戻る前にフランスのレーベル のプロモーション音源などを日本のDJ達に配ったりしていて、そこから「F Communications」の日本の代表になったんだけど、その頃に「Sublime Records」の山崎さんと知り合って、彼が横田進さんを紹介してくれたんですよ。

横田さんの「METRONOME MELODY」というアルバムをもらって、その頃に僕は「Mr.BONGO」というレコード屋でアルバイトをしいたんだけど、横田さんがよく遊びに来てくれていてそれで仲良くなって、98年くらいに恵比寿に「Lust」というクラブができた時に、横田さんがパーティーを始めたいということで「Skintone」をスタートして、僕はそれにDJとして参加することになったんだよね。横田さんは本当にピュアなアーティストで、海外でもすご人気があった。DJすることが本当に好きで、パーティではレフトフィールドな音源をかけたり、とてもアーティスト気質の強い人だったよ。

「こんなに素晴らしい日本の音楽があることを知ってもらいたい」(アレックス)

——Vol.1ということは、Vol.2の構想も考えていますか?

アレックス:『Japan Vibrations』をシリーズ化して、日本のサウンドを世界に紹介したいなと思っているんだけど、本やドキュメンタリーフィルムの制作もやってみたいなと思っています。今回ヨーロッパでは文化プロジェクトとして『Japan Vibrations Vol.1』のリリースパーティーをやって、アルバムを最初から最後まで聴いてもらって、その後にクラブでパーティをしようと思っている。新世代の人達にはこんなに素晴らしい日本の音楽があることを知ってもらいたいし、インスパイアしてもらえたら嬉しいよね。

——NORIさんからアルバムについてメッセージを頂けますでしょうか。

DJ NORI:このアルバムの良さは、やはり人々のパワーを感じることじゃないでしょうか。クリエイターがどんどん出てきた時代だったと思うし、楽曲や、使用機材の素晴らしさを感じることができるコンピレーション。それとクラブカルチャーの流れを感じるこの時代のクロスオーバー感。それを選曲から感じることができるし、アレックスだからこそ表現できたのだと思います。パリで生まれてるけど、結局アレックスのルーツは東京なんだなと感じさせてもらいました。ディミトリはfrom Parisだけど、アレックスは from Tokyo……他のフランス人とは違うところだよ。

Photography Keee

V.A.『Alex from Tokyo presents Japan Vibrations vol.1』

■V.A.『Alex from Tokyo presents Japan Vibrations vol.1』
world famous
2枚組LPアナログ盤/CD/デジタルにて配信
[アナログ盤収録曲]
A side:
A1 Haruomi Hosono – Ambient Meditation #3 
A2 Silent Poets – Meaning In The Tone (’95 Space & Oriental) 
A3 Mind Design – Sun 

B side:
B1 Quadra- Phantom 
B2 Yasuaki Shimizu – Tamare-Tamare
B3 Ryuichi Sakamoto – Tibetan Dance (Version) 

C side:
C1 T.P.O. – Hiroshi’s Dub (Tokyo Club Mix) 
C2 Okihide – Biskatta 

D side:
D1 Mondo Grosso – Vibe PM (Jazzy Mixed Roots) (Remixed by Yoshihiro Okino) 
D2 Prism – Velvet Nymph 
D3 C.T. Scan – Cold Sleep (The Door Into Summer) 

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ROTH BART BARON 三船雅也 × ISO  「ジュブナイル」が持つ魅力と新作アルバム『8』を語る——「新しい冒険や発見に満ちてなくちゃいけない」 https://tokion.jp/2023/12/13/roth-bart-baron-masaya-mifune-x-iso/ Wed, 13 Dec 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=219097 ROTH BART BARONの三船雅也とライターのISOの対談。ROTH BART BARONの新作『8』のテーマとなったジュブナイルについて2人が語る。

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ROTH BART BARONの三船雅也(左)とライターのISO(右)

ROTH BART BARON(ロットバルトバロン)
シンガーソングライターの三船雅也を中心とした東京を拠点に活動する日本のインディーロッ クバンド。2022 年は、映画『マイスモールランド』の劇伴音楽と主題歌を手掛けた。 2022 年 11 月 9 日に『HOWL』をリリースし10都市12公演全国ツアーを開催。2023年は「フジロック・フェスティバル 23 」に出演。10月18日には8thアルバム『8』をリリース。現在、全国ツアーを開催中。
https://www.rothbartbaron.com
X(旧Twitter):@ROTHBARTBARON
Instagram:@rothbartbaron
YouTube:@ROTHBARTBARON

シンガーソングライターの三船雅也が中心となるフォークロックバンド、ROT BART BARON(ロットバルトバロン)の8枚目のアルバム『8』が10月18日にリリースされた。本作について三船が「自分の子供時代、ジュブナイルと向き合った作品です」と語る。なぜ、三船はジュブナイルをテーマにしたのか。そしてジュブナイルに対する想いとは。映画ライターのISOとの対話から探っていく。

ISO:まずは今作『8』で「ジュブナイル」をテーマに選んだ理由を教えてもらえますか?

