「自分に才能があると思ってる人なんて、いない気がします」 俳優・岡山天音が『笑いのカイブツ』を演じて確信したこと

岡山天音(おかやま・あまね)
1994年6月17日生まれ、東京都出身。2009年、NHK『中学生日記』で俳優デビュー。2017 年公開『ポエトリーエンジェル 』(飯塚俊光監督)で第 32 回高崎映画祭最優秀新進男優賞、2018年公開『愛の病』(吉田浩太監督)でASIAN FILM FESTIVAL最優秀男優賞を受賞。近年の主な出演作に、『キングダム2  遥かなる大地 へ 』(2022 / 佐藤信介監督) 、『さかなのこ』(2022 / 沖田修一監督)、『沈黙のパレード』(2022 / 西谷弘監督)、『あの娘は知らない』(2022 / 井樫彩監督)、『BLUE GIANT』(2023 / 立川譲監督)、『キングダム 運命の炎』(2023 /佐藤信介監督)など。待機作として、『ある閉ざされた雪の山荘で』(2024 / 飯塚健監督)がある。 
http://www.humanite.co.jp/actor.html?id=13

『だが、情熱はある』『ベしゃり暮らし』『火花』などの“芸人(志望の若者達)”を描く作品と違い、映画『笑いのカイブツ』の主人公・ツチヤタカユキは劇場のネタ作家や、ラジオの構成作家を目指す人物だ。

大喜利番組にネタを投稿し続けること6年。ツチヤタカユキはその実力が認められ、お笑い劇場の作家見習いになるが、周囲とのコミュニケーション不全により挫折。ラジオ番組のハガキ職人として頭角を現し、尊敬する芸人から声をかけられラジオの構成作家になるために、大阪から東京に拠点を移すが……。

原作は、ツチヤタカユキによる同名私小説。笑いに取り憑かれた男がもがき、あがき、地べたを(文字通り)這いずり回る姿を、高い熱量で描く人間ドラマ。ツチヤを演じるのは、どんなキャラクターを演じてもその作品世界にくっきりと存在させることができる、演技力と個性を併せ持つ岡山天音だ。現場を「なんとか生き延びた」と語る岡山が、ツチヤタカユキという人物を演じて確信したこととは。

ラジオ、お笑いについて

——ツチヤタカユキ(原作者で主人公のモデル)さんはラジオのハガキ職人から構成作家になった方ですが、岡山さんはいわゆるラジオリスナーですか?

岡山天音(以下、岡山):はい。もともとラジオは好きなので、ツチヤさんの存在も知ってました。映画に出てくるツチヤさんのエピソードを聴いたことがあって。原作をもらった時に、「あ、この人知ってます」という話をしたのは覚えてます。

——そうだったんですね。ツチヤさんに会う前と会ってからで、印象に変化はありますか?

岡山:あくまで裏方の人、作家的な感じの人だと思ってたんですけど、一緒に取材を受けたり、大阪で一緒に舞台挨拶をさせていただいたりして、めちゃめちゃやっぱり面白いです。喋りとか。まあそりゃそうだよなっていう。これだけお笑いだったりエンタメを貪るように吸収されている方なので、自分が発見しただけではない魅力がいっぱいある人なんだなと思いました。

——普段はラジオをどんな風に聴いていますか?

岡山:基本、耳が空いてる時に「ながら」で聴いています。聴く番組は時期によるんですけど、情報系よりは笑える番組が好きですね。芸人さんはもちろん、ミュージシャンの方、アイドル、YouTuberと多岐にわたって聞いて、ハマるとその人の番組をたくさん聴きます。

——最近ではどんな番組を聞いていますか?

岡山:「Artistspoken(アーティストスポークン)」という有料のラジオアプリで欠かさず聴いているのは、芸人の9番街レトロさんとミュージシャンのさユりさんです。あと、ニューヨークさんがYouTubeでやってる「ニューヨークのニューラジオ」とか。

——お笑いそのものもお好きでしょうか。

岡山:好きです。

——世代的にハマった番組や、好きになったきっかけというと?

岡山:世代で言うと『エンタ(の神様)』かもしれないですけど、「これだ!」みたいな1つのきっかけはなくて。普通に生活していたら自然にお笑いになじむようなシステムができあがっている時代だったと思います(笑)。

——「M-1グランプリ」もありましたし。

岡山:そうです、そうです。気づいたらそばにあったものでしたね。学校行く、飯食う、『はねとび(=はねるのトびら)』観て、風呂入って寝る、みたいな。“エンタメ”ほど距離が遠くない、生活の一部という感じでした。

ツチヤタカユキを演じて

——ツチヤさんが大阪出身なので、今回のセリフがすべて関西弁でした。ツチヤは対人コミュニケーションが不得意ということもあり、言葉を相手に届けようとしていないから、劇中でツチヤがボロボロになっている時や具合が悪い時に、セリフの一部が聞き取れないところがありました。

岡山:ああ〜、すみません……。

——いえ、だからこそツチヤの感情がものすごく伝わってきましたし、それこそがリアルでした。岡山さんはそのあたり、コントロールしていたのでしょうか?

