「他人と共有するよりも、自分が抱きしめていたい音楽」を目指す、田中ヤコブの“内向き”なポップ・ミュージック

シンガー・ソングライターの田中ヤコブが、約2年4ヵ月ぶりのセカンド・ソロ・アルバム『おさきにどうぞ』をリリースした。彼はバンドの家主のメンバーであり、ギタリストとしてもnever young beachやラッキーオールドサンのサポートを務めるなど多方面で活動しているが、メインは宅録系のシンガー・ソングライターだ。特に今作は、彼のルーツであるビートルズ直系のみずみずしくエヴァーグリーンなメロディーが全編で冴え渡り、内省的な孤独感を漂わせる歌詞や練り込んだサウンドとともに、非凡な才能が存分に発揮された傑作といえるだろう。今回は彼の生い立ち、マイノリティ的な価値観、それに音楽活動に対する独自のスタンスなどを、たっぷり語ってもらった。

──音楽を好きになったのはお父さんの影響が大きかったそうですが、音楽的には恵まれた環境だったんですよね?

田中ヤコブ(以下、田中):そうですね。父が音楽好きだったので、ずっと家でかかっていた音楽を自分も聴いていて。主にビートルズ、ELO(エレクトリック・ライト・オーケストラ)、XTC、カーネーションとか。ビートルズと彼らから影響を受けた音楽がずっと流れていました。

──そういうビートルズの遺伝子を受け継いだような音楽が、ヤコブさんの音楽的な原風景というわけですか?

田中:原風景ですね。ポップ・ミュージックに対しての自分の土壌が、小さい頃から培われていた感じですね。楽器を始めたきっかけは、中学の時にTHE BLUE HEARTSを好きになったことなんですけどね。

──自分で曲を書くようになったのはいつ頃ですか。

田中:高校生の時です。もともとくるりが大好きで曲やコード・ワークに共感するものがすごくあって、彼らの曲は日本的なものが根底にあるような気がして。そういう表現を自分もやってみたいと思って曲を作るようになりましたね。

──その時点で自分に作曲の才能があるのかも、って自覚したりしましたか。

田中:それは全くないです。偉大な先人達の音楽ってものすごく陶酔できるものがあるんですけど、自分が作る音楽には陶酔できない感覚がずっとあって。自分がそれなりに納得できる曲を作れるようになったのは、ここ3〜4年くらいですね。

──自分が聴きたい曲を作りたい、って以前からよく言っていますよね。その気持ちは最初からあったんですか?

田中:理想はそうだったんですけど、そこに近づけないジレンマをずっと抱えていました。だから今までに100曲以上作っているんですけど、ほとんどはボツなんです。ファースト・アルバム(2018年の『お湯の中のナイフ』)を出す前に、6枚くらいフル・アルバムを作っているんですけど、どこにも出さないで、友達に配るだけで(笑)。だからファースト・アルバムは実質7枚目ということになるんです。そこまで習作を量産する過程を経て、ようやく人に聴かせても大丈夫な曲ができ始めたんですよね。

──大学時代にバンドの家主を組むわけですけど、ソロも並行してやっていて、その両方が現在まで続いていますよね。個人的にはヤコブさんってソロの人、宅録の人だと思うんですよね。バンドで自分の曲をやって世界が広がっていくという在り方もあるけど、それよりもソロの宅録で自分の内面に深く入っていくほうが本質ではないかと。

田中:そう言っていただけるのはすごく嬉しいです。バンドやサポート・ギターをやってはいるんですけど、やっぱりルーツは宅録で、自分は1人でやる人間だと思っています。そういう内向きというか、“個”に収斂していくっていうのは、自分が音楽を聴くスタイルと似ているような気がして。高校時代、僕は全然友達がいなくて、他の人達はみんなと共有できる音楽を聴いていたと思うんですけど、自分が好きな音楽は他人と共有できないっていうか、自分が本当に好きで抱きしめていたい音楽だったので、今もそういう姿勢でいたいし、ありたい。自分が作る曲も、他人と共有して楽しんでほしいっていうよりも、自分自身が抱きしめていたいものを作ろう、っていう気持ちがあるんですよね。あと高校時代、人間椅子にドハマりしていて。当時は今よりも鬱屈とした毎日を過ごしていたので、「面白くねえ……」みたいな気持ちがずっとあったんですけど、そういう時に人間椅子を聴くと、精神が落ち着くというか。他人に関係なく好きって言えるようなものが好きだったので。だから自分が開かれるより閉じているっていうのは、そういう経験からきているんだと思います。

──以前に「学校にギター・ケースを背負ってくるようなヤツは軽蔑していた」って言っていましたよね。それって“ケッ”みたいな、世の中にツバを吐く的な、マイノリティでありオルタナティヴってことだと思うんですよ。そういうメンタリティが根底にあって、でも音楽自体は聴き手を選ばない普遍性もあるところが、ヤコブさんのおもしろさだと思うんですよね。

田中:その“ケッ”っていうメンタルは、未だに高校の頃と変わらず、むしろ今のほうがそこから膿んできたような、良くない方向に肥大化しているような気がめちゃくちゃするんですけど(笑)。ただそれを売りにするほどのメンタリティもないというか、そこを主眼に置けるほど精神が強くないというか。だからそういう思いを、自分の好きなポップ・ミュージックに消化していく形が、自然とできてきたんですよね。

──今回の『おさきにどうぞ』は、さっき言ったようなビートルズ直系というか、厳密に言えばビートルズから影響を受けたXTCやELOからの影響を強く感じさせる、みずみずしくてエヴァーグリーンなメロディーがこれまで以上に際立っていますね。特に最初の曲(「ミミコ、味になる」)と最後の曲(「小舟」)がすごく明るくてキャッチーなメロディーですけど、どうやって作っていったんですか?