三船雅也(以下、三船):ジュブナイルという構想自体は前作『HOWL』を作っている時からあったんです。僕は曲やグラフィック、ライブパフォーマンスにしても、常にアイデアをいくつもパラレルに持っていて。それが本当に作品になるかはわからないんですけど、曲ができてきた中でうまく結びつくと結果的にそれが作品になる。そうやっていくつもアイデアや曲が並走していく中で、今回たまたま飛び乗ったのがジュブナイル列車だったという。

ISO:こういうテーマで作ろうと挑んだわけではなく、タイミングが重なって生まれたと。

三船:パンデミックの3年間でいろんなことを熟慮したし、『HOWL』ではロシアのウクライナ侵略のことなんかも題材にしたりと、「人間がやる度し難いこと」というテーマに自分としては十分向き合ったから、一度そこではない文脈で音楽を作りたくなったんですよね。その時に子供の目線で考えてみようと。自分の中でもう一度子供の気持ちを呼び起こしたいという根源的な渇望があって、それが深く音楽と結びついたんです。

ISO:子供の気持ちに立ち返りたいって欲求はみんな持っていますよね。

三船:大人がしがらみにとらわれた時、子供はたやすくそれを飛び越えますもんね。そこへの憧れも確かにありますけど、僕は以前から子供の目線はあったと思うんです。例えば災害があって避難所にいても、集まった子供達はすぐに集まってと友達になって遊べたりする。今振り返ると、僕らはそれに近い感覚でパンデミックの時も活動できたような気もしていて。ずっと大人目線だったら道理とか理屈で物事を考えて、おとなしくしてたでしょうし。だから今度はまた新しい気持ちでジュブナイルを見ようとしてるのかも。

映画との関係

ISO:三船さんはもともと映画監督を志していたんですよね。音楽に関しても映画の影響は大きいんでしょうか?

三船:そうですね。映画を学ぶ最中に音楽に取りつかれていった人間だからか、僕は音の前に絵があるんです。宮崎駿さんが最初にイメージボードを描いたり、ヒッチコックがまず絵コンテを切るように、絵ありきで音を作るので僕の中で映画と音楽はすごく密接。架空の映画をディレクションしているような感覚ですね。サントラを作るのに近いというか。

ISO:なるほど。サントラといえば三船さんが音楽を担当した『マイスモールランド』を観ましたけど、楽曲で登場人物の心情を表現していて素晴らしかったです。三宅唱監督の作品とかすごく相性が良さそうですし、いろんな作品を手掛けてほしいなと思いました。

三船:ぜひ、やりたいですね。これまでもここ数年はCMやドラマ主題歌などいろんなクリエイターの方と総合芸術を作る機会に恵まれて、すごく刺激をもらったんです。パッションのある監督やディレクターと作った時に、自分が思ってもいなかった場所にたどり着く感覚が面白くて。

ISO:やはり普段の制作とは全然違うものなんですね。

三船:映像作品だと、絵に合わせた時の絶妙なバランス感覚が求められるんですよね。音楽が強すぎると役者の演技を薄めて言葉が響きにくくなるとか。僕だけが良ければOKというプロジェクトじゃない。その感覚がすごく楽しいんです。普段は僕とバンド、そしてリスナーの関係だけで良いんですけど、そこに別の要素が加わるとまた違った飛躍がある。

でもこうして音楽の道に進んだことで、結果的に昔目指していた映画との繋がりが強くなるなんて面白いですよね。映画音楽は今後どんどん作っていきたいです。

ISO:今作に合わせて作られたショートストーリーもとても映画的ですよね。CGがとんでもないクオリティで驚きました。

三船:すごいですよね。僕も試写会で泣きましたもん。映像作家・安田(大地)さんが曲を聴いてアイデアを出してくれて、僕らが描きたかったジュブナイルの少年/少女性をとてもきれい

に映像作品として表現してくれました。

ISO:クトゥルフ神話やSF風のパートもあり、ジュブナイル映画っぽさが見事に現れていました。

三船:ほとんどは安田さんチームのアイデアですけど、最初は僕が好きなジュブナイル映画10作品をモチーフとして彼らに伝えました。だから映画の主人公の衣装を着ていたりとか、イースターエッグが散りばめられています。

ISO:普段はどんな映画を観るんですか?

