対談:橋口亮輔 × 江口のりこ 『お母さんが一緒』で考えたドラマ制作のあり方

江口のりこ
1980年4月28日生まれ。1999年に柄本明が座長を務める劇団東京乾電池の研究生となり、2000年入団。2002年三池崇史監督『桃源郷の人々』で映画デビュー。2004年タナダユキ監督『月とチェリー』では本編初主演をつとめ注目を集める。その後、話題作に多数出演。ドラマ『時効警察』シリーズにレギュラー出演し個性を発揮。2021年中⽥秀夫監督『事故物件 恐い間取り』で第44回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞を受賞。ベテランから新鋭監督まで多くの監督の作品に出演し活動の場を広げている。
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橋口亮輔
1962年7月13日生まれ。長崎県出身。1993年、『二十才の微熱』で劇場監督デビューを果たす。続く『渚のシンドバッド』(1995)はロッテルダム国際映画祭グランプリをはじめ国際的な評価を得て、国内でも毎日映画コンクール脚本賞を受賞。3作目『ハッシュ!』(2002)はカンヌ国際映画祭監督週間で上映された。『ぐるりのこと。』(2008)は、主演の木村多江を日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に導いたほか多くの賞を受賞。その他の監督作にオムニバスコメディ『ゼンタイ』(2013)、『恋人たち』(2015)など。

親孝行のため母親を温泉旅行に連れてきた3姉妹。ところが旅館で3人が抱えていたさまざまな思いが爆発してしまう。ホームドラマチャンネル開局25周年を記念し、ペヤンヌマキの戯曲をドラマ化した『お母さんが一緒』は家族をめぐる笑いと涙の物語。姉妹の長女、弥生を江口のりこ、次女の愛美を内田慈、三女の清美を古川琴音が演じていて、『ぐるりのこと。』(2008年)、『恋人たち』(2015年)の橋口亮輔が監督を手掛けた。戯曲を原作に映画監督がドラマを撮る、というユニークな試みだが、その結果、他のドラマとはひと味違う作品になった。そこで今回、橋口監督と江口のりこに作品について語ってもらった。橋口監督が演出の仕事について改めて考え、江口が役者という仕事の面白さを再発見した舞台裏とはどんなものだったのか。対談を通じて、ドラマ作りの難しさ、面白さが浮かび上がってくる。

演出家の仕事は「ここに行きたいんです」と役者に示すこと

——『お母さんが一緒』は演劇作品が原作ですが、ドラマ化するにあたって心掛けたことはありますか?

橋口亮輔(以下、橋口):今回、松竹ブロードキャスティングさんから「ペヤンヌさんの舞台をドラマでやってみませんか?」と声を掛けて頂いたんです。それで舞台を拝見したら面白かったので、これだったら舞台をそのままドラマ化すればいけるなって思ったのが大間違いでしたね(笑)。実際、取り掛かってみたら思うようにはいかなかった。まず、自分がどういう距離感で作品に関わったらいいのか、ずいぶん考えたんです。というのも、いつもは自分がその作品を作る根拠があって、そこからどんな作品にするのか考えていく。今回みたいに原作をもらってドラマを撮ったこともありましたけど、深夜枠のドラマは余裕がなくて、役者さんとは事前に衣装合わせだけやって、2〜3日くらいで撮ってしまうんです。でも、今回の作品はそれでは難しいな、と思って。

——しっかり時間をとって撮りたかった?

橋口:僕は作品を撮る前に役者さんとリハーサルをやりたいと思っているんです。役者さんに役を掴んでもらいたいから。でも、他の監督さんに話をすると「リハーサルなんてやってるの!?」って驚かれることが多いんですよね。今回、出演してもらった皆さんに聞いても、ふだんリハーサルはやってないそうなんです。

この前、『ぐるりのこと。』に出演してもらった木村多江さんやリリーフランキーさんと久しぶりにお会いしたんですけど、2人とも「やっぱりリハーサルはやったほうがいいですね」とおっしゃっていました。だから、今回のドラマでもリハーサルはやりたかったんです。皆さん超売れっ子で多忙な方達でしたが、幸いにもその時間が取れて、出演者の皆さんも進んでリハーサルに参加してくれました。嫌がる役者さんもいるんですよ。リハーサルをやったおかげで撮影前に役者さんといろんなお話ができたんです。

——江口さんはリハーサルをやってみていかがでした?

