冒険する Archives - TOKION https://tokion.jp/verb/explore/ Wed, 21 Feb 2024 08:17:55 +0000 ja hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.3.2 https://image.tokion.jp/wp-content/uploads/2020/06/cropped-logo-square-nb-32x32.png 冒険する Archives - TOKION https://tokion.jp/verb/explore/ 32 32 写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.6 シウダー・イダルゴ -後編- https://tokion.jp/2024/02/26/mexico-reporto-diaries-vol6/ Mon, 26 Feb 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=224910 写真家の児玉浩宜が思いのままにたどり着いた国、メキシコを縦断した記録を写真とともに綴るフォトコラム。第6弾はシウダー・イダルゴの後編。

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写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.6 シウダー・イダルゴ -後編-

旅が始まって最大の危機

深夜。小突かれて目を覚ました。顔を上げると、バスの通路に立つ大柄な女性がいた。彼女のポロシャツの胸には移民局の刺繍。パスポートを見せようとすると、女性は「荷物を持って降りろ」と私に命じた。言われるがままバスを降りると、ライフルを持ったメキシコ軍の兵士がいた。検問所らしい。道路脇にある倉庫のような建物に入れと兵士達が私を促す。暗がりの中には30人ほどがいただろうか。皆、大きな荷物を持ったまま不安そうに立っていた。移民の人々だった。

私達はグアテマラの国境を離れ、夜行バスに乗ってメキシコ南東部にあるサン・クリストバル・デ・ラス・カサスを目指していた。バスに同乗していた旅のパートナーである編集者の圓尾さんにメッセージを送る。彼も私を心配して降りようと試みたが止められたらしい。「バスはそのまま出発しちゃいましたよ」と連絡が来た。こちらの状況を報告すると「無事を祈ります」というメッセージが届いたきり連絡が途絶えた。彼は車内で眠ってしまったようだ。なんと薄情な……と思ったが仕方がない。国境に行きたいと言ったのは私だ。問題は今のこの状況である。

兵士が移民達に何かをささやく。すると移民達はそれぞれ顔を合わせてため息をついた。その後、兵士に何かを渡すのがちらっと見えた。今度は兵士がライフルを見せつけるようにして私に話しかけてくる。スペイン語だったが「Dinero=金」という単語は理解できた。不法入国を見逃してやるから金を払えということだ。だが、私は移民ではない。夜中に起こされ、移動手段を奪われ、金まで要求されるとさすが腹立たしい。言葉がわからないふりをする。

私の隣には東洋系らしい顔立ちのグループがいた。中南米の先住民にもそういった顔立ちの人がいる。彼らも金を払って出ていった。残ったのは私1人。知らんぷりを決め込む私に彼は苛立っていたが、しまいには「どうにか頼むよ、少し払ってくれればそれでいいから」と懇願するような表情を見せた。やむを得ない。倉庫を出ながら金を出そうとすると兵士は慌てて「もっと奥の暗いところで金を出してほしい」と言った。一般の通行車両に見られたくないのか。結局400ペソ(約3500円)を取られた。兵士は集めた金をすべて移民局の女性に手渡していた。

時計を見ると午前3時過ぎ。バスが走り去ったあとを歩く。手元のGoogleマップを見ると、道路はグアテマラ国境から続く舗装された一本道で200号線というらしい。国道のようなものか。グアテマラとの国境では入国管理が全く機能していない理由がわかった。国境で堂々と賄賂を取るわけにはいかないので、わざと不法入国させてから効率的に金を集めたいのだろう。

歩き進むとさっき倉庫にいた集団がいた。彼らは落ち着いていた。こんな目に遭わされるのはいつものことなのだろうか。彼等はすぐに道路脇で野宿を始めた。私も混じって寝転ぶ。

さっき見かけた東洋系の1人が私に話しかけてきた。その言葉に驚いた。それは中国語だった。なぜこんなところに中国人がいるのだろう。私は日本人ですが、と告げると「なんでこんなところに日本人がいるの?」「あなたもアメリカを目指しているの?」と矢継ぎ早に質問される。言葉を濁していると、唐突に「台湾は台湾。中国じゃない」と聞いてもないのに政治的な問題を話し始める。彼は浙江省出身の36歳。妻、そして7歳の息子を連れてアメリカを目指す移民だった。彼はここにいる理由を話してくれた。

コロナ禍、中国での過度なロックダウンは結果的に多数の死者を出すことになった。強権的な政治体制に恐怖を感じた彼らは中国を飛び出した。そして向かったのは南米エクアドルだった。中国からビザ無しで渡航できる国の1つがエクアドルだ。彼らはほぼ1ヵ月かけて歩いてメキシコまで辿り着いた。パナマの密林を歩いていた時に同じ境遇の中国人の仲間を見つけ、今は7人で行動をともにしている。「ジャングルでは行き倒れた移民の遺体をたくさん見た」と恐ろしげに語る。

「俺達は仕事が欲しいわけじゃない。最低限の人権を求めたいだけだ」彼らがアメリカに受け入れられる保証はないが、英語もスペイン語も話せないまま国を飛び出し「それでも挑戦する価値がある」と力説する彼らの行動力はすごいというほかない。その後も大学生グループや、子連れの夫婦などといった中国からの移民を見かけた。聞くところによると今、中南米を北上する中国からの移民が急増しているらしい。私がバスから降ろされたのは、見た目が彼らと同じだから、という単純な理由だろう。そういえばアメリカ国境の橋の下で出会ったトニーも中国人の移民のことを話していた。

続く難局

夜が明け、人々は動き始めた。隣の町まで歩くという。その距離120km。実はこれまで多くの移民達と話しているうちになぜか私まで「アメリカを目指さなければ」という感覚に陥っていた。雰囲気に流されるとはこのことだ。その気になっていた私は彼等と共に歩きだした。しかし、根拠の無い上っ面だけの威勢は、太陽が昇るとあっさりと急速に萎んでいく。暑すぎる。すぐに足も痛くなった。これから100kmも歩くのは無理だ。情けない私は適当な理由を告げて彼等と別れた。

ふらふらになってマパステペクという町に入った。うまく検問所を迂回できたようだ。疲れた体で安宿を探す。夜はこの町も移民で溢れるのだろう。夕方までなら、という条件で金を払って休ませてもらう。圓尾さんは無事、サン・クリストバルに到着したと連絡があった。

日が暮れてから宿を出る。バスターミナルを探して今夜10時発のチケットを買う。待合室で人に話しかけられて相手をしていると、なんと乗るはずのバスが出てしまった。チケット売り場の窓口を閉めようとしていたおばさんに告げたら呆れられた。次のバスは翌朝10時らしい。宿に戻っても部屋はない。また移民の人達と道路脇で野宿。

再び夜が明ける。カメラを持って歩いていると「フォト! フォト!」と声をかけられる。面倒なことになるのは嫌なので無視していたら、女の子が飛び出してきた。「えー!」と私はすっとんきょうな声を出した。その子の顔に見覚えがあったのだ。グアテマラ国境で「私はただのツーリスト」と言っていたシシリアだった。旅行者なんて真っ赤な嘘で、移民として国境の川を越えていたのだった。

彼女達も昨夜からここで野宿していたらしく「あんたの隣で寝てたよ」と言って笑った。まさか再会できるとは。バスを逃した甲斐はあった。彼女達もまた隣町まで歩くと言い、手を振って去っていく。

ようやくバスに乗る。エアコンの効いた車内の窓越しに国道200号線を歩く移民の列がひっきりなしに見えた。そこに中国から来た彼等、そしてシシリアの姿が見えないか、何度も探そうとした。だが、疲れていたせいで私はすぐに眠ってしまった。

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Girls’ Film Fanclub Vol.3 ヨルゴス・ランティモス監督『哀れなるものたち』ゲスト:清水知子(東京藝術大学准教授)後編 https://tokion.jp/2024/02/16/girls-film-fanclub-vol3-part2/ Fri, 16 Feb 2024 10:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=224383 「Sister」の長尾悠美が、ゲストと映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、清水知子氏を迎え、話題作『哀れなるものたち』にフォーカス。後編は、ベラのファッション、セックスワークと女性、「殺す権力」と「生かす権力」、そして本当に「哀れなるもの」とは誰かを考える。

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清水知子(左)
愛知県生まれ。現在、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科准教授。専門は文化理論、メディア文化論。著書に『文化と暴力―揺曳するユニオンジャック』(月曜社)、『ディズニーと動物―王国の魔法をとく』(筑摩選書)、共訳書にジュディス・バトラー『アセンブリ——行為遂行性・複数性・政治』(青土社)、『非暴力の力』(青土社)、アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『叛逆』(NHK出版)、デイヴィッド・ライアン『9・11以後の監視』(明石書店)他。

長尾悠美(右)
渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。国内外から集めたデザイナーズブランド、ヴィンテージ、書籍や雑貨など豊富に扱う。映画やアート作品を通してフェミニズムやジェンダー問題へも関心を寄せ、自らも発信や企画を積極的に行っている。

前編はこちら

渋谷区松濤のセレクトショップ「Sister」の長尾悠美をホスト役に、ゲストとともに女性をテーマにした映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、メディア文化論の専門家、清水知子(東京藝術大学准教授)を迎え、昨年のベネチア映画祭で金獅子賞を受賞、本年のアカデミー賞にも11部門ノミネートする話題作『哀れなるものたち』を取り上げる。

イギリス・スコットランド出身の小説家、アラスター・グレイの同名小説を下敷きに、『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』、『女王陛下のお気に入り』などの個性的な作品で知られるギリシャの奇才、ヨルゴス・ランティモス監督の大胆なアレンジによって製作された映画『哀れなるものたち』。前作『女王陛下のお気に入り』でタッグを組んだ俳優エマ・ストーンが、プロデューサーと主演を務めている。

対談前編では、ファンタジー作品を中心に表象文化を研究してきた清水知子とともに、物語の展開を追いながら、主人公ベラとゴッドウィンとの擬似的な父子関係、ダンカンの「有害な男性性」、そして知性とジェンダーをめぐる問題にフォーカスしてきた。後編は、ベラのファッションを含めた視覚表現、セックスワークと女性の身体の権利をめぐる問題、対比的に描かれる「殺す権力」と「生かす権力」、そして本当に「哀れなるもの」とはいったい誰かを考えていく。

※以下の文中には映画のストーリーに関する記述が含まれます。

変化を可視化するファッション

長尾:ここで衣装について少し触れたいんですが、屋敷の中では身の回りのお世話をしていたプリム夫人が選んだ肌着やネグリジェのようなものを着ていたベラが、リスボン編では、クローゼットから選んできた服を使って、自分なりのコーディネートで服を着ていました。そのスタイルは既存のファッションの枠におさまならい奇天烈さとかわいらしさがあって、とっても魅力的です。

一方で、貧困の問題を目の当たりにするアレクサンドリアのシーンでは、ベラを含む船上の人々は白い服を身につけています。衣装を担当したホリー・ワディントンによると、ベラはこのシーンでは劇中で最もフォーマルなドレスを着ているそうです。そこには、ベラの上流階級的なバックグラウンドを強調することで、貧困にあえぐ人たちとの視覚的な対比を作り出すという意図があったようで、視覚を通してメッセージを伝えられる映画ならではの演出だなと感じました。

清水:確かに、それぞれのシーンのファッションがベラ自身の変化を可視化していますね。視覚的な効果でいうと、魚眼レンズによって普通とは少し異なる視覚が引き出されている箇所も気になりましたし、時空間もどこかSF的でしたよね。

長尾:そうですね。基本的な時代設定は18世紀後半から19世紀にありながら、現在とも未来とも錯覚させられるような瞬間が散りばめられているので、劇中で起きていることは、いつの時代も起きてきた/起こりうることなんだと思わせられた気がします。

清水:ええ。そういう意味でこの作品はサイエンス・フィクションでもあり、こういう未来もありえるかもしれないという思索を含んだスペキュラティブ・フィクションでもあるなと思いました。

自分の身体の権利を取り戻すこと

長尾:さて、一文無しとなったベラとダンカンはパリで途方に暮れ、ベラは売春宿で働くことを決めます。売春宿のマダム・スワイニーを演じるのは、数々の映画での魔女役で知られるキャスリン・ハンター。エマ・ストーンはパンフレットの中で「スワイニーの売春宿で働くことはベラにとっては明らかに仕事です」と書いていますが、売春宿で働くことを選択したベラをダンカンはひどく罵ります。一方でベラは、男性客の自分本位なセックスや振る舞いに不快感を抱き、女性から男性客を選ぶことなどを提案しますが、取り合ってもらえません。そんななかでベラは女性たちを商品として所有しコントロールしようとするマダム・スワイニーに対しても疑問を抱きはじめます。このパリで一連のシーンでは、セックスワークにまつわるスティグマや、女性のからだの自己決定権が問われていく場面かと思います。先生はこのあたりどう受け止められましたか?

