モデル兼セットデザイナー、フェリックス・ジェノワンに見る“スラッシャー”という新時代の働き方

パンデミックは人々に、新しい時代の生き方について考える機会を与えた。計画通りに人生を進めることが叶わないからこそ、今この瞬間をどう生きるのか、自分は本当に何がしたいのかを見つめ直すきっかけとなった人は少なくないはずだ。安定した終身雇用よりも、リスクを伴ってでも情熱を注げる仕事に時間を費やし、自由な時間の多いライフスタイルを手に入れたいと願うのは決して利己的な考え方ではない。そしてテレワークの導入により業務のデジタル化が進む今、そういった働き方の可能性はますます広がっている。

新型コロナウイルスのパンデミック以前から、ミレニアル世代以下の若年層を中心に、幾つもの肩書きを持つスラッシャーは多く存在していた。毎日通勤電車に揺られ、上司の顔色をうかがって退勤できずに時間を持て余し、行きたくもない会食に参加するという経験を積んだ団塊世代にとっては、自分の好きなことをして軽やかに生きる若者は「忍耐力がなく無責任」だと不満を抱く対象になるが、実際のところはその真逆で、自分の人生の責任を会社や社会に委ねることなく、自分自身で負うという覚悟のある生き方だと思う。

自身もミレニアル世代である筆者の周りにも、時代の流れに合わせて柔軟に華麗に生きる知人が多く、その中でも、モデル兼セットデザイナーであるフェリックス・ジェノワンの活躍には目を見張るものがある。モデルとしては10年のキャリアがあり、「ロベルト・カヴァリ」「ヒューゴ・ボス」「H&M」など多くのブランドのキャンペーンに起用されてきた。2018年からはセットデザイナーの仕事に比重を置き、百貨店「ギャラリー・ラファイエット」「プランタン」の広告や各国「ヴォーグ」のエディトリアルに携わっている。一度会うと忘れられないくらい太陽みたいに明るくて快活な彼は、時間を見つけてはフランス国内の森へ行ってロッククライミングであり余るエネルギーを発散しているという。約1ヵ月半のバカンスは森の中で過ごしていたそうで、ヒッピーのような自由なオーラを纏う彼に、スラッシャーとしてのキャリアやライフスタイル、展望について聞いた。

――モデルとしてキャリアをスタートしたきっかけは?

フェリックス・ジェノワン(以下、フェリックス):パリ装飾美術学校(École nationale supérieure des arts appliqués et des métiers d’art)でインダストリアルデザインを学ぶ学生だった頃にスカウトされたこと。学生とモデル、当時から2つのことを同時に行っていた。その後モデルとして忙しい日々を送っていたけれど、日常的な仕事ではないし、それだけに集中していると簡単にクレイジーになってしまう気がした。僕は活力にあふれているから、何もしていない時間というのが性格的にも耐えられないんだ。複数の仕事を掛け持ちして、常に忙しい状態のほうが落ち着く。

――モデル業の他にはどんな仕事をしてきた?

フェリックス:学校で学んだことを生かして家具やプロダクトのデザインを経験し、2014年には友人らとともにパリ発ファッションブランド「Carne Bollente」を立ち上げた。日本の伝統的なポルノからインスピレーションを得て、セクシュアルをテーマにした風刺的なデザインや刺繍を用いたコレクションを展開している。今も好調で世界中で取り扱われているけれど、セットデザイナーとしての仕事に集中するため、2年前にブランドからは退いた。複数の仕事を持っていたとしても時間は限られているし、無鉄砲に何にでも手を出しているとすべてが中途半端になってしまう。時には取捨選択をして、何に重きを置くのか決断しなければならない。

――セットデザイナーとしての仕事を始めたきっかけは?

フェリックス:プロダクトデザイナーの仕事を通して知り合ったセットデザイナーの元で1ヵ月ほどアシスタントをしたことで、情熱を傾けられる仕事だと気付いた。幼い頃から創作する作業が好きだし、クリエイティブである反面、体力仕事でもあるから自分にはとても向いているんだと思う。モデルの仕事であれセットデザイナーであれ、体全体を使って表現するのが好きだ。時には、セットを創作していると体中ペンキだらけになって、事務所の人が愕然とすることもあるくらい。

――プロジェクトの依頼を受けたらどのようなプロセスでセットデザインを創っていく?