三船:怖い作品以外はなんでも。トリュフォーやジャン・ヴィゴ作品のような古典も大好きですし、新しい作品も観ます。でも僕が映画を好きになったきっかけは特撮なんですよね。母がウルトラマンとゴジラが好きで、一緒に観に行った平成ゴジラシリーズに感銘を受けて自分でも特撮を作りたいと思うようになりました。それで高校生の時に映画の撮影現場で荷物持ちのバイトをしたんです。その時に「今はCGの時代だからもう特撮監督の仕事はない」と言われ驚愕しましたね。でも東映の人が言うなら間違いないなと挫折して。他の道も考えないと……と思いつつギターを弾き始めた(笑)。

ジュブナイル映画への想い

ISO:切ない…。今回テーマがジュブナイルですけど、ジュブナイル映画で特に印象に残っている作品はあります?

三船:19歳の時に観たジャン・ヴィゴの『新学期 操行ゼロ』は衝撃を受けましたね。

ISO:渋すぎる。でも確かに反逆を決起するシーンの映像は素晴らしいですよね。開放感があるし、ドラマチックで。

三船:ストーリーも普遍的ですしね。しかも押し付けがましくないじゃないですか。こうしろとは言わないけど、お守りのような優しさはある。宮崎駿さんの映画もそうですけど、押し付けがましくないジュブナイル映画はやっぱり良いなと思います。

ISO:意見とか使命とか押し付けてくる作品ありますもんね。三船さんも「Kid and Lost」で“また高校生に世界を救わせる物語”って歌ってますけど、やたらと高校生に背負わせたり。

三船:そう、ティーンエイジャーの時にその違和感をすごく感じてたんですよね。なので大人になっても制服姿の夢を追いかけて僕らに押し付けようとするんだと。思春期特有の大人に対する不信感もあったと思うんですけど、食い物にされてる感が気に食わなかった。

ISO:わかります。押し付けと無縁のジュブナイル映画が良いですよね。『ホームアローン』とか。あれも『新学期 操行ゼロ』と同じく反逆の映画ですけど。

三船:『ホームアローン』はみんな好きですよね。守られる存在だったケビンが1人でコンフォートゾーンから飛び出していくのとか、やっぱり観てて面白いし。触れられないものに触れたり、ダメと言われたことをやったり、ラインをはみ出る瞬間を描いている。その何かを飛び越えた時、子供の部分を少しずつ喪失していくんですよね。

ISO:喪失というのはジュブナイルと密接なテーマですよね。成長とか冒険もあるけど、大人になる過程で子供心や、一生続くと思っていた関係が失われていく。

三船:『スタンド・バイ・ミー』とかね。結局少年達は成長と共に疎遠になるじゃないですか。でもその一緒に過ごした刹那の時間が永遠だったりする。小さな頃にキャンプで出会った名前も覚えていない子と遊んだ記憶が未だに残っていたりとか、ありますもん。あの映画にはそういう尊い時間が詰まってる。

ISO:たいしたことも起きないし、ゆったりしてるのにすごく密度の濃い作品ですよね。

三船:ああいうゆったりと時間が流れるエンタメ映画って、メジャー作品ではもうほとんど存在しないじゃないですか。ハリウッド映画はどんどん加速してますし。その中で宮崎駿さんは激しいラッシュの後に穏やかなシーンを入れたり、すごく勇気があるなと思いますよね。

ISO:確かに宮崎さんはそうですね。ちなみに『君たちはどう生きるか』はいかがでしたか?

三船:素直な宮崎さんが観れて僕は好きでしたね。トトロからやってきたお母さんとの関係の集大成がここなんだなと。自分と向き合ったのをしっかり感じたというか。フォークシンガーが自分のプライベートライフを歌うアルバムに近いのかな。エンタメポップじゃないけど、すごくオーガニックで何回も聴きたくなる名盤というか。ニック・ドレイクみたいな(笑)

ISO:わかる気がする。ジブリ作品と共に育った我々からすると、あそこまで素直に宮崎さんを出されると嫌いになれないですよね。

三船:そして80歳であれだけの作品を作り上げるってのが本当にすごい。僕も弱音を吐いてられないなと思いましたね。宮崎さんの前で「僕最近忙しくて」とか口が避けても言えない(笑)。

「先に進んでる主人公じゃないと惹かれないんです」

ISO:宮崎さんには誰も言えないです……。他に好きなジュブナイル映画はありますか?