清水:ここも興味深いところですよね。ベラが売春宿で働くのは経済的に自立するためでしたが、支配欲の強いダンカンにとっては耐えがたいことで、彼はパリでどんどん惨めになっていきます。パリでの一連のシーンは、セックスワークを労働と考えたとき、その仕事が誰にとって何を意味しているのかという点について再考させる場面でもあります。女性が男性客を選ぶというベラの提案も、他者の性的欲望の対象として消費されるモノではなく、搾取や暴力に陥りやすい労働環境そのものを問う試みにも見えますし、自分の身体の権利を取り戻す言動としてとらえることもできますよね。

さきほど魔女の話題を出しましたが、このシーンで同時に思い出したのは、かつて自分で身体、生殖をコントロールしようとした女性が魔女扱いされていたことです。シルヴィア・フェデリーチェが『キャリバンと魔女』で論じているように、16、17世紀、魔女狩りは資本主義と時を同じくして登場しました。そして資本主義の進展とともに、女性は二つのタイプに分断されていくことになります。家庭の規範に従属して生殖し、再生産労働に従事する「正しい」セクシュアリティを担う女と、家の外で男の快楽に携わる女。つまり、「家庭の天使」と「堕落した女」です。ベラの身体にはそんなふうに男性の視点を通して社会的に意味づけられ、分断されてきた女たちの歴史が刻印されており、にも関わらず、そうしたステレオタイプを覆し転化していく存在だと言えるかもしれません。

長尾:なるほど。とても興味深いです。パリでの生活は、将来への決意も含めて、ベラの中で確固たる考えが作られていくプロセスにも感じられましたね。

「殺す権力」と「生かす権力」

長尾:ゴッドウィン・バグスターの体調悪化を機に家に戻ったベラは、売春宿で働いていた自身を尊重しようとするマックス・マッキャンドレスの誠実さに触れ、あらためて彼と結婚する気持ちを固めました。しかしそこで、ベラの生前の夫であり、独占欲の強い軍人でPTSDを抱えるアルフィー・ブレシントンが登場します。ブレシントンは、女性のことを「領土」と呼んだり、ベラに割礼をしようと画策したりします。彼は、ダンカンとは別のタイプの有害な男らしさを体現しているとも言え、ダンカン、ブレシントン、マッキャンドレスという全くタイプの異なる3人の男性の対比が印象的です。

物語の終盤、ブレシントンとの関係に決着をつけたベラは自分の夢を叶えようと思いを新たにします。ベラを含む女性たちが、ゴッドウィンが好きだったマティーニを飲みながら庭園で平穏な時間を過ごす、ある意味で理想郷のような世界が提示されて物語は幕を閉じます。終盤は急展開でどんどん物語が動いていきますが、先生は特に気になったシーンはありましたか?

清水:何より衝撃を受けたのは、最後の展開ですね。ベラの生前の夫ブレシントンが出現し、ベラは暴力性に満ちた彼を殺すことなく、改心させるでもなく、山羊に「進化」させますよね。つまり、殺すことなく、生かすことを選択する。ブレシントンが体現していた古典的な「殺す権力」ではなく、従属者たちを「生かす権力」によって統治する生の管理の仕方を選択しているようにも思いました。ただ、このやり方が良い方向に向かっていくのかは未知数で、不気味さと怖さも感じさせるんですが(笑)

清水:山羊といえば、以前アーティストの百瀬文さんから興味深いお話を聞きました。第一次世界大戦の頃、イギリス海軍が日本海軍に性欲処理用として大量の山羊をプレゼントし、その意味が理解できなかった日本海軍は食糧として殺して食べてしまったという、嘘か真か謎とされる逸話です。ブレシントンが女性や動物を所有物のように扱い、恐怖によってコントロールしようと考えていたとすると、その彼が、こうした歴史をもつ山羊とのキメラになり、女たちに飼われる光景は、「有害な男らしさ」の顛末として、二重に強烈な皮肉が効いているように思いました。

それから、女性を領土と並べて語るブレシントンの発言で思い出したのは、アルゼンチンの政治思想家でフェミニズム活動家でもあるべロニカ・ガーゴの議論です。ラテンアメリカのフェミニストたちは、土地を採掘して資源と富を手に入れ、家父長的な方法で拡大してきた植民地主義を踏まえて、女性や女性化されてきた身体に対する暴力と領土における強奪の問題を重ねて論じてきたんです。

本当に「哀れなるもの」とは?

長尾:なるほど。それを考えると軍人のブレシントンが女性と領土を並べて語ることの意味があらためて見えてきますね。これまで映画のディテールについて色々とお話をうかがってきましたが、最後に、あらためて「POOR THINGS=哀れなるものたち」とは誰、もしくは何を指しているんでしょうか?

わたしは映画を見ていくなかで、具体的な登場人物を指しているというよりもむしろ、物語に出てくる女性蔑視やスティグマ、権力、支配、戦争など、そういったもの一つ一つに対して「哀れ」という言葉を使っているのかなと感じました。先生はどうお考えですか?

清水:映画を通して、「哀れなるものたち」はとても重層的に描き出されているように思います。もしかしたら、自ら命を絶った身体に胎児の脳を移植され蘇生した生命を、哀れな怪物のように感じる人もいるかもしれません。けれども、本作では、ベラは不公正な世界を知り、社会の「良識」に追従することなく、それが隠しもつバイヤスに反旗を翻して自分の人生を築いていきますよね。ベラやマーサの強さと対比されることで、富と社会的地位を手にし、女をコントロールしよう、あるいはコントロールできると思い込んでいる者たちこそが、現実が見えていない「哀れなるものたち」として浮き彫りになる物語でもあるように感じました。だからこそ、死体から蘇生した女たちのみならず、マッドサイエンティストとその家に共存するキメラな動物たちが集う最後の光景が、爽快かつ滑稽な風刺として機能してくるのではないでしょうか。

このユートピア的光景は、ある種、脱「人間」中心主義からなる世界のヴィジョンを示唆しているように感じ、ダナ・ハラウェイのサイボーグをめぐる議論を思い出しました。ハラウェイは、サイボーグが部分性、アイロニー、緊密さ、邪悪さと深く関係し、そして、生命があるか否か、人間か、動物か、植物か、機械かにかかわらず私たちすべてをコミュニケーション・システムとして考えるような「共通の存在論」を構想しています。サイボーグは、軍事計画の一部であると同時に、複雑なかたちで女性的でもあり、「レジスタンスの行為」でもあります。とはいえ、何より興味深いのは、サイボーグが非嫡出子で、権力を持った家父長的な父親が不要であるということです。最後の光景には家父長的な構造には還元しえない新たな親密圏とも言えるコミュニティが描かれているように思えました。

科学者の研究の一環として生み出されたベラは、自分の意思で身体を獲得したわけではありません。ですが、その身体には母に象徴される女たちの傷が刻印されています。ベラが生きていく過程で仲間になっていく存在もキメラなど、純血性とは無縁に存在するものたちでした。そう考えると、「人間」が歩んできた「成長」とは、「進歩」とは、「良識」とは何か。そう問い直すことなく、既存の社会に追従してきた「人間」そのものがどこか「哀れ」でもあり、だからこそ、矛盾した世界をたくましく生き抜き、新たなビジョンを見せてくれるベラに惹かれずにはいられないのかなと思いました。

TOKION編集部・佐藤:物語を通して、ベラの生き様そのものが、フェミニストの視点から近代から現代までの思想の歴史をなぞっているようにも感じました。船の上で19世紀に活躍したエマーソンやゲーテを学んだベラは、そこで啓蒙主義やモダニズム的な哲学に触れ、学ぶこと自体に目覚めます。ただそれらの本を読むベラは、すでにその男性中心的な思想に疑問を抱いてもいました。そのあと社会主義や共産主義に触れ、パリでは女性の性の快楽を能動的に捉え直そうと、男根中心主義に抗うラディカル・フェミニスト的な思想を経験を通して身につけていく。そして最終的には、ゴッドウィンが遺した屋敷で、ポスト・ヒューマニズム(脱人間中心主義)を体現するようなコミュニティを形成しています。それはまるで、ベラの人生を通じてフェミニズム的な思想の変遷を見せられているように感じました。

清水:確かにそうですね。本当にいろんなメッセージを受け取ることができるので、一度見ただけではいろいろなポイントを見落としてしまいそうです。「哀れなるもの」は、規範に囚われ、自分自身で思考する自由を手放してしまった人間の存在を示唆しているようにも思え、だとしたら、本作は「人間」をめぐる境界や「人間」の哀れさを問う映画でもあったのかな、と感じました。

長尾:なるほど。わたしは、本作を通じて改めてたくさんの気づきを得ることができました。今回は有意義なお話をたくさん聞かせていただき、本当にありがとうございました!

『哀れなるもの」予告編

■『哀れなるものたち』
監督:ヨルゴス・ランティモス
原作:「哀れなるものたち」 
    アラスター・グレイ著(ハヤカワepi文庫)
脚本:トニー・マクナマラ
製作:エド・ギニー p.g.a.
: アンドリュー・ロウ p.g.a.   
: ヨルゴス・ランティモス p.g.a.
: エマ・ストーンp.g.a.
撮影監督:ロビー・ライアン BSC, ISC
プロダクション・デザイン:ジェームズ・プライス 
: ショーナ・ヒース
衣裳デザイン:ホリー・ワディントン
ヘアメイクアップ&補綴デザイン:ナディア・ステイシー
音楽:ジャースキン・フェンドリックス
サウンド・デザイン:ジョニー・バーン
編集:ヨルゴス・モヴロプサリディス ACE
セット装飾:ジュジャ・ミハレク
原題:POOR THINGS
2023年度作品 / イギリス映画 / 白黒&カラー
ビスタサイズ / R18+
上映時間:2時間22分 
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

Photography Mika Hashimoto
Text & Edit Shinichiro Sato(TOKION)

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写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.5 シウダー・イダルゴ https://tokion.jp/2024/02/15/mexico-reporto-diaries-vol5/ Thu, 15 Feb 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=223841 写真家の児玉浩宜が思いのままにたどり着いた国、メキシコを縦断した記録を写真とともに綴るフォトコラム。第5弾の都市はシウダー・イダルゴ。

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写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.5 シウダー・イダルゴ

メキシコ最南端の町、チアパス州シウダー・イダルゴ

南米からアメリカを目指す移民の人々。一体、彼等はどのようにメキシコへと渡ってくるのだろう。報道で伝えられるのはアメリカとメキシコの国境のことばかりだ。ネットには海外メディアによるメキシコとグアテマラやベリーズの国境についての情報はある。しかし、匂いや手触りといった現場の雰囲気まではつかみづらい。それを知りたければ人の流れを遡っていくしかない。私達はバスを乗り継ぎ、いくつかの街を経由してグアテマラとの国境に向かって南下した。

街角にはフルーツ売りが立ち、三輪タクシーが通りをのろのろと走る。メキシコ最南端の町、チアパス州シウダー・イダルゴは一見のんびりとした東南アジアの片田舎を思わせる。だが、街を歩くと異様な雰囲気に気付く。人の流れがぞろぞろと続いている。移民の人々だ。国境が近いのだろう。行列の脇に国境警備隊の姿も見かけたが、彼等はただ眺めているだけで何もせずにいた。

旅のパートナーである編集者の圓尾さんと共に、人混みをかき分けていく。急にぱっと視界が明るくなった。国境の川、スチアテ川だ。グアテマラの対岸までの川幅は150メートルほどで、アメリカ国境にあるようなフェンスや鉄条網は見当たらない。茶色く濁った水は流れず静かに漂うだけ。

しかしながら川面はにぎやかだった。いくつものイカダが人々を乗せて行き交っている。乗客は皆リュックを背負ったり抱きかかえている。移民の人々だ。あまりにも堂々と越境する姿に面食らってしまう。運賃は片道わずか20ペソ(約200円)。川は浅く、歩いて渡る人もいる。300メートルほど川下にはコンクリートの橋があった。そこで正式な入国管理をしているようだが、たまにバイクが通る程度で日常的には使われていないようだ。

川岸には洗濯物が干してあり、アウトドア用のテントが並ぶ。川を渡って来た人達が休むのだろう。煮炊きができる簡素な小屋もあった。薪が乏しいのか、プラスチックを燃やす刺激臭が鼻を刺す。裸の子どもが走り回り、疲れ果てた大人達が横たわっている。私達は町へ戻りゲストハウスを探した。どの宿も移民で溢れかえり満室。移民特需があるのだろう。仕方なく町の一番外れにある宿へ向かった。

