自己観察≠ナルシズム

キコ・コスタディノフは現在のファッションシーンにおける注目すべきファッションデザイナーの1人である。メンズ服飾史への強い関心、現代のメンズウェアにおける構造の分析、さらにジェンダーに縛られた洋服の解放などに対する強い好奇心から生まれるデザイン。そしてコレクションを通じて、21世紀における男性の身体のあり方について問い続ける。
1つひとつの洋服をみてみると、彼の洋服は、典型的なスポーツウェアを再構築しつつも、時にはファッションとは全く関係のない場所からレファレンスを引っ張り出し表現するまっさらのキャンバスのようである。実用性に富んだ機能服やクラシックな仕立て服、さらには女性の舞台衣装など、コスタディノフにとってはどれも同等な価値を持つもの。しかし彼の目や手によって個々の価値がすくい上げられ、特有のシルエットやボリュームが生み出されていく。
デザイナーズブランドのヴィンテージからノーブランドまで、境目なくヴィンテージウェアの蒐集をするコスタディノフ。ノースロンドンにあるスタジオにその古着をため込み、そこでスポーツウェアにクチュールならではの膨らみを出す技術を掛け合わせたり、アーチェリーの道具やさらには実用性に富んだミリタリーウェアなどをマッシュアップしていく。スタジオはまるで研究室のような場所となっている。さまざまな実験材料を基に、革新的な色使いへの挑戦や新しいファブリックへの関心も相まって、コスタディノフの洋服は複雑なレイヤーと意味を持ち合わせていくのだ。しかし彼は、“ワークウェアの再構築者”や“ラディカルなコンセプチュアルデザイナー”などといったレッテルを貼られることを望んでいるわけではない。そんな表層的なカテゴライズよりも、デザイナー自らの身体を使い、自分のクリエイションに真実と可能性があることを証明したいだけなのだ。

ダン・トゥリー(以下、ダン):自己観察と実験はファッションデザイナーであるあなたのクリエイションにおける重要なプロセスとなっています。この本に掲載しているセルフポートレートの写真は、体現者であるキコと「キコ・コスタディノフ」というブランドとの明確な関係性を示しているように思います。

キコ・コスタディノフ(以下、キコ):自分のことをエリートデザイナー集団の中に属させたいというわけではありませんが、僕と同じようなことをしているデザイナーはあまりいないはず。ほとんどのデザイナーは、自分とは離れた場所でストーリーを探し、それを洋服に落とし込んでいます。僕と同じようなことをしている(現在活躍している)ファッションデザイナーは、数人しか思い浮かびません。例えば、リック・オウエンスやマーク・ジェイコブス、そしてステファノ・ピラーティなど。彼らに共通していることは、自分が手掛ける洋服だけでなく、いろいろな服を買って、実際に服に袖を通してドレスアップすることを楽しんでいるところです。実際、彼らのデザインには、そんな行動が反映されているように感じます。彼らは本当にファッションや服が大好きで、自分が着ているものからインスピレーションを受け、新しい提案に変えることができる力を持っている。ここで大切なことは、そんないろいろな服を着ている彼らが自身の手掛けるブランドを着ている姿を見ると、そこに信憑性が生まれてくるところ。僕がコレクションを手がける時、どれを見ても“僕らしさ”を感じとれるのも同じ理由です。その服がどんな文化的背景を持っているのか、などのストーリーだけではなく、シルエットも同等に大切なこと。これをどうやって着ればいいんだろうという自問自答を続けること。多くのデザイナーは専属のスタイリストをつけています。そしてスタイリストの意見をやみくもに信頼し、コレクションに反映することも少なくありません。ただ僕の場合は違う。ムードボードと呼ばれる参考写真を持ってきて、「こんな感じのコレクションをやろうよ!」と言ってくるような人は誰もいません。むしろコレクションを作り始める時は、外部の情報よりもまずは内側を探っていくことから始める。それが自分のクリエイションに対してうそをつかないことでもあるから。ルネッサンス期やケネス・ノーランなどのインスピレーションが入ってくるのは自分と向き合った結果、つまりあとの話です。そんなことよりも僕は単純に洋服自体に興味がある。例えば新しいフィッシングジャケットやサイクリングパンツとか、ヴィクトリアンのブラウスなどを見つけたいという好奇心を大切にしています。

ダン:だから自分自身をフィットモデルとして使うわけですね?

キコ:自分に着つける過程は、僕がセント・マーチンでマスターコースを選択した時から始めた習慣のようなものです。授業に作品を持っていくと、教授に「あなたの作品にはあなたらしさが全くない」とよく言われていました。ファッションの専門学校に通っていると、自分の存在感を際立たせるために、普段の何倍も時間をかけてドレスアップをしていくと思うんです。そんな僕の服装を見た教授に「君は知識も豊富だ。いろいろな服を知るために日本へ行ったり、インターネットで買い物をしたり、ポートベローのようなフリーマーケットにも頻繁に通っている。だけど、もっと自分を見たほうがいい。自分を信じて、自信を持たなくちゃいけない」と言われたんです。教授にこんなことを言われるまで、自分を観察して自分に自信をつけるなんてことを考えたこともありませんでした。むしろどこかナルシストっぽくてダサいと思っていたぐらい。そんなネガティブな態度をとる僕に対して、先生達は本当に厳しかった。「これだけのリソースを持っているのに、それを使うことすらできないのか……。これ以上やっても情熱と才能を無駄にすることになるから、デザイナーになることをあきらめたほうがいい」とまで。だから自分は何を着て、何を表現したいのかを考えました。そして自分に対して自信を持てるようになるためのスイッチを入れるのは、今しかないのかもしれない! と。でも自分に自信を持つことは、あの段階では難しかったです。いくら自己肯定しようとしても、やっぱりコレクションを作って、他の人に着てもらって共感してもらわないと、それが本当に意味のあるものなのかどうかは自分ではわからないですからね。

ダン:どのようにコレクションに反映されたのでしょうか?