田中:作っている時に、じっくりと構造美的なものを求める時と、直感的にポンと出てきて作品としての強度も感じる時があって。最初と最後の曲は、わりとすんなり出きました。でもそういう時って「いやまてよ、こんなにツルッとできるってことは何かからパクッているんじゃないか」って不安になるんで(笑)、自分の脳内のライブラリーでいろんな曲と照らし合わせて、いや被ってない、これで大丈夫だ、って。そういう作業をファーストはもっと時間をかけてやっていたんですけど、最近は直感的に出てきたメロディーをもうちょっと信じてみよう、って気持ちになってきていますね。そういうヴァイブスを重視する余裕も出てきたのかなって。

──歌詞では例えば「膿んだ星のうた」で、「自由なんて欲しくないのに 何処へでも行けるんだよ だけど何処へも行けないんだよ」というあたりなどは、在宅自粛で時間はいくらでもあるけどどこへも行けない状況、とも思えたりしたんですが。

田中:これはコロナが流行る以前にできた曲で、逆にそういう解釈もできるんだなと思いました。本当に友達が全然いないので(笑)、仕事している時に土日を迎えても、誰からも誘われなくてやることないから、別に自由なんていらないのにな、みたいな。それで自由っちゃ自由だから、行こうと思えば旅行とか行けるし、働いているからお金もあるし、なんでもできるだけど、別に何もしたくならないしどこにも行けない、みたいな気持ちをそのまま歌詞にしました。

──コロナ禍によって、音楽活動で変化したところはあると思いますか?

田中:制作に関しては特に影響はないんですけど、精神的なところで思うのは、自分が家で1人で制作している時は当然うまくいかないことも多くて、それなのに社会は普通に動いている、っていうところに乖離というか噛み合わないところを常に感じていて。みんなは頑張っているのに自分は全然だな、みたいに思ってナーバスになることってよくあるんです。みんな休めばいいのに、って正直思うこともあったんですけど、逆にコロナが流行ってみんなが休まざるを得なくなると、それはそれで違う。やっぱり社会は動いていて、その中で自分が停滞している時のほうがやりやすいんですよね。

──マジョリティになっちゃダメってことですか?

田中:そうなのかもしれないです。みんなが動いていることへの焦りみたいなものから曲ができるっていうことはあったんだな、ということを自覚しましたね。

──ヤコブさんは音楽とは別に仕事をしていたそうですけど、音楽を仕事にはしたくないという気持ちはあるんですか。

田中:仕事になってしまうと、どうしても忖度っていうか、求めてくれる人に対しての音楽を提供する、みたいな形になると思うので、それがもし自分がやりたくないものだった場合には、やっぱりやりたくない。自分がやりたいもの、良いと思うものを作る姿勢は変えたくないので。だから仕事にすることよりも自由に動けることを大事にしたいです。

──もう1つ、ミュージシャンとして、目指すものとかこうありたいっていうものはありますか。

田中:自分は自分のことをミュージシャンとかアーティストとは全く思ったことがなくて。1人のただの人間、っていうイメージ。仕事をしている時も自分だし、音楽をやっている時も自分だし、バイクに乗っている時も自分だし。肩書きというか、自分を“何”ってはめ込まないように、むしろしているというか。逆にミュージシャンって自分で言ってしまうことにはすごく抵抗があって。趣味でやっているようなところがすごくあるので。便宜的にギタリストとかミュージシャンって言ってもらうことは全然ありがたいんですけど、自分から「私はミュージシャンです」とは、恐れ多くて言えない。何者でもないし何者でもある、みたいなスタンスでいたいですね。

田中ヤコブ
ギターをはじめ、ベースやドラムなどさまざまな楽器を演奏し、録音からミックス、イラスト、映像制作も手がけるシンガー・ソングライター。2018年にはトクマルシューゴ主宰のレーベル「TONOFON」からファースト・アルバム『お湯の中のナイフ』を発表。ソロの他、4人組バンド家主のフロントマン、ラッキーオールドサンやnever young beachなどのサポート・ギターも務める。

Photography Takuroh Toyama

author:

小山守

1965年、東京都出身。フリーの音楽ライター。『ミュージック・マガジン』『レコード・コレクターズ』『CDジャーナル』『TOKYO FM+』などで、インディー系ロック、エクスペリメンタル・ポップ、ガール・ポップ、アイドルなどを中心とした文章を執筆中。ライヴや配信の現場感覚を重視しつつ、ジャンル、国籍、年齢に関係なく、新しい驚きをもたらしてくれる音楽を常に探しています。阪神タイガースと競馬と猫をこよなく愛しています。 https://twitter.com/mamoru_koyama/

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