夕方、食堂を探して町を歩いていると、急に大粒の雨が降り始めた。適当なひさしに入ると声が聞こえた。振り返ると暗がりに先客がいた。ベネズエラからここまで歩いて来たという女性達。手持ちの金がないらしく「ここまでの道中ずっと路上で寝泊まりしていた」という。しばらくすると1人の男性が現れて彼女達を呼び、土砂降りの中へ走っていった。彼女達は今晩どうやって過ごすのだろう。

翌日は晴れ。私達は対岸の街、グアテマラのテクン・ウマンへ向かった。目的地は「移民の家」というシェルター。移民の相談や休息ができる施設だ。対応してくれたシャロンさんは突然訪れた私達に親切に対応してくださった。彼女に一番気になっていたことを質問する。「この川の往来を管理しているのは誰なのか?」私達はアメリカの国境の一部をカルテル傘下のギャングが管理しているのを身を以て知った。私達の質問にシャロンさんは微笑みながら「そんなのいませんよ。通る人が多すぎて国境警備隊も何もしないほどですから」と言った。

スチアテ川へ戻る。対岸にはついさっきまで私達がいたメキシコがある。この川を越え、さらに約3000キロを進んだ先に移民の人々の最終目的地、アメリカがある。眺めてみると確かにこの先に、何か可能性のようなものを感じる。さっきまで対岸にいたことは都合よく忘れ、目前に広がる未知の地への期待をしばらく味わっていたが、イカダの客引きがしつこいので離れることにした。

しばらくするとグアテマラ側の岸辺に4人組の家族が現れた。彼らもまたベネズエラからここへたどり着いたらしい。待ち構えていたイカダの船頭に彼等はおずおずと声をかけた。そのうちの1人、母親だろうか。彼女がイカダに足をかける直前、立ち止まった。両手を広げると口元がわずかに動き、天を仰いで祈った。さらにグアテマラの地元の人も乗り込み、総勢10人が不安定なイカダに身を預けた。

船頭が棹(さお)を握り締めて全体重をかけると、ゆっくりとイカダは進み始める。ベネズエラの一家の表情は硬く押し黙ったままだ。故郷を出て、コロンビア、パナマ、コスタリカ、ニカラグア、そしてグアテマラへと越境を続け、今ようやくメキシコにたどり着くのだ。橋のたもとに国境警備隊の影がちらっと見えたようだが、動きはない。川面に棹を差す水音だけが聞こえる。

川の中央を過ぎた頃だった。母親が自分のリュックのポケットに手を入れて何かを探している。その後の彼女の行動に私は驚いた。取り出したのはスマートフォンだった。彼女は急に笑顔を作った。そして動画撮影を始めた。自分や家族、周りの風景を写しながらカメラに向かって喋る。彼女はまるでTikTokerのような仕草を続けた。この動画をどうするのだろう。

メキシコ側へ上陸すると、母親は再び天に向かって神に感謝した。そして頬を膨らませ大きく吐息。彼女の名前はライアンさん。喜びを隠しきれない顔をしつつ「パナマのジャングルを数日歩くと炎症を起こして皮膚がただれてしまい辛かった」とこれまでの苦労を話した。「私達は団結する。家族の未来のために。まだまだ先は長いけれど、これは私達にとって偉大な冒険なんです」勇ましく語るその言葉の力強さはどこから湧いて出てくるのだろう。考え込んでしまった私はさっきの動画のことを聞きそびれてしまった。

この一家の他に、新たに到着した若者のグループが川縁に座っていた。そのうちの1人に声をかける。シシリアさん、21歳。「アメリカへ行くの?」と聞くと彼女は「私はグアテマラから来たツーリストよ」と言ったので拍子抜けした。紛らわしいが、そういう人もいるのだろう。彼女達はバイクタクシーに乗って走り去った。

その日の夜、私達は相乗りのバンに乗って町をあとにした。隣の男性は熱心にスマートフォンで動画を見ていた。移民が川やジャングルを越えていく映像だった。彼らはこうやって情報を入手していくのか。イカダに乗った母親の映像もアップロードされるのだろうか。私は試しにInstagramで #inmigrante(移住する)と検索すると、移民の映像の他に、永住権を取得した成功例や米国での移民専門弁護士の広告が無尽蔵に出てくる。煽られて故国を出る人も少なからずいるだろう。画面のスクロールを続けていると、ついつい私も北へ向かい、チャンスを掴みたいと思えてくるのが不思議だ。

昨夜、宿で話した男性を思い出す。「兄がアメリカに行ってる。俺が成功したら次は弟を呼ぶんだ」。彼は兄とはいつもビデオ通話で連絡をとり、アメリカでの生活のことをよく聞かされるという。彼は兄のFacebookを見せてくれた。微笑む男性がベッドに優雅に寝そべる写真があった。ソーシャルメディアでは良い面だけが強調される。成功を羨む気持ちが彼を動かしたのだろうか。現実でも良いことだけがあれば素晴らしいのだが、そうじゃないことも私達は知っている。

深夜発のバスに乗り換え、私達は次の街へ向かった。旅が始まって最大の危機はその道中に起きたのだった。

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Girls’ Film Fanclub Vol.3 ヨルゴス・ランティモス監督『哀れなるものたち』ゲスト:清水知子(東京藝術大学准教授)前編 https://tokion.jp/2024/02/14/girls-film-fanclub-vol3-part1/ Wed, 14 Feb 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=223817 「Sister」の長尾悠美をホスト役に、ゲストとともに女性をテーマにした映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、清水知子を迎え、話題作『哀れなるものたち』にフォーカス。対談前編は、ベラとゴッドウィンとの父子関係、「有害な男性性」、そして知性とジェンダーについて。

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清水知子(左)長尾悠美(右)

清水知子(左)
愛知県生まれ。現在、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科准教授。専門は文化理論、メディア文化論。著書に『文化と暴力―揺曳するユニオンジャック』(月曜社)、『ディズニーと動物―王国の魔法をとく』(筑摩選書)、共訳書にジュディス・バトラー『アセンブリ——行為遂行性・複数性・政治』(青土社)、『非暴力の力』(青土社)、アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『叛逆』(NHK出版)、デイヴィッド・ライアン『9・11以後の監視』(明石書店)他。

長尾悠美(右)
渋谷区松濤にあるセレクトブティック「Sister」代表。国内外から集めたデザイナーズブランド、ヴィンテージ、書籍や雑貨など豊富に扱う。映画やアート作品を通してフェミニズムやジェンダー問題へも関心を寄せ、自らも発信や企画を積極的に行っている。

渋谷区松濤のセレクトショップ「Sister」の長尾悠美をホスト役に、ゲストとともに女性をテーマにした映画を語り合うTOKIONの映画連載、Girls’ Film Fanclub。第3回は、メディア文化論の専門家、清水知子(東京藝術大学准教授)を迎え、昨年のベネチア映画祭で金獅子賞を受賞、本年のアカデミー賞にも11部門ノミネートする話題作、『哀れなるものたち』を取り上げる。

『哀れなるものたち』は、イギリス・スコットランド出身の小説家、アラスター・グレイの同名小説を下敷きに、『ロブスター』や『聖なる鹿殺し』、『女王陛下のお気に入り』などの個性的な作品で知られるギリシャの奇才、ヨルゴス・ランティモス監督が大胆にアレンジを加えたS Fファンタジー映画だ。前作『女王陛下のお気に入り』でタッグを組んだ俳優エマ・ストーンが、プロデューサーと主演を務める。

脚本は、『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞にもノミネートしたトニー・マクナマラ。撮影監督は、マイク・ミルズ監督の『カモン・カモン』でも撮影を担当したロビー・ライアン。プロダクション・デザインは、ジェームズ・プライス、そして写真家のティム・ウォーカーとのコラボレーションで知られるショーナ・ヒースが手掛ける。独創的なベラの衣装は『戦火の馬』や『レディ・マクベス』を手がけたホリー・ワディントンが担当した。

ファンタジー作品を中心に表象分析を行ってきた清水知子は、この奇妙な魅力に満ちた傑作をどう見たのか。Sisterの長尾とともに、『哀れなるものたち』が今の時代を生きるわたしたちに投げかけるメッセージについて考え、語り合う。前編は、物語の展開に沿いつつ、ベラとゴッドウィンとの擬似的な父子関係、ダンカンの「有害な男性性」、そして知性とジェンダーをめぐる問題にフォーカスする。

※以下の文中には映画のストーリーに関する記述が含まれます。

ひとりの女性の成長物語として

長尾悠美(以下、長尾):まず、初見の衝撃が凄かったですね。わたしは原作を知らずに映画を見ましたが、ストーリーのインパクトもさることながら、魅力的な視覚表現にも圧倒され、興奮している間に2時間半が経ってしまっていたと言うのが正直なところでした。

ヨルゴス・ランティモス監督はかなり前から映画化を見越して原作者のアラスター・グレイを訪ねていたそうで、主演兼プロデューサーを務めたエマ・ストーンとも2018年の『女王陛下のお気に入り』の撮影時から話し合いを重ねてきたようです。この映画にかけるランティモスの熱意がうかがえますね。

わたしはこの映画を見ているとき、ボーヴォワールの「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉を思い出したんですよね。映画は2度見ましたし、原作も早速読みました。もっと掘り下げたい作品ですね。ヨルゴス・ランティモス作品ではこれまでも登場人物同士の関係値を示すものとして、セックスや性描写がよく描かれてきたように思いますが、本作は特にセクシュアリティに関する問題提起が大きく取り上げられていると感じました。先生はこの映画について全体的にどんな印象を持たれましたか?

清水知子(以下、清水):わたしも2時間半あっという間でした。映画を通して、「良識ある社会」を内側から食い破っていくようなグロテスクな生命力を感じました。何よりラストが衝撃で、圧巻の風刺喜劇になっているなと思いました。ベラは、自殺した母の身体に新生児の脳を移植されて蘇生したキメラ的な怪物として誕生しますが、それはまた、母と胎児、死と生からなるハイブリッドな存在でもあります。

一見すると、成熟した男たちとは対照的に、ベラは感情を抑制できない「野蛮」で未熟な存在として描かれているように見えます。そして皮肉にも子どものまま大人の身体をもつという矛盾ゆえに、逆に先入観にとらわれず大胆な冒険心と好奇心によって自由と知性を獲得する。それによって従来の父権的な神話を解体し、社会の構造的な差別や偏見を脱臼させることができているかのように感じました。

長尾:なるほど。わたしは、天才外科医ゴッドウィン・バグスターによって一度死を選んだ女性を蘇生させるという突飛な発想に序盤は少々戸惑いました。まず、ゴッドウィンのいでたちそのものがフランケンシュタインを彷彿とさせますね。『哀れなるものたち』の原作者のアラスター・グレイは、明確に『フランケンシュタイン』をモデルとしてストーリーを展開させていて、ゴッドウィンという名前も、『フランケンシュタイン』の作者であるメアリー・シェリーの父でアナキストだったウィリアム・ゴドウィンからとられています。(メアリーの母はフェミニストの先駆者とも呼ばれるメアリー・ウルストンクラフト。)

そんな両親の思想を受け継いだメアリーによる『フランケンシュタイン』は「男性が科学の力をかりて生命を再生・創造するとどうなるのか」といった問題提起を持って、しばしばフェミニズム小説として取り上げられています。わたしは、『哀れなるものたち』を社会の抑圧や偏見に縛られない女性がどのように生きていくのかというフェミニズム的な物語であるとともに、有害な男らしさに対する痛烈な皮肉や批判を描いた作品として受けとりました。先生は、コロナ禍を経て、このような原作が映画化される意義についてはどうお考えですか?