キコ:それまでは、自分自身を信頼することだけに注力していたので、最初の数シーズンは、ワークウェアや機能服をテーマにコレクションを作っていました。すると、周りは僕をわかりやすくカテゴライズするようになったんです。だからこそ、もっと自分のクリエイションをプッシュする必要があると思いました。同じアイデアやコンセプトを繰り返してしまうリスクはありましたが、視覚的に挑戦することがどれほどエキサイティングなことかにも気付くことができたし、ゆっくりとですが、自分のチームを作っていくこともできました。そうはいっても、時には彼らに任せっきりになってしまう部分も当然出てくるので、その度にやり直して、もう少し自分らしいものにしなければならない時もたくさんありますけどね。

ダン:あなたの好奇心がどのように進化してきたかを教えてください。今でも同じリサーチのプロセスを実践していますか? それとも今はイメージを重視しているのでしょうか?

キコ:当時はより視覚的でしたが、今はより実用的で物理的なものへと変化しているように思います。だからサンプリング自体も、もっと物理的な方向へ向かっています。僕は立体的な視点でモノ作りをするタイプなので、服の内側を見たり、ボタンのクオリティを調べたり、ポケットの位置やデザインをチェックしたり、ヘリンボーンテープといわれる特定のボンディングのディテールを見たり……。以前は、高価なヴィンテージ服を前にして「これを買うべきか買わざるべきか」とか真剣に考えていましたが、今ではある程度の立場になり、先の投資として考えられる余裕も生まれてきました。コレクションを成す1つのデザインになれば、元なんて返ってきますからね。あと、これは毎シーズン行っていることなんですが、あるシルエットの服を考える時、そのヴィンテージのアイテムを毎日自分の生活に取り入れてその服を着るであろう人になりきって試しています。例えば、クロップド丈のジャケットの下に長めのシャツを着て、ボトムスにタイツを合わせて、サンダルを履き続けてみるとか……。何を合わせればいいんだろうとかを日常の生活レベルで考えていくんです。最初の3シーズンは、より一般的に受け入れられやすい服で構成していたと思います。オーバーサイズのパーカージャケットや布をたっぷり使ったワイドパンツ、あるいはユーティリティシャツに帽子とか。これらのアイテムは、自分で“どうにかする”のではなく、すでに存在しているものの延長線上にあるものでしたし、トレンド感あるシルエットの中での提案で、それほどの真新しさは正直なかったように思います。ですが、今ではお客さんが店舗に入ってきた時に、彼らが服を前にし、手に取って、さらに身体に当ててみた時にどんな反応をするのかを見ることが楽しくなりましたね。

ダン:ここ数年間で、普段買わないようなものをあえて買ってみたいなことはありますか?

キコ:毎シーズン、そのコレクションにおいてキーとなるようなアイテムを購入しています。でもあまりにも変なものだと、それが自分にとって現実味がなくなってしまう。個人的には、現実と非現実の境目にあるような服に惹かれていく傾向があります。リサーチに時間をたっぷりかけて、本当におもしろいものを見つけては、生地やプロポーションを変えていくことで、その服がもともと持っていた文脈から外していくというヘルムート・ラングのデザインに対する考え方に似ているのかもしれません。例えば、ラングが昔、ある時代のある戦争で使われた非常に珍しいミリタリージャケットの要素をどんどん剥ぎ取ることで、日常でも着られるようなミニマルな黒のポプリンジャケットにしたことがありましたね。私もときどき、そういう考え方をしているように思います。

キコ・コスタディノフ
自身の名前を冠したメンズブランド「キコ コスタディノフ」のファッションデザイナーで、ロンドンを拠点に活動する。革新的なパターンメイキングやディテールへのこだわり、複雑な構造のシルエットは、現代におけるメンズウェアの再解釈を促している。

ダン・トゥリー
『A Magazine Curated By』の編集長。アートへの造詣も深く、新しい才能を見つけることに注力を注ぐ。またフリーランスとしてアメリカやイタリア版『ヴォーグ』『インタビューマガジン』『i-D』などにも寄稿する。

Text and Interview Dan Thawley
Self Portrait Kiko Kostadinov
Edit Takuhito Kawashima(kontakt)
Editorial Support Junsuke Yamasaki(MATT.)

author:

Dan Thawley

『A Magazine Curated By』の編集長。アートへの造詣も深く、新しい才能を見つけることに注力を注ぐ。またフリーランスとしてアメリカやイタリア版『ヴォーグ』『インタビューマガジン』『i-D』などにも寄稿する。

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