江口のりこ(以下、江口):リハーサルがあったおかげで撮影を乗り切れたなって思います。リハーサルがすごく楽しかったんですよ。そこでいろんなことを考えたり見つけたりすることができたんです。私だけじゃなく、共演者のみんなもそうだったと思います。なので、撮影に入ったら、あとはやるだけって感じでしたね。

——リハーサルは役者さんが役を掴む時間であり、出演者同士、そして出演者と監督がコミュニケーションを築く時間でもあるんですね。

橋口:「演出家が役に魂を与える」とか言うじゃないですか。そんなの無理なんですよ。演出家は魂なんか与えられない。じゃあ、演出家の仕事ってなんだろう?と考えた時に、「ここに行きたいんです」って役者さんに示すことだな、と今回改めて思いました。行く先を指し示すことで、「ここに行けばいいんですね」ってみんなが目的を共有して一緒にそこに向かうことができる。そういうこと以外に演出家の仕事ってあるのかな?って思いましたね。

江口:役者として何をしたらいいのかわからない現場ってあるんですよ。セリフを覚えてシーンを成立させるだけなら誰でもできるし、それが面白いかというとそうとは思えない。じゃあ、どうやったら面白くなれるのか。どういう風に役を掴んでいくのかっていうことを、今回リハーサルを通じて橋口さんに教えてもらいました。だから、リハーサルの期間は学校に行っているような感じでしたし、改めて役者っていう仕事って面白いな、と思えたんです。

舞台からドラマへ

——江口さんが演じた長女の弥生は、自分の容姿にコンプレックスを抱いていてネガティブ思考。癖の強いキャラクターですが橋口監督は弥生というキャラクターをどんな風に捉えていたのでしょうか。

橋口:弥生は非常に振幅のある役なんです。「それってどうなの?」っていうはじけ方をして周囲が振り回され、それが笑いになっていく。そんな彼女のキャラクターにこの作品のテーマも含まれているんです。舞台版をそのまま映像に置き換えると誇張されすぎに感じるところや、弥生を現実に生きている女性にするために、舞台にないエピソードも作りましたし、江口さんといろんな話をさせていただきました。

江口:リハーサルの時に監督ご自身で演じて見せてくれるんですよ。こんな風じゃないのかな?って。それがめちゃくちゃ面白くて(笑)。その様子を見て、こっちはイメージを膨らませることができました。監督は内田慈さんとか古川琴音さんの役も演じて見せるんですけど、それも面白いんですよね。

——内田さん、古川さんとの共演はいかがでした?

江口:3人とも監督を信頼して「頑張ろうね!」ってやっていたので絆みたいのがありました。それに琴音ちゃんも慈ちゃんも芝居がすごく好きな方達だから、一緒に芝居をしててもすごく楽しかったし、芝居以外の時間もくだらない話をして楽しかった。あの2人が共演者で良かったなって、すごく思います。

橋口:ドラマの中で内田さんが演じる次女の愛美が、弥生に「私と顔が似てるって言われて喜んどったよね。あれ何なん?」って詰め寄るシーンがあるんですよ。本番直前に内田さんに「あれ何なん?」って言い方をどんな風にするのか伝えたんです。相手をなめ切っているような感じにしたくて。そのことは江口さんには伝えていなかったんですけど、本番で内田さんがヘラヘラ笑いながら「あれ何なん?」ってやったら、江口さんがキレて内田さんをバン!って叩いたんです。あの反射的な反応には痺れましたね。江口さん、ここで反応するんだ!って。

江口:あそこは本当に嫌でした(苦笑)。

——ドラマにはそういうヒリヒリしたシーンがちりばめられてましたね。笑いを交えながらも地雷原を歩くような緊張感がある。

橋口:作品の中に生な部分がないと面白くないっていう話はリハーサルの時にさせてもらいました。滑らかに物語が進んでいるけど、その中に「今、何か変なものあったぞ」とか「何かザラッとしてたな」っていうものがないと面白くない。それがドラマを観ている人を引っ掛ける小さな釣り針で、そういう針が1つでもあれば視聴者の心の中にある何かが引っ張り出されて作品に引き込まれる。そして、ドラマを観た後に何かが残るんです。