清水:そうですね。原作では様々な視点から描かれていましたが、映画ではベラを軸に彼女の冒険物語、ある種のビルドゥングスロマン*1として再構成されています。とはいえ、男性を主人公にしたものとは展開が異なりますよね。それによって、社会的制圧から解放された生き方、有害な男らしさへの皮肉や喜劇風刺がより鮮明に浮かび上がっているように思いました。

*1 ビルドゥングスロマン:ドイツ語のBildungsroman。主人公がさまざまな体験を通して内面的に成長していく過程を描く物語。教養小説、自己形成小説とも訳される。

長尾:脚本のトニー・マクナマラも、映画化にあたり、この作品をベラの青春物語として描くと決めていたと話していますね。

清水:そのようですね。メアリー・シェリーによる『フランケンシュタイン』のアダプテーションはいくつもありますが、本作は生命の創造と怪物をめぐる物語としてだけでなく、怪物とその創造者のイメージをどう描き出すかをめぐる物語でもあると思います。メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』のような悲劇的な結末でもなく、アフマド・サワダーウィーの『バグダードのフランケンシュタイン』のように、複数の遺体の残骸から生み出された自らに死をもたらした者たちに復讐を遂げようとするのでもなく、女性の生/性に対する社会的通念にとらわれずに、前向きに世界を切り開いていく。そんなところが、21世紀らしい新しい怪物譚だなと感じました。

長尾:自分の意思で蘇ったわけではないのに、ベラはとにかくいろんなものを貪欲に吸収して、自分の人生を生きていますもんね。

清水:それから、この映画は、科学、医学とジェンダーをめぐるポリティクスについても多くの示唆を与えてくれます。ヨルゴス・ランティモス監督とエマ・ストーンが組んだ前回作『女王陛下のお気に入り』の中で、エマ演じるアビゲイルが痛風をわずらう女王を薬草で手当てするシーンがありますよね。ああいった行為は、男性の医師がメスなどを使って行ってきた医療行為とは違う、ある種の「魔女的」な医療であり、西欧の医学の歴史の中でどんどん周縁化され、排除されてきた知恵でもあります。科学技術史を研究するロンダ・シービンガーが『植物と帝国』という本の中でも書いているように、西欧の医学の知識そのものがジェンダー化されて形成されてきた中で、女性の身体はつねに対象化/客体化されてきました。つまり女性は、おもに医療を受ける側や研究の対象としてとらえられてきたわけです。そう考えると、最後にベラ自身が医者になるという選択をするのも見逃せないポイントですね。あの時代に医者になるというベラの選択肢は、そうした身体のポリティクスへの参入としてとらえることもできるように思います。

ゴッドとベラの特異な父子関係

長尾:物語の序盤、ゴッドウィン・バグスターは自らが創造したベラに父権的に接しますよね。キメラ的に作られた風変わりな生き物たちに囲まれたバグスター邸で暮らしのシーンは閉鎖的でモノクロで描かれているのが印象的です。

そこに助手のマックス・マッキャンドレスが登場し、ベラ自身がセクシュアリティに目覚めていきます。ちなみにベラが自慰行為を試す時に使うのはキリスト教的に見ても象徴的な果実である「林檎」でしたね。そんなベラの奔放さを押さえつけようとしていたゴッドウィンも、徐々に彼女の意志を尊重するようになりました。

科学者と実験体だったゴッドウィンとベラの関係性が、本当の親子のような特別な関係性へと変化し、その関係性を通してお互いが成長していくようにも思いました。また、この父子のような関係性はゴッドウィンが性的に不能であることも大きく関係しているのかなと思います。この序盤のシーンを清水先生はどのようにご覧になられましたか?

清水:父子の関係性という点では、ゴッドウィンもまた父親の実験体であり、ある意味、虐待されたサバイバーですよね。彼が性を剥奪され、欲望をコントロールされた存在だったことは重要だと思います。また「フランケンシュタイン」を想起させる怪物的な存在であるゴッドウィンは、ベラに「ゴッド」と呼ばれていますね。そのことを考えてみても、旧来の価値観とは異なるポスト・キリスト教的な生命観からベラが生み出されているように感じました。

またゴドウィンの特殊メイクとしてフランシス・ベーコンの絵が参照されたといわれていて、これもおもしろいなと思いました。ベーコンの描く人間像は、不穏で、歪められ、大きな口を開けて叫ぶ奇怪さを伴うことで、人間存在の残酷さと不安を描き出したことでも知られています。

長尾:言われてみれば確かにフランシス・ベーコン的な見た目ですね。屋敷の中のシーンで言うと、個人的にはベラが「チー」と言って廊下でおしっこを漏らすシーンは、ベラの幼児的な無防備さを映画的に表現しているようで印象に残っています。

清水:そうですね。ゴッドウィンは、そんな無防備なベラを『マイ・フェア・レディ』のように育てることもできたかもしれないし、家に閉じ込めたままにすることも、あるいは性的に搾取することさえできたかもしれない。最初は実験体として慎重に彼女を観察し、言動を記録させながらも、次第に彼女の欲望と意志を尊重していくようになる姿は、軍国主義や家父長制資本主義を具現化する「父」とは異なりますよね。

長尾:わたしもゴッドウィンとベラが添い寝をするシーンを見て、きっとベラを性愛の対象にしているんだろうなと予想をしましたが、それがいい意味で裏切られて安心しました。自身も幼少期のトラウマを抱えるゴッドウィンが、ベラを一個人として尊重し、自分の父とはうまく築けなかったような温かい関係性を築いていくのを見られたのは良かったです。

清水:そうですね。その一方でベラの婚約者となったマックスも、ダンカンや終盤に出てくるベラの生前の夫、ブレシントンとは対照的に、ベラの精神と肉体の自由を尊重し、性愛というより、互いに信頼できる関係を築いているように思えました。ベラをとりまくこうした関係性は、血縁的な家族とは異なる親密な関係にも見えます。本作が、ベラの成長物語であると同時に、家父長制的な価値観や構造的な性差別を脱臼し、彼女をコントロールしようとする者たちの権力や偏見を崩していく物語として展開することができたのは、こうした基盤があったからかもしれません。

ダンカンと「有害な男らしさ」

長尾:そんなベラはダンカンと駆け落ちし、リスボンからのシーンが一気にカラフルになりました。リスボンではベラの好奇心が最高潮に達し、ファッションもますます解放的で色に溢れています。この頃のベラはどんどん能動的に選択し自分を解放していきますよね。

清水:そうですね。ベラが性に目覚め、家を出て「冒険」に踏み出すと、一気にスクリーンがモノクロからカラーに変わるシーンは印象的でした。

長尾:旅を通してどんどん自分らしさを確立して、自己表現をしていくベラに不安を覚え、ダンカンは船の旅で彼女を閉じ込め自分のものにしてしまおうとしますね。ナルシストで自己中心的、女性蔑視で所有欲の強い男のダンカンは、まさに「有害な男らしさ」を体現している存在でした。

清水:まさしくそうですね。そして、一言で「男性性」や「男らしさ」といってもじつは複数のレイヤーがあります。おっしゃるようにダンカンがナルシシストで自己中心的、女性蔑視で所有欲の強い男だとしたら、前夫であるブレシントンの方は、戦争を体験してPTSDを煩い、死に対する権利(殺す権利)を特徴とする君主制や家父長的権力によって他者をコントロールしようとする「有害な男らしさ」を持ち合わせていました。

「有害な男らしさ」は、性差別や暴力に結びつくものもありますが、他方でそれゆえに男性が自分の感情を抑圧し、他者に依存したり助けを求めたりすることを妨げるように働いてしまうこともあります。この意味では、ダンカンもブレシントンも覇権的な「男らしさ」から逃れられない存在ですよね。だからこそ、ステレオタイプな「らしさ」に囚われず生/性を謳歌するベラの存在が際立ちます。富も女も社会的地位—ブレシントンにいたっては人間としての脳—も失って破滅していく彼らの姿は、まさに「哀れなるもの」として浮かび上がってくるように思いました。

長尾:なるほど。脅しや説教をしてくる男性に屈せずに自分が思ったことを素直に語るベラを通して、「有害な男らしさ」の滑稽さや愚かさが見えてくると。

清水:おっしゃる通りです。ただし、男性性そのものは必ずしも有害なものだけではありません。アメリカのクィア理論家ジャック・ハルバースタムは「女性の男性性」について論じています。そこでは、思春期までは「お転婆」な女の子として許容されていた「女性の男性性」は、思春期以後、男性中心社会によって徹底的に抑圧され、「醜いもの」として排除されがちになると述べています。ベラの存在は、女性の男らしさ、あるいはオルタナティヴな男性性がどのような条件の下で可能になり、今後どのように再編していけるのかを考えるヒントにもなりそうです。

読書する女性、知性とジェンダー

長尾:確かに、この頃のベラは、大人の女性の見た目だけれど、内面はまだまだ少女的で、先生のおっしゃる「お転婆」と「醜いもの」のあいだを揺れ動いている感じがします。そんなベラは、船上で出会ったフェミニストのマーサに魅了され、大きな影響を受けました。

ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督作品への出演でも知られる俳優のハンナ・シグラ演じるマーサは、ベラにゲーテやエマーソンなど19世紀の哲学者たちの本を勧めました。また、同時に出会うハリーには世界の光と影を教わります。ハリーによってアレクサンドリアに連れ出されたベラは、世界の貧困を思い知り、はじめて残酷な現実に直面するとともに、自分が持っている上流階級としての特権性にも気付かされます。

この一連の経験は、ベラにとって思想の目覚めとなる重要な転機であったといえます。どんどん理知的になり、社会に対して目を開いていくベラに、ダンカンはますます抵抗感を示します。先生は、本と女性の関係について、著書『ディズニーと動物』の中で、宇野木めぐみさんの『読書する女たち』を引用しながら、「女性読者とは小説を読んでいたずらに感情を高ぶらせている存在であり、女性読者は女性の美徳にとって有害な墜落を意味していた」(284P)と書いていらっしゃいますが、このあたりのベラの変化をどんなふうにご覧になりましたか?

清水:これは知性とジェンダーをめぐる問題でもあるのかなと思いました。本を書く女もそうですが、本を読む女たちもまた歴史的には厳しい状況が続いていました。たとえば、『美女と野獣』のベルは「本の虫」として描かれています。『美女と野獣』に関して言えば、もともと神話「アモールとプシュケー」、そして1740年にガブリエル= シュザンヌ・ド・ヴィルヌーヴ(ヴィルヌーヴ夫人)が執筆したフランスの異類婚姻譚があり、その後1756年にジャンヌ=マリー・ルプランス・ド・ボーモン(ボーモン夫人)が子ども向けに書き下ろしたことで、翻訳、映画、ミュージカルとして数多くのアダプテーションが誕生することになりました。

ディズニーアニメのなかで、ベルが「少し風変わり」な女として村人から忌避されるのは、彼女が本を読む女だからです。当初、ベルを「本の虫」にしようというアイデアは、動きがなくて退屈なので映画には向いていないのではないかと懸念されました。ですが、逆にアニメでは、村の道をよく知っていて、一時も本から目を離さずに歩き回るというオープニングの光景になります。一見すると小さな村に暮らす「知性のある女」を表象しているようにも見えますが、舞台となる18世紀には、「男性の読書」とは対照的に「女性の読書」は小説が感情を高ぶらせ、女性の「美徳」にとって有害な「堕落」を意味するものとされていました。

清水:ちなみにディズニーアニメの『美女と野獣』の中でベルが一番気に入っている本は冒険の物語。遠く離れた地に冒険に赴く主人公が、決闘し、魔法の呪文が唱えられ、そこで姿を変えられていた王子が登場する話です。つまりベルは自分がこれから体験する冒険を、小説の中であらかじめ読んでいると言えます。その構造はベラとも少し似ていると感じました。「野蛮」で未熟な存在として描かれていたはずのベラが、「良識」ある成熟したはずの男たちを困惑させる理知さを獲得していく。本を通じて自分の冒険を予兆する知性、必要不可欠な見識を身につけていくんです。それは彼らに都合のよい女たちを作り出してきた社会ではなかなか教えられることのなかったものでした。

老婦人のマーサによって出会った本の世界や、黒人青年ハリーと目の当たりにした貧富の差。こうした不公正な構造は、社会のなかでは隠蔽ないし不可視化されてきました。けれどもベラは、現実に目を向け、様々な物語や思考と出会い直し、思考する自由を獲得していきます。わかったつもりになって思考放棄をしたり、無知のままで止まったりするのではなく、どこまでも自分の感覚をもとに思考を編んでいく。それがベラの強さや独自性になっていくと感じました。

長尾:冒険を予兆する知性。たしかに、ベラはマーサやハリーから得た知識をもとに、あくまで自分の感覚で今後の人生を方向づけていきますね。

後編に続く

『哀れなるものたち』予告編

■『哀れなるものたち』
監督:ヨルゴス・ランティモス
原作:「哀れなるものたち」 
アラスター・グレイ著(ハヤカワepi文庫)
脚本:トニー・マクナマラ
製作:エド・ギニー p.g.a.
アンドリュー・ロウ p.g.a. 
ヨルゴス・ランティモス p.g.a.
エマ・ストーンp.g.a.
撮影監督:ロビー・ライアン BSC, ISC
プロダクション・デザイン:ジェームズ・プライス 
ショーナ・ヒース
衣裳デザイン:ホリー・ワディントン
ヘアメイクアップ&補綴デザイン:ナディア・ステイシー
音楽:ジャースキン・フェンドリックス
サウンド・デザイン:ジョニー・バーン
編集:ヨルゴス・モヴロプサリディス ACE
セット装飾:ジュジャ・ミハレク
原題:POOR THINGS
2023年度作品 / イギリス映画 / 白黒&カラー
ビスタサイズ / R18+
上映時間:2時間22分 
字幕翻訳:松浦美奈
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

Photography Mika Hashimoto
Text & Edit Shinichiro Sato(TOKION)

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写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.4 クアウテモック https://tokion.jp/2024/02/05/mexico-reporto-diaries-vol4/ Mon, 05 Feb 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=223083 写真家の児玉浩宜が思いのままにたどり着いた国、メキシコを縦断した記録を写真とともに綴るフォトコラム。第4弾の都市はクアウテモック。