三船:僕はロビン・ウィリアムズが好きなんですけど、『ジュマンジ』とかも良いですよね。ファニーだしエンタメだけど、実は父親に対するトラウマとか重いテーマも描いていて。その上で大人と新しい世代の子供が繋がるじゃないですか。ジュブナイル映画って大人と子供の対立を描くことが多いけど、協力するのも観てて面白いですよね。昔の自分と繋がる、あの時空の越え方も好きですし。

ISO:そういう時空のねじれでいくと、山崎貴監督のデビュー作『ジュブナイル』もそうですよね。ミレニアム時代のワクワクが詰まったSF映画。

三船:ありましたね。僕は山崎さんの本質はあの映画にあると思っていて。『ALWAYS 三丁目の夕日』のような人間ドラマではなく、SFと武器。だから『ゴジラ -1.0』は山崎さんのオタク感がよく出てたなと。20mm機関銃をなめるように撮ってたりして、「最高だぜ!」とか思いながら観てました(笑)。

ISO:ドラマ以外のパートに筆が乗ってましたよね。

三船:ゴジラと戦うシーンは本当に素晴らしいし、観ながら山崎さんは本当にこういうのが好きなんだなと思わず嬉しくなりました。

ISO:山崎さんの童心が見えましたよね。そういう作り手の純粋な部分が見える作品は良い。今年観た中だと『フェイブルマンズ』も素晴らしいジュブナイル映画でした。『E.T.』もそうですけど、スピルバーグのピュアな視点は本当にすごいなと改めて思い知らされました。

三船:童心を持ち続ける才能ってありますよね。そういう人の作品は透き通っているというか、純度が高い。岩井俊二さんもそう。60歳になっても、8歳のような感性も持っていて。でも本来は誰しもが空想とか楽しいアイデアを持ってるじゃないですか。でも大人になるにつれ空想に力がないと思い始めて、押し込めてなかったことにする。

僕は映画を勉強していた大学1年生の時にそれを目撃したんですよね。『セーラームーン』を観る授業があって、タキシード仮面というヒーローが登場するんです。みんな昔は純粋な目で観てたはずなんですけど、同級生の子達は彼が出てきた瞬間に笑い始めたんですよ。

ISO:大人になるとそうなっちゃいますよね。

三船:でも僕はすごく憤りを感じて。僕らはそういうものに魅せられ、生み出すために学んでいたわけじゃないですか。それを何様のつもりで笑っているのかと。これを本気で作っている人がいて、僕達もそっちに立たないといけないのに。当時は周りに合わせて笑ったほう

が良いのかなと思ったけど、今思うと笑わなかったから音楽の作り手になれてる気がしてて。

作り手の人は笑わないと思うんです。きっとスピルバーグは笑わない。そういう純粋な気持ちを持っているからこそ『E.T.』のような作品が作れるんだと思うんです。だって宇宙人が来たら、大人は防衛とか研究ってなるじゃないですか。普通友達になろうとはならない。

ISO:うん。『E.T.』は最初ホラーっぽさもあるんですよね。子供の目線で得体のしれないものと出会う恐怖感もしっかり描いてる。子供の頃って何気ないものが怖かったりするから、ジュブナイルってホラーとの相性も良いじゃないですか。『ストレンジャー・シングス』以降、『IT』や『ブラックフォン』とか、ジュブナイルホラーの波が来てますし。得体の知れない恐怖と同時にノスタルジーも堪能できるような。みんな懐かしいものへの憧れがすごいんだなと。

三船:そうやってみんなノスタルジーの奴隷になっていくんですね(笑)。人類はいつも「あの頃は良かった」と過去を懐かしみながらループして生きてますけど、僕はその呪縛から逃れました。先に進んでる主人公じゃないと惹かれないんです。

「冒険をみんなと共有できたら嬉しい」

ISO:作品にもそれが現れていますね。『8』を聴くとノスタルジーというより、始まりの息吹を強く感じました。

三船:懐かしいというのは大人の感想であって、子供はそんなこと思わないじゃないですか。だからジュブナイルを描く作品は、本来子供目線で新しい冒険や発見に満ちてなくちゃいけない。

ISO:確かに!「Boy」でも“次の冒険に出かけよう”って歌ってますもんね。

三船:そう、思い付いてしまったからやるしかない。だから僕は外に出てみたんです。

ISO:あ、ベルリン移住か。ちょうど今ジュブナイルの真っ最中じゃないですか。

三船:そうですね、現在進行形です(笑)。

ISO:僕もまだ東京に出てきて日が浅いので、若干ジュブナイル気分です。みんなも本当は冒険したいと思うんですよ。でもいろんな制約や義務感の中でできないから、心を冒険に誘ってくれる映画や音楽に惹かれる。

三船:ですよね。だから僕がしてきた冒険をみんなと共有できたら嬉しいな、と思いながら音楽作ったりしてます。今はドイツ語も話せなくて友達もいないし、毎日が「はじめてのおつかい」みたいだし、区役所とかに電話する時も震えるし。いろいろと大変ですけどね。

ISO:でもそういう新しい場所で受け取るものって刺激になりますよね。

三船:僕が住んでる地域はヨーロッパで一番子供が多いらしいんですよ。そこら中に子供がいて、その横で僕が曲を作ってる。たまに子供が話しかけてきたり。「自転車見張ってて」とか(笑)。

ISO:すてきな環境!