江口:リハーサルをやる度に心がヒリヒリするんですよね。人間を演じるというのは大変なことなんです。とっても難しいことで、何を手掛かりにしてやっていけばいいのかさえわからない。でも、そういうことをしっかりやろうとする現場って、あまりないんですよ。でも橋口さんはそれをやろうとしていて。橋口さんと一緒にやっていると、自分が何をやるべきなのか、1つずつ見つけていくことができるんです。

家族について

——今回、家族をテーマにしたドラマに出演されて、改めて家族について思ったことはありますか?

江口:家族はやっぱり面倒だなって思いましたね(笑)。喧嘩すると相手に残酷なことも言ったりしますけれども、最後にはやっぱり優しさが残るというか、憎みきれないところもある。その後も同じように喧嘩するんでしょうけど、結局、完全には切り離せないんですよね。私にも妹がいるんですけど、やっぱり弥生みたいに、ああしたほうがいい、こうした方がいい、とか言っちゃうんですよ。これからはあまり言わないでおこうと思いました(笑)。

橋口:このドラマを見てくれた人の感想を聞くと、僕の演出や役者さんの演技の話をする前に、自分の家族について話される方が多いんですよ。奥さんが3姉妹でお祝い事がある度に揉めていたとか、母親がどうだったとか。そんな風に、自分の家族のことを考えるきっかけになる作品になっているのは良いなって思います。そういえば、試写の後、江口さんが「こんなドラマは他にないですよね」って言ってて、確かにそうかもしれないなと思いました。

——他のドラマとどんなところが違うと思われますか?

橋口:撮り方が映画的なのかな。僕の中ではドラマと映画との違いはそんなにないんですけど、いま作られているドラマとは何か違う。何が?って言われるとうまく説明できないんですけど、(江口さんを見て)作品に求めているものが違うのかな?

江口:いまのドラマって観ている人にすごく親切っていうか。お皿を洗いながらでもわかるぐらい親切な感じがするんですよ。でも、このドラマは観ている人を置いて、どんどん進んでいくような図太さがある。

橋口:そうかなあ。今回は随分親切だと思うけど(笑)。

江口:橋口さんの作品の中ではそうかもしれないですけど、他のドラマと比べると全然違う。

橋口:あー。それはそうかもしれない。

江口:だから、最初からしっかり観てもらいたいですね。

橋口:今回、姉妹が本音をぶつけ合うけど重いドラマにしたくなかったんですよ。「これが人間だ! これが家族だ!」みたいな主義主張を打ち出すものにはしたくなかった。すっと物語が滑らかに流れていくようなものにしたかったんです。そこで思い浮かべたのは向田邦子さんのドラマでした。

——向田さんは家族の機微を題材にしたドラマを数多く作られましたね。

橋口:僕は向田さんのエッセイも好きなんです。日常の些細なことの描写から始まって、「あ、親ってこうだな。男って、女って、そうかもしれない。人生ってそういうものかもしれないな」ってしみじみとしながら、最後に手のひらに乗るくらいのほどよい重さの人生の手触りが感じられるんです。今回のドラマも、ちょっと笑ったり、しみじみしたり、切なくなったりしながら、さらっと楽しめる作品になっていたら良いな、と思っています。

Photography Takuya Maeda(TRON)
Styling Naomi Shimizu
Hair & Makeup Aya Suzuki

■『お母さんが一緒』(CSホームドラマチャンネル)
2024年2月18日から毎週日曜日22時放送 (全5話 +アナザーストーリー1話 / 各話30分) 
出演:江口のりこ、内田慈、古川琴音、青山フォール勝ち(ネルソンズ)
監督・脚本:橋口亮輔 
原作:ペヤンヌマキ
製作:松竹ブロードキャスティング 
https://www.homedrama-ch.com/special/okasangaissho
©松竹ブロードキャスティング

author:

村尾泰郎

音楽/映画評論家。音楽や映画の記事を中心に『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CINRA』『Real Sound』などさまざまな媒体に寄稿。CDのライナーノーツや映画のパンフレットも数多く執筆する。

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