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写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.4 クアウテモック

色彩が低い集落メノナイト

タクシーの運転手は私達を広大な畑に囲まれた一本道に降ろした。彼に伝えた住所は「カンポ6A」。カンポはスペイン語で「畑」という意味なのでここで間違ってはいない。

チワワ州クアウテモック。ここからさらに奥へ入った辺鄙な場所に「メノナイト」という人々の集落がある。砂利道を進んでいくと家が点在しているが、色鮮やかなメキシコのイメージとは違って色のない建物ばかりだ。「意匠を取り払った建物」「原初的なコンクリート建築」とでも言えば良いのだろうか。簡素な佇まいに、ついミニマリストという現代的な言葉が口に出そうになる。それは私が日頃から現代の物質的に満たされた暮らしをする人間だからだ。メノナイトはそういった暮らしを求めていない。ここでは広告看板も一切見当たらない。

メノナイトとは16世紀の宗教改革に端を発したキリスト教の一派であり、中央ヨーロッパで誕生した。農業や手工業で自給自足に近い、質素な生活を共同体の中で営む。非常に保守的な価値観を持ち、酒や娯楽は禁忌とされ、世俗社会から離れた地域に定住している。あまりに保守的なため自動車ではなく馬車に乗り電気製品を一切使わずに近代文明を拒絶して、19世紀そのままの暮らしを続けるコミュニティもあるらしい。アメリカには同じような生活をする「アーミッシュ」という集団がいる。

メノナイトの歴史は流転の歴史だ。メキシコ・チワワ州に入植したグループは、かつてロシアで農業を営んでいた。だがボルシェビキ革命の影響で農地を奪われ、アメリカやカナダへ移住。その後、北米の近代化が進むと逃げるようにメキシコへ南下した。独自の信仰と理想の暮らしを守るためだ。クアウテモックには1920年代に大規模な入植があったが、メキシコも近代化が進み、さらに南米へと移住した集団もいるらしい。


メキシコへ来て出会った南米からの移民希望者の人々は「自由や金」を信じて「より良い暮らし」を目的に北を目指していた。時代や信じるものは違えど、同じ目的で逆のルートを辿ってきた人達がいることに驚く。それも1世紀も前に。

とはいえ私は彼等についての知識は少ない。実際の暮らしはどうなのだろう。街の中心部には観光客向けにメノナイトの資料館があり昔の暮らしを再現するガイドがいるらしいが、そのようなものに興味が持てなかった(休館日でもあったのだが)ので、この集落へ訪れたのだ。

メノナイトのルーツを示す建物

集落を歩いていると、庭に年老いた白人の男性がいた。いわゆるメノナイトらしい作業着の装いである。彼は猟銃を手にしてこちらをじっと見ていた。部外者である私達を警戒しているのだろうか。聞きかじった下手なスペイン語でとりあえず声をかけてみたが、彼は無言のまま銃に弾のようなものを込めている。緊張感が漂った。焦りつつ発音を変えて挨拶を繰り返していると、男性は困惑した表情で私の言葉を遮った。


「英語で話してくれるかな? スペイン語はわからなくて」彼が流暢な英語を話したので私は脱力して転びそうになった。彼はピーターと名乗った。カナダ出身の78歳の彼もまたメノナイトでここでの共同体の暮らしを求めてきたという。残念ながら耳が遠いようであまりしっかりとコミュニケーションが取れない。彼は庭に飛んでくる鳥を撃っていた。「やってみるか?」と手渡されたのはなんのことはない、ただの空気銃だった。

しばらくして少年2人がバイクに乗ってやってきた。ジョシュアくん15歳とトバイアスくん14歳。彼らが通っている学校もメノナイトが運営している。授業について聞くと「学校でスペイン語、ドイツ語、高地ドイツ語、英語も勉強してるんだ」と言った。彼らは母語の低地(平地)ドイツ語を「ジャーマニー」と呼び、一般的な標準ドイツ語を「ハイジャーマニー」と呼んでいた。外から見るか中から見るかでは視点は逆になる。

道路沿いにガソリンスタンドがあり、真新しい4輪バギーに乗った5人組の若者達がいた。彼等の祖父母達もまたロシアからカナダを経由して移住してきたという。「昔は馬に乗ってたらしいけどね。今じゃスマートフォンだって持ってるし、都会と変わらない暮らしだよ」と言った。彼らとお互いのInstagramのアカウント交換という現代の極みのような交流をした。

他にも家の庭で優雅にホームパーティーをしている家族も見かけたが、どうも彼等の暮らし向きは決して悪くはなさそうだ。あとで調べてみると、農業で成功している一族も多いらしい。むしろこの街そのものが、メノナイトが持ち込んだ酪農産業によって経済を刺激して大きくなったという。

外界から隔絶された農地を求めてここへ入植した信徒の姿を今となっては想像しがたい。だが私は彼等のルーツを示す建物を道路脇で見つけた。電話店だ。メノナイト達が家の中で電話を使うことを良しとしなかった時代の産物だろう。壁にはカナダとアメリカの国旗が誇らしげに描かれている。ここから国際電話をかけていたようだ。故郷の親類と話すことで心の結びつきを保っていたのだろう。

先住民で山岳民族のタラウマラの女性

私達は通りかかったバスに乗りさらに奥にある街へ向かった。派手な衣装を身につけた人達が目に入る。山岳民族である先住民「タラウマラ」の女性達だ。メノナイトの佇まいとは真逆で、原色に染められたふんわりとしたブラウスやスカートは寝間着のようにも見える。

これまで彼女達に何度か声をかけたが、まともに応じてくれる人は少なかった。タラウマラの人々はかつてのスペイン人の征服者から逃げ、山間部の岩穴に隠れるように暮らして伝統的な習慣を維持して生きてきた。近代になって街に下りてきた人々が今でも警戒心が強いのはその名残なのだろう。

街の外れにトラックに乗り込もうとしていたタラウマラの家族がいた。そのうちの頭巾をかぶった1人のおばあさんの衣装がとても気になったので挨拶をすると、おばあさんの娘が「なぜ写真を撮りたいの?」と私に聞いた。私は率直に、彼女の服がとても美しいからですと言った。娘がおばあさんに伝えると、彼女は「仕方がないねえ」というようなことを言いつつ、まんざらでもなさそうな顔をした。そして車からぴょこんと飛び降り、路上に立ち姿勢を正した。

車が去るのをおばあさんの娘が見送ったあと、彼女はスマートフォンを取り出した。そしてWhatsAppの画面を見せて「写真を私に送ってね」と言った。

もちろん場所によるが「昔ながらの暮らし」を期待するのは常に外部の人間であり、ほとんど勝手な理想の作り話のようなものである。先住民の土地の権利問題や、メノナイトと地元住民との軋轢もあるだろう。時には自然や異文化とせめぎ合い、時には移動することによって、彼らはぎりぎりの調和を維持して暮らしているのではないだろうか、などと大仰なことを考えながら私達は翌日、次の街へ移動した。

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対談:DJ KENSEI×井上薫 世紀末のクラブシーンから自然へと向かった理由、20年ぶりの屋久島を巡る新作のこと https://tokion.jp/2024/01/25/dj-kensei-x-kaoru-inoue/ Thu, 25 Jan 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=222351 2003年にリリースされたFinal Drop名義の『elements』とそれぞれの新作について、DJ KENSEIと井上薫が言葉を交わす。

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2003年、DJ KENSEIや井上薫、GoRo the Vibratianらジャンルを超えたアーティスト達が大隅諸島の屋久島を訪れ、長期間の滞在を経て1枚の作品を作り上げた。それがFinal Drop名義の『elements』だ。屋久島の地でフィールドレコーディングを行い、その素材とスタジオでのセッションを融合させたその内容は、世紀末から新世紀にかけての時代、東京のアンダーグラウンド・シーンで繰り返されていた音楽的実験の成果ともいえるだろう。

それから20年。DJ KENSEIとGoRo the Vibratianを中心に制作が進められたFinal Dropの新作12インチ『Mimyo』が突如リリース。時を同じくして、井上薫はふたたび屋久島の地を訪れ、島で録音した素材をもとに新作『Dedicated to the Island』を発表した(屋久島発のカルチャー誌「SAUNTER Magazine」とのコラボレーション)。

Final Dropの『elements』から20年、屋久島が世界自然遺産に登録されてから30年の2023年、なぜDJ KENSEIと井上薫はふたたび屋久島の地を目指したのか? 2000年代の東京アンダーグラウンド・シーン、その知られざる物語が2人の口から語られる。

90年代後半のオルタナティヴなシーンでの出会い~自然音への目覚め

――KENSEIさんと薫さんが初めて会ったのは90年代のことだと思うんですが、共同制作するほどの付き合いになったきっかけは何だったんですか。

KENSEI:90年代後半、ジャンルでくくれないオルタナティヴなブレイクビーツの動きがあって、そういう人達の音源を集めたコンピが出たりしたんです。NS-COMから出た『TOKYO TECH  BREAKBEATS 2』(2000年)とか。そういう作品のなかに僕が当時やっていたINDOPEPSYCHICSの音源が薫さんのものと一緒に入ってて。

井上:イベントもよく一緒になってたよね。京都のKAZUMAくんがやってたCommunicate Muteっていうパーティーとか。

KENSEI:そうそう。あとはOrganic GrooveとかOVA、レーベルだったらSOUND CHANNELとかね。

――90年代後半から2000年代初頭、以前は違う界隈にいた人達がそのあたりのシーンに集結していた感覚はありましたよね。KENSEIさんにしてもそれ以前はヒップホップで、薫さんはもう少しオーガニックなブレイクビーツをやっていて、ちょっと違うシーンにいる印象がありました。

井上:そうだよね。そのころKENSEIくんが「自然音ってやばいよね」みたいなことを言ってたのは覚えてる。

――KENSEIさんはどういう流れで自然音にたどり着いたんでしょうか。

KENSEI:INDOPEPSYCHICSでは最初ラップやヴォーカルの入ったブレイクビーツをやってたんですけど、どんどんインストになってきて、上物が音響的になっていったんですね。すると空間的なものを意識するようになっていって、そのなかで「音は日常にある」ということに気付いてしまって。環境音や自然音をネタとして使うようになっていくんですよ。

――それまでレコードからサンプリングしていたものが、日常の環境音になっていった、と。

KENSEI:そうそう。当時、モノレイクの『Gobi. The Desert EP』(1999年)っていうゴビ砂漠の音をイメージしたアルバムがリリースされたのですが、それが衝撃的だったんですよ。フィールドレコーディングとか音響的なものに興味を持つきっかけの1つになりました。

井上:ああ、あれは象徴的だったよね。電子音と自然音が調和した作品でね。

――薫さんはそれ以前からフィールドレコーディングに関心を持っていましたよね。

井上:そうですね。90年代前半、(六本木のレコードショップである)WAVEでワールドミュージックのバイヤーをやっていて、その頃から関心を持っていました。徐々に民族楽器のフィールドレコーディングと自然音をコラージュしたような作品に興味を持つようになった。「切り取り方次第で自然音も音楽的に聴けるようになるんだな」と思って。20代の頃はインドネシアによく行っていて、DATのハンディレコーダーで自然音を録音したり。Chari Chari名義の最初のアルバム(99年の『Spring To Summer』)でその時に録った音を結構使いました。

世紀末的なムードの中でたどり着いた、屋久島の深い自然

――では、どういう流れで屋久島に行くアイデアが出てきたのでしょうか。

KENSEI:屋久島に行く前にGOROさんやBetaLandたちとタイのランタ島に制作の旅に行ったんですよ。向こうでフィールドレコーディングして、何か作品を作ろうという企画で。でも、ランタ島で機材の電源を入れたら爆発しちゃいまして(笑)。

一同:ええっ(笑)!

KENSEI:電圧のことを理解してなかったんですよ(笑)。機材一式使えなくなってしまって。バンコクに戻ることもできないし、どうしよう?と思って、とにかくGOROさんのディジュリドゥやカリンバを簡易のレコーダーで録音しました。それが2001年だったかな。結局タイではフィールド録音のみをして、その次に行く場所として自然音を録るならって屋久島が浮かんできたんです。

――当時、90年代末の野外レイヴの季節が一段落して、その次にどこに向かうべきか誰もが探しているような感覚はありましたよね。

KENSEI:世紀末だったこともありますよね。自分も90年代にいろんなことを全開でやりすぎて、ちょっと行き詰まっていた。この先どうなるんだろう?みたいなことを考えてたんですよね。そういう話を薫さんとか、のちに屋久島に行くメンバーに話していたと思うんですよ。みんなも同じようなことを考えていて。

井上:その頃、僕はようやく音楽が仕事になってきて、わりと気分が高揚してる感覚もあったんだけど、世紀末的な不穏なムードは感じていました。オウムの事件や神戸の震災があって、その少し後には9.11があって。個人的には楽しくやってるんだけど、5年先10年先の未来なんてなんの確信もないというね。ある意味、刹那的な生き方をしていたような気がするんですよ。

――ちょうど時代の変わり目でもありましたよね。INDOPEPSYCHICSも2002年に活動休止しますし、KENSEIさん自身、それまでのようなサンプリング主体の音楽制作やビートを軸にしたものから、特定の環境のなかに身を置き、そこでつかみ取ったものから制作を立ち上げていくような作り方に徐々に変わっていったわけですよね。

KENSEI:まさにそうだと思います。テクノロジーでできる表現に対しては自分のなかで一段落したところはありました。音に癒やしを探していたというか。

井上:そういえば、KENSEIくん達はハイチにも行ってたよね?