三船:楽しいですよ。うちの近所に墓地があって、そこに子供の遊び場も併設されてるんです。それで子供がお墓によじ登ったりボールぶつけたりしてるんですけど、墓標見ると1800何年没とか書いてて。 200年前に死んだ人と今生きてるイケイケの奴らがクロスオーバーしてるとかすごいじゃないですか。お墓参りに来てる人もいるけど、悲壮感が全くないし。ハレとケの感覚がない日本人とはまったく別のラインで生きてて面白いなぁと。その景色に囲まれながら何千年の季節の訪れを歌った「千の春」という曲を書きました。

ISO:日本とベルリンではジュブナイルの感覚も違ってきそうですよね。

三船:そうですね、違うと思います。ダメと言われない子供が強い世界なんです。性別関係なしに強い。昭和味があるというか、なんというか…

ISO:じゃりン子チエみがある感じ?

三船:そう!高畑勲みもある(笑)。 気持ちの良い場所ですよ。

Photography Masashi Ura

■ROTH BART BARON 『8』
2023.10.18 Release

[LP]2023.11.8 Release
¥4,400

[Track]
1. Kid and Lost
2. BLOW (feat. Safeplanet) 3. Boy
4. 千の春
5. Exist song
6. Ring Light
7. Closer
8. Krumme Lanke
9. MOON JUMPER
10. NIN / GEN
https://rothbartbaron.lnk.to/8_RBBhttps://rothbartbaron.lnk.to/8_RBB

ROTH BART BARON
TOUR 2023-2024『8』

2024年
2月4日 (日) 愛知 今池 THE BOTTOM LINE
2月11日 (日) 熊本 早川倉庫
2月12日 (祝月) 福岡 BEAT STATION
2月18日 (日) 大阪 心斎橋 BIGCAT
3月1日 (金) 北海道 札幌 cube garden
3月2日 (土) 北海道 札幌 モエレ沼公園 ガラスのピラミッド  – sold out –
3月3日 (日) 北海道 札幌 モエレ沼公園 ガラスのピラミッド *三船SOLO
3月17日 (日) 東京 渋谷 Spotify O-EAST
https://linktr.ee/rothbartbaronhttps://linktr.ee/rothbartbaron

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対談:唐田えりか × 芋生悠 親友同士だからこそ伝わるセリフを超えたリアルな想い 映画『朝がくるとむなしくなる』で初共演 https://tokion.jp/2023/11/29/erika-karata-x-haruka-imou/ Wed, 29 Nov 2023 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=217481 映画『朝がくるとむなしくなる』で初共演をする唐田えりかと芋生悠の対談。親友の2人だからこそ伝わるそれぞれの想い。

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芋生悠(左)と唐田えりか(右)

唐田えりか
1997年9月19日生まれ、千葉県出身。2015 年にドラマ『恋仲』(フジテレビ系) でデビューし、『こえ恋』(2016/テレビ東京系)、『トドメの接吻』(2018/日本テレビ系)、『凪のお暇』(2019/TBS系)などのテレビドラマに出演ほか、韓国 Netflixドラマ『アスダル年代記』(2019)にも出演。映画では、ヒロインを演じた『寝ても覚めても』(2018/濱口竜介監督)が第71 回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門の参加作品に選ばれた。2022 年には主演映画『の方へ、流れる』(竹馬靖具監督)、2023 年にはヒロインとして出演した映画『死体の人』(草苅勲監督)が 公開となった。2024年にはNetflixシリーズ『極悪女王』の配信が控えている。
https://www.flamme.co.jp/actress/profile.php?talentid=20

芋生悠(いもう・はるか)
1997 年 12 月 18 日生まれ、熊本県出身。2015 年デビュー。 主演映画『ソワレ』(2020/外山文治監督)で注目され、映画やドラマ、舞台、 CM と幅広く活躍。映画『37 セカンズ』(2020/HIKARI 監督)、『ひらいて』(2021/首藤凛監督)、『左様なら』(2019/石橋夕帆監督)などに出演。
https://harukaimou.com
Instagram@imouharukahttps://www.instagram.com/imouharuka/

もともと友人として仲の良い唐田えりかと芋生悠が、『左様なら』の石橋夕帆監督作『朝がくるとむなしくなる』で初共演を果たした。中学のクラスメイトだった希(唐田)と加奈子(芋生)が東京で再会し、お互いにかけがえのない存在になっていく様子を、リアルな会話と温かい眼差しで描き出す。「芋ちゃん」「唐ちゃん」と呼び合う2人へのインタビューから、お互いへの信頼が現場での親密なコラボレーションに繋がっていることが浮かび上がった。

出会って8年、初めての共演

——お2人が仲良くなったきっかけから教えていただけますか?