フェリックス:まずはクライアントからムードボードを共有してもらい、どのようなセットデザインを望んでいるのかイメージを掴むところから始まる。実際のセットに必要な用品や道具をリサーチして、色んな所へ足を運んで集めていく。プロジェクトによってはその過程に数日かかることもあれば1日で終わることもあるが、日常的にアンテナを張り巡らせて情報やアイデアをたくさん持っていることが重要だと思う。あとは、内容によっては予算の交渉など、ビジネス的なスキルも必要。セットを組むのはまるで大工のように建築する作業だから、体力仕事である。仕事以外の時間にロッククライミングやスポーツをたくさんするのは、仕事のために体を鍛える目的も兼ねている。モデルとしての体型維持にもつながるしね。

――セットデザイナーとしてスタートしてわずか2年で多くの仕事を手掛けているが、モデルとしてのキャリアが今に生かされていることもある?

フェリックス:たくさんある。例えば写真の構図を理解することや、セットとモデルがどのように相互作用するのか、そしてどのような段取りで撮影が進んでいくのかなど。長い撮影時間のどの段階でどれくらいのエネルギーを注ぐべきかといった、撮影リズムを掴む能力はモデルとして培った経験が生かせている。今一緒に仕事をするのはモデル時代に知り合った人ばかりで、そういったネットワークも過去の積み重ねのおかげ。異なる経験で作られた点と点が、少しずつ線として繋がり現在に至るのだと思う。

――モデルとセットデザイナー、それぞれ印象に残っているプロジェクトは?

フェリックス:モデルとしては、求められる人物像を明確にして、それになりきって表現できた撮影は印象に残っている。たくさん踊って体を動かして、人物像を表現するのが自分らしくてやりがいを感じられる。セットデザイナーとしては、3日間にわたるキャンプ地での撮影で、ペンキや木材を使って彫刻作品をたくさん創作したプロジェクトが思い出深い。表現の自由度が高ければ高いほど楽しいし、その瞬間の直感を信じてアクシデント的に想定外の良い作品に仕上がるのが好きだ。カメラの前でポーズをとるモデルよりも、カメラの後ろで裏方として動くほうがより創造的でいられる。

――創造性を磨くためにどんなものからインスピレーションを得る?

フェリックス:日常の中で多くの物事から刺激を受けるし、日本の映画はインスピレーション源の一つである。特に、三島由紀夫の伝記風芸術映画“Mishima: A Life in Four Chapters”(日本未公開)や黒澤明監督の作品など。セット、構図、書道、建築物に加え、日本独特の色彩にも魅力を感じる。セットデザインのムードを作る時に、映画のイメージ画像をたくさん参考したこともある。日本にはモデルとして2回、「Carne Bollente」の仕事で1回行ったことがあって、文化の違いに感動した。物には魂が宿っており、敬意を払い丁寧に扱うというメンタリティがラテン気質のフランスとは大きく違うところだと思う。次に渡航する機会には、北海道の山々でロッククライミングをしてみたいね。

――今後もモデル兼セットデザイナーを続け、都会と森を行き来するようなライフスタイルを継続する予定?

フェリックス:未来のことは全然わからないね。セットデザイナーの仕事は楽しいし、次のステップとしてショーのセットデザインを手掛けてみたいと思う。モデル事務所からは俳優業をやってみたらと提案されたこともあって、それも将来的にないとは言い切れない。でももしかしたら、森にこもって大工としてマニュアルで建築するような未来が待っているかも。これからも直感に従って、取捨選択の決断を下していく。

フェリックス・ジェノワン
1991年生まれ、パリ郊外出身。幼少期から創作やデザイン作業を好み、パリ装飾美術学校へ入学。学生時代にモデルとしてスカウトされたことでファッション業界へ入り、世界各国を回る。2018年からセットデザイナーとして独立し、現在はモデル兼セットデザイナーとして活動中。

author:

井上エリ

1989年大阪府出身、パリ在住ジャーナリスト。12歳の時に母親と行ったヨーロッパ旅行で海外生活に憧れを抱き、武庫川女子大学卒業後に渡米。ニューヨークでファッションジャーナリスト、コーディネーターとして経験を積む。ファッションに携わるほどにヨーロッパの服飾文化や歴史に強く惹かれ、2016年から拠点をパリに移す。現在は各都市のコレクション取材やデザイナーのインタビューの他、ライフスタイルやカルチャー、政治に関する執筆を手掛ける。

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