フラワーアーティストの東信とボタニカル・フォトグラファーの椎木俊介を中心としたフラワークリエーション集団AMKK(東信、花樹研究所)は、東京・南青山にあるオーダーメイドの花束専門店「ジャルダン・デ・フルール」を中心に、実験的なアートピースの制作や、「エルメス」「ドリス・ヴァン・ノッテン」などのファッションブランドとのコラボレーションも行っている。幅広い活動の1つに、「フラワーショップ希望」というプロジェクトがある。鮮やかなパラソルが目印の“花屋”の活動内容はいたってシンプル、世界各国を巡って“花と希望”を街ゆく人に無償で配るというものだ。旅先の国で生産されている花の種類を事前にリサーチし、花はほぼ現地で調達する。
「フラワーショップ希望」をスタートしたのは2016年。アメリカ大統領選挙でのドナルド・トランプ氏の当選や、国民投票によるイギリスのEU離脱(ブレグジット)決定に世界中が揺れた年だ。「海外で仕事をしていて、世界各地で不穏な空気を感じたんです。政治や経済も一気に変わっていく予感がしました。その中で自分達にできることを考えた時、花屋の原点に立ち返って人が花を贈る時にどんな思いを込めるのかを改めて考え、純粋に花で人を喜ばせたいと思ったんです」。
手探りで始めたという「フラワーショップ希望」に自信が持てたきっかけは、東が敬愛するウルグアイのホセ・ムヒカ元大統領を訪ねた時だ。ムヒカ氏は大統領時代、公邸に住むことを拒否し、給与所得の9割以上を寄付して質素な暮らしをしていることから“世界で一番貧しい大統領”と呼ばれていた。「『フラワーショップ希望』の話をしたら、ムヒカさんがすごく良いことだと言ってくださったんです。世の中が変わっても、時間や愛する心のように人を豊かにするものはあり続ける。そして『言葉にならない思いを込めて贈る花もその1つなんだ』と言ってくださり、自分が始めたことは間違っていなかったと活動に勢いがつきました」。
「フラワーショップ希望」を通してインドやジャマイカ、ブラジル、ドイツ、アルジェリアなど計10ヵ国以上を訪れた東は「花は世界共通の“言語”だ」と語気を強める。「アフリカの片田舎やブラジルのアマゾン熱帯雨林周辺の街にも花の市場があるんです。花が国や人種を超えて人間の生活に根付いていることが、世界中を旅してわかりました。例えば赤いバラが愛を表現したり、マリーゴールドが宗教的なお供えものであったりというように、誰かが決めたわけでもないのに世界各地の花に同じ意味が込められていることも不思議ですよね」。
東自身が花の力を感じたエピソードがある。見ず知らずの外国人である東が街頭で活動していても現地の人に警戒されず、ブラジルのファベーラ(スラム街、貧民街)など危険な地域でも歓迎を受けた。インドでは物乞いの子どもも多いが、花を配る東の姿を見ても金銭は要求せず、花をもらって喜んでいたという。「人間の欲に訴えかけるものは争いを生んでしまいますが、花は心に訴えかけるものだから逆の反応になるのだと思います。花を贈り合う文化も今みたいにものが溢れていても廃れないですし、人間の心の奥底に根付いているのかもしれないですね」。
花によって人との繋がりが強くなり、希望が広がる
「フラワーショップ希望」の活動自体はシンプルだが、そこから生まれる繋がりは「花をあげる人ともらう人」という枠におさまらない。東から花をもらった人が、その花をまた別の人に贈るという連鎖こそが「フラワーショップ希望」の核心と言える。「当初の予想以上に広がりが生まれました。もらった花を恋人や親に贈る人や、お墓に供えるという人がいますが、花をもらった嬉しさをお裾分けしたくなるからだと思います。花を配ること自体はささやかなことかもしれませんが、そこから風媒花のように活動が広がっていくんですよね」。花をもらうことで喜びを誰かと共有したい気持ちになるのだろう。花を介して生まれるアナログなコミュニケーションは、相手との関係性をより特別なものにするに違いない。
「この活動を始めた時に『世界平和を望んでいるか?』とよく聞かれました。確かに花はその可能性も秘めていると思いますが、元は出会った人達、特に子どもにとって思い出に残るような活動にしたかったんです。花をもらった人がまた別の誰かに贈ったり、その時に感じた気持ちを話す。そうすることで希望が広がっていくきっかけになってほしいですね」。
東京での初開催にあたり
7月28日から8月2日まで、「TOKION the STORE」で、「フラワーショップ希望」が東京に“オープン”する。「たくさんの人に来てとは言えない状況ですし、どんな反応があるかも予想できないですが、細心の注意を払いながら花でみんなを元気にしたいです」。
また、以前から強い要望があった「フラワーショップ希望」のスタッフTシャツなどのグッズも販売する。収益は今後の「フラワーショップ希望」での花の仕入れ資金に充てられる。「十分な距離をとって花を配ることになるかもしれませんが、自分自身も密にならない接し方を意識しながら行います。新型コロナウイルスだけでなく、11月にアメリカで大統領選挙がありますし、また世界が大きく変わっていくと思います。だからこそ、自分達が今まで発信してきたメッセージをより強く打ち出していきたいです」。