岡山:プロとしてはツチヤのそういう部分を残しつつ、セリフを聞き取れるように言うことが、あるべき正しさだと思います。だから、セリフが聞き取れなくても感情が伝わればいいなんてことは思ったことはないです。ただ、ツチヤを演じている時は、セリフが聞こえる聞こえないということよりも、大事にしたいものがあって、それをまっとうしたかったのかもしれないです。

——プレスリリースに「ツチヤタカユキという人物を生き延びて」というコメントがありました。それくらい必死だったということですよね。

岡山:ずっと心の具合が悪かったです。ツチヤタカユキというキャラクターに、僕は一番近くで向き合わせてもらいました。誰よりも、間違いなく。ものすごく強烈な人なので、もらうものはあるし、どこまでも引っ張り込まれてしまうというか。ツチヤに負けたくないし、ツチヤにも俺なんかに負けてほしくないし、という毎日でした。そういう日々を送っていると、やっぱり息が詰まってくるところはありましたね。

——かなり苦しそうですね……。

岡山:ですけど、同時に楽しさもありました。こういう役をあまりやったことがなかったので。他者とのコミュニケーションのとり方一つにせよオリジナリティがあるので、本当に新鮮な体験をお芝居の上でさせてもらえて、単純に興味深かったです。あと、共演者の方がいっぱいいらっしゃったので、相手によってやり取りが全然変わってくるのも楽しみでした。「この人とはどういうエネルギーのやり合いになるんだろうな」って。だから、「つらい」「苦しい」「楽しい」「早く終わってほしい」「終わらないでほしい」が同時にありました。

——「生き延びた」今、お芝居への向き合い方の変化や、改めて確信したことなどはありますか?

岡山:「ご縁」を本当に感じる現場だったんです。「今日このタイミングでこのシーンの撮影じゃなかったらこういう芝居はできなかったな」とか、結果的に良かったことがたくさん起こったんですよ。だからこれは「芝居」という枠だけの話じゃないかもしれないんですけど、縁がある時は結びつくし、そうじゃない時は接点を持たずに物事は進んでいくんですよね。キャストにおいても皆さんお忙しいのに素敵な方が大勢集結してくださってるので、このタイミングじゃなければご一緒できなかった方もいるでしょうし。

ツチヤという役にもすごく自分と近しいものをそもそも感じていたので、そういう役と出会えたのもご縁だし。ここまでタイミングと人と、ありとあらゆることが合致することがなかったので、数週間という短い現場でしたけど、「大丈夫なんだな」「人生面白いな」ということを感じましたね。

——そうなったのは、自分の頑張りが実を結んだからだと思いますか? それとも運がいいと捉えますか?

岡山:頑張りが実を結んだのだとしても、自分が頑張れたのはそれまでのご縁のおかげだと思うんです。「努力家だね」「ストイックだね」みたいなことを言われる人は、打ち込めば打ち込むほど結果が返ってきた経験が過去にあったからより頑張れる。ストイックになれない人は、その人云々というよりも、結果が出なかったからそうなってるだけで。その人がすごいとかその人が駄目だとかっていうことじゃないと思うんです。だから僕は、その時は「なんでこんなことになっちゃったんだろう?」と思うことでも、後から思い返すと「あれがベストだったな」と思うことが多い。それは日々感じてることではありますね。子どもの頃からどこかで感じてたかもしれないですけど、ここまで実感を持って「大丈夫なんだな」と確信を持ったのは初めてです。

——さっき「ツチヤに自分と近しいものを感じていた」とおっしゃっていましたが、どんなところでしょうか?

岡山:いやこれは、あんまり言葉にできないのと、その、(話が)暗くなるっていうのがあって(笑)。

——あ〜(笑)。

岡山:僕の皮をどんどんめくっていった中にある芯みたいなものと、ツチヤの中にある芯が近かったんだと思います。役を演じる上で「この人ってどんな人だろうな」と耳を澄ませながら脚本を読んでいったら、すぐにわかったんですよね。ツチヤの感覚が。周りの人は「カイブツ」とか、人間が理解し難いものみたいに言いますけど、僕にとっては一番近い存在に思えたというか、同じ核を持った人間と感じたというか。抽象的なことなので言葉にできないんですけど……。基本的に役は他人ではあるんですけど、こんなにも近い存在だと思ったのは初めてです。

——ツチヤは周りからすると暴力性があったり、傲慢さも持っていたりする人間ですが、ツチヤタカユキという人間を愛せましたか?