KENSEI:行ってた。薫さんも行くはずだったんだけど、行けなかったんだよね。Banana Connectionっていうプロジェクトのレコーディングで(2002年)。

井上:その次に屋久島の話が出てきたんだよね、これは行かないと、と。

KENSEI:ハイチの手応えもあったし、そういう体験ができるということが自分にとっても意味のあることだった。ハイチなんて観光で行く場所じゃなかったし、家もバラックばかりで、すごい体験だったんですよ。そういう旅を続けるなかで、屋久島でも特別な体験ができるんじゃないかと思ったんですね。

――それまで屋久島に対してはどんなイメージを持っていたんですか。

井上:BETALANDとかYAMAちゃんとか大阪の連中が何人か屋久島に行ってて、彼らから話を聞いた記憶がある。屋久島といってもそれまでイメージもなかったんだけど、なんかすごいところらしい、と。

KENSEI:噂になってた時期がありましたよね。それもあってすごく興味を持ったんです。行ってみたら一発でわかりましたね。自分の小ささを痛感させられました。呼ばれた感じ。

井上:それまでも自然の豊かな場所を訪れたことはあったけど、あそこまで深い自然の中に入ったことがなかった。最初はちょっとびびったところもあったよね。

2003年にリリースされたFinal Drop『elements』制作時の記憶

――当時の制作ではどんなことが印象に残っていますか。

KENSEI:現地で体験したものや感じたことを消化しきれなかった記憶があります。自然のスケールが自分にとってもかなり衝撃的なもので、それを表現しようとした時に、自分のキャパが追いつかなくて。それで屋久島から戻ってきてから1年ぐらい(音源に)手をつけられなかったんですよ。

井上:それはよく覚えてる。レーベルのスタッフに「そろそろ作ってもらわないと困ります。スタジオを3日間押さえたので、そこで作ってくれ」とか言われて。そこからみんなの経験を持ち寄って完成までもっていった感じですよね。KENSEIくんはINDOPEPSYCHICSで培ってきたものがあったし、俺は当時ほとんど演奏していなかったギターやベースを弾いたり。シンセも弾いたかな。みんなの経験を持ち寄ると、こんなことができるんだなと思った。

KENSEI:スタジオでみんなでセッションしましたよね。屋久島で録ったフィールドレコーディング音源もあるんですけど、その時のセッションが軸になっている気がする。

井上:でも、今回ひさびさに聞き直してみたんだけど、フィールドレコーディングの音をすごく使ってるんだよね。主に水の音。

KENSEI:ああ、そうかもしれない。

井上:あとは野原でシャラシャラ音を鳴らして、それをバイノーラルマイクで録ったものをベースに曲を作ったり。

――非常にコレクティヴ的な作り方ですよね。お2人にとってもそれまでとは全く違う作り方だっただろうし、そういう制作方法自体に意味を見い出していたのでしょうか。

KENSEI:そうですね。めちゃくちゃ有機的だったと思う。それを狙っていたわけでもないんだけど。

井上:即興的でもあったしね。録音したものをポストプロダクションで作り進めていくという。GOROさんの家にみんなで集まって、話し合いながら進めていきました。

20年ぶりのFinal Dropとしての新作『Mimyo』で目指したものとは

レコードの日である2023年11月3日にリリースされたFinal Dropの新作12インチ『Mimyo』。『elements』制作時に屋久島でフィールドレコーディングされた素材にDJ KENSEIとGoRo the VibratianがRe-Excavation、Re-Touchを施し、KNDがマスタリングした全2曲を収録する。各曲ともに17分を超える壮大なサウンドスケープ。

――では、今回の『Mimyo』はどのような経緯で制作することになったのでしょうか。

KENSEI:GOROさんの活動をサポートしてる人が「今年は屋久島が日本で初めて世界自然遺産に登録されてから30周年だ」と教えてくれたんですよ。Final Dropのアルバムを出してから20年だし、それで節目としても先に進むためにも一度振り返りつつ何か表現できないか、と。GOROさんとも会う機会が増えて、集まれるメンバーで何かやろうという話になりました。

――まずは過去の素材を聞くところから始まったのでしょうか。

KENSEI:そうですね。うちに当時屋久島で録ったDATのテープが40~50本あって、とりあえず聴きながらデータ化しようと。そこからシーンとして使えそうなものを抜き出してみて、そこにGOROさんのカリンバやディジュリドゥを乗せました。

――水の音がすごく印象的ですよね。20年前の『elements』よりも今回のほうが前面に出ています。KENSEIさんはこの水の音に何を感じ取っていたのでしょうか。

KENSEI:当時の耳では気付けなかった音像の中にある粒子みたいなものですかね。聴ける視点の角度や感じる部分が20年という歳月で増えていたので、それを紡ぎとっていくことで全く別の波形が浮かびあがってきたんですよ。

井上:GOROさんの演奏は今回は改めて録ってるの?

KENSEI:いや、当時録ったものを使ってます。GOROさんが感覚的に乗せたものをミックスしたというか、音像をミックスしたというか。考古学者がハケで化石についた砂をはらっていくうちに、実体が出てくる感じですね。

井上:いい表現だね、それは。

KENSEI:MODEL1っていうミキサーのフィルターがすごく良くて、それをいじってると、化石についた泥をハケで落としていくように浮かび上がってくるものがあるんですよ。浮かび上がってきたものを抽出した感じです。

井上:KENSEIくんの今のDJにもつながってる感じがするよね。「春風」の時とか、あとは「THAT IS GOOD」のYouTubeチャンネルで公開されているDJプレイとか、あのあたりに近い目線を感じる。独自の空間性を獲得していて、すごいなと思いました。

KENSEI:素材自体に普遍性があったんだと思います。今のほうが機材のクオリティーは上がってるんだろうけど、GOROさんには当時「そういうことじゃない」と言われて(笑)。

――それはどういうことだったんでしょう。

KENSEI:ポストプロダクションの段階になるとみんな演奏の粗が気になってくるんですよ。でも、編集していくうちに、その時のヴァイブスが失われてしまう。そういうものじゃなくて、全体として表現したいものがある、と。「木を見て森を見ず」みたいな話というか、「1つひとつの木を直していくと森じゃなくなっちゃう」という話はGOROさんにされました。

――GOROさんの存在はFinal Dropにとって大きかったわけですね。

KENSEI:大きいですね。それまでは自分もすごく細かくエディットしてたんですよ。そういうところじゃない視点、ぱっと聴いた時の感覚を重視するようになりました。

井上薫が屋久島で新たにフィールドレコーディングを行い制作した『Dedicated to the Island』

9月に発表された井上薫の新作『Dedicated to the Island』。新たに屋久島でフィールドレコーディングした素材をもとに制作した全9曲を収録。

KENSEI:聴きました。素晴らしかったです。水の音がとてもクリアでFinal Dropとはまた違ったアーバンなムードも感じつつ、屋久島のムードとプリミティブな感じも更新されてるなと思いました。是非レコードにしてほしいですね(笑)。

井上:今回は(『SAUNTER Magazine』の発行人である)国本さんから「屋久島をテーマに作品を作りませんか」という話をいただいたんですけど、そのタイミングで完成まで2ヵ月弱ぐらいしか時間がなくて。以前だったら断っていたかもしれないけど、やるしかないなと思って。

――屋久島に対して特別なものを感じていた?

井上:それもありますよね。あと、その時期音楽制作のやり方を刷新しようとしていたんだけど、なかなかできなかったのでトライアルという意味合いと、それまではほとんど聴いていなかったフランス近代音楽みたいなものを聴くようになったり、ジャズに改めて関心を持つようになったこともあって、今回は音楽的にどう成立させるかすごく意識していた部分がありました。

――その意味では『Mimyo』とだいぶ作り方が違うわけですね。

井上:そうだね。今回は3泊4日で屋久島に行ったんだけど、その時に体験したことを身にまといながら、いかに音楽的に作り上げることができるのか意識していました。比べるのも変な話なんだけど、屋久島のあり方が表現されているのはKENSEIくんが作った『Mimyo』のほうの気がするんだよね。自分のは屋久島のことを表現するというよりも、自分自身のパーソナルな思いが根っこにあるから。

――薫さんが屋久島でフィールドレコーディングするということで、僕は環境音・自然音だけで構築されたアブストラクトな作品になるんじゃないかと思ってたんですよ。

井上:最初はそういうものをイメージしていました。でも、徐々に音楽的なフォーカスが定まってきて、かなり集中して作ることができました。だいぶ年齢を重ねたけど、まだこんな作り方をできるんだなと(笑)。今後音楽を作るうえでいい刺激になったし、重要な体験でした。

――今後、Final Dropで何かをやっていく可能性はあるんでしょうか?

KENSEI:うん、ありますね。やろうという話もしていますし、どこかに行きたいという話もしている。Final Dropという形を通して何か表現できればと考えています。

Photography Kentaro Oshio
Special Thanks Shinji Kunimoto ( SAUNTER Magazine )

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CHAIが3月12日でバンド活動を終了 1月28日からの「We The CHAI Tour!」がラストツアーに https://tokion.jp/2024/01/18/we-the-chai-tour/ Thu, 18 Jan 2024 09:35:00 +0000 https://tokion.jp/?p=222197 ラストツアーは1月28日の札幌公演を皮切りに3月12日の六本木EX THEATER ROPPONGIまで計16公演。

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“NEOかわいい”というコンセプトを掲げ、世界的な活動を続けてきたバンドのCHAIが、1月28日から開催する全国ツアー「We The CHAI Tour!」の最終日、3月12日の東京公演をもって、バンド活動を終了することを発表した。

今後はメンバーそれぞれが新たなステージに踏み出し、それぞれのやり方で“セルフラブ”を表現していく。

CHAIはこれまで日本のみならず世界の大型野外フェスへの出演や、アメリカの老舗レーベルSUB POPとの契約など日本人アーティストとして海外でも数多くの活動してきた。

ラストツアーとなる「We The CHAI Tour!」は1月28日札幌公演を皮切りに3月12日の六本木EX THEATER ROPPONGIまで計16公演。

<メンバーコメント>
みんないつも応援ありがとう!
このたびCHAIは次のツアーを最後に「NEOかわいいをフォーエバー」(=かいさん)することにしました。
CHAIがずっと発信してきた「セルフラブ」、なりたい自分になることをこれからも自分たちがかなえていくために、
メンバーそれぞれの道を進むことにしました。
突然の発表になってしまってごめんね。
応援してくれたみんなのお陰でCHAIは世界中にライブに行けて、いっぱい愛と勇気をもらったよ。
これからもメンバーそれぞれがいろんな生き方でNEOかわいいを伝えていくもんで、これからもよろしくお願いします。
今までホントにありがとテンキュ~~~!
これからもずっとみんなを愛してるよ♡♡♡♡♡ 
最後に日本各地のNEO KAWAII BABIESにLOVEを伝えに会いに行くもんで素敵な時間を過ごそうね〜⭐︎ 
NEOかわいい is フォーエバー♡✴︎*

CHAI

■CHAI JAPAN TOUR 2024「We The CHAI Tour!」 
2024年 
1月28日(日)北海道・札幌cube garden 
1月31日(水)静岡県・静岡UMBER 
2月2日(金)香川県・高松DIME 
2月3日(土)広島県・広島4.14 
2月9日(金)福岡県・福岡BEAT STATION 
2月11日(日)鹿児島県・鹿児島SR Hall 
2月15日(木)京都府・KYOTO MUSE 
2月17日(土)石川県・金沢AZ 
2月18日(日)新潟県・新潟GOLDEN PIGS RED STAGE 
2月22日(木)埼玉県・HEAVEN’S ROCKさいたま新都心 VJ-3 
2月24日(土)茨城県・水戸LIGHT HOUSE 
3月1日(金)宮城県・仙台darwin 
3月2日(土)福島県・郡山HIPSHOT JAPAN 
3月8日(金)大阪府・梅田Banana Hall 
3月9日(土)愛知県・名古屋JAMMIN’ 
3月12日(火)東京都・六本木EX THEATER ROPPONGI 
https://vintage-rock.com/artists_events/chai/