唐田えりか(以下、唐田):18歳の頃、高校の同級生でカメラマンを目指している子が、「東京でかわいい子を撮った」って芋ちゃんの写真を見せてくれたんです。それで「かわいい!」となって。

芋生悠(以下、芋生):(照れ笑い)。

唐田:当時、公式のInstagramをやっていたんですけど、直接の知り合いしかフォローしていなかったんです。でも、芋ちゃんのアカウントだけは自分からフォローしたら、芋ちゃんがメッセージをくれて。すぐに「会おう」となって、意気投合しました。芸能界に入って初めてできたお友達で、もう8年くらいの付き合いになります。

芋生:当時の唐ちゃんはフィルム写真を撮っていたので、遊びで一緒に写真を撮ったり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったりしているうちに、すぐに“マブ”になりました(笑)。

唐田:本当にめっちゃ会ってました。現場で一緒になっていない(同業者の)人と、こんなにも短い期間で仲良くなれたことはないかもしれないです。

芋生:仕事の話とか全くしないよね。いい意味でただの友達だから、なんでもないことを、いっぱい喋る。

唐田:うん、地元の友達感がある。

——『朝がくるとむなしくなる』で初めて共演することになって、どう思いましたか?

唐田:脚本を先に読んでいたので、加奈子役が芋ちゃんになったと聞いて、ありがたいというか、シンプルに嬉しかったです。

芋生:今回、役として再会しますけど、実際に数年ぶりの再会だったんです。夢に出てくるぐらい唐ちゃんのことを「元気かな」「幸せに暮らしてるかな」ってずっと考えていたから、「やっと会える!」という気持ちでした。

唐田:私が休業している間、1年間ぐらい携帯(電話)を持たない生活をしていたので、連絡先を知っていた方との関係も全部リセット状態でした。誰とも連絡を取らず、事務所の寮から外に出ない生活をしていました。

——それは芋生さんも気になりますね。

芋生:気になりました。だからふとした時にハッとなって、「唐ちゃん、元気かな」って。

唐田:嬉しい……!

——現場でいうと、今作は唐田さんにとって休業が明けてから何本目の作品ですか?

唐田:4本目です。仕事を再開するとなった時に、ないと不便だということで、連絡用にまた携帯を持ち始めました。でも、事務所の人と家族しか繋がっていない期間が結構長かったんです。

——今、お2人は繋がっていますか?

芋生:(嬉しそうに)はい!

唐田:無事に繋がりました(笑)。

『朝がくるとむなしくなる』での役作りについて

——石橋夕帆監督はこの作品を、唐田さんの主演ありきで作り始めたそうですが、どのようにコラボレーションを進めていったのでしょうか?

唐田:まず事務所でお会いして、「何が好きですか?」「普段何してますか?」といったパーソナルな部分について、軽い感じで会話をしました。そして、希役にあて書きしていただいて、脚本をいただいたという流れです。

芋生:私は夕帆さんと『左様なら』でご一緒してから、ずっとお友達みたいな感じで、ご飯にも普通に行ったりしていて。私がいつも唐ちゃんの話をしていたので、夕帆さんも唐ちゃんが気になっていったのかなと思いました。

——芋生さんから見て、希役に唐田さんを「あて書きしているな」と感じる部分はありますか?

芋生:(唐田と顔を見合わせながら)どうだろうね? 今まで唐ちゃんが演じた役の中では、一番本人に近い気がするけど。

唐田:希が見せるバカっぽいところが、一番自分っぽい気がします(笑)。

芋生:酔っ払って、路上でマイケル・ジャクソンみたいな動き(ムーンウォーク)をするところとか(笑)。ああいう人間味が出る瞬間に、唐ちゃんを感じます。

唐田:希の淡々とした感じももちろん自分の一面ではあるんですけど、芋ちゃんのように気心知れた人の前では、素の陽キャな部分が出てきます。

——加奈子は芋生さんに重なりますか?

芋生:希と会話する時の感じは、すごく似ているかもしれないです。私も加奈子も、聞き役になることが多いので。

唐田:いつも私が延々と喋っています(笑)。

——役を演じるにあたり、意識したことをお聞きしたいです。

唐田:私と芋ちゃんをキャスティングしていただいた時点で、この関係性に委ねてもらっているなと感じました。だからこの空気感の中で、本当にリアルな会話ができたらいいなと。ただ、仲がいいからこそ、希と加奈子が再会してからしばらくは、この仲の良さや自分が出過ぎないようにということはちょっと意識しました。

芋生:夕帆さんの脚本は会話がすごくリアルなので、言葉がなじみやすいんです。なおかつ私達の仲の良さを知った上で書いてくださっているので、現場では何のストレスもなく、ラフに会話をするだけでした。

——あの即興感のある会話が台本通りなのですか?

芋生:(唐田に向けて)アドリブはそんなになかったよね? 一緒に飲んでいるシーンでバンドマンの話をするところや、枝豆が飛び出て笑うところは、アドリブから出てきたものが使われていたと思います。

唐田:そういうシーンは長回しをしてたかも。バンドマンのところは、当日に追加でセリフをもらった気がします。監督から「バンドマンについて、このセリフを言ってほしい。そこにたどり着くまでの会話は自由で」って言われました。

芝居を超えた2人の関係

——加奈子の部屋で会話するシーンが感動的でした。カットを割って、それぞれの寄りのショットで、涙を捉える。そこまで引きのツーショットが多かったので、お2人にとっても集中力が必要な場面だったのではないでしょうか。

芋生:あそこはだいぶテイクを重ねました。唐ちゃんはテイクのたびに涙を流していて、すごい集中力でした。そのお芝居を受けるとどうしても泣いてしまって。夕帆さんから「泣かないようにやってほしい」と言われて何テイクもやって、でも泣いちゃって……。

唐田:うん。

芋生:何度もやって、最終的にやっと泣かずにあのセリフが言えてOKになりました。「正しくなんて生きられないよ」って。

——あのセリフ、素晴らしかったです。唐田さんはどう受け止めましたか?

唐田:女優としてだけでなく、芋生悠という人間としてのすごさがあの言葉を通してバーン! と突き刺さり、感極まってしまいました。あそこは脚本では泣くようなシーンではなかったんです。

——そうだったんですか!

唐田:会話の一部として流れていくはずだったんですけど、私も感極まってしまって。現場判断で、あの流れでもラストに繋がるだろうということで、OKとなりました。あの時間は、今でもすごく覚えています。

——加奈子が「大丈夫だよ」言いながら、希を抱きしめます。あの時の加奈子は、希だけでなく自分も励ましているように感じました。加奈子の人生について、この映画は多くを説明しませんが、いろいろあったんだろうな……と。

芋生:人に与える言葉によって自分も抱きしめられるというか、加奈子にとっても一歩進んだ瞬間でした。あのシーン、本当に好きで。(唐田の方を向いて)なんか、ね。あの時間が良かったよね。

唐田:うん。撮り終わってからも泣けた。「ありがとう〜」って。

芋生:今回夕帆さんが脚本に起こしてくれたことによって、自分自身の気持ちもお芝居に込めることができました。あの日の撮影が終わった瞬間に、なんだかお風呂上がりみたいな気持ちになりました(笑)。

唐田:(笑)。日々、周りの方々に支えられて今があります。お仕事ができなかった時期は、みんなが声をかけづらい状況にいたと思うんです。自分がこの仕事をやっていいのか、続けてもいいのかと悩みましたし、やっぱり人が怖い時期でもありました。自分的には、言葉をかけていただかなくても、近くに存在してくれるだけでありがたいというのが前提にあります。いろいろな不安がある中で、今回この作品があって、セリフを書いていただいて、芋ちゃんがセリフを超えてきてくれました。「大丈夫だよ」という、すごく短くて熱い言葉を言ってもらって、自分自身もすごく救われました。

——監督が「唐田さん自身が救われるような映画が作れたら」と製作の動機についておっしゃっていました。直接言われていましたか?

唐田:撮影が終わってから言っていただきました。このお話に自分が重なる瞬間がありましたし、今でも自分の中に残っている感覚があります。石橋監督と芋ちゃんに、優しく背中を押していただけているなと、芝居をしながら感じていました。

——芋生さんは、監督からこの映画における役割みたいなものを伝えられましたか?

芋生:言葉はなかったですが、夕帆さんとはすでに信頼関係があったので、夕帆さんの思いやしたいことなど、自然に伝わってくるものがありました。現場では、希と加奈子がお互いを支え合うような時間になればいいなと思っていました。

——唐田さんは、石橋監督と初めてのお仕事でしたが、いかがでしたか?

唐田:初めてなのに、ホームみたいでした。すごく好きな人達ともの作りができている感覚があって、とても楽しい現場でした。キャスト同士の相性をすごく考えてくれて、常にお芝居がしやすい環境作りをしてくださる方なんだろうなって思いました。

芋生:夕帆さんは役者さんが大好きで、“役者オタク”みたい人なんです。物語の登場人物を生み出して、そのバックボーンが夕帆さんの中でどんどん広がっていくんです。「この人ってこういう癖あるよね」みたいに、その人物が本当に存在しているんじゃないか、というレベルで会話ができるんですよ。だから夕帆さんの映画で役を演じると、その映画が自分の記憶や思い出の一部になるんです。思い返してすごく切なくなったり、楽しくなったり。現場での夕帆さんは、昔はマスコットキャラクターみたいな人だったんですけど、今回は職人みたいでした(笑)。

唐田:そうなんだー(笑)。

芋生:私と夕帆さんはご一緒するのが久々だったので、成長している姿を見せたかったというのもあって。お互いにちょっと気合いを入れて挑んだ感があったと思います。

メンタルを保つために

——希のアルバイト仲間の、自己肯定感の高いギャルの、メンタルが最強で最高でした。お2人には、メンタルが弱った時に強化する方法や、悩み事を解決する方法はありますか?

芋生:目標を決めるとそれが縛りになってきつくなる瞬間があるんですけど、「自由」を目標にするとなんでもありになるんです。自由って無敵だなって思います(笑)。

——どういう経緯でそこにたどり着いたんですか?

芋生:体が自由じゃないな、乗りこなせていないな、という状態だったんです。こういう感情なのに、体がそういうふうに動かない自分がものすごくもどかしくて。もっと体を自由に動かしたくて、去年からバレエを習い始めたら、「自由って最強じゃない?」みたいな。

一同:(笑)。

芋生:それがうまくいかなくても、自由を求めてるんだからいいじゃん、みたいな。自由を目標にしてやることはどれも、自分を縛らないし苦しめないから最強です。

唐田:どんな悩みも本当はすごくシンプルだと思うんです。落ち込んだ時や悔しい時は、ノートに思いついたことをポンポンポンって書いていきます。それぞれについて、なんでだろうなんでだろうと考えて繋げていくと、「これだ!」というシンプルなものが浮かび上がるんです。それに対してどう対処すればいいかを考える作業というのをわりとしています。

——自分がつまずきがちな思考のクセ、みたいなものはありますか?

唐田:人対人の悩みだと、わりと自分で勝手に「あの人はこう思っているのかな」という想像がどんどん膨らんでいって、「絶対にそうだ」と思い込んでしまうところがあります。コミュニケーション不足が原因なので、まずその人と話して自分の余分な想像を消すようにしていますし、友人、家族、事務所に対して、ちゃんとコミュニケーションを取ることは意識しています。あと、私もトレーニングやキックボクシングで体を動かします。悩んでいると視野が狭まってしまうので、人に会ってバーっと話して違う視点を入れて、一歩引いて自分のことを考えたりもしています。

——『朝がくるとむなしくなる』は、自分にとってどんな作品になりましたか?

唐田:自分は映画作りが好きなんだなと、改めて思えた現場でした。これからも頑張り続けようと、背中を押してもらいました。

芋生:普通に好きな映画ランキングに入ってきました。自分が出ている映画をこんなふうに言うのはあれかもしれないですけど、めっちゃ好きです(笑)。

——この映画をどんな人に見てほしいですか?

唐田:いろんな方に見ていただきたいです。恐れ多いですけど、映画を通して誰かの力になれたらいいなと思うので。私もそうだったんですけど、日常の中で気付かなくなっていたこと、気付かないようにしていること、見ないようにしていること、見ているのに知らないふりをしていることなどが、見えてくる作品だと思います。すごく近いところにある大事なものや、忘れちゃ駄目なことに気づかされる映画でもあります。見終わって映画館から出た時に、優しい気持ちになれる作品だと思うので、ぜひ映画館で見てほしいなと思います。

芋生:大人になると、それぞれの人生や忙しい日常があるので、相手との距離感が大事がゆえに、自分の弱みをさらけ出せなくなっていくと思うんです。そんな中、お互いに自分の話ができて、お互いを支え合えるような友達が1人でもいるというのはすごくいいことだなと、この作品を見て思える気がしていて。だから自分の弱みを自分だけで抱え込まないで、近くにいる人にちょっと言ってみたら、もしかしたら変わるかもしれない。その人も何かいろいろあって、その人のことも聞けるかもしれない。何かが動き始めるきっかけになる作品なんじゃないかなと思います。

Photography Takahiro Ostuji
Styling  Mei Komiyama
Hair & Makeup Omagari Izumi

(唐田えりか)ブラウス/Eimee Low (chelsea)、ワンピース/AS KNOW AS PINKY
(芋生悠)ニット、ビスチェ/ともにEimee Low (chelsea)、パンツ/CHIGNON(chelsea)

『朝がくるとむなしくなる』

■『朝がくるとむなしくなる』
12月1日から渋谷シネクイントほか全国順次公開
出演:唐田えりか
芋生悠 石橋和磨
安倍乙 中山雄斗 石本径代
森田ガンツ 太志 佐々木伶 小野塚渉悟 宮崎太一 矢柴俊博
監督・脚本:石橋夕帆
製作:Ippo
配給:イーチタイム
2022 年/日本/カラー/76 分/アメリカンビスタ/5.1ch
https://www.asamuna.com

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