岡山:はい、もちろん。

——完成した作品を冷静に見ることは……。

岡山:できないですねえ(笑)。すぐスクリーンの向こう側に行っちゃうというか、画面に映ってるツチヤの気持ちになっちゃうので、映画を鑑賞しているという感覚にならなかったです。

——自分が出た作品ではいつもそうですか?

岡山:いやいや! 本当にこの映画はずっと出続けてますからね、画面にツチヤが。だから(出ずっぱりではない他の作品と)横並びで考えられないですけど、普段とは明らかに違いましたね。終わってからもこんなに役に肩入れしちゃってますし。この現場に関しては、普段通りのことはあまりなかったかもしれないです。

——この映画を特に届けたい人はどんな人ですか?

岡山:んー(と、しばらく悩んで)、趣味でも何でもいいんですけど、自分の中に好きなものがある人に観てもらいたいですかね。自分が好きなものと自分の外側の世界には、ギャップがあると思うので。でもまあ、好きなものはなくてもいっか(笑)! どうしても自分と社会は違うので、息苦しさを感じていたり、何となく生きれてるけどしっくりこないなとか、生きてる実感がないなとか、そういう人に見てもらいたいですかね。圧倒的な孤独を抱えて生きていた1人の人間を見てどう感じるのか。それぞれがそれぞれの孤独をどう見つめ直すのか。それはもう観た人に委ねたいです。

ツチヤは「カイブツ」とか極端な人に見えるんですけど、すごく普遍的な人だと思うんですよね。誰しもがこう、“リトルツチヤ”みたいなものを抱えて生きていると思うので。だから結局はみんなに観てほしいってことになっちゃうんですけど(笑)。きっかけは何でもいいです。このポスターでも、原作のツチヤさんでも、菅田(将暉)くんでも太賀くんでも、何か気になった人は気軽に観に来てほしいです。このツチヤタカユキという生き物を目撃して、自由に受け取ってもらえたらなと思います。

——ツチヤタカユキがお笑いに夢中になったように、岡山さんが夢中になったものはありますか?

岡山:ないです! 「ツチヤタカユキみたいに」となると、そんなのは無理ですって(笑)。誰もできないことをやってた人だからこうして映画化されているわけですしね。

——ツチヤを演じてみて、自分もあれくらいのエネルギーで俳優業と向き合えるだろうか、と考えたりはしましたか?

岡山:本当に仕事がなくて、どうやってカメラの前に立てばいいのかもわからなかった時期は、近しいものはありました。役作りとかもわかんないけど、じゃあどうしたらいいんだっていう中で、なんかもう必死にめちゃくちゃなことをしてました。だからツチヤは最初から「同類」じゃないですけど、「わかる」と思ったんですよね。

——苦しくても諦めずにがむしゃらに努力し続けることが、才能なのかもしれないですね。岡山さんは、「才能」という言葉をどう捉えていますか? 芸人や作家、俳優という職業にもよくつきまとう言葉だと思うんです。「天才俳優」とか。

岡山:僕はどうでもいいです(笑)。「あー、才能ないなー」とは普通に思いますけど、才能があるかないかで悩んだことはないです。才能があろうがなかろうが、その機体、マシンにしか自分は乗れないので、好きだったら乗り続けるし、きつかったら別のことをやった方がいいと思うし。じゃあその才能と呼ばれるものが何なのかはわからないですけど、人よりも努力しなきゃいけない量が多いのであればするべきだし、時間が足りないのであればどうやったら効率的にその努力を積めるかっていうことでもあるし。でもどの俳優もそうなんじゃないですかね。自分に才能があると思ってる人なんて、いない気がします。

Photography Mikako Kozai(L MANAGEMENT)
Styling Haruki Okamura
Hair & Makeup Amano

『笑いのカイブツ』 1月5日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー

■『笑いのカイブツ』
1月5日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー

出演:岡山天音
片岡礼子、松本穂香
前原滉、板橋駿谷、淡梨、前田旺志郎、管勇毅、松角洋平
菅田将暉、仲野太賀
監督:滝本憲吾
 原作:ツチヤタカユキ『笑いのカイブツ』(文春文庫) 
脚本:滝本憲吾、足立紳、山口智之、成宏基
企画・制作・プロデュース:アニモプロデュース
企画協力:文藝春秋 
製作:「笑いのカイブツ」製作委員会
配給:ショウゲート、アニモプロデュース
宣伝協力:SUNDAE
©︎2023「笑いのカイブツ」製作委員会 2023 年/日本/アメリカンビスタ/5.1ch/カラー/116 分/映倫区分 G
https://sundae-films.com/warai-kaibutsu/

author:

須永貴子

ライター。映画、ドラマ、お笑いなどエンタメジャンルをメインに、インタビューや作品レビューを執筆。『キネマ旬報』の星取表レビューで修行中。仕事以外で好きなものは食、酒、旅、犬。Twitter: @sunagatakako

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