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写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.3 サマラユカ https://tokion.jp/2024/01/11/mexico-reporto-diaries-vol3/ Thu, 11 Jan 2024 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=221568 写真家の児玉浩宜が思いのままにたどり着いた国、メキシコを縦断した記録を写真とともに綴るフォトコラム。第3弾の都市はサマラユカ。

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写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.3 サマラユカ
写真家・児玉浩宜がウクライナを離れてたどり着いた場所 メキシコ・ルポダイアリー Vol.3 サマラユカ

広大な砂漠に囲まれた街

シウダー・フアレスから国道を50キロほど南下すると、サマラユカという町がある。砂漠地帯に囲まれているこぢんまりとした町だ。通りに沿って数えるほどの雑貨屋や自動車の整備工場が並んでいるだけの少し寂しげな町だ。

空腹だったので1軒の食堂を見つけてドアを開けた。店内は薄暗かったが、奥のカウンターでは従業員の女性達が山盛りのコリアンダーを刻んでいる。私はハンブルゲサ(ハンバーガー)とコーラを注文した。他に客は家族連れが1組しかいない。なのに従業員のおばさん達は5人も6人もいて忙しく調理をしている。話しかけると「今日はお祭りだからね、たくさん客が来る」と浮き足だったような口調で言った。私はすっかり目的を忘れていたが、明日はメキシコの独立記念日なのだ。首都メキシコシティでは今夜は盛大な花火が上がり大騒ぎになるだろうが、騒ぎは面倒なのであえてこの小さな町に来たのだ。今夜は町の広場でささやかな前夜祭が開かれるという。

「近くに砂丘があるらしいんですよ。聞いた話ですけど」旅を共にする編集者の圓尾さんが言った。Googleマップを確認すると、町の東側に巨大な砂漠地帯がある。距離を見れば歩いて2時間ぐらいか。砂漠にある町からわざわざ砂丘見物に歩いて行くのはどうかしてると思うが、祭りまでにはまだ時間がある。私達は向かうことにした。

町を出て砂漠を歩く。乾いた砂利にぽつぽつと灌木やサボテンが生えた景色が果てしなく続いている。強烈というよりは凶暴な太陽ががんがんと皮膚を焼き、滝のように汗を垂らす。私はすぐに後悔しはじめた。

ウクライナでも広大な土地を歩いたことがあった。もっと肥沃で粘り気のある土で、雪解けのあとを歩くと泥がぶらさがるように靴底に張り付いた。あの時は少し草むらに入るのもかなり躊躇した。地中に地雷が埋まっていたり不発弾が残っていたりするからだ。ウクライナ軍の兵士は「絶対に道の真ん中を歩け」としつこく繰り返していた。今でもその恐怖心が残っていて、道を外れて歩くとつい足がすくんでしまう。今は全く違う土地にいると頭ではわかっているのに、体に残った記憶を引きずっている。

遠くに畑が見え、スイカやズッキーニといった瓜科の野菜を収穫している男達がいた。私達に気付いた1人が転がっていたスイカを拾いあげてポケットからナイフを取り出す。脇に停めていた車のボンネットにスイカを置き荒々しくぶった切った。断面はみずみずしくメキシコの太陽を反射させた。「食ってみろ」ということらしい。ありがたく口に入れる。味は日本のものよりややあっさりしているが、水分が豊富で口から汁がこぼれ落ちる。なぜ砂漠でこんな作物がつくれるのだろうか。彼らは私達の姿を満足げに眺めた。その中に中学生ぐらいの少年がいたので話しかけてみたが、恥ずかしそうに微笑んだあと、うつむいて黙々と作業に戻った。彼らに今夜の祭りのことを聞くと、当然のように知っていた。

さらに砂漠を歩いた。多少の起伏はあるが、いくらも景色が変わることはない。スマホのGoogleマップだけを頼りに歩く。日焼けで肌がヒリヒリするが、さらに追い討ちをかけるような衝撃的な痛みを足に感じた。トゲである。そこら中に乾き切った低木の枝が落ちており、その枝にあるトゲが靴底を貫いて足の裏に刺さるのだ。東京の量販店で買った税込1900円の靴はウクライナの荒地でも頑張ってくれていたのだが、所詮は安物。履き潰して靴底がペラペラだ。靴下を脱いでみると足の裏に血が滲んでいた。泣きそうになりながら靴底のトゲを抜き、いばらの道をまた歩く。ウクライナの地雷とメキシコのトゲでは天地雲泥だがそれでも辛い。

靴底のトゲを幾度も抜きながらたどり着いた砂丘は、水を抜き切った海の底のようだった。高い砂山があるかと思えば、極端に深く沈む場所がある。それがどこまでも続いている。しかし感動というよりはどうも落ち着かない。茫漠とした景色を見つめても視点が定まらないのだ。いったいどのくらい広いのか想像もつかない。私達がいるのはまだ砂丘の入り口でしかない。試しに丘を1つ越えてみると、砂丘の彼方に鉄塔と送電線があるのが遠くに見えた。なにもこんなところにまで。人間というのはすごい。足元を見ると、ビールの空き瓶が1本転がっていた。こんなところにまで。人間はすごい……。思わぬ発見で嬉しくなった。

メキシコ独立記念日前日の前夜祭

夕方、町に戻ると昼間の寂れた雰囲気とは一転して華やいでいた。男達が冷やしたビールを続々と運んでくる。無邪気に走り回る子どもを追いかける母親。広場には明かりを煌々と放つ出店が並ぶ。どこか懐かしさを感じていると、突然、警笛が聞こえた。広場の脇にある地平線まで続くレールの上にヘッドライトを灯した列車が見えた。シウダー・フアレスで出会った南米からの移民希望者達が乗ってきたという貨物列車だ。屋根の上や連結部分に男性、女性、子どもが乗っていた。このままアメリカ国境まで向かうのだろう。列車から「VIVA MEXICO!」と叫ぶ者がいた。手を振り返す地元の人。地元で祭りを楽しむ人々と、故郷を出て列車に飛び乗った人々が交錯する瞬間の風景があった。

列車が過ぎ去り、すぐに祭りの喧騒が戻る。音楽が始まり、地元の人達がすぐに踊り出してその輪が広がっていく。メキシコ北東部モンテレイで偶然出会った客に魅せる踊りではなく、これは純粋に楽しむための踊りだ。派手さはないが体を揺らし和やかに興じている。昼間に見かけた畑で農作業をしていた少年の姿もあった。彼は同い年ぐらいの女の子と身をくねらせていた。スイカを運んでいた彼とは全く違う、凛々しい顔つきだった。

祭りを撮影したあと私達はヒッチハイクでシウダー・フアレスまで戻れるのではと都合よく考えていた。だが深夜2時を過ぎても踊りは続き、帰ろうとする車がない。町にはホテルもなく、野宿をするしかない。寝袋がわりにリュックに詰め込んでいた服をすべて着込み、広場の隣にあった建物の影に寝転ぶ。自分の見通しの甘さが嫌になったが、独立記念日の夜にこの小さな町で野営するのも悪くないはずだ。

朝6時頃に目が覚める。圓尾さんは寒くてほとんど眠れなかったようだ。誰もいなくなった広場にはゴミが散乱していて野良犬がエサを漁っていた。犬と同じく私達も腹が減っていたので昨日の食堂に顔を出す。昨夜はこの店も遅くまで繁盛していたのだろう。店内には客達が立ち去ったあとの余韻が漂っていた。従業員のおばさん達に昨日のような笑顔はなく、ひたすら眠そうに仕事を始めていた。

Photography Hironori Kodama

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「自分に才能があると思ってる人なんて、いない気がします」 俳優・岡山天音が『笑いのカイブツ』を演じて確信したこと https://tokion.jp/2024/01/04/interview-amane-okayama/ Thu, 04 Jan 2024 09:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=221345 映画『笑いのカイブツ』の主人公・ツチヤタカユキを演じた岡山天音へのインタビュー。

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岡山天音

岡山天音(おかやま・あまね)
1994年6月17日生まれ、東京都出身。2009年、NHK『中学生日記』で俳優デビュー。2017 年公開『ポエトリーエンジェル 』(飯塚俊光監督)で第 32 回高崎映画祭最優秀新進男優賞、2018年公開『愛の病』(吉田浩太監督)でASIAN FILM FESTIVAL最優秀男優賞を受賞。近年の主な出演作に、『キングダム2  遥かなる大地 へ 』(2022 / 佐藤信介監督) 、『さかなのこ』(2022 / 沖田修一監督)、『沈黙のパレード』(2022 / 西谷弘監督)、『あの娘は知らない』(2022 / 井樫彩監督)、『BLUE GIANT』(2023 / 立川譲監督)、『キングダム 運命の炎』(2023 /佐藤信介監督)など。待機作として、『ある閉ざされた雪の山荘で』(2024 / 飯塚健監督)がある。 
http://www.humanite.co.jp/actor.html?id=13

『だが、情熱はある』『ベしゃり暮らし』『火花』などの“芸人(志望の若者達)”を描く作品と違い、映画『笑いのカイブツ』の主人公・ツチヤタカユキは劇場のネタ作家や、ラジオの構成作家を目指す人物だ。

大喜利番組にネタを投稿し続けること6年。ツチヤタカユキはその実力が認められ、お笑い劇場の作家見習いになるが、周囲とのコミュニケーション不全により挫折。ラジオ番組のハガキ職人として頭角を現し、尊敬する芸人から声をかけられラジオの構成作家になるために、大阪から東京に拠点を移すが……。

原作は、ツチヤタカユキによる同名私小説。笑いに取り憑かれた男がもがき、あがき、地べたを(文字通り)這いずり回る姿を、高い熱量で描く人間ドラマ。ツチヤを演じるのは、どんなキャラクターを演じてもその作品世界にくっきりと存在させることができる、演技力と個性を併せ持つ岡山天音だ。現場を「なんとか生き延びた」と語る岡山が、ツチヤタカユキという人物を演じて確信したこととは。

ラジオ、お笑いについて

——ツチヤタカユキ(原作者で主人公のモデル)さんはラジオのハガキ職人から構成作家になった方ですが、岡山さんはいわゆるラジオリスナーですか?

岡山天音(以下、岡山):はい。もともとラジオは好きなので、ツチヤさんの存在も知ってました。映画に出てくるツチヤさんのエピソードを聴いたことがあって。原作をもらった時に、「あ、この人知ってます」という話をしたのは覚えてます。

——そうだったんですね。ツチヤさんに会う前と会ってからで、印象に変化はありますか?

岡山:あくまで裏方の人、作家的な感じの人だと思ってたんですけど、一緒に取材を受けたり、大阪で一緒に舞台挨拶をさせていただいたりして、めちゃめちゃやっぱり面白いです。喋りとか。まあそりゃそうだよなっていう。これだけお笑いだったりエンタメを貪るように吸収されている方なので、自分が発見しただけではない魅力がいっぱいある人なんだなと思いました。

——普段はラジオをどんな風に聴いていますか?

岡山:基本、耳が空いてる時に「ながら」で聴いています。聴く番組は時期によるんですけど、情報系よりは笑える番組が好きですね。芸人さんはもちろん、ミュージシャンの方、アイドル、YouTuberと多岐にわたって聞いて、ハマるとその人の番組をたくさん聴きます。

——最近ではどんな番組を聞いていますか?

岡山:「Artistspoken(アーティストスポークン)」という有料のラジオアプリで欠かさず聴いているのは、芸人の9番街レトロさんとミュージシャンのさユりさんです。あと、ニューヨークさんがYouTubeでやってる「ニューヨークのニューラジオ」とか。

——お笑いそのものもお好きでしょうか。

岡山:好きです。

——世代的にハマった番組や、好きになったきっかけというと?

岡山:世代で言うと『エンタ(の神様)』かもしれないですけど、「これだ!」みたいな1つのきっかけはなくて。普通に生活していたら自然にお笑いになじむようなシステムができあがっている時代だったと思います(笑)。

——「M-1グランプリ」もありましたし。

岡山:そうです、そうです。気づいたらそばにあったものでしたね。学校行く、飯食う、『はねとび(=はねるのトびら)』観て、風呂入って寝る、みたいな。“エンタメ”ほど距離が遠くない、生活の一部という感じでした。

ツチヤタカユキを演じて

——ツチヤさんが大阪出身なので、今回のセリフがすべて関西弁でした。ツチヤは対人コミュニケーションが不得意ということもあり、言葉を相手に届けようとしていないから、劇中でツチヤがボロボロになっている時や具合が悪い時に、セリフの一部が聞き取れないところがありました。

岡山:ああ〜、すみません……。

——いえ、だからこそツチヤの感情がものすごく伝わってきましたし、それこそがリアルでした。岡山さんはそのあたり、コントロールしていたのでしょうか?

岡山:プロとしてはツチヤのそういう部分を残しつつ、セリフを聞き取れるように言うことが、あるべき正しさだと思います。だから、セリフが聞き取れなくても感情が伝わればいいなんてことは思ったことはないです。ただ、ツチヤを演じている時は、セリフが聞こえる聞こえないということよりも、大事にしたいものがあって、それをまっとうしたかったのかもしれないです。

——プレスリリースに「ツチヤタカユキという人物を生き延びて」というコメントがありました。それくらい必死だったということですよね。

岡山:ずっと心の具合が悪かったです。ツチヤタカユキというキャラクターに、僕は一番近くで向き合わせてもらいました。誰よりも、間違いなく。ものすごく強烈な人なので、もらうものはあるし、どこまでも引っ張り込まれてしまうというか。ツチヤに負けたくないし、ツチヤにも俺なんかに負けてほしくないし、という毎日でした。そういう日々を送っていると、やっぱり息が詰まってくるところはありましたね。

——かなり苦しそうですね……。

岡山:ですけど、同時に楽しさもありました。こういう役をあまりやったことがなかったので。他者とのコミュニケーションのとり方一つにせよオリジナリティがあるので、本当に新鮮な体験をお芝居の上でさせてもらえて、単純に興味深かったです。あと、共演者の方がいっぱいいらっしゃったので、相手によってやり取りが全然変わってくるのも楽しみでした。「この人とはどういうエネルギーのやり合いになるんだろうな」って。だから、「つらい」「苦しい」「楽しい」「早く終わってほしい」「終わらないでほしい」が同時にありました。

——「生き延びた」今、お芝居への向き合い方の変化や、改めて確信したことなどはありますか?

岡山:「ご縁」を本当に感じる現場だったんです。「今日このタイミングでこのシーンの撮影じゃなかったらこういう芝居はできなかったな」とか、結果的に良かったことがたくさん起こったんですよ。だからこれは「芝居」という枠だけの話じゃないかもしれないんですけど、縁がある時は結びつくし、そうじゃない時は接点を持たずに物事は進んでいくんですよね。キャストにおいても皆さんお忙しいのに素敵な方が大勢集結してくださってるので、このタイミングじゃなければご一緒できなかった方もいるでしょうし。

ツチヤという役にもすごく自分と近しいものをそもそも感じていたので、そういう役と出会えたのもご縁だし。ここまでタイミングと人と、ありとあらゆることが合致することがなかったので、数週間という短い現場でしたけど、「大丈夫なんだな」「人生面白いな」ということを感じましたね。

——そうなったのは、自分の頑張りが実を結んだからだと思いますか? それとも運がいいと捉えますか?

岡山:頑張りが実を結んだのだとしても、自分が頑張れたのはそれまでのご縁のおかげだと思うんです。「努力家だね」「ストイックだね」みたいなことを言われる人は、打ち込めば打ち込むほど結果が返ってきた経験が過去にあったからより頑張れる。ストイックになれない人は、その人云々というよりも、結果が出なかったからそうなってるだけで。その人がすごいとかその人が駄目だとかっていうことじゃないと思うんです。だから僕は、その時は「なんでこんなことになっちゃったんだろう?」と思うことでも、後から思い返すと「あれがベストだったな」と思うことが多い。それは日々感じてることではありますね。子どもの頃からどこかで感じてたかもしれないですけど、ここまで実感を持って「大丈夫なんだな」と確信を持ったのは初めてです。

——さっき「ツチヤに自分と近しいものを感じていた」とおっしゃっていましたが、どんなところでしょうか?

岡山:いやこれは、あんまり言葉にできないのと、その、(話が)暗くなるっていうのがあって(笑)。

——あ〜(笑)。

岡山:僕の皮をどんどんめくっていった中にある芯みたいなものと、ツチヤの中にある芯が近かったんだと思います。役を演じる上で「この人ってどんな人だろうな」と耳を澄ませながら脚本を読んでいったら、すぐにわかったんですよね。ツチヤの感覚が。周りの人は「カイブツ」とか、人間が理解し難いものみたいに言いますけど、僕にとっては一番近い存在に思えたというか、同じ核を持った人間と感じたというか。抽象的なことなので言葉にできないんですけど……。基本的に役は他人ではあるんですけど、こんなにも近い存在だと思ったのは初めてです。

——ツチヤは周りからすると暴力性があったり、傲慢さも持っていたりする人間ですが、ツチヤタカユキという人間を愛せましたか?

岡山:はい、もちろん。

——完成した作品を冷静に見ることは……。

岡山:できないですねえ(笑)。すぐスクリーンの向こう側に行っちゃうというか、画面に映ってるツチヤの気持ちになっちゃうので、映画を鑑賞しているという感覚にならなかったです。

——自分が出た作品ではいつもそうですか?

岡山:いやいや! 本当にこの映画はずっと出続けてますからね、画面にツチヤが。だから(出ずっぱりではない他の作品と)横並びで考えられないですけど、普段とは明らかに違いましたね。終わってからもこんなに役に肩入れしちゃってますし。この現場に関しては、普段通りのことはあまりなかったかもしれないです。

——この映画を特に届けたい人はどんな人ですか?

岡山:んー(と、しばらく悩んで)、趣味でも何でもいいんですけど、自分の中に好きなものがある人に観てもらいたいですかね。自分が好きなものと自分の外側の世界には、ギャップがあると思うので。でもまあ、好きなものはなくてもいっか(笑)! どうしても自分と社会は違うので、息苦しさを感じていたり、何となく生きれてるけどしっくりこないなとか、生きてる実感がないなとか、そういう人に見てもらいたいですかね。圧倒的な孤独を抱えて生きていた1人の人間を見てどう感じるのか。それぞれがそれぞれの孤独をどう見つめ直すのか。それはもう観た人に委ねたいです。

ツチヤは「カイブツ」とか極端な人に見えるんですけど、すごく普遍的な人だと思うんですよね。誰しもがこう、“リトルツチヤ”みたいなものを抱えて生きていると思うので。だから結局はみんなに観てほしいってことになっちゃうんですけど(笑)。きっかけは何でもいいです。このポスターでも、原作のツチヤさんでも、菅田(将暉)くんでも太賀くんでも、何か気になった人は気軽に観に来てほしいです。このツチヤタカユキという生き物を目撃して、自由に受け取ってもらえたらなと思います。

——ツチヤタカユキがお笑いに夢中になったように、岡山さんが夢中になったものはありますか?

岡山:ないです! 「ツチヤタカユキみたいに」となると、そんなのは無理ですって(笑)。誰もできないことをやってた人だからこうして映画化されているわけですしね。

——ツチヤを演じてみて、自分もあれくらいのエネルギーで俳優業と向き合えるだろうか、と考えたりはしましたか?

岡山:本当に仕事がなくて、どうやってカメラの前に立てばいいのかもわからなかった時期は、近しいものはありました。役作りとかもわかんないけど、じゃあどうしたらいいんだっていう中で、なんかもう必死にめちゃくちゃなことをしてました。だからツチヤは最初から「同類」じゃないですけど、「わかる」と思ったんですよね。

——苦しくても諦めずにがむしゃらに努力し続けることが、才能なのかもしれないですね。岡山さんは、「才能」という言葉をどう捉えていますか? 芸人や作家、俳優という職業にもよくつきまとう言葉だと思うんです。「天才俳優」とか。

岡山:僕はどうでもいいです(笑)。「あー、才能ないなー」とは普通に思いますけど、才能があるかないかで悩んだことはないです。才能があろうがなかろうが、その機体、マシンにしか自分は乗れないので、好きだったら乗り続けるし、きつかったら別のことをやった方がいいと思うし。じゃあその才能と呼ばれるものが何なのかはわからないですけど、人よりも努力しなきゃいけない量が多いのであればするべきだし、時間が足りないのであればどうやったら効率的にその努力を積めるかっていうことでもあるし。でもどの俳優もそうなんじゃないですかね。自分に才能があると思ってる人なんて、いない気がします。

Photography Mikako Kozai(L MANAGEMENT)
Styling Haruki Okamura
Hair & Makeup Amano

『笑いのカイブツ』 1月5日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー

■『笑いのカイブツ』
1月5日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー

出演:岡山天音
片岡礼子、松本穂香
前原滉、板橋駿谷、淡梨、前田旺志郎、管勇毅、松角洋平
菅田将暉、仲野太賀
監督:滝本憲吾
 原作:ツチヤタカユキ『笑いのカイブツ』(文春文庫) 
脚本:滝本憲吾、足立紳、山口智之、成宏基
企画・制作・プロデュース:アニモプロデュース
企画協力:文藝春秋 
製作:「笑いのカイブツ」製作委員会
配給:ショウゲート、アニモプロデュース
宣伝協力:SUNDAE
©︎2023「笑いのカイブツ」製作委員会 2023 年/日本/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー/116 分/映倫区分 G
https://sundae-films.com/warai-kaibutsu/

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連載「The View My Capture」Vol.18 写真家・Yuki Kawashimaが異国で目にした、遠く離れた大切な誰かを思い出させてくれる「後ろ姿」 https://tokion.jp/2023/12/23/the-view-my-capture-vol18/ Sat, 23 Dec 2023 06:00:00 +0000 https://tokion.jp/?p=218576 異国の地で目にする後ろ姿は、面影として僕に大切な誰かを思い出させてくれた。日本で見る景色とは違っているのにどこか懐かしいと感じる瞬間が、遠く離れた街にいても存在していた。

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Yuki Kawashima

Yuki Kawashima
1993年生まれ。大分県日田市出身。京都精華大学映像コース卒業後、イイノ・メディアプロに入社。スタジオワークを経験の後、2019年独立、2022年渡英。
Instagram: @yuki_kawashima0630
https://kawashimayuki.com

気鋭の若手写真家を取り上げて、「後ろ姿」という1つのテーマをもとに自身の作品を紹介する連載企画。後ろ姿というのは一見して哀愁や寂しさを感じられることが多いが、見る対象や状況によっては希望に満ちたポジティブな情景が感じられることもある。今回は、アーティスト写真やポートレート、ファッション写真を中心に、現在はロンドンを拠点に活動する写真家・Yuki Kawashimaの作品。日本を離れ、異国で生活をしている彼が、会うことができない誰かと「会えた」と感じた「後ろ姿」とは。

追憶

遠くにいる大切な誰かのことを思い出させてくれた。

2022年から日本を離れロンドンに住んでいる。

言語も文化も違う場所での生活は、これまでのあたりまえが通用しない経験と自己を見つめ直す大切な時間を与えてくれた。

孤独を感じる日々もある中で、1人でバスや電車に乗っているとふと後ろ姿を目にすることがある。

顔も表情もわからない誰かのその後ろ姿は、僕に面影として大切な誰かを思い出させてくれた。

日本とは異なる光景が日々映し出される中でも、後ろ姿やふと目にする風景には、そこに存在するはずのない遠く離れた大切な誰かや懐かしい風景が曖昧な記憶として思い浮かぶ時が存在する気がした。

それと同時に、どこにいてもそれぞれの生活があり今を生きているのだと改めて実感するのだが、誰しもが経験する出逢いや別れの中で、僕は大切な人を亡くした時に写真を通して今を切り取ることの大切さに気付くことができた。

流れゆく日々の中でとどめておきたい目に映る景色や気持ちを、写真を通して残すことによりいつでも思い出せるメモリーとしてこれからも今を切り取っていきたい。

そして僕の撮りたい写真は決してきらめいた大げさな写真ではなく、ふと誰かの記憶とリンクする瞬間にある光景を残していきたいのだと思う。

身近で大切な人を継続的に撮って作品として残したい

−−写真を始めたきっかけは?

Yuki Kawashima(以下、Kawashima):高校生の時に東京事変のLIVEを初めて目にし、一緒に仕事がしたいと思い始めました。最初はMV(ミュージックビデオ)に興味を持ち映像コースに入学したが、フィルムカメラを手にする機会がありそこから独学で写真を始めました。

−−シャッターを切りたくなる瞬間は?

Kawashima:あまり意識したことはないが、綺麗な光や残しておきたい瞬間。

−−オンとオフで愛用しているカメラは?

Kawashima:最近買ったカメラは富士フィルム X100F。デジタル、フィルムどちらも使います。

−−インスピレーションの源は?

Kawashima:実体験や音楽等。

−−今ハマっているものは?

Kawashima:自炊。

−−今後撮ってみたい作品は?

Kawashima:身近な大切な人を継続的に撮る。アイスランドなどの壮大な自然や阿蘇山の野焼き等。

−−目標や夢は?

Kawashima:親孝行。

Photography & Text Yuki Kawashima
Edit Masaya Ishizuka(Mo